重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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戦争介入。

イオリアの悩み、葛藤、行動方針、人間ですからきっちりかっちりとは行きません。
その辺が表現したかったのですが・・・難しい。


第20話 600歳は伊達じゃない

 イオリア達が転移した場所はどこかの街の上空だった。

 

 しかし、眼下に広がる光景は、街並みと人々の喧騒ではなく、轟轟と燃える街と人々の悲鳴、そして、数十体の鬼神兵と数え切れないほどの兵士だった。

 

 街はおそらく拡大した戦場に巻き込まれたでもしたのだろう。多くの人が近くの森を目指して逃げ惑っている。

 

 その時、一体の鬼神兵の顔が街の方を向きその口がガパッと開けられた。全身に悪寒が走ったイオリアはミク達の制止を振り切って飛び出す。

 

 「させるかぁーー!」

 

 イオリアが全身全霊で【オーパルプロテクション・ファランクスシフト】を最大領域で展開するのと、鬼神兵からレーザーの如き砲撃が放たれたのは同時だった。

 

 鬼神兵の砲撃はイオリアのプロテクションを難なく食い破っていく。その特性上一瞬で全障壁を抜かれることはないが、イオリアの障壁構築速度より破壊速度の方が明らかに早い。

 

 あと数秒で破られるというとき、イオリアのプロテクションに重ねるようにさらにシールドが張られていく。ミクとテト、そしてエヴァだ。三人の障壁によりイオリアのプロテクションも息を吹き返すように十枚の障壁が張り直される。

 

「もう! マスター! 何してるんですか!」

「勘弁してよ! 心臓が止まるかと思ったよ!」

「この阿呆が! 鬼神兵の砲撃に身を晒すやつがあるか!」

 

 障壁を張りながら怒りの表情でイオリアをなじるミク達。そうこうしてるうちに砲撃は止み、その場を離脱する。再度、蛮行を叱ろうとミク達がイオリアを見ると、イオリアは唇を噛み締め眼下の街と人々をジッと見つめている。

 

 そして、ミク達に振り返ると何かを決断した表情で告げる。

 

「ミク、テト、救うぞ。……エヴァできれば……」

「皆まで言うな。話はあとだ」

「ありがとう」

 

 イオリアがミクとテトに告げ、エヴァに頼もうとすると、エヴァは全ては言わせず協力を申し出た。感謝の言葉を告げ、イオリアは指示を出す。

 

「人間は俺がやる。三人は鬼神兵をやってくれ。チャチャゼロは俺の護衛を頼む」

 

 そう言いながらセレスをバリトンサックスに切り替えるイオリア。何をする気か悟ったミク達が頷き散開する。

 

「ケケケ、オ前ノソレ、本領発揮ダナ?マァ、安心シナ、演奏ノ邪魔ハサセナイゼ」

「ああ、頼りにしてる」

 

 イオリアは静かに目を閉じスーと息を吸うと黄金のサックスに息を吹き込んだ。重厚で深みのある旋律が戦場を満たしていく。

 

 戦場には全く似つかわしくない洗練された音楽が、怒号や悲鳴を掻き消すように鳴り響く。パニックになり泣き喚く人々が「一体なんだ?」とつい耳を澄まし、気がつけば冷静さを取り戻していく。

 

 兵士にとっては異常事態だ。新手の攻撃か!? と慌てふためく。

 

 街の上空でサックスを吹き鳴らすイオリアを発見した兵士が魔法の矢を放つが、奏者の前に陣取った第一の聴衆がそれを許さない。

 

 小さな体を縦横無尽に動かし、まるで曲に合わせてダンスでもするかの用にくるくると回りながら魔法の矢を叩き落としていくチャチャゼロ。

 

 やがて、戦場のほとんどの音を掌握したイオリアは一度、マウスピースから口を話すと大きく仰け反りながら息を吸う。胸部がそれに合わせてぐぐっと膨らみ、余すことなくサックスへ吹き込んだ。

 

 これにより発生した衝撃超音波が秒速340mで兵士達の脳を揺さぶる。

 

 兵士達は例外なく白目をむき、鼻や耳から血を流しながら倒れた。死なない程度に加減はしているとは言え、絶対ではない。また、早ければ1日ほどで目を覚ますが暫くはまともに戦えないだろう。

 

 

「オ見事。イツ聴イテモ惚レ惚レスンナ。シカモ効果ガ凶悪スギルゼ。ケケケ」

「俺は純粋に音楽を奏でていたいんだけどな」

 

 イオリアはチャチャゼロの賞賛に喜ぶでもなく、チラリと鬼神兵の方を見るとセレスを篭手型に戻し街の人々の救助に向かった。

 

