白物語 作:ネコ
中忍試験に伴い、ネジのヒナタに対する軋轢を解消しておく必要があった。それというのも、ほとんど関わりが薄いとはいえ、未だに幼い頃の印象のままできているため、ネジのヒナタに対する態度が変わってないからだ。
中忍試験で接触もしくはトーナメントの時に、ネジがヒナタへ過剰攻撃をする可能性がある。それを少しでも減らすために、中忍試験開始前に、白はネジに会いに向かっていた。
中忍試験前ということもあり、任務には行かずにネジたちは3人で訓練を行っていた。
「こんにちはー」
「白か……」
「久しぶりね」
「…………」
この時、リーだけが無言で白を見つめていた。白はリーからの視線を感じて挨拶がないことを不思議に思うが、前回倒れていたので自己紹介をしていないことに気付く。
「そう言えば自己紹介できてませんでしたね。白と言います。よろしくお願いします」
白はそう言うと、リーへと握手をするために、利き手では無い方の手を差し出した。利き手ではないのは、暗部での訓練で仕込まれたからである。実際には両方ともそれほど差はないのだが……。
差し出された手を見て、今まで白を見つめて固まっていたリーは、白にとって突拍子もないことを言ってきたのである。
「僕の名前はロック・リーと言います。白さんと言うんですね……。僕と付き合ってくっ!?」
リーは言い終わる前に、その場から吹き飛び―――
『ドンッ!!!』
木へとぶつかり、気絶したのかそのまま倒れていった。
かなりの衝撃だったのだろう。リーが前のめりに倒れると、その後ゆっくりぶつかった方の木が反対側へと倒れてゆく。その木が倒れるまで3人は誰も語らず、また、その場から動かなかった。
白はリーの最後の言葉から一瞬ではあるが、リーが吹き飛ばされるまでの間、身体が無意識化で動いていた。条件反射とでも言うべきかもしれない。
リーは言い終わると同時に、白の手を握ろうとしたのだろう。そのリーの手首を白は掴むと、少し引っ張り身体を傾けさせ、腕を掴んだ側から顔面へと防ぎにくくしたうえで蹴りを放っていた。
この時のリーの反応は、さすが、と言うべきだろう。咄嗟のことにも関わらず、その顔面への蹴りを反対側の腕で防ぐべく、手を伸ばしてきたのである。動体視力と反射速度が、かなり高いことがその反応から窺えた。
しかし、反応したその蹴りは残念なことにフェイントであり、本命の蹴りは見事にリーの鳩尾へと吸い込まれていったのである。そして白の蹴りが入った瞬間、そこで掴んでいた手首を離し、リーは吹き飛んでいったのであった。
この行動は一瞬の出来事だった。蹴り脚は振り抜き、一回転して元の立っていた姿に戻っている。ただ、テンテンには見えなかったようだが、ネジには辛うじて見えたようで、驚愕の眼差しでリーを見た後に白を見ていた。
「……リーさん。いきなりあんなところまで瞬身の術で移動するなんてすごいですね! 全く見えませんでした! ただ、自分で制御できない速度は感心しないです。気絶するような速度で移動するなんて……。しかし任せてください! 医療忍者ですので、治療は得意なんです!」
「そ……そう? でも何か言いかけていたような……それにリーは瞬身の術使えないはずなんだけど……」
「それなら凄い体術使いなんですね! あれだけ早く移動できるなんて! 瞬身の術に見間違いましたよ!」
白は全力で誤魔化しにはいっていた。無意識で身体が動いたとはいえ、自分でやったという認識はあったのである。それに対して、テンテンは何が起こったのかよく分かってないようで、疑問に思いつつも曖昧な返事をする。しかし、少しでも見えていたネジは、真実を口にしようとしていた。
「……いや……今のは……」
「<僕のことを言ったらネジの秘密をばらす>」
「リーのやつ挨拶の途中でいきなり移動するとは非常識だな!」
白の呟きに、あっさりとネジは掌を返し、慌てて賛同の意を示した。この時の秘密とは言っても、嫌いな食べ物があると言うくらいなのだが、ネジはそう受け取らずに色々と深読みしたようだ。
白は、リーへと近付き状態を確認するために診察を行う。結果的には打撲だけで済んでいた。無意識とはいえ手加減をしたのだろう。そうでなければ、骨の2~3本は折れていたはずである。その事に安堵し、一応打撲箇所の治療を行う。
「一応打撲だけのようだけど、念には念を入れて場所を変えて診てみますね」
「ああ……」
「えっと……1人で大丈夫?」
「1人くらい運べます。訓練を引き続き頑張ってください。それでは」
白は、ネジとテンテンに見送られながら、リーを連れて移動していく。
(ここまで来れば大丈夫かな?)
