学園艦誕生物語   作:ariel

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第70話 栄光への道

1977年8月

二回戦 大洗女子学園対黒森峰女学園

黒森峰女学園 隊長車 ティーガーI

 

 

「飯山さん、前方1時の方向、大洗女子学園の主力部隊と思われる部隊を発見!」

 

「よし!やっと大洗女子学園の本隊を見つけたわ。鎧袖一触よ、一撃で粉砕してやりましょう。全戦車に連絡、黒森峰女学園戦車隊は、このままの隊形で突撃。途中で進路変更して突破部分を指示するから、隊長車からの指示をよく聞いているように伝えて。砲撃開始も私の合図で行いますから、個別の発砲は厳禁。行きますよ、Panzer Vor!」

 

前方やや右側に大洗女子学園の突撃砲やポルシェ式ティーガーの姿を発見した黒森峰女学園の戦車隊は、これが大洗女子学園の主力部隊だと瞬時に判断した。そして、この主力部隊を叩いてしまえば、この戦いにケリが着くと考え、隊長の飯山詩織は黒森峰女学園の全戦車にパンツァーカイル隊形による突撃指示を出す。自分が見た限り、相手正面の防御力はかなり高いが、こちらの戦車の数の方が多く火力・装甲力どちらもこちらが優勢だ。したがって、パンツァーカイルの矛先が正面以外の大洗女子学園の陣地に接敵した瞬間に、相手の防御線は崩壊するだろう。問題は、相手の防御線のどの部分にこちらの矛先をぶつけるかだ。

 

相手には旋回砲塔を持たない突撃砲や砲戦車がかなり居る。従って相手の対応を間に合わなくさせるためには、ぎりぎりまで正面に向かって突撃し、途中で急速進路変更が一番だ。そして飯山は、このような急な進路変更にも自分達の戦車隊は対応出来るという自信を持っていた。

 

 

 

大洗女子学園 隊長車 八九式中戦車

 

 

「近藤、来るよ。通信妨害作戦…開始!」

 

「辻さん、了解。これより黒森峰女学園の使用周波数433.28MHzに対して、通信妨害を行います。」

 

黒森峰女学園の戦車隊が、自分達の主力部隊に接近しつつあると、三号突撃砲に搭乗している副隊長の三田から連絡を受けた辻は、そろそろ通信妨害を行うタイミングが来た事を悟り、通信手の近藤に計画通り50W一杯の出力で黒森峰女学園が使用している周波数に通信を被せる事を指示した。そして指示を受けた近藤は、これまで使用してこなかった430MHz帯の無線機に電源を入れると、周波数の調整を行い通信妨害の準備を整えていく。

 

「は~い、黒森峰女学園の皆さん、お元気ですか?殺伐とした試合の中、精神的に参ってきている皆さんのための放送『ゼロ・アワー』の時間がやってまいりました。これから私『大洗ローズ』こと近藤が、この試合が終わるまで、皆さんのために素敵な独演会を行いますので、是非楽しんでいってください!それでは、まず最初の話題ですが…。」

 

どちらかというと普段は物静かな近藤が、急に饒舌に話し始めた姿を見て、八九式中戦車の中に居た他の三人は、辻を含めて一瞬唖然とした表情で近藤の方を見る。本来であれば、妨害が出来れば良いだけのため、なんでも良いから電波を出せば良かったのだが、わざわざ『東京ローズ』よろしく嫌がらせの放送を始めるとは…。しかし、その効果は十分だったようで、主力部隊からは、黒森峰女学園の戦車隊は進路変更もせず、そのまま自分達の防御正面に向かって突っ込んできているとの通信が来る。

 

「HQから副隊長の三田ちゃんへ、主力部隊の指揮を任せるよ。出来るだけ多くの戦車を倒してね、よろしく!」

 

「了解です!辻会長。任せてください!」

 

 

 

メイン観戦席

 

 

「やっと主力部隊同士の戦いですね…。隊長、よく見ていてください。うちの隊長をしている飯山には指示をしていますが、ここから突撃ポイントを左右何れかに切り替えて、大洗女子学園が対応する前に一気に向こうの防御線を切り崩します。」

