白物語   作:ネコ

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99 鉄の国?

 その部屋で、白は影分身と2人で一心不乱に書類と格闘していた。本体は物資に関して、影分身は人材に関して纏めている。

 

 2人の顔は怒りに染まり、それが仕事にも表れていた。書類は殴り書きし、終わったものは投げ散らかす。完全に八つ当たりだった。後の事を全く考えていない状態である。

 

 そのようなピリピリとした空気の張り詰めた部屋に、照美と青が入ってきた。

 

「少しいいかしら?」

「駄目です」

 

 白は顔も上げずに返答し、作業を続ける。カンパニーの誰かだと思ったのだろう。素気ない上に即答だった。それを聞いて、青が慌てたように白に近寄って忠告する。

 

「<白! 水影様だぞ!>」

 

 白はそこではじめて顔を上げて照美を見た。その表情は、いつものにこやかな笑みを浮かべながらも、青筋が浮き出ているのが分かる。

 

 まさか、いきなり断られるとは思わなかったのだろう。しかも、顔を見ずに。

 

「お久しぶりです。今日はどのようなご用件ですか?」

 

 白は顔を引き攣らせながら、照美に挨拶を行う。しかし、もう1人は気付かずに作業を続行していた。そこで、強制的に影分身を解除して1人に戻った。

 

「あなたには、五影会談に赴くために、私の護衛をしてもらうことになりました。期間は10日ほどです。なにか聞きたいことはありますか? 言っておきますが、この件については、再不斬さんに了承を得ています」

「護衛ですか? 正直言って水影様に護衛は不要なのでは? と言うか、再不斬さんも、また勝手に決めて……(いやまてよ……。ダンゾウがどうなるかを確認するには、ついていった方がいいかもしれない……)」

「五影とは言えだ。体裁というのもあるが、何かあってからでは「行きますよ」……そうか」

 

 行くことに決めた白は、青の話を遮って答える。それに安堵した青はホッと溜息を漏らした。白は我が強いので、何かにつけて駄々を捏ねると思われていたのだ。

 

 それというのも、波の国と霧隠れの里で親睦を図るために時折交流をしており、大まかにではあるが、相手の性格なども分かる程度には親密になっていた。

 

「場所は鉄の国ですが、今からでも行けますね?」

「少し準備をして行きますので、橋の袂にある茶屋で待っていていただけませんか?」

「分かりました。……それにしても汚い部屋ですね……少しは綺麗にしたらどうです?」

「そうですね……」

「俺も手伝おう」

 

 照美は白の言葉に頷くと、部屋の中を見渡して、足元に落ちている紙を机の上に置くために手に取る。

 

 それはたまたまだった。事前にネジたちに向けて当てた手紙の失敗作が落ちていたのだ。そこにはダイレクトに婚約破棄や認めないなど色々と書かれており、それを目にした照美の表情が変わる。

 

 青と白の2人はそれに気付かず、足元に落ちた書類を拾っては机の上に整理して置いていっていた。

 

 紙を手に取り立ち尽くす照美に気付かずに、照美が手に持っている紙を貰うために白は近付く。

 

「拾っていただきありがとうございます」

「<お前か……>」

「はい?」

「これを書いたのはお前か!」

 

 突如として豹変した照美に危険を感じた白は、すぐさまチャクラを練る。その直後に白は吹き飛び、霧隠れの里の時と同じく壁を突き破っていった。

 

「水影様落ち着いてください!」

「こんなもの! こんなもの!」

 

 照美は怒り狂い、拾った紙を散り散りに破り捨てながら叫ぶ。それを必死に青は宥めているが、興奮しているのか、照美には聞こえておらず、その散り散りになった紙を足で踏みつけていた。

 

 白は何事も無かったかのように穴から出てくると、穴の開いた壁を見て溜息を漏らす。そして、影分身を使い再度散らばってしまった書類を拾い直すと、本体は出かける準備をしに別の部屋へ、影分身は書類を纏めるために同じく別の部屋へと出て行ってしまった。

 

 それを横目に青は唖然として口を開けたまま、しばらく何もできずに立ち尽くしていた。

 

(乱獅子髪の術は結構使えるな……)

 

 今回は、風遁で防いだわけではなく、チャクラを練り込んだ髪の毛で防いでいた。これには印が必要ではなく、自分の意思で動かすことができる。

 

 白が準備を整えて指定した茶屋に行くと、照美と青が、先程まで大暴れしていたとは思えないほど大人しく、茶を啜りながら待っていた。

 

「お待たせしました」

「それほど待ってはいませんよ」

 

 照美は、物言いも柔らかくなっていて、表情も穏やかなものとなっていたが、反対に青は、疲れきった顔をして、遠い目をしつつ茶を啜っていた。

 

「では、参りますよ! 青! 白!」

 

