大泥棒の卵   作:あずきなこ

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02 裏の世界と私

 途中でよったスーパーでの買い物を終えて帰宅する。買った食材はこの後使うものを除き、冷蔵庫に入れて保管。

 ココは私の自宅マンション。3LDK、風呂トイレ付き。1年しか使わないけど結構いい部屋を選んだと思う。

 クロロはまだみたいだし、来るまでに少し念の修業をしておこうと、部屋を移動する。

 

 我が家には寝室と、ゲームや本など趣味の物が置かれている部屋、それと修行用の部屋がある。

 この部屋で行うのは、筋力や体術の強化、そして自身の念能力の強化である。

 

 念とは、体内にあるオーラと呼ばれる生命エネルギーを自在に操る能力。念には様々な流派があるが、その中での他に圧倒的な差をつけて主流となっている心源流では念をそう捉えている。

 心源流は明確且つ簡潔に技術や系統について区分されており、私含めてほぼ全ての念能力者はこの流派の考えに沿って技を磨く。

 

 オーラは肉体の攻撃力や防御力を高めたり、その他様々な形で特殊な効果をもたらす。オーラを纏い強化された肉体で攻撃を行えば、オーラの量によっては一般人程度の筋力でもデコピン一発で人を殺すことも可能となる。

 念には普段は垂れ流されるだけのオーラを自身の周りに留める”纏”、纏うオーラを普段以上のものに高める”練”、オーラ体内に留めて気配を消し、回復力も高める”絶”、オーラを様々な形で放つ”発”の4つ、四大行と呼ばれる基礎がある。

 そこから物体にもオーラを纏わせ強化する”周”、練ったオーラを纏い密度と強度を増す”堅”、纏うオーラを移動させ、部分的に大きく強化する”凝”とその高速移動術”流”、オーラを1点に集める”硬”、練ったオーラを薄く広げ、範囲内の物を知覚することが出来る”円”、オーラの気配のみを絶って隠す”隠”といった、基礎の四大行を用いた応用技もある。

 肉体の強さもだが、裏の世界で自身の武力で以って生き残りたければ、こちらも鍛える必要がある。攻撃力も魅力だが、拳銃等の火力の低い兵器であればものともしない防御力は単純な筋力の強化では手に入らないが、念を纏えばそれが実現する。

 

 流星街での長いゴミ生活の中、ある偶然から私も念を修めている。念は四大行や応用技といった決まった形式があるけれど、その中で”発”のみ異色で、これは個人の資質によって様々な形と効果を示す。”発”の能力は千差万別だ。

 概念上は能力の習得数の上限はないけれど、際限なく治めれば強いわけでもない。ある程度の効果と数であれば影響はないが、それらが大きくなれば能力の行使に悪影響が出る。

 私の考えでは、能力者はその才能に応じて能力を行使するための仮想空間の個室が与えられ、能力は部屋の備品。能力は効果の大きさによってその体積を増していく。能力を行使するには、その部屋の中で該当する能力を振り回し、それによって実際の効果が出るのだ。

 そんな中で、能力が大きすぎたり、また数が多すぎたりして部屋の空きスペースが小さくなると、満足に振るうことができなくなる。それはつまり、現実に及ぼす効果が減少することを意味する。

 ソレは発動の遅延や威力の減少といったマイナスの形で現れる。故に何でもかんでも習得したりは逆効果なので、するものは居ない。

 ただ”制約と誓約”と呼ばれる、能力に条件を課す事でソレを緩和することは可能である。これは能力に何らかのルールを自信で定め、それを遵守すると誓うことで能力を強化する。

 ソレにも何通りかの形がある。発動までに何らかの手順を踏む、或いは特定の条件下でのみ可能や、自信が何らかのリスクを負う等。これにより、仮想空間上で能力の体積が減少し、何らかの条件が付き纏う代わりに威力を底上げしたり、強大な能力を扱うことも可能となる。

 

 念能力者ということで、当然私も”発”で固有の技を修めている。その数は3つ。

 1つが盗みの素養(スティールオーラ)。これは相手のオーラを盗み、それを自身の糧にする能力。盗むには相手のオーラと自分のオーラが触れている必要がある。また条件の難易度が高いほど盗める量は増加傾向にある。円で触れているくらいでは極少量だけど、直接触れればかなりの量だ、とか。

