エヴァと行動することを決断したイオリアは、その後、自分達が泊まる宿に連れて行った。
宿では、案の上、ミク達が夕食を作って待っていた。念話で繋がっていたので、当然エヴァの分もある。
食堂でエヴァを交えて夕食をとる間、野次馬か偶然の客かは分からないが、イオリア達四人をチラチラ見る人が多かった。それが、単に三人の美少女故か、それとも立ってしまった噂故かはわからない。前者だといいなぁ~と遠い目をするイオリア。
ちなみに、宿に帰る道中、やはり誤魔化しきれなかったのかヒソヒソとイオリアとエヴァを見ながら話す人達がおり、エヴァには心配するような表情を向けるのに、イオリアには害虫でも見るかのような蔑む視線が送られていた。
イオリアの目の端に薄らと光るものを見たエヴァがどことなく気まずそうだった。噂が届いていたのか宿の女将さんまで敵を見るような目でイオリアを見る。
慌ててミクとテトが弁解に加勢してくれなければ宿を追い出されていたかもしれない。自己紹介を交えた食事を終え、さて、部屋で今後の話をしようと移動すると、そこかしこから悲鳴にも似た声が上がる。
「なっ! 三人同時だと! アイツどこまで勝ち組なんだ!」
「ふ、不潔だわ!……でもスゴイわね、三人なんて……」
「ちくしょう、オレのミクちゃんが……あんな奴に……」
何も聞こえない。聞こえないったら聞こえな~いと指で耳栓をしながら部屋に戻るイオリア。だが、最後のヤツてめぇはダメだ。ミクに手を出したらただじゃおかんと殺気をぶつけておく。ミクとテトは苦笑いし、エヴァはやっぱり羞恥で軽く頬を染めていた。部屋に戻ったイオリアは既にグッタリしている。
「ケケケ、御主人ノセイデ修羅場ダゼ。恋愛経験ゼロノクセニ、イキナリ四角関係トハ、ヤルジャネェカ御主人」
「黙れ、チャチャゼロ! 解体するぞ!」
恋愛経験がないことをバラされたからか、単に状況が恥ずかしいだけかは分からないが、頬を真っ赤に染めるエヴァ。従者に弄られる姿には威厳が皆無だった。変装などしなくても、誰も“闇の福音”とは思わないんじゃとイオリア達は思ったが言わぬが花である。
「あ~、まぁ、取り敢えず今後の事だが、ゲートの起動を待って自力転移でアリアドネーへ、ということなんだがエヴァも異存ないよな?」
「ちょっと待て。何で普通にゲートを使わんのだ? というか魔法世界に自力転移できるのか?」
ツッコミどころの多いイオリアの発言にエヴァが当然の疑問を投げかける。
それに対し、自分達の身元保証をするものがなくゲート使用の正式な手続きができないこと、密航して万一指名手配される危険を犯すぐらいなら自力転移した方がいいこと、そのためにゲート転送を解析し正確な座標を調べる必要があること、自力転移余裕ということを説明した。
エヴァは頭を抱える。
「身元が保証できないってなんだ。まさか、お前等も賞金首とか言わないだろうな? っというか魔法世界は異界だぞ? 転移が余裕って……」
困惑するエヴァにイオリア達は自分達の置かれている状況と正体、つまり、別の次元世界の住人であることを説明することにした。
これからおそらく一年は付き合いがあるのだ。魔導も教えるならいずれにしろベルカのことは話さなければならない。この世界への影響を考えれば好ましいことではないが、エヴァの人となりを考えれば他言無用を約束すれば違えることはないだろう。
ただ、この世界の史実を漫画で知っていることまでは話すつもりはなかった。後のエヴァの行動にいい影響は与えないだろうと考えて。
ベルカの話し、次元世界の話し、事故で飛ばされて行ったハンター世界の話、そして帰還中に世界樹の魔力に引き寄せられてこの世界に来た話、1年後の世界樹発光に合わせて帰還する話、それらをセレスやミク達とのユニゾンも交えて全て話した。
