白物語 作:ネコ
次の日から早速鍛練が始まった。
他に人は居ないので、通常時は変化の術を使う必要もない。また、本来の姿で慣れておかないと、いざ本気で戦闘をするというときに、感覚に狂いが出るかもしれないというのもある。ただ、他に見破られないようにするため、変化の術の鍛錬を欠かすことは無い。
始めの方は、午前中に体術を行い、午後からは忍術について教わっていた。ほとんどが実戦形式であり、座学というべきものが無かったので、毎日疲弊した状態で眠りについていた。もちろん食事についてはこちらが作っている。初日で毎食作ることが困難だと悟り、次の日からは、朝に大量に作っておいて、それを夕飯までもたせるようにしていた。はっきり言って作る気力すらわかないくらいの疲弊である。
日々の鍛錬にある程度身体慣れてきた頃、再不斬から新たな鍛錬が追加された。
「今日からは常に周囲に気を配れ。例え休憩していてもだ」
「もしかして寝てる時もですか?」
「ああ」
今までは、再不斬以外に人が居ないというのが分かっていたので安心していたが、ここを出たら油断はできない。この世界で生き延びるために鍛錬をしているのに、その緊張感が薄れているのに今更ながらに気付いた。
(再不斬さんがいるから大丈夫と安心しきってたな。本来なら自分の身は自分で守れるようにしないといけないのに……。気配の察知の仕方については教わってる。さすがに再不斬さんが完全に気配を消した状態を見切れと言われても無理だけど、そこまでのことはまだしないだろうし。それに、これも自分にとっては必須なことだしやるしかない……か……)
その日からは、鍛錬中だけではなく休憩時間に、どこからともなく小さな木の棒が飛んでくるようになり、また、寝ている時にも飛んできた。流石に寝てる時に飛んでくるのはどう反応すればいいのかと言ったが、「飛んでくる気配を察しろ」と言われただけで、慣れるまで睡眠不足の日々である。
それにすら段々慣れてくると、木の棒から木製のクナイに変わっていき、最終的には本物のクナイへと変わっていた。度々怪我をすることもあったが、治療忍術の練習とばかりに、ワザと投げる速度を上げていたようだ。
体術(こちらは武器と分身有り)に関しては、完全に力の差が有りすぎて、一方的な展開になることが多かったが、忍術に関してはそれなりの手ごたえ……と言えるかどうかあれだが、多少は苦戦を強いらせていると感じることができていた。しかしそれも血継限界の秘術まで使用しての話だが……。
肌寒くなり秋も終わりに近づいて来ているのが分かる頃、島を出る日がきた。
「明日の早朝に天気がよければ島を出る。今日は荷造りをしておけ」
「食料はどの程度持てばいいですか?」
「一応二日分用意しておけば十分だろう。今回は無理やり進むから、それほどかからないかもしれないしな。場所的には、半日もかからずに波の国に着く位置にいるらしいからな」
「そうなんですか?」
「地図と方位針があるからいけるだろう」
「大雑把ですね」
「後は嵐にさえならなければ問題は無いな」
「取り敢えず荷造りをしておきますね」
巻物を取り出して籠を呼び出し、その中に食料を詰めていく。巻物については再不斬から2つほど借りている状況なので、そのうち自分の分が欲しいところだ。
荷造りを済ませて、余った食材にて早めに食事を作っておく。今日は鍛練が無いとはいえ、いつ不意打ちで、クナイが飛んで来るのか分からないので、もちろん食事を作っている間も警戒事態は怠ることはない。
しかし杞憂だったのか、この日に物が飛んでくることはなかった。
次の日になり、夜明け前ではあるが起きて出立の準備を行う。再不斬は未だに横になってはいるが、寝ているのか起きているのか何度見てもよくわからない。試しに何度か小石を放り投げてみたこともあるが、軽く払われてしまった。しかも目を開けずに。
本日分の食事を作り、再不斬に声をかける。
「再不斬さんできましたよ」
「食べたらすぐに出発だ」
「わかりました」
手早く朝食を取り、残りを弁当箱に詰めていく。弁当の準備が終わる頃には若干であるが、空が明るくなってきており、夜明けであることを伝えてくる。今日は雲が少し漂ってはいるが晴れのようだ。
「いくぞ。ついてこい」
再不斬はそう言うと、西側へ向けて進み始めた。こちらも遅れないように籠を背負いついていく。
海岸が見えてくると、そこには小型の船がとまっていた。小型と言っても乗員が2人であることを考えれば十分な大きさの船ではある。どこのクルーザーだろうと思えるくらいだ。実際に乗ってみると、流石に船室は無かったが、荷室があるだけでも船内で休めるという安心感はある。半日以内で到着と言っていたので休むことは無いかもしれないが……。
背負っていた籠を荷室の壁に固定してから上に上がる。そこでは既に、船を留めていた縄を斬っている再不斬がいた。その後にいきなり―――
「水遁・水龍弾の術」
「ええっ!?」
再不斬はあろうことか攻撃忍術を使用した。船を壊す気かと、忍術名を聞いた瞬間に白は思ったが、その術は完全に制御されており、乗っている船を壊すことなく、一気に沖合付近まで持っていく。この調子で行けば半日どころかその半分以下の時間で到着するのではないだろうかと思っていたが、そこまでは甘くはなかった。
「何を驚いている。ここからはお前の番だぞ」
