重ねたキズナと巡る世界   作:唯の厨二好き

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ハンター試験開始。

3話くらい続きそうです。


第12話 ハンター試験

 周囲を見渡せば、なかなか癖の有りそうな人達が互いに牽制し合うように睨み合っていた。その数は既に40人以上おり、なお続々と会場に入ってくる。

 

 イオリア達は、そんなハンター試験会場に入場してくる連中を持ってきたサックスケースや壁にもたれながら何となしに眺めていた。

 

 そう、ここは第287期ハンター試験会場だ。ちなみに、ナンバープレートはイオリアが11番、ミクが12番、テトが13番である。

 

 ここに来る間にも、イオリア達はいろいろ予備試験を受けた。

 

 たとえば、ザパン市の郊外の森に行くよう指示されたので行ってみると、盗賊風の男連中が女性に暴行を加えようとしている場面に出くわした。

 

 男達は、女性達の命が惜しければ身包みを置いて自分達を拘束しろと手錠を投げ渡した。しかし、そんな場面はイオリア達にとっては珍しくもなんともない。

 

 なにせ、つい1ヶ月前まで戦争をしていたのだ。傭兵連中の非道も何度も見てきたし、その対処も慣れたものである。

 

 その方法とは、問答無用に突撃である。ミクとテトが本気の高速機動をすれば、並みの人間では感知すらできない。少なくとも人質に危害を加える暇などない。テロリストとは交渉しない!という鉄則を遵守するスタンスだ。

 

 ただ、この時は、あまりにタイミングがいい上に、実はイオリアの可聴領域に入っている間も男連中と女性陣に争いの音など聞こえていなかったので「試験の一環では?」と推測したイオリア達は問答無用で殺すのは止めた方がいいという結論になった。

 

 代わりに精一杯脅してみることにした。

 

「別に彼女達を傷つけてもいいが、その後どうする気だ? 俺達がお前等に手を出さないのは彼女達がいるからだが、傷つけられたら、もうお前らを生かしておく理由もない……おっと、丁重に扱えよ? 傷一筋でも付けたら問答無用で狩りにいく。あっさりとは殺さない。まる1ヶ月は絶対に生かして最大限に苦痛を与え続けるからな? 助かりたければ彼女達を離し、地に額を擦りつけて死ぬ気で詫びろ。そしたら……まぁ殺しはしない」

 

 慣れない脅し文句ではあるものの、戦場で殺し合いをしてきた人間の本気の殺意を浴びせながらの言葉だ。男連中どころか女性陣まで顔を青ざめさせ、次第にガタガタと震え始めた。

 

 ちなみに、この時の【纏】は最小限であるから彼らの受けた威圧はイオリアの素の圧力だ。

 

 イオリアの言葉が終わると同時に、ミクとテトが武器をチャキと鳴らして半歩前に出た。

 

「待て! 待ってくれ! 合格だ! 俺達はハンター協会に雇われた予備試験の試験官だ。これは全部芝居だから落ち着いてくれ!」

 

 男連中は必死の形相でイオリア達を説得する。女性陣も声が出ないようだが、必死にコクコクと頷き同意を示した。

 

「やっぱりそうですか。いや、マジじゃなくてよかったです。……で、次はどうすれば?」

 

 先程までの事など何もなかったと言わんばかりに殺意を霧散させ、苦笑いをするイオリアにドッと座り込む試験官たち。その額には大量の冷や汗が浮かんでいた。

 

「はぁ~~、まったく。とんでもないな。……次は、ザパン市に向かってくれ」

 

 イオリア達が一礼し、その場を去ると、試験官達はもうあんな受験生は勘弁だぞと緊張しながら次の受験生を待つのだった。

 

 ザパン市に戻ってきイオリア達は、街の入口で突然「ドキドキ二択クイズ」なるものを老人から出題された。

 

 街の人間もチラチラと見ており若干恥ずかしかったが、これも試験と割り切って老人の問題を聞く。出題内容は「母親と恋人、どっちかしか助けられないならどっちを選ぶ?」というものだった。

 

 イオリア達は迷うことなく声を揃えて、

 

「「「恋人」」」

 

 と答えた。あまりに迷いなく即答したため、本来は「沈黙」することが正解なのだが老人は思わず理由を尋ねた。

 