 ミク達もちょうど鬼神兵を倒したようだ。流石、チートの権化達である。念話で直接救助に向かうよう指示し、イオリアは無表情のまま何かを振り切るように救助活動に集中した。

 

 生存者を探し、森の中に誘導する。テトのアーティファクト【賢者の指輪】で簡易の家を建てていく。【魂の宝物庫】から取り出した食事を【九つの命】で分身したミクが炊き出しを作り振舞う。イオリアとテト、エヴァは回復魔法を使って怪我人の治療に専念した。

 

 この時も、エヴァは特に異論を挟むことなくイオリアの指示に従ってくれた。悪の魔法使いを自称するエヴァは基本的に対価なくして動かない。それ故、少しイオリアには不思議だったが、今は猫の手も借りたいくらいだと気にしないことにした。

 

 怪我人の治療が終わり、イオリア達の出来る限りのことをしたあと、街の代表者と話し合い、この場所は危険であるとして、最寄りの街に避難することになった。

 

 街の人を集めて転移魔法で最寄りの街に分散して送っていく。順番に転移陣に入るたびに街の人々がイオリア達に感謝を告げていく。それでも、イオリアの表情は最後まで晴れなかった。最後の住民達と共にイオリア達も近くの街に行き宿をとって一息ついた。

 

 しかし、部屋に入るとイオリアは直ぐに【魂の宝物庫】から別荘を取り出し、ちょっと考えたいと言って夕食も取らず自分の別荘に入っていた。

 

 ミク達は黙って見送る。エヴァだけが訝しげにミク達とイオリアを交互に見ていた。

 

 イオリアを欠いた夕食の席で、ついに我慢できずエヴァが尋ねた。

 

「おい、ミク、テト。イオリアのヤツはどうしたんだ? 何も人死を初めて見たわけではあるまい。戦争経験者だろう?何を、沈んでいるんだ? まさか、全員救えなかったことではあるまいな。そこまで甘ったれでないはずだが……」

 

 イオリアが全員救えなかったことを悔やんでこれみよがしに落ち込み「慰めて欲しい」という態度をとるほど甘えた人間ではないと、今まで二年近く一緒にいたエヴァにはわかる。

 

 ではなぜあんなにも深刻そうに思考に没頭しなければならないのか、エヴァにはさっぱりわからなかった。

 

 しかし、ミクとテトには予測がついているようで、それが少し悔しく感じつつも、埒があかないので直球で尋ねたのだ。

 

「それは……」

 

 言い淀むミクに不満げな、それでいて少し寂しそうな表情になるエヴァ。

 

「……私には言えんことか。それは、時折お前達が見せる私への遠慮と関係があるのか?」

 

 その言葉に少し驚いた様子の二人。エヴァは苦笑いする。

 

 確かに、イオリア達には遠慮があった。エヴァとの付き合いは一時的なものだ。翌年の世界樹発光で別れる予定で、そうなればもう二度と会うこともない関係だ。

 

 だから、一時的な友誼は結んでもそれ以上深い関係にはならないよう注意はしていた。どうやらそれを見抜かれていたようだ。

 

「それくらいわかるさ。もう二年は一緒いる。当然だろ?」

 

 そんなエヴァを見て、テトが微笑む。

 

「エヴァちゃん。よかったらマスターのところに行ってあげてくれないかな? きっと、エヴァちゃんの言葉がマスターには必要だから」

「テトちゃん……そうですね。きっとマスターはもう結論を出しているんでしょうが……後押しできるのは、きっとこの世界の住人であるエヴァちゃんだけです」

 

 テトの言葉を受けてミクも賛同する。

 

 そんな二人を静かに見つめるエヴァは、やがて同じように微笑んで席を立った。

 

 ミクとテトがイオリアを任せた意味をエヴァは正確に読み取っていた。二人は今、本当の意味でエヴァを友人ではなく仲間として見たのだ。エヴァの微笑みはそれ故である。

 

 

 

 

 

 イオリアの“別荘”はエヴァの“ルーベンスシュルト城”と趣を異にし、静謐をテーマとしている。

 

 緑豊かな山とその麓に大きな湖と川、それに森が広がっている。その森の向こう側はこれまた緑豊かな山々が連なり、盆地、平原、湖がそこかしこに点在する。静謐で神聖さを感じる、古き良き日本をイメージしたのだ。そんな森の中、湖との中間の辺りに三階建ての日本家屋が存在する。イオリア達の住居だ。

 

 ちなみに、エヴァたっての希望で“レーベンスシュルト城”と魔法陣で直接行き来出来たりする。

 

