重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第35話 異世界の英雄VS鬼 後編

 異界の天を衝いた星の輝きは、そのまま結界すら破壊する勢いで異界の空を軋ませた。

 

遠くで九尾の御大将が悲鳴を上げ、その娘が慌てふためくという喜劇が起こっていたりするが……異界の結界が破壊される前に、砲撃は、その光柱を細くしていき、やがて溶け込むように虚空へと消えていった。

 

 伊織が、威力調整をしなければ、あるいは本当に異界の結界が壊れていたかもしれない。

 

「八坂殿が上手く霊脈の力を削いでくれていればいいんだけどな……」

 

 残心を解き、そう独りごちる伊織。そのまま【スターライトブレイカー】を撃ったとしても、今の崩月を完全に消し飛ばせるかは微妙なところだ。なので、事前の八坂との打ち合わせで、合図と共に流れ込む霊脈を阻害する術を行使してもらう手筈になっていたのだが……それが上手くいっていれば、再生力が抑制されて、実質無敵状態の崩月を打ち倒せているだろう。

 

 と、その時、伊織の耳に不吉な音が聞こえ始めた。高速で何かが風を切る音。もっと具体的に言えば、大きなものが落下する音だ。

 

 上空に視線を向ければ、半ば赤熱化した塊が、背後からジェット噴射のように赤黒い妖力の尾を引きながら自由落下してくるところだった。

 

 地響きを立てながら、その塊――崩月が巨大なクレーターを作りながら着弾する。そして、全身から白煙を吹き上げながら、低い呻き声を漏らしつつ一歩一歩、己の足取りを確かめるように歩み寄ってきた。

 

「……やってくれるじゃねぇか。死を幻視するなんざぁ、久しぶりだぜぇ」

「そのまま果ててくれれば面倒が無くて良かったんだが……まぁ、その様子じゃ、随分と削がれたようだし、それで良しとしておこうか」

「チッ、やっぱりアイツと合わせやがったのか。……男同士の戦いに女狐を入れるなんざ、無粋じゃねぇか」

「悪いが、戦いに粋を求めたりはしないんだ。……それで? 今までのようなデタラメな再生力も馬鹿みたいな妖力も使えなくなったわけだが、降参はしてくれないのか?」

 

 的中間違いなしの答えを予想しながら呆れ気味に伊織が尋ねる。全身から血を流し、両腕から骨を覗かせ、足を炭化させながら、それでも仁王立ちして凄絶に嗤う鬼の首領。やはり愚問だったらしい。

 

「何を言ってんだ。ようやく熱くなってきたところだろうがぁ」

「まぁ、そういうと思ったよ。こうなったら、とことんまで付き合ってやるよ。もう、無敵ってわけでもないしな。今度こそ、その膝、鬼の矜持と一緒にへし折ってやる」

「かっーーー!! たぎる事いってくれるじゃねぇかぁ! 寝起き早々、赤龍帝と殺り合って、今度は、てめぇだ。きっと、俺は日本一幸運な鬼に違いねぇ!」

 

 心底嬉しそうに拳を打ち鳴らす崩月。遅々として未だ再生が完了していない両腕から血が飛び散るが、まるで頓着していない。と、不意に崩月が動きを止めて「ん?」と首を傾げた。

 

「そういやぁ、てめぇの名前、東雲伊織つったよな?」

「? ああ、そうだが?」

 

 崩月の奇妙な確認に、伊織が首を傾げると、崩月は顎をさすりながら面白そうな表情になった。

 

「こいつぁ、面白い偶然もあったもんだ。十三年前、俺が戦った赤龍帝も東雲って名乗ってたんだがよぉ」

「……なんだって?」

 

 崩月の口から飛び出た、余りに予想外な発言に伊織は思わず声を漏らした。そんな伊織の言葉を質問と捉えたのか、崩月が思い返すよう言葉を続ける。

 

(つがい)の退魔師でなぁ。最初は、神滅具を使わず術で俺を再封印しようとしてきたんだが、解放直後でちーと頭が回っていなかった俺が暴れちまってよぉ。そしたら、あの野郎、いきなり赤龍帝の禁手状態で殴り飛ばしやがってなぁ! がっはっは! 今思い出しても愉快だ! あの赤いオーラ! 俺と互角に殴り会える力! しかも、奴の女がこれまた厄介でなぁ。嫌らしい手ばっか使いやがって赤龍帝を援護しやがるのよ。寝起き早々、死ぬかと思ったぜ」