雑木林の中、周囲に人の気配が無いことを確認し、リーを地面へと横たえる。そして、白は懐から巻物を取り出してある物を口寄せすると、それをリーの口へと流し込み、変化の術を使用した。
「……起きてください」
「……ん……こ……こは……?」
気絶していたリーを起こし、虚ろな目に焦点を合わせて、更に幻術をかけていく。幻術と言っても、見る対象を術をかけた者に固定させるといったものだ。そのため、リーの視線は白へと注がれることになる。
「大丈夫ですか? こんなところで寝てたら風邪ひいちゃいますよ?」
「……ぼくは……だいじょうぶ……です……」
明らかに大丈夫ではないのだが、それでもリーは無理に起き上がってくる。起き上がる際にも視線を外さないところをみると、もっと近くで見ようとしているのだろう。
(効果時間が短いとはいえ、結構強力な薬なのに、もう動けるなんてね……)
飲ませた薬は、本来10分程度は身体が痺れた上で、意識が朦朧とするのだが、リーには1~2分程度しか拘束の効果はなかった。しかし、満足には動けないようで、リーは上半身を起こすのが精一杯のようだ。上半身を起こしたまま、呆けたように白を見ている。
「大丈夫みたいですね。どこか異常があれば病院に行った方がいいですよ。私は用事があるので、これで失礼します」
未だに満足に動けないリーへと優しげに微笑み、その場からゆっくりと立ち去っていく。それをリーは見えなくなるまで、その姿を見つめていた。
(こんなところでくノ一の授業が役に立ち日が来るなんて……。ごめんサクラ……俺の代わりに犠牲になってくれ……)
白が変化の術で選んだ相手はサクラだった……。
中忍試験当日。
一次試験の試験官としての準備のために、白はヒナタより先にアパートを出て、アカデミーへと向かっていた。
(準備するって言われたけど、一体何するんだ?)
以前は、医療忍者の試験打ち合わせをしただけで、試験官になったのは今回が初めてである。事前に準備をするので、午後一番に集合するように言われたが、準備の内容を知らされず、白は不安を覚えていた。
ただ、以前に試験官として参加したことのある人たちは、楽しみにしているようで、嬉しそうにしていたのである。その人たちへと白が訊ねても、ニヤニヤとするばかりで教えてはくれなかった。
白は、そのような不安を覚える心理状態のまま、アカデミーへと到着した。集合場所である教室へと入ると、そこには料理の数々が並べられている最中であった。
立食パーティーのようで、机がいくつも並べられており、その上に料理が運ばれていく。椅子については、教室の端の方に並べられていた。
白が教室に入り、その光景に驚いていると、料理を運んでいた男が近寄ってきた。丁度よいとばかりに白は問いかける。
「これは……一体何事ですか?」
「ん? ああ。お前始めてか?」
「ええ」
「それなら知らないのも無理ないな」
男は白の言葉に納得すると何度も頷いた。自分の最初の頃のことを思い出しているのだろう。
「うんうん。俺もそうだったよ。噂ではこの中忍試験の中で一番きっつい役割だって言われてたんだよな……。まあ、実際きついんだけどさ。その代わりに、こうやって持て成しもあるんだよ。これがなかったら結構な不満が上がってたと思うよ。本当に。他の役割のやつとは作業量が違いすぎるからな」
「そうだったんですか……」
「取り敢えず、議長が来るまでに準備終えとかないといけないから、残りの料理を運ぶぞ」
「分かりました」
その後、次々に来る試験官たちと一緒にパーティーの準備を行い、最後に議長を待つだけとなった。
「議長遅いな……」
「そうですね」