「このまま行かないんですか?すぐに着きそうですが」
「チャクラがそこまで続くはずないだろうが、ここからはお前と自然の風で進む。さっきのはこの島付近だと海流の関係で進むのに時間がかかるからだ」
「つまり、風遁を使えということですね」
「そういうことだ。俺よりも得意だろう?」
「水遁では未だに全く敵う気がしないですけどね」
「そんな簡単に追いつかれては話にならん。舵を交代するから白は帆の操作をしろ。風が止まるようであれば使え」
「これを見越して人はいらないと言ったんですね……」
多少愚痴りたかったが、言っても無駄と分かっているので素直に舵取りを交代し、帆を操作するためのロープを手に取る。
風は上手いこと追い風であり、特に必要な操作は無い。少し心配なのは、方角が合っているかくらいだろう。それも、遠目に他の島が見えていることから大丈夫なはずであった。
順調に数時間進んでいたところでパラパラと雨が降ってきた。空を見上げても特に大きな雲は見受けられないことから通り雨か何かの類だろう。と、この時までは思っていたが、予想に反して一気にどんよりとした雲が現れ始める。
「白。急ぐぞ!」
「―――風遁・大突破!」
再不斬の声と同時にこちらも帆に向けて、帆が破れてしまわないよう風を送る。長時間は無理だが、近くの島にい行くぶんには十分持つだろう。そうして何度か印を組み風を送っていたが、雨は次第に強くなってきているのが分かった。
島まであと少しと言ったところで、再不斬が最後に水遁を使用して無事島に到着する。場所的には小さな湾のような所であるため、もし嵐になってもそれほど被害は被らないだろう。ひとまず、荷室に備え付けてあったロープにて、船の近くにある幾つかの岩と繋げておく。この処置により、船が勝手に流されることは無くなった。
舵取りの部屋に行くと、再不斬が地図と方位針を見比べていた。その間も雨が弱まることない。雨が強いだけで、風が微風なのがまだ救いだろうか。
「大体の場所分かりましたか?」
「この島は渦の国のようだな。人が居るかは分からないが」
「あれ?西に向かえば、波の国があるんじゃなかったでしたっけ?」
「その近くに渦の国もある。予定よりも少し北の方へ来たようだ。まあ進む方向は合ってるからいいだろう」
「渦って聞くと、この船で近づいたときに巻き込まれて、海の藻屑となりそうな感じですね」
「行ったことがないから分からんな。取り敢えず飯の準備をしてこい」
「準備というか弁当は作ってあるのですぐ持ってきます」
荷室へと移動し、籠の中から弁当と水筒を2つずつ取り出して再不斬へと持っていく。食事を終えて、七輪に火を入れて暖を取っていると、雨が少しずつ弱まってくるのが分かった。
「通り雨みたいなものだったんですね」
「嵐にならないだけマシだったな。雨が止み次第いくぞ」
「そうですね。暗くなる前に着きたいですし」
更にしばらく待つと、今さっきまでの雨は何だったのかと言いたいくらいに、空には出発した時と同じような感じになっていて、既に雨も止んでいた。
(海の天気は変わりやすいと……)
ひとつ教訓を得ながらも、今後、船に乗るのは極力避けようと思ったのは仕方ないだろう。
白は帆の方へと向かい、再不斬がロープを斬るのを確認してから、風遁いて少しずつ方向を転換していく。湾のような形になっているので、前の島のように無理やり出る必要もないのか、今回再不斬は手伝う気はないようだ。
途中までは風遁似て行っていたが、次第に疲れてきたため一旦休憩にする。
「流石に疲れました」
「まあここまでくれば上出来だ。大陸が見えてきたしな。恐らくあそこが波の国だろう。着くまでの間に休んで回復しておけ」
「そうさせてもらいます」
疲弊した身体に鞭打って、暖かい舵取り室にて仮眠をとることにした。
どれくらいの時間そうしていたか分からないが、少しは回復した頃に何かの気配を感じてその場から飛び起きる。
「起きたか」
「起こすのに弁当箱を投げないでください」
「優しいだろう?」
「それは、まあ……いつもに比べれば、かなりの優しさですね」
「そういうわけでもう着くから変化して準備しておけ」
そう言われて陸の方を見ると、あと数十メートルくらいの位置にまで来ていた。時刻的には夕方になっていることから、当初の予定通りではあるのだろう。あの雨さえなければもっと早く着いたかもしれないが……。
荷室へと行き変化の術を使用して、壁から籠を外しそれを背負う。
船は港へ行かないようで、そのまま砂浜に突っ込む気のようだ。
「船が到着次第目の前の山の中に入るぞ。近くに街道が無いとはいえ、誰が見ているか分からんからな。遅れないようについてこい」
「全力疾走されたらさすがに追いつけないので、取り敢えずまっすぐ進みます」
聞いているのかいないのか、再不斬にスルーされてしまった。やることにかわりはないので、船が浜に乗り上げた瞬間。瞬身の術にて山の方へ向かう。そのまま真っ直ぐに進んでいると、再不斬が待っていた。
「港町はもう少し南の方のようだな。完全に暗くなる前に移動するぞ」
「少し回復したとはいえ、結構消耗が激しいんですが……」
「いくぞ」
「はい」
再不斬は駆け足で山の中を走破していく。速度的にこちらに一応配慮しているのだろう、なんとかついていけるペースではある。
左手に海の見える位置をキープしながら港町があるはずの南の方へと向かっていった。