本日のお仕事も恙無く終了。建物を破壊しまくったウボォーと、彼とペアを組んでいたボノさんは薄汚れているけれど、私を含めた他の四名は特に汚れなどはない。
怪我をした者も無し。施設を制圧後に価値の高そうなものを根こそぎと、後は各自で好きなものを物色して盗み出した。
私は美術品には余り興味が無いので今回は何も盗んではいない。とは言え完全なタダ働きも嫌だし、後でお金持ちの団長さんに現金を要求することにした。
仕事の後は恒例の打ち上げがある。 今回はバカがウボォーのみだったので、ハンター試験の前の時のように暴れたりなどはなかった。別の意味では酷い状況になったけれど。
なにせウボォーは、体を動かす相手がいない場合には物凄いペースで飲食物を口に放り込むのだ。口の中が空っぽになっている瞬間なんて存在しないんじゃないかと思うようなその速度は、私が軽く引くレベルである。
しかも酔ったら絡んでくるのだから手に負えない。ボノさんとウボォーと私は固まって話しながら過ごしていたのだけれど、絡んでくるウボォーに物理的に捕まらないようにあしらうのは中々大変だ。
元が筋肉馬鹿なだけに、酔っていようともそれなりに力はあるわけで。しかも酔っているからこそ加減という概念がどっかに吹っ飛んでしまっているわけで。いや普段も大概加減知らずだけれども。
こんなの相手してられるか、と少し離れたところで静かに過ごしているクロロ、パク、シズクの居る方へと物理的に放り投げても、すぐに投げ返されてウボォーのキャッチボールが始まったり。
酔っている状態でポイポイ放り投げられるウボォーが、気分が悪くなりダウンするまで続いたその一連の流れは、私の体力をごっそりと奪っていった。調子こいて回転とかかけるんじゃなかったな。
正直、今日相手にした雑魚2体よりも、酔ってるウボォーのほうが色々な意味で強敵だった。
ウボォーは酒に結構強い。その彼が投げられまくったとはいえダウンすると言うことは、それなりの量を飲んでいるし、当然それなりに時間は経過している。
ぐったりしている彼を私が廃墟の隅っこに転がして少し経った頃には、シズクとボノさんが連れ立って何処かへと去っていった。隅っこで唸っているデカブツも回収していってくれたのはありがたい。
パクも何処かへ消えた。荷物はあるので戻っては来るだろうけど。トイレだろうか。ここは廃墟だから当然トイレはないし、貸してくれそうな場所まではそこそこ距離がある。
「よう、どうだった?」
そして唯一私以外でこの場に残っている男は、軽い調子でそう言って私の隣に勢い良く腰を下ろして胡座をかいた。
片手にはビール。そしてもう片方の手は私が貪っていた菓子達へと伸びる。
まぁ言いたいことは多々あるけれど、とりあえず目線だけを向けて聞き返す。
「今日の最初とも言えるまともな会話なのに、主語を置き去りにされるとどうしたらいいのか分からないんだけど」
聞かれることにも心当たりがありすぎるしね、と続けると、クロロもあぁと頷いた。
盗みを始める前の集合だと、私は5番目に到着したからあまり時間なかったし、その時間はシズクと話してたし。
盗みが始まればクロロの発言はすべて指令であり、会話とはいえない。事実、私は彼の言葉に了解、と答えただけだったし。
盗みが終わった後の打ち上げでは、2つのグループに自然と別れてたし、その前の帰りの車だって違ってたし。ウボォーを投げ合ってる時もちょっとしたやり取りはあったけど会話と呼べるレベルではなかったし。お前ふざけんなよ、とかこっちだってコレいらないんだよ、とかそんなのばっかだったし。ほぼ罵り合いである。
だというのに突然どうだったかと問われても、何について聞かれているのか定かではないので私としては答えようがない。
「それもそうだな。じゃあまずは……、……クラピカ、だったか。どうなった?」
「なんか今不自然な間があったよね」
「くくっ、いやいや、別に思い出すのに時間がかかったとかじゃないからな」
