大泥棒の卵   作:あずきなこ

46 / 88
10 Assassin

 私が不幸を呼び寄せているのか、それとも不幸に自ら飛び込んでいるのか、はたまたただ単に自分の悪行の対価としての不幸なのか。

 原因に思考を巡らせてみるも、答えなんて出るはずもない。それはわかっているけれど、どういう事だとぼやきたくなるのは仕方のない事だ。

 最近悪いことばかりが起こる。星の綺麗な夜空を見上げてため息を付いたところで、この事実は変わらない。

 

 ちょっと前まではよかった。具体的に言うと、幻影旅団の団長様であるクロロと2度目の邂逅を果たした辺りからか。

 たしか彼と最初に会ったのは、11歳の冬。命がけの逃亡劇の末、なんとか無事に本を盗み出した。

 その翌年の春先には再会した。そして読書仲間として趣味を共有し、初めて――店などの事務的なものを除いて――他人とのつながりを持った。ちなみに、私が売ったあのつまらない本は彼にとっても非常に不評だった。まぁそれはともかく、ここからが私の変化の始まりだった。

 2ヶ月と少し後に幻影旅団と出会い、そこで彼の正体を知った。とんでもない奴と関わってしまったと後悔もしたが、割りと簡単に受け入れられ、また悪意で以って害されることもなかった。

 更に半年ほど後の冬に、私の世界は変わった。他者との関係の明確な定義ができ、同時に”友達”もできた。私が一方的に思っているだけで、彼らからしてみたら私はまた別の存在なのかもしれないけれど、重要なのは私の中で彼らが”そう”であることだ。

 

 あれからまた1年近くが経過し、季節は少し肌寒い秋。私は13歳になった。

 蜘蛛との関係も相変わらず良好。たまに近くにいる誰かがふらっと私の家に立ち寄ったり、たまに仕事に参加したりして過ごす日々。

 そんないつものことだけでなく、1年もあればまた色々なことが起きるものだ。歓迎できるものも、そうでないものも別け隔てなく。

 

 歓迎できるものといえば、今年の夏の終わり頃に蜘蛛の8番が変わったこと。団員の入れ替わりは即ち団員の死を意味しているのだけれど、前8番とは別にそこまで仲良くなかったので興味はない。蜘蛛は”友達”とはいえ当然全員がそうではないし、前8番と会話した記憶もない。蜘蛛という組織に属しているからといってそれ即ち”友達”なのではなく、あくまで私の友達の定義に当てはまる存在が”友達”であり、それがいるのは蜘蛛のみというだけなのだ。

 新しくクロロがどこからともなく連れてきたのは、メガネを掛けた美少女だった。天然で毒舌な部分はあれども、女性が増えたのは単純に嬉しいし、何よりも能力が素晴らしい。

 その能力というのが掃除機のデメちゃんである。生物と念で作られた以外の物であれば、彼女の指定したものをなんでも吸い込むことができ、更に最後に吸い込んだものは吐き出せるという、運搬に非常に便利な能力である。

 掃除機内に入っていれば獲物が破損することもないし、持ち出せる数にも制限がない。おかげで私は彼女が参加する場合に限り荷物持ちと選別の任に就く必要はなくなったけれど、いずれにせよ相変わらず誘いは来るので興味があれば参加している。

 

 そして、着実に強くなっているという事実。それを実感できること。

 彼らと”遊ぶ”とボコボコにされるのは今でも変わらないけれど、それでもその実力差は確実に縮んできている。

 やはり独力で鍛えるよりも、自分より強い相手と戦闘訓練を行うことによって得られる経験値というものは圧倒的に多い。気を抜けば死ぬかもしれないのだから尚更である。

 今が成長期であるということもあり、知識や経験の吸収効率も良い。この時期に彼らに鍛えてもらえるというのは幸福なことであろう。

 

