学園艦誕生物語   作:ariel

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第7話 帝国陸軍の残照

1953年 9月某日 長野県松代

 

 

「細見さん、私がまだ参謀本部に居た頃、松代地区に大本営を移す計画が作られ、実際に壕を掘る計画が始まっていましたが、当時は戦車隊を隠せるような場所は計画されてなかったはずです。一体何処に戦車を隠したのですか?」

 

翌日、細見に連れられ松代までやってきた4人だが、服部は不思議そうに細見に尋ねた。服部が参謀本部で作戦課長をやっていった頃、既に長野県松代に大本営を移す計画が進められており、そのための巨大な壕が、象山、舞鶴山、皆神山の3箇所に掘られていた。服部も大体の計画は把握していたため、隠すとしたら大きさから考えて象山の壕だろうと考えていたのだが、細見は4人を連れて象山の壕の入り口を超え、更に舞鶴山の壕も越えて奥に進んでいった。

 

「服部君、実は4本目の壕があるのだよ。当時の計画では大本営機能の移転だけだったのだが、いよいよ本土決戦が近くなった事を受け、大本営周辺に大本営直轄の機動戦力を確保しておきたいという事になってね。急遽、舞鶴山の奥のノロシ山山麓に巨大な壕が掘られたのだよ。戦車はそこに保管されている。」

 

細見はしっかりした足取りで、目的地に向かって歩いていった。服部が参謀本部を追われ、支那の最前線に派遣されている間に日本でも色々あったようだ。細見は山麓に空いた大きな横穴の前で止まると、懐中電灯を準備した。どうやらこの穴のようだ。

 

「戦車が出入り出来るように地面はならしてあるが、女性も居るから一応気をつけてくれ。」

 

細見が先頭となり、5人はどう見ても自然に開いたとは思えない横穴に入っていった。穴に入りしばらく歩くと、どうやら巨大な空間に到着したようだ。先頭の細見の足が止まった。

 

「ちょっと待ってくれ。しばらく前に来た時に発電機に燃料を補充しているから、発電機が動くはずだ。」

 

細見は立ち止まった辺りで、何かを探しているようだ。しばらくして目的の物が見つかったのだろう、しゃがみ込み何やら作業を始めた。残された4人は不思議そうに細見を見ていたが、やがて細見は立ち上がり4人の方を向くと、こう言った。

 

「さて、それではお見せしようか。帝国陸軍の残照を」

 

にぶい発電機の音がしたかと思うと、配置されていたのであろう電灯に明かりがつき周りを照らす。その光景に、西住や池田は勿論のこと、服部や辻も思わず息を呑んだ。そこにあったのは、紛れもなく帝国陸軍の戦車の姿だった。それも1両や2両ではなく、戦車連隊が出来る程の数が並んでいた。

 

「閣下、これは…。一体どうやってこんな数の戦車をここに集めたのですか?」

 

「辻君、ここにある戦車は、本土防衛用に習志野に配置されていた第4戦車師団隷下の戦車第30連隊のものだよ。」

 

細見がその出元を明らかにした。その細見の答えを聞いて、服部は全ての情報が繋がった。戦車第30連隊の前身は…そうだ、満州戦車学校教導隊。池田が校長代理をしていた学校の元部下達だ。細見は池田の最後の願いを知っている。おそらく細見が池田の願いを終戦後に叶えてやるために、元部下達に助けを求め…そういうことか。

 

「戦車第30連隊の戦車は、終戦から米軍が進駐してくる間の混乱に乗じて、ここに移動させた。池田君の願いを戦車30連隊の諸君に話をしたら快く協力してくれたよ。また、ここに隠してからの定期的なメンテナンスも彼らはしてくれていたようだ。その他にも、当時の私の力で掻き集める事が出来た戦車がここにある。相模原にあった第4陸軍技術研究所の所長の原君は、私の二期下の後輩だから、無理を言っていくつかの試作車を完成させてもらい、ここに運び込んだのだ。まぁ、ゆっくり見ていってくれ。」

 

帝国陸軍の戦車、それも夫の同僚達が使用していた戦車が並んでいる姿を見て、美代子は体の震えが止まらなかった。自分の夫の人徳にまた救われた思いがしたのだ。終戦後、池田流からどんどん門下生が地方に戻っていき、戦車道どころか生活すら困った事があったが、戦前、戦中に夫に世話になったから、と様々な元軍人に美代子は助けられてきた。そして、ここでも夫の元部下達によって集められた戦車が、自分を待っていた。夫は戦死してしまったが、自分はまだ夫に守られているのだな…と改めて感じた。

 

「服部さん、九七式チハが15両、新砲塔が10両、一式中戦車チヘが5両、三式中戦車チヌが10両、九五式軽戦車ハが5両、九八式軽戦車ケニが3両、四式軽戦車ケヌが2両。戦車第30連隊はかなり優良装備の戦車連隊だったようですね。」