口を挟まず無言で話を聞いていたエヴァは、イオリア達の説明が終わったあともしばらく口を開かなかった。
おそらく、あまりに突飛な話であるため整理に時間がかかっているのだろう。自分なりに咀嚼できたのか、やがてゆっくりと口を開いた。
「にわかには信じられん。無数にある次元世界など……しかし、お前達の力はこの世界にはない未知のもの、私は科学には疎いが、それでもお前達の技術が並外れていることはわかる。嘘をついても意味がないしな……はぁ~、とんでもない連中に関わってしまったらしいな、私は」
「別に、エヴァの好きにしたらいいさ。一緒に来るも、やっぱり止めるもな」
そんなイオリアの言葉に、目元を手で覆い深い溜息をついていたエヴァは、手を顎の下で組むとニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「バカもの。こんな面白そうなこと逃すわけないだろう? お前達の魔導とやら存分に教えてもらうぞ?」
「了解。エヴァも魔法の先生頼むぞ?」
「ふふ、宜しくお願いします、エヴァちゃん」
「よろしくね、エヴァちゃん」
「……いや、確かに自己紹介のときエヴァでいいと言ったが、ちゃん付はやめろ、ちゃん付けは」
ミクとテトの呼び方に不満の声を上げるエヴァ。ミクとテトが「え~でも~」と反論する。
「エヴァちゃん、もっと小さいよね?本当の姿見たいな~」
「私も見たいです! ちっこ可愛いエヴァちゃん!」
「なっなんで知って……ってそうじゃない! 小さい言うな!」
不機嫌そうにガルルと唸るエヴァ。小さい発言は随分とお気に召さないらしい。
しかし、これから行動を共にする相手に偽りの姿しか見せないというのも問題なので渋々幻術を解いた。そこには、ゴスロリ服を身に纏った11、12歳くらいの可愛らしい少女がいた。
「うわ~やっぱり可愛いです! お人形みたいです!」
「いい子いい子してあげるね!」
テンションだだ上がりのミクとテト。二人に抱きつかれ、頭を撫でられプルプルしながら額に青筋を浮かべるエヴァ。相当屈辱らしい。
「ええい! 離せ! 離さんか! ……イオリア、お前も笑ってないでコイツ等を……こら! どこ触ってる! いい加減に――」
しばらくドッタンバッタンしていると満足したのかミクとテトが離れる。揉みくちゃにされ、ぐったりするエヴァ。
「ケケケ、ヨカッタナ御主人。随分楽シソウジャネェカ?」
「楽しいわけあるか!」
エヴァは全力でツッコミを入れるも、実際どことなく楽しそうな雰囲気があるので説得力にかける。
こんなスキンシップも忘れてしまうくらい遠い昔のことなのかもしれない。何となくその場の全員がエヴァに生暖かい視線を送る。その視線に「うっ」と呻くと、オホンと気を取り直し、半分誤魔化しも含めてエヴァが今後の方針に対する提案をした。
「イオリア達は、西洋魔法を学びたいようだが、正直一年ではどうしようもないぞ? もちろん、ある程度の魔法は使えるようになるだろうが、次元転移に役立つような新魔法の開発となるとな……まぁそれは絶対ではないようだが。……そこでだ、私の別荘に来ないか?」
「別荘?」
イオリアはエヴァの言う“別荘”に心当たりがあったが黙って説明を聞く。エヴァは頷くと意図を説明しだした。
「ああ、別荘というのはな、ダイオラマ魔法球のことだ。ボトルシップを想像すればいい。魔法球の中にジオラマのように世界がある。中は現実とは時間の流れが異なっていてな、私の持つ魔法球では中の一日が外の一時間に該当する。私が長年集めた魔法書の類も相当の質・量だと自負している。周囲への影響を考えても修行の類には最適だ。仮に中で二年すごしても現実では一ヶ月だ。それなら、十分に学習・研究が可能だろう。終わった後で魔法世界を見て回ればいい。お前達の力は目立つからな、西洋魔法は修得しておいた方がいいだろう」
