大泥棒の卵   作:あずきなこ

39 / 88
03 悪夢

 睨み合ったまま、ジリジリと間合いを測る私とサムライ。

 殺る気満々な彼に対し、私は逃げる気満々である。私には彼と戦う理由が何一つとして存在しない。こんなヤツ相手にしたくない。

 集団でこんなところまで来て大暴れしているのだから、盗賊団か何かだろう。だとすれば彼は同業者なわけで、やることやった私は彼と事を構える必要がない。

 向こうからしてみても、屋敷の人間じゃないのは明白なわけで。別に私のことスルーしてくれてもいいんじゃないかと思うんだ。

 私が持ってる2つの袋の中身が欲しいのかもしれないけど、この線は多分ない。盗賊が金目の物より本に興味を示すとは思えないし。

 

 この狭い部屋で、このまま戦闘を行った場合、私が勝てる確率は正直かなり低い。そもそもの実力からして負けているし。

 相手の獲物は刀で、私のナイフと比較するとリーチの差は歴然。スピードで撹乱することも、先ほどの動きを見るに難易度が非常に高い。あの一閃はまさに達人級のそれだった。達人と会ったこと無いけど、多分あんな感じ。

 しかも私は、どこの未開部族の方ですかと問いたくなるようなお面を付け、視界があまりよろしくない。見やすいように目の部分を少し大きくしたけれど、やはり付けていない時と比べると劣る。

 あんな攻撃、”堅”で防御したところで何の意味もないだろうし、”流”や”硬”でもオーラの移動が間に合わないだろうし、成功したとしてもおそらくほぼ無意味。なので攻防面での念を捨てて”円”を使えば視界の問題はクリアできるが、それを維持したままの戦闘はかなりの集中力を要するので、一つのミスが命取りになるこの状況ではやはり使うべきではない。

 じゃあお面外せばいいじゃんって話だけど、私はまだ諦めたわけではないので顔を晒す気は更々無いから却下。

 そして片手には先ほど盗んだ荷物が2つ。片方は手放してもいいけれど、もう片方は大切な、それはもう大切な本が入っているので、この手が開くことはない。

 袋は巾着式なので、何処かに括りつけながら戦うこともできなくはないけれど、しっかり固定することができないので回避する際邪魔になるか、最悪攻撃があたって落とすかダメになるかしてしまう。

 どうせ相手は刃物。武器がナイフ1本の現状では、左腕を防御に使うこともないし。

 

 ここから逃げるためには、3つの道がある。

 扉。この部屋に1つしか無いそれは、今はサムライが私より近い位置にいるために無理。ただ、今後の動き次第ではあちらがフリーになる可能性も十分にある。扉は私が侵入した際に壊れている。

 壁。破壊して逃げることも可能ではあるけれど、ここのは分厚いためオーラを込める必要があるし、何より隙が大きいので臨戦態勢の彼のいるこの空間でそんな事をするのは自殺行為だ。

 窓。扉の反対側の壁に人が十分に通れそうなサイズのものが幾つもある。ここは3階だけれど、高さはさして問題ではない。突っ込めばいいだけだから勢いも殺されず、飛び出した後に遠距離攻撃をされても回避する方法は一応ある。

 他の2つを選んでも結局は短縮のために飛び降りるわけだし、プロセスが最も短いから最初はここに向かうのが妥当かな。

 

 問題は、そこまで行く方法だけど。私が逃げる可能性は当然向こうも考慮しているだろうし、扉と窓は最優先で警戒されているはず。

 考えも無しに走り出したら、まず間違いなく仕留められる。相手は私より格上なのだ。

 接近戦は私に不利。だからまずは遠距離攻撃で様子を見ることにしよう。

 

 手に直径20cm程度の念弾を作り、相手に向かってぶん投げる。放出系は特質系の私とあまり相性が良くないから普通に打ち出すと威力も速度もショボイけれど、投げることによって速度は上がるし威力もその分少しマシになる。

 しかし真正面から真っ直ぐに飛んでくるそれを相手は難なく横へ飛んで躱す。ここまでは予想通りだ。念弾とはいえ何らかの能力の可能性を考慮して防御の選択肢は取らないだろうし、室内では上方向には回避しにくい。

 そのまま横に跳んだ勢いで、弧を描きながら接近し、胴を払い、続けざまに袈裟懸けに斬りつけてくる。

 私はそれを何とか避けた。が、近くにあった本棚は巻き込まれて本ごとバッサリ切られてしまった。サムライてめぇ、よくも本を。

 

 サムライの暴挙に憤るが、しかしこれは好都合だ。おかげで助かった。

 切りつけられて宙に舞った紙をすかさず掴み、”周”で強化して投げつける。

 紙とはいえ”周”で強化されればそれは鋭利な刃物と化すので、決して無視できるような攻撃ではない。

 この場で防御するには追撃の危険ありと判断し、一旦後ろに下がりながら回避するサムライ。それでいい。

 

