白物語 作:ネコ
再不斬と白が霧隠れの里へ辿り着いたそこには、至るところに傷痕の残る壁があった。
「最近戦争でもしたような新しさだな」
「そうですね……」
「ここに来るまでにそういったことは聞かなかったが……」
「何かあったんでしょう。それよりも中に入ります? 再不斬さん一応抜け忍ですよね?」
再不斬と白は、正規の道から外れた林の中からその光景を見ていた。正規の道は里の補修に使うであろう資材が頻繁に持ち運ばれており、解放された門から奥の方を見る限り、今は人のチェックまではしておらず、人や荷物が素通りしている。
「どうします?」
「せっかく来たんだ。見に行くぞ」
「はあ……わかりました」
再不斬と白は堂々と正面から入っていく。一応、外套を纏い、首切包丁には布を巻いているが、傍から見たら怪しいことこの上ない。しかし、忙しいためなのか、誰も止めるものはなかった。
里の中は、建物がところどころ壊れており、その壊れている場所を職人が修復している。その修復方法は雑なもので、取り敢えず塞いでおけばいいというのがよくわかる。それもそのはずで、季節はもう冬に入っている。そのため、もしここで雪などが降ろうものなら家の中の者たちは凍えてしまうだろう。それらを回避すべく、速度を重視して塞いでいるのだった。
ひと通り再不斬たちは里の中を見て回ったあと、白たちは遅めの昼食を摂った。
「里の中も結構ひどいもんですね(俺がやったんだけど……)」
「……里の中での戦闘はなかったようだな」
「……なぜですか?」
「壊れた場所が不自然な上に、あの壊れ方……術でできたものというより忍具……起爆札でやったような痕だ。……陽動かなにかに使ったんだろう」
再不斬は自分の考えを述べると、運ばれてきた料理に視線を向けて、嬉しそうに食べ始めた。
(さすが再不斬さん。簡単に見抜きますか……)
白も再不斬同様に運ばれてきた料理を食べていると、明らかにこちら目掛けて近付いてくる人物が居た。
「桃地再不斬様で間違いありませんか?」
「……お前は誰だ?」
周囲へと気遣った小さな声で話し掛けてくる。しかし、食事の最中に声を掛けられたせいだろう、再不斬は不機嫌そうに声を掛けてきた人物へと目線を向けた。
「私は水影様の護衛をしている青というものです。この後よろしければご同行願いたいのですが」
「どこかで聞いた名だな」
再不斬はすぐさま食べ終わると、青に向けて言い終えてから、目を瞑り考え込んでしまった。
「あなたほどではありませんが、それなりには知られています」
「……いいだろう。案内しろ」
再不斬が考えていた時間は短く、少ししてから立ち上がると同時に返事をした。その答えに安堵した青は、次いで白へと視線を向ける。再不斬はその視線に気付き、未だに食べている白へと声を掛けた。
「いつまで食べている。いくぞ」
「……どちら様でしょうか……私はしがない一般人ですが……」
「…………」
再不斬は何も言わず、ただ白けたような視線を白へと向ける。その視線に耐えきれず、白は溜息を漏らすと、箸を置いて立ち上がった。
「罠とかそういうの考えないんですか? それ以前に再不斬さんだけで行くという選択肢はないんですか?」
「こいつ程度であれば問題ない。それに始めから水影に会いに来たんだ。……向こうから案内を寄越すぶん話が早い。お前についてはついでだ。どうせ今更他人面しても仕方ないだろう?」
再不斬は最後の台詞を青へと視線を向けながら話す。こいつ程度と言われても、青の顔色は変わらず、逆にそれを受けて青も頷いていた。
「勘違いをしておられるようですが、再不斬様におかれましては、霧隠れの里では英雄扱いになっています」
「えっ? クーデター起こしたのにですか? しかも里を抜けてるのに?」
白は完全に罠であると決めつけて話を進めていただけに、青の言ったことを信じきれずに、逆に聞き返してしまう。
「その辺りを含めてお話しますので、まずは水影様のところへ案内いたします」
青は2人分の支払いを済ませると、店の外へと出て行く。
「危険な場合は単独で逃げますよ……」
「そこまで神経質になる必要もなさそうだがな。それにあの顔には見覚えがある」
「はあ……なんか楽天的に過ぎるような……」
「罠だったらそれなりに礼をしてやればいいだけだ。……里がこの状況で、それをしようとは思わんだろうが……」