そこまで一気に説明し「どうだ?」と目で尋ねる。
確かに一理あると考え込むイオリア。むしろ魔法球自体にものすごく興味がある。プラキングなんて目じゃない。頑張って集めたのに今のところ全くいいところがないカード達である。
イオリアはミクとテトに目線で問いかけ、二人共頷いたので了承の意を伝える。
「ああ、それはありがたいな。ぜひ、使わせてくれ。本当は、アリアドネーに行っても大して習得できないだろうなとは思ってたんだ。時間がないからな」
「うむ、そうだろうな。よし、“別荘”は私のいくつかある隠れ家の一つに保管している。ゲートの転送解析が終わったら早速行くこととしよう」
うむうむと満足そうに頷くエヴァ。自分の提案が通ったのが嬉しいのか、それとも、
「ヨカッタナ御主人。コレデ少シデモ長ク一緒ニ居ラレルジャネェカ」
「チャチャゼロ! 貴様さっきからちょくちょく煩いぞ。本気で解体されたいか!」
それから3日後、ゲートが起動されたので全員でゲートのある遺跡に侵入。転移先の解析も完了しいつでも魔法世界に転移出来るようになったので、イオリア達はエヴァの隠れ家に向かうことになった。
エヴァの隠れ家は孤島にあった。位置的には日本に近いだろう。ゲートへの侵入を防ぐ霧の結界と同タイプの結界が張られ侵入者を気づかない内に外へ追い出すように出来ていた。なんとも吸血鬼らしい隠れ家である。
エヴァの先導に従い島を進むと森の中に小さなログハウスがあった。何年も帰ってないのか全体的に埃っぽい。
エヴァは、気にした様子もなく地下への扉を開いた。魔法的な封印を解きその中に入ると、所狭しと怪しげな物が置かれており、その奥に台座に乗った大きな透明の球体があった。中を除くと強大な滝や白亜の建築物、雄大な森や山が見える。
イオリア達はエヴァの案内に従い、魔法球の前の魔法陣に立つと光が溢れイオリア達を包み込んだ。
イオリア達が目を開けると、地上数百メートルはありそうな柱の上にいた。周囲の雄大な景色に目を奪われ呆然としていると、愉快げな笑い声が聞こえた。
「くくく、揃いも揃ってアホ面だな。まぁ、気持ちは分からんでもない。この魔法球は私の自慢の逸品だからな。……では改めて、ようこそ! 我がダイオラマ魔法球“レーベンスシュルト城”へ!」
得意げにカーテシー(スカートの端を摘み、片足を下げ膝を曲げる女性の挨拶作法)を決めるエヴァ。元貴族のお姫様なだけあってその姿は実に優雅で様になっていた。
イオリア達もようやく正気に戻り、苦笑いしながら魔法球を称賛する。
レーベンスシュルト城という優美で巨大な城に到着し、周囲を滝で囲まれたテラスでお茶をする一同。用意してくれたのはエヴァお手製の人形だ。
チャチャゼロを一の従者とするなら序列二位らしく名を“チャチャネ”という。メイド服を着て家事全般をこなし、城を管理維持している。イオリア達は紹介を受けながら、おいしい紅茶とお菓子に舌鼓を打つ。
「それにしても本当にすごいな。さすがファンタジー。なんでもありだな」
「ほんとですね~ちょっとした異世界創造と変わりませんもんね~」
「家なき子になっても安心だね」
ちょっとズレたテトの感想は置いておき、そこまで賞賛されると流石に照れるエヴァ。咳払いで誤魔化しながら、今後の話をする。
「後で、書庫にも案内しよう。西洋魔法の書物なら十二分に揃っているし、他にも魔法技術についての文献は多くある。ただ、基礎を理解できていないと読めないだろうから暫くは私が講義をしよう。イオリア達も魔導に関して頼む。あと、念だったか? それもな」
