枝から枝へと木々の間を縫うように森の中を移動していると、程なくして目的のブタを見つけた。しかも群れでだ。
体積は私の数倍はあるだろうか。美味しそうに丸々と太った体躯に、特徴的な大きな鼻。これを丸焼きって、あの試験官の体格でも一匹食べたらそれだけでお腹いっぱいになってしまうんじゃないか。
いや、きっとある程度の量だけ食べて審査するんだろう。毛や内臓の処理、火加減を見れれば審査はできるはずなので、全部食べる必要はない。。
余ったブタはきっとスタッフが美味しく頂く手はずになっている。
とりあえずは素材の確保ということで、大きく足音を立てて着地し、ブタの前に姿を現す。ブタは子ブタのほうが美味しいらしいし、火を通す手間も幾らか省けるので子豚に狙いを定める。
突然現れた外敵たる私に向かって、大きな鳴き声を発しながら突進してきたブタ達を避け、狙っていた獲物の頭に踵落しを叩きこむ。
それだけでブタは絶命した。あれ、あんま強く蹴ってないんだけどな。当たりどころでも悪かったんだろうか。
まぁ何はともあれブタゲット。怒り狂う他のブタを尻目に、仕留めた子ブタを抱えてその場から離れ、ツーショット写真をとって二人にメールを送る。
会場の方へと向かって移動し、途中で火をおこすのにちょうどいい場所を見つけたのでそこを調理の場所とする。
カバンに入れていた折りたたみ式のハンティングナイフに”周”をしてブタの腹を開き内蔵を取り出す。
次いで邪魔な体毛を燃やして処理。拾ってきた棒でブタを貫きブタの準備は完了。
火をおこし、焦げないように気を使いながら全体的に火を通していくと完成。
建物の一室にいる試験官のもとに戻ると、既に数人が並んでいたので後ろに並ぶ。一番乗りではなかったようで、少し残念。
しかしこの程度の遅れなら問題無いだろうと思いつつ試験官の様子をうかがって私は絶句した。なんだ、あれは。
私の前に3人。近くに手ぶらで休んでいる人が一人に、今食べてもらっている人。つまり私は6番目。
休んでいる人は合格済みか。だって、あそこにブタの骨だけが転がっている。骨だけなのだ、丸々一頭分が。
周囲には試験官の女性以外、美味しく頂いてくれそうなスタッフは存在しないし、その人もブタに手を付けることはせず、モリモリと食べる男性をただ突っ立ったまま見ている。男性は食ったのだ、アレを。一人で。
だとするとマズイ、モタモタし過ぎた。調子こいてゆっくり移動している場合ではなかった。更に言うならちょっと生焼けでもいいからさっさと来るべきだった。
だって2番目の人のヤツ表面以外は生肉にしか見えない。でも美味しい美味しいって言いながら食べてる。それもすごいペースだ。
現時点から数えて私は5番目。試験官はブタを残さず食べている。今食っているのを除いても後3人分、つまりブタ3匹を全て食べるというのなら私の番が来る前に満腹になってしまうのでは。
見通しが甘かったか。もしかしたら落ちてしまうかもしれない。
……なんて心配していたが杞憂だったみたいだ。だってこの人食べる食べる。止まらない。
呆気に取られつつも無事に順番が回ってきたのでブタを渡すと、またもやペロリと平らげた。
あまりの食べっぷりにしばらく観察していたけれど、試験通過者が10人を超えた時点で私は目をそらした。見てるだけなのに胸焼けがしてきたよ……。
「あ~~食った食った、もーお腹いっぱい!」
「終ーー了ォーー!!」
男性が満腹を告げ、女性が銅鑼を叩き試験の終了を宣言した。
結局ブタ71頭、つまり提出されたブタの丸焼きすべてを平らげそのすべてが合格だった。それでもおよそ半分の受験生が課題が提出できていないので、ここまで持ってくれればそれでよかったみたいだ。
