大泥棒の卵   作:あずきなこ

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前回予告し忘れちゃいましたが、新章突入です。
過去と言う名の回想編が始まります。


過去
01 追憶


 私が、あの何を捨てても許されるというゴミで形成された流星街に捨てられてゴミと化したのは、確か3歳くらいの頃。当時の所持品といえばその時に来ていた服と、何らかの文字が書かれていたが幼い私ではそれを読むことができなかった謎のプレートだけ。

 前後の記憶が曖昧で、詳しい時期などはわからない。ただ単に昔のこと過ぎて忘れてしまっているだけなのか、それとも思い出したくもないことだから脳がそれを拒否しているのかはよくわからない。

 ただ、脳が思い出せなくとも身体は鮮明に覚えている。いや、覚えていると言うよりも忘れることができないのだ。地獄だった、と。

 

 捨てられたものしかない街。ゴミ溜めそのものだったそこには、ほとんど死者しか居なかった。

 物は、そのほぼすべてが壊れていた。元々廃棄されたものだし、捨てるときも遥か上空から飛行船で落とされるので、落下の衝撃に耐えられたものはほぼ皆無だった。

 人は、その多くが元から死んでいたものが捨てられる。生きていたものもいたが、後に飢餓で死ぬか、或いはストレスなどの精神的な部分や外傷などの肉体的部分、食中毒やウイルスなどの病気で死ぬものがほとんど。

 何せ人の死骸が廃棄されるのだ。病原菌の苗床となってしまっているそれは、周囲に災厄を撒き散らす。

 生きていたものも、その目は尽く死んでいた。少なくとも私が捨てられた地域では。

 

 私にも幸せな家庭の中にいた事があったのかどうかは分からない。私にはその記憶が無いから、どちらとも言えないのだ。

 何せ一番古い記憶はゴミの山と、酷い腐敗臭だから。

 絶望に彩られた街で、どうしたら良いのかも分からず、途方に暮れて泣くばかりだった、と思う。

 

 それでもあの時の私には、自身に迫り来る昏い死の足音が非常に恐ろしいものに思え、生に強く執着したのだ。

 小さな子どもであっても、無意識に死には抗うものなんだろう。でなければ私はとっくの昔に御陀仏している。

 

 食料は、選びさえしなければ一応そこら中にあった。

 革製品なんかは味とか食感とかそういうものに目をつぶれば、それなりに腹は膨れた。もう絶対に食べたくないけど。

 後は、草とか、枯れ枝とか、土とか虫とか色々だ。水は最初の頃は泥水をすすっていた。

 子供はなんでも口に物を入れたがるけど、それがあったからきっと私は生き残れた。

 

 あそこで長く暮らしていてわかったことだけれど、私のように本当に小さな頃から捨てられたのではなく、中途半端に、大体少年とか少女と呼ばれるような年代で捨てられた人間は、変なものは食いたくないとか言う意識が邪魔をして、結局ろくな物も食えずに飢えて死ぬ。

 もうちょっと年齢上がって青年とかその辺になると、身体能力的に略奪という手段も取れるので死亡率は多少は下がる。

 草の根っことかはわりと皆抵抗なく食べるようで、私もせっかく掘り起こしたモノをよく強奪されたものだ。

 あぁ、思い出したら腹立ってきた。今あいつらどうしてんのかな。死んでてくんないかな。生きてるとしたらちょっと殺したくなるくらいイラッとした。

 でも、私の食料の根っこを奪って、ドヤ顔で私の目の前でそれを食べ、突如苦しんで目を見開き事切れたオッサンには感謝している。

 あれ以来見たことない植物の葉っぱとか根っこは、あえてその辺にいる誰かに強奪させて様子を見るという小賢しい習性を身につけられたから。

 

 例えどんなに劣悪な環境であろうとも、人はいずれ慣れる。それが物事の飲み込みの早い子供であれば尚更だ。

 私も徐々に慣れ、順応して行くと同時に、さらなる欲求が沸き上がっていった。

 

 

 3歳の頃。

 とりあえず、コレ以上知らない場所に行くのには漠然とした恐怖があったし、また一箇所に留まっていたほうが安心できるので、最初に居た一帯を中心に活動することにしていたと思う。あまりうろちょろした覚えはない。

 死なないために何でもかんでも食べてみた。味なんて関係ない、胃に入れられればそれだけでいい。

 小さな子供は大きな人間からしたらカモなので、よく食料を奪われていたけれど、それでもあきらめずに生き続けた。その過程で大きな怪我を負わなかったのは不幸中の幸いである。

 最初の1回は抵抗したが、その時ボコボコにされたので、それ以降はなるべく人目につかないように、もし見つかったら素直に渡すようにしていた。

 もっと食べたかった。

 