 

「そうだな、野中。流石にあの陣地に正面から突っ込んだのでは、こちらの被害も大きくなるだろう。そういう意味では、野中の出したという指示は私も妥当だと思う。ただ…、あの佳代が未だに冷静に試合を見ている…というより薄笑を浮かべているんだが、大丈夫なのか?私も、現在の戦況をモニターで見た限りでは、野中が考えているように試合が進むと思うのだが…。」

 

黒森峰女学園の戦車隊が大洗女子学園の主力部隊に向かって突撃を始めた時、顧問の野中美鈴は勝利を確信して、現役時代に自分の隊長だった西住なほに説明をする。このまま正面からぶつかって戦えば、流石の黒森峰女学園でもかなりの被害を受ける事が予想されるが、試合前の指示に隊長の飯山が従えば、相手が対応するよりも先に有利な方角から攻撃が出来るだろう。しかしなほから指摘されたように、大洗女子学園を指導してきた西の表情は余裕にあふれており、薄ら笑いすら浮かんでいる。

 

「ちょっと…佳代ちゃん?大丈夫なの?今、野中さんが言ったように突撃中に急に方向を変えられたら、回転砲塔を持たない戦車が多いから対応は難しいと思うけど…。何か対策は考えてあるの?」

 

野中の言葉を聞いていたのか、西の隣に座っていた池田美紗子は、西に心配そうに話しかける。また近くに居た、知波単学園出身のプロ選手達も西の方を見た。

 

「まぁ、大丈夫だと思うよ、美紗子。たしかに美鈴が言ったように、この状態から急に方向変えられたら、うちが対応するのは難しいけど…不慮の事故が起きて、黒森峰女学園の指揮系統が乱れたら、このまま突っ込む事になるから、問題ないよ。」

 

それらの視線を感じた西は、突っ込みどころ満載の答えを美紗子に返す。西の答えでは、『不慮の事故が起こり、黒森峰女学園の指揮系統が乱れる』ことが前提になっているが、そんな事は狙って起こる事ではない。まさか…そう思いながら、美紗子達もモニターに釘付けになっていると、後ろに座っていた野中を中心に黒森峰女学園関係者から悲鳴のような声が上がる。

 

「な…なんで突入進路を変えないのですか!そんな距離まで突っ込んでしまったら、相手正面にぶつかる事に…飯山は何をしているのです!…まさか…また、あなたが何かやったの!この魔女!」

 

「野中…ちょっと待て。たしかに佳代は魔女と呼ばれているが、流石に本当に魔法なんて使えないだろう。ただ…今回の事を想定していた事はたしかだ。…それで、種明かしはしてくれるのだろうな、佳代?」

 

いくら『知波の魔女』と言えども、本当に魔法が仕える筈はない。しかし、間違いなく今回の出来事は、目の前の西が絡んでいる事はたしかだ。一体どうやって…。モニターでは、黒森峰女学園の戦車隊が正面から大洗女子学園の戦車隊に突っ込んでいく姿が映っている。また何故か分からないが、大洗女子学園が一方的に発砲し、黒森峰女学園の戦車隊の主砲は沈黙している。流石のなほも、何故このような状態になっているかは理解出来ず、思わず西に詰問調で尋ねた。

 

「さぁ…、たしか黒森峰女学園は、こういう場合は発砲開始の合図も隊長からの指示でしたよね?隊長車の無線機にトラブルでもあったのではないですか?」

 

西の答えを聞いて、なほを始め黒森峰女学園の関係者は、たしかにありえる…と考えた。何かのトラブルで隊長車の無線機が使えなくなり、突撃途中で指示が出せなくなっていれば、こうなった事は納得出来る。しかし問題は、何故それを西が予想していたのだろうか。試合前の整備時点で、大洗女子学園の指導者をしている西が妨害工作を出来たとは考えられない。

 

「もしくは、黒森峰女学園の無線が何かのトラブルで混線でもしたのではないですか?」

 

