白物語 作:ネコ
次の日。いつもは、白の部屋へと呼びに来るヒナタが、今朝は時間である6時になっても現れなかった。今日は、こちらから呼びに行ってみるかと、ヒナタの部屋へと向かう。
ヒナタの部屋にてノックをしてみると、なにやら呻き声は聞こえるが、しばらく経っても戸が開く気配はなかった。
(そろそろ、朝食を食べておかないと、午前の鍛錬に間に合わないと思うんだけど……。無理にでも食べさせるべきかな)
そう思い、戸を開けて中に入って確認すると、ヒナタは起きていた。ただし、起きてはいるのだが、一生懸命動こうともがいているだけで、動けていない。おそらくは、今までよりも厳しい鍛錬のせいで、筋肉痛かなにかになっているのだろう。動かすたびに、顔を苦痛に歪めている。
ヒナタの元へと近づき、主に手足を治療していく。痛みが徐々に和らいできたのか、ヒナタはホッとしているようだ。
「白、ありがとう」
「どういたしまして」
手足に関しての治療を終えて、本来の目的である食事へと誘う。現在の時刻は午前6時半。昨日の呼ばれた時間が7時であることを考えると、朝食などにとれる、時間的猶予はあまり無い。
「ちょっと遅れ気味だから、急いで朝食を食べに行こう」
「うん」
疲労感までは抜けきっていないのか、あまり元気のないヒナタを引き連れて食事を済ませ、その足で稽古場へと向かった。
稽古場には既にヒアシが、何も言わずに座して待っていた。今回は、ヒナタからは入ろうとしなかったため、ヒナタの手を引くような形で稽古場へと入っていく。昨日の事が少しトラウマになっているようで、ビクビクと震えているようだった。
「おはようございます。お待たせいたしました」
「おはようございます」
時間的には7時前に到着しているのだが、ヒアシの顔を窺う限り、表情が険しいままだ。より言うならば、ヒナタの態度を見て、更に険しくなったと言うべきかもしれない。
「これより、昨日と同じように組手を行う。双方離れて構えよ」
「はい」
「……はい」
白はすぐさま横へと2人を視界に入れたまま離れて、ヒナタと距離を置き、昨日と同じように構えた。ヒナタの方はと言えば、少々緩慢な動きではあるものの、背を向けて離れてから構えをとる。その光景を見て、やる気が無いと感じたのか、ヒアシからヒナタへと叱責が飛んだ。
「ヒナタ! お前は昨日何を聞いていたのだ!」
その言葉に、ヒナタの顔色が一瞬にして悪くなり、昨日の事を思い出したのだろう。身体が少し震えているようだ。
「もうよい! 端の方で見ておれ!」
このままやっても、昨日と同じ展開になると思ったのか、ヒアシはヒナタを下げさせ、代わりにヒアシがヒナタの位置に立った。
「丁度良い機会だ。どの程度のものか実力を測っておきたい。どこからでも来なさい」
先ほどのヒナタとの対応との違いに、一瞬呆気にとられるも、白としても木の葉の里のトップレベルの人との実力差を、実際に感じることが出来るので、全く不満は無かった。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだったのだ。今まで鍛錬したことのある相手が、再不斬だけだったし、それも今となっては出来なくなっていたので、白としても丁度よい機会だった。
「体術のみでしょうか?」
「そうだな。ここでは術を使うには狭い。今は体術だけとしておくか」
「分かりました」
会話の間にもチャクラを練りこみ身体中に満たす。ヒアシの方から何かを仕掛ける様子はなく、白眼のみを使用して構えすらとっていない。完全にこちらの出方を待っているようだ。
(先手必勝!)