「いや、母親と天秤に掛けれるほど大切な存在を見捨てたりしたら……助けた後で間違いなく母さんに殺される。」

「いや、むしろ、他人であっても断空拳の嵐じゃないかな?」

「ママさんは、力は他者のために使ってなんぼって言ってましたからね~それにママさんが死ぬとこなんて……」

 

「「「想像できない」」」

 

 イオリア達は、どこか青ざめながら、うんうんと三人で頷き合う。

 

 そんな3人の様子をポカンと口を開けながら見ていた老人は、直後、腹を抱えて笑い出した。一体何を笑われているのか理解できないイオリア達はどうしたものかと困惑顔だ。

 

「いや、すまん。あまりに予想外な答えだったのでな。……お前達はよほど良い母親に育てられたようじゃの?」

 

 そんな老人の言葉に、三人は満面の笑顔で声を揃えた。

 

「「「はい!」」」

 

 老人は「うむうむ」と頷くと「気に入った」といい、自分が試験会場までのナビゲーターであると明かした。

 

 そして、何故かイオリア達お気に入りの定食屋に入ると、教えられた合言葉をいい地下に案内され、試験会場に到着したのだった。

 

 

 

 

 

 

 まさか、いつもの定食屋が試験会場の入口とはなぁ~と考え事をしながらボーとしていると、不意にゾクッと悪寒を感じ、イオリアは慌てて周囲を見回した。ミクとテトも何か感じたのか周囲を見渡し、そしてその元凶を発見して3人仲良く硬直した。

 

 変態ピエロ、もといヒソカさんだった。

 

 イオリア達は神速で意思疎通を図り、同時にオプティックハイドを発動する。イオリア達の姿が消えるのと、ヒソカがイオリア達のいる場所を見たのはほぼ同時だった。

 

 しばらく不思議そうにこっちを見ていたヒソカだが、やがて見間違いとでも思ったのか視線を外した。

 

 ヒソカが見ている間、自然と息を止めていたイオリア達は、視線が外れると同時に「はぁ~」と息を吐き、三人で円陣を組み顔を突き合わせた。そして、冷静に状況確認をする。

 

(ど、どうすんの、これ!? なんで、ヒソカさんがいらっしゃるの!? やっぱ、俺のせいか? 俺の不幸体質治ってない!? 誰か~アランさん呼んできて~!)

(マ、マスター! 落ち着いてください! そんなキリッとした顔でパニックにならないで~!)

(マスター! 大丈夫だから! ちゃんと不幸体質治ってるから! アランさんは呼べないからね!)

 

 全然、冷静になれてなかった。それくらい、あの倉庫街でのヒソカの視線は強烈だったのだ。今まで極力思い出さないよう描写も避けていたというのに……

 

 特に、イオリアが投擲されたトランプを防いで、念弾を喰らいながら反撃に出た瞬間のヒソカの表情といったら、如何にも「いいもの見つけた!」という歓喜と興奮に彩られておりイオリアは即行で記憶を封印したのだ。

 

 ミクとテトに慰められながら深呼吸をしたイオリアは「よし、落ち着いた」と持ち前の精神力で気を立て直した。若干、表情が引きつっているが。

 

(マスター、思うんだけど……マスターの知識からすると、ヒソカがいるハンター試験って……)

(う~ん、やっぱりそうなるのか?ハンター試験編はほとんど知らないんだが……)

(マスター、もう諦めたほうがいいすよ?マスターがいて、ヒソカの出る試験なら主人公達も来ますよ)

 

 なんとも納得し難いミクの発言に渋い表情になるイオリア。だが、今までの主要人物との遭遇率の高さを考えるとあながち否定もできない。

 

(それで、マスター。どうするの?ハイドしたまま試験は受けられないよ?)

 

 イオリアは、テトのその言葉に「はぁ~」と深い溜息を吐くと、

 

(そうだな、もう開き直ろう。隙あらば襲われそうな気もするが……なるべくスルーで。やむを得ない時は反撃でOKだが、本格的になったら試験失格になりそうだからな、頑張ってスルーしよう)

(主人公組はどうしますか?)