クロロは笑いながらクラピカ忘却説を否定する。まぁ変な間もわざとらしかったし冗談なんだろうけど。
何にせよ今度はちゃんと答えられそうだ。
「言質とか取ったわけじゃないから、一応まだ未確定。だけどまぁ確実に動くだろうね」
「ほう、その根拠は?」
「女の勘ってやつだ、あ、ちょっと待って、痛い痛いっ」
ドヤ顔で答えたらいい笑顔を浮かべたクロロに頭を掴まれ、じわじわと握る力を強められた。変形しちゃうからやめてくださいマジで。
と言うかその手さっきまでビールの缶持ってたじゃん。感触で分かったけどちょっと濡れてるじゃん。濡れるの嫌だからせめて肘鉄にしてくれ。
クロロが手を離して先を促したので、痛みに顔をしかめながら頭を揉みほぐして答える。
「アレだよほら、目は口ほどに物を言うって言うでしょ? やったるぞ、って目をしてたんだよ彼」
「……根拠としては弱い気もするが、まぁお前が言うなら信じよう」
苦笑しながらそう言うクロロは、特に冗談を言っている様子でもない。
言い方は軽かったけれど、私としてはクラピカが動くと確信している。それは彼の瞳に宿る怨嗟の炎がより強くなっている印象を受けたことからの判断だった。
だから私の発言を信用してくれたのはまぁ嬉しいんだけど、同時にやはり疑問も生じてしまう。
「そんな簡単に信じちゃっていいの? 今日の配置もそうだけど、私がパクに危害を加える可能性だってあったじゃん」
これは今日ずっと引っかかっていたことだ。
パクとシズクが持つ念能力は特殊。だからこそ彼女達と組む相手には相応の実力が求められる。
単純な戦闘能力で言えば蜘蛛の戦闘要員より劣る私ではなく、ウボォーかボノさんをパクと組ませるべきだったのに。
迂闊すぎる。自分たちに関する情報ですら高額で取引されているのを知らないわけでも無いだろうに。
私と組んだパクの行動も疑問だが、やはりそれもクロロのあの采配があってこそだと思う。だから、まずはこちらを先に解消する。
「私は蜘蛛の団員じゃないし、だからこそルールに縛られない。売ろうと思えばいつだって――――」
「ありえないな」
少し語調を強めて言及した私の声を、クロロが遮る。
静かな、だけど力強いその声に、思わず顔ごと彼の方に向ける。
彼は目線も正面を向いていたけれど、口許には薄い笑み。
「お前にメリットが無い。オレ達を売ったとしても、得られるものなんてたかが知れてるしな」
「少なくとも大金は手に入るよ。A級首組織の一員、それに女と来れば商品価値だってあるし」
「金に執着しない奴が良く言う。それに数十億程度だったらすぐ稼げるだろ」
ぶっきらぼうに言い放って見ても、即座に反論される。
確かにA級首とは言え、一網打尽にでもしない限りは数十億程度しか稼げないだろうね。しかも欲しいものは大概盗むからクロロの言うようにお金はどうでもいい。ぐぅのネも出ない。
いやいや待て、違う。メリットデメリットの話ではなく、危険性についてだ、私が言いたいのは。
「そういう損得じゃなくてさ、そういう軽率な行動は危険なんじゃないかってことなんだけど」
「どちらにしろ問題ないさ。危険性は皆無だと判断したからな」
随分と自信満々に言い放ってくれるな。そこまで言うのであれば、揺るぎない根拠があるんだろうけど。
目線で続きを促せば、彼は苦笑しながら口を開いた。
「仲間を失い、それどころか命まで狙われる。メリーが金程度のためにそんな選択をする可能性はゼロだ」
「……、……別に仲間ってわけじゃ、」
「仲間だろ? 何年一緒にやってると思ってるんだ。同じ組織に属しているかどうかなんて関係ないさ」
またもやハッキリと言い切るから反論しようとしたけれど、再び飲み込まれる。
まぁ、うん、私自身も薄々そう思っていたから反論も弱々しかったけど。でも、こう改めて相手から言われると、こそばゆいというか、なんというか。
「クラピカの件だって、参加する必要はないのに拒否しなかっただろ? お前が体張ってるんだから、こっちだってそれに答えるよ」
