重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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第34話 異世界の英雄VS鬼 中編

 

 

ギンッ! ガンッ! ギャリリリッ!!

 

 江戸の風の町の郊外に、そんな金属同士がぶつかった様な激しい音が響き渡っていた。一方は巨体を誇る鬼の副首領が操る長大な棍、もう一方は、小さな体躯のキリングドールが振るう片刃の大剣。

 

「ぬぅおおおおお!!」

「ケケケッ!!」

 

 茨木童子とチャチャゼロが、それぞれ禍々しい妖力と魔力を輝かせながら相手を絶命せんと凶器を走らせる。茨木童子の棍は彼自身の灰色の妖力に覆われ、唯の木を削り出した物とは思えない硬度を実現し、チャチャゼロの振るう大剣とぶつかる度に硬質な金属音を響かせる。

 

 棍による連続して繰り出された突きは、その余りの速さに残像が発生し、もはや壁と称しても過言でないほど苛烈だ。しかし、そんな突きを、宙に浮くチャチャゼロは、ひょいひょいと紙一重でかわし、あるいは大剣で逸らして軽く凌いでいく。

 

 と、その時、猛攻を掛ける茨木童子の足に、チャチャゼロの纏う黒いボロマントがシュルシュル這い寄った。踏み込みのため大地に押し付けた足を包み込むと強烈な圧縮を加えながら掬い上げるように収縮する。

 

「うぉ!?」

「ケケケ、オッパイ剣士直伝ダゼ? 食ラットケ!」

 

 僅かにバランスを崩し、棍の一撃が軌道を逸れて無意味なものとなる。その隙を逃さず、チャチャゼロは、水平に構えた大剣を回転しがら遠心力をたっぷりと乗せて振り抜いた。その大剣にはいつの間にか緋色の輝き――炎が纏わりついていた。

 

――炎熱付与魔法 紫電一閃

 

 灼熱の一撃は、咄嗟に盾にした茨木童子の棍を真っ二つに斬り裂き、更に腹へ真一文字を刻み込んむ。

 

 言わずもがな、夜天の騎士――烈火の将シグナム直伝の剣戟だ。チャチャゼロが、なぜ古代ベルカの魔法を使えるのか……それは、チャチャゼロが既に自我を持つ唯の人形ではなく、古代ベルカの魔導技術が組み合わされた自律型デバイスと化しているからだ。

 

 リンカーコアは持っていないが、その身そのものがカートリッジのような魔力タンクとなっており、ある程度の魔導が行使可能なのである。犯人は勿論、アイリス・ルーベルスとライド・ルーベルスのマッド夫婦とその愉快な仲間達である。

 

 茨木童子がたたらを踏む。もっとも、鬼――それも副首領たる茨木童子からすればかすり傷程度のダメージだ。茨木童子は直ぐに体勢を立て直すと、大剣を振り切ったチャチャゼロに向かって、折れた棍を振り下ろした。

 

 技後の隙を狙った絶妙なタイミングでの一撃は、鬼の膂力と相まってチャチャゼロの小さな体を粉微塵に砕くかと思われた。が、チャチャゼロは、振り切った大剣の遠心力を利用して、そのまま一回転しつつ、迫る棍の一撃を見もせず回避した。

 

 そして、そのままもう一度、灼熱を纏う大剣を叩きつける。

 

「同じ手が通じるかぁ!」

「ケケケッ、間抜ケ」

 

 妖力を高め、まるで念の一つ【堅】のように防御力を高める茨木童子。先程の一撃で、棍を挟んだとは言え浅く斬り裂くにとどまった以上、チャチャゼロの剣戟では防御力を高められれば意味をなさないとわかるはずだ。

 

 しかし、キリングドールから発せられたのは焦燥の声ではなく、嘲笑の一言。その理由を示すように、直撃しつつも外皮に通らなかったその一撃は、しかし、内包された莫大な熱量を一気に解放し、斬撃ではなく強烈な衝撃を発生させる爆破打撃へと変化した。

 

ドゴンッ!!