「ああ、それでいい。あと、俺も魔法球欲しい。めっちゃ欲しい。作り方教えてくれ」
エヴァは、ズイと迫ってくるイオリアに思わず仰け反りながら押し戻す。
「わかった、わかった。それも教えてやるから。落ち着け!」
ファンタジーらしいファンタジーに触れたせいかイオリアのテンションがだだ上がりである。その後、具体的なスケジュールを確認してお開きとなった。翌日からイオリア達のファンタジーな修行が始まった。
最初に行ったのは双方のスキルの確認だ。エヴァは魔法や関連する技術を、イオリア達は魔導と念法を見せ合うことになった。
しかしその前にと、戦闘狂のチャチャゼロがイオリア達の戦力を見たいといい出し、実戦での活用法を見たいとエヴァも同意したため模擬戦をすることになった。
但し、イオリアvsエヴァ&チャチャゼロで、である。
「いやいや、何で俺ひとり?パートナー付き最強種相手に一人でどうしろと?」
「ふっ、謙遜するな。相当できるだろ?それに複数相手ではじっくり観察できんしな」
「ケケケ、刻ンデヤルゼ!」
やたら楽しそうな主従。
「マスター、頑張ってください!」
「骨は拾うからね。安心して!」
まったく安心できない声援。イオリアはがっくり肩を落とし、幼少期のアイリスとの修行のつもりで挑むことにした。
最初に仕掛けたのはチャチャゼロだ。前衛らしく一直線に突っ込んでくる。その後ろではエヴァが詠唱を開始していた。
「来たれ氷精、爆ぜよ風――」
それを見たイオリアはチャチャゼロと同じように突進する。正面からやり合うつもりか! と喜色に染まるチャチャゼロ。
しかし、チャチャゼロがイオリアの間合いに踏み込むといった瞬間、その足元に魔法陣が出現し光る鎖のようなものが出現、チャチャゼロを絡め取る。
「ナ、ナンダコリャ!?」
――捕縛魔法 ディレイバインド
原作でクロノが活用していた設置型捕縛魔法である。イオリアは拘束されたチャチャゼロを横目に勢いを殺さずエヴァに肉薄した。
「……精、弾けよ凍――むっ」
イオリアが勢いそのままに飛び蹴りをかます。エヴァはそれを上体を逸らすだけで回避し、隙をさらすイオリアへ掌底を打ち込もうとした。
しかし、イオリアは蹴り足の先に【Fシールド】を張り足場にするとその場で上体を捻り逆足でさらに蹴りを打ち込む。その蹴り足は【硬】がされており咄嗟に受け止めたエヴァを軽々吹き飛ばした。
吹き飛ばされながらエヴァは無詠唱で氷の矢を200本近く放つ。
イオリアは飛行魔法で上空に上がり回避するも追尾してくる矢を光弾で迎撃する。
――射撃魔法 アクセルシューター
なのはが得意とする誘導型射撃魔法である。回避と迎撃をこなしていると首筋に悪寒を感じ、その場で宙返りをすると逆さまになった視界の下に大振りのナイフが通り過ぎた。バインドを力づくで破ったらしいチャチャゼロの攻撃だ。
「ケケケ、オシカッ!? マタカヨ!」
しかし、チャチャゼロがさっきまでイオリアのいた空間に入った瞬間、バインドが現れ再びチャチャゼロを拘束した。
宙返りそのままにチャチャゼロの背後につくと、イオリアはその背中に掌底をあて、必死に拘束を解こうと暴れるチャチャゼロにゼロ距離で魔力砲撃を放つ。
――砲撃魔法 ディバインバスター
これまたなのはが得意とする砲撃魔法である。もっとも、イオリアの瞬間最大魔力は保有魔力量に比べて低くAランク程度(これでもワンランク上がった)しか出せない。それでも、ディバインバスターの直撃を受けたチャチャゼロは非殺傷設定による魔力攻撃により、一時的に魔力を枯渇させ地に落ちていった。