 

 4歳の頃。

 ゴミの山の中で生活しているからか、1年も経つと体重の軽さもあってヒョイヒョイと山に登れるようになり、行動範囲が広がった。

 ゴミ山の上の方には大人たちは滅多に来たがらない。崩れたりしたらただでは済まないし、頑張って登ったところで自分に得があるモノが無ければ労力の無駄遣いだから。

 上から見下ろした大人たちはその悉くが蹲っているか、或いは下を向いて歩いていて、とても惨めだった。

 私は、あいつらとは違う。あいつらのできないことが出来る、行けないところにいける、とその姿を見て思った。

 もっと勝りたかった。

 

 

 5歳の頃。

 この頃、私は初めて文字を読むことができた。本はそこら中に落ちていたが当然文字を知らないのだから読めるはずもなかったが、子供に文字を教えるための絵本だけは違った。絵本の類はこの頃に初めて見つけたのだ。その絵本はハンター文字で書かれていた。

 ある程度の物や言葉は知っていたので、イラストに対応する文字を見ることで覚えられた。世界共通語であるハンター文字の字数自体が少なかったことも幸いした。

 本を読むのは楽しかった。雨風に晒されてグチャグチャになっていたけれど、それでもその本の中の世界はとても輝いて見えた。

 文字が読めるようになって、私はここに来てから今までずっと持っていた謎のプレートに書かれたものが、私の名前やその他の情報であると理解し、”知る”事の歓びを知った。

 もっと知りたかった。

 

 

 6歳の頃。

 本を求めて足場の悪いゴミ山をあっちこっちウロチョロしていたら、いつの間にやら身体能力がかなり上がっていたらしい。よじ登ったり邪魔なゴミをどかしている内に力がついたようだ。

 そのことに気づいたのは、私の食料を奪おうとしたおっさんを、何故か素直に渡したくなかったから反撃を試みたら撃退できた時だ。

 随分とくたびれた感じのオッサンだったけれど、当然のことながら体格差はかなりあった。が、それでも私が勝った。勝ったのだ。

 それがあってから私は、狙われる側から狙う側に、奪われる側から奪う側へとなろうと強く心に決めた。

 もっと強くなりたかった。

 

 

 7歳の頃。

 ゴミも質量だけは大したものなので体を鍛えるのには役に立った。たとえ本来の用途ではなかろうとも、使えるものは使うべきだ。

 この頃には私の生活もそれなりに安定してきた。とは言え生活水準はかなり低かったけど、酷い空腹感を味わうようなことはなくなった。

 略奪者には応戦するなり逃げるなりで対処はできるようにはなっていたし、逆に今まで私からさんざん奪ってきた奴の中で、弱そうなやつから順に仕返ししたりもしていた。よくも栄養価の高い芋虫だの、何かの卵だのを奪ってくれたな、と割りと執拗に。

 気の早い変態さんも現れた。お前らには絶対に負けない、負ける訳にはいかない。死ぬ気で戦い、その全てに勝ち、そして潰しておいた。

 私が居たのは、流星街の末端の地域。治安は最悪、自分以外は全部敵なので、誰かと遊ぶことなんて無い。娯楽なんてろくに無い場所にいて、偶に見つける本は私の人生の楽しみの大部分を占めるものになっていた。

 でも、足りない。少ないのだ、本が。しばらく新しい本と出会えないなんて事もザラだった。たとえ見つけても、ボロボロで読めるような状態ではないものが多かった。

 もっと本が読みたかった。

 

 

 8歳の頃。

 ここでの暮らしにももうかなり慣れた、というかかなり順応していたし、実力も十分だと判断した私は一箇所にとどまることをやめ、テキトウに宛もなくさまようことにした。

 場所によって、ゴミの分類に偏りがあることもあった。家電が多かったり、人が多かったり。

 当然、本がたくさん捨てられる場所もあった。すぐさまそこが私の新しい活動拠点となった。

 読み切るには時間が幾つあっても足りないほどの量、日中は本ばかり読んでいて私は幸せだった。

 だけど沢山の本の中には、やっぱり沢山の人が、物語があって。わかっていたことだけれど、それらはゴミ溜めの中にいる今の私の生活とは比べ物にならないくらい輝いて見えて。

 今までよりも本を読み耽る時間が増えたせいか、本の読めない夜中になると、以前にもましてそう強く感じるようになっていた。

 私の世界には、足りないものが多すぎる。

 外の世界に憧れた。

 

 

 9歳の頃。

 不思議な本と出会った。すべて手書きの、なにやら妙に惹きつけられるその存在感。思わず拾ってしまったそれは、後から分かったことだが僅かに念が込められていて、私はその存在感に惹かれたのかもしれない。