 イオリアは、今、湖のほとりに来ていた。ボーと湖を見ながら考え事をする。暫くそうしていると、背後から草木を踏む足音が聞こえてきた。

 

「ふん、随分と辛気臭い顔をしているな。どうせくだらんことでも考えているんだろう?」

「……エヴァ」

 

 エヴァはイオリアの隣までくるとトスと音を立てて座り込んだ。そして、どこからかワインボトルとグラスを取り出し、グラスを一つイオリアに渡す。イオリアは苦笑いして、「俺まだ十五なんだが……」と言うと「何か問題か?」と野暮なこと言うなというようにワインを注いだ。

 

 イオリアにワインの善し悪し等分からないが、それでも芳醇な香りに思わず頬が緩む。相当いい物を持ち出してきたらしい。

 

 エヴァは自分のグラスを掲げる。イオリアも合わせて掲げるが「何に乾杯するんだ」という顔をする。それに、エヴァはやわらかな表情をすると、

 

「では、この二年に」

 

 とそう言った。イオリアも微笑み頷いて「この二年に」と小さく呟きグラスを合わせる。二人で一口。余韻を味わいながら、しばらく沈黙が続く。しかし、決して嫌な沈黙ではない。気まずさとは程遠い心地よさがあった。

 

 随分と親しくなったもんだとイオリアは苦笑いした。イオリアは察していた。おそらく、ミク達が自分の考えを察していることを、だからこそエヴァを寄越したのだと。

 

 二人には相変わらず適わないなぁ~と思いつつ、隣でワインを楽しんでいる、最近随分成長してきた友人を何となしに眺める。

 

「……言いたいことがあるならさっさと言え。そう見つめられると居心地悪いだろうが……」

 

 若干頬を染めたエヴァが軽く睨むようにイオリアを見る。イオリアは「悪い」と苦笑いしながら湖に視線を戻した。

 

「別に悩んでるとかじゃない。もう、どうするかは決めてるんだ。あの時、軍と戦うと決めた時に既に。あそこで引いてしまったら、それはもう俺じゃなくなる。誓いを違えることになるから。……未来より、今聞こえる悲鳴の方が俺にはずっと重いから。……ただ“有り得たはずの未来”で紡がれたはずの友情や愛情を引き換えにすることに良心が咎める。……そのために揺らいで誰かを危険に晒す前に、揺らがないよう見つめ直してたんだ。自分の誓いを。今まで培ってきたものを」

 

 イオリアの独白を黙って聞いていたエヴァは、やはりこの男は強いなと感じていた。実力だけでなく、その意志が。イオリアを横目に眺めつつ、その良心を咎めるという原因について疑問をぶつける。

 

「ふん、“有り得たはずの未来”か……まるで、この先の未来を知っているような口ぶりだな。……それがお前達が私に隠していたことか?」

 

 イオリアはエヴァの質問に、気がつかれていたのかとミクやテトと同じような反応を返す。それから全てを話すことにした。

 

 すなわち、“ネギま”の物語を。“紅き翼”と“完全なる世界”の戦い、オスティアの崩落、魔法世界崩壊の危機、英雄の息子ネギの存在、ナギによるエヴァの封印、ネギの師匠となること、そしてネギの出した魔法世界救済の答え。

 

 話しが終わるとエヴァは何やらぷるぷると震えている。まるで激情を押さえ込むように。イオリアはやっぱりこれから自分のすることが“有り得たはずのネギとエヴァの出会い”を無くすことになると知って憤っているのかと申し訳なさそうな表情をする。

 

 しかし、それは全くの勘違いだった。

 

「なんだそれは! 私の扱いが酷すぎるだろ! えっ何、初恋の相手に封印された挙句、解放の約束すっぽかされて十五年も中学生!? しかも、最弱状態で働かされて……おまけに意中の相手は既に結婚していて、子供までいて、……報われなさすぎだろ! 待遇の改善を要求するぞ!」

 

 客観的に聞くと確かにあんまりな扱いだった。ナギもどうしてストーカーされている時に既婚者だって言わなかったのか。

 

 未だ、ぷるぷると怒りに震えるエヴァをなだめるイオリア。やがて、落ち着いたエヴァが質問を重ねる。

 

「それで、イオリア、お前はこの戦争に介入しようというのだな?」

「ああ、巻き込まれる人々を救う。オスティアも落とさせない。アスナは助け出す。メガロの頭は潰すし、完全なる世界も引き込む。……そして、魔法世界も救う」

 

 あまりに強欲で傲慢な言葉にエヴァは呆れ顔だ。

 