イオリアは、取り敢えず厄介な前衛を倒したと、一瞬、僅かに気を緩めた。その瞬間、
「お返しだ。存分にくらえ。“闇の吹雪”」
強力な吹雪と暗闇が螺旋を描きながら途轍もない圧力と共にイオリアの背後から至近距離で放たれる。さきほどのイオリアのディバインバスターの比ではない。
イオリアは一瞬にして竜巻の如き砲撃に飲み込まれ地に落とされる。砂浜に直撃した【闇の吹雪】はもうもうと砂塵を吹き上げイオリアの姿が見えなくなった。
「ふむ、まぁまぁやるではないか。チャチャゼロを落としたのは評価できる。だが、戦闘中に気を抜くなど素人以下だぞ?だから、簡単に不意を突かれっ!?」
エヴァが得意げにイオリアの評価を下していると、突如発生した濃紺色の光のリングがエヴァを空中に固定した。
――捕縛魔法 レストリクトロック
慌てて破壊しようとしたエヴァは未だ舞い上がる砂塵の中に膨大な魔力の集まりを感知する。直後、吹き荒れる魔力により砂塵が吹き飛ばされ、右腕を真っ直ぐエヴァに向けた無傷のイオリアが現れた。
「なに!?」
【闇の吹雪】を受けて無傷のイオリアに流石に驚くエヴァ。
イオリアが無傷なのは瞬間的にプロテクションを張ったからだ。もっとも、最大瞬間魔力のあまり高くないイオリアに【闇の吹雪】を無傷で防げるほど強固なプロテクションは構築できない。
それでも無傷だったのは自分の欠点を補うために開発した【防御魔法:オーパルプロテクション・ファランクスシフト】のおかげである。
これは、一枚の障壁の強度よりも構築スピードに特化させた魔法で十枚同時に展開される。一枚の強度は弱いので簡単に破壊されるが一瞬は持つ。その間に内側から破壊された分だけ瞬時に障壁が構築されるのだ。
攻撃の侵食速度より構築スピードの方が早い限り打ち破れない鉄壁の防御魔法だ。魔力制御が並みの魔導師など足元にも及ばないレベルのイオリアだからこその魔法である。
そして、今、イオリアの右手には直径3mほどの光球が、なお周囲から魔力を集束し肥大していく。
「悪いが、俺に死角はない。不意を突かれないことに関しては絶対の自信があるんだ」
そう言って、ニヤッと笑ったイオリアは自身の放てる最大の集束砲撃魔法を放った。
――集束砲撃魔法 スターライトブレイカー
言わずもがな白い魔王少女の必殺砲撃だ。濃紺色の壁と表現すべき砲撃がエヴァを飲み込んだ。
空に向かって放たれたSLBが魔法球全体を震動させる。内心「やべっ、魔法球壊れないだろうな?」と不安になるイオリア。いくらエヴァでもSLBの直撃を喰らえば魔力ダウンを狙えるはずだ、狙えるよね?と思うが警戒は解かない。
直後、イオリアは再び背後に悪寒を感じ、身を捻りながら背後に蹴りを入れる。その蹴りはエヴァの左手に掴まれ、右手は手刀の形で突き出されていた。やはり無事だったエヴァだが、無傷とはいかなかったらしく魔力が大きく目減りしている。
「ほぅ、これも躱すか!」
エヴァが無事なのは咄嗟に【氷盾】を張り稼いだ時間でバインドを破壊し何とか射線から離脱したからだ。そのあと、影を利用した【ゲート】によりイオリアの影に転移した。
エヴァは掴んだイオリアの足を支点に関節を利用してイオリアを引き倒す。そして、イオリアの頭を狙い拳を振り落とした。
真祖の吸血鬼の拳だ。常人なら一瞬でトマトピューレである。
しかし、イオリアはあえて避けず、【流】を使い攻防力を上げると耐えてみせる。そして、エヴァの腹部に起き上がりながら、瞬時に【硬】をした強烈な蹴りを叩きつける。
――覇王流 砕牙
仰向けの状態から両手の力だけで起き上がると同時に強烈な蹴りを叩き込む技である。