(あえて積極的に関わる必要もないだろ? まぁ、成り行きで関わる場合は普通に接すればいいさ)

 

 今後のスタンスを二人に伝える。本当に開き直った感じだ。

 

 イオリア達は「ファイト~」と声を掛け合うと円陣を解いた。そして、オプティックハイドを解こうとしたそのとき、入口からツンツン髪の少年と背の高いスーツの男、民族服を着た金髪の少年が姿を現した。間違いなく、ゴン・レオリオ・クラピカだ。

 

 見れば、世紀末からやってきましたと言った感じの男と話していたヒソカもゴン達に視線を向けている。ちょうどいいタイミングだと、イオリア達はオプティックハイドを解いた。

 

 しばらく、最初からいましたけど何か? といった何気なさを装って佇んでいたイオリア達だが、遂にヒソカが気が付いた。その目には驚愕が浮かんでいる。

 

 それは、そうだろう。入場したあとヒソカは会場の人間を確認していたし、その後入場してくる人間はチェックしていた。ヒソカからしたら、突然認識していなかった人間が現れたと感じたはずだ。

 

 ヒソカがイオリア達をマジマジと見つめる。その視線を辿って世紀末さんも見つめる。銀髪の少年、おそらくキルアも見つめる。その他の受験者も見つめ始める。当然、ゴン達も見つめ始めた。

 

 イオリアは自分の心を見つめた。俺は木。そう森の中の一本の木である、などと頑張って集中する視線を無視していた。隣のミクとテトからは「だから無駄ですって」といった感じの視線を受けるが気にしない。

 

 しかし、そんなイオリアの努力? はやはり無駄に終わるのだ。

 

「やぁ♥ 久しぶり。1ヶ月ぶりだね。すごく、会いたかったよ♥」

 

 ものすごく嬉しそうに、それこそ長年会えなかった恋人にでも再会したような雰囲気でヒソカが声を掛けた。それに対してイオリアは、

 

「人違いです」

 

 と目も合わせず即答する。イオリアの対応にさらに嬉しそうにするヒソカ。若干、ハァハァしてる気がする。

 

「つれないな♠ あの時は、あんなに激しくやり合ったというのに、イオリア♥ それにミクとテト♥」

 

 名前も知られているらしい。しかし、イオリアも負けはしない。

 

「人違いです」

 

 イオリアの徹底抗戦の態度にヒソカは体の一部を固くし始めた。

 

 ミクとテトが決して目を合わせないよう嫌悪感丸出しの表情をする。いつもニコニコしているのがデフォルトのミクとテト。そんな表情、イオリアですら見たことがない。

 

(おい、二人共、この人、何か興奮し始めてるんですけど!? 俺、対応間違えた?もう、なんか放送禁止な感じの顔になりつつあるんですけど!? どんな、言葉なら追い返せるんだ!?)

(すいません、マスター。今はちょっと、脳内で惨殺するのに忙しくて……)

(ゴメンネ、マスター。チョット、コナミジンニシテルカラ)

 

 かつて類を見ないほど黒くなるミクとテト。その様子にドン引きするイオリアは、改めて目の前の敵がかつてない強敵であると実感した。闇の書の意思など目ではなかった。

 

 どこからか、そんなのと一緒にするな! という激しい抗議の声が聞こえたが、気にせずミクとテトを慰める。

 

(悪かった!俺の対応が悪かったから! 何とかするから、いつものミクとテトに戻ってください!)

 

 懇願するようなイオリアの叫びが思念通話を通してミクとテトに届く。二人はその声に正気を取り戻したようだ。

 

 

「ふふ、まぁいいさ。時間はたっぷりある。受験仲間として宜しくね♥」

 

 そんなことを言ってイオリア達から離れていく変態ピエロに、ドッと疲れを感じるイオリア達。3人して特大のため息をつく。試験を受ける前に疲労困憊だった。

 

 そんなイオリア達に再び声を掛ける者がいた。イオリア達は「すわっ、変態が戻ってきたか!」と思わず警戒心を引き上げるが、それは杞憂に終わった。声を掛けてきたのは銀髪の少年、キルアだった。

 

「あんた達、何者だ? あのピエロ相当やばいだろ? あんなのに目を付けられてるって……よっぽどだろ?」

 

 よっぽど、何なのか非常に気になったイオリアだが、普通に会話できるのが何だか無性に嬉しくてキルアの会話に応じた。

 