「体張るってほどの相手じゃないし、今は餌になってるとは言え最初に私が見逃した責任だってあるし。なんかあったら寝覚めが悪いだけだよ」
コレは本当の話だ。別にクラピカが何をしようとも、たかが半年と少しで私に勝てるわけがない。私にしか通用しない能力でも持っていれば話は別だけど。
それに現状、クラピカの存在はコチラにとってはヒソカが動く目安になるからむしろ有用だけれど、下手を打てば害悪にも成りうる。そうなってしまっては先程も言った通り、見逃した私の責任だ。
ただ既にクロロのスタンスは何を言っても変わらないようで、私の言葉も利用して押し通してきた。
「ほら、加えて責任感もある。要するに、オレの知ってるお前は裏切りとは無縁の奴だってことだ。それにこんな忠告までしてくれるんだ、裏切りはありえない」
「さーて筋トレでもするかなーっと」
「くくっ、もう少しまともな誤魔化し方はないのか?」
うるさいのである。もう投げやりである。私は腕立て伏せをするのである。
片手で逆立ちをし、そのまま腕を屈伸させる。重りがないからあまり効果がない。ちくしょう。
しかしこちらをニヤニヤと意地の悪い笑顔で見て来るクロロの手前、やめるのも癪だ。
ただ何度かやっていると、ついさっきまで食べていた物が戻ってきそうになり、もうどうにでもなれと体を投げ出して仰向けに倒れこんで盛大に溜息をつく。
「まぁまぁ、そう気にするなって。アレはオレの思惑も入り交じっての采配だったしな」
「……思惑ぅ? 一応聞いておくけど、どんなのよ」
「ん? とあるものを贈るにあたっての条件が2つあって、内1つがまだ完全ではなかったみたいでな。それを満たしたいんだよ」
仰向けの体勢のままクロロの言葉に耳を傾ける。ただ、彼の言う思惑について聞き返してみてもイマイチ要領を得ない。抽象的すぎる。
状況からして私が関係しているんだろうけれど、サッパリだ。贈り物ってなんだよ。
態々ぼかしているんだからどうせ教えてくれないだろうけど、一応聞いてみる。
「意味わかんねー。詳しく言う気は?」
「ありません」
「ですよねー」
「ただ、オレが満たしていない条件を満たす奴等はいるが、そいつらはオレが満たしている条件を満たせていない。2つの条件を揃えている奴は今はいない、とだけ言っておこう」
うん、全然分からない。むしろ聞かないほうがよかった。言ってることは分かるけど何が言いたいのか分からない。
まぁいい。条件がどうとかは知らないけど、それをクロロが両方満たせば答えは知れるのだろうし。
現状じゃいくら考えたって、複数の候補が挙がれども正解を導き出すには情報が不足しすぎていて不可能だし。
「ところで、信頼ついでにそろそろ蜘蛛に入る気はないか?」
「ついでにって、もう勧誘適当じゃん。却下だよ却下」
「いい加減断る理由くらい言えって」
私がクロロの発言に対する思考の放棄を決定していると、今度は別の話題が。何となく彼の呑むペースも上がっているし、余り触れたくないのだろうか。
しかしあからさま且つテキトウな話題転換が、蜘蛛への勧誘とは。以前から何度かされてはいたけれど、ここまでテキトウな感じなのは初だ。
しかも毎回満員の時である。私にどうしろってんだ。
「えぇー……。そんじゃあ、今回は熱意が伝わってこないってことで」
「いくらなんでもテキトウすぎるだろ。お前蜘蛛でも前衛張れそうなくらい強くなってるんだし、こっちとしても文句ないんだが」
教える気はないので、ぱっと思いついた言葉でテキトウにあしらうと、意外にも彼からは私を称賛する声が上がった。
まぁ強くなってるって自負はあるけど。めちゃくちゃ頑張ってるし、むしろこれで強くなっていなかったら困る。
でも、前衛張れるとはいえ、前衛と比べると私のほうが弱いのが現状。
「でも加入条件が団員ボコっての入れ替わりだしなぁ。前衛相手はきついし、勝てそうな後衛相手だと……、……ボコっても心が痛まないのはシャルくらいだよね」