 盗んだオーラは大まかに3つの利用方法がある。量に応じて自身纏えるオーラを2倍にまで増やせる強化と、オーラの回復、それと盗んだオーラをそのまま攻防に利用する転用。制約と誓約が付き纏うけれど、私が気をつけていれば気にならない程度だ。

 

 もう1つが 卵を見て念を求む(ワンダーエッグ)。念で具現化した卵を飛ばして攻撃する。そのサイズは鶉の卵から自身の体積まで任意で決定できるけど、形は一般的な卵の形状のみ。星型等の奇抜なデザインのものは不可能だ。非常に残念ではあるけれど。当然、大きいほうが込められるオーラも多くなるので強くなる。

 盗みの素養(スティールオーラ)で強化した分、同サイズでも込められるオーラの量が増えて、弾速や威力などが上昇して強くなる。まぁ実際、あまり強い相手と戦おうとしないから最大強化時には使ったこと無いけど。逃げるときなんかは重宝する能力だ。

 接触か任意のタイミングで割って、オーラの衝撃と卵の殻を当たりに撒き散らす。一撃の威力は低いけれど、避けにくいので牽制用などにも結構使う。格下相手にはこれをぶつけ続けて虐めたりもするけど、メインの攻撃ではない。ぶっちゃけ武器持って攻撃したほうが強いし。

 

 最後の1つが卵の中にも怨念あり(リバースエッグ)。コレはかけられた念を外すことが出来る、除念と呼ばれる能力だ。

 対象に触れて、その対象が持つオーラの2倍の量のオーラで包めば念が発動して、対象を卵の殻が覆う。そこから私のオーラを更に消費して、除念が開始される。

 この間私のオーラは卵に触れていなければならないので”絶”が使えない。オーラを引っ込めて気配が発つことが出来ないとはつまり、私は除念中に身を隠せないのだ。まぁ、そもそも危険な場所でやるつもりもないんだけど。

 オーラが触れてさえいればいいので、最悪薄くオーラを広げる”円”でもいいわけだ。逆にオーラが1瞬でも離れれば除念は失敗し、対象にかかっていた念は私に振りかかる。

 これも制約と誓約によってやはり制限がある。破れば最悪の場合死に至るようなものなので、こちらは警戒せねばならない。

 

 修行用の部屋には私が丹精込めて神字を書いた大きな紙があり、その上にカーペットを置いて紙が汚れたり破れたりしないようにしている。

 神字とは、念を込めた上で特殊な文字列や記号、図形を書き込むことで、神字の書かれたものに何らかの効果を付加するものだ。これを覚えるのには苦労したなぁ。

 一文字一文字丁寧に時間をかけ、書くのに3日も費やしたのだから駄目にする訳にはいかない。そのためのカーペット上乗せ処置。

 この神字の上にいる間、私の肉体に掛かる負荷がおよそ10倍ほどになる。それは念にも言えることで、念の場合は常時よりさらに精度も落ちるので、修行にはもってこいだ。

 

 さて、今日はどうしようかな……今から汗を書くのは駄目だから筋トレは無し。時間もないし、”練”オーラを限界まで出しきって総量を上げるのも無理。なら円の練習でもしようかな。

 円はいい。周囲の状況を手に取るように把握できるこの技術が私は大好きだ。それに私の能力に関わる部分でもあるので伸ばせるだけ伸ばしたい。

 今は平均で半径180mくらいだろうか。”円”の範囲は達人でも40~50mと言われているが、コレは私が物凄い達人ってわけではなく、単純に得手不得手の問題だ。40~50の人は念の達人ではあっても、”円”の適性が私より低いだけ。まぁそれでも平均的な適性の人が達人級の念能力者だったらその範囲、という話なのでむしろ私が高いのだ。

 私よりも潜在オーラも顕在オーラも多いひとは結構いると思うが、それでも私はその大多数に得意の円の範囲で負けるつもりはない。

 ちなみにとある暗殺一家の知り合い、ゼノさんというおじいさんは別格である。あれは、ずるい。

 

