大泥棒の卵   作:あずきなこ

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14 ハート泥棒

 私は今部屋の隅で膝を抱えて座っている。別にさみしい女ってわけじゃなく、別の理由で”絶”をしながらそうしている。

 この部屋に入ってくる人は上から降ってくるのだからそれに潰されないためだ。野郎共の下敷きになるだなんて冗談じゃない。

 それと、ヒソカが来たら壁をぶち壊してでも逃げるためだ。むしろこちらがメインだ。隅っこにいれば奴に視認される前に先手を打って逃げられるかもしれない。

 他に3人いるとはいえヒソカとこういった閉鎖された空間で一緒にいるなんてとんでもない拷問だ。フェイの拷問とどっちがマシかちょっと悩むくらいには。それに下手したら奴がこの部屋に私の次にやってきて、さらに他の3人が降ってくるまで間が開いてしばらく二人きりという悪夢のような状況もなきにしもあらずだ。

 もうヒソカが他のルートへと降りているのかどうかは、感覚を研ぎ澄ますと奴に悟られるから気配を探れないし、”円”なんて使ったら確実に私の居場所がバレるからわからないけれど、気配は絶っておくべきだ。

 

 カツカツコツコツと、先程から屋上を歩き回っているのであろう足音は聞こえてくるものの、誰かが降りてくる気配はない。いい加減暇になってきた。

 隅っこでボーッとしてるのもなかなかに暇なので、つい眠くなってしまってあくびをしていると、足音が一つ近づいてきて、次いで天井がカコカコと音を立てた。誰かが仕掛けに気づいて上から押しているようだ。

 ここから侵入できると確信したようで、その足音が一旦離れ、その後この部屋の上を目的地として複数の足跡が真っ直ぐに近づいてきて、止まった。3、いや4人分か。仲間を呼びに行ったのか。

 そのまま何やら聞き覚えのある話し声が聞こえてくる。なるほど、さっきのかなりわかりにくい足音はキルアのものか。つまりこの上にいるのは人数的にもゴン君一行に間違い無いだろう。

 しかし何かジャンケンしてるみたいだけど、何やってんのあの人達。多分何処から落ちても変わんないから、そんなことしてないで早く降りてきなさい。

 

 無駄に接戦を繰り広げたジャンケンも数度のあいこの末決着が付いたようで、掛け声とともにこの部屋への扉が一斉に開く。

 降りてきたのはやはりゴン、キルア、クラピカ、レオリオの4名。レオリオ意外はきっちり着地したが、レオリオは背中から落ちてなんとも間抜けな格好となっている。着地ぐらいしっかりしろ。

 なにはともあれ、これで5人。互いに全員顔も名前も知っているし、会話もしたことがあるメンバーだったのは僥倖だ。

 

 降りてきた彼ら互いに顔を見合わせてから、何だ結局一緒のルートかと安堵の息を吐き、部屋を見渡して説明書きに目を通して自分たちの置かれた状況を把握した。

 しかしお前ら、部屋見渡したのに私を無視するとはどういう了見だコラ。私の方にも目線向けてただろうに……って、あぁ、”絶”か。

 確かに部屋の隅っこで膝を抱えて小さくなっている私がさらに”絶”なんかしたら気付けないのはしょうがないな、と内心で彼らに理不尽な怒りをぶつけかけたことをほんの少し、小指の爪の先っちょほど反省した。

 存在をスルーされた原因がわかったとはいえ、出るタイミング逃しちゃったからもう少しこのままでいよう。今はまだ早い。私は空気の読める女。

 

 このルートの説明を読んで大まかな流れを理解したあと、彼らが全員タイマーをはめた時点でスピーカーから声が響き、私にした説明と同じようなことをもう一度した。

 そして壁の一部が動いてそこから扉が現れた。なるほど、5人がタイマーをはめると扉が現れる仕組みだったのか。

 しかし彼らからしたら、5人必要なはずなのに4人しかいない時点で扉が開かれたことになる。更にタイマーもあとひとつあるはずなのにそれがない。

 