 表紙には、”念法”とあった。念能力という秘匿技術について記されたそれとの出会いは、私の念法の会得、そして能力開花の切っ掛けである。

 まるで新しいおもちゃを与えられた子供のような心境。いや、事実そんな感じだったのだろう。とにかく、念という存在に没頭した。

 アレは禁書として処分されたのか、はたまたゴミとして捨てられて、人間ではなくなってしまった私たちへの償いに、世界へと反逆するための鍵をくれたのか。何故そこにあったのか真実はわからないけれど、私はその出会いに感謝した。

 この力があれば、もっとたくさんのことが出来る。誰にだって勝てる、なんだって手に入る。今はまだ小さな力だけど、高めれば、いつかは。

 貪欲に、強欲になった。

 

 ここには沢山の本があるので娯楽がある。食事も死にはしないので現状でも問題ない。

 つまらない、辛いことばかりじゃない。楽しみだって見つけた。

 私の足で歩いてその全貌を見るのは不可能であろうほどに広い流星街、決して窮屈ではない。

 この先の人生、ここにいれば本に困ることはない。汚くて読みにくいけれど、私が死ぬまでには読み切れないであろう量。

 

 でも。

 足りない。

 こんなのじゃ満足できない。

 もっと。

 

 もっと美味しい物が食べたい。もう内臓は十分に鍛えたからこれ以上はいい。まともな食べ物が足りない。

 もっと綺麗な水が飲みたい。慣れたとはいえ、ぶっちゃけクソ不味い。飲み水と言えるモノが足りない。

 もっといい生活がしたい。ここ、臭い。清潔さが足りない。

 もっと勝りたい。私の暮らしが底辺だなんて有り得ない。お金も家も何もかも足りない。

 もっと強くなりたい。どんな我儘でも通せるように、どんな時だって折れないように。力が足りない。

 もっと知りたい。頭に情報を入れるだけでなく、実際に体験してみたい。経験が足りない。

 もっと本が読みたい。自由に、好きな本ばかりを、綺麗なままのそれを読んでいたい。本が足りない。

 もっと楽しみたい。私の人生がこの程度なんて納得出来ない。娯楽が足りない。

 もっといろんな場所へ生きたい。流星街は広いようで、やはり狭い。地図で見たこの場所は、ちっぽけだった。自由が足りない。

 もっと人と触れ合いたい。本の中で幸せそうにしている人には、悉く誰かが傍に居た。ここには敵しかいない。他人との交流が足りない。

 もっと。全然足りない。欲求が溢れてきて、満たされない。渇く。

 もっと、もっともっと、もっと。もっとだ。

 

 

 もっと、欲しい。

 

 

 

 そして、10歳。その誕生日。

 いや、その頃は詳しい日付とか分からなかったから、後でちょっと気になったんでカレンダー見て逆算したら実際には違っていたけれど。

 季節柄から、だいたいこんなもんだよなーっていう時期に、しかもわりと意識的に結構前倒ししたから、1ヶ月以上早かったけれど。

 まぁとにかく10歳の誕生日っぽい日に、私から私へ、記憶にある限り人生で初めて貰う誕生日プレゼントとして流星街の外の世界を贈った。

 

 外にはきっと、私の欲しいものがたくさんある。

 キラキラしたものがある。幸せがある。

 今までよりもきっとずっと良くなる。

 足りないものが満たされる。

 私の隙間を埋めてくれる。

 

 私が元々居た場所。私を捨てた世界。人間だった私を、ゴミへと貶めた人間。

 奪ってしまおう。私が欲しいものは全部。

 私にはその権利がある、だなんて下らないことは言わない。欲しいから奪う、足りないから満たす。ただそれだけの我儘のために。

 

 とは言え外の世界には秩序というものが存在し、犯罪を取り締まる組織などがある。そんな場所で盗みでもしようものなら追われる立場になるだろう。それはかなりめんどくさそうだし、やりたいことが自由にできなくなってしまうから、そうならないように。

 今後は誰かに狙われることの無いように、これまでと違い落ち着いてまったりと生活できるように、安心して眠れるように。

 ゴミを分厚いウソで着飾って、ある程度のルールは一応守って、何食わぬ顔で人間社会に溶け込んで、普段は善良な人間を装って。

 ハッピーエンドの物語のように、いつか、誰かが、私の隣にいて。あり得ないであろうそんな日を夢見て。

 今までのちっぽけな世界を飛び出して、新しい広い世界で、好き勝手に生きていくのだ。

 

 こうしてメリッサ=マジョラムという泥棒が生まれた。

 欲しい物を、足りないものを手に入れるという欲望の下に。


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