「ああ、ちょっと前に……不幸な行き違いがあってな。全力で逃げたんだが、逃げ切れたこと自体に興味を持たれたようだ。全く困ったもんだ」

 

「ふ~ん、つまり、あんた達も相当できるってことか」

 

 詳しいことは省き、概要だけ伝えて心底困ったという風を装ったのだが、逆にキルアから高評価というか警戒心を持たれたようだ。興味深そうな視線を向けながら、その目の中に警戒の色が見て取れる。

 

 それに苦笑いをしながら、イオリアは両手を挙げ敵対の意思はないことを示す。

 

「あんなヤバイ変態と一緒にしないでくれ。逃げ足が早いだけだ。普通に試験を受けて、普通にライセンスを取りたいだけ。あんまり警戒して邪険にしないでくれよ?」

「ふん、どうだかな」

 

 生意気な態度を取りながら離れていくキルア。ヒソカのせいで荒んでいた精神が、キルアのおかげで少し晴れたようだ。小生意気な少年は、余裕があれば可愛いものである。イオリア達は、互いに顔を見合わせ微笑みあった。

 

 ちなみに、キルアが離れてすぐトンパと名乗る男がペラペラ試験の話をしたあと、やたらジュースを勧めてきたのだが、イオリアの後ろでミクが刀:無月をチャキチャキならし、テトが銃:アルテをくるくる回し始めた途端すごすごと去っていった。

 

 それから間もなく、サトツと名乗る試験官が現れ二次試験会場までのマラソンが始まった。

 

 サトツは競歩でありながらものすごい速度で進んでいく。イオリア達も中盤あたりをキープしながら着いて行く。

 

 5時間以上経過し未だ走り続けていると、イオリアは、ふと横から視線を感じた。視線を向けているのはゴンだった。

 

 キルアから関わるなとか小声で言われているが、あまり気にした様子がない。その目は好奇心に輝いていた。おそらく、いつの間にか仲良くなったキルアから要注意人物の話を聞いて、イオリア達の話題が出たのであろう。あるいは、サックスケースを背負っているのが興味を引いたのかもしれない。

 

「ねぇ、お兄さん! それ、何?」

 

 と案の上サックスケースを指差して元気いっぱいに尋ねてくるゴン。クラピカやレオリオも興味深そうだ。ミクやテトは、その様子を微笑ましそうに見ている。

 

「うん? これか? これは、バリトンサックスっていう楽器をしまってあるんだ」

 

 そういって、走りながら少しケースを開ける。すると、黄金色の輝きが隙間から覗いた。ゴン達は「おお~」と関心の声をあげる。興味なさげだったキルアですらマジマジと見ていた。

 

「だが、なぜ試験会場に楽器を?」

「お兄さんは、音楽関係のハンターになりたいの?」

 

 クラピカとゴンが質問する。確かに、ハンター試験に楽器は異質だろう。連れの二人、ミクとテトが刀と銃を持っていることからも、なぜお前だけ? という疑問が全員から見て取れる。その疑問に答えたのは、しかしてイオリアではなかった。

 

「そのサックスが武器だからさ♠」

 

 イオリア達は気づいていたが、いきなり現れた気配にギョッとなるゴン達。ゴン以外は一斉に警戒した表情を見せる。やはり、全員、変態ピエロの危険性は感じているらしい。しかし、空気を読まないのが主人公クオリティー。

 

「武器?どういうこと?」

 

 特に警戒した素振りも怯んだ様子もなく普通に質問するゴンに、おやっという表情を見せ、次いで楽しげな表情をするヒソカ。イオリアは思った。ゴン君ご愁傷様、と。

 

「そのままの意味さ。それに息を吹き込んで音で攻撃するんだよ♥ 1ヶ月前、それで見事に昏倒させられてね、あの時の快感は今でも忘れられない♥♥」

 

 体をゾクゾクと震わせながら恍惚の表情を見せるヒソカに全員がドン引きし、次いで苦虫を100匹くらい噛み潰したような苦い表情を見せるイオリア達を見て全員が同情の視線を送る。

 

 なんとも微妙な空気が流れる中、やはり主人公は格が違う。そんな空気など知らんとゴンはイオリアに質問を続けた。

 