「……」

 

 伊織は沈黙する。頭の中には“十三年前”“退魔師の夫婦”という単語が激しく自己主張していた。しかも、その夫婦の家名は“東雲”。ヒントは出過ぎな程だ。直接会った事などない。写真の中でしか知らない。まして、赤龍帝であったこと等、依子からも聞いていない。それでも、伊織は確信した。確信したまま、確認する。

 

「……その夫婦は……夫婦の名前は“崇矢”と“静香”と言わなかったか?」

「あぁ? ……ああ、そうだ。女の方はうろ覚えだが、確か、そんな名前だった。赤龍帝は確かに“東雲崇矢”と名乗っていたぜぇ。……知り合いか?」

 

 確定した。十三年前、赤ん坊の伊織を依子に預けて二人が挑んだ任務は、はぐれ術師が解放した酒呑童子の再封印ないし討伐だったのだ。そこで……命を落とした。東雲崇矢が赤龍帝であったことは驚きだが、依子や協会が何も言ってなかった以上、上手く隠していたのだろう。いつ発現したのかは分からないが、今の伊織と同じく、家族に危険が及ぶ事を恐れて秘匿したに違いない。

 

 伊織は、訝しむ崩月に、伏せていた視線を戻した。会った事もない両親だが、自分をこの世に産み落としてくれた掛け替えのない大切な家族だ。つまり、眼前の鬼は、伊織の両親の仇という事になる。なまじ精神性が高いために怒りや憎しみに心を染めるような事はないが、それでも、九重達を守る以外にも戦う理由が出来た。

 

 伊織は、静かな声音で返答する。

 

「改めて名乗ろう。俺の名は東雲伊織。お前が殺した東雲崇矢と静香の……息子だ」

「! ……ほぅ、これはまた何とも因果な話じゃねぇか。なぁ? ますます面白くなって来やがった。俺は、てめぇの両親の仇ってぇわけだ。どうだぁ? 燃えてきたかよ?」

 

 揶揄するような崩月の言葉に、しかし、伊織は揺るがない。返答の代わりに闘気を以て返した。魔力も念も気も感じられるわけではない。ただの意志一つ。されど、それだけで大気が震え、周囲の音が止んだように錯覚する。

 

 知らず、生唾を飲み込んだ崩月は、グッと構えを取ると、最後にもう一度話しかけた。

 

「お前の親父とお袋は強かった。俺はあいつらに勝っちゃいねぇ。あのクソ野郎が横槍入れなきゃ、負けていたのは俺の方だった。最高の戦いだったが、最低の終わり方だったぜ」

「そうか」

 

 伊織の返答はそれだけ。崩月にも既に言葉はない。後は、強いものが押し通る。それだけだ。

 

 崩月が、殺意を滾らせ襲いかかろうとした、まさにその瞬間、呼吸を読んだように伊織が機先を制した。

 

「ジャバウォック!」

 

 直後、伊織の影から一体の魔獣が飛び出す。崩月と変わらぬ巨体に逆だった髪、嗤うように歪む口元からは鋭い牙が除き、両手両足には五本の鋭く大きな爪があり、左右の腕は盾のように大きく膨らんでいる。見た目は魔獣というより、凶相の悪魔といった感じだ。

 

――魔獣創造 ジャバウォック

 

 ARMSにおけるジャバウォックとは異なり、“ARMS殺し”や空間ごと切り裂くような能力はない。だが、その爪は、かの【神剣フラガラッハ】の如く単分子ナイフとなっており、切れ味は抜群という言葉でも足りないレベルだ。また、単純な膂力においても全魔獣中最強である。

 

「グゥアアアアア!!!」

 

 ジャバウォックが、異界全てに轟けと言わんばかりに咆哮を上げる。そして、地面を爆ぜさせながら崩月に急迫し、その爪を振るった。崩月は、本能的にジャバウォックの爪が不味いと感じたのか、妖力を固めて腕に纏わせ即席の盾にし、一瞬の隙を付いて殴り返す。

 