彼はとても幸せそうな顔をしていて、築きあげた骨の山は物凄いことになっている。
受験生はその光景に唖然としている。当然私たちも例外ではない。
「やっぱりハンターって凄い人達ばかりなんだね」
「凄いっちゃ凄いけど、ああはなりたくないな」
感心するゴンに相槌を打つキルア。クラピカは食べた量が彼の体積を圧倒的に上回っていることに悩み、それにレオリオがツッコミを入れる。
私にも何がどうなっているのかさっぱりだけど、もしかして念能力でも使ったのかな。
念の用途は戦闘のみに留まらない。
食事が好きな彼が、限界を無視して好きなだけ食べられる、そんな能力を欲したとしたら。
そう、例えば彼が放出系の念能力者で、胃の中にあるものに限って、その余剰分を自身の生み出した念空間に一時的に転移させ、消化し次第胃の中に戻してまた消化、とか。
そう考えればこの状況の説明はつく気がするけど、こんなことまじめに考察するのもなんだか馬鹿らしいからやめておこう。
提出されたすべてに合格を出したことについて、試験官の女性が男性に審査基準について文句を言うが男性は意に介さない。
それどころか細かい味を審査するテストではないと太っ腹な発言までかましてくれた。肉体的にも精神的にもいいお腹である。
しかしそれに対し女性もそれでは甘い、美食ハンターたるもの味覚に正直に生きろなどととんでもない発言をかました。
美食ハンターが味覚に正直に料理審査したら料理経験のある私でも厳しいんでやめてください。
「ブタの丸焼き料理審査!! 71名が通過!!」
結局判定はやり直すこともなく、しかたがないと前置きをしてから71名の通過が女性の口から告げられた。おそらく次が正念場。
あの女性の審査基準を満たすのは容易では無い気がする。そんな私の不吉な予感をその後の女性の言葉が肯定する。
「あたしはブハラとちがってカラ党よ!! 審査もキビシクいくわよー」
やさしくしてください。
というかあの男性はブハラさんと言うのか。女性の名前はなんというのだろう。サトツさんは自己紹介したのにこの人達はしてくれない。
そのまま女性が続けて審査内容を発表した。
「二次試験後半、あたしのメニューはスシよ!!」
ん、今なんて言ったあの人。スシ? 寿司とな?
目を丸くしている私とは違い、課題の内容を聞いた周囲の受験生たちが俄にざわめく。寿司がどんな料理だかわかっていない様子だ。
「ふふん、大分困ってるわね。ま、知らないのも無理ないわ。小さな島国の民族料理だからね」
ジャポンをディスってんのかコンチクショウ。小さな島国で悪ぅござんしたねぇ。
と、内心で試験官の女性の発言に悪態をつくも、ジャポン人以外の寿司の認知度が非常に低いのは確かなことで。あとついでに国土面積が狭いのも確かなことで。
フォローのできないレベルの知名度の低さから、かなりの人数が寿司自体を知らないので、知識がないものは試験官の与えるヒントを元に作るしか無いんだろうね。
女性がヒントをくれると言い案内したのは、建物の更に奥へと続く扉の向こう。そこにあったのは超巨大なキッチン。家庭科室なんて目じゃないほどにデカい。
「最低限必要な道具と材料は揃えてあるし、スシに不可欠なゴハンはこちらで用意してあげたわ」
その言葉の通りに各キッチンには様々な種類の包丁その他調理器具、お櫃に入ったご飯がある。
お酢の香りがすることからお櫃の中身はシャリで間違い無いだろう。流石にお酢に砂糖と塩ぶっ込んで米と良い感じに混ぜろ、とは言わないようだ。
そこまでした準備が整ってるんなら案外いけるかな、と安心したのも束の間、女性がまたしてもトンデモ発言をして下さった。
「そして最大のヒント!! スシはスシでもニギリズシしか認めないわよ!!」
え゛、握り寿司じゃないと駄目なの!?