 

「ぐぅおお!?」

 

 二度目の振り抜き。チャチャゼロの大剣が優美とすら言える剣線を宙に描くと同時に、茨木童子はくぐもった悲鳴を上げながら水平にぶっ飛んだ。砲弾と化した茨木童子は、そのまま家屋を薙ぎ倒しながら通り三つ分を貫通し、地面を抉りながらどうにか停止する。

 

「ぐっ、なんてぇ人形だ。……鬼を吹き飛ばすなんざ尋常じゃねぇぞ」

 

 くらくらする頭を振りながら、されどそれ程大したダメージを受けた様子もなく起き上がる茨木童子。副首領ともなれば、全てのスペックが桁違いなのだろう。チャチャゼロの放った一撃は、並みの鬼なら内臓ごと粉砕されてもおかしくない程の威力だったのだ。

 

 もっとも、チャチャゼロ自身、これで仕留められるとは思っていなかった。そもそも、それはチャチャゼロの役目ではない。チャチャゼロは魔法使いの従者であり、その役割は後衛の盾であり剣であること。すなわち、言ってしまえば時間稼ぎである。

 

 故に、その声の主こそが、この戦場の主役だ。

 

「当然だろう。この私の従者だぞ? さぁ、次は主人の番だ。存分に味わえ。【氷瀑】」

「――ッ!?」

 

 戦場に響く可憐な声音。次の瞬間、茨木童子を中心に大量の氷が発生し、直後、猛烈な凍気と爆風が発生した。ビキビキッと音を立てながら体表を覆って行く氷と内臓にまで届く衝撃に、咄嗟に横っ飛びで殺傷圏内から離脱する茨木童子。声にならない悲鳴を上げる。

 

「ほぉ、流石、頑強さだけが取り柄の種族だ。なら、これはどうだ? 【こおる大地】」

 

 鼻を鳴らしながら不敵な笑みを浮かべて宙より茨木童子を睥睨する金髪碧眼の鬼――エヴァは、優雅な仕草でフィンガースナップをした。直後、【氷瀑】の影響圏内から這い出た茨木童子を剣山の如き無数の氷柱と苛烈な凍気が襲う。

 

 氷柱と凍気から身を守るため妖力を全力で絞り出す茨木童子。内包する妖力がガリガリと削られていく。それでもやはり耐え切るというは、もはや流石としか言いようがない。これが四天王レベルなら、相当疲弊するか、あるいは終わっていた可能性もある。

 

「舐めるなぁああああ!!」

 

 茨木童子は、その眼光に殺意を滾らせると、雄叫び上げながら力任せに周囲の氷柱を殴り飛ばした。根元から砕け散り、即席の砲弾と化した氷柱は、その行使者たるエヴァに向かって殺到する。

 

「サセネェゼ」

 

 と、そこへ頼もしき従者が帰還する。大剣を残像が発生する程の速度で振り回し、次々と氷柱を迎撃していく。その間に、エヴァは新たな魔法の詠唱に入った。

 

「ふん、やはり半端に生かしておこうと思ったのがダメだったな。まぁ、死んだらそれまで。頑張って耐えろよ? 契約に従い我に従え 氷の女王 来れ とこしえのやみ! えいえんのひょうが! 全てのものを妙なる氷牢に閉じよ 【こおるせかい】!」

「――っ!!!!?」

 

 再び、声にならない絶叫が上がる。エヴァの詠唱が終わると同時に世界が凍獄へと塗り替えられた。四方百五十フィート圏内が、ほぼ絶対零度に近い極低温空間となる。茨木童子は逃げ場のない理不尽に対し、自身の持てる妖力の全てを以て対抗しようとするが、とある世界の正史においては鬼神すらも一瞬で凍てつかせた極大魔法に抗うには“格”が足りなさ過ぎた。

 