 対して、歓迎できないものもやはりある。まず一つとして、蜘蛛の4番が変わったこと。8番の時は可愛くて能力も便利な女の子という事で歓迎できたが、ところがどっこい今回はそうもいかなかった。なんせ今回新しく蜘蛛に加入したのは変なピエロことヒソカという男である。

 前の4番が死んだのも別にどうでもいい。彼は荒事を好み、本にあまり興味が無いようだったので、私が参加するような仕事にはあまりいなかったのでやはり仲がいいわけではなかったし、思い出もない。死んだのはどうでもいいけれど、彼がヒソカに負けたせいでヒソカが蜘蛛に加入することになってしまったのだから、やはり彼には生きていて欲しかった。というか逆にヒソカを殺して欲しかった。

 蜘蛛という集団は、一見無秩序に見えてもクロロ=ルシルフルというカリスマの下に集まった、意外に統率の取れた集団だ。彼らには彼らのルールがあり、団長であるクロロを慕い、従っている。私でさえ、普段はともかく仕事であれば彼の命令を絶対とし、蜘蛛の意思のもと行動する。蜘蛛の構成員一人一人が持つ強烈な個性が、クロロによって一つにまとめられるのだ。

 そこに混じった不純物。仕事自体はどうなのか、彼は入ってからまだ日が浅いのでなんとも言えないのだけれど、明らかに異質であることはわかる。言動が色々と理解し難く変態だということを除いても、だ。

 クロロという頭の指令を忠実にこなす手足、それが蜘蛛の構成員。でもヒソカは指令に従いつつ、手足でありながらも己の頭を潰そうと虎視眈々。いや、己のではないのか。彼はおそらく、蜘蛛でありながらも蜘蛛という組織に属してはいないのだ。

 ヒソカは蜘蛛に入ることによって、団長であるクロロと戦いたいのだ。彼が蜘蛛に入ったのも、絶対にこれが理由。それは蜘蛛の誰もが理解していること。もちろんクロロ本人も。

 仕事以外であればクロロは姿をくらませるし、姿を現す仕事中ならば彼は常に傍に団員を従えるので一人にはならない。クロロと戦いたいヒソカが蜘蛛に入るという回りくどいことをしたのも、これが理由だろう。ヒソカはきっとクロロと理想的な形で、おそらく一対一で戦いたいのだ。

 周知の事実、というかヒソカも隠そうとしないそれを、クロロは容認している。なぜならばヒソカも一応は蜘蛛であり、一応は身内でもあるのだから。故に団員も危険因子だと分かってはいるのに手が出せない。これは悩みの種となっている。

 

 そして、強くなるためには新たな能力の習得が望ましいのだけれど、それが自分の予期しない形で訪れたこと。

 念がかかった本がどうしても開かず、開けよコノヤロウとかそんな感じの心境になった時に発現した私の新たな能力、除念。

 除念によって念のかかった書物でさえも全て読めるようになったのはいいのだけれど、私は強くなりたいのだ。その点で言うと除念は戦闘面では役に立たないだろう。攻撃力不足を補うようなものが欲しかったのだけれど。

 蜘蛛と関わったことによって、上には上がいることを体験した。私は天寿を全うするその時まで本を読み続けるという目標があるため、志半ばで死ぬわけにはいかないので強くなりたいのだ。

 除念は除念で非常に便利でレアな能力ではあるけれど、使い所は限られてくるし、一撃の威力が高い能力でも習得しようかと考えていた私にとっては微妙な結果と言えなくもない。結局、私の攻撃力は低いままなのだ。

 

 他にも細かいものはあるが、代表的なのはこんなところだろうか。

 特に先ほど挙げた歓迎できないものに関しては、どちらもここ最近起こったことなのだ。

 更に歓迎できないことは今も現在進行形で起こっている。あぁもう、本当にツイてない。

 