エヴァは空中に跳ね飛ばされながらクルリと一回転し、着地。そのまま、一気に踏み込むエヴァの右手にはいつの間にか光の剣が宿っている。
その剣を見て、イオリアの危機対応力が最大の警報を鳴らす。あれを受けてはいけないと瞬時に悟ったイオリアは回避に徹する。
3合ほど躱したあと、設置した【ディレイバインド】でエヴァを拘束した。直ぐに光の剣がバインドを切り裂き拘束を脱する。
――エクスキューショナーソード
固体・液体を無理矢理に気体に相転移させる魔法剣だ。
エヴァは追撃せずに、感心したように笑った。
「なるほど、死角はないと豪語するだけのことはある。察するに、危険に対する察知能力が異常に高いのか。それに武術と魔導が加わり、身体スペックは念が押し上げる。しかも、まだ手札はあるんだろう?ふむ、その年で大したものだよ。私が戦った者達の中でも、トップクラスだ」
「褒めすぎだ。俺なんて、自分のパートナー達にも勝てないくらい未熟者だよ。まぁ、まだまだ強くなるつもりだが……」
「……人の身でどうしてそこまで強さを求める? ミクやテトも加われば、お前達に勝てる者などそうはいないだろう?限りある時間をもっと別のことに使おうとは思わんのか?」
エヴァの質問に苦笑いをしながら答えるイオリア。
「別に、強さだけを求めてるわけじゃないぞ? ちゃんと人生楽しんでる。ただ、ほら、人生って理不尽の連続だろ?いつ、どんな形で襲ってくるかわからない。それが、俺達だけならどうにでもするけど……理不尽ってヤツは意地が悪いから周りの大事なもんに手を出しやがるんだ。しかも、その大事なものは生きれば生きるほど増えていく。誰かを守るっていうのはホントに難しいから……少しでも強くなっておかないとあっさり奪われる。そうしたら、せっかくの人生も楽しめない」
イオリアの言葉に「フン」と不機嫌そうに鼻を鳴らすエヴァ。
「イオリア、お前は基本的に強欲だな。あれもこれもと、そんなことではいつか本当に大事なものを失うぞ? 切り捨てるべきもの、優先すべきものを見定められない者から死んでいく。私の経験上な」
不機嫌なのはイオリアを心配する故か、それとも切り捨ててきた自分と比べてか、エヴァの心中はわからないものの、「まぁ、私は600年生きても大して大切なものなど増えはしなかったがな……」と自嘲気味に呟くエヴァに、イオリアは苦笑いを深める。
「その自覚はある。ミクとテトには助けられてばかりだしな。でも、エヴァ。どっちしろ強さは必要だろ? もしかしたら“大切”の敵が世界かもしれないんだ。その時になって、もっと鍛えておけば、何てそんな後悔は最悪だよ。まさに、エヴァとか有り得そうな立場だし……」
「は? 私?」
訝しげな表情でイオリアを見るエヴァ。
「ああ、仮の話だけど……エヴァが世界の敵として本格的に討伐とかされそうになったら、俺達は世界と戦う必要があるわけだ。だが、そうなると全く力が足りないだろ?たまたま出会った人が世界を敵に回すかもしれない。そんな例が実際目の前にいる。やっぱり誰でも強さは求めてしかるべきなんだよ」
うんうんと一人、力を求めるのは当然だという自己理論に満足するイオリア。だが、エヴァはそれどころではない。内心、混乱の渦に飲み込まれていた。
(えっ? ちょ、今のはどういう意味だ? 仮の話って……仮に“私が大切な人だったら”という意味か? それとも大切な私が、仮に“世界と敵対したら”という意味か? ど、どっちなんだ? えっ、でも後者だったら、えっ、イオリアが私を……いやいやいや、ないそれはない。唐突すぎるだろ!しっかりしろ、私! 前者だ、前者の意味に決まってる! 大体、イオリアにはミクとテトが……最初から二人なら、今更一人くらい、って違うだろ、私!)
