白物語 作:ネコ
午前中にネジとの鍛練を終えて、ヒナタと昼食を食べた後、早速外へと向かった。
変化の術にて姿を変えて、秘術によって改良された水分身から求人情報を受け取り、それを片手に該当の店へと向かう。
(まずは1件目!)
仕事の内容と給料との兼ね合いが良いものから当たっていく予定だ。
その1件目は、病院での夜間の患者の看護だった。看護といっても、別に治療をするわけではなく、何かあった際に担当のものを呼び出すというものだ。
仕事として内容を見る限り、病室を回って異常があれば、知らせるという単純なものなので、楽なのにも関わらず、夜間の仕事のせいか給料がいい。
更に給料が良かったのは、医療に携わることだったが、医療忍術に関しては、本体でないと出来ないので早々に諦めた。
影分身が出来れば変わったのだろうが、知識も印の切り方も分からない現状では、出来ないので仕方がない。
「すいません」
「どうかされましたか?」
「求人広告を見て来たのですが」
受付の女の人に、求人情報の紙を見せる。
「どこで受けることが出来るんでしょうか?」
「こちらの件でしたら、あちらの部屋の中にて、担当の者がおりますので、そちらにて受付しております」
「ありがとうございます」
受付の女の人に教えてもらった部屋へと向かい、ノックをするが返事が無い。訝しみながらも再度ノックすると、かなり不機嫌そうな声が聞こえて来た。
「何なのよ!?」
その声はかなり不機嫌そうであった。扉をゆっくりと開けて部屋に入ると、そこには、1人机の上で、『カリカリ』と音を立てながら書類と格闘している女の人が居る。
「あの、失礼します。求人の受付はこちらでよろしかったですか?」
「受付で聞いたから来たんでしょ!? それくらいわかんなさいよ!? 私は今忙しいの! そっちにある書類に、必要事項記入出来たら持ってきて!」
女の人は、こちらを見向きもしない上に、更にイライラとした感情を隠しもせず、記入用紙のあると思われる場所を、持っていたペンで一瞬指示すると、すぐに書類仕事に戻ってしまった。
その指示された場所へと向かい、置いてあった記入用紙にざっと目を通す。名前や年齢など色々と記入事項があり、そのあたりについては、適当に埋めることが出来るが、住所と身元保証人だけは別だ。
(取り敢えず埋めれるところを埋めよう)
そこだけは空欄のまま他を記入していく。ひと通り記入し終わってから少し迷いはしたが、空欄の部分には無しとだけ記入した。実際この姿の人物は、木の葉には存在しないので、住む場所も後ろ盾も無い。
「記入し終わりました」
「そこに置いといて、後日こっちから連絡するわ」
女の人は、イライラが納まったのか、幾分声の質が変わった。
言われた場所へと記入用紙を置くと、既に何名もの応募者が居たようだった。おそらくは、募集期間的に言ってまだまだ増えるだろう。それに加えて、書類の内容審査をするとなると、結構な時間が掛かる可能性があり、記入内容から言って落とされる可能性が高い。どうせならと思い、いま結果を聞かせてもらうことにした。
「えーっと。いま判断することは出来ませんか?」
「あんた、最初に私が言ったこと聞いてなかったわけ? 今、忙しいのよ!」
先ほどまでの声の質が、最初の方の声へと戻っていく。これは駄目だなと確信するが、完全に断ってもらうために、開き直って聞いておくことにした。
「それはお聞きしたんですが、何分住む場所も身元保証人も居ないので、連絡の取りようが難しいのです」
「はあ? んじゃ却下。そんなやつ雇うわけないでしょ。ああもう! 無駄な時間を使わされた!」
「やはりそうですか……。失礼しました」
記入内容を確認した段階で、ある程度予想していたとはいえ、やはり駄目だった。むしろこのような大きい病院にて、身元の不確かな者を雇うとは到底思えなかった。