「妙だな……5人で通る道だと言っていたのに私たちの分しかタイマーがないぞ」

「おいおい、1個足んねーじゃねーかよ、試験官がミスったのかぁ? いや、でもドア開いちまってんだよなぁ」

 

 クラピカが疑問を口にし、それにレオリオが追随する。残りの一個は私の腕に装着されてるからこそ扉が開いたのだし、だからそこにないのは当然なのだけれど。

 彼らが残り一個のはどうしたのかと悩んでいる今が、私の存在を気づかせるには絶好のチャンスだ。

 そう判断して”絶”を解いた直後、キルアが私のいる方とは反対方向に瞬時に飛び、何事かと視線を向ける他の人達の視線を無視して私に鋭い目を向け、私を視認すると驚愕したように目を見開いて声を上げた。

 

「な、メリッサ!? 居たのかよお前!?」

 

 キルアの声に3人も一斉にこちらを向き、これまた驚いた表情をしている。

 彼らからしてみれば、私は彼らの後からいつの間にか来たようにも思えるだろうね。だってさっき部屋を軽く見回した時に気づかなかったから。実際には私が先に居たわけだけど。

 私は元からいた事をアピールするために、立ち上がってタイマーのついた方の手を挙げて声を掛けた。

 

「おっすー。キミらずっとシカトするもんだから切なくなっちゃったよ」

 

 まぁ私が”絶”してんのが悪いんですけどね。しかも場所と体制のせいで余計に目立たない。

 彼らが気づかないのも無理はないとは思うが、ここは彼らが気づかないのが悪いのだということにしておく。

 

「うわぁ、オレ全然気づかなかったよ!」

「オレもだ、つーかなんでそんなとこに座り込んでたんだよ」

「いや、だって降ってくる人の下敷きになりたくないじゃん」

 

 ゴンとレオリオが言う。この声にはあまり懐疑の色は含まれていない。それでいいのかキミ達。

 確かに隅っこである必要はなかったけど、なんかああいうところが落ち着くときもあるからしょうがないよね。

 

「すまない、無視していたわけではなく、何と言うかその、存在が希薄だったと言うか」

 

 クラピカが生真面目なコメントをする。存在が希薄って”絶”を表現するにはぴったり合っているから、そう直感的に感じた彼はきっと念の才能もあるのかもしれない。

 でも言葉だけ取るとフォローしてんのか貶してんのかちょっと微妙なところだよね。お前影薄いんだよと言ってるようなもんだ。

 

「まぁ別にいいや、よろしくね。顔見知りでよかったよ」

 

 良い反応をもらえたて満足したので、そう言って話題を打ち切り手元の◯ボタンを押す。扉には設問があり、開けるならば◯と書いてある。

 彼らも私の言葉に同調して軽く言葉をかわし、ボタンを押す。

 その中でキルアだけが私に得体のしれないものを見るような目を向けている。

 同じ部屋に居たのに、気づけなかった。彼からしてみれば許されない致命的なミスだ。

 探るような気配はするが無視、もちろん聞かれたとしても私は答えない。そんなコトしたら実家が怖い。

 

 扉が開くと、◯の横に5、×の横に0の数字が追加された。

 この試験、どうやら誰が何を押したかはわからないが、どちらを何人が押したのかはわかるようだ。

 少数派に回ると当然不満等の負の感情が生まれる。しかし少数派の者が何人か分かる場合、それを繰り返すうちに多数派にも僅かに負の感情が生まれてしまうので少し厄介かな。足並み乱しやがってコノ野郎とかそんな感じで。

 まぁ、個人が断定されないだけでも仲違いの確率は下がるので良心的な方だろうね。もちろんこれでも出題者は十分性格悪いと思うけど。

 