頬を染め、視線をあっちこっちに彷徨わせながら、髪をいじりいじりするエヴァ。
突然のエヴァの不審な態度に、イオリアは訝しそうな表情で「エヴァ? 大丈夫か?」と声を掛ける。しかし、思考に没頭しているエヴァには聞こえていない。
一体なんなんだ? と近づこうとしたイオリアにエヴァが視線を合わせる。
「お、おい、イオリア。そ、その、さっきのは一体……その……どういう意味……」
「御主人ナニシテンダ?」
「ひぎゃ!」
何かをイオリアに聞こうとしながら尻すぼみになっていく言葉はイオリアに届かず、復活したチャチャゼロが、ぬうっと現れたことで、乙女にあるまじき悲鳴を上げるエヴァ。
「いきなり現れるな! ビックリするだろが!」
「イヤ、戦闘中ジャナイノカヨ? 普通ニ近ヅイタダケダゾ。何緩ンデンダ?」
「べ、別になんでもない……」
何やらすっかり戦う雰囲気でなくなり、どうしたものかと目の前の主従のコントを見るイオリア。エヴァはその視線に気がつき、「大体わかった。ここまでにする!」といって一人ズンズンと城の方へ帰っていった。
「何なんだ?」
「ケケケ」
イオリアは困惑しつつ、まぁいいかとエヴァの後を追った。
イオリアの先ほどの発言はもちろん“エヴァが仮に大切な人だったら”という意味で、深い意味はない。単純に強さを求めるのは当然のことだとエヴァの質問に自分なりの答えを返したに過ぎない。まさか、エヴァがここまで深読みした挙句、混乱しているとは思いもしない。
だが、そんな主の心の機微を察している優秀な従者は「面白クナッテキタ」と笑うのだった。
一方、イオリア達の模擬戦を見ていたミクとテトも一部始終を見ていた。そして、同じ女であるからこそエヴァの心情をばっちり察していた。
「あ~、あれ困りますよね。マスターの不意打ち」
「ホントだよ、なかなか威力があるからね、マスターのあれは」
「エヴァちゃん、すっごく可愛い感じになってましたね~動揺してますって丸分かりでした」
「全く、言葉が足らないよ。エヴァちゃんも深読みし過ぎなとこはあるけど……」
「今回は、マスターには自覚ないみたいですけど……その内、鈍感系主人公とかになったらどうしましょう?」
「いや、まぁ、それは大丈夫だと思うけど……ちょっと注意しとこうか」
そう言って、二人は深い溜息をつくのだった。
西洋魔法の習得を始めてしばらく経ったある日、イオリアはついに魔法球の制作に着手し始めた。といってもエヴァの協力が不可欠なので、材料集めなど準備が整うまで構想でも練っていろと言われ、ミクやテトと相談しながらああでもないこうでもないと白熱した議論を連日交わしていた。
そんな話し合いの中、ふとイオリアが思い出したのは、グリードアイランドのクリア報酬である「豊作の樹」「不思議ヶ池」「メイドパンダ」の三枚のカードだ。
これらのカードはベルカに帰ったら実家へのお土産代わりにしようと選んだものだが、魔法球に活用できるならそれに越したことはない。バインダーを確認しておこうと、イオリアは【魂の宝物庫】を発動した。
そして目録を取り出して該当ページを捲り、硬直した。
「? マスター、どうしました?」
「まさか、なくしたとか?」
目録を見つめたまま動かないイオリアにミクとテトが心配して声を掛ける。イオリアはギギギと音がしそうな様子で二人に顔を向けた。
