大泥棒の卵   作:あずきなこ

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04 暗殺一家と一次試験

 カタカタカタカタカタ。

 本を読んでいた私の耳に入った奇妙な音と、感じる視線。音と視線の発信源に視線を向ければ、その音以上に奇妙な顔をした男性の姿。その身に纏うオーラが静かで、立ち姿にも隙は無く実力の高さが伺える。

 音量は絞っていたから外の音は聞こえるし、高いところに座って読んでいるから読書中でも下に立たれれば視界に入るのだ。否が応にも。出来ればこんな奇妙な風体の人物を認識するのは勘弁願いたかったのだけれど、視界に入ってきちゃうし、しかもこっちを見てるもんだから視線を向けてしまう。

 

 どうやら私に用があるようなので、嫌々ながらもイヤホンを外しておく。改めて顔面以外も認識すると、体中にも針が刺さっている。胸につけた番号札が301番ということは、あれから200人程増えたのか……って、今更ながらに針が割と太い。痛くないのかな。いや細くても痛いだろうけど、あんだけ太いと痛みも尋常じゃないんじゃなかろうか。

 しかし彼には見覚えもないし一体何の用だろう、まさかトンパと似たような感じなのか? というかいい加減見てくるだけじゃなくてなにか喋って欲しい。さっきから発しているカタカタという音は言葉ではない、断じて。

 でも、なんだか覚えのある気配な気がする。それに、顔中に針。針。心当たりは、ある。

 針を使い、更に似たような気配のする男性、しかも強い。顔がとんでもないことになっているけど、まさか。

 

「あの、もしかしてイル」

 

 ミさん? という残りの言葉は発しなかった。イルミさん(仮)が針を投げてきたからだ。超怖い。その針は私の顔のすぐ横を通過し、壁に深く刺さっている。

 当たるような軌道ではなかったけれど顔の近くを針が高速で通過するとさすがにビビる。ヒャンッて音が聞こえた。

 

「ギタラクル」

 

 何故針をなげられたか全くわからずに困惑していた私に掛けられる声。カタカタ付きで。

 ぎたらくる……ギタラクル? 偽名かな、変装っぽいこともしてるし。変装の域を超えてる気もするけど。コレはもう整形レベルじゃないの。

 私が彼の本名を呼ぶのを遮るために針を投げ、そして偽名を伝えたわけか。納得した。

 でも怖いから針は投げてほしくなかった。納得はしたが怖い思いをしたのだから不満はある。

 イルミさんは合理的な行動しか取らない人物だが、いつも言葉足らずな部分があると思う。

 

「失礼しました、ギタラクルさん。それで、どうしたんです?」

 

 顔とか。後は顔とか顔とか、それと顔。ついでに偽名と話しかけてきた理由も知りたい。

 謝ったのは変装をしているのに態々本名を呼びそうになった私にも非があったからだ。

 

「顔と名前はただの変装。それで、キルが家出したのは知ってる?」

 

 イルミさん改めギタラクルさんはそう言うけれど、私はただの変装ではないと思いますぅ。それもうどっちかって言うと変身ですぅ。言わないけど。

 

「メールで」

 

 対する私の返答は短いものだったけれど、これだけで誰が私に教えたのかは分かるだろう。あの家で私とメールのやりとりをするのはミルキくんのみである。

 ちなみにミルキくん、凄い怒ってた。メールの文面だけでもブチギレているのが丸分かりだった。刺されたっていうのに元気なことである。分厚い脂肪のお陰で内臓や筋肉は無事だったのだろう、贅肉も偶には役に立つものだ。まぁそもそもそのお肉がなければ攻撃を回避した挙句逆にキルアを捉えることができた可能性も否めないけれども。