 凄まじい衝撃音が響くが、ジャバウォックはまるで怯む様子もなく、そのまま崩月の腕を掴もうとした。それを払い除けつつ、しばし至近で応酬を続ける。

 

 結果、手四つ状態での組み合いとなり、両者とも意地でもあるのか力比べに興じ出した。

 

「鬼相手に力比べってかぁ? 舐めてんじゃねぇぞ!」

「グルゥアアア!!」

 

 崩月の腕が徐々にジャバウォックを押していく。やはり、未だ完全に掌握できていない【魔獣創造】では、鬼神レベルに勝つのは難しいらしい。だが、それでいい。ジャバウォックは、マーチ・ヘアのようなトリックスターを除けば、唯一、崩月相手に善戦できる魔獣。つまりは、鬼神相手に十分な時間稼ぎが出来るということ。

 

 それを示すように、朗々とした伊織の詠唱が遂に完了する。

 

「左腕解放固定【千の雷】! 右腕解放固定【燃える天空】! 双腕掌握!! 術式兵装【雷炎天牙】!!!」

 

 伊織の両手の掌に、激しくスパークする雷の塊と、灼熱の炎の塊が渦巻く球体となって出現し、そのまま握り潰すように体の内へ取り込まれた。直後、伊織の体が光り輝く雷と炎を纏う。周囲を灼き焦がし、爆ぜさせる異様。百年の研鑽が、本来の属性以外の属性をも掌握させ、結果生み出された新たなるマギア・エレベアの型の一つ――【雷炎天牙】

 

 ジャバウォックの肩越しに崩月の眼が驚愕に見開くのが分かる。崩月が、ジャバウォックを引きずり倒したのと、伊織がジャバウォックを神器に戻し掻き消えたのは同時だった。

 

パシッ!

 

 そんな音と共に、伊織が崩月の懐に現れる。

 

「ッ!?」

 

 視認できなかった事に崩月は息を詰める。次いで、鳩尾に叩き込まれた【断空拳】と【虎砲】のコンボに、違う意味で息を詰めた。明らかに威力が跳ね上がっている拳打に苦しげな表情をしつつも、無意識レベルで反撃する。

 

 しかし、その拳が当たることはない。再び、パシッ! と音を響かせて伊織の姿が消える。そして、次の瞬間には崩月の背後に現れ、再び雷炎を纏った拳を叩き込んだ。

 

「グッ! くそがっ!」

 

 崩月がたたらを踏みながら裏拳を放つが、やはり伊織を捉えることは叶わない。現れては爆音を響かせ強烈な拳打を打ち込み、反撃を喰らう前に姿を消す。いつしか崩月の周囲は雷と炎の軌跡で結界の如く光の球体が出来ていた。それはあたかも、太陽が放つフレアのよう。

 

「畜生がっ! 速すぎんだろ!」

 

 悪態を吐く崩月の顔面に二段構えの踵落とし――陸奥圓明流【斧鉞】が炸裂する。今度は、おじきでもするように前かがみになった崩月の懐に現れ、真上にかち上げる様な蹴りが放たれた。崩月の頭が玩具の様に跳ね上げられる。

 

 更に、伊織が追撃を掛けようとした瞬間、鬱憤を晴らすように崩月の妖力が爆発した。指向性を持たせない、己を中心にした大爆発。伊織は、仕方なく距離を取る。

 

 崩月は、片手で首を掴みながらゴキッゴキッ! と骨を鳴らし、忌々しい気な、されどどこか喜悦を含んだ眼光で伊織を睨む。

 

「てめぇ、速いだけじゃねぇ、俺から力ぁ奪ってんな?」

 

 崩月の言う通り、【雷炎天牙】は二つの特性を併せ持った術式兵装だ。【千の雷】の効果――雷化による雷速移動と放電、【燃える天空】の効果――攻撃力の上昇と相手の力を吸収する焔。考案し、完全修得するのに三十年掛かった術である。それほど異なる属性の、それも最上位の魔法を取り込むのは至難だったのだ。

 

 伊織は、崩月の言葉に僅かに目を細めた。

 

「ご名答。時間が経てば経つほど、お前は弱り、俺は強くなる。死に物狂いで来い。でなければ……」

 

 伊織と崩月の視線が絡み合う。伊織は、その静かな瞳の奥に意志の炎を燃え上がらせる。

 

