試験終了後、正式な合格通知とハンターライセンスの受け渡しは明日行うとのことなので、今日のところは解散となり、受験生はそれぞれ割り当てられたホテル内の部屋へと戻っていった。
合格の報告メールをしたあとに一緒に居たらしい楓と椎菜から電話がかかってきたので、お祝いとか話し込んでいたらすっかり日が傾いてしまった。
電話も終わり退屈なのでベッドに寝転がり本を読んでいると、また携帯電話が着信を知らせた。
画面を見ると、今度はクロロからだ。何の用だろうと思いつつ電話にでる。試験結果についてならさっきメールもらったはずだけど。
「もしもしー?」
『無事に合格できたようだな、おめでとう』
そのクロロの第一声はお祝いの言葉だった。とは言えコレは形式的なものだろう。
特に試験で苦労してないとはいえ、祝ってもらえるのはまぁ嬉しいんだけど、まさかこれが本題ってわけじゃないだろう。
私も簡単にお礼をいい、この電話の目的を聞く。
「ありがと。んで、用件は?」
『思ったよりも早く終わったようだから、こっちの仕事に参加しないかと思ってな』
今度のやつは参加者が少なそうなんだ、と少し不服そうな声を上げる。なるほど、暇になった私への仕事のお誘いか。
たしかに今年は2週間くらいで終わったから速い方ではあるだろう。1ヶ月くらいかかる年もあったようだし。
なので来られそうな私を誘った、と。集まりが悪いってことはあんまり暴れたりしない仕事ってことだろうか。
蜘蛛には盗むのよりもその過程の破壊と殺戮が大好物な強化系3馬鹿とか拷問狂とかその他ヤバいのがいるから、内容によっては参加しない人も多い。
それでなくとも遠かったり物に興味がなかったりすると大抵参加しない。基本はメールの一斉送信なのに、試験終了直後の私にまで個別での呼び出しを行ったのだから、今回は都合で来られない人の数も結構いそうだ。
そもそも呼び出す時に、暇な奴は参加って条件だからそういうことになるんだろうけど。まぁ口をだすことでもないか。
『それで、お前はどうかと思ってな。5日後なんだが、そっちが解散になるのはいつからだ?』
「ライセンスの受け渡しが明日らしいから、多分明日だね。っていうか、そもそも何盗むのかさえまだ聞いてないんだから行くかどうかは決めらんないよ」
5日後なら、試験終了が明日で残り4日だから、移動込みで3日くらいあれば問題なく行けるか。
でも電話での直接の呼び出しではあるけれど、場所によってはあんまり時間がカツカツなら、興味が無いものなら参加したくない。
私の疑問にクロロは、少し笑ってから答えた。
『ああいや、お前なら絶対に参加すると思うぞ。今回はバウヒニア家が標的だ』
「行く。絶対行く」
『ほらやっぱり』
電話口でまたクロロがくすくす笑っている。予想通りの反応が返ってきたのが面白かったようだ。
バウヒニア家といえば、先代当主が本好きなため結構な数の蔵書を抱えていることで有名だし、希少なものも中にはいくつかある。美術品なんかも良い物持ってた気がするけど、その辺のことはあまり覚えていない。
警備自体は問題ないのに、1人で盗むには数が多すぎてどうしようかと思い後回しにしていたけれど、蜘蛛と共同作業するのならばこれは渡りに船だ。
シズクが参加してくれれば一気にごっそり盗み出せる、けれど。
「笑うなちくしょー、本盗るなら参加したくなるじゃん。ねぇ、今回シズクは?」
『残念ながら不参加でな。参加者自体少なそうだから人手不足なんだが、今から追加招集というのもな』
そこで私に白羽の矢が立ったわけだ、私にこの話をするのは初めてだから。もう一回招集かけてもいいのに、何故変なところに拘るのか。
そして思ったとおり、シズクは不参加。そうでないのなら、この程度の難易度の仕事、決行が5日後なのに態々私を呼ぶ理由もない。
私とクロロは盗んだ本は大抵は共有しているから、参加しなくても盗んだ本は読ませてもらえる。なので別に行かなくても本は読める。
まぁ、それでも参加したがるのは、前々から目をつけていたところだったし、本好きの泥棒としてはこういうことには参加したくなっちゃうからだ。それに持ち出せる数に限りがあるなら、欲しいものを幾つか選びたいし。
ちなみに全部を共有していないのは、除念した本は能力がバレるからクロロに貸すこと無く燃やしているからである。念がかかってるような貴重な本燃やしたのがバレたらボコられそうな気がする。
何はともあれ私の参加が決まったので、おおまかな概要を聞き、後は少しの間雑談に耽る。
