白物語 作:ネコ
白は、ある扉の前でひとつ深呼吸すると、扉の取っ手に手を掛けて、鍵を解きゆっくりと開けていく。
ここに来るまでの経路には、異形の者はおらず、居たのは変わり果てた監視者たちだった。
暴走する前に、逃げ出そうとしたのだろう。隠れようとしたのだろう。あるいは戦おうとしたのかもしれない。しかし、その何れもが無駄であると、その変わり果てた姿から分かった。
(この建物内から感じられる、でかいチャクラはひとつだけだから間違いないな。後は死にかけくらいのチャクラが幾つか……)
感じられた大きなチャクラがひとつであることから、それが重吾であると確信した白は、ゆっくりと開いていた扉を一気に開いた。
研究所内に轟音が鳴り響く。その場所では壁の破片がそこらかしこに飛び散り、砂煙が視界を悪くしていた。
その轟音は1回だけに止まらず、次いで2回目は幾分弱くはなったが、それでも、静かな研究所内に響き渡る。
(始まったな……こっちも急がないと)
白は、研究資料の持ち出しに神経を使っていた。鍵が掛けられている以上、部屋に罠があるかも知れないからだ。しかも、鍵がどこにあるか分からなかったため、水遁と氷遁の応用で合鍵を作り、それを使って部屋へと入っていた。正規の鍵でないため、何らかしらの罠があるかもと、神経を研ぎ澄ましていたのだが、今のところ罠の気配はない。
部屋をひと通り見て、必要そうな物を巻物へと仕舞っていく。巻物へと収納し終えたら、部屋を出て次の部屋へと向かっていった。
鍵の掛かっている部屋は少なく作業自体もすぐに終わった。他にも鍵の掛かる部屋はあったのだろうが、そういった部屋は荒らされた上に、血がそこら中に付着している。そのため、その部屋の物を白は諦めていた。
作業を終えた白は、チャクラの集合している位置に向けて歩き出す。途中で急激なチャクラの高まりを感知するが、それが集まっている4人の誰かのものだったため、白は慌てることなく進んだ。
その場所へとたどり着いたときには、既に争いは終決しており、サスケが重吾を説得しているところだった。
「君麻呂は死んだ。俺のために」
「死んだ? ……お前のために? それじゃあ、お前の名前は……」
「うちはサスケだ」
「うちは……サスケ……」
しばらく、沈黙の流れるなか、白はゆっくりと近付いていく。白に気付いた3人は、目線をこちらへ向ける。
サスケは、すぐさま目線を扉へと戻し、香燐も同様にサスケへと目線を向ける。水月だけは、完全に白へと向き直ると、白に向かって肩をすくませる。
白が合流を果たしたところで、重吾のいる部屋の扉がゆっくりと開き、中から重吾が出てきた。
その重吾の顔を見て満足したのか、サスケは軽く頷く。
「外に出るぞ」
サスケは、そう言うと外に向けて歩き出した。その場にいた残りの4人もサスケの後に続く。
入り口周辺は壁が斬り裂かれたり、破壊されたりと、ボロボロになっていた。そして、その下には、瓦礫と一緒に異形だった者たちが、呪印が消えた元の状態で転がっている。
微かに感じられるチャクラから死んでいないことは分かるが、この後はどうなるか分からないくらいの負傷具合だった。それらを後目に建物の外へと出る。
建物から少し離れたところでサスケは立ち止まると、後ろを振り返った。
「今から俺の目的を話した上で、お前たちの力を借りたい。……俺の目的は、暁のうちはイタチを殺すことだ」
「白の言った通りだな……」
香燐のこの言葉に、サスケは反応すると、白へともの問いた気に視線を向ける。
「あっはっは。香燐は何を言っちゃってるのかな?(ここで言うなよ!)」
「? 研究所に居た時に言ってたじゃないか。サスケの目的について」
白は、サスケが来ると分かった時に、そのような内容を話したことを思い出し、乾いた笑い声を上げながらも、サスケからの視線もあって冷たい汗が背中を通るのを感じていた。
「お前はどこまで知っている?」
「えーっと、ある程度までは知ってる感じで……」
白は決してサスケと視線を合わせようとはせずに、首から下を見つつ問いに答える。ただ、サスケも自分の目的を知られようと構わないと思い直し、話を再開した。
「まあいい……。これから行動するに当たって、お前たちの意思を確認したい」
「僕はサスケについていくよ。僕の目的ともあってるからね。……暁にいる干柿鬼鮫、うちはイタチと組んでるんだけど、そいつの持ってる大刀・鮫肌が欲しいんだ。それが手に入るまではついてくよ」
「なんだよ。ただの刀集めかく「はいストップ」」