「俺の(意志)は、容易くお前を撃ち抜くぞ!」

「ハッ! 上等だぁ!」

 

 伊織の姿が掻き消え、崩月から妖力が噴き上がる。次の瞬間、爆音を伴った拳撃の応酬が繰り広げられた。

 

 伊織の姿を捉えきれないと理解した崩月は、妖力の爆発や、地面への打撃による破片の散弾、鬼火の火炎放射など範囲攻撃を多様して牽制しつつ、虎視眈々と伊織が隙を晒す瞬間を狙う。

 

 鬼神に、殺意に塗れた眼光で睨まれ続けるなど、常人なら発狂してもおかしくないプレッシャーが掛かっているはずだが、伊織の精神には細波一つ立ちはしない。冷静に、確実に相手を追い詰める洗練された武技は“極み”の領域。この世界の武芸者が目撃したなら、伊織の見た目年齢から、天才と持て囃すか、発狂するかのどちらかだろう。

 

 そのせいか、早くも崩月がじれ始めた。このままではジリ貧だと考えたのか、衝撃波すら発生させる咆哮を上げる。そして、全身から鬼火と妖力を同時に噴き上げた。莫大な熱量と妖力の圧力は、崩月の周囲の地面を放射状に抉り飛ばす。

 

 うねりを上げながら螺旋に噴き上がる蒼炎と赤黒い妖力は崩月を中心に混じり合い、巨大な鬼を形作り始めた。刻一刻と密度を増していくそれは、さながら強化外骨格だ。

 

 と、崩月が、その豪腕をいきなり水平に薙ぎ払った。同時に、体長二十メートル以上ある赤銅色の鬼が連動してその腕を薙ぐ。その巨躯に似合わぬ速度で迫る妖炎の鬼腕は、更に数十メートルも伸長し、扇状に前方百メートルを纏めて焼き払った。

 

 雷速瞬動で崩月の背後に回った伊織だったが、それを読んだように妖炎鬼の背中から火炎弾が飛ぶ。着弾したそれは爆炎を撒き散らし、やはり広範囲を焼いた。

 

 しばらくの間、伊織が回避し、崩月の操る巨大な妖炎鬼が周囲一体ごと薙ぎ払うという攻防が逆転した状態となった。

 

 一見して打つ手がないように思えたが、伊織は、冷静に崩月を観察して気が付く。崩月が僅かに肩で息をしている事に。どうやら妖炎鬼は崩月の切り札であり、その行使には彼をして無理をする必要があるようだ。八坂により霊脈の力を抑えられているとはいえ、それでも大量の力が崩月に流れ込んでいるのは間違いない。それが無ければ、本来、それほど長く展開し続けることは出来ないのかもしれない。

 

 そして、息切れをしているということは、消費妖力と補充される力が微妙に釣り合っていないということ。言い換えれば、今なら押し切れる可能性があるということ。

 

 伊織の眼光が鋭くなる。

 

「双腕解放、右腕固定【千の雷】。左腕固定【雷の投擲】。術式統合、雷神槍【巨神ころし】装填」

 

 伊織の詠唱と共に、虚空に出現した大槍に尋常でない雷光が合わさり、巨大な、神ころしという名に相応しい威容を湛えた槍が出来上がった。それを再び腕に装填し直す。そして、襲い来た巨大な鬼腕を前に、更に詠唱する。

 

「術式解放! 完全雷化! 千磐破雷(チハヤブルイカヅチ)!!!」

 

 伊織の体が激しい稲光を発し、秒速百五十キロメートルの雷そのものとなって鬼腕を掻い潜り崩月に突進した。当然、崩月が纏う妖炎鬼に突っ込む事になるが、そこは炎化の能力を併用することで何とか耐え切る。

 

「ぐぅおおおおお!!」

「っぁああああ!!」

 

 崩月と伊織の絶叫が上がる。伊織は、崩月の鳩尾に【断空拳】と【虎砲】を打ち込み巨体を僅かに浮かせながら、解放の詠唱を行った。

 

「解放! 千雷招来!!」

 

 【巨神ころし】の大槍が、ゼロ距離から崩月の鳩尾を穿つ。そして、内包された最上級の雷を爆裂させた。唯でさえ妖炎鬼の維持と攻撃に全力を注いでいるだろうに、体内から壮絶な雷に襲われて、その顔に今までにない焦燥が宿る。