 この部屋では基礎体力から念まで全てのトレーニングが出来る。系統別修行も一部我流だが負荷が大きいため結構成果はあるはずだ。

 系統とは念の利用方法の区分で、誰もが6つの系統の中のどれか一つに所属する。

 オーラで強化する強化系、形を変える変化形、物質化する具現化系、他の系統の概念に当てはまらない特殊な性質を持つ特質系、自在に操る操作系、体外に放つ放出系。

 これらが6性図と呼ばれる六角形状に有り、強化系から順に時計回りで配置される。自信の系統は100%、自身の属する系統と隣り合う配置の系統は80%、そのさらに隣は60%、自信と反対側の系統は40%、と習得できる強度の割合も変わってくる。

 私は特質系に属する能力者であり、私の場合は特質系を100、操作系と具現化系が80、放出系と変化系が60、強化系が40の割合で習得できる。

 これは習得の上限であり、鍛えなければ系統別の能力は0のままだ。故に特質系であっても、満遍なく鍛える必要がある。

 

 自信の系統の判別には水見式というものを用いる。透明なグラスに限界まで水を注ぎ、その上に葉を載せる。ソレに対して”発”を行い、起こった変化で系統がわかるというものだ。

 強化系であれば水が増え、変化形は水の味や香りが変わり、具現化系は水に何らかの物体が出現し、操作系は葉が動き、放出系は水の色が変わる。特質系はソレ以外の何らかの変化、ということになる。

 私の場合は水が減少したので、特質系ということだ。系統が分かれば、念の持久性を上げてから自信の系統を中心に書く系統を鍛える。持久性をまず上げるのは、すぐバテるようでは効率が悪いため。

 

 強化系の修行はトッポを使う。最後までチョコたっぷりなアレである。トッポ強化して金属の角にぶつける。この際に全力でトッポを強化して折れるギリギリの力でぶつけ続けるのだ。

 いつかこの負荷がかかった状態でトッポが金属を凹ませる事ができるようになるのが目標だ。あ、割れたトッポはちゃんと食べます。

 

 放出系の修行は床に手をついて手から放出したオーラで身体を浮かせるポピュラーな訓練と、身体から離れたオーラを保つ訓練だ。一度に放出する量と、離れたオーラを維持する能力を鍛える。身体を浮かせる方はたまに足でもやってみる。意味があるのかは知らないが。

 

 変化形は音楽を聞きながらその歌詞を念で文字化したり、なんだかよくわからないアートのようなものを描く。形を変えるのが主な訓練となるので、遊び心が入りまくる。今度は浮世絵にでも挑戦しよう。

 

 操作系はイライラ棒のコード部分を持って念で棒を操る。このためだけに大きめのイライラ棒を買ったのだ。ミスするとめちゃくちゃうるさいのでかなり気合が入る。

 

 具現化系は手にオーラを集めてオーラが実体を持つようにイメージし、その上におもりを載せる。つまりオーラの上に重いものを載せているのだ。慣れたら重さを増やしていく。

 はじめはうまくいかなかったが、おもりをトゲトゲのものにしたらできるようになった。危機感って凄い。

 

 特質系は、正直よくわからない。なので水見式同様水に発を行い減少させるか、私の能力を知っている人に対して能力を使わせてもらうということしかできない。

 効果はあるけれど、これで合っているのかは分からない。他にどうしろっていうんだ。おかげで毎月の水道代は結構な額だ。

 私が減らしたせいで水がどっか行ってしまっているけれど、強化系の人が増やしてくれてるはずだから問題無いだろう。

 

 まぁ今は系統別修行の事はどうでもいい。今からやるのはソレではないのだから。

 ”円”はこの念字の上では全力でも5m程度にしか広がらない。単純に範囲が10分の1にならないのは負荷と共に精度にもマイナス補正があり上手く広げられないからだが、おかげで余計なものを見ることも少ないし、あまり目立たない。

 とりあえずは修行をしよう、と本を開いてオーラを広げた。

 

 

 

 

 

 

 修行を開始してから1時間くらい立った頃。玄関先から気配を感じること無くチャイムが鳴った。どうやら来たみたいだ。

 途中だった本には栞を挟み、中断して玄関に向かう。開けた先にいたのは予想通りの人物だった。

 

「クロロ、いらっしゃい」

「ああ、邪魔するぞ」

 

 クロロを家に招き入れる。そういえばこうやって顔を合わせるのは久しぶりな気がする。

 基本的に彼らの盗みに私が加担するときか、彼が自主的に私を訪れる以外では会うことがない。私が学校に通ったので彼からの誘いは減ったから、普段より期間が空いたのか。

 