「……大陸の鬼は……こうまで強ぇのかい?……完敗だな」

「ふん、私が異質なだけさ。光栄に思え、この【真祖の吸血鬼】エヴァンジェリンと相対できたことを」

「……いっそ清々しい。くそったれぇ……」

 

 その言葉を最後に、茨木童子は透き通った美しさすら感じさせる氷柩の中へ封印され、意識を闇の底へと落としていった。辺りには、まるで美術品のように氷柱封印された茨木童子と天を衝くような氷の剣山で埋め尽くされている。

 

 戦いの終わりを告げるように、エヴァは月明かりに輝く金髪を片手で優雅に払いつつ、【こおるせかい】の発動とほぼ同時に天を衝いた濃紺色の閃光へ視線を向けた。

 

「ふむ、伊織の奴、苦戦しているのか? 今の酒呑童子は霊脈のバックアップを受けて大鬼神と同レベル……いや、それ以上の“格”を持っていようだが、全く情けない。あれくらい瞬殺できなくてどうする。ちと、喝でも入れに行ってやるか」

「ケケケッ、御主人、単純ニ旦那ガ心配ダッテ言エバイイジャネェカ」

「ち、違うわ! 心配なんぞするか! あいつの不甲斐なさを笑ってやりに行くんだ!」

「ハイハイ、ツンデレツンデレ。八百歳ノツンデレ~」

「チャチャゼロっ! 貴様ぁ! 解体してやるぅ!」

 

 チャチャゼロが逃げるように伊織のいる方へ飛んでいく。エヴァも、それを追いかけるように異界の空を駆けた。

 

 

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

 時間は少し遡る。

 

 異界の空を濃紺色の魔力に包まれながら飛ぶ伊織。挑発するように一瞬だけ発せられた莫大な妖力のもとを目指しつつ気配を探るが、今は【円】にも聴力にも、酒呑童子――崩月の気配は感じられない。どうやら気配を殺しているようだ。彼らしくない行動に警戒心が高まる。

 

 と、その時、伊織の背筋が不意に粟立った。危機察知能力が伊織に全力で警告を発する。同時に、伊織の耳に風切り音が飛び込んできた。振り返る時間も惜しいと、伊織はその場で本能の命じるままに身を捻る。

 

ギュオ!!

 

 そんな空を切り裂く音を響かせて、一瞬前まで伊織の頭があった場所を拳大の石が通過する。およそ有り得ない速度で飛来した投石は、直撃していれば即死していた可能性があった。しかし、そんな砲弾じみた投石は一つではないようで、伊織の【円】には、ガトリング掃射の如く飛来する投石の気配が感知されていた。

 

 伊織は、それらの投石を風に舞う木の葉のようにひらりひらりと躱しつつ、その眼に映った光景に若干頬を引き攣らせる。というのも、すぐ眼前まで“岩盤”が迫っていたからだ。どうやら、この襲撃の犯人である崩月は、投石を牽制に岩壁そのものをぶん投げたらしい。流石は鬼の首領。常識外れの膂力だ。

 

 伊織は、投石を避けながらスっと右腕を突き出す。刹那、濃紺色の閃光がドゥ! と音を響かせながら放たれた。

 

――反応炸裂型砲撃魔法 エクセリオンバスター

 

 セレスからカートリッジがカシュン! と音を立てて排莢され宙を舞う。岩盤のど真ん中に直撃した【エクセリオンバスター】は、そのまま僅かに食い込むと、次の瞬間、内包魔力を炸裂させた。内部から生じた爆発で岩盤が吹き飛び、その残骸が伊織を避けるように飛び散っていく。

 

 が、その砕け散った岩盤のすぐ後ろから崩月の巨体が飛び出してきた。どうやら、岩盤を投げると同時に自分も脚力に任せて飛び上がって来たらしい。もちろん、伊織の聴力と【円】は、崩月の存在を捉えていたので、特に慌てることはない。

 

「ルゥァアアアア!!」

 