マズイ、コレは困った。ちらし寿司を作っていろんな材料で味をカバーするか、手巻き寿司とかバッテラ寿司とかで握らずに済ませようかと思っていたのに。
私は料理の腕ならば人並み以上ではあるが、美味しい握り寿司を握るには寿司についての高い技術が要求される。美味い料理が作れるからと言って美味い寿司が握れるわけではないのだ。
経験の浅い私には、美食ハンターの舌を満足させる寿司を握るなんてとてもじゃないが不可能だ。
寿司を外食にばかり頼っていた弊害がこんなところで出るとは……。美味しいの握れないししょうがないじゃないか。
私が葛藤している間に試験の開始が告げられてしまった。例によって試験は満腹になるまでがリミットらしい。
始まってしまったし、他の選択肢がないのなら仕方ない。とりあえずやれるだけやってみよう。
そう決断し、他の受験生がキッチンの方へ向かっていくのを尻目に私は会場から抜け出し水場を目指す。
先ほどキッチンには水道、調理器具、シャリはあったが魚はなかった。先ほどの試験と同じく現地調達から始める必要がある。
たしかさっきブタを探している時に川があったはずだ。本当は寿司ネタには淡水魚ではなく海水魚を使うべきなのだけれど無いものは仕方ない。
川にはすぐに到着したので、早速魚を捕獲する。澄んだ水の中を確認してみると、姿形はともかく、魚自体は多く生息しているようだ。
手頃な枝使い、魚を貫いて捕獲。枝には”周”をかけているので魚がいくら暴れようが折れることはない。
とりあえず見た目まともそうなの2匹と、なんかゴツゴツしていて触覚まで生えている一応魚っぽいのも捕まえてみた。食えるのかコレ。
まぁ、いいや。毒があっても少しぐらいならなんの問題もないし、味見して3匹の中で一番美味しいものを使って握って提出しよう。
会場に抜けて走っていると、会場の直ぐ側で前方から集団が走ってくる。試験官が使用する食材を教えでもしたのだろうか。ちょうど私が帰るのと彼らが出発するのがほぼ同時となった。
と、こちらに向けて走ってくる集団の中に見知った顔があった。彼は私の捕まえた魚を視認するととたんに怒鳴ってきた。
「あ、てめーメリッサ! 魚使うって知ってたんなら教えろよな!!」
「へへーん、試験ってのは競争なんだよキルア!」
テメーぜってー泣かしてやる!! と物騒な捨て台詞とともに遠ざかっていくキルア。やれるもんならやってみんさい。
会場の中に入ると人っ子ひとり居なかった。皆魚を求めて出ていったのだろう。
しかしコレは好都合である。なんせ手元を見られる心配がないからね。
どの程度が合格ラインなのかは分からないけど、私以外の合格者は少ないほどイイ。多いと試験が長引くから。
しかし私も合格できるかどうか。とりあえず作って持って行こう。
早速近くのキッチンにつき、まずは魚を捌く。
鱗、鰓、内蔵を取ってよく洗い、三枚におろす。骨をとって皮を剥ぐのを3匹分終わらせて準備完了。
一口分切り取って、寄生虫対策に軽く火で炙って味見しよう。握るのも大事だけどネタの味も大事だよね。
……変な形した魚が一番美味しいのはなんかちょっと納得いかない。けどまぁ寿司に使う魚はコレに決定。
シャリを握り、少しの山葵と魚を乗っけてとりあえず完成。形だけ見れば立派な寿司だ。
でも碌に握ったこと無いから自信はないけど受かっているといいなぁ。取り敢えず握れたってことで。
そう願いを込めて試験官に提出する。が、しかし。
「ダメね、美味しくない。やり直し!」
私の願いも虚しく結果は不合格。しかも美味しく無いと言う言葉まで添えて。がーんだな……出鼻をくじかれた。
いやまぁ、たしかに握りが未熟でプロからしたら美味しく無いだろうけど、こうまでハッキリ美味しく無いと言われるとさすがに傷つくよ。
だけど、嘆いていても仕方ない。
チャンスは未だあるのだ。この試験は試験官の腹が満ちない限り何度でもリトライが効く。
とりあえずシャリの質を向上すべく、私はキッチンへと戻った。