「珍しいね、何日か滞在するんでしょ?」

 

 リビングまで招き、テーブルを挟んでコの字型に配置してあるソファにクロロが座ると、私はその反対に腰掛けつつ尋ねる。

 事前に聞いてはいたけれど、クロロは今日から何泊か我が家に泊まる、らしいのだ。ホテルでも取れよと思わなくもないけど、彼も私と同じく読書好きだし本の趣味が合うし変に繕う必要もないので気は楽ではあるし、何より私にとってもおいしい話がある。

 

「あぁ、ちょうど仕事が終わって骨休めしたいと思っていたんでな」

「仕事って、一昨日のやつ?ニュースで見たよ」

「あそこに欲しい本があってな、ちょうどいいしココで読ませてもらう。それにお前の家の本で俺がまだ読んでないものがあったからそれも読みたい」

 

 本の虫め。いや私も人のこと言えないけどさ。

 一昨日のニュースでは、かなりの犠牲者が出たと言っていた。私のようにコソコソと死者や怪我人を出さない方法と違って、なんともまぁ豪快に大胆に決めたものだ。

 ぶっちゃけジャポンでやられると学校の皆にも不安という2次災害が及ぶから控えろ、と思うし、実際言ったのだが聞く耳は持たなかったようである。クロロてめぇこの野郎。

 まぁ言ったところで聞かないと最初から分かってはいたので、特に何も言わず会話を続ける。

 

「て言うか、棚の横に山積みしてあるやつは持って行っちゃっていいよ。もうデータ化してるし」

「……いいのか?あれ、希少な本だろう?」

 

 そう言って、部屋の隅に積まれた本の山を示すと、彼はその背表紙からそのタイトルと希少性を読み取りそう尋ねた。

 希少だけど、どうせ盗んだものだし。そう言うとクロロは少し笑って、じゃあ1冊100万で引き取ろう、なんて言ってきた。タダでも良かったのに律儀な男である。まぁ貰えるものは貰うけど。

 

「データ化、か。たしかに便利ではあると思うがな」

「本を読んでるって感じがしない、って?」

「ああ。ページを捲ってこそ本だろう?」

 

 彼が呟いた言葉は、以前にも交わしたことがある話題。その時に聞いた彼の持論を口にする。

 返ってきた言葉に共感できないわけではない。むしろ大いに共感する。

 

「クロロの言わんとしてることは分かるよ。私だって何でもかんでもデータ化してるわけじゃないし」

「そうなのか?」

 

 クロロが聞き返すが、私だって全部そうしているわけじゃないのだ。

 私がデータ化しているのは盗んだ本と、外出先で読む用の本が大抵である。

 盗んだ本はさっさとデータ化して売り捌いてしまうのに限る。倫理的にアレな行動ではあるけれど、もとより私は犯罪者。その程度のことは気にしない。

 盗まれたものの調査が本格的に始まる前、早いうちに裏のオークションに流してしまえば足がつく可能性も減るので売るのはかなり速い。

 

 外出先で見るのはポピュラーな、書店で普通にみかけるような小説やライトノベル、それとレシピブックや雑誌類だ。

 これらは暇つぶしとしては重宝する。何より嵩張らないのがイイ、凄くいい。

 少しレアな本や、本格的に楽しみたいものは現物で読む。やっぱり雰囲気って大事だよね。

 私はカバンから手帳サイズの2つ折りにされた機械を出して言った。

 

「コレに入ってるのは盗んだものとか、あとは暇つぶし感覚で読む本だけだよ」

 

 これは某殺し屋一家の次男坊、ミルキ君なる人物に特注で作ってもらったものだ。本を読み取るようのスキャナーと一緒に。

 ちなみに彼はゼノさんの孫。長い時代の中、代々暗殺者を輩出し続ける最強にして最恐の殺し屋一家、ソルディック家の男だ。

 ジャポンはオタク文化の国なので現地でしか買えないようなものを貢ぐと割と仲良く慣れた。それでいいのかゾルディック。

 今では私がグッズを送り、彼がたまに私が頼んだものを作るという持ちつ持たれつな関係だが、私は彼も”友達”だと思っている。

 スキャナーは本を入れれば自動でページを捲り1ページずつ画像としてデータ化する。1冊5分もあれば大抵は終わる。

 あれ中身どう動いてるんだろう。外から見えないし、”円”を使っても内部が見えない。企業秘密ってことなんだろうか。引きこもりな彼ではあるけれど、機械系に関しては流石の一言だね。