 崩月が絶叫を上げながら赤黒い妖力を纏った拳を振るう。伊織は、飛行魔法を切って落下する事により、その拳撃をあっさりかわす……つもりだったが、そこまで甘くはなかったらしい。崩月に飛行能力はないと思ったのだが、背中で妖力を爆発させることで強引に軌道を捻じ曲げ、追い縋ってきた。

 

 空中で崩月と伊織の視線が交差する。崩月の口元が「捉えた」とでも言うようにニヤリと歪む。

 

 直後、伊織の頭部よりも巨大な拳が、伊織に叩き込まれた。迫る巨拳。パンッ! と空気の破裂する音が鳴り、そのまま吸い込まれるように伊織に直撃した。伊織は、まるでピンボールのように、ちょうど崩月と八坂が争った場所へと吹き飛んでいった。

 

 致命と思われる一撃を放った崩月は、しかし、その表情を苦虫を噛み潰したように顰める。彼は気がついていたのだ。己の拳に、奇妙なほど手応えがなかったことに。そして、直撃の寸前、伊織の足元に力が集中したことに。

 

――陸奥圓明流 浮身

 

 攻撃を受けた瞬間、絶妙なタイミングで力のベクトルに合わせて自ら跳ぶ事により衝撃を殺す防御技。伊織の足元に発生した力場は、空中に在って跳ぶ為の【虚空瞬動】だ。

 

 重力に引かれ自由落下しながら、妖力を爆発させて軌道を修正し荒れた広場へと着弾する崩月。その眼前で、鬼の拳撃を正面から受けたはずの伊織は、案の定、無傷で佇んでいた。

 

「鬼は正面から相対するのを好むものだと思っていたんだが……奇襲とはやってくれるじゃないか」

「はっ、借りを返しただけだろうがよぉ。これでチャラだ……と言いてぇところだが、たくっ。結局、奇襲になってなかったじゃねぇか。どんな勘してやがんだ」

「突発的な出来事への対応能力に関しては、些か自信があるんだよ。俺に奇襲は通じない」

 

 澄まし顔でそんな事を言う伊織に、崩月はどこか嬉しそうに表情を歪めた。殺り応えのある敵の存在に鬼の血が騒ぐのだろう。そんな崩月の様子に、伊織は内心で溜息を吐きながら、意味がないだろうなと思いつつも、それでも己の信条に従い語りかけた。

 

「呪縛からは解放されているんだろう? なら、大人しくしていてくれないか? 無用な争いは好まないんだ。八坂殿のように共存……あるいは住み分けという形で協会と約定して欲しい。どうだ?」

「おいおいおいおい。この期に及んで、無粋なこと言ってんじゃねぇよ。てめぇの女が解放してくれたことは礼を言うがなぁ、それとこれとは話が別だ。鬼が、てめぇみたいな面白ぇ奴を見逃すはずないだろうが。それに、“妖怪の統領”を他の妖怪に名乗られんのは我慢ならねぇ。八坂は下した。後は、邪魔するてめぇを潰せば、晴れて俺が統領だ」

「はぁ~~、まぁ、鬼ならそう言うだろうな。戦闘馬鹿め」

「ガッハッハッハ、そりゃあ褒め言葉だ。――俺を止めたきゃ力尽くで屈服させな!」

 

 そう宣言するやいなや、崩月が正拳突きの要領で豪腕を繰り出す。すると、凄まじい威力の拳圧が前方の地面を爆砕しながら伊織に迫った。

 

「風花風障壁!」

 

 伊織の前方に、一瞬だけなら十トントラックの衝撃にも耐える風の障壁が現れる。更に、念話による指示により、伊織のデバイス――セレスがベルカ式シールド【パンツァーシルト】を重ね掛けした。

 

ドゴォオオオ!!