水瞬身の術とまでは行かないが、チャクラを足に充実させ、一気にヒアシの懐へと入った。今までヒナタとの組手で見せてきた速度で想像していれば、決して考えられる速度ではないし、油断が生じるはずだ。その思考の隙をついて一撃を入れるつもりだった。当たったとしても、それほどダメージはないとは思うが、今後の事を考えれば、ある程度は使えるやつであることを、アピールするにはいい機会だろう。
そんな考えは、突きを放ち終わった後すぐに取り消した。当たってもおかしくない距離で、手ごたえが無いことに気付いた瞬間、天井へ向けて飛び、上から全体を確認するべく、張り付いて見渡すが、ヒアシは何処にもいなかった。
そこで、首に手を当てられて、初めてヒアシが白の後ろに居ることに気付く。ヒアシは首から手を離すと先に下へと戻り、元の位置へと行った。白もそれに続き下へと戻る。
「その歳にしては、なかなかの動きだな」
ヒアシはなにやら納得したのか、最初の険しい顔が普通の無表情へと変わっていた。ヒナタの方はと言えば、先ほど何が起こったのかよくわからなかったのだろう。驚いたような表情をして固まっているようだった。
「率直にお聞きしたいのですが、今の私の実力はどの程度なのでしょうか?」
「そうだな。体術のみだけで言えば、下忍にそうそう負けることなどないだろう」
「なるほど。ありがとうございます(これで下忍レベルとか、木の葉の里おかしくない? いや。体術だけの話だし、他のものを組み合わせれば……それでも恐らく中忍レベルだよね。この歳だからまだまだ先があるし、頑張りますか)」
ヒアシは最初に居た場所に座り直すと、再度ヒナタに声を掛けた。
「いつまで呆けておる! 次はヒナタ、お前の番だ! さっさと構えなさい!」
「はいっ!」
突然の大声に、ヒナタはビクッとなりながらも、急いで位置に付き構えをとる。白は、相手がヒナタであるため、纏っていたチャクラを消して、純粋な肉体のみの体術に移行したのだが、ヒアシによって止められた。
「白よ。チャクラを纏って構わん。その代り躱すのではなく防御に徹せよ。ヒナタは今後、白眼を使用したまま鍛錬を行え」
「分かりました(名前を呼ばれたってことは、アピールが成功したってことかな?)」
「はい」
開始の合図も何もなかった。そのためなのか、攻撃役であるヒナタが向かってくる気配がなかったので、仕方なくこちらから近づく。ヒナタの眼の周囲が変わっていることから、既に白眼を使用しているんは分かるが、集中力がいるのか、はたまた負担がまだ大きいのか、かなりきつそうだ。
そんなヒナタへとゆっくりと近づいていき、ある程度の距離まで来ると、ヒナタの方から攻撃してきた。どうやら、自分の間合いに入ってくるのを待っていたようだ。
チャクラを纏っていない昨日の状態でも、ヒナタの攻撃が当たらなかったのに、今回は躱すことなく防御だけとはいえ、チャクラを纏っているのである。しかも、攻撃が両手だけな上に掌底がメインなので、躱すことなく、突いて来れば腕を掴み、払って来ればその流れを変えていくという、昨日より組手の難易度が少々上がっているものの、チャクラによって逆に下がっている感じだった。
しかも、組手を始めて1時間もしないうちに疲れたのか、ヒナタは荒い息を付き始めていた。それでも、白眼の使用を止めないところは、頑張っていると思うのだが、構えが最初の頃よりも崩れてきており、両腕が下がってきている。
これ以上続けても、あまり意味がないのでは?と、どうするべきかと思い、ヒアシの方を窺うが、ヒアシは止める気も無いようで、何も言ってこない。どうやらこのまま続けさせる気のようだ。
結局は、途中から両腕が上がらなくなり、足自体もガクガクと震えている状態まで続き、そこでやっと終わるように声が掛かった。
時刻は11時。昨日よりも早く終わったが、未だに午前中である。ヒナタの様子を見るに、昨日の午後の鍛錬が終わった時のような状態になっていた。昨日よりも震えながら立っている分、多少マシな状態だろうか。
