白物語 作:ネコ
依頼された植物の島へと行くために、火の国最大の港に到着した白は、早速船を出してもらおうと船と船乗り探しをしていた。もちろん水月のいた研究所をでる際に、変化の術で姿を変えている。
「すいません。ある島までの往復の船を出してもらいたいんですが、いくらですか?」
雲隠れの里の飲食店を繁盛させたことにより、白の給金は上がり、かなり懐が温まっているところだった。そのため、多少船代が高くとも出す気でいたのだが、船乗りたちの意外な言葉でそれが頓挫させられていた。
「海には、今は出せねえ」
「は?」
白は入った店を間違えたのかと、一旦店を出て、建物の看板を確認する。そこには、見間違いなくきちんと『渡し船』の文字が記載されていた。数瞬その文字を確認した後に白は再度店の中へと入っていく。
「ここは船を出すところで間違いないですよね?」
「ああ、それは間違いないんだが、こんなに海が穏やかな時には、船を出せねえんだ」
海を見ると、特に凪いでいる訳でもなく、穏やかにみえる。確かに風が無いので、それを推進力に期待しているのであれば駄目だろう。しかし、船乗りがその分働けばいいだけであり、白にはなぜ出れないのか疑問だった。そこで、これは賃金の交渉であると考えた白は、特にお金を出し惜しみすることなく、その要求を呑むことにした。
「多少はお金を持っているので、船乗りの人数を増やすことはできますが、それでも無理なんですか?」
「金の問題じゃねえんだよ」
その言葉に白は軽く混乱してしまっていた。賃金の交渉でもなく、空は快晴。風も特になく海も穏やか。そのような条件下で、船を出せないということが理解できなかったからだ。
「では、どういう問題なんですか?」
「この港の入口に化け物が棲みついちまったんだ。こんな晴れた日に船を出そうものなら、そいつに潰されちまう」
「化け物……ですか?」
「そうだ。でっかい帆船でも簡単にやられちまう。だから俺たちは天候が悪い日に船を出してるんだ。空が暗くて海が荒れてると襲って来ないみたいなんでな」
そう言った男は、その化け物に襲われたことがあるのだろう。思い出したかのように、身体が小刻みに震えている。それでも、白には時間があまりないため、悠長に天候を待つことなどできなかった。
そのため、船乗りは諦めて船だけを調達することにし、その交渉へと入った。
「では、船だけを売ってもらえませんか? 小型でいいので、というか1人だからむしろ小型がいいんですが」
「それなら別に構わないが……湾から外には出られないぞ?」
「いいんですよ。別にそちらとしても、損は無いはずです」
「……分かった。付いてきてくれ。それと釣竿はいるか?」
「いえ。要りません」
男は白が、湾内で船に乗って釣りでもすると思ったのだろう。しかし、白に断られたことで、訝しんでしまう。
港をしばらく歩くと、船が数十隻置かれている場所に辿り着いた。そこには、火の国最大の港と言われるだけはあって、大小様々な船があった。そこで立ち止まった男は、小さな船が集まった箇所を指差す。
「あそこの辺りが、お前さんに売れる船だ」
男の指差した先にある船は、確かに小さかった。人1人が、横になって寝られるくらいの大きさしかない。もし、津波などきた日には一発で沈んでしまうだろう。しかし、それ以外に目を向けてみても、そこからワンランク上の船となると、一気に大きくなっていた。それでは、白1人で維持することは叶わない。
島までの距離は船で1日もあれば、余裕で到着するほどの近さである。白は天候のことは忘れて、その小さな船で行くことに決めた。
「その船をください」
「毎度。しっかし、何に使うんだ?」
「もちろん船に乗るためです」
「いや。それは分かるんだが、言いたいことはそうじゃなくてだな……」
男は一応白のことを心配しているのだろう。船に乗る目的を最初に聞かされていただけに、この船で湾の外に出るのではないかと、不安そうな顔をしている。その考えは正しく、白はこの購入した船で島へと向かう気だった。
船を購入した白は、手続きを済ませると、食料を購入してそれを船に積んでから、湾の外へ向けて船を漕ぎ始める。今いる場所には他の船があるために、術を使おうものなら巻き込んでしまうからだ。
ある程度出たところで、船に付いている小さい帆を張り、術を使用する。
