大泥棒の卵   作:あずきなこ

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23 譲れぬ想い

 ハンゾーとゴンの試合開始から3時間。つまりハンゾーの拷問が始まってから3時間。

 観戦者は思い思いの表情を浮かべてそれを眺めていたけれど、私はというと飽きて読書を開始していた。

 私の試合は次らしいから部屋を出るわけにもいかないから暇でしょうがない。だからといって今現在部屋の中央で行われている行為にも興味が無い。

 拷問って言ったって、あんなのぬするぎる。未だに身体のどこにも欠損がないだなんて。

 フェイの拷問を見たことのある私からすれば特に思うことはない。フェイのは腹から内蔵がこんにちはしていることなんて多々あることだし、切り落とした指とか抉り取った目玉を本人に食べさせるとかもザラにある。

 ゴンが拷問されても感想なんてへーそうなのーくらいのものだし。さっき私が本を読んでることに気づいたレオリオに文句を言われたけど、暇だと一言言ったらそれっきりだった。まぁそれどころじゃないんだろうね、レオリオにとっては。

 また何かやられたのか、視界の隅には倒れ伏すゴン。この状況を見かねたレオリオがハンゾーに向かって叫ぶ。

 

「いい加減にしやがれぶっ殺すぞてめぇ!! オレが代わりに相手してやるぜ!!」

「……見るに耐えないなら消えろよ、これからもっと酷くなるぜ」

 

 しかしそれに冷徹に返すハンゾー。ゴンが負けを認めないなら、ハンゾーは続けざるを得ない。これはそういう試合で、ハンゾーはあくまでルールに則って拷問をしている。故に批難すべきは彼でなく、この試合形式を思いついた会長あたりが妥当だ。

 耐え切れずレオリオは足を踏み出すが、同じく試合を見守っていたハンター協会の人がその前に立ちはだかる。

 審判を務めるマスタさんが言うには、この状況で手を出せば不合格になるのはゴン。迂闊に手を出せばこれまでの我慢が水の泡になってしまうとあってはどうすることもできないだろうね。

 

 こちらでごちゃごちゃやっている内に、少し試合に新たな動きがあったようなので読書を中断しそちらに注目する。

 何時まで経っても音を上げないゴンに痺れを切らしたハンゾーが、うつ伏せにした状態のゴンの左腕を極め、腕を折ると宣言した。

 それは今までのような、少し休めば回復するようなダメージではない。それに対してもゴンは降参せず。

 

 ハンゾーがその腕を折った。

 

「さあ、これで左腕は使い物にならねえ」

 

 痛みに腕を抑え蹲るゴンにハンゾーが言い渡す。ついにゴンはこれ以降の試合に確実に響いてしまうダメージを負ってしまった。

 そんなになるまで意地を張る必要なんてないのに、なぜゴンはこの試合の勝敗にそこまで拘るんだろう。

 試験に合格さえ出来ればそれでいいじゃないか。それで不合格にまでなってしまったらどうするつもりなんだろう。

 歯を食いしばり痛みを堪えるゴンの胸中に渦巻く想いは、私には理解できない。

 

 この結果に激昂したのは、レオリオ。全身で必死に怒りを押さえ込んでいるが、次に何かされたら抑え切れない、と言い、クラピカもそれを止めることはしないと言った。

 むしろクラピカも一緒になって飛び出しそうな感じだ。もう少し冷静に物事を判断できる人だと思っていたけど過大評価だったのかな。

 それにしてもこの2人、それはゴンの3時間の努力を無にしてしまうってことをさっき言われたのにまさかやる気なのかな。

 だとすると逆にゴンが可哀想だ。もしそれをしてしまったら、腕まで折られたのに自分の意志とは関係の無い事で敗北してしまうのだから。

 まぁ、やるならやるで別に止めないけど。

 

「痛みでそれどころじゃないだろうが聞きな。オレは”忍”と呼ばれる隠密集団の末裔だ」

 

 自分の出自、経歴を明かし、こと格闘に関してはゴンに勝ち目がないことを懇々と、なぜか指一本で逆立ちするパフォーマンスを混じえて語るハンゾー。戦闘中に長話をするのはどうかと思います。それとあなた今もの凄い隙だらけです。何故目まで閉じたのですか。

 ハンゾーの言葉を聞いて、それを聞いて鼻で笑うキルア。この子さっきからずっと不機嫌である。

 この辺りの話は昨日本人から仔細に渡って聞かされた。忍者の話なんてなかなか聞けるもんじゃないから面白かった、けど。

 なんでも特殊な戦闘技法や移動術、当遁術などはあるけど分身の術とか火遁の術とか、そういうものは存在しないらしく少しガッカリしてしまった。

 昨日はついに名刺だけでなくメールアドレスまで交換した。それはいいんだけど、矢文とかもやはり今の時代はないのだろうか。

 現代の忍者は、メールが届いたので携帯を開いてチェックすると、それのタイトルが”果たし状”だったりするんだろうか。

 

 忍者の現状を憂いていると、ハンゾーの長話の間にゴンはある程度ダメージが回復したようで、立ち上がって攻撃の構えを見せている。だけど本人は目まで瞑ってしまっているのでそれに気づけない。