 

 手帳サイズのやつはデータ化された画像を表示する用のものだ。ズームもページ割も自由自在、耐水、耐衝撃等かなり頑丈に作られていて画像は超鮮明、バッテリー長持ち、充電端子は様々な規格に対応している優れ物だ。ミルキさん流石っす、でも2つで1千万はちょっと高くないっすか。

 なんか名前が付いてた気もするけど、忘れたので普通に”スキャナー”と”メカ本”と読んでいる。ごめんよミルキ君。

 彼とは交流があるが、ほかのゾルディックの人との関係で友好的なのはゼノさんくらいか。子供とは遠目に見ることはあっても接触しないし、あとは怖すぎるんで無理ですぅ。

 

「保存と、外出時に主に使うわけか」

 

 クロロが我が意を得たりと頷きながら呟く。まぁつまりはそういうこと、利便性を追求した結果だ。

 

「うん。あ、ちょっと早いけどご飯の準備しちゃうね」

「何を作るんだ?」

「メインは肉じゃがです」

「ほう」

 

 今夜のメニューについて尋ねられる。これに答えれば、返ってきた返事がこれ。ほうって。ちょっとクールに返事したけど、口元が笑ってて楽しみにしてるのがバレバレで台無しだ。

 彼もジャポン食が好きなのは知っているし、私の料理の腕もそれなりだと自負しているので、気持ちはわかるけど。わかるけどさ。

 ああもう、こっちにまで移っちゃったじゃないか。

 

 

 

 

「中学校とやらはどうだ?」

 

 夕飯を終え、準備と同時進行で蒸していて食事中に冷やしていたプリンをつつきながらクロロが問う。

 彼は見た目が整ってはいるが、それはゴツい感じではなく爽やかな、年の割に幼い顔立ちなのでまぁプリンも似合わなくもない。

 ちなみに彼は先月、9月の6日を以って26歳となった。もうちょっと歳相応の顔をして欲しい。まるで10台後半だ。

 

「楽しいよ、友達もできたしね。いい経験になったと思うよ」

「……そうか、よかったな」

 

 私の答えにクロロは笑みを見せるが、それにどことなく陰りがあるのは気のせいだろうか。きっと気のせいだろう、そんな反応をする理由もないし。

 些細な疑問をさらりと流し、そうだ、と手をポンと叩く。コレを言っておかなくちゃ。

 

「ねぇ。私さ、今度のハンター試験受けようと思うんだ。て言うかもう申し込んだ」

「ハンター試験をか? 楽に受かるだろうとは思うが、どうしてまた?」

「んー。あると便利だろうし、刺激にもなると思うんだ。まぁこれも経験のためだよ」

 

 本は好きだ。私の知らないもの、考え方など魅力的なものがたくさん詰っている。

 でも本を読んで得られるのは知識だけ。少し前まで盗みをしながら好き勝手生きてきた。

 それ以外のことをあまりして来なかった私はきっと頭でっかちなのだろうと思う。だから私は自分で経験して、自身で感じたいのだ。

 

 ハンター試験はその名の示す通り、ハンターになるための試験。試験は一般的には超難関とされ、命の危険もある。

 その困難を超えて手にするハンターという肩書きとライセンスは魅力的。故に危険でも毎年星の数ほど参加者がいる。

 ハンターとは、何らかのモノを追い求めることに自身の全てを費やすもの。ライセンスがなくてもハンターはハンターだけれど、ライセンスがあればプロフェッショナル、なければアマチュア。

 プロだけが持つライセンスは様々な効果でハンターを支援する。それも魅力的ではあるけれど取り敢えずは経験だ。

 

「変わったな」

「変わるよ、環境も変わったしね。そんなもん皆がそうでしょ、変わんない人なんかいないんじゃないの」

「……そうだな、変わるんだ」

 

 変わる。やけにその言葉に食いつく彼を、少し不思議に思う。

 クロロは相変わらず笑みを浮かべているけれど、その陰りが濃くなったようにも思う。

 自身でそのことに気づいているのかいないのか、彼はそのままの表情で続けた。

 