 しかしキルアが家出か。したくなる気持ちもわからなくもないけど、なんとまぁ思い切ったことをしたものだ。

 外の世界は危険がいっぱいである。特に彼の場合は顔写真だけでも億単位の懸賞金がかかっているというのに、未熟なまま家から出ちゃうのはマズイんじゃないかな。

 メールにはあんまり興奮すると高血圧でぶっ倒れるよ、とだけ書いて送っておいた。キルアの家出は私に関係ない。

 

「キルがここにいるんだ。オレのことは言わないでね」

 

 私が頷くのを見て彼は去っていった。その口ぶりからしてキルアはこの試験を受けに来ているらしい。さらには既にこの会場内にいるようだ。

 ということはキルアを監視しに行ったのだろう。弟思いなお兄ちゃんだが、言い換えるとただのブラコンだ。いや、重度の、が頭につくか。

 つまりイルミさんは、私がキルアと接触し、さらに私がイルミさんに気づいて、尚且つそれをキルアに告げてしまうという事態を避けたかったのだろう。

 キルアに自分の存在がバレたくないからこその変装なのに、私が先に気づいて言ってしまうのは確かに避けたいだろう。キルアはまだ相手を表面上の印象だけで判断する部分があるから、姿を変えた状態なら私のほうがイルミさんに気づきやすいし。

 

 そこまでやりますか、って感じの過剰な変装もキルア対策か。アレだけ変えれば確かに気づかれにくくなるだろうし、近寄りがたい容姿だからあまり接近されないだろうしさらに可能性が下がる。

 さっさと連れ戻せばいいのにと思うが、それをしないのはきっと彼もライセンスが欲しいからだ。キルアをここで見つけたのは多分偶然なんだろうな。

 イルミさんはライセンスが欲しい。でもキルアも連れて帰りたい。どうせ最終試験までは二人とも残るだろうから、合格が決まってから自ら連れ戻せばイイ、と。あるいは逃げ場のない状況でバラそうと、そう思ったのだろう。

 せっかく見つけたのに途中でバレて逃げられちゃったら嫌だもんね。弟思いのお兄ちゃんとしては。

 逃げられたらライセンスかキルアのどちらかを諦め無くてはならない。

 合理的な彼はどちらの目的も成し遂げられる確率が高い方法を選んだのだろう。

 2つの目的を同時に達成することができそうなイルミさんは幸運だ。

 

 さらにキルアにとってもイルミさんがいたのは幸運だ。だって今年は流行の超最先端を後続を大きく突き放す勢いで突き進むシャレオツ気狂いピエロのヒソカがいるから。その部分はイルミさんが牽制してくれるだろう。

 ヒソカなら間違い無くキルアにちょっかいをかけるだろう。昔遠目に見たキルアの動きは幼いながらも洗練されたものだった。

 もしちょっかいかけられて、精孔が開かれでもしたら大変だ。殺されることはないだろうけどね、青田買い的な理由で。

 キルアは次期当主として大事にされているようだから、念も基礎からきっちり教え込みたいと思われているだろう。

 なのに師になるわけでもなく、戯れに精孔を開く。もしそんなことしたら絶対ゾルディックがブチ切れる。

 そしたらいくらヒソカでも間違い無く死ぬだろう。あらやだ魅力的。

 

 それにしてもイルミさんは301番、つまりこの場にはすでに300人以上の人がいるということか。しかも周囲に目を配らせるとおっさんばかり。そりゃむさ苦しいわけだ。

 これだけの人が集まったのだから結構な時間が経っているはずだけど、試験の開始はいつになるのだろう。早く始まってくれないかな。

 とりあえずまたすることがなくなったので本に意識を向けることにした。

 

 

 

 丁度一巻分読み終えた区切りのいいところで一息ついた時、会場に響き渡る悲鳴。かなり悲痛な叫び声だ。

 その方向に目を向けると両腕の肘から先を失った男性と、ヒソカ。何やってんだあのピエロ。始まる前に問題起こしやがった。

 

「アーーーラ不思議★ 腕が消えちゃった◆」

 