『こんなところか。じゃあ、向こうの仮アジトの場所は後で送る』
「おっけー。んじゃおやすみー」
数10分が経過した頃に、最後に連絡事項の確認をしてから電話を切る。
思ったよりも話が弾んでしまい、気づけばもう日が暮れてしまった。携帯の電池も残り僅か。
携帯を充電コードにつなげてベッドに放り投げ、自分もダイブする。5日後には蜘蛛との仕事だ。本がたくさん手に入ることもあって非常に楽しみである。
今日は精神的に少しだけ疲れたので、このまま少しだらけてからご飯を食べて、お風呂に入ったらさっさと寝てしまおう。
明日で、この2週間に及ぶハンター試験も終了だ。
翌朝、私達合格者一同はホテル内にある講義室のような部屋へと通された。
ここでこれからアリガタイお話を聞かされて、その後ライセンスをもらえるようだ。話は省略してプリントかなんかに箇条書きにして渡してくれると非常に嬉しい。
しかし一応重要な話らしいのでそうは問屋がおろさず、退屈な時間が始まった。
「それではこれより、第287期試験の合格者への講習を始めます」
そう言って豆の人、マーメン=ビーンズさんから、ハンターになるにあたっての心構えや、ライセンスにより可能になることなどの説明が開始された。
心構えは興味がなく、ライセンスの恩恵も大体把握している上に目新しいものもなかったので、話半分に聞いていた。
そしてビーンズさんの説明が終わり、ネテロさんの挨拶が終わりそうになった頃、後ろの扉が大きな音を立てて開かれた。
会場内の視線の大半がそちらに向く。そこに居たのは折れた左腕をギブスで固定されたゴンだ。おでこのバッテンがちょっとシュールだが、何やらお冠な様子である。
突然の登場に室内の注目を集めながら室内を見渡し、ツカツカとイルミさんの元へ歩み寄る。そして座る彼の真横で立ち止まり、怒りを滲ませながら口を開いた。
「キルアに謝れ」
どうやら誰かから既にゴンが寝ている間の顛末を聞かされたようで、そのキルアへの仕打ちがお気に召さなかったようだ。
しかし言われたイルミさんはゴンに目を向けることさえしない。アウトオブ眼中である。
目は向けないまま、しかし一応質問には返した。
「謝る……? 何を?」
心底何言ってるのかわかってないような感じで言うイルミさん。
ゴンは少しだけ眉間にシワを寄せ、またすぐに眉を吊り上げて、そんな事もわからないのか、と問い、イルミさんはうん、とだけ返した。
まぁ、イルミさんも似たような感じで育てられてきたんだろうし、謝るようなことをした意識は確かに無いんだろうけど。
「お前に兄貴の資格ないよ」
「兄弟に資格がいるのかな?」
ゴンの僅かに哀れみを含んだ声も意に介さず、ある意味正論を吐くイルミさん。まぁ言ってることは間違っていない。
だけどイルミさんの返答も態度も気に入らなかったのか、ゴンがその右腕を掴んで思いっきり引き上げた。
その予想以上の力によってイルミさんは椅子から持ち上げられ、地面に着地した。
私含め、部屋中の人間がその行動に驚愕している中、ゴンが吠える。
「友達になるのにだって資格なんていらない!!」
その言葉は、ある意味では正論。だけどゴン、キミのその認識は間違ってるよ。
少なくともキルアと友達になるなら資格が必要だ。友達になり得るに十分な強さが。故にそれは邪論だ。
だって彼はゾルディック。いつも誰かに命を狙われており、いつ襲撃されるかわかったもんじゃない。
それなのに今のゴンのような弱い人間が友達として傍にいたら、そんな状況の時に足手まといになったり、人質に取られたりする可能性がかなり高い。
キルアの境遇を考えたら、友達になるにはある程度の強さは最低条件だ。でなければキルアが心に傷を負う事態になりかねない。見捨てられぬほどに心を寄せていれば、最悪死すら有り得る。
世間一般では資格なんていらないだろうけど、このケースは特別だから、そんな甘いことは言ってられないと思う。
というかイルミさん、右腕がビキビキと骨がヤバいことになってそうな音出してるのにまったく表情を変えない。
念を纏うことさえしないし、反撃だってしようとしない。
あれか、ヒソカのお手つきだから遠慮してあげてるのだろうか? 何故変なところで義理堅いんだろうかこの人は。
なんにせよ滅茶苦茶痛そうなのに眉1つ動かさないのはかなり怖いんでなんか反応してあげてください。
まぁ正直ちょっとザマーミロとか思ってるから助けようとは思わない。