 元気よく歩きだす照美の後ろに、青と白はついていく。少し歩き島から離れたところで、青が白に小声で言ってきた。

 

「<頼むから例の言葉は使うなよ>」

「<好き好んで使いませんよ。さっきのは不可抗力です>」

「<宥めるのにどれだけ苦労したか……分かるか?>」

 

 青から沈んだような声で、これから何かを語ろうとした矢先に、白にあしらわれる。

 

「<大変ですね>」

「<他人事のように言うな! これからは、お前も一緒なんだぞ!>」

「<大丈夫ですよ。青さんこそ無意識で言わないでくださいよ? 特に今夜食う物はなんだ? とかは絶対言っては駄目です>」

 

 危険を回避するべく、事前に青へと釘を刺す。被害が言った本人だけであれば、問題はなかったが、照美の白への対応から、青だけではなく、白も八つ当たりの対象になると考えたからだ。

 

 白の言葉の意味が分からず、青は聞き返す。

 

「<それの何がいけないのだ?>」

「<今夜食う、と言うのが、婚約に聞こえる可能性があるからです>」

「<言われてみれば、そうかもしれんな>」

 

 青は白の言葉に納得し頷くと、照美との離れた距離を縮めていった。それに、白もついていく。

 

 その日の行程も無事に終えて、波の国内で宿をとることになった。

 

 その宿は海に近いため、海鮮物をメインとしているが、波の国の品物の流通がよくなっているため、山の物も比較的簡単に手に入るようになり、食事のメニューが豊富であることが売りである。

 

 その宿で事件は起こった。

 

 3人は宿に着くと、大広間に通されて、荷物を下ろす。そこで、1日の終わりに対して、照美から労いの言葉をいただいた後に、雑談へと入っていった。

 

 ここまでは、よかったのだが、その後がいけなかった。

 

「初めての場所というのは、なかなか新鮮でいいですな」

「そうね。しかも、ここの料理のメニューは、色々と種類が豊富とのことですから、楽しみです」

 

 照美と青の2人の宿の印象はいいようで、口々に接客から部屋の手入れまで、幅広く誉め称えている。

 

「そうだ。料理と言えば、今夜食「青さん!」……そうだった。すっかり失念していた。助かったぞ白よ」

「気を付けてくださいね」

 

 口の緩んだ青が、危うく口を滑らせようとしたのである。

 

 幸い照美には聞こえなかったようで、ホッとひと息入れると、青の言いたいことは分かっていたので、白の方から言葉を変えて訊ねる。

 

「夕食のことですよね?」

「その通りだ」

 

 青が頷き、それに対して白は、メニュー表を照美と青に手渡す。

 

「この中から選んでください」

 

 渡されたメニュー表は、照美が到着した時言っていたように、種類が多かった。そのため、1人数品ずつ選ぶことになったのだが……。

 

「種類が多いので迷いますね……。ここは、青と白に任せます」

「そうですな。では、このコンニャク料理とやらにしてみますか。あまり聞きなれぬ名前ですし」

「俺は、せっかく海に近いので、カワハギの煮物でも頼みます」

 

 白の頼んだ物の名前に興味が出たのだろう。青が訊ねてきた。

 

「む? 名前からして川の物ではないのか?」

「いえ、皮を剥ぐという由来からからカワハギというらしいです。美味しいですよ」

「確かに、普通だったらウミハギになるはずだしな」

 

 この時、多少なりとも照美に注意を払っておけばよかったのだが、1番の難関を乗り越えたことで、白は油断しており、青は始めて見る名前のメニューに少し興奮していて気付かない。

 

「<コンニャク……婚約……。ハギ……破棄……。婚約破棄……>」

 

 これにより、白の書いた手紙を思い出したのだろう。照美の目が怪しく光り出し、身体を小刻みに震わせている。

 

「他にもないか? これだけだと飽きてしまうだろう?」

「<飽きる……>」

 

 この青の言葉が決定打となってしまった。照美は、無言で近くにいた青に近付くと、青を一瞬のうちにして床に叩きつける。

 

「お前らのような男がいるから……」

「えっ!?」

 

 床に叩きつけられた衝撃で気絶したのだろう。青はピクリとも動かない。

 

 白に至っては、何が原因かも分かっていなかった。突如として怒り出した照美に、ただ恐怖を感じるばかりである。

 

(何も言ってないのに、いきなり襲われるとか……。ヒステリー持ち怖い……)

 

 白はすぐさま隠遁で姿を眩まし、メニュー表を持って部屋を出ていく。興奮状態の照美が、白へと視線を向けた時には、既にそこに白の姿はなかった。

 

(青さんの犠牲は無駄にしません)

 

 注文をして部屋の前に戻り、恐る恐る部屋の中の様子を見てみると、そこには、いつもの穏やかな表情をした照美と、顔の腫れ上がった青がいたのは言うまでもなく、それを哀れんだ白が青を治療するのだった。