 自分の攻撃を回避し、あまつさえ反撃までした私に満足しているのか好戦的な笑みを浮かべ、またこちらへと走りだしてくるサムライ。だけど、もう遅い。

 彼には感謝している。おかげで活路がこんなに簡単に切り開けた。

 一気にオーラを練り上げ、右手に大量のオーラを集める。すわ”発”の兆候か、と足を止め警戒するサムライ。

 少しテンションが上がったのか攻撃に意識が傾いてしまったこと、私の足元に本をばら撒いてしまったこと、次の一手のための時間を与えてしまったこと、そして今立ち止まってしまったこと。

 これらは全て彼のミスだ。

 

 オーラを集めた右手を振り下ろし、オーラを一気に開放しつつ床にぶつける。開放されて密度の薄くなった状態のオーラは床を破壊すること無く、強い衝撃波を巻き起こした。

 それによって足元に落ちていた本はバラバラになり、無数の紙切れが部屋中に舞い上がった。

 念の衝撃に腕で顔をかばったサムライに、追い打ちのように紙が更にその視界を遮る。その隙に私は”絶”をし、気配を殺して扉の方へと移動を開始する。

 

「クソがっ……! 何処に行きやがったァ!!」

 

 吠えるサムライが、同時に”円”を展開するのを感じ取った。予想よりも対応が速い、あまり頭が良くなさそうな顔してるからもっと時間を稼げると思ったのに。

 ”円”の範囲は広くないので私の場所までは特定されていないけれど、おかげで廊下に通じる扉は奴の”円”によって遮られてしまった。だけど、窓の方へ向かうのは反対側だからちょっと手間だし、音がするので発覚が速い。

 ここはやはり、廊下に出てから脱出することにしよう。つまりアイツが扉の近くからどけばいいのだ。

 

 未だに部屋には紙が舞っていて、視界はお互いに最悪。アレだけの量の本をバラバラにした上、扉しか空気の通り道がないため私の巻き起こした衝撃波はまだ部屋の中で渦巻いているのだから、あと数秒程度は稼げるはず。

 足元の本を1冊手に取り、窓があったと思われる位置目掛けて勢い良く投げつける。次いで、ガラスの割れる音が響く。ビンゴだ。

 

「チィ、逃がしゃしねぇぞボケェ!!」

 

 その音によって私が窓から外へ脱出したと思い込んだサムライ、そのオーラが窓の方へと移動していく。

 彼が単純な男で助かった。最初はこりゃヤバいと思ったけれど、まさかここまで簡単に振りきれるとはね。

 窓の方へ移動してくれたので距離も稼げたし、更に私が逃げたと発覚するまでの時間も稼げたので、当初の予定だった窓からの脱出よりもかなりいい結果だ。この分なら逃走も問題無いだろう。

 

 そんな僅かな安心とともに扉から脱出し、左へと進路を変える。正面の壁には屋敷の庭に面した窓があるので脱出するならそこを使うべきなのだが、窓を割ると私が廊下に出たことが直ぐにバレてしまうのである程度移動してから飛び降りるのだ。

 今は夜、外は暗闇。私が”絶”をしたままあの部屋の窓から飛び降りたと思っているサムライは、そこにいない私を暗闇に紛れたと思って探しているだろう。彼のオーラは部屋の窓付近に留まったままだ。態々こちらから現在地を教えてやる気はない。

 しかしそんな思惑とともに廊下を走りだした私の目の前に、なんとも信じられない光景が。金髪の優男が目の前のT字路の角から姿を現したではないか。

 これはいったいどうしたことだろう。これが幻覚であることを切に願う。いやほんとに。

 一難去ってまた一難、前門の虎後門の狼。こんな言葉があったけれど、今の状況はまさしくそれだ。

 

「ノブナガの行ったほうが騒がしいと思って来てみたら、キミ誰? こんなとこで何してんの?」

 

 しかしそんな私の儚い願いは、目の前の彼が言葉を発したことによって一蹴されてしまった。幻覚と幻聴がダブルで来たのだという現実逃避も通用しそうにない。

 質問しながらも殺気はビンビン戦闘態勢に入っている彼も、先程の男と同様相当の実力者。

 さっきの、どうやらノブナガという名前の男と退治していた時間は決して長くはなかったはずなのに、もう増援が来るとは。その可能性を考慮していなかったのは迂闊だった。

 この金髪の声に反応して部屋の中から、そっちかぁ! という声まで聞こえてきた。バレた。もう最悪だ。

 

「おちょくってくれやがって、てめぇ覚悟はできてんだろーな」

 

 部屋から出てきて鋭い目で私を睨みつけるノブナガ。

 廊下にでてすぐに金髪に遭遇してしまった私は、部屋から出て少し左に進んだ辺りにいて、その真正面には金髪が、そして後ろにはノブナガがいる。挟まれてしまった。

 しかも私がいる辺りの廊下の庭に面した側には窓がなく、壁があるのみ。ぶち破れば外へ出れるけれど、この状況で壁を破壊するのはかなりきつい。

 金髪の方はノブナガよりも血の気が多くは無さそうだから、特に危害も加えていない私を見逃してくれたりはしないだろうか。

 

