大泥棒の卵   作:あずきなこ

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11 そして光の中へ

 結局ミルキ君とのゲームは白熱してしまい、私が帰路についたのは翌日の夕方前だった。私は言わずもがな、ミルキ君も意外と体力はあるのでその間ほぼ無休である。彼は身体が大きくて一挙動で消耗する体力が大きいからバテやすいのであって、ゲームやパソコンなどの動きの小さい動作は長時間できるのだ。

 部屋を出る際には頼んだ物など色々受け取り、小さいバッグに荷物をまとめた。ついでに来るとき同様に等身大美少女フィギュアのスカートを捲ってみた。パンツは淡いブルーに花の刺繍が施されたものに替わっていた。あの野郎いつの間に。

 部屋から余り出ないミルキ君とは彼の私室で別れ、今は地下道を抜けて試しの門に一番近い執事邸へ出て、そこから門に向かって伸びている一本道を歩いているところだ。

 帰りも当然執事が見送りと監視の目的で同行する。帰りの際は執事の数も減って2名となり、こちらは毎回キブシとその部下で固定である。検問塔の必要もないため来る時よりも対応は軟化している。

 

 ちなみに時間があったら遊びに行くと言っておいたキルアだが、遊んでいる最中に思い出しはしたのだけれど、食事以外であまりまとまった休憩が取れなかったので会いに行ったのは結局1度だけだった。帰る前に寄ったのを除いてである。

 しかもそれもシャワー休憩でミルキ君の部屋を離れた時に少しだけ。泊まるときは女性の使用人が使用する個室のシャワールームを借りるのだけれど、その帰りにちょっと寄ったのだ。

 中々来ない上に、髪がまだ乾ききっていない、明らかにお風呂入って来ましたというような状態の私を見て、キルアは吠えた。何普通に寛いでんだよ、と。

 キルアが知らなかっただけで私はいつもこんな感じだ、と言って宥めたけれど、来るのが遅かったのも問題だったらしい。確かにもうすぐ日付が変わるような時間だったし、既に帰ったかと思ったとも言われた。そして暇なんだから居るなら来いよ、とも。

 これはまぁ、うん、時間があったらって言ったし、無かったもんは仕方ない。私は悪くない。あんまり。

 悪いのはミルキ君だ。私が今日中に帰る事を告げると、彼は一層ゲームに熱を入れたのだ。私は彼以外にも”友達”はいるけど、彼は多分私だけだろうしまぁ仕方ないかも。

 私がここに来る頻度も多いとはいえないし、滞在期間が短いなら休憩を削れば長時間遊べると思ったんだろうけど、それにしたってやりすぎた感はある。

 故にキルアへの2度目の訪問は帰る直前になり、まぁそうなると当然再び半日以上放置されたキルアは声を荒げた。

 喧しかったので、土産として持っていたオヤツの余りのチョコレートを口いっぱいに突っ込んで退散した。

 流石に少し可哀想だったかもしれない。後で何かメールしておいてあげよう。何時見ることが出来るようになるのかは分からないけど。

 

 まぁキルアのことは、少なくとも今はどうでもいいと言える。私にとっての価値のあるキルアとは、この暗い箱庭の外にいるキルアなわけだし。

 なればこそ、今考えるべきことは彼についてではない。他にもっと優先すべきことがあるのだから。

 

 道なりに進んでいた歩みを止めると、同時に同伴している執事たちの動きも止まる。何事かと後ろを振り向いて私の顔を見てきたキブシに対して、顎で左を示す。示した先はゾルディックの深い森。

 ゾルディックの敷地内に存在する道はこの1つのみ。他の各施設へは、どこかで道を逸れて山道を突き進むしかない。

 常に似たような光景の一本道の中、当然目立った目印は存在しないため、執事たちは敷地内を熟知しなくてはならない。今自分がどこに居るのか、そして現在地から各施設への方角と距離を正確に。

 私も幾つかの施設の方角と位置を大体であれば把握してるけれど、当然それは全体として見れば決して多いとは言えない数だし、情報も結構大まかだ。

 

 私の動きを見てキブシは頷き、私の示した方向へと跳躍して、近くの足場になりそうな木の枝に上った。そこから木の枝を足場に、日が傾いてきたせいで少し薄暗い森の奥へと進んでいく。

 特に疑問に思わずに私の指示に従ったのを見るに、彼もある程度の事情を知っているのだろう。そうでなければ、この先になんの用があるのだと聞き返すはずだ。と言うことはつまり、彼が向かう先は間違い無く私の目的地。

 私もトンと地面を蹴り、彼に習って木の枝を飛び移って移動していく。下から行かないのは、足跡や植物の曲がり具合から移動の形跡が残るのを避けるためか。既にキチガイじみた対策しているくせに、ご苦労なことだね全く。