このようにして、2件目3件目と回っていくが、雇ってくれるところは無く、次の日からも同じように回っていくが一向に成果は無い。あったとしても短期的なバイトのようなもので、はっきりいって日雇いの為、その日の賃金をその日のうちに貰うというものだ。しかも内容が力仕事ばかりで、その日の食事代に毛が生えた程度の金額だった。塵も積もればと言うが、短期的なものの為、いつ求人が出るのか分からないし、単発なので簡単には増えない。やはり、長期間雇ってくれるところがいいだろう。
10日が過ぎた頃に、本格的に焦り始めた。求人広告のほとんどは既に回り終えている。残っていそうなのは、夜の店だけなのだが、女性限定な上に仕事内容や給料が応相談とよくわからない。なんとなく想像はつくのだが、自分が男なだけに、女に変化した水分身とは言え自分が、男の相手をするという行為に、かなりの抵抗があった。
(取り敢えず、これ関係は没と……。どうせまた住所とか身元保証人が必要だろうし。それにしても、まさかここまで雇ってもらえないとは思ってもみなかったな……。こうなると、単発の求人を探しまくってやっていくしかないのかな……)
秋休みの期間があれば、いけると思っていた過去の自分を殴ってやりたかった。計画を立てたはいいが、その計画を安易に考えすぎた。何でも上手くいくとは限らないのである。
次の日の午前中での鍛錬でも、特に自分では普段通りに動いているつもりだったのだが、ネジに心配される始末で―――
「白は調子が悪そうだな」
「特に体調面で異常はないよ?」
自分の身体、健康状態共に常にチェックしているし、いまも異常は特にない。
「なんというか、何か考え事をしているのか分からないが、いつもよりワンテンポ動作が遅い気がする」
「そうかな? そうなのかも?」
「何か心当たりでもあるのか?」
「そうだね……。世の中上手くいかないなあと思ってるくらいだよ」
「それは当たり前だ。取り敢えず、今日のところは止めておこう。そんな状態でやってもお互いあまり意味が無いからな」
「ごめん」
「謝る必要はない。気にするな」
「今日中には気持ちの整理を付けて、明日からは気を付けるよ」
「そうするといい」
まさかネジに、組み手での自分のちょっとした動きだけで、考え事をしていると分かってしまうとは思わなかった。確かに、午後からのことを考えて少し憂鬱な気分でおり、更に残りの期間が短いことから焦っていたのは事実だ。
(何事も気持ちの切り替えをしないとやっていけない。人を殺した時には簡単に切り替えられるのに、こんなことで切り替えられないなんて、まだまだだな)
その日の午後は、単発の求人を見つけたため、そのまま現場に直行し引っ越しの手伝いを行う。運ぶ荷物の量は結構なものだったので、なぜ忍びの方に依頼を出さないのか聞いてみたところ、仕事自体は早いのだが、依頼する為のお金が少々高いとのことだった。そのため忍びに頼むのは、お金を持っている人や、早急になんとかしてもらいたい人などらしい。今回はそこまで急がない上に、場所が近いということもあり、2日に分けて運ぶようだ。
確かに、一般人向けの依頼斡旋所があり、忍びの依頼斡旋所よりも安い。一般人にとって、忍びに頼むまではいかないような内容であれば、安い方へと依頼を出すのは普通だろう。
次の日の午前中は、水分身に任せてネジとの鍛錬に集中する。そして、午後からは本体にて引っ越し作業を行った。午前中は家の中の整理や掃除などで力を使わないのだが、午後からはその整理した荷物の運搬なので、力が必要なのである。その為、今の水分身では荷物を運べるのかが心許ないため、本体にて午後からの運搬作業を行った。
その日の午後3時ごろには、作業も無事に終了して賃金を受け取った。失礼だとは思ったが、その場にて中身を確認すると少し多めに入っている。
「えっと。少し多いみたいですが?」
「あんた見かけによらず力持ちなお蔭か、思ったよりも早く終わったし、見た目と違って丁寧にやってくれてたからね。まあ気持ちの問題さ。だから受け取っといておくれよ」
「ありがとうございます(見た目は余計だよ! これでも前世の姿なんだからな!)」