「音で攻撃って、すごい! そんなの見たことも聞いたこともないよ!」

「はは、ありがとな~」

 

 ゴンの素直な賞賛に沈んだ気持ちを持ち上げられ、機会があれば見せてやるよっと言うとゴンも目をキラキラさせて喜んだ。実によい清涼剤である。

 

 未だトリップしているヒソカをスルーすることにしたメンバーが会話に参加する。それぞれの志望動機や出身などだ。

 

 ただ、動機を聞かれ若干困ったのはイオリア達だ。まさか、ライセンスカードを売り飛ばすためとは言えない。仕方なく、「探し物がある」と近からず遠からずの曖昧な返答をした。

 

 そうこうしている内に一行は「ヌメーレ湿原」に到着した。

 

 ヌメーレ湿原は、詐欺師のねぐらとも呼ばれ、人間を欺き捕食しようとする生物で溢れている危険な場所だ。

 

 サトツのそんな説明を聞いていると、突然サトツそっくりの人間が現れサトツが偽物であると喚きだした。

 

 動揺しざわめく受験者達。その混乱の隙を縫うように、突如、トランプが飛来した。イオリア達に向かって。最初からヒソカの襲撃を予測・警戒していたイオリア達はごく自然な動作でそれを掴み取る。

 

 どうやらサトツにも投擲されたようで、こちらも危なげなく掴み取っていた。偽物サトツだけが犠牲者? だ。

 

 手が滑ったなどと白々しい言い訳をしながらヒソカが謝罪する。イオリア達は「ここで、この変態を不合格にしちまえ!」とサトツに対し視線で強く訴えたが、こちらをチラと見た後、次はないと警告するだけで許してしまった。

 

 失望したぞ、サトツゥ~! と恨みがましい視線を、再び走り出したサトツに送るイオリア達。あまりにジーと見ているせいか、どことなく居心地が悪そうなサトツに若干溜飲を下げた。完全な八つ当たりである。

 

 さらに走っているうちに霧が出だした。10m先も見えないほどの濃霧である。

 

 イオリアは【円】を使い周囲を探索する。すると続々と生物が集まってきているのに気が付いた。周りの受験者は気がついていないようだ。このままでは、不意打ちを受け捕食されるのも時間の問題だろう。

 

「ミク、テト」

 

 イオリアは、自らの頼れるパートナー達の名を呼ぶ。

 

「「はい、マスター」」

 

 これからイオリアのする指示に大方の予想がついているのだろう。微笑みながら返事をするミクとテト。

 

「周りの生物からの襲撃に対処できそうにない者を選別して助けるぞ。……できるだけ、襲われて対処できなかった事実を自覚させてからがいい」

「うわ~、また無茶な注文だね。マスター?」

「あはは、もうマスターは仕方ありませんね~」

 

 イオリアとて自分が相当無茶なことを言っているのは分かる。受験生達もある程度覚悟はあるはずで、助ける必要などないと言う意見もあるだろう。いや、むしろその意見が大多数だ。しかも、その後自主的に棄権させるために後者のような注文までつけている。はっきり言って我が儘放題だ。

 

 しかし、それでも、どれだけの現実的な意見を述べられても、やはりイオリアには唯の言葉でしかない。誰よりも死を身近に感じ続けたイオリアだからこそ、“求める者に救いをもたらす”と誓ったイオリアだからこそ、無茶を鍛え上げた“力”と“意志”で押し通す。

 

 そして、ミクとテトだからこそ、遠慮一切なく我が儘を押し付ける。この世の誰よりも信頼しているパートナー達だから。

 

 ミクとテトもそれが分かるから、無茶を言われながらその表情にあるのは歓喜だ。

 

 イオリア達は【円】を広げる。ミクとテトは少なくとも半径10kmは余裕らしいが、今は周囲200mに広げる。イオリアも200mだ。ただし、イオリアの場合は現在の限界であるが。イオリア達は、受験生を守るように三手に別れた。右側にテト、左にミク、後方にイオリアである。

 

 そして、ついにその時が来た。

 

 突然発生した濃霧に鬱陶しいと顔をしかめながら、とある受験者は今にも見失いそうな前方の受験者を必死に追っていた。

 

 ふと、視界の端に何か影が走り抜けたような気がしてそちらに顔を向ける。

 