「それが、たった一年、いやあと半年ちょっとで出来るとでも?」

「いや、来年には帰らない。少なくとも火星のテラフォーミングが終わるまで……二十年後の世界樹大発光でも目安にするさ」

 

 エヴァはイオリアからベルカでのことを聞いている。帰還の約束も、救うと誓いを立てたことも、それ故に帰還を切望していることも。

 

 それを、帰らないと言った。少なくともこの世界の危機が去るときまで。それは、イオリアの覚悟だろう。

 

「そうか、よくわかった。お前が空前絶後の大馬鹿者ということがな。自分とは関係ない世界のことだというのに、放っておいても誰かがしてくれるというのに、それでは満足できないというのだろう?……ホントに強欲だ」

「……軽蔑するか? 確かな未来より不確かな未来を選ぶことを無責任だと思うか?」

 

 イオリアの言葉には苦味が混じっている。そんなイオリアを「ふん」と鼻で笑うエヴァ。

 

「愚人は過去を、賢人は現在を、狂人は未来を語るものだ。今を選んだお前を軽蔑などするものか。むしろ、こうあるべきなどと言って私にそんな残念な未来を選ばせていたら……ぶっ殺しているところだ。未来など元より不確かなもの。リスクを背負うこともなく安牌を選び続ける人生など……くだらんさ」

 

 そこで一度言葉を切るとエヴァは真っ直ぐにイオリアを見る。

 

 やわらかな風が湖畔に吹きエヴァの綺麗な金髪をなびかせる。風に舞う髪がきらきらと光を放ち、どこか神聖さすら感じさせる

 

「この世界で六百年を生きたこのエヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが保証してやる。お前が選んだ今は、願う未来は、決して間違ってなどいない。戦うというのなら……この私が、“闇の福音”が力になろう」

 

 こちらを見て淡く微笑むエヴァに、思わずやられたなぁ~と天を仰ぐイオリア。どうして自分の周りにはこうもいい女がいるのだろうかと緩む口元を隠しながら思う。

 

「ありがとう。どうやら揺らがず戦えそうだ」

 

 そんなイオリアの照れ隠しに気がついているのか「くくく」と悪い笑みを浮かべるエヴァ。再び、沈黙が訪れ二人は寄り添いながら湖を眺める。

 

「さて、私は戻るぞ。ミクとテトに、お前達のマスターに喝を入れてやったと報告しなければならんしな」

「ああ、俺も直ぐ戻る。今後の方針も伝えなきゃいけないしな」

 

 エヴァは最後のワインをクイッと飲み干すと立ち上がり踵を返す。しかし、二、三歩進むと顔だけ振り返りイオリアに悪戯っぽく笑った。

 

「そうだ、一応言っておく。“有り得たはずの未来”など二年前の時点でどちらにしろ存在しないぞ? 私は不死者だからな、欲しいものは何年かけようとも手に入れる。……たとえ世界が違ってもな」

「えっ? エヴァ、それって……」

「ふふふ、ではな。早く戻れよ?」

 

 エヴァは、最後にそんなことを言い残して去っていった。呆然とその背を見送り、イオリアは仰向けにぶっ倒れた。今度こそ「参った」と呟きながら。

 

 

 

 

 

 イオリアが魔法球を出ると、ミクとテトが微笑みながら待っていた。エヴァは不機嫌顔だ。となりでチャチャゼロがニヤニヤしていることから弄られたのだろう。

 

 ミクとテトに目線で礼を言って席に着く。そうして、今後の方針を伝え始めた。

 

「取り敢えず、紛争地域に行って巻き込まれた人達を助けていく。それと並行して情報収集だ。紅き翼のメンバーと渡りをつけて協力関係を築くのは絶対だし、アスナの正確な居場所も知る必要がある。帝国と連合もいずれは渡りをつける必要があるが、それは後回しだ。特に連合の方は腐りきってるみたいだから、頭をすげ替えるにしても時間がかかる。完全なる世界は特に探す必要もない。アスナを保護できれば、向こうから勝手にやって来るしな。そん時に、どうせ聞く耳持たずだろうからぶっ飛ばしてテラフォーミング計画に協力させる。

 まぁ、ざっとこんなもんかな」

 

「随分大雑把じゃないですか? 世界を救う計画としては随分適当な気が……」

「まぁ、いずれにしろ今の段階では情報が足りないけどね」

「いや、このくらい大雑把でいい。綿密な計画ほど、不測の事態に弱いものだ。世界を救おうというのなら、これくらいの計画性が丁度良い」

 

 イオリアの方針に、三様の意見が出るものの、何はともあれ、まずは巻き込まれた人達を救いながら情報収集をすることで一致した。今が戦争のどの時期なのかそれを知ることが重要だった。