時間である午後1時になっても現れない議長に対して、周囲から疑問の声が上がり始めた頃、本人が現れた。
「いや。すまんすまん。みんな揃ってるか?」
「アンコのやつが来てません」
「ハヤテは風邪が治ってないので欠席するそうです」
「ああ。アンコについては聞いている。そのせいで遅れたんだからな。それにしてもハヤテもか……あいつは仕方あるまい。他の者はいるな? ……よし。では食べるとするか」
議長は周りを見渡し、他に欠席者がいないことを確認すると、皿と箸を手に取った。そこへ、試験官から議長へと質問が飛ぶ。
「挨拶とかはしないんで?」
「なんでわざわざ挨拶なんぞしなけりゃならんのだ? 腹いっぱい食って英気を養う。それだけでいいではないか」
議長は早く食べたいのだろう、若干イライラしながら答えた。
「いや……。乾杯くらいはしてもよいかと」
「始まりと終わりくらいはいいんじゃないですか?」
「でも酒じゃないんだよな……」
「いうなよ……。これの後、試験官しないといけないんだからさ」
英気を養うどころか、テンションが次第に下がっていく試験官たちを見て、議長は吹っ切れたのか、鼓舞するために大きな声で言い放つ。
「ああ! 分かった分かった! それでは大変だろうが頑張れ! 乾杯!」
「「「「「「「はやっ!?」」」」」」」
試験官一同が同じ思いでハモる中、議長は言うだけ言うと、早速机の上の料理へと手を伸ばし始めた。余程お腹が空いていたのだろう。次々と料理を皿に移して食べていく。
なし崩し的に始まったパーティーは、約2時間後……午後3時半頃に終了となった。締めの言葉も適当だろうとみんな思っていたが、議長は少しばかり真面目な顔をして話をし始めた。
「そろそろ時間だ。みな手に持っている物を置いてくれ。……儂は今年初めて議長になった。今までは試験官としてしか経験がなく、議長と言う立場になって初めて分かったことがある。議長と言うのはみんなの支えがあってこそ成り立つというものだ。試験官をしておった時は、ただのまとめ役だろうと思っていたが、それが間違いであると気付かされた。そもそも「そろそろ片付けないと試験時間に間に合わないんで、要点だけ言ってください」…………」
議長の補佐をしていた男の言葉により、議長は口を開けたまま絶句し、補佐役へと顔を向ける。補佐役が終わりにも締めの言葉をした方がいいと言っておきながら、したらしたで止められたのである。食事の間に終わりの言葉を考えていたのだろう、周囲の者から議長へと憐みの視線が向けられていた。
(可哀想に……)
議長は壁時計を確認すると、4時まで残り20分を切っていることが見てとれた。確かに、片付けの時間を考慮するのであれば時間が足りなくなってしまうだろう。議長は、少し考える素振りをし、締めの言葉を再開した。
「あー。時間もないので簡潔にいうが……失敗しないように頑張れ。以上。片付けはじめ!」
「「「「「「「えっ?」」」」」」」
議長は言い終えると、率先して片付け始めた。他の者たちはあっさりした言葉に呆気にとられていたが、議長が動いているのに、自分たちが動かないとまずいとばかりに素早く動き出す。
しかし、時間は無情にも過ぎていき、片付け終わったのは午後4時ジャストだった。
「いかん! 1次試験の試験官はすぐに行くぞ! 試験官が遅れるなど恥もいいところだ!」
「しかし、このまま行っても遅れることに変わりはないですよ」
「……そうだ! 煙玉を誰か持ってないか? 煙玉を使って、煙が消えた場所から現れると言う演出をすれば、遅れたことを多少誤魔化せるはずだ」
「煙玉ならあります!」
「よし! 行くぞ!」
イビキの遅刻誤魔化し作戦を実行に移すべく、1次試験の試験官たちは会場へと向かうのだった。