 しかし、しばらく見ていても濃霧が広がるばかりで何も確認できない。

 

 気のせいだろうと、ふっと肩の力を抜いたその瞬間、猿のような生物が濃霧の先から飛び出してきた。突然の出来事に思わず硬直する受験者。猿のような生物は、人間の胴回り程もありそうな剛腕を振りかぶり、未だ硬直したままの受験者の頭に振り下ろした。

 

 とある受験者は、やけにゆっくり動く景色の中、様々なことを思い出し、これが走馬灯かと妙に落ち着いた気持ちで考えていた。しかし、その表情は傍から見れば今にも泣き出してしまいそうに歪んでおり、死にたくないという気持ちがにじみ出ていた。

 

 猿の剛腕がとある受験生の頭部に接触する、という瞬間、目を見開いていた受験者は確かに見た。縦横無尽に奔る銀の剣線を。そして、猿の背後に刃紋が美しい銀色の刀を振るいながら宙を舞う美しい翠の髪の少女を。

 

 ボバッという音とともに細切れになり、血飛沫をまき散らしながらバラバラと地に落ちる猿だったものを前に、受験者は尻餅をついて呆然とした。

 

「早く前へ。このままだと死にますよ? 大丈夫、前へ進むなら私が守りますから」

 

 そう言って、未だ腰が抜けたように尻餅を着く受験者に、ニッコリと笑ってチンという音を立てながら無月を納刀するミク。

 

 凛としたその姿は、まさに彼女が振るった刀の様だと、とある受験者は思った。もう一度「さぁ、早く!」と催促され、慌てて腰を上げ走り出す受験者は、後ろを振り返り咄嗟に「君の名前は!?」と尋ねた。

 

 ミクはキョトンとした後「ミクです」とだけ言い残し、ヴォという音と共にその姿を消した。

 

 後に、この受験者は、刀を振るう翠の髪をツインテールにした女の子の剣客浪曼譚風漫画を執筆し、一大ブームを築くことになるのだが……それはまた別の話。

 

 一方、イオリアとテトの方も似たような感じだった。イオリアは衝撃超音波で、テトはアルテによる銃撃で受験者を守り、前方へ走るよう伝える。取り敢えず、この危険地帯を抜け出し後に棄権を促すつもりだ。今のところ死者はゼロである。

 

 しかし、それでも周りを凶悪な人喰い生物に囲まれていることが受験者の間に伝播し、パニックが起こってしまった。我先にと駆け回る受験者に四苦八苦しながら防衛を続ける。

 

 イオリアが次の生物を警戒していたその時、濃霧の向こう側から「ギャアアー」という悲鳴が聞こえた。

 

 イオリアは、【円】で悲鳴が聞こえた辺りに捕食生物が感知できないことに訝しみながら耳を澄ます。そうすると、ヒュと風を切る音が鳴るとともに再びギャアという悲鳴が聞こえた。イオリアにはこの風切り音に聞き覚えがあった。ついさっき自分を目掛けて飛んできたものの音だったからだ。

 

 イオリアは舌打ちしながら全速力で悲鳴の聞こえた場所に向かった。

 

 イオリアが到着したとき、既に3人目がトランプに切り裂かれ倒れ伏しているのが見えた。

 

 ヒソカはニヤニヤと笑いながら4人目にトランプを投げつける。イオリアは足裏で圧縮したオーラを爆発させ一気に加速し、4人目の受験者の前に立ちサックスケースを掲げた。間一髪、トランプはケースの表面に浅く突き刺さり事なきを得る。

 

 突如現れたイオリアに、顔を紅潮させ興奮するヒソカ。九死に一生を得た受験者はその場にへたり込む。ヒソカから目を離さず周囲を探ると10人ほど周りにいるようで、その中にはクラピカやレオリオも含まれているようだ。

 

 彼等も、イオリアの登場に呆然としている。イオリアは、事前の会話でレオリオが医者の卵であることを思い出し、応急処置くらいできるだろうと声を掛けた。

 

「……レオリオ。3人ともまだ息がある。すぐに処置すれば助かるかもしれない。……頼めるか?」

 

 その言葉にハッと正気を取り戻したレオリオは、

 

 「あ、ああ!任せろ!」

 