 種も仕掛けもございません◇ だなんておどけた調子で言うヒソカ。二本の腕は天井に張り付いているのが遠くから見ると分かる。その腕を天井に固定しているのは彼の能力、バンジーガムだ。

 回りにいる連中は当事者以外には目を向けないから誰も気づかない。ああやって他人の視線をコントロールして見てないところでなんやかんややるのは手品の常套手段だ。

 そういう仕掛けを彼は戦闘に応用するので、洗練された念と強靭な肉体に加えてトリッキーな戦法を取ってくるから敵に回すと厄介だ。

 

「気をつけようね◇ 人にぶつかったら謝らなくちゃ◆」

 

 常識的な発言かもしれないけどそれ以上にあなたの行動は非常識です。誰か言ってやってくれ、私はいま本を読むのに忙しいで絡まれたくないから嫌だけど。

 腕をやられてしまったのは可哀想だが、しょうがない。運が悪かったのだ、彼は。ヒソカにちょっかい出されて両腕で済んで幸運だったと思うしか無いだろう。

 実力と、危機察知能力が足りていなかった。足りていたのは命だけは助かった彼の運のみ。

 そう結論づけ、同時に興味も失せたのでまた本に意識を戻した。

 

 

 

 活字を追う作業を再開して間もない頃に、新たに増えた精錬されたオーラを感じ取りそちらに目を向ける。エレベーターとは別の所から出てきたカイゼル髭の男性は、試験官か。

 次いでカイゼルさんの持っている人の顔を模したストラップが、ジリリリリリリリリリリリリ!! と大きな音を立てる。ストラップではなくベルか。なにあれ超イカス。

 響き渡る大に全員が顔を上げ、音の発信源を探す。この場にいる全員の視線が集まったところで音を止め、カイゼルさんが口を開いた。

 

「只今を持って受付時間を終了いたします」

 

 受付が終了、ということは。

 

「ではこれよりハンター試験を開始いたします」

 

 その言葉を受けて会場全体の空気が張り詰められる。

 緊張感が漂う中、地下通路の奥へと歩き出したカイゼルさんが続ける。

 

「さて、一応確認いたしますがハンター試験は大変厳しいものもあり、実力が乏しかったりすると怪我をしたり死んだりします」

 

 歩きながら淡々と注意事項を述べ、皆がそれについていく。最後に、それでも構わなければついて来い、というカイゼルさん。

 これは無理そうなら帰れってことじゃないだろう。その程度の覚悟ではここまで辿りつけないだろうから。

 ではなぜ言ったかというと、これだけ言ってやったのについてきたんだから後は自己責任だよ、ってことだろうね。いい性格している。

 

 私も後ろの方からついていく。すると、程なくして少し周囲の様子が変わった。次第に周囲の足音が大きくなり、ペースが上がっていく。

 どうやら前のほうが走りだしたようだ。私もそれに倣う。

 

「申し遅れましたが、私一次試験担当官のサトツと申します。これより皆様を二次試験会場へ案内いたします」

 

 カイゼルさんはサトツさんというようだ。ここからはその姿が見えないが、受験生が走らざるを得ない速度で移動しながらサトツさんが一次試験の概要を告げる。

 

「二次試験会場まで私についてくること、それが一次試験でございます。場所や到着時刻はお応えできません。ただ私についてきていただきます」

 

 一次試験は目的地不明のマラソンのようだ。終わりの見えない状況の中を延々と走らされるこの試験は、精神面と肉体面のどちらも同時に測れる内容だ。

 試験が開始し、その内容もわかったところで走る受験生を背景に写真を取り、ジャポンの二人に送信。クロロにはいいや、要点だけ送れば。そもそも普段はメール自体面倒だからあまり送らないのだ。

 

 携帯を閉じ、音楽を聞きながら、本を読みつつ、走る。この程度のペースならこのくらいのことは造作も無い。

 しかしゴール不明ってことは長丁場になりそうだな。


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