香燐が言い終える前に白は香燐の口を塞ぎ、最後まで言わせない。途中から水月が、香燐を睨みつけていたのに香燐本人が気付いていなかった。先ほどのこともあり、余計な事を言わせないために、香燐へと意識を集中していた白は、すぐさま動き、香燐を口止めしたのだが、結果としては遅かった。
「そういう香燐こそ、どうなんだい? 僕は知ってるんだよ……。君は昔サスケに……」
香燐は白の拘束を振りほどくと、水月に向かって行き顔を殴るが、水化の術によりその衝撃は受け流されて、ただの水飛沫が上がるだけにとどまる。そして、水月は何事も無かったかのように元へと戻っていった。
「水月。香燐を煽るのはよせ」
「……分かったよ。それはそうと、重吾はどうするのさ?」
「俺は君麻呂が命を懸けて守ったサスケについていく。お前がどれほどの忍びか見届けるために」
重吾がサスケの目をしっかりと見詰めながら言い放つと、サスケはその言葉に満足したのか頷き、白へと視線を向ける。
「白……お前の目的はなんだ?」
「ある時期までサスケと行動することが目的かな」
「ある時期だと?」
「それがいつなのか分からないから、サスケについていくんだよ。まあ、そんなことより、空区のうちは専用店に行って準備を整えない? 重吾の着てる物が囚人服っていうのが可哀想だし」
白の言葉で更に訝しむサスケだったが、余計な時間を喰っていると判断し、話を進める。
「今後のことだが、俺たちはこのメンバーで行動する。それにあたって、これより我ら小隊を蛇と名乗る。先ほども言ったが、蛇の目的はただひとつ……うちはイタチだ」
そこに乾いた拍手が響き渡った。言わずと知れた白である。
「名場面に立ち会えました。満足です」
そこへ、水月と香燐が白の両脇から肘鉄を放つ。しかし、白が軽く後退したことにより、その肘鉄は白に当たることはなく、水月と香燐で肘鉄を当てあうことになる。
「いつつ……空気を読め! お前は馬鹿か!」
「せっかく突込みを入れようとしたのに、避けるなんて酷いじゃないか」
「ごめん、ごめん。この緊迫した小隊に、一時の清涼剤として自分の居場所を見つけようかと」
「別にお前はいらないんだがな……」
「…………」
サスケの言葉で打ちひしがれる白を余所に、サスケは歩き出す。それに連なって白を除いた3人も歩き出した。誰も見向きもしないことに白は軽く落胆すると、遅れて白もついて行く。
空区は火の国内にあり、北の研究所からも近い位置にあった。
建物はところどころがひび割れており、街の中を行き交う人もほとんどいない。廃墟一歩手前といった風景だ。
その中を5人は歩いていき、ある建物の前まで来ると、そこから地下へと下りていく。
「ここが白の言っていたところかい?」
「そそ。うちは一族の専用店。俺も入ったのは初めてなんだけどね」
「なんか、同じところを歩いてるみたいだ。これじゃあ迷路だね、ここ」
「それにしても陰気くさいとこだな」
香燐の言葉に通路を歩いていた5人以外の声が発せられる。
「陰気くさいところで悪かったな」
5人が振り向くと、そこには2匹の猫が佇んでいた。
「久しぶりだな。デンカにヒナ」
「サスケのボウヤか……何の用だい?」
「戦闘に備えて色々と欲しいものがある」
「なにこのたぬ「言わせないよ!」ぶはっ!」
水月を掌底で壁へと弾き飛ばした白は、サスケに先じて液体の入った瓶を取り出し、2匹の猫にそれぞれ手渡すと、軽く蓋を開けて中身の匂いを漂わせる。
「これはっ!? ……お前さん分かってるね。ついてきな」
「この時のために特別にブレンドしといたから効果は抜群だよ」
デンカとヒナの2匹は懐に、白から渡されたマタタビの瓶を大事そうに仕舞い込むと、通路の先へと先導して歩き始めた。サスケは懐に入れようとしていた手を止めて、その後に続いて歩き出し、香燐と重吾もそれに続く。
重吾が少し興奮しそうになったが、水月が通路の真ん中から壁に移動しただけなので、特にそれほどの威力が込められていた訳ではなく、暴力に見えなかったのも大きかったのだろう。それに加えて、マタタビに調合しておいた鎮静効果のある匂いで重吾はすぐに落ち着いた。
「前に聞きそびれたけど、なんで君には水化の術が効かないわけ?」
「ああ、それね。柔拳って知ってる?」
「どこかで聞いてことあるような……?」
2人は何事も無かったかのように、2匹の猫の後を追って行く。
「ちょっと長い間それに付き合ってた時に、色々と身体の構造とか経絡とか勉強したんだよね。そんで、同じことができないかやってたんだけど、白眼がないと経絡が分からないんだよ」
「白眼ってことは木の葉の里か……。それで?」