 

「ガァアアア!!」

 

 崩月は渾身の力で【巨神ころし】を引き抜き、妖炎鬼の腕で粉砕した。やはり、鬼の首領の底力は半端ではない。大きく妖力が目減りしているようだが、霊脈から刻一刻と補充している。

 

「ぜぇぜぇ……今のがてめぇの切り札か? この程度じゃあ、まだ俺の膝を折るには足りねぇなぁ。最高に楽しかったが、どうやら俺の勝ちで終わっちまいそうだ。イチかバチか、神滅具でも出してみたらどうだぁ? もしかしたら、至れるかもしれねぇぜ?」

 

 妖炎鬼を纏いながら、不敵な笑みを浮かべる崩月。それに対し、伊織は静かに首を振り、一見、関係ない事を確認した。

 

「そんな賭けをしなきゃいけないような局面じゃないさ。……なぁ、酒呑童子。俺の父さんは、母さんと一緒に戦ったんだよな?」

「? ああ、そうだ。阿吽の呼吸ってのはああいうのを言うんだろうな」

「そう言うことらしい。……ミク、テト。せっかくだ。息子夫婦で弔い合戦と行かないか?」

 

 突然、虚空に話しだした伊織に訝しむ崩月の視線の先で、ヴォ! という空気の破裂音と共に二人の少女――ミクとテトが現れた。事前に、念話で両親の話を簡潔に聞かされた二人は、少し悲しげな表情で伊織の両隣に寄り添う。

 

「まさかの展開ですね、マスター。酒呑童子さんが、マスターのご両親の仇だったなんて……」

「おばあちゃんが言っていた、マスターにとって大切な事って、この事だったんだね」

 

 二人のそっと触れてくる手を、優しげな手付きで握り返す伊織。

 

「酒呑童子。改めて紹介しよう。彼女達はミクとテト。俺の女だ。親子二代に渡って夫婦で挑ませてもらう。文句あるか?」

 

 伊織の言葉に、ポカンと口を開けた崩月は、次の瞬間には盛大に快活な笑い声を上げた。

 

「文句なんざ、あるわけねぇだろぉ! なぁにが、戦いに粋は求めないだ。わかってんじゃねぇかよぉ! いいぜぇ! 前は最低の終わりだった。今度は俺を満足させろよぉ!」

 

 妖炎鬼から爆炎が噴き上がる。崩月の歓喜を表すように、今までで一番の熱量と衝撃を発生させ、異界そのものに悲鳴を上げさせるような極大の一撃を放った。

 

 そこに静かな、されどやけに明瞭な声が響く。

 

――ユニゾン・イン

――ユニゾン・イン

 

 ミクとテトの姿が消える。同時に、伊織の髪や瞳が濃紺色に変わり、今までの比ではない桁外れの魔力が噴き上がった。そして、驚異的な速度で集束した魔力を拳に纏わせて迫り来る赤銅色の死の鉄槌を正面から迎え撃った。

 

――覇王流オリジナル 絶空拳

 

 先程、一度放った【覇王絶空拳】とは比較にならない衝撃が空間に悲鳴を上げさせる間もなく爆砕する。空間そのものに開いた大穴は、そのまますっぽりと妖炎鬼の腕を呑み込み虚数空間の餌食とした。

 

「んなっ!? それは反則だろぉ!」

 

 凄まじい吸引力に、莫大な量の妖力を放逐されて思わず悪態を吐きながら、慌てて妖炎鬼の腕を切り離し、これ以上、吸い込まれないよう維持に集中する。

 

 そこへ、大瀑布の如き魔力を携えた伊織が朗々と詠唱を行った。

 

「アルス・ノーバ・アド・リビドゥム 来れ 深淵の闇燃え盛る大剣 闇と影と憎悪と破壊 復讐の大焔 我を焼け 彼を焼け 其はただ焼き尽くす者 【奈落の業火】! 固定!」

 

 伊織の左手に獄炎が渦巻き圧縮される。その名に相応しい暗い闇色の焔だ。伊織の詠唱はまだ続く。

 

「右腕解放固定 【雷の投擲】!! 術式統合! 巨神ころしⅢ【喰らい尽くす雷炎槍】!」

 