 

 翌日から、イオリア達は本格的に動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 戦場にほど近い街では今、とある噂が流れていた。戦火に巻き込まれた人々がどこからともなく現れた四人の少年少女に何度も救われているとうのだ。しかも、帝国も連合も関係なく無力化し、救助活動を行い、街の傷ついた人々を癒し、転移魔法で最寄りの街へ転送までしてくれるという。

 

 最初は、眉唾物として笑い話にもならなかったが、避難してきた人々が続々と増え、口々に救われたと話すことでどうやら本当らしいと人々の話題に上がるようになったのだ。

 

 特に、紅き翼の活躍によりグレートブリッジを奪還されて以来、押され気味のヘラス帝国では侵攻ルート周辺の街や村で不安が広がっており、そこへ来て、いざとなれば救いに来てくれる謎の集団は人々の格好の話題だった。

 

 人々を救いながら見返りを求めないその姿に、誰が呼び始めたのか花言葉にちなんで「スケトシア」などという名称がイオリア達に付けられた。

 

 意味は「清らかなる乙女」らしい。

 

 それを小耳に挟んだイオリアが「俺は何処に行ったんだ……」と落ち込み、エヴァが「わ、私が、き清らかな……ぬがぁぁぁーー、恥ずいー!」と顔を両手で抑えながら床の上をゴロゴロと転がり身悶え、ミクとテトがオロオロと二人を慰め、チャチャゼロが爆笑しながらエヴァを弄るというカオスが出来上がり、何とか違う呼び名をと画策したのだが……まぁ、それはまた別の話しである。

 

 そして、その話題はヘラス帝国の中央にも届いていた。

 

「むぅ、戦場で楽器を奏でる男に、剣士、銃使い、人形遣いの女……一体何者なのじゃ? こんな、概要だけの報告書ではさっぱりわからんではないか……我が民を救ってくれた者達にぜひとも会いたいのだがのう……」

「しかし、殿下。彼等はそれ以上に、我が国の兵を……」

「殺しておらんじゃろ? いや、全部とは言わんが全滅させられておいて、死者がほとんどおらんのは事実じゃ」

 

 殿下と呼ばれた十歳くらいの少女、ヘラス帝国第三皇女テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミアは、そう言って再度報告書を手にとった。

 

 そこにはボヤけた画像が貼られており、テオドラはその内の一枚、空中で黄金の楽器を吹き鳴らす少年らしき人物を眺めた。

 

「しかも、連合、帝国見境なしに無力化させて……一体何がしたいのじゃろうな? まさか、本当に救うことしか考えていないとも思えんが……うう~む、会いたい! 会いたいぞ! 何とかせよ!」

「どうかご自重下さいませ、殿下。このような素性も明らかでない輩を殿下に会わせるなど……そもそも――」

「ええい! もうよいわ!」

 

 ぷんすかと怒りながら駄々っ子のように手足をばたつかせるテオドラに、お付きの侍女は内心溜息をつく。

 

 テオドラのじゃじゃ馬振りは有名で、そんなテオドラが正体不明の集団に興味を持ってしまった。殿下がまた何かしでかすのでは? と気が気ではない侍女。

 

 そんな彼女を余所にテオドラは何かを企むように考え込み始めた。

 

 それから暫くして、再び連合と衝突が予測される場所の近くに小さな街があることを知ったテオドラが城を抜け出し、空っぽの部屋と開け放たれた窓を見て全てを悟った侍女が悲鳴を上げ大騒ぎになった。

 

 そのしわ寄せが自分達に来ることをイオリア達はまだ知らない。

 

 それほど遠くない場所で爆音が鳴り、その振動がガタガタと窓を揺らす。緊迫した空気が充満し、街の住人達の表情は皆強張っていた。

 

 戦火から逃れるために急いで避難をしているが、既に兵士達の怒号すら微かに聞こえるほど近づいている。街には老人も多く、簡単には動けない者も多い。このままでは戦火に巻き込まれるのは時間の問題だった。

 

 それでも、既に避難を始めていられたのは小さな少女の警告があったからだ。

 

 フードを目深にかぶり小さな体を精一杯動かして「戦火が迫っておる、早く避難するのじゃ!」とどことなく高貴な雰囲気を持つ少女が必死に住民達を促した。

 

 その少女は今も、辛そうに避難する人々を声を張り上げて励ましている。

 

「ほれ! しっかりせい! あの森に逃げ込めば時間は稼げる! 頑張って逃げるの――「やめろー!」な、何事じゃ!」

 

 ピョンピョンと跳ねながら励ます少女の耳に、突然、前方から悲鳴が聞こえてきた。

 