午後の鍛錬についても、昨日と同じように1時からと言われた。今後もそのようにしていくとのことだ。白はヒナタを連れて、着替えさせ、昼食までの時間を休ませる。
(これはヒナタには辛いかもね。限界ぎりぎりまで体力を使うのはいいとして、先に精神を鍛えないと、強くはならないと思うなあ)
昼食近くになり、ヒナタを起こして食事を取りに行く。午前中の鍛錬が効いているのか全く元気がない。
「そんな感じだと、また怒られるよ?」
この言葉を聞いて泣きそうな顔をしてこちらを見てくる。ヒナタ自身、どうすればいいのか分からないのだろう。自分では頑張っているつもりでも、こうも実力差があっては、ヒナタを鍛えるているヒアシとしても不満を抱かずにはいられないだろう。しかも相手は同年代なのだ。その不満は、あのネジの件も含めて更に大きいに違いない。
「今はいっぱい食べて体力を付けることだね」
「あんまり食欲ない」
「それでも食べないときついと思うよ」
食事を摂り終わり、少し休憩したのちに、稽古場へと向かう。やっぱりと言うべきか、ヒナタの足取りは重い。
午後からの鍛錬は、予想通り型の練習だった。その型の練習相手が、ヒアシから白に変わっただけのようだ。ヒアシはそれを見て、ほんの少しでも対応が悪ければ注意していく。
始めはゆっくりと動いていき、徐々にスピードを上げていく。そして対応できるギリギリの速度で止めて、それに慣れてきたら、またほんの少し上げるといった感じだ。このやり方については特に何も言われなかったところをみるに、同じようなことはやっていたのかもしれない。
白が打ち込み、ヒナタがそれに対して対応する。そして今度はヒナタが打ち込み、それを白が対応する。それを交互に繰り返した。午前中の鍛錬を思えばかなり楽だろう。ただし、これは型の訓練であり、実際に動くとなればそんな余裕などなくなってしまうのだが……。
2時間ほどを続けてから、型の練習は終わったが、休憩もそこそこに、今度は午前中と同じ内容をすることになった。それをまた2時間である。結局ヒナタは昨日と同じ状態になっていた。いや、気絶していないだけ昨日よりはマシかもしれない。
そんなことが数週間の間に、日々の鍛錬が終わった後、ヒアシ自ら白の実力を測るため、忍術や幻術、それを総合的に含んだ戦闘技術などを見せることになった。
その際に氷遁についてはもちろん使用していない。こちらとしては、堂々と自分の鍛錬も出来る上に、相手も強いため安心して攻撃できてよかった。結局、最後には狙ったかのように、首筋に手刀を寸止めされて終わるが、満足できるものだった。
そんなある夜に、白はヒアシに呼び出されて部屋へと向かった。
「失礼いたします」
「そこへ座れ」
ヒアシに指示されたところへ座り、白はヒアシの言葉を待つ。少し静寂が流れた後にヒアシが話し出した。
「しばらく家を空ける用事が入った。私が戻るまで、いつも通り、お前たちのみで鍛錬を行うように。ただし手加減はするな」
「分かりました」
「用件はそれだけだ」
「少しよろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「鍛錬内容に忍術などを使用してもいいでしょうか?」
白の提案に、ヒアシは少々悩んでいるようだった。今まで体術のみで鍛錬しただけに、自分の居ないところで、他の内容に切り替えることに不安があるのだろう。
「どのような術かによる」
「分身の術です」
「それならば必要ない」
それはそうだろう。白眼にて見れば、ただの分身の術など全く意味が無いのだから。
「いえ、水分身の術の方です。あれならば実体があります」
「そう言えば使っていたな。確かに多対一も経験すべきか。それくらいならよかろう。他に無ければ下がっていいぞ」
「ありがとうございます」
ヒアシが家を空ける期間がどの程度かは分からないが、その間に多少はヒナタに自信を付けさせるべく、部屋へと戻る傍ら、今後の方針を考えていた。