 多数決で開けた扉を出た先は突き当りになっていて左右に道があり、そこでまた設問があった。今度の出題は右に進むか、あるいは左か。

 多数決をとった結果、左が2、右が3となり、これにレオリオが異を唱えた。

 

「なんでだよ、フツーこういう時は左だろ? つーかオレはこんな場合左じゃねーとなんか落ち着かねーんだよ」

 

 もっともな意見だけど、それに対しクラピカが行動学の見地から則ってこの場合左を選ぶ人が多いと説明し、キルアと私がそれに頷く。

 どうやらレオリオとゴンが左を選んだらしいが、それなら右を選んだ方が多いのはおかしいとレオリオが言った。

 

「この法則から言うと選びやすい道のほうが難易度高いかもしれないから右に行くんだよ」

 

 それに対して私が右を選んだことの理由を告げる。

 そうしたらレオリオが拗ねてしまった。早速多数決の弊害が出てしまった。始まったばかりでこれはマズイと思うので、フォローしといたほうがよさそうだ

 

「まぁ、これは私たちがそのことを知ってたからそう答えたってだけだし、どっちが正解かはわかんないよ。それにもし今後レオリオの持ってる知識が有効な多数決があったら判断仰ぐことになると思うよ」

「オレの場合は、医療系か?」

「じゃあその時はよろしくね。設問にクイズみたいに明確な正解不正解があって、不正解の道がゲームオーバーだったら笑えないし。今回のなんてどうせちょっとルートが変わる程度だよ」

 

 そう私が言うと、レオリオは任せとけ! と言って胸を叩いた。テキトウに言った感も否めないけれど、彼の持つ医療の専門知識は万人が持つものではないだろうからその時は頼れるのも事実。

 まぁ何はともあれ機嫌が治ったようでよかったよかった。単純でありがとうレオリオ。

 

 右に曲がってしばらく道なりに進んでいくと、ポッカリと空いた空間の中央に長方形のリングがある部屋に着いた。

 そこ以外に足場のようなものはなく、底は暗くてどのくらいの深さがあるのかさえわからない。

 

 そして反対側の通路に、フードをかぶって手枷をはめた5人が居た。

 その内の一人は”纏”をしている。念能力者だ。

 

 リングがあるということから戦闘になるだろうし、その場合私があれをどうにかしろということか。

 念を覚えてない人間に念能力者を宛てがうとは思えない。だってそんな事したら絶対に通過できないから。

 おそらく私がこのルートを選んだ時点でアイツがここに配属されたんだろうね、念能力者を測るには念能力者である必要もあるし。

 ということは、ヒソカとイルミさんのところにも同様に。あの二人のもとに行かされた人はドンマイである。

 

 どこかに向かって何やら話していた先頭の人物の手枷が外れてフードも取ると頭部に傷のある男の姿が現れ、私たちに対しこの場で行うことの説明を開始した。

 

「我々は審査委員会に雇われた試練官である!! ここでお前達は我々5人と戦わなければならない」

 

 その男が言うには一人一回だけタイマンして3勝できればクリア、戦い方は自由で引き分けは存在しない。

 勝負を受けるのならば◯を押せといってきた。拒否する理由もなく、当然全員が◯を選ぶ。

 それを見て傷の男は満足気に頷き、再び口を開いた。

 

「よし、それではこちらの1番手はオレ……、ん?」

 

 自分が一番手だ、と宣言しようとした傷の男の肩を、後ろのフード人物が掴んで静止する。

 そして何やらもめている。距離があるのであまり聞き取れないが、オレが行く、事前に決めてたはず、我慢出来ない掴みたい、いやしかし、お前を掴むぞなどというやり取りの後に結局傷の男が折れた。

 なんだなんだ、何で向こうで揉めてるんだ。っていうか掴みたいって何さ。

 前に歩み出てきた掴みたい男の手枷とフードが外れて、筋肉質な肉体と顔が顕になった瞬間、レオリオとクラピカが息を呑んだ。どうしたと言うんだ。 

 