「本に書いてある内容なら、どんなに難解でも何度か読み返せば登場人物が何を考えているのかなんてほぼ完璧に理解できるが、やはり人間を理解するのは難しい。文章は不変だが、人間はそうではないからな」

「……まぁ、そりゃね。私だって自分のこと半分も理解できてるのか怪しいし。まぁでも、本質的なものはそう簡単には変わんないと思うけど」

「……本質、か」

 

 私の返答に、彼は少し俯いて顎に手を添えて考えこんでしまった。

 なんだなんだ、今日のクロロはどこかおかしいような気がする。いやおかしいというか様子が変というか、とりあえずいつもと違う感じだ。

 いつもならあのお宝がどーたらこの本がこーたらとかそんなことを話したり冗談を言い合うのに、今日はなんだか真面目な感じ?

 なぜこんな感じになっているのか、と私が不思議そうにしているのを察してか、顔を下の位置に戻したクロロが口を開く。

 

「……なんでこんな話をしたんだろうな。いや、多分……お前が、遠くへ行ってしまうような気がしたから、か?」

 

 首をひねりながら、なんとも曖昧な台詞だ。どうやら自分でもよくわかっていないみたいだ。疑問形で言われても私はどうしようもない。

 どう返事をしたものか。頬を掻きつつ困惑していると、彼はどこかに向けていた視線を戻した。

 

「……俺から、蜘蛛から離れるなよ、メリー」

 

 つまりは視線を正面、私に合わせて。

 私の本名、その愛称を呼びながら、目を見てそう言ってきた。

 

「……なにいってんのさ、」

 

 そんな関係じゃないじゃん。と、続けようとした言葉は出てこなかった。

 私と幻影旅団、蜘蛛とも呼称される彼らとの関係は、一言で言うと利害の一致からの協力関係である。

 私は彼らの盗みに呼ばれれば加担するし、逆に手を貸して欲しい時クロロに言うと蜘蛛は何人か来てくれるだろう。

 それは彼らも流星街出身者で形成された組織、という同郷のよしみだったり、昔かち合ってその結果互いの実力を認め合ったからこその共闘みたいなものであり、両者は独立しているのだ。

 だからその関係を踏まえて言えばクロロの問はナンセンスだし、私は先ほど飲み込んだ言葉を言えばいいだけの話だった。

 離れるのだってなんだって、私が彼の指示に従わなくてはならないことなんてない。蜘蛛の仕事に加担し、団長としての彼から指示を仰ぐ以外では

 

 でも、今日のクロロの雰囲気はなにか違う。きっと、そんな事実上の関係を踏まえた上での発言じゃなかっただろう。

 私と蜘蛛。数年来の付き合いだ。そうなればまぁ、そんな形式上の、単なる協力関係からは一歩踏み出す、かも知れない。

 となると、私が返すべき言葉もきっと違う。ここで答えるべき言葉は、私の気持ちからくるものであるべきだろう。

 そこまで考えて、自問し、私はこう続けた。

 

「私は、離れたりするつもりはないよ」

 

 蜘蛛という集団を私は気に入っている。彼らが私から離れることはあっても、その逆はおそらく無いだろう思えるくらいには。

 それに、私の本質は泥棒で、悪党。彼らとは根本的な部分で似通っているところがあるから、一緒にいて苦に思うこともあんまりない。ちょっとはあるけども。濃いのだ、奴等のキャラが。

 

「……そうか」

 

 クロロの返答は短いものだったけれど陰りはとれたように思う。空気が先程よりもなんだか軽く、穏やかだ。

 蜘蛛が、クロロが、私と同じように思っていてくれるといい。……それは欲張り過ぎかな。

 

 柔らかくなった空気の中、私たちはいつものように色々なことを話した。

 あの本がおすすめとか、コレ難しいとか、アレ読んだら損した気分になった、とか。

 お互い本の虫だ。話題が本だけであっても尽きることはない。

 土日にどこか行こうという話になって、甘味処に行くことになった。

 この辺りは美味しい店が多い。私がこのマンションを選んだ理由だ。

 明日が楽しみだ。クロロからオーラを根こそぎ盗んで発の修行をしたら眠ろう。

 

 しかしクロロよ、行き先で甘味処を提案するのは一応女の子である私の役目だと思うんだ。

 この甘党め。


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