思うところはあったが、深々と頭を下げてお礼を言い。軽く世間話をしてからその場を後にした。
(結局仕事に付けたのは、単発の3件だけか。しかも常時求人のところにいないと、すぐに定員が埋まってしまうし。今回は主婦っぽい人たちが多かったから、力仕事で目立ってちょっと貰える額が増えたけど……、そうそうこんなことは起きるはずないし、これからどうしようか……。安くてもいいから、安定したお金が欲しいな……)
秘術による水分身を通して求人を見ても、新しい求人は無い。それに、再不斬の方も映る景色は真っ暗なままだ。途方にくれながら、街中を歩いていると、ラーメン一楽が見えたため、久しぶりに寄ることにした。
時間が時間だけに人は居らず、貸切状態だ。人が居ないならと、真ん中の席に座り注文をする。
「とんこつラーメン1つ」
「はいよ」
これからのことを考えて待っていると、とんこつラーメンが出されると共に、声が掛けられた。
「溜息ばっかりついてどうしたい?」
どうやら無意識のうちに溜息をついていたようだ。
「溜息なんてついてたのか。気付かなかった」
「なんか悩みがあるなら聞いてやるぜ。聞くだけだけどな!」
その後、ラーメンを食いながら、ここ約2週間の出来事を愚痴っていた。自分でも思った以上に、このことは堪えていたようだ。
(こんなオヤジに愚痴を言ってても仕方ないのになあ)
ラーメンを食べ終わり、更に愚痴を言い終わる。愚痴を言ったことで少しはマシにはなったが、根本的な解決にはなっていない。愚痴を言っている間、店のオヤジは黙って聞いてくれていた。
「愚痴を聞いてくれてありがと。これ御代ね。んじゃまた」
「ちょっと待ちな」
「ん?」
「うちで雇ってやってもいいぞ」
「……えっ?」
「なんだ? 不服だってのか?」
「いやいや。いきなりだったから驚いただけで、全くそんなことないって!」
「まあ、そんなに大した金は出せんがな。寝るとこについては、俺と同じ部屋だ。しかし、飯付きだから安心しな」
「ほんとにマジで助かるよ!」
「早速今日からだ。まずはここのやり方を覚えてもらうぞ」
「オッケー! 任せてくれよ。この身体になってから覚えるのは早いんだ! 何でも言ってくれ!」
実際に、白の身体になってからというもの、物覚えもよくなり、身体能力がおかしいくらい高いことにはなっていた。前世?の頃とは大違いである。
「??? 変なことを言うやつだが、やる気はあるみたいだな! こっちに来いって……、そういや名前はなんて言う?」
「(げっ。考えてなかった。もう面倒だし、店に迷惑掛かるかもだからこのままでいいや)俺の名前は白って言うんだ。これからお願いしまっす」
これまで使ってしまっていた偽名も思い浮かんだが、それを使うことによりこの店に影響がでないとも限らないので、本名を使うことにしたのだった。考えるのが面倒というのも大きかったが……。
「よし。白こっちだ。もうすぐお客さんが来始めるころだから、今日やることを先に言っておく。まずはやることはお客さんへの水出しと後片付け、それに皿洗いだ」
「りょうかーい!」
『ピピピピピ』
せっかくこれからと言う時に、腕時計が音を鳴らした。時刻を確認すると、4時半。そろそろ屋敷に戻らねばならない時間である。
「どうしたい?」
「先にトイレ済ませてくる! トイレどこ?」
「店の奥の入ってすぐのとこだ。出たらちゃんと手を洗えよ!」
「そんなことはあったりまえだよ!」
トイレに入り、依頼斡旋所に居る方を、周囲に見られないところへ移動させて術を解き、新しく水分身を作り出して、店へと送り出す。本体は変化の術を解き、窓から外へと出た。
水分身の片目には、見た目では分かりにくいが、秘術による目になっている。それを通して視覚の共有と、指示された言葉を本体の方でも聞くことが出来る。これで、本体が働く際にも影響が出ないだろう。両手に小さめの魔境氷晶を作りだし、それを片目と片耳に当てながら屋敷へと急いで戻っていった。