(―――風遁・大突破―――)
白の乗る小さな船は、風遁の術により一気に加速する。特に何も起こることなく湾内を出ようとしたところで、沖の方から何かが向かってくるのが見えた。
それは白の方からは1本の真っ直ぐな縦線に見える。もし、あれがそのままの方向で来ると、白の船に当たることは必至だった。その縦線の大きさからいって一発で白の乗る船など木端微塵になるだろう。
しかし、白は特に慌てることなく次の術を発動する。
(―――水遁・水龍弾の術―――)
船は白が水遁を使用したことにより、海面から盛り上がった水で上へと上がっていく。そこで、初めて何が向かってきているのかが白にも見えた。何か大きな魚……カジキのようなものが来ていたのである。
その化け物と言われていたカジキもどきの魚を、船ごと回避した白は、そのまま湾外へと向けて進んでいく。そして十分に離れたと確認できたところで、後方を確認してみると、湾の入り口をぐるぐるとまわっている背びれが確認できた。
確かにあんなものがいるのであれば、迂闊に船を出すことはできないだろう。もし出したとしてもすぐに破壊されて終わりである。
白はチャクラの節約のために風遁へと切り替える。しかし、白が安心するのは早く、これで終わりではなかった。
船が一瞬で大破したのである。
白が気付くのがもう少し遅れていれば、最悪白もそこで終わっていたかもしれない。それほどのことだった。
いきなり船の真下から角のようなものが、船を真ん中から突き破って出てきたのである。大破した船からすぐさま距離を取り何が起きたのかを確認した。
そこには大破した船に対して、執拗に、何度も、細かくなるまでぶつかり続ける魚がいた。湾に出るところにいたものより幾分小さい魚。おそらくはその子供だろう。
細かい破片へと変わりゆく船を見詰めながら、白の中で何かが切れてしまっていた。
どれほど時間が経ったのか分からない。
白が意識を取り戻した時には、海の上に浮かんだでかいカジキもどきの上に、雷刀・牙を片手に持ち立っていた。そのカジキもどきの魚体には大きな風穴が開いており、それが致命傷であることが見て取れる。それ以外にも執拗に斬ったのか、斬り傷が無数にある。もし、風穴が開いていなくとも、その斬り傷だけでその内に死んでいただろう。
その光景をしばらく見つめていた白は、雷刀・牙を収納して、周囲を見回し状況を確認していく。
(えーっと。何が起こったのか不明だけど、取り敢えず悪は滅びた……じゃなくて、船が大破した。ここまではいい……いや、よくないけど。……と言うかもう昼なのか……微かにあそこに大陸が見えるってことは、東はこっちね。もう船を買いに戻るのもあれだし走るか……身体中がかなり痛い……)
白はそのまま走り続けて、夕刻にやっと目的の島へと到着することができた。島へと上陸した白は、夕刻ということもあり、身体の痛みが激しいことから、その日はそのまま休むことにした。仙掌術を使わなかったのは、影分身を作れないほどにチャクラを消耗していたからである。
次の日になり、白が始めに行ったことは食料の調達だ。船に食料を積んでいたために、昨日の昼から何も食べていないのである。そこで、食料調達に勤しむことになったのだが、秋ということもあり、島の木々には食料がたくさん実っていた。
(身体の痛みはだいぶマシになったな……。腹も膨れたし、ぼちぼち依頼の品を探しますかね)
未だ多少の痛みを伴う身体を動かしながら、白は島を歩いていく。食料調達に伴い、カブトから貰ったリストに載った地図をある程度把握していたので、いくつかはそれほど探さずとも見つけることができた。
依頼された種類は全部で7つ。マンドラ草、活力人参、紅イモリ、ダイマトウ、葉起草、カララヘビ、万能泥の7つだ。それらを一定数集めて、また送らねばならない。
この日も天候に恵まれ、快晴だったために探すのには苦労することはなかった。
始めに島の海岸沿いにある葉起草から採取していく。名前からは分かりにくいが、早い話がつくしだった。これは下の葉の部分からつくしが生えてきており、その葉を残しておけば、また生えてくる。そのため、白は気にせずに、上のつくしの部分を採取していく。
また、その近くにはその葉起草を食べるカララヘビが生息しているため、葉起草採取をしつつも、周囲への探索を怠らない。しかし、そこまで集中する必要も無く、カララヘビを見つけることができた。数匹捕まえて眠らせてから瓶へと詰めていく。