 そう言って、倒れ伏しかなり出血している3人に駆け寄る。カバンから包帯など治療道具を出しながら傷の具合をみる。クラピカもレオリオを手伝おうと、ヒソカを警戒しながら駆け寄る。他の受験者の何人かも止血しようと手伝いだした。

 

 それを面白そうに眺めているヒソカに、イオリアは凪いだ水面のように静かな瞳を向ける。

 

「何のつもりだ?」

 

 端的に尋ねるイオリアに笑みを深くしながら楽しげに返答するヒソカ。

 

「試験官ごっこさ♥ 退屈でね、無能者を振るいにかけるなら手伝おうと思って♥」

 

 イオリアは、やはり静かな瞳のままだ。しかし、内心は激情に荒れ狂い必死にその熱を制御していた。

 

 戦争の中で、ヒソカのような殺人鬼はよく見た。戦場では、感情のまま暴れれば直ぐに命を失う。それ故、冷静な判断ができるよう精神制御は特に鍛えてある。まだまだ未熟な部分はあるが、前世由来の精神力もあり、今のイオリアの精神を崩すのは至難の技だ。

 

「そうか……だが、ここまでだな。」

「へぇ~、どうしてだい? 君の後ろにまだまだ無能者がいるけど♠」

「俺の後ろに彼らがいるからだ」

 

 彼等の殆どに戦意は既にない。そんな彼等への虐殺など断じて許さない。自分の後ろにいる限り。

 

 まさに不退転。その背に多くの民の命を背負う騎士の姿。たとえ世界が変わっても、騎士イオリアの誓いが違えられることはない。その圧倒的な意志が込められ瞳に、ヒソカは自分の体を抱きしめ悶える。

 

 ヒソカがまさに動こうとした瞬間、霧の向こうからゴンとキルアが飛び出してきた。

 

 ゴンは周りの状況を確認すると、直ぐさま状況を察したのかイオリアの隣に並び立ちヒソカを睨みつける。

 

 今のヒソカはかなり濃密な殺気を放出している。常人ならそれだけで気絶するほどだ。現にキルアは震えて前に出られない。ゴンも手足がガクガクと震えている。

 

 しかし、それでも前に出た。勇敢とも言えるが、大多数の人間は無謀と切って捨てるような行為だ。

 

 だが、今回はそんな無謀な行為がこの場を納めた。ヒソカが臨戦態勢を解いたのだ。訝しげな表情をするイオリアに、ヒソカはゴンを見つめながらフフフと笑う。

 

「今回はやめておくよ♠ 君と戦うのは最高に気持ちよさそうだけど、青い果実を失うのは勿体ないからね♥」

 

 そう言って、ヒソカは何事もなかったようにスタスタと霧の中に消えていった。

 

 一同が「はぁ~」と安堵の吐息を吐く。イオリアはしばらくヒソカの消えた方を注視していたが、【円】でも音でも本当に進んでいったと分かると急いでレオリオの下に駆け寄る。

 

「レオリオ、3人の容態は?」

 

 イオリアの質問に悔しそうに唇を噛むレオリオ。

 

「一人は何とかなりそうだ。だが、あとの二人は……」

 

 イオリアも二人に注目して理解した。既に血を失い過ぎている。イオリアが治癒魔法をしても意味がない段階だ。治癒魔法に造血効果はないのだから。

 

 そして、既に意識のない二人はそのまま静かに息を引き取った。どことなく暗い雰囲気が漂う中、イオリアが立ち上がる。

 

「前に進むぞ。ここにいても捕食されるだけだ。……レオリオ、お前は二人を救えなかったんじゃない。一人を救えたんだ。それだけは絶対忘れるなよ?」

 

 イオリアは、そう言いながら落ち込むレオリオの肩を叩いた。「おう、サンキュ」と返答したレオリオの声は力強い。精神力も弱くないようだ。それを合図に皆も立ち上がる。内一人がイオリアに近づいてきた。

 

「ありがとな。あんたのおかげで命拾いした。名前聞かせてもらえるか?」

 

 先ほど、間一髪で助けた4人目の受験者だ。イオリアは「気にするな」と手をヒラヒラと振りながら礼儀として名乗る。

 