再不斬は特に気にすることも無く青の後をついていき、白も肩を落としつつも再不斬の後に続いていった。青は特に後ろを振り向くでもなく、真っ直ぐに里の中央に向いて歩いている。
青に案内されて建物の中へと入っていった。建物の構造は簡単なもので大きな広間から3方向に通路が伸びており、真正面の通路の先が水影のいる部屋のようで、わざわざ看板まで掛けてある。
他の2方向には看板は無いが、同じように通路の先に扉が付いているところを見るに、この建物は3つの部屋でできていることが分かった。
青の案内の元、受付らしきところを素通りし、真ん中の通路を通り部屋の前まで来たところで、中から話し声が聞こえてくる。
「あんたはいつになったら婿をとるんだい!? 早く孫の顔を見たいんだけどね。大体私はあんたが水影になることにも未だに反対なんだよ。そんなことは他の奴に任せてあんたは早く結婚しな! ただでさえ水影っていう肩書が付いたせいで嫁の貰い手が遠慮しちまうってのに……そうだ! もう一度見合いをセッティングするから出な! いいね?」
中から聞こえてくる女の声は、まるで相手を糾弾するかのように、一方的に言い放っているようだった。その声を聞いて青は顔を手で覆いまたかと言わんばかりの表情をしている。
「……長十郎、お帰り願いなさい」
「はいっ!」
「ちょっとお待ち! まだ返事を貰ってないよ! こっちで決めてもいいんだね? こらっ! お放し!」
「すいません! すいません!」
先ほどから大きな声を上げている女と、謝る声が次第に扉へと近付いてきたかというところで、一気に扉は開かれて、中から女の腰へと抱きつくような形で、部屋の外へと出そうとしている長十郎がいた。
部屋を出てからも未だに言い放ち続ける女を、長十郎は一生懸命に押しながら青たちの横を通り過ぎていく。途中通り過ぎる前に助けを求めるような目を青へと向けるが、青は気にせずに再不斬たちへと向き直った。
「お見苦しいところをお見せしました。少しここでお待ちください」
青はそう言うと開いたままの扉を通って中へと入っていく。その空いた扉から見えた水影の目は、暗く灯っていたように白には見え、一瞬ではあるが悪寒を感じて硬直してしまう。
扉が閉まり、部屋の中から凄まじい衝撃音が鳴り響いていく。その衝撃音はしばらく続き、その後しばらくしてから、静寂がその場を包んだ。そして、物音のしなくなった部屋の扉がゆっくりと開いていく。
「お……お待たせ……しました」
中から現れた青は身体中がボロボロになっており、顔などは腫れあがっていた。そんなことを気にもせずに再不斬は中へと入っていくが、白はそうはいかずに中で何があったかを推察し、顔を引き攣らせたまま中へと入っていく。
「お待ちしておりました。再不斬さん」
「お前が今の水影か」
「はい。5代目水影……照美と言います」
2人は普通に挨拶を交わしていたが、部屋の中の物はあちこちに散乱し、挙句には壁に穴が開いている。そんなことを気にせずに、水影と再不斬がしばらく相手を探るように見詰め合っていると、扉が開き長十郎が戻ってきた。
「水影様の母上を部屋へと……っ!? 再不斬先輩っ!?」
先ほど青と一緒に通路に居たのだが、女を押すことに精一杯で気付かなかったのだろう。部屋を出た時に長十郎の目に見えたのは青のみで、その後青が長十郎の視界を塞ぐような形で向き直ったため、再不斬を隠すような形となってしまったのだ。
そこで、再不斬は水影へと向けていた視線を、声を掛けてきた長十郎へと向けて訝しんだ。
「……誰だ?」
再不斬は長十郎に見覚えが無いのだろう。青の時とは違い明らかに不審がっている。特にその視線は背中に背負ったヒラメカレイへと注がれていた。
「長十郎といいます! あの、再不斬先輩の後輩になります!」
「……まさかとは思うが、忍び刀をこんなガキにくれてやるくらい人材不足なのか?」
興味が無くなったのか、再不斬は視線を水影へと戻し尋ねる。
「才能はありますよ。ヒラメカレイを扱えるほどには」
「……それで? ここに招いた理由はなんだ?」
「既に分かっておられるのではありませんか?」
「霧隠れの里に戻れと言う話か……」
「そうです」
再不斬は予想がついていたようで、水影から順に青、長十郎と見ていく。
「俺の今の扱いはどうなっている?」