島の中央へ向けて坂を歩いていくと、薄青い花が至るところに咲き乱れている場所へと出た。その薄青い花というのはマンドラ草だった。必要数採取した後に、自分用にと同じ分量を採取しておく、葉起草と違いどこにでも生えているものではないからだ。同じ場所に生えていた活力人参も同様にして採取していった。
(こっちの白い毒草とかもついでに採っていくか……)
マンドラ草と色違いながらも酷似した毒草や、途中に生えていた痺れ草を一緒に採取しながら次の場所へと移動する。
次はオレンジの花が目印のダイマトウだ。花は椿のような形をしており、それが1輪ずつ咲いている。しかし、それが絨毯のように敷き詰めて咲いているため、椿が咲いているように見えるのだった。
山の頂部を目指しながら、ダイマトウを採取していく。採取し終わったころには、太陽が真上に差し掛かっており、もうすぐ昼であることを告げていた。
太陽の位置から昼が近いことを見て取った白は、腕時計で正確な時間を確認すると、次の目的地と地図を見比べる。
(次の川のとこで昼飯だな)
次の目的地は川の上流に生息している紅イモリだった。河原で火を起こし、紅イモリを捕まえるついでに、魚を千本にて捕らえていく。上流ということもあり、紅イモリは多かったが、魚の数は少なかった。しかも、そのサイズが紅イモリの子供と大差なかったため、腹を満たすのに数を取ることになったのは言うまでもない。
腹を満たした白は、周囲に人が居ないことを探知結界で確認してから、河原の上……断崖絶壁と言っていいほどの高さにある場所へと目線を向ける。
(誰もいないな。―――氷遁秘術・魔鏡氷晶―――)
下の河原から崖の上へと一瞬で移動した白は、最後の万能泥を取りに、島の中央にある地獄谷へと向かって行った。
地獄谷と明記された場所には洞窟があり、白は影分身を使って先行させて内部の調査を行っていく。特に洞窟を通る時に危険は無く、万能泥の湧き出る広間へと到着した。
(なんかガス出てるけど、あれが毒か……。それにしても、地面の下になんかでかいのがいるな……。あれはなんだ?)
地図に記入された注意事項に、毒が噴出していること、それに伴い、その毒を長時間浴びると死に至る危険があるとだけ明記されていた。しかし、特に生き物については渡された地図には書かれていない。そのことを不審に思いつつも、歩を進める。
微かに漂ってくる空気に、毒が含まれているのがわかることから、噴出している濃いガスの部分をまともに受けるとただでは済まないだろうことがわかるが、白は特に気にした様子も無く進んだ。
(―――風遁・風鎧―――)
途中、地面からガスが白へと吹き付けられるが、そのガスは白の纏った風に遮られ、届くことなく違う場所へとそのまま流れていく。
大きな生き物のいると思わしき場所の上部を通るが、結局は何事も起きなかった。いつ襲ってくるのかと警戒していただけに、拍子抜けした気分を味わいつつ、万能泥の湧き出る場所へとたどり着いた白は、用意していた瓶へと万能泥を詰めていく。
詰め終わり、帰ろうとしたところで地震が起きた。
それは自然に起きた地震ではないことは白には分かっていた。白がゆっくりと振り向いた先には、地面を割って這い出てきた大きなトカゲが居たのである。
(何こいつ? もしかしてだけど俺を襲う気か?)
地面から出てきたトカゲは身体を震わせて、身体に付いた岩を退かすと、ゆっくりと白へと近付いてくる。その巨体はかなりのもので、そのトカゲの口は、白など簡単に呑み込めるほどの大きさだった。
チャクラを練り込んでいつでも攻撃できる態勢に入っていたが、その大きなトカゲは白の横に辿り着くと、万能泥を飲み始めたのである。
よく考えれば、このような生き物のいない空間で摂取するものと言えば、岩かガス、それに湧き出ている万能泥しかないだろう。
トカゲは白をその大きな目で見ているようだが、特に何もするつもりは無いようで、万能泥を飲み終えると、そのまま這い出てきた場所へと戻り、地中の中へと潜ってしまった。
(まあ、いいか……これで依頼達成だし)
白は元来た道を戻り、採取した物をカブトへと送り届けてから、その日は休息を取ることにした。次に向かう場所をどちらにしようかと考えながら……。