「イオリア・ルーベルスだ。悪いが、二人の遺体を運んでもらえるか? このままだと食い散らかされそうだ。折角遺体が残ったんだしな。レオリオは、怪我人の方を頼む。道中の護衛は俺がする。出発しよう」

 

 てきぱきと指示を出し、我の強そうな受験者達も特に不満を抱くことなく従う。

 

 普通ならおかしな光景だろう。イオリアは170cmを超える身長だが、まだギリギリ15歳にならない程度の年齢で少年といってもいい外見をしている。年上の受験生達が唯々諾々と従うのは有り得ないことだった。

 

 しかし、彼らには実際に不満はなかった。イオリアが圧倒的強者であることは先ほどのヒソカとの対峙で十二分に理解したし、本来何の関係もない自分達を守るために戦おうとしたことも理解していたからだ。

 

 イオリアの瞳を見ていなくとも、その背中に不退転の意志を感じ、彼等は総じてイオリアに敬意を感じているのである。遺体を運ぶなどという不毛とも言える行為に、現実主義のキルアですら文句を言わなかったくらいだ。

 

 一行は、真っ直ぐ一次試験のゴールに向かう。

 

 未だ濃霧が視界を閉ざしているが、イオリアの耳にはしっかりと前方にいる受験者達の音が聞こえていた。迷いなく先導するイオリアに頼もしさを感じながら追従する。

 

 途中、奇怪な生物が襲ってくることもあったが、誰かが手を出す暇もなく、イオリアが一度、黄金のサックスに息を吹き込めば耳やら目やら口から血を吹き出しながら白目を向いて事切れていく生物達に、顔を引きつらせる一行。

 

 この程度の生物ならゴンやキルア達でも余裕ではあるが、文字通り歯牙にもかけず、まるでどこから現れるかわかっているかのように、ちょっと息を吹き込むだけで不可視・不可避の致命傷を与えていく技に、もし自分に向けられたらと冷や汗を流すのだった。

 

 軽く引きながらイオリアの後を追う一行だったが、不意に両サイドから人影が現れギョッとする。

 

「マスター! 任務完了です! 全員無事ゴールにたどり着きましたよ~」

「こっちも完了! 死者ゼロだよ」

 

 報告をしながら併走するミクとテトにイオリアも笑顔を向けた。

 

「ご苦労さん。二人共ありがとうな」

「えへへ~」

「ふふ~」

 

 イオリアの労いの言葉に頬を緩めるミクとテト。事態が飲み込めず、目を白黒させながらゴンが疑問の声を上げた。

 

「何かしてたの?全員無事とかって……」

 

 ゴン以外の人達も、何となくミク達がしてたことに思い当たったのか「まさかなぁ~」という表情を浮かべる。

 

「ああ、ミクとテトに頼んで、この湿地帯を抜ける実力の無い者を助けてもらったんだよ。何とか全員守りきれたみたいでよかった」

 

 安堵のため息をつくイオリアに「信じられない」といった視線を向けるゴン以外の人達。ゴンだけ目がキラキラしている。

 

 それはそうだろう。ハンター試験に挑んでいる以上、何が起ころうと結局は自己責任だ。助ける義理も義務ない。

 

 キルアが思わず噛み付く。曰く、受験者の自己責任だ。曰く、この先そうやって助け続ける気か、と。

 

 イオリアは「まさか」と苦笑いをしながら何でも無い様に答える。

 

「受験生の自己責任とかそんな分かりきったことはどうでもいいんだ。皆自覚もあるだろうしな。……でも、死にたくないっていう思いはどうしようもない。その声が聞こえちまう。だから助けずにはいられない。それが俺の誓いだからな。ゴールに着いたら棄権を促すつもりだ。生き残ったことを自分の実力と勘違いした奴のことまでは面倒見きれないな、流石に。……覚悟決めて先に進むなら別だけど」

 

 そんなイオリアの独白じみた言葉にキルアは呆れたように「あっそ」とそっぽを向き、ゴンはますます目を輝かせる。レオリオやクラピカは苦笑いだ。他の受験生は、実力不足を実感し着いたら棄権しようと心に決めた。

 

 そして、遂に前方にゴールが見えた。

 




いかがでしたか?

世界が変わってもイオリアの行動は変わりません。

次回もハンター試験です。

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