 少女は急いで声の元に駆け寄る。すると、数人の連合と思わしき兵士が倒れ伏す数人の住民を踏みつけながら怯える人々を睥睨していた。その後ろの森にはさらに八十人近い兵士がいつでも魔法を放てるよう発動寸前で待機している。

 

「な、何をしておるんじゃ! この者達は、ただの街の住民じゃぞ! 連合は関係ない者にまで手を出すほど腐っておるのか!」

 

 少女が怒りを顕に怒鳴り散らす。

 

 それを面倒くさそうに見た隊長らしき人物が部下に合図を送ると、瞬時に魔法の矢が放たれた。

 

 迫る魔法の矢に、まさか言葉もなくいきなり攻撃されるとは夢にも思わない少女は硬直する。

 

 まさに直撃するという瞬間、少女の体が何者かに押し倒された。見れば年配の獣人の男が少女に覆いかぶさるように倒れ、苦悶の声を上げている。

 

 少女は慌てて這い出し、男の様子を見ると脇腹が抉られだくだくと出血している。

 

「お主! 妾をかばって……」

 

 呆然とする少女を余所に隊長らしき人物が大声で告げた。

 

「貴様ら帝国の畜生どもは、我々が人質として使う。逆らえば殺す。言葉を発しても殺す。生きたければ黙って従え!」

 

 連合の兵士達の殺意に、逆らえば本当に殺されると怯えることしかできない住民達。

 

 その様子に満足したのか見せしめにした獣人の男を足蹴にしながら部下に合図を出そうとして、視界の端で先ほどの少女が立ち上がるのを見た。

 

 隊長らしき人物は、訝しげに少女を見る。俯きながら絞り出すような声を出す。

 

「人質が必要なら妾がなってやる」

「ああ?」

 

 何言ってんだコイツ? という顔をする隊長らしき人物を前に、少女はゆっくりフードをとった。その下から現れたのは、

 

「妾は、ヘラス帝国第三皇女テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア。妾が人質になるゆえ皆は逃がしてたもう!」

 

 その言葉に驚愕の表情をするも、こんなところに第三皇女がいるはずないと一笑する。周りの住民達も信じられないといった表情だ。

 

 しかし、部下の一人が隊長らしき人物に駆け寄り耳打ちすると、その顔には再度驚愕と、そしてニヤーと下卑た笑みが浮かんだ。部下の一人が偶然テオドラの顔を知っていたようだ。

 

「いいだろう。それならコイツ等は不要だな」

「そ、そんな! いけません! 皇女様!」

「皇女様!」

「テオドラ様!」

 

 男の言葉に住民が止めようと騒ぎ出す。テオドラは頭を振り住民達に微笑むと隊長らしき人物の下へ歩き出す。

 

 テオドラを部下が拘束したのを確認した途端、隊長らしき人物はニヤッと笑い住民達に対して部下達に攻撃命令を下した。

 

「な、何をする気じゃ! 人質なら妾がおるじゃろ!」

「ああ、だからもう、コイツ等はいらないだろ?」

「なっ!」

 

 連合の兵達は最初から生かす気などなかったのだ。

 

 あまりの非道にテオドラが絶句する。そうして、拘束され何もできないテオドラを尻目に攻撃魔法が放たれた。

 

 色とりどりの魔法の矢が悲鳴を上げる住民達に殺到する。

 

 テオドラは元々、イオリア達に会えるかもしれないこの街に来た。しかし、そのせいで住民達が死ぬかもしれない。その事実にテオドラの心が軋む。

 

 故に、テオドラは叫んだ。噂が本当なきっと来てくれると縋り付いた。

 

「助けてたもう!」

 

 その瞬間、天空より無数の光弾が住民達へと迫る魔法の矢に降り注ぎ、正確無比に撃ち落としていく。

 

 魔法の矢の先陣が打ち落とされると、住民達の眼前に紅い髪を二つ括りにした少女が打ち込まれた砲弾のごとくズドンッという地響きを立てながら着地した。

 

 そして、両手をパンと打ち合わせ地面に手を添える。直後、紅い放電と共に周囲の土が盛り上がり住民達を囲むようにドームが形成された。しかも表面に光沢があることから金属に変換されているようだ。

 

――アーティファクト 賢者の指輪

 

 これによりテトが防壁を構築したのである。

 

 防壁に殺到する魔法の矢が尽く弾かれる。何とか壁を削り取っても直ぐさま紅い放電と共に修復されてしまう。術者を狙おうにもテト自身も防壁の中だ。住民を覆う直径200m近い防壁はビクともせず攻撃を受け止める。

 