「……ゲンスルー達のカード返すの忘れてた」
「「は?」」
イオリアがポツリと呟いた内容に思わず目が点になるミクとテト。その意味を理解したのか「え~!」と二人揃って驚きの声をあげる。
イオリア達は、ツェズゲラの妨害対策にゲンスルー達に大方のカードを預けたのだが、もともとゲンスルー達が持っていたカードを実験がてらイオリアの【魂の宝物庫】にしまったのだ。
その後、すぐ一連のイベントが始まりすっかり返すのを忘れていた。というか存在を忘れていた。イオリアの予想では、バインダーに入っていない以上直ぐに消えるだろうと思っていたし、仮に消えずともまさか持ち出せるなどとは露にも思っていなかった。
イオリアは、二人に目録を見せる。その目録には確かに何十枚ものカードが記載されていた。
「マスター、取り敢えず“ゲイン”してみたらどうですか? 何の効果もない唯のカードという可能性もありますし……」
ミクの言葉にそうだなと頷き、イオリアは試しにキングホワイトオオクワガタのカードを“ゲイン”してみた。
普通に出てきた。わしゃわしゃと足を動かし、足元を動き回るキングホワイトオオクワガタ。イオリア達はたっぷり十分は眺めていたが、一向に消える気配がなかった。
「……普通にでてきたな……」
「普通に出てきましたね」
「消えないね」
三人は顔を見合わせ「はぁ~」と深い溜息をついた。クリア報酬を三人分得るために随分苦労したというのに普通に持ち出せるとかないわ~という心情だった。まぁ、不正ではあるから良心的には痛まずに済んだわけであるが、結局盗んできた形になってしまった。
三人は、徒労だったことと、チクチクと痛む良心に溜息を零すのだった。
「で、結局どんなカードがあるの?」
テトの質問にイオリアが目録を再度見せる。
目録に記載されているカードは「湧き水の壺」「美肌温泉」「酒生みの泉」「アドリブブック」「顔パス回数券」「移り気リモコン」「コネクッション」「ウグイスキャンディー」「卵シリーズ」「手乗り人魚」「バーチャルレストラン」「魔女の若返り薬」「人生図鑑」「3Dカメラ」後は呪文カードが多数だ。基本的に入手何度Bランク以下のカードをいくつか保持していたようだが、「魔女の若返り薬」だけはSランクなので驚いた。
カードが使えると分かったので、三人は罪悪感には蓋をして、魔法球世界にカードも取り入れた新たな構想を練っていくのだった。
ちなみに、準備を終えて姿を現したエヴァがキングホワイトオオクワガタを見て、
「こんな珍生物どこから湧いて出た!」
と大騒ぎし、カードの話をすると「美肌温泉」を寄越せと騒ぎ、ミクとテトの構想に当該カードは欠かせなかったようで二人も譲らず、エヴァVSミクテトで大激闘を繰り広げたのはまた別の話である。
その結果、夕日のさす川原で殴り合う不良のごとく友情が増したのも別の話である。
いかがでしたか?
エヴァとの絡みを重視してみました。
原作には到底及びませんが、エヴァの可愛さを共感して頂ければ幸いです。
こんなのエヴァじゃないという方もいるかもしれませんが、そこは作者の趣味ということで許して下さい。
最後に明かされ衝撃の事実。GIカードは盗めてしまう!
正直、無茶設定にしすぎた気がしますが・・・オリジナル魔法球の妄想が止まらなかったんです。
反省も後悔もしていない。
次回は、ちょっと外伝気味なミクのお話