 

 凄まじい衝撃が轟き、伊織の張った障壁が二つとも粉砕される。直後、キラキラと舞う障壁の残骸を掻き分けて、崩月が飛び込んできた。振るわれるのは当然、死を纏う豪腕。

 

 空気を破裂させながら突き出された拳を、伊織は身を屈め一歩踏み込みながら回避する、そして、その回避の一歩で震脚を行い、巡るエネルギーを拳に乗せて崩月の懐という超至近距離から十八番の連続拳撃を放った。

 

――覇王流 断空拳

――陸奥圓明流 無空波

 

 いすれも念による【硬】を施した絶大な一撃。しかし、以前は確かにダメージを与えたその攻撃を、崩月はグラつきもせずに耐え切った。

 

「何度も同じ手が通じるかぁっ!!」

 

 そう言って、至近にいる伊織に膝蹴りを叩き込もうとする。当然、その膝にも赤黒い妖力が纏わり付いており、崩月のただでさえ尋常でない膂力を更に数倍に引き上げている。まともにくらえば、ミンチでは済まない。

 

 伊織は、己へと迫るその膝に跳ね上げた足裏を押し当てると、そのまま勢いに乗って飛び退こうとした。だが、その行動は読まれていたらしい。崩月が、凶悪な笑みを浮かべながら、体を浮かせる伊織に左拳を振るった。

 

 今度は、浮身で防御させないためか伊織の足元には崩月の妖力が渦巻いている。実際、【虚空瞬動】の足場は作れないだろう。身動きできない伊織に、あわや鬼神の殺意が直撃するかと思われた瞬間、直撃コースだった崩月の拳が何かに引かれるように若干、軌道を逸らした。更に、伊織の体がスイーっと、およそ人体には有り得ない水平移動をして、そのまま殺傷圏内から離脱する。

 

――操弦曲 薙蜘蛛

 

 アーティファクト【操弦曲】による、鋼糸を使って相手の攻撃を絡めとりいなす技。同時に、自らの体にも鋼糸を巻きつけて後方へ引っ張ったのである。

 

 自らの腕に絡みついた鋼糸に気が付いた崩月が力任せにそれらを引きちぎる。そして、僅かに仰け反り大きく息を吸うと、凶悪な牙の並ぶ大口から青白い火炎を吐き出した。いわゆる鬼火である。ただし、やっている事は、地面すら溶かす程の火炎放射だ。

 

 逃がさないようにするためか、広範囲に広がりながら襲い来る蒼炎に、伊織はググッと右腕を引き絞った。直後、その右腕に膨大な量の魔力が収束し、セレスからカートリッジが二発飛び出る。

 

 そして、蒼炎が直撃する寸前、伊織は怯むことなく右腕を突き出した。その瞬間、

 

パキャァアアン!!!

 

 そんなガラスの割れるような音を響かせながら空間そのものが粉砕される。

 

――覇王流オリジナル 覇王絶空拳

 

 空間を破砕し、虚数空間に通じる穴を開けることで攻防一体となす伊織オリジナルの覇王流奥義である。以前は、ミク達とユニゾンしなければ出来なかった技だが、百年以上の研鑽の末、小規模な破砕なら一人でも可能になったのだ。

 

 伊織の眼前に開いた空間の穴は、その深淵の向こう側へ蒼炎を放逐していき、伊織をその獄炎から完璧に守り抜いた。空間が元に戻ろうとする作用で、徐々に小さくなっていく穴を尻目に、伊織はセレスをバリトンサックスモードに切り替える。

 

 先手、先手と取られてきた伊織の反撃の狼煙だ。鬼火が届いていないと気が付いた崩月が、火炎を吐きながら突進してくるのを耳にしながら、伊織が大きく息を吸いながら仰け反る。同時に、その胸部がググッっと膨らみ大量の空気を溜め込んだ。

 

 そして、

 

パァアアアアアアアア!!!!