 教えたほうがいいのかな。あ、でもなんか教えたら周りからブーイングされそうな空気だこれ。

 保身のためにもハンゾーに告げるのは諦めよう。ごめんよハンゾー。

 私は空気の読める女。だからきっとこれは私が悪いんじゃなく、この空気を醸し出す他の皆が悪いんだ、きっとそうだ。

 

「悪いことは言わねぇ、素直に負けを認めな」

 

 ここまで言って漸く目を開いてゴンを睨むハンゾー。が、遅い。

 彼が目を開けた瞬間には既にゴンが距離を詰めて、痛みに耐えつつも蹴りを放った後だった。無駄にカッコつけて、キメ顔のオプションまで追加するからそんな目に会うのだ。

 結果、ゴンの蹴りはハンゾーの顔面にクリーンヒットした。あの位置にあった頭はさぞ蹴り易かっただろうね、毛髪の無さも手伝って本当にボールのようだったし。

 吹っ飛ぶハンゾーと、痛みにバランスを崩すゴン。皆もここまで綺麗に入るとは思わず、唖然としている。

 

「よっしゃあァアアゴン!! 行け!! 蹴りまくれ!! 殺せ!! 殺すのだ!!」

 

 僅かな硬直の後に叫ぶ出すレオリオ。もうこの人ルールとか忘れるぐらいに熱くなってしまっている。殺しはアウトだ。

 ゴンは諦めていないことを告げるがしかし、この空気はなんだか納得がいかない。

 私は四次試験からの3日でハンゾーとたくさん会話し、今ではゴンよりも仲がいいからゴン寄りの感情はない。

 だからこそ、ゴンが馬鹿なだけでハンゾーは普通のことをしているのに、まるでこれでは彼が悪者だと少し同情する。

 拷問だって腕だって、ゴンが降参を拒んだからこその結果。自分で自分の首を締めているだけじゃないか。

 ただハンゾーのほうが強かった、それだけのことなのに。これ逆だったらどうなってたんだろうね、ありえないけど。

 

「わざと蹴られてやったわけだが……」

 

 アレがわざとではないのは明白であるが、そう強がりを言ってレオリオに突っ込まれるハンゾー。鼻血出して涙まで流しているもんだから締まらない。

 ハンゾーはそれらを拭って仕切りなおし、忠告ではなく命令であると告げる。

 

「足を切り落とす。2度とつかないように。取り返しのつかない傷口を見ればお前も分かるだろう。だがその前に最後の頼みだ、”まいった”と言ってくれ」

 

 腕から仕込みの刀を出し、最終通告を下す。

 ここで引かねばこの試験だけじゃなく、今後の人生にまで影響のある大怪我だ。だというのにゴンの返答は。

 

「それは困る!!」

 

 空気が固まった。皆の表情筋も、似たような状態で固まった。

 皆が考えていることもきっと一緒だ。え、今なんて? である。

 

「足を切られちゃうのは嫌だ! でも降参するのも嫌だ!! だからもっと別のやり方で戦おう!」

 

 続けてそう叫ぶ。いやいや何言ってんのあの子。どういう思考回路をしているのか理解できない。

 それはハンゾーも同じだったようで、立場をわかっているのかと激怒する。

 だけど、会場のそこかしこから漏れる笑い声。今ので空気が弛緩してしまった。かく言う私も呆気にとられている。

 

 再度脅されようとも引かないゴン。それどころか足を切って出血多量で自分が死んだらお前の負けだ、などとまで言った。

 ゴンがペースを掴んだ。私もこの返しはまったく予想していなかった。だってそういう問題ではないのだ。

 ハンゾーはその常軌を逸した言動に押されていたけれど、すぐに切り替えてゴンの額に仕込み刀を突きつけ、宣告した。

 

「やっぱりお前はなんにもわかっちゃいねぇ。死んだら次もクソもねーんだぜ。かたやオレはここでお前を死なしちまっても来年またチャレンジすればいいだけの話だ!! オレとお前は対等じゃねーんだ!!」

 

 そう、ゴンとハンゾーは決して対等なんかじゃない。ここでハンゾーを怒らせるのは得策ではない。

 ハンゾーは血が無くならないように足を切ってそのまま降参して、ライセンスは手に入ったが一生ものの怪我を負う可能性もあるのに。

 それどころか、ハンゾーの気持ち1つでは四肢を切られ達磨にされるかもしれないのに。血が出ないように傷口を処理する方法なんて、焼くなどいくらでもある。

 死なない程度に再起不能にする方法などいくらでもあり、それをハンゾーが実行することが問題なのだ。

 それにハンゾーは足を切らずとも、腱をズタズタにしてしまえばいいだけなのだ。それは失血死のリスクがなく、また足を失うのと同義だ。

 なのにゴンは引かない。ハンゾーの目をそらすこと無く見つめている。

 私には、何が彼をそうまでさせているのか理解できない。

 

「何故だ、たった一言だぞ……? それでまた来年挑戦すればいいじゃねーか」

 