 夜空に向けていた顔を、正面に向ける。その先に私に溜息をつかせた原因がある。

 私は今とある豪邸の前の道路にいるのだが、その豪邸の門周辺には人だかりができており、パトカーの赤い回転灯が周囲を赤く照らしている。

 携帯電話で時刻を確認すると、後数分で日付が変わってしまいそうな時間だった。だと言うのにあそこに人だかりがあって、しかもパトカーまで有るのはあそこでなんかやらかした奴がいるからだ。私がやらかす前に。

 また溜息を重ね、携帯電話を上着の胸ポケットへとしまう。ポケットからチョロンと出てプラプラと揺れているストラップがなんだか物哀しい。ため息をつくと幸せが逃げるとは言うけれど、幸せが逃げた結果溜息を付くのだからこれは不幸を吐き出している事にはならないだろうか。ならないか、そうか。

 

 この豪邸は、今夜の私のターゲットだったのだ。ここに私の望むものがると分かってから下調べをし、この家の住人や使用人の生活サイクルをある程度把握したのが昨日。

 この家に住んでいるものは23時になれば大概が寝ているし、警備も交代時間である0時が近くなれば気が抜けてくる。だから日付が変わる前辺りのこの時間にこっそり忍び込んで盗もうと今夜ここに足を運んだのだ。

 だというのに、これは何事か。私の侵入前に騒ぎが起こってしまったら当然この家の住人も起きだすだろうし、人も集まれば警察だって来てしまっている。これでは忍び込めない。

 今のうちなら逆に書斎へのルートは手薄かもしれないけれど、やはりその過程で私の侵入がバレれば普段よりも面倒臭いことになるのは確実。盗む事自体は失敗しないだろうけれど、余計な手間は勘弁してほしい。

 よく見ると、赤い光はパトカーの物のみならず救急車のものまで有るようだ。怪我人か、或いは死人でも出たのか。どちらにせよ、余計なことをしてくれたものだ。

 周囲を照らす赤に恨みがましい視線を向けてから、また今度にしようと踵を返した。

 

 真っ暗な秋空の下をとぼとぼと歩き、滞在しているホテルへと向かう。今の季節は秋とは言っても冬はもうすぐそこまで来ており、吐く息は街頭に照らされて僅かに色を持つ。

 態々遠く離れた地にまでやってきて、この時間なら楽にいけそうだという情報まで集めたのに、いざやるぞという段階で思わぬトラブルが発生し、結果何もできずに帰る。

 時間帯のせいで少ない店も軒並み閉まっていて人も車も全然通らない一本道の通り、その歩道を街の灯に照らされつつ歩く。周囲に人影が見当たらない静かな夜の街と、お面だけが詰め込まれてスカスカの軽いリュックが哀愁を誘う。あぁ虚しい。

 これを不幸と言わずに何というのか。誰が騒ぎを起こしたのか知らないけれど、何故私と日程をかぶせてくるのか。意図的ではないものだろうけれど、全く以て許せん。

 思い出すのは、2年ほど前の冬、蜘蛛と仕事がかぶったあの日。あの日と違って今日はこの騒動を起こした張本人と時間帯がかぶらなかったことだけは不幸中の幸いだろうか。

 とは言えどこぞの誰かさんのせいで私の仕事に支障が出たのは事実。あーあ、と気怠げながらも割りと大きな声でボヤいてしまうのも仕方のない事だ、うん。

 

 明るい街路灯に照らされつつそうボヤいてから、30メートル程前方からこちらへと歩いてくる大小2つの人影が有ることに気づいて、ハッとする。今の、聞こえてやしないだろうか。ちょっと恥ずかしいような気もする。

 アラヤダうふふ、とお上品なお言葉を思い浮かべつつ口に手を添えてから、違和感に気づく。人影があることに、気づいた? この先も暫くは曲がり角のない、この一本道で?