「ねぇ、最初はオレが行ってもいい? 身体動かしたくてしょうがないんだ」

 

 彼らの変化に気づいているのかいないのか、まぁほぼ気づいているであろうキルアが先鋒を買って出た。よっぽど退屈していたんだろうね。

 それを聞いてゴンは素直に応援しているけど、クラピカとレオリオが苦い顔をしている。 

 どうしたんだろう、と首を傾げているとレオリオが冷や汗を浮かべながら深刻そうな面持ちで口を開いた。

 

「ああ、先鋒はお前でいい。そんで始まったらすぐにギブアップしてこい、アイツとは戦うな」

「はぁ? なにそれわけわかんねー」

 

 それに対しキルアがそう言うけど、私も同じ気持ち。ゴンも不思議そうだし、あの男が一体どうしたんだろう。

 私たちが分かっていないのを見かねてレオリオが理由を説明する。

 曰く、相手は解体屋(バラシや)ジョネス、ザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯であり素手で人を解体してのけるのだと。

 犠牲者はおよそ150人。そしてその被害者のすべてが体を50以上のパーツにバラされたという、異常殺人鬼であると。

 一応なんか凄そうな肩書きだけど、その程度ならぶっちゃけキルアのほうが圧倒的に凄いよね。

 

「あんな異常殺人鬼の相手をすることはねぇ、1敗は後で取り戻せばいい」

 

 レオリオがそう締めくくったけどキルアは興味なさげに聞いていただけで、ほんとうになんとも思ってないみたいで。

 まぁそんなアホなら殺し合いとかを勝負の方法に指定するだろうし、戦力差からして警戒する必要もない。キルアの敵たりうるには実力が足りなさすぎる。

 足元から伸びてきた足場を渡りリングに向かうキルア。あんな小物に負けるわけも無し、これでまず私たちの1勝は確定かな。

 そうキルアの勝利を確信している私とは違い、レオリオとクラピカのキルアを見つめる瞳は不安げに揺れている。

 

「勝負の方法は?」

 

 リングにてジョネスと相対したキルアがそう問いかける。

 

「勝負の方法? 勘違いするな、これから行われるのは一方的な惨殺さ」

 

 それに対しジョネスが自信満々に返答する。うん、まぁ確かに一方的だよね、キルア寄りだけど。

 その後もペラペラと話すジョネスと、表情を変えずにそれを聞くキルア。

 既に結果がわかりきってしまっている私からするとちょっとシュールな光景だ。

 話が一区切り着いたタイミングでいい加減痺れを切らしたキルアが言う。

 

「じゃあ死んだほうが負けでいいね」

 

 それは、まるで死刑宣告だった。だがジョネスは己が狩られるのだと気づかずにそれに同意した。

 

「バッカ野郎、そのルールじゃギブアップが無ぇだろうが! 何考えてんだキルア!!」

 

 それを聞いて怒鳴るレオリオ。事情を知らないならまぁ当然の反応かもとは思うけれども、ちょっと耳元で叫ぶのはやめてくれませんか。

 クラピカもキルアを制止しようと声を上げる。やはりこの二人は根っこの部分が優しいようだ。

 その中でゴンだけはキルアを心配している様子がないのはきっと信頼の証だろうね。きっとゴンはキルアがどんな人物なのか知っているのだろう。

 レオリオの叫びに対するキルアの返答は、こちらを振り向いて薄く笑うだけで、それをみたレオリオが、既に足場がなく何もしてやることができない悔しさからか固く歯を食いしばった。

 

 

 が。

 目にも留まらぬ速さで動いたキルアが。

 すれ違いざまにジョネスの心臓を抜き取り。

 酷薄な笑みを浮かべてそれを握りつぶすと、その顎の力も抜け、口をあんぐりを開けた間抜け面を晒した。

 

 殺し方グロいよ馬鹿キルア!


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