 

「ッ――!?」

 

 余す事なく吹き込まれた息が、バリサクを凶暴な兵器へと変貌させる。黄金色の大きなベルから壮絶な爆音が放たれた。指向性を持たされたそれは既に唯の音ではない。射線上の全てを薙ぎ払う衝撃超音波であり、秒速三百四十メートルで駆け抜け対象の脳を揺さぶり尽くす。

 

 声にならない悲鳴を上げた崩月の目鼻耳からドロリと血が流れ出した。彼の目は既に白目を向いている。崩月は、突進の勢いのまま二、三歩ふらふらと進み、ピタリと立ち止まると、グラリと前のめりに倒れ始めた。

 

 その様子を、伊織は油断なく目を細めたまま見つめる。手加減一切抜きのすこぶる付き超衝撃超音波だ。ただで済むはずがないが、果たして……

 

ズシンッ!!

 

 それは震脚じみた足音。倒れ掛かった巨体を支える音だ。

 

「グッ、グゥウウ、ガァアア!!」

 

 雄叫び一発。白目を向いていた崩月の眼に光が戻る。グリンと動いた眼球が鋭さを取り戻して、しっかりと焦点を結ぶ。

 

「……とんでもない再生力だな。エヴァ並みか……」

「はぁはぁ、小僧……面妖な技を……霊脈の力がなけりゃ終わってたぞ」

 

 荒い息を吐きながら、狂った感覚を戻すように自分の頭を叩く崩月。悪態を付きながらフンッと鼻に詰まった血の塊を地面に飛ばす。どうやら、霊脈の力によって、ほぼ瞬時といってもいい程の再生力を持っているようだ。明らかに、以前の襲撃と時よりもスペックが上がっている。

 

「なら、この辺で負けを認めるというのはどうだ?」

「そういうなよぉ。面白くなってきやがったところだろうがぁ!!」

 

 再び、崩月の突進。単なる脚力任せの踏み込みだけでなく背中で妖力を爆発させて一瞬の加速を得る。本来なら、その爆発だけで其の辺の妖怪なら粉砕されそうな威力なのだが、崩月自身は何の痛痒も感じていないらしい。

 

 一瞬で肉薄した崩月は、慌ててバリサクを咥えた伊織に、油断大敵とばかりに拳を打ち込んだ。が、直撃を受けたはずの伊織がその場でぐにゃりと曲がると霞のように消えていく。

 

「なんだぁ?」

 

 己の拳にも殴った感触が皆無であり、困惑しながらも幻術の類かと周囲を探った。すると、ゆらりゆらりと周囲の空間が揺らめいて、そこかしこから伊織が現れた。

 

「そういう幻の類はなぁ! 女狐だけで十分なんだよぉ!」

 

 そう怒声を上げながら、崩月は足元に転がっていた大き目の石を握潰し、即席の散弾として膂力任せに投げつけた。普通の拳銃と何ら遜色のない、いやあるいはそれ以上の威力を以て四散した石の弾丸は、十体以上いる伊織を余すことなく撃ち抜いた。

 

 と、その瞬間、

 

「うぉ!?」

 

 無数の閃光が四方八方から崩月に殺到する。それは圧縮された雷の砲撃だ。集束率が高く高速なので一見するとレーザーのようにも見える。威力も高く、思わず防御姿勢をとった崩月の皮膚を焼き焦がし鋼のような外皮を突破する。

 

 しかし、深刻になるほどの威力でもないので再生力に任せてレーザーを無視し、周囲に佇む伊織を攻撃する崩月。だが、どれ一つとして本物に当たらない。

 

 挙句には、平面だと思っていた地面が、実は戦闘痕によって陥没しており、危うく躓いて転倒するという無様すら晒しそうになった。そこで、崩月は気が付く。幻の伊織が無数にいるのではなく、己自身が幻によって作られた空間そのものにいるのだと。

 

――魔獣創造 マーチ・ヘア

 

 もちろんモデルにしただけなので原作のような【バロールの魔眼】は放てない。組み込まれた魔導は幻術魔法【フェイクシルエット】【オプティックハイド】と雷系砲撃【プラズマスマッシャー】だ。

 