 この二人は、今どこから来た? 近くの店? いいや、彼らの近くにはそれっぽいのは見当たらない。唯一そうかもしれないと思える位置にある店も、シャッターが降りている。

 それに今、私は彼らをまず最初に視認した。そこからまずおかしい。何故、私は彼らの足音に気づけなかった? これだけ周囲が静かならば、私の聴力であれば彼らの足音を難なく拾えるはず。

 気配は? 今は彼らの放つ気配を認識できる。でも、私はさっきまでそれに気づけなかったのだ。多少は落ち込みつつも、気を抜いていたわけではなかったのに。

 気配がなかった。足音が聞こえなかった。おそらく今いる位置よりも遠くから歩いてきた彼らを、今はじめて認識した。

 その答えは簡単だ。彼らが、強いから。私と同じ場所に住む存在で、だけど私よりも上の存在だから。

 

 その事実に気づいて背筋をゾッとしたものが走るのと同時、気を引き締めて前方の存在を警戒をする。この恐怖が杞憂であり、何事も無くすれ違えることを切に願いながら。

 しかしそんな願いも虚しく、私の気配が変わった瞬間大きな影がこちらへと動き出した。一気に距離を詰めてきたのだ。その動きは、やはり私よりも速い。

 何故いきなり、とかまさか事前に、とか考えてしまうが、今はそれどころではない。アレを避けなければ死ぬ。

 こちとら自分より強い相手と戦うのは慣れている。慣れてはいるものの勝った試しはないが、とにかくボコられることで攻撃への対応は磨かれているのだ。この程度、何とかしてみせる!

 

 心臓へと迫り来る死の右手の抜き手を、低く大きく斜め後方に跳躍することで回避する。その手が空を切った時に、何かを掴むような動作をしているのが見えて泣きたくなる。何を掴むつもりだったんだこの通り魔!

 その動作に私の大事なものが盗まれるイメージが浮かんだのも束の間、今度は左手から何かが投擲される。

 私が先ほどまで居た位置から投げられたそれは、当然先ほど私を照らしていた街路灯に照らされ、彼と彼が投擲した物の姿形と数を私に伝える。細く長く先端が鋭くてその反対側が丸く膨らんだ、まるで針のようなものが3本だ。

 とは言えこの場合視覚は頼れない。見えるからといって、見えている攻撃が全てではないはず。見えているのは彼も承知のうえで、死角か何らかの方法で見えざる攻撃を仕掛けているはずだ。

 ならば防御はするべきではない、とそれを横に飛んで回避する。次いで何かが刺さるような音が後方から5回聞こえてきて、私の判断が正しかったことを伝える。

 

「あれ、避けられちゃった。最初ので貰えると思ってたのになぁ」

 

 そこで攻撃の手を一旦止め、少し意外そうに、けれども特に残念そうではないような口調で、私に攻撃を仕掛けてきた男が呟く。

 光りに照らされて見えた彼の姿は、黒いサラサラとした長髪で猫目の、無表情の青年。黒のズボンに黒の長袖、その膝と肘部分のみが白く、そして肩には先ほど彼が投げたものとほぼ同形状で大きさがバラバラなものが刺さっている。痛くないのだろうか。

 彼を正面に見据えながらも、攻撃に加わらなかった彼の同行者をちらりと見る。遠目でよくわからないけれど、白っぽい髪と髭があって両手が後ろ腰に回されている立ち姿からして老人だろう。

 老人とはいえ、正面の青年よりも滅茶苦茶強そうだ。か弱い老人を盾にして逃げちゃおう大作戦は立案さえされることなく却下されてしまった。ちくしょう。

 

 日付が変わった頃の暗い、人通りのない夜道で、突然謎の通り魔に襲撃される。

 昨日は余計なことがあって盗みに入れなかったし、今日なんかもう死にそうである。もうマジヤバイのである。

 2日連続で厄日だなんて本当にツイてない。私が何をしたっていうんだ。あ、悪いことか。そりゃ沢山悪い事したけど、せめて厄日は間をおいて訪れてほしいです。

 私は自身に立て続けに訪れた不幸に、つい泣きたくなった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。