 ただ、これから向かう先にいる奴らがこんな移動を毎回しているとは思えない。と言うかあそこは唯一先程までいた道以外の所と獣道で繋がっている。施設としての重要度は恐らく最下層。なので今回このような移動をする必要はない。

 必要はないが、一応念のためといったところか。或いは獣道を通るとなると遠回りになるからとか、いつもの癖でとか。

 

 大穴でキブシが服を汚したくないからと言う理由かも知れない、と後半はほぼ無意味なことを考えて暇を潰しつつ移動していると、やがて草木の整備された開けた場所に建つ、木製の少し大きな一軒家が見えた。

 私の目的地とは、この使用人用の家。それも主に試しの門とその付近を担当する使用人が使用している家である。

 キルアを迎えに来た彼らと接触するのに何ら反対の意を示さないのは、執事たちとしてもキルアを応援しているからだろうか。でなければゴン達が敷地内に留まるのを見逃さずに、主からの指令がなくとも独断で始末しているだろうし。

 それをしないのはゴン達がキルアの友人だと理解しているから。ミルキ君とキルアは今でこそ憎まれ口ばかりたたき合う仲だけれど、昔は仲良く遊んでいたとこの前キブシも言っていたし、キブシ的にもキルアは可愛いのだろう。私を真っ直ぐここへ案内したのがその証拠だ。

 

 家の正面ではなく側面に着地したキブシの傍に着地し、後ろに居た執事も到着したのを確認して、手で彼らにここで待つように支持して玄関へと向かう。

 この家で寝泊まりしているのは、昨日門のところでゴン達と一緒に居たゼブロを含めて数名。

 ゼブロがゴン達の面倒を見ているのならば、彼らが寝泊まりしている場所もまたこの家だろう。

 軽く探ってみたけれど、家の中には彼らの気配はない。なのでこの家を使用している確証はないけど、取り敢えず最も気配がわかりやすいレオリオのものがない以上、今はここに居ないのは確定。

 

 ある意味好都合だ。彼らの目のないところで実行できるのであれば是非もない。

 今ここに居ないのは外で鍛えているからだろう。であるならば、今は日没、もうすぐ帰ってくるはず。

 扉をノックして呼びだそうとしたが、中の使用人が外に出ようとしているのを察知し、呼ばずとも来るならそれでいいかと数歩扉から離れる。

 間もなく出てきたのは、白いシャツに黒いベスト、ブラウンのズボンを履いた金髪に糸目で全体的に細い感じの男性。

 彼とは会ったことがなかったけれど、私については聞き及んでいたようで、私の姿を認めると僅かに驚いた様子を見せたが、すぐに持ち直してにこやかに話しかけてきた。

 

「これはメリッサ様、こんな場所にどのような御用でしょうか」

「ちょっと野暮用で。ゴン達に会いたいんだけど、ここに居る?」

 

 そう答えると、彼は納得したように頷いた。

 私が彼らと知り合いだというのも把握しているようだ。ゼブロが言ったんだろうか。

 用事の詳細はともかく知り合いに会いに来たのだ、と理解した彼は笑みを深くして言った。

 

「ああ、彼らなら今試しの門にいます。もうじき日も暮れますし、交代の時間なんで今から呼びに行こうと思っていたんですよ」

 

 彼の発言から、ゴン達が普段ここで寝泊まりしているのが確定した。

 そして今から迎えに行くということは、到着まで多少時間がかかるはず。

 向こうへ移動するのはこの使用人が急げばすぐだが、ゴン達は身体を動かした後だしそんなに早くは移動できないはずだから、時間も開く。

 

「そっか。彼らに用があるから、中で待たせてもらってもいいかな?」

 

 そう聞き返す。流石にここでノーとは言うまい。

 交代の時間と言う事は、試しの門以外の場所担当もこの時間のはず。

 更に意識して中の気配を探れば、居るのはたった1名。完全な無人状態にするのはありえないから、アレは移動しないだろう。

 他に居ないのは、予想通り交代で出払っているのだろう。何やらいい匂いもするし、交代の前後での食事かな。今夜はシチューか。

 

「どうぞどうぞ。すぐに向かいますので、中で寛いでお待ちください」

 

 そう言って礼をして、彼は獣道へと走りだした。ゆっくりでいいのに。

 あの獣道は、試しの門の周辺の、木が半円型に切り開かれた場所に繋がっている。一日の終わりに開けられるようになったかチェックでもしているのか。

 まぁ行きは遅くても帰りは遅いし、さっさと済ませてしまえばいいか。目当ての物があればいいんだけど。

 