 ワインレッドの大槍は、トライデントの様に三叉の先端を持ち、禍々しい気配を雷炎と共に放っていた。それを再び、右腕に装填する。今から行うのは、先程の焼き直し。ただし、今度は、伊織の愛する家族と共に。無念に散った両親と今も信じて待っている幼いお姫様に捧げる勝利の一撃だ。

 

 砕けた空間が戻り、崩月が相当な量の妖力を持って行かれたのか今まで以上に息を荒げる。妖炎鬼が、妖力不足のためか展開規模を縮小し明滅を繰りかえしていた。

 

 伊織は、バリアジャケットの防護と【堅】を強化するだけで、そのまま雷速で突っ込む。崩月が、ゆらめく妖炎鬼を圧縮して伊織に対抗しようとしたが、伊織はお構いなしに懐に潜り込んだ。

 

 そして、十八番の連撃を加える――振りをして更に雷化して背後に回り込んだ。てっきり、先の二回と同じく連撃が来ると思っていた崩月は一瞬、反応が遅れる。

 

 崩月が反応しきれていない間に背後で崩月の頭上に飛び上がった伊織は、そのまま両足で崩月の首を挟み込んだ。そして、両足を左右に捻りながら後方に引き倒し、肘を顔面に打ち下ろした。

 

――陸奥圓明流 四門が一つ 朱雀

 

 ご丁寧に、近接打撃魔法【ブレイクインパルス】による振動粉砕のおまけ付きだ。首を支点に頭部に壮絶な衝撃が加わり、さしもの崩月も一瞬意識が飛んであっさり引き倒されてしまった。

 

 伊織は、そのまま崩月の胸元に手を置き、片手逆立ちの要領で跳ね起きると右腕の切り札を解き放った。

 

「解放!! 踊れ雷炎の劫火!!」

 

 最後の詠唱と共に、禍々しい大槍が崩月の胸に容赦なく突き立つ。そして内包された雷炎が轟音とフレアを撒き散らしながら荒れ狂った。

 

「ガァアアアアア!!」

 

 崩月の絶叫が響き渡る。雷炎槍は、その絶叫を喰らってでもいるかのように益々輝きを強め周囲の空間を雷炎の輝きで染め上げた。爆ぜるような光と炎の柱が天を衝く。その光景は、屋敷にいる八坂や九重、そして異界の妖怪や鬼達にも、しっかり捉えることが出来た。

 

 スターライトブレイカーにも負けない輝きが夜天の闇を駆逐する。やがて光と炎の柱は、吸い込まれるように崩月の胸に突き立つ大槍に戻った。

 

「がっ、ぐっ、あぐっ……」

 

 崩月が、半ば意識を飛ばしながらも、未だ体の中を暴れまわる雷炎に息を詰まらせた。地面に縫い付けられた形になっている崩月だったが、霊脈からの力の補充も虚しく、全く身動きが取れないようだ。

 

 それもその筈。この【喰らい尽くす雷炎槍】は、【奈落の業火】に基づく効果により、突き刺さっている間、相手のエネルギーを吸収し続けるという効果を持っている。そして、そのエネルギーをそのまま槍の維持と攻撃に転化し続けるのだ。つまり、霊脈から力を補充し続けることは、永遠に雷炎槍の磔から逃れられないということである。

 

 伊織が、ユニゾンを解いて、ミクとテトを伴いながら崩月の傍らに立った。

 

「この槍は、俺が消すか、お前の力が尽きない限り、お前を封じ続ける。……で? 鬼の(さが)は満たされたか?」

 

 そんな伊織の言葉に、崩月はギロリと剣呑な眼差しを送る。

 

 しばらくの間、睨み合う伊織と崩月。

 

 やがて、崩月がゆっくりと瞑目した。そして、大きく溜息を吐くと、どこか清々しい表情で口に笑みを浮かべ、異界に轟くほど大きな声で宣言した。

 

「認めようじゃねぇか! 東雲伊織! 東雲崇矢と静香の息子よぉ! ……お前の勝ちだぁ!」

 

 どこかで、幼姫の歓声と男女の褒める言葉が響いた――伊織は、そんな気がした。

 

 

 

 




いかがでしたか?

今回で鬼編は終わりです。
次回、後日談。

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