「経絡が分からなくても、身体のどこかにはあるわけだから、身体全体に浸透するようにチャクラを放出すればいいと言う結論に至ったんだ」
「つまりなに? その柔拳もどきでやられると、水化の術が効かないわけ?」
「水化の術は物理に対しては強いけど、忍術に対してはそうでもないよね? 柔拳はある意味、忍術の一種だと思っていいよ」
「……今度から君の突っ込みは避けることにするよ」
水月は危険な人を見つけたかのように、白を見ると少しばかり距離を離した。それを見て取った白は、心外だとばかりに言い返す。
「大丈夫! ボケない限り突っ込みはないから」
「じゃあさっきのはなんなのさ?」
「忍猫を狸って言おうとしたでしょ?」
「だって、どこから見ても狸じゃないか」
「どこを見たらそうなるのさ! 猫に決まってるじゃないか! ……ここに居る間は失礼のないようにね」
「分かったよ」
5人が案内された部屋には何匹もの猫が寛いでいた。部屋の奥にはベッドがあり、その手前にひかれた絨毯の上に初老の女が、キセルで煙草を吹かして胡坐をかき、猫を纏わせて座っていた。
その女は、頭に猫耳バンドを付けて、夏であるにも関わらず厚着にマフラーという出で立ちだった。
「久しぶりだねサスケ。話はデンカから聞いたよ。準備ができるまで少しお待ち」
「ああ、世話になるよ猫バア。それと、マタタビボトルだ」
サスケは懐に手を入れると、瓶を取り出して初老の女へと手渡す。猫バアはそれを受けとり、懐に収めると特に何も語ることはなく、感慨深気にサスケを見つめた。
しばらく5人がその場で待っていると、女が忍具や医薬品の入った箱を持って部屋へと入ってきた。
「バアちゃん。準備できたよ。ここに置いとくね」
「中を確認しときな」
「ああ」
サスケは箱の中から物を取り出して、物や数量を確認していく。始めに手裏剣やクナイ類、続いてそれに付けるであろうワイヤーや起爆札を見ていた。時間が掛かると判断したのか、香燐が重吾を見る。
「重吾の奴にも何か服を買ってやったらどうだ? 私の渡したコートだと寸が合わないみたいだし」
「そのコート、俺のなんだけどね……」
移動する際に、囚人服は目立つため、重吾には香燐が羽織っていたコートを纏わせていた。しかし、渡されたコートは白のサイズに合わせてあるため、身体の大きな重吾では合わずに、丈の長さも股のあたりまでしかなく、ポンチョのようなものになっていた。そんな重吾の見た目に、サスケは特に気にした様子も無く、ついでだと言わんばかりに猫バアへと追加する。
「服も追加で頼む。それと、全員分のコートもだ」
「分かったよ」
その言葉で、猫バアは頷くと女に目配せして、手配をさせる。女はそれに頷き一旦部屋の外に出ると、しばらくして衣類の入った籠を幾つか持って戻ってきた。
「重吾って人は誰?」
「そいつだよ」
香燐は重吾に指を突きつける。重吾は、コートと囚人服を脱ぐと、持ってきた服を着始めた。
サスケが数え終えて、忍具などを収納していく時に、猫バアがしみじみとサスケに向けて話し出した。
「イタチのところに行くのかい?」
「…………」
「肉球スタンプを集めてた頃はあんなに仲が良かったのに……あんたら2人が殺し合わにゃならんとは……」
「もう行く。世話になった」
サスケは会話の内容に興味がないのか、金を猫バアに手渡すと、未だに服を合わせている重吾に視線を向ける。
「バアちゃん。この人に合う服がないよ」
「だったら、そこのカーテンでも渡しときな」
「お金受け取ってるのに、それはあんまりだよ!」
猫バアと女で言い争っている中、重吾は猫バアの言ったカーテンへと手を伸ばすと、それを引きちぎり身に纏った。
「これでいい」
気に入ったのか、重吾はカーテンを巻きつけたまま笑顔で答える。それを見て、女は全員にコートを手渡していった。
「えっと、俺のは……?」
「えっ?」
1人手渡されなかった白は、あからさまに落ち込みながら訊ねると、女は驚いたように聞き返してきた。
「コート着てるから、いらないと思ってた……ごめんね」
「いえ……。いいんです。どうせついでですし……」
同じ色のコートの数は4つしかなかったようで、結局コートを着ていた白に手渡されることはなかった。それを見て、水月がにやけたように笑い、香燐は見下したように鼻で笑う。
「羨ましくなんかないもんね!(ちくしょう!俺だけ無いとか酷過ぎる!)」
サスケはコートを羽織ると、そのまま何も言わずに部屋を出て行った。それに続くように4人も部屋を出て行く。残された猫バアは、出て行ったサスケたちを見やり大きく溜息を吐くのだった。