 重みのある扉を開け、玄関で靴を脱ぎスリッパに履き替える。足に重みを感じるが、普段鍛える時に足に着けているもの重りよりは軽いので何ら問題はなし。

 中に唯一残り、玄関正面の廊下の右手にあるリビングで椅子に座っていた使用人が、開いた扉から来客を目にして声をかけてくる。彼に挨拶をしてお茶を頼み、そのままの足で玄関の眼の前にある階段を登り2階へ。

 ここに居る使用人の練度はやはり低い。キブシ達のように本邸に居る執事と比べると尚更だ。私の気配を察知することも出来ないだろう。

 

 2階につくと、近くにある扉を手当たり次第に開けて、中の様子を確かめる。気配では気づかれないとは言え、長い間姿が見えなければ不審に思われるので、ここは素早く且つ静かに。

 やがて廊下の最も奥にあった扉を開けると、そこが目当ての部屋だった。使用人が使うことのない、香水の香りが鼻につく。今この家にいる中で唯一使用しているのがレオリオだ。

 この家も部屋が沢山空いているわけではないので、レオリオの居る形跡があるのならば、当然あと2名もこの部屋ということになる。寝具もちょうど3組あるし。

 

 スルリと内部に侵入し、軽く見渡し、目的の物があるであろう場所へと向かう。

 特に探すでもなく、それは見つかった。折りたたまれた衣服の上に置かれている。現物を一度見たことがあるので、見紛うはずもない。

 部屋に置いてあってよかった。流石にあの変な重たいベスト着込んでいる状態でコレも所持していたら、なんかの拍子に壊してしまう恐れがあったからだろう。それにしたってココにある可能性は半々だと思っていたけれど、コイツはラッキー。

 

 痕跡が残らぬように少しだけ拝借し、また元に戻しておく。後はもう用がないので、音もなく扉を閉めて1階へと向かう。

 リビングへ入りテーブル周辺に並べられた椅子の1つに座ると、程なくして使用人がお茶を持ってくる。私がココに居なかったことに気づいた様子もないし、問題無いだろう。特に声もかけられなかったし。

 

 礼を言って茶を受け取り、ゴン達について使用人と会話しながら待つ。話すことといっても試験中の様子だけど、結構興味が有るようだ。

 そうしている内に2名の執事が戻り、それから少し遅れてゴン達が戻ってきた。

 予想以上に早く帰ってきた、ボロボロで疲れ果てた状態の彼らは、それでもどこか急ぎ足でリビングに来て、そこにいる私を見つけるとポカンとした表情を見せた。

 大方さっき交代に行った使用人に、私がここに居ることを告げられ、半信半疑で急いで来たらマジだった、ってところだろうか。

 まぁ彼らのイメージするゾルディックの本邸に言って、丸一日以上消息不明ならなんかあったと思ってしまっても仕方ないか。

 未だ固まったままの彼らに片手を上げて、よっと声を掛ける。

 

「メリッサ、お前無事だったのか!?」

 

 そう叫ぶレオリオを筆頭に彼らが詰め寄ってくる。ゾルディックをなんだと思ってるんだ。

 彼らはここに来る時に見たのと同じベストを着ている。家に入っても脱がないのだろうか。

 若干呆れ気味で座っている私の近くまで来ると、今度はクラピカとゴンが声を発した。

 

「日が落ちても戻ってきた様子がないというから心配したのだぞ」

「向こうで何かされてるんじゃないかって……」

「あーないない、そういうの無いから。キミらゾルディックに変なイメージ抱きすぎだよ」

 

 距離が近くて鬱陶しいので、手でしっしとジェスチャーを送りながら返事をする。

 茶を一口啜って頬杖をつき、少し離れてくれた彼らに問いかける。

 

「それで、もっと他に聞きたいことあるんじゃないの?」

「あ、そうだ! ねえ、キルアはどうしてた? 何か言ってた?」

 

 それにゴンが素早く食いつく。本気でキルアのことが心配なようだ。

 どうしてたか、の部分は当たり障りの無い部分でいいだろう。監禁状態とかそのくらいで。流石に私が鞭でぶっ叩いて血が出たのを言う訳にはいかない。絶対怒られて面倒だし。

 何か言ってたか、の部分は、どうしよう。伝言聞こうとして帰りに寄ったのに、チョコレート口に詰めてまたねと言って別れたから何も聞いてない。

 

「キルアは今監禁状態。会ったけど元気な様子だったし、話し聞いたらキミ達と一緒に行きたがってたよ」

 

 取り敢えずキルアの発言の一つを混ぜつつそう答えると、彼らは一様に安心した様子を見せた。でもごめんよ、キミ達って言ったけどあいつゴンの名前しか出してないんだ。

 