「あれ、何ノブナガこんな小さい奴にいいようにされてたの? ダッサいなぁ、それに目的のブツはどうしたのさ」

 

 金髪の言葉に、ちょっと気まずそうな顔をしたノブナガ。どうやら彼も私以外の何らかの明確な目的があって私のいた方向へきたようだ。

 だったら私に構っているよりもソッチを優先するということで、この場を納めてはくれないだろうか。今なら私を小さいやつ呼ばわりしたことも水に流してやらんでもないから。

 そんな淡い期待を抱いていたが、次の瞬間ノブナガの放った衝撃的な発言によりそれは一気に砕け散ることとなってしまった。

 

「そ、そりゃあ、あれだ! そう、ソイツが持ってる袋ん中にあんだよ!!」

 

 おいふざけんな、お前この中に何が入ってるかも知らないくせに! ていうか言い方からして今思いついた感が半端ない。

 確かに金目の物はあるけれど、目的のものというぐらいだから今回の侵入のメインがそれで、ならばもっと希少価値が高いもののはず。

 それに相手は盗賊、本が目当てのものであるとは考えられないので、私は彼らの望むものは持っていない。

 明らかに挙動の怪しいノブナガの言葉は信用に値しないはず。

 

「ふーん、そっか。じゃあさっさと捕まえちゃおっか」

 

 信じちゃうのかよ! そこのクソサムライの発言めちゃくちゃ怪しいんですけど!

 いや信じる信じないはこの際きっとどうでもいいんだろう。だって目が凄く楽しそうだ。

 どうせ私でちょっと遊んでからあとでゆっくり探せばいいとか考えているんだろう。もう死んでしまえコイツら。

 金髪の方は、何処からとも無く取り出した針状のものを構え、ノブナガは刀に手をかけ一歩こちらににじり寄る。

 

 こうなったら、出し惜しみをしている場合ではない。ココで死ぬ訳にはいかない。私にはまだまだ未練があるのだ。 

 向こうが何か仕掛けてくる前に、早くこの場から逃げ出さなくてはならない。

 

 そう判断した私は、卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)を発動させた。この能力は、具現化した卵を破裂させて殻と衝撃で攻撃する能力。

 そのサイズを大きく出来る限界、自分の体積分で具現化する。これは私が単純に念弾を作るだけでは成し得ない特大サイズ。当然威力も高いそれを抱えるようにして持つ。

 いきなりデカい卵を召喚した私に、警戒を更に強め様子を見る二人。カウンタータイプの能力だった場合は迂闊に攻撃できないから、初見の能力に対する判断としては正解だ。

 まぁ、この場においては不正解だけれど。

 

 デカい卵を抱え込んだまま、外側の壁に背中から突っ込む。

 その時点で私の狙いに気づいてすぐさまこちらへと動き出した二人は、流石としか言いようがない。

 だけど後手に回ってしまった彼らは、今更動いたところで私を止めることなど出来はしない。

 

 背中に壁があたった瞬間に、卵を割る。

 その瞬間に辺りに飛び散る殻の破片と、強い衝撃。その衝撃で以って後方へのベクトルを加算し、壁をぶち破って外へ飛び出す。

 片や私以外の二人は、私とは違う方向へと飛ばされた。位置関係上、壁を背にした私からしておおよそ右前方と左前方という感じだったので、そのまま彼らをその方向へと弾き飛ばしたのだ。

 

 しかしその代償は大きかった。

 私はゼロ距離で食らってしまったのでかなりダメージがデカい。いくら本来殺傷力がそんなに高い方ではない能力とはいえ、あのサイズのものをこの距離で食らってしまったのだから当然ではあるけど。

 更に攻撃にオーラを使用していた分、防御が薄くなっている。全力で体の前面にのみ”堅”をしていたとはいえ、殻が刺さったり切れたりで何箇所も出血しているし、骨まではいかずとも打撲が地味にかなり痛い。あと背中も割りと痛い。

 だけど耐えられないほどではない。今の攻撃で彼らのオーラも盗んだので、それによって更に”堅”を強化しながら空中で体勢を立てなおして着地する。

 

 逃げ切った。逃げ切ったのだ。彼らは防御に全オーラを費やしただろうし、盗めたオーラの量からも大したダメージではないことは推測できるけれど、それでも衝撃で吹っ飛ばされたはずだからあいつらも今すぐに追いかけることは不可能なはず。

 酷い目にあってしまったけれど今のでも後腰に辺りでかばった本は無事だったので、傷を癒しながらこの本を読むことで今日のことはもう忘れてしまおう。

 あとはこのまま、暗い森目掛けて走るだけ。そうすれば奴らも追ってこれないだろう。

 

 なのに。

 

「ほう、あいつら二人を相手に逃げおおすとは、なかなか面白いな」

 

 私が落下した近くには。

 真っ黒いコートを着て、黒髪をオールバックにし、その額の逆十字を惜しげもなく晒す男が、圧倒的な存在感を滾らせ、薄く笑いながら立っていた。

 

 2度あることは3度ある。

 今日は厄日だ。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。