 

「前身が戦車学校の教導隊で、本土決戦用の機動戦力だからね。これくらいの装備は持っていても不思議ではないだろう。それにしても、この内の一部でも西や池田が使えていたら、また少し違った結果があったかもしれないが…」

 

辻と服部が、置かれている戦車を確認した。池田流が戦車道を復活させるには十分な数だ。また池田末男の最後の希望でもあった、公式戦は九七式以前の戦車で、という希望も叶えてやれるだけの数の九七式や九五式が手に入った。ここに残っている九七式の数を考えると、公式戦は20両以内の勝負にするルールを作っておけば良いだろう…と服部は考えていた。

 

ふと周りを見ると細見が自分達を手招きしている。4人は細見の所に向かうと、細見は少し嬉しそうな顔をして言った。

 

「西住さん、あなたがドイツ軍の戦車でこれから戦車道を行ないたいというのは、よく分かります。たしかに、ここに並んでいる帝国陸軍の戦車ではドイツの重戦車に対抗出来る様な戦車はほとんどない。しかしね、一応日本にも強力な戦車の計画はあって、試作車は出来ていたのですよ。最後にそれをお見せしましょう。まぁ、これらの試作車の突貫工事と搬入では、第4陸軍技術研究所の原君にかなり迷惑をかけてしまったが…」

 

「日本の強力な戦車ですか?それは是非見てみたいですね。いえ、今更それを寄越せなどとは言いません。日本の戦車は池田さんが全て使ってください。しかし、私も興味はあります。是非見せてください。」

 

細見は4人を更に奥の空間に案内した。

 

「細見さん、これは何かの冗談ですか?ここにあるのは八九式中戦車ではないですか?」

 

見ると、奥には申し訳程度に八九式中戦車が4両並んでいる。

 

「いや、その奥だよ。」

 

細見が指した方向をよく見ると、まるで小山のような戦車があった。これまで見てきた日本の戦車とは見た目が全く異なる戦車が6両。

 

「四式中戦車チト4両。完成した戦車はもう少しあったのだろうが、ここにあるのが日本に今残っている全ての四式中戦車だろう。そして五式中戦車チリ1両。これは第4技術研究所で辛うじて完成させた1両。最後の1両は試作五式砲戦車ホリ。これも技術研究所が終戦間際に突貫作業で完成させた試作車、勿論日本中探してもこの1両しか存在していない。池田さん、戦車道の試合だけなら実際の戦争とは違うから数は必要ないだろう、是非この戦車を使ってやってくれ。」

 

細見の独り言のような言葉がつづく。

 

「外地で戦った我が国の機甲科の連中が使っていた戦車は九七式と九五式だ。こちらの大砲は相手に当たっても弾かれるが、向こうの大砲が当たったらこちらはお終い…無念だっただろう。もう少し早くここにある戦車があったらね…。池田さん、あなたの旦那さんが私に渡した希望は今でも私は覚えています。公式戦では九七式以前の物で戦って欲しい、自分達の苦労や無念を忘れないで欲しいというね。しかし、それ以外は好きにしろと言っている。おそらく、公式戦以外の試合は好きにやって良いと言う事だろうね。是非ここにある戦車を使って、私達日本の戦車に関わってきた人間の無念を晴らして欲しい…よろしく頼みます。」

 

「細見閣下、頭をお上げください。こちらこそ、このような戦車を用意していただき、本当に感謝しております。私の亡き夫の願いもそうですが、閣下の願いも必ず…池田流の名にかけてお約束いたします。」

 

このやり取りを見ていた西住かほは安堵した。西住流はこれからドイツ戦車を使用し、強い戦車道を行なうことになる。しかし、そのライバルである池田流が全く勝負にならないようでは、西住流の一強になってしまい、早晩西住流も廃れていくだろう。美代子の言葉から公式戦では九七式以前の物しか使用しないようなので、公式戦では池田流はまったく勝負にならない。しかし、今目の前にある戦車も全て使用する練習戦なら…。戦車道は相手があってこそお互いに切磋琢磨できる。互角に近い戦力がぶつかりあうから、お互いの駆け引きや、搭乗員の腕の競い合いになる。最後に見せてもらった試作五式砲戦車ホリ、あの主砲は五五口径一〇五ミリ砲だ。場所によってはドイツ最強の戦車ティガーIIの装甲でも打ち抜かれる可能性がある攻撃力、ライバルがこれを使用するのであれば…少なくとも練習戦では、互角の勝負になるだろう。

 

後に学園艦が何隻も就航し、日本の戦車道が花咲いた時代、池田流の「知波単学園」と西住流の「黒森峰女学園」は公式戦では黒森峰女学園の圧勝だったが、毎年一度必ず両校の間で行なわれる「定期練習試合」は、公式戦以上に白熱し毎度のように名勝負が繰り広げられる事となる。

 

 

 

 


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