「くそっ! いきなりなんっ!?」

 

 悪態をつく隊長の背後に今度は翠髪の少女が音もなく現れた。ミクである。

 

 言葉を詰まらせ反応しようとする隊長だが、振り返った時にはその姿はなく、代わりに背後でチンッという納刀の音が聞こえた。

 

 再度振り返ろうとした隊長は、しかし足が動かずそのまま崩れ落ちる。倒れこむと同時にパカという間抜けな音と共に自分の魔法媒体である杖が真っ二つにされ地面に転がるのを見た。

 

 隊長は起き上がろうとするが、腕も動かない。そして、自分の四肢の腱が切断されていることに気がつきその襲い来る痛みに悲鳴を上げた。

 

 隊長がやられたことに動揺しながらも、抜刀姿勢をとるミクに部下達が一斉に攻撃を加えようとする。

 

 テオドラを拘束していた兵士も魔法を放とうと両腕を突き出した。

 

 直後、ズルリと兵士の腕が落ちた。一瞬呆然とし、直後痛みに悲鳴を上げながら蹲る。よく見れば周りの兵士も切断とまでは行かないまでも同じように手足を損傷し転げ回っていた。

 

 何が起こっているのかとキョロキョロと辺りを見回すテオドラの目にキラリ光る極細の糸が見えた。イオリアの【アーティファクト:操弦曲】による攻撃である。

 

 さらにテオドラは奇妙な光景を見る。魔法を放とうとする兵士たちが互いに同士討ちしているのだ。

 

 突然すぐ隣にいる仲間に手を向け発動直後の魔法が相手を穿つ。一応手足を狙っているようだが無事では済まないだろう。

 

 テオドラは気がつかなかったが、よく見れば彼等にも糸が付いているのがわかっただろう。【念能力:人形師】エヴァの能力により繰り人形と化しているのだ。

 

 テオドラが呆然としている間に、瞬く間に連合兵は全滅した。そして、刀を片手にミクがテオドラに近づき、その傍らにイオリアとエヴァが降り立つ。チャチャゼロはエヴァの頭の上だ。

 

「ミク、その子は無事か? だいぶスプラッタな光景を見せちまったが……」

「ちょっと待ってください。……君大丈夫?」

「……」

「あ~呆然としてますけど、取り敢えず外傷はないです」

 

 ミクの問にも未だ答えないテオドラ。仕方なく、イオリアはメンバーに指示を飛ばす。

 

「テト、聞こえるな?住民達に説明……(もうしたよ)仕事が早いな。連合兵を片付けるから合図したら防壁解いて出てきてくれ(了解~)」

 

 念話でテトに指示をだし、次いでエヴァを見る。

 

「エヴァ……」

「転移先は自陣後方でよいな?」

「こっちも仕事が早いな。ミク、負傷者の回復を頼む。連合兵も少しだけ回復魔法を掛けておいてくれ。」

「了解です!」

 

 イオリアの指示にエヴァは「ふん」と鼻を鳴らして不機嫌な表情を見せる。それに苦笑いするイオリア。エヴァは戦場で敵に情けをかけることをよく思っていないのだ。

 

 このことは既に議論を尽くした。イオリアとしては戦争をしているつもりは毛頭ないのだ。目的は救済であって、敵の殲滅ではない。そもそも、この戦いに敵はいないと考えている。

 

 ベルカの時のように侵略者との戦いではないのだ。まして、兵士の多くは上層部ひいては完全なる世界の思惑で踊らされているに過ぎない。そのことがイオリアに不殺の方針を取らせている。

 

 一方、エヴァはイオリアの考えを甘いと断じた。そんなことをしていては危険が増すばかりだと。エヴァはイオリアを心配しているのだ。

 

 エヴァとて、イオリアが汚れることを恐れて、あるいは安っぽい正義感から殺しを避けているとは思っていない。そんな甘さのある男ではないとわかっている。

 

 だからこそ、諭すに難しく、結局エヴァが折れる形になった。ただし、不殺は余裕のある内だけ。きちんと優先順位を付けることを条件にして。

 

 今回も、余裕のある戦いであったからこそ不殺の方針が通ったのだが、やはりエヴァとしては無駄に危険を増す方法が何とももどかしく不機嫌になってしまうのだ。非常識なまでの再生力をもつ自分と違ってイオリアは人間なのだからと。

 

 死なない程度に治癒した連合兵をエヴァの転移魔法が、今なお戦っている連合軍の遥か後方に転移させる。これで軍が勝手に拾うだろう。

 

 次いで、テトに念話で合図を送り防壁を解除し、住民を促して最寄りの街へ転移させていく。負傷者の治療も無事終わったようだ。

 