 私も、そしておそらくこの会場にいる誰もがゴンがなぜこうまで頑ななのか理解できない。

 何が彼をここまで駆り立てるのか。何を考えているのか。

 

「命よりも意地が大切だってのか!! そんなことでくたばって本当に満足か!?」

 

 声を荒げるハンゾーに、ゴンが答えを返す。

 父親に会いに行くのだ、と。

 

「親父はハンターをしてる。今はすごく遠いところにいるけど、いつかは会えると信じてる」

 

 シンと静まり返った会場に彼の言葉だけが静かに響く。

 

「もしここでオレが諦めたら、一生会えない気がする。だから引かない」

 

 そう、自身の決意を語った。

 父親に会えなくなる気がするから、ここは引けないと、つまりはそういうことか。

 命を擲ってでも自分の信念を貫いた。感情論で、合理性の欠片もないけれど、一心に。

 それを語る彼の言葉はまっすぐで、その目も、決意もまっすぐで、本当に、本当に。

 

 

 

 くだらない。

 

 

 

 

 

 結局試合はハンゾーが折れてゴンが勝ち、合格者第一号となった。

 しかし折れたハンゾーに対し、納得の行かないゴンが、自分が勝てるような条件でもう一度勝負しようといった旨の提案をしてぶっ飛ばされるという一幕があった。

 なかなかとんでもない要求をするね。面白い人間だとは思うけど。

 

 いつか、彼はそのまっすぐすぎる心が仇となって取り返しのつかないことになるんじゃないだろうか、と思う。

 ハンターなんて、場合によってはとんでもない苦難に立ち向かわなくてはならない時だってある。

 そのとき、彼がさっきのような我儘を通そうとしたら、まず間違いなく死ぬか、或いはそれに近い損害を、自分か他人、もしかしたらそのどちらもが負うことになるだろうね。

 彼が強いのならば、問題ないけれど。でも今の彼は弱すぎる。きっと、我を通せるほど強くなるより先に壁にぶち当たり、自らの選択で命を落とす。

 矜持と命を天秤にかけるなんて、くだらない、愚かな行為だと思う。

 死んだらなんにもならないというのに。もう何を思うことも、何を為すこともできないのに。

 

 結局ゴンはハンゾーのその一撃で気絶。合格はしたが、なんだか締まらない。

 ゴンが気絶するように殴ることで、彼が合格を辞退するのを防ぐという思惑がハンゾーにあったのかは定かではないけれど、多分あったのだろうとおもう。綺麗に顎に入った、いいアッパーだったから。まぁ気絶は結果論であってただの素晴らしいツッコミなのかもしれないけど。

 ハンゾーがその懸念を会長に伝えるが、合格者の合格取り消しはありえないとの回答だった。

 その言葉になるほどと頷いて私達の方へ戻ってきた彼に対し、ねぎらいの言葉をかける。

 

「おつかれ、大変だったね」

「ん、おう。次はお前だろ、油断すんなよ」

 

 ハンゾーはあまり負けを気にすることなく返してきた。彼にとっては、この敗北は納得の結果なのだろう。

 ゴンの心を、決意を挫く事ができなかったから、自分の負けであると。彼が敗北を宣言した理由は、それだけではないのかもしれないけど。

 しかしこの試合結果が腑に落ちないキルアが、ハンゾーに疑問を投げかけた。

 

「なんでわざと負けたの?」

 

 殺さない程度にもっとひどい拷問をして、”まいった”くらい引き出せただろう、とキルアは言った。

 キルアの言う通り、拷問の心得があるのならそのくらいのことは簡単だ。

 試合中に私も思ったが、それがあるものからしたら本当にぬるいのだ。だからこそ、キルアはその疑問を口にした。

 

「オレは、誰かを拷問するときは一生恨まれることを覚悟してやる。その方が確実だし気も楽だ」

 

 キルアの問に、ハンゾーはそう返した。拷問をした自分を見る目に負の光がなく、その彼を気に入ったのだと。

 ハンゾーは裏の人間ではあるけれど、敵にもかける情けを持ち得ているようだ。根っからの悪人ではなく、彼にとって裏の事は仕事だからなのかな。

 私とは大違いだ。敵ならば情け容赦なくぶっ潰す。そうしないと生きてこれなかった私は、これからもそうやって生きていく。

 それでいいと思う。今更変えようだなんて思わないし。

 私達にとってはそれが普通で、けれどもそれは普通じゃない。

 

 ハンゾーの答えを受けて、キルアの表情に影が差す。理解できない、測ることのできないゴンに恐怖しているようにも、困惑しているようにも見える。

 今まで会うことのなかった、未知の存在。彼の生きる闇とは対極にある存在。

 キルアの頬を伝わる冷や汗には気づいたけれど、私が何か言うことでもないので、それを無視して部屋の中央へと歩む。

 次は、私。さっきの試合みたいにめんどくさいことにならなければいいけどなぁ、と思いながら対戦相手である壮年の男性と対峙する。

 

「第2試合、メリッサ対ボドロ!!」

 

 戦闘開始。

 さて、どう戦おうかな。


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