「シャルはやめろ。アイツはオレにとって必要なんだよ、中間管理職的な立ち位置なんだから」
クロロは困ったように笑う。私も笑いながら言った冗談だったけれど、やはりシャルがいなくなるのはきついらしい。
入れ替わるには誰かを蹴落とさなくてはならないわけで。そんなことして心が痛まなく、また勝てる相手といえばシャルナークしかいない。
昔、私がまだ彼よりも弱かった頃には、黒い笑顔で色々と酷いことをされたものだ。あの頃は一方的にやられてばかりだけれど、今となってはやられたらグーパンである。
そんな彼は、クロロが出した指令にそって現場で指揮することが多く、我が強い集団をまとめる役を担うわけだから当然負担は大きめ。
本来クロロが一身に負うべきものを、彼がいくらか肩代わりしているのだ。あのポジションに収まりたいと思う奴はいないだろうし、たしかにシャルがいなくなるのは困る。彼には気の毒な話だけれど。
「……なんかクロロもちょっと変わったよね。前は組織における個々の役割とか考慮せずに、取り敢えず組織最優先だったのに」
「自覚はある。お前の影響だ」
「は? 何で?」
以前は誰が欠けようとも組織が存続していれば万事良し、なスタンスだったのに、近頃はある程度個々にも重きをおいていると言うか。
先ほどのシャルに関する発言はそれが如実に現れていたので聞いてみたけれど、意外な返答だ。あまりの事に上体を上げて聞き返すくらいには。
私かよ。何でだよ。私何かしたっけ?
「程度や方向の差はあれど、お前という異分子が蜘蛛に与えている影響は結構あるぞ。アイツら最近お前が強くなってきてるからって、結構鍛えたりしてるからな」
「はぁ!? なにそれ私初耳なんですけど!?」
今度こそ立ち上がって声を上げる。クロロは私の行動が意外だったようで、珍しく目を剥いている。
なんという事だ。とんでもない事実を知ってしまった。まさか蜘蛛の奴等が真面目に鍛えているだなんて。
道理で以前ほどのペースでは差が縮まらなくなってきたわけだ。それでも成長期とか訓練の濃度とかで差は縮めているけれど、伸びがいいのも成長期の今だけ。
マズい。このままでは非常にマズいことになる。私の悲願が!
「別にいいだろう、組織として強化されるんだから不都合でもないし。むしろお前の頑張りと、お前を誘った昔のオレを褒め称えてやりたいくらいだ」
「私はともかく昔のクロロとかはどうでもいいよ。それに不都合あるよ、めっちゃあるよ」
「どうでもいいって、お前な……。で、不都合って?」
脱力してしまい、しゃがみこんで頭を抱えながらの私の発言に、怪訝そうな顔をしたクロロが聞き返す。
組織の長だからと、体術と念はちゃんと鍛えていると言っていたクロロを除いて、蜘蛛の奴等は才能が有ることに胡座かいているか、強さに対してそこまで執着がないかのどちらかで、筋力強化とかオーラの運用訓練とかまじめに取り組んでなかったのに。だからこそ付け入る隙があったのに。
思い出すのは、蜘蛛と初めてあった日のこと。出会う敵全てが私より数段格上で、順調に力をつけていた私はそこで初めて、上には上がいるということを体感し、高い壁に阻まれる感覚を覚えた。
あの敗北があったからこそ、私はこの世界にはとんでもない強さの奴等が居ることを思い知り、ソイツらに殺されないように力をつけようと決意した。それと、もう一つ。
「だってさぁ、私が強くなったのって蜘蛛をボコボコにしたいってのもあったわけよ。それなのにそのせいでキミらが強くなっちゃ困るんがっ!!」
「何かと思えばくだらない、アホかお前は」
しゃがみこんだ体勢のまま、顔だけを向けて力なく正直に告げると、途中で呆れ返った表情のクロロからゲンコツが振ってきた。
酷い。聞かれたから正直に答えているだけなのに。
あぁ、それにしてもなんてことだろう。周りのレベルが上がっているのであれば、絶対的に強くなることは出来るだろうけれど、蜘蛛と相対的に強くなりたいという願いは叶わないかもしれない。
世界はなんて残酷なのだろうか。