「キルアのとこへ行くんだ。もう謝らなくっていいよ、案内してくれるだけでいい」
イルミさんの腕を握りしめたまま振り返り、キルアの元へ連れて行くよう促す。
そんな事をしてどうするんだ、とイルミさんに聞かれると、キルアを連れ戻すのだ、と。
「まるでキルが誘拐でもされたような口ぶりだな。アイツは自分の足でここを出ていったんだよ。不合格になったのだってそれはアイツの意志だ」
それを聞いて流石にゴンの物言いは納得いかなかったのか反論するイルミさん。
確かに圧力かけられてはいたけど、最終的に判断を下したのはキルアである。ちなみにその流れに持っていくのに私も一役買っているが、絡まれたくないので言わない。
イルミさんの話した事実にゴンは一瞬悲しげな顔で俯いたが、すぐに顔を上げて口を開いた。
「不合格なのは、残念だけど。でもキルアならもう一度受ければ合格できるから、いい。それよりも」
そこで一旦言葉を区切り、腕の力を更に強め、鋭い目でイルミさんを睨みつけるゴン。
その目をまっすぐ見たまま、静かに、低く言葉を発する。
「もしも今まで望んでいないキルアに、無理やり人殺しさせていたのなら、お前を許さない」
「許さない、か……で、どうする?」
ゴンが怒っていたのは、友達云々よりも、殺しの強要という部分だったようだ。
殺しが嫌と言うよりは、言いなりが嫌で、さらに外の普通の人間と触れ合ってそれに憧れ、今までの生活への不満が高まった印象だったけど。
やらされるのは嫌だけど、一応殺し自体に嫌悪感とか抱いてそうではなかったし。
ゴンの言葉に、一貫して表情を変えぬままどうするのかと聞いたイルミさんに、ゴンが暴論を展開する。
「どうもしないさ。お前達からキルアを連れ戻して、もう逢わせないようにするだけだ」
ゴンのその発言に流石にイラッとしたのか、イルミさんが左手に敵意のあるオーラを滲ませてゴンへと向ける。
すぐに手を離して距離を取るゴン。本能的に今のが危険であると悟ったみたいだ。
家族から引き離してもう逢えないようにするって、ぶっちゃけ今キミのほうが誘拐犯ぽくなってるよゴン。
別にキルアが憎くてそういうふうな育て方をしているわけではないのに。家庭には家庭ごとの事情があり、今回はそれが特殊ではあるけれど、キルアに対する処置も必要なことでもあるのだ。
主観的のみで、大局的に考えていない。ゾルディックだって家族間に愛も情がないわけではない、と思う。それなのにそこを度外視してそんな事言われたら誰だって怒るだろう。
殺し屋一家として生まれた時点で普通の人生など送れないから、だったら素直に殺し屋してたほうがまだ幸せだとは思うけどね。
ゾルディックにかかる懸賞金の額を考えれば、殺しの英才教育も身を守ることに繋がる。彼の人生は殺しから離れられない。
私達のような人間は、その咎から開放されることは永遠にない。逃れることなど出来はしない。
ゴンがキルアをあの家から連れ出したとして、その先にキルアの幸せはあるのだろうか。
闇の世界を生きてきたモノが牙を失えば、そのモノに月はもう決して輝かず、先を示すことはしない。逃げ出した光の中、闇に慣れた目にそれは眩しすぎて、目を開くことさえできない。
例え闇に戻ろうとも、月に見放されては伸ばした手の先すら見えない。身を守る術さえ持たず、どこにいても何も見えない。
そのモノの末路はかつての同族か、或いは自らの内包する矛盾に喰い殺されるのみだ。外すことのできない首輪をはめ、その時を待つしか無い。
だから私達は、牙を抜くことだけはしてはいけない。それに例外はない。理解はしている。理解はしている、けれど。
ゴンが離れたことによって彼らの会話が途切れたタイミングを見計らって、ネテロさんが切り出した。
試験の結果が変わることはないため議論の余地はないので、講習の続きを再開する、と。
とはいってももうほとんど終わりそうだったので、ビーンズさんからゴンのために改めて説明がなされた形になる。
再びカードの価値、それが狙われること、そして長ったらしい規約の説明がされたが、2回目なので聞く意味は無い。
なのでその時間を私は思考に当てる。これまでのこと、これからのこと、そして私のこと。
それらを考えている内にいつの間に話は終わり、ビーンズさんの激励の言葉のあとに正式な宣言がされた。
「ここにいる9名を新しくハンターとして認定いたします!」
第287期ハンター試験、終了。
薄暗い何かを残したまま、長かったそれが漸く幕を閉じた。