 崩月が衝撃超音波によって意識を飛ばしている間に、伊織が用意しておいたのだ。

 

「がぁああ!! 鬱陶しいぃいい!!!」

 

 間断のない、流星の如きレーザー攻撃に、崩月が額に青筋を浮かべて咆哮を上げた。霊脈のバックアップを得た膨大な妖力を、ただ力任せに大放出する。爆発でも起こったのかと錯覚しそうな程、急速に膨れ上がった妖力は、まるで台風のように荒れ狂い、マーチ・ヘアの幻術空間を内側から一気に吹き飛ばした。

 

 あらわになる細身の女性型魔獣の姿。いい様にやられた鬱憤を晴らすように崩月の拳が容赦の欠片もなく振るわれた。しかし、そんな崩月の苛立ちを後押しするように、マーチ・ヘアの姿が霧散する。伊織が、マーチ・ヘアを神器の内に戻したからだ。

 

 崩月のギラつく眼が、伊織の姿を捉える。そして、その眼を見開いた。伊織の構える腕に、崩月をして戦慄せずにはいられない膨大な魔力が集まっていたからだ。

 

「させるかよぉ!」

 

 崩月が、攻撃が放たれる前に身動き取れなさそうな伊織に襲いかかろうとした。

 

 が、その瞬間、崩月の足元に魔法陣が発生しそこから伸びた光の鎖が伸びて一瞬で崩月を拘束してしまった。

 

――設置型捕縛魔法 ディレイバインド

 

 こんなもの! と力尽くで引きちぎろうとした崩月の足元に更に魔法陣が展開される。

 

――強制転移魔法 トランスポーター

 

 魔法陣の輝きが崩月を包み込み、次の瞬間、彼を直上百メートルの場所へと強制転移させた。

 

 そして、そこにも設置されている【ディレイバインド】。空中で再び拘束され磔になる崩月が盛大に悪態を吐いた。

 

「でぇぇえいい!! 女狐みてぇな戦い方しやがってぇ! 男なら拳で語りやがれぇ!」

 

 直ぐに光の鎖を引きちぎろうと筋肉を隆起させる崩月。バインドは、鬼神を縛るには圧倒的に役不足で早くも亀裂が入りまくっている。マーチ・ヘアが時間を稼いでいる間に、かなり魔力を込めて強固に作ったものなのだが、五秒程度しか持たないようだ。

 

 だが、三秒あればお釣りが来る。

 

「拳でなくて悪いが、正面から撃ち抜いてやるよ」

 

 その言葉と共に、収束した星の光が夜天に向かって解き放たれた。

 

――収束型砲撃魔法 スターライトブレイカー

 

 大気を鳴動させ、辺り一帯を濃紺色に染め上げる。撃ち手である伊織の周囲は、余波によって放射状に吹き飛び、踏ん張る両足がゴバッ! と地面を陥没させる。伊織が、崩月を上空に放逐してから砲撃したのは、全くもってこのせいだ。余波でさえ、周囲の地形を変えそうなのに、そんな凶悪な砲撃を地上に向かって放つわけにはいかない。

 

 とある未来で、同じ九歳の女の子にこれを放った白い魔王少女様は一体何を考えていたのか……流石は、運動神経が切れていると言われながらも、戦闘民族の末子である。

 

「ぬぅおおおおおお!!!」

 

 異界の空に、鬼神の絶叫が響き渡る。直撃寸前で拘束を砕き、咄嗟に腕をクロスさせて防御姿勢をとった。そして、その姿のまま、濃紺色の輝く魔力の奔流に呑み込まれ、発していた雄叫び諸共姿を消してしまった。

 

 

 

 

 




いかがでしたか?

チャチャゼロは魔改造を受けてしまった。ショッカーはもちろんマッド夫妻と愉快な仲間です。
ちなみに、あくまで自律型デバイスであってユニゾンデバイスではありません。単に、チャチャゼロにも魔導を使わせたかっただけです。

次回は、明日の18時更新予定です。

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