 助かったのだと安堵の表情を浮かべながら感謝を伝えて転移先へ消えていく住民達。しかし、少なくない人数の住民がなぜか動かない。

 

 疑問に思ったイオリアが代表者っぽい老人に声をかけた。

 

「ご老人、どうされました?ここは危ない。早く転移陣へ」

「ありがたい。本当に。しかし、我々も帝国民なのです。殿下を置いて逃げ出すわけにはいきません」

 

 老人の言葉に周りの住民達も強い眼差しで頷く。

 

 一方、困惑したのはイオリアの方だ。殿下?何言ってるんだ? と。戸惑うイオリアに少女特有の甲高い声が掛けられる。

 

「お主! お主が“スケトシア”のリーダーか! まずは礼を言うぞ! 我が民を救ってくれたこと心から感謝する!」

「スケトシアは止めてくれ。すごく虚しくなるんだ。エヴァは悶絶するし……頼むよ」

「お、おう? そうか。うむ、それはいいが、では、何と呼べばよいのじゃ?」

 

 いきなり落ち込み始めたイオリアに、若干引きながら呼び方を質問するテオドラ。

 

 テオドラのテンションは最高潮になっている。何せ、会いたいと思っていた者達に会えたばかりか窮地を救われたのだ。キラキラした目にイオリア達を見つめる。

 

 小さい女の子からそんな目で見られれば悪い気はしない。イオリアは微笑みながら自己紹介をした。

 

「ああ、俺はイオリアだ。あっちがミクで彼女がテト。こっちはエヴァとチャチャゼロだ」

「ふむ、イオリアにミク、テト、エヴァ、チャチャゼロじゃな。おっと、そういえば妾の自己紹介がまだじゃった。妾は、ヘラス帝国第三皇女テオドラ・バシレイア・ヘラス・デ・ヴェスペリスジミア。改めて、我が民を救ってくれたこと感謝する」

 

 そう言って僅かに腰を落とし礼をとるテオドラにイオリアは目を丸くして思わず聞き返した。ミク達も驚いている。

 

「えっ?第三皇女様?ヘラスの? ……なんでこんなところに……」

「うむ、それはな、お前達に会うために先回りしたのじゃ! 戦場の近くの街にいけばお主等が現れると思っての!」

 

 元気よくニカッと笑いながら答えるテオドラに頭を抱える一同。見れば街の住人達まで頭を抱えている。

 

 どうやら彼等も第三皇女のじゃじゃ馬振りは噂で知っていたらしいが、まさかそんな理由でここにいたとは思わなかったのだろう。すると、先ほどの老人が前に進みでた。

 

「殿下。無礼は承知で言わせていただきます。あなたはご自分の身を何だと思っていらっしゃるのか! 御身は、帝国の要なのですぞ!それを一人で戦場にやってくるなど……まして、その身を敵に差し出すなど! あまりに浅慮! もう二度とこのようなことはしないと……どうか、どうか!」

 

 老人のあまりの剣幕に「ひぅ!」としゃくりあげ身を縮めるテオドラ。

 

 今回ばかりはやりすぎたと自覚があるらしい。しかも、自分の身を敵に差し出せばより多くの帝国民が傷ついただろうことから、浅慮と言われても反論の余地などあるはずがなかった。

 

「……すまぬ」

「いえ、殿下が我らのことを思ってしてくださったことも十二分に分かっております。言葉が過ぎました。どうかお許しを……」

「構わぬ。間違っておったのは妾の方じゃ。お主の言葉忘れないのじゃ」

 

 そのやりとりを所在無げに傍らで見守るイオリア。しかし、徐々に戦場の騒音が近づいているのを感知し口を挟む。

 

「それくらいにして、とにかく避難を。皇女殿下が心配なら一緒に行けばよいでしょう。俺達も行きます」

「何から何まで申し訳ない。よろしくお願いする」

「うむ、ありがとうなのじゃ、イオリア」

 

 そうして、予想外の出会いを果たしたイオリア達一行は最寄りの街へ転移し戦場を離脱するのだった。

 




いかがでしたか?

今回は、イオリアの葛藤と、弄られるだけじゃない大人なエヴァを書いてみました。
妄想の限界か、なんか内容が薄い気がするのですが・・・
まぁ、エヴァがいい女であることが伝わればいいや~

あと、お気に入りキャラ第2弾テオドラを出してみました。
テオ可愛すぐるともうのは作者だけ?
妄想が暴走して、皇女としてはありえない行動を取らせてしまいました。
テオファンの皆様すみません。

次回、帝国との絡み、あと敵方のあの人が出ます。

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