ここで再不斬の問いに答えたのは青だった。青は、水影に目線を向けて頷き、水影が頷き返したのを確認して一歩前に進み出る。
「それについてですが、……あの時のクーデターについては、里の者は皆、肯定的です。しかし、4代目水影様にとっては反乱者……そのため、抜け忍として取り扱っていました。ですが、おかしいと思いませんでしたか? 抜け忍なれば、追い忍が幾人も出されるはずです。その追い忍があなたの元へ来ることがありましたでしょうか?」
青は同意と確認を含めて再不斬へと問いただした。
「……ないな。逆に部下が付いてきたくらいだ」
「ええ。本来ならば同じ意思を持つ上忍など他にも数人行きそうだったのですが、それは思い留まってもらいました。……再びクーデターを起こすために」
「それにしても、そう簡単にあいつをやれるとは思わないが……どうやった? 俺ですら、隙をついて手傷を負わせるのがやっとだったぞ」
再不斬は再度この部屋にいる者たちへと視線を配り、あたかも、お前たちでは倒せないだろうという言い方をする。しかし、気分を害したような表情をする者は誰もいなかった。
「確かに、正面から立ち向かえば、かなりの被害を覚悟せねばなりませんでした。尾獣を完全にコントロールできた人でしたから……しかし、4代目水影様は何者かに操られていただけなのです。その幻術を解いて元に戻っていただきました」
「なるほどな……しかし、それだとヤグラの奴は生きていることになるが?」
再不斬は青の説明に納得して頷いた。思い当たる節があったのだろう、更に青へと質問を重ねていく。
「それが……最初は自分のされていたことを悔いて、里のためにできることを言ってくれとまで申し出ていただけたのですが……色々と話をお聞きする前に突然行方不明になられたのです」
「行方不明だと?」
「はい。こちらとしても、操られていたとはいえ、里を恐怖政治で縛っていた4代目を表に出すわけにもいきませんでしたし、何より4代目を倒したということを里内に広めた後だったため、行方不明であることを隠す必要がありました。今も捜索を続けているのですが……見つかっておりません……」
青は4代目水影とのやり取りを思い出した上で、行方不明になり、更に見つからないことへの憤りがあるのだろう。苦々しい表情をしている。
「口を挟んですいませんが、尾獣の尾の数は幾つですか?」
「3つだが?」
「3つですか……(あれ? 3尾って亀だったよな……確かどっかの湖に野放しになっていたような……)」
「何かご存知か?」
「いえ。ただ気になったもので、話を続けてください」
白が口を挟んだことで、全員の視線は白へと集まる。そこへ、水影が口を開いた。
「そちらの子の紹介をしていただけませんか?」
「そう言えばしてないな」
今思い出したかのように再不斬は言うと、視線を白へと向けて催促する。白は、どこか諦めたかのようにその視線を受けて、本日幾度目になるのか分からないほどの溜息を漏らしながら自己紹介を行った。
「はあ……白と言います。再不斬さんに無理やり連れて来られた、可哀想でひ弱な一般人です!」
白は最後の方を力強く宣言してアピールするも、再不斬の次の言葉によりすべてが台無しにされてしまう。
「そっちの長十郎とかいうガキよりも上だ。それにこいつも元々この里の者だから、この場に居ても問題ないだろう」
再不斬の言葉に部屋に居る全員が驚きを隠せていなかった。更に探りを入れるように皆の視線に力が込められていく。
(再不斬さん余計なこと言いすぎですよ……これで目を付けられること間違いなし……)
「しかし、見たところ長十郎とあまり変わらぬ年齢……再不斬様が里を出られた年月を考えると、まだ赤子だったのでは……?」
「そうだな……年齢的にはな」
「……?」
明らかに白の話になり始めたことで、白は慌てて話題を変えにいく。これ以上自分の情報を与えたくないために。
「その話はいいじゃないですか。話は再不斬さんがこの里に戻るか否かですよね? 話を進めましょう」
「……そうですね。まずはそこからお聞かせ願えますか?」
「……そうだな「婚約者が来たんだって!?」……」
再不斬が答えを出そうとしたところで、その女は扉を壊す勢いで開け放つと、凄まじい剣幕で部屋へと入ってきた。それを見て霧隠れの3人は溜息を漏らしていたのは言うまでもない。