「そっか……、良かった。じゃあ、後はオレ達がキルアを迎えられるように強くなるだけだね!」

 

 嬉しそうにそう言ったゴンに、レオリオとクラピカも笑顔で頷き答えた。

 取り敢えず最低限の実力を備えておく必要があるのはきちんと理解しているようで何よりだ。

 まぁココの執事は心配症だし、キルアも大事に思われてるので、同行させて大丈夫かの確認のためにちょっかい出してくるかもしれないけど、頑張ってくださいな。

 言うべきことは言うったので、残っていた少し温いお茶を飲み干し、腰を上げて別れを告げる。

 

「用も済んだし、私はもう帰るよ。この後も結構やることあるしね」

「え、もう帰っちゃうの?」

 

 来た時と比べて小さくなった荷物を持ち、肩に掛けて、準備をする。

 たったこれだけのためにココに寄ったのだ、と思ったクラピカが、次いでレオリオが声を上げる。

 

「まさか、それを告げるために態々ココで待っていてくれたのか?」

「なんか、ワリーな。でもサンキューな!」

「気にしなくていいよ、大した手間でもないし。それじゃ、頑張ってね」

 

 彼らの言葉にそう返して、私の近くに立っていたゴンとクラピカの間を抜けながら、2人の肩に手をおいて激励を送る。

 今度こそ本当にすべての用事を示し、彼らの後ろにあった扉へと向かう。2人の少し後ろに立っていた、レオリオの足を踏みながら。

 

「いっでええぇ!? オイ踏んでる、足踏んでるっての!!」

「あぁらごめんあそばせ、わざとじゃないザマスよ。でもスリッパが汚れなくてよかったわー」

 

 大きな声を上げて痛がるレオリオは、私が足をどけると、痛む足を上げて手で抑えながら、残る片足でピョンピョンと飛び跳ねた。

 このスリッパ重いから結構ダメージがあっただろうな。でもその重いスリッパとベストを着けたまま跳ね回れるのはキミの成長の証だ。

 おどけた口調でオホホと笑いながら歩き出す。過去にあった処刑の際にあったとされる有名な言葉を変えた物だけれど、この場面では処刑するのも、されるのも違う。踏んだ私が処刑する側だし、ね。

 昏い笑みを僅かに浮かべ、背後で痛がるレオリオを尻目に、またねと挨拶をしてさっさと家から出る。後ろから聞こえる、お前今の明らかにわざとだよな、というレオリオの叫びを無視して。

 

 外に出て扉を閉めたら、試しの門のすぐ傍へと続く獣道を走る。程なくして追いついたキブシ達が後方にピタリと張り付くのを感じる。

 レオリオを利用して騒がせたのは彼にとっては悲劇だったけれど、おかげで仕込みは上々。

 これからの予定を立てながら走り、執事に見守られながら、守衛室の横にある門の内鍵を開けて外に出る。

 帰りは別に試される必要もないので楽だ。鍵は後で今の守衛担当が閉めるだろう。

 

 門を出てからは先程よりも速度を上げて走り、左手で携帯電話を操作して耳に当てる。

 オレンジの空を見上げながら呼び出し音を聞いていると、4コール目の途中で電話が繋がった。

 電話口から聞こえてくる声に、思わず笑みが溢れる。口許はそのままに、こちらも名を告げる。

 

「もしもし椎菜? こちらメリーちゃんですよー」

 

 つないだ先は、ジャポンにいる”友達”。メールも電話も用事がない場合はあまりこちらからしないので、こちらから掛けたのはパドキアに来る前、マルメロを発つ直前くらいだ。

 今からジャポンへと向かうため、それを告げる電話をしているのだ。

 

「今からジャポンに帰るから。今? 今はパドキアにいるよ。……いや、迷子じゃないから。どんだけダイナミックに迷ってんのさ私」

 

 アホな問答を繰り返しながら笑いあう。話しながら、右手を胸元に持っていく。

 私達が交わした、3つの輪。それを1箇所で感じながら。

 そこで生きられなくても、そこで過ごしたいと思える。手放したくないと思える。

 つまり彼女たちも、私のちっぽけな、だけど大切な世界の一つなのだ。

 

「……あぁ、そうだ。電話で悪いけど、去年の約束を今果たしてあげよう」

 

 そう強く自覚し、声を聞いたからこそ、そうしようと思ったのだろうか。

 1人づつに告げる形になってしまったが、まぁそのほうが個々のリアクションが楽しめるだろう。声しかないのは少し残念だけど。楓にはこの後で電話しよう。

 興味津津だと言わんばかりに弾んだ椎菜の声を聞きながら、笑みを深める。

 こちらとしても興味津々だ、と思いながら、私の秘密を言葉に乗せた。


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