 

 

 

 鉄の国。そこはこの争いの多い国の中、ただ一国、中立を保つ国である。

 

 侍という武力は持つが、侵略や援護等はせず、静観するのみ。その力は自国を守る時のみ使用されてきた。

 

 他の国でも、この中立を保つ国には手を出さないというのが、暗黙のルールとなっていた。

 

 そういった国柄だからこそ、今回の五影会談の場所として選ばれたと言える。

 

 鉄の国に入ると、雪が少しずつ降り始めた。その雪は降り始めなのか、まだくるぶし程度の高さまでしかない。しかし、奥に進むにつれて、次第にその高さも上がってくる。

 

 水影一行の辿った後には、その雪に残る足跡が、2人分しか存在しない。

 

 それというのも、無駄に高い白の技量によるもので、水の上に立つ際に、波紋を起こさず立てる力量があれば十分にできることでもあった。

 

「なぜ足跡が残らないのだ?」

「なぜ足跡が残るんです?」

 

 一方はできないために疑問に持ち、もう片方はできてしまうがゆえに、できないことが理解できなかった。

 

「無駄な議論もおしまいです。……着きましたよ」

 

 そこには、塀が横に見えなくなるほど続いており、その奥には大きな城が見える。更に背景には、3つの巨大な牙の形をした岩が存在感をこれでもかと主張していた。

 

 門の前では、2人の侍の警護。その更に手前に、3人の侍の国とおぼしき者たちが並んで立っている。

 

 その3人に近付くと、雪の降るなか待っていたのか、照美の持つ、水影の文字の入った笠を見て声をかけてきた。

 

「お待ちしておりましたぞ。それがし、この国の大将を務めるミフネと申す者。水影殿ようこそいらした。中に温かい茶と茶請けを用意してござる。……中へ」

「お気遣い痛み入ります。ミフネ殿」

 

 ミフネは横に立っている者に、声をかけて案内をさせる。それに続き水影一行も中へと入っていく。

 

 幾つもの門を潜り抜けて、目的の城の中へと入る。そこは外とは違い、温かな空気で満たされていた。

 

「やっと到着しましたね」

「油断はするなよ。中立国とは言え、他里の者も来ているのだからな」

「ええ。もちろんですよ」

 

 青の言葉に相槌を打ちながら、周囲を見渡して、建物の構造を把握していく。

 

「そんなにキョロキョロと見渡すな。田舎者だと思われるだろうが。それに、なぜ急に顔を布で隠す?」

 

 白は建物に入ってすぐに、医療時に着けるマスク代わりの布を着用していた。その布は目元付近から下を完全に隠す形になっている。

 

「顔を見られるのが恥ずかしいので装着しました」

「一応、護衛は面禁止なのだが……、これは大丈夫なのか?」

「そのくらい構わないでしょう。行きますよ」

 

 部屋へと案内されたそこには、こたつとその上にミカンと急須、湯呑みが置かれていた。

 

「おお! こたつ!」

 

 白は喜び勇んでこたつへと駆け寄り、こたつの中を確認してから、その中へ足を入れてミカンの皮を剥き始める。

 

「しかも、掘りごたつとか……懐かしいな」

 

 遠い目をしながら、皮を剥いたミカンを食べ始める。いきなりの白の行動に、他の3人は呆気にとられていた。

 

 それでも、案内していた侍が抑えたように笑いを漏らすと、それに気付いた照美と青が恥ずかしそうに俯く。

 

「お恥ずかしい限りです。白!」

「はい?」

 

 いきなり怒ったような声で呼び掛けられると思っていなかった白は、不思議そうに照美を見る。

 

 しかし、侍は微笑ましいものでも見たかの様に言ってきた。

 

「気に入っていただけて何よりです。時間が来ましたらお呼びしますので、ごゆるりとおくつろぎください」

 

 そう言うと、侍は部屋を出ていってしまう。

 

 それを見送ってから、信じられないようなものを見る目で青が見てきた。

 

「お前は本当に白か?」

「何を言ってるんです?」

「白。今後このような恥ずかしい真似はしないように」

「えっ?」

「分かってないのか……我々は霧隠れの里の代表として来ているのだ。そのように子供のような真似をしては、里の威信に関わる」

 

 ここまで言われてやっと自分のやったことに気付いた白は、ばつの悪そうな顔をして俯く。

 

「すいません。今後気を付けます」

「それはそうと、警戒心の高い白が、知らぬ場所で出された食べ物に、簡単に手を出すのには驚いたぞ」

「そうね。白は長十郎より、もっと慎重な子だと思ったのだけど、私の思い違いだったのかしら?」

 

 その後、色々と言われ続け、コタツのあまりの暑さに白は参ってしまうのだった。

 


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