続けて発せられた西の言葉に、なほがいち早く反応した。そして、近くに居た西住流関係者に頼み無線機を一台この場に持ってくるように指示をする。そして持ってこられた無線機を使って黒森峰女学園が使用している周波数に合わせた瞬間、なほ達は全ての理由を悟った。

 

「さて、それでは次の話題に移ります!次の話題は、ずばり!イライラの解消方法。この放送を聴いている黒森峰女学園の皆さん、毎日の厳しい訓練にイライラが溜まっていませんか!?今日はそんなあなた達に耳よりの情報をお届けしま~す。まずは…」

 

本来であれば、現在現場で起こっているであろう混乱を鎮めるために無線を駆使して、黒森峰女学園の隊長から各車に対して様々な指示が飛んでいる筈の無線には、全く場違いな陽気な声で、試合とは全然関係ない電波が飛んでいる。そして、この無線の内容を聞いていた黒森峰女学園、そして知波単学園の関係者の視線は、ニヤニヤ笑っている西に集中した。

 

「あら…、何故か分からないけど、うちの通信士が試合中のストレス解消のために趣味でやっている放送が、黒森峰女学園の指揮無線に混線してしまったみたいね。しかも、たまたま大事な突撃中に混線したみたいで、運が悪かったわね、美鈴?」

 

「何がたまたまですか、この魔女!絶対に狙っていたでしょう!こんなのルール違反です。」

 

「ルール違反と言われても…相手校の通信妨害をしてはいけない、なんてルールは規定されていないですよ?美鈴は、こういう事を想定していなかったのですか?うちはこういう事も想定して、連絡用の無線は何種類もの周波数が使用出来るように準備していますが。」

 

必死な表情で行った野中の非難は、西によって一蹴される。たしかに現在の戦車道のルールでは、使用する戦車や砲弾についてルールで厳しく指定されているものの、通信については特別なルールは書かれておらず、一言『トランシーバーではなく無線機を使用する際は、試合前に演習場地域を管轄する電波管理局に届出をすること』としかない。また、不測の場合に備えていなかったのか?と改めて言われてしまえば、それに対応していなかった自分達のミスと言われても仕方なかった。

 

「野中…やられたな。道義的には問題がありそうだが、ルール上は問題ない以上、今回の結果は甘受せざるを得ないだろう。それに…道義的に問題あり…と佳代に言ったところで…」

 

「えぇ、分かっています隊長。どうせそこの魔女は『西住流は勝つためには、どんな事でもする!』くらいの事は平気で言ってのけますよ…。しかし、このままでは…」

 

絶望的な表情で野中は、観戦席前に設置されているモニターを見る。モニターでは、ほぼ一方的に自分がここまで育ててきた黒森峰女学園の戦車が、大洗女子学園の戦車に撃破されている様子が映し出されていた。

 

「中曽根君…これは、ひょっとすると…いや、このまま試合が経過すれば、黒森峰女学園は敗れるのではないか?」

 

「そうですね…岸会長。このままでは…。流石に私もここまで徹底的にやってくるとは考えていませんでしたが、このままでは大番狂わせが起こります。戦車道連盟としては、次善の策を考えた方が良さそうですが…。それにしても…。」

 

「致し方あるまい。まさか、この戦車道連盟を作るのに貢献した辻君の孫が、戦車道連盟を厳しい状況に叩きこむというのは皮肉な話だが、やむをえないだろう。」

 

同じく、試合をモニター越しに見ていた戦車道連盟会長の岸と副会長の西は、背後で行われた会話を耳にしつつ、大番狂わせが起こる覚悟を決めた。これまで長い歴史をかけて作られてきた、黒森峰女学園という戦車道におけるシンボル的な学園が、決勝戦まで残る事なく敗れ去る…連盟としては、悪夢のような出来事だが、こうなってしまってはどうしようもない。

 

 

 

黒森峰女学園 隊長車

 

 

「通信手、通信はまだ復旧出来ないのですか!このままでは…」

 

「隊長、無理です。相手の無線出力が圧倒的に上なので、こちらの無線機ではなんとも出来ません。通信周波数を変更するにしても、その連絡手段が…。」

 

大洗女子学園の主力部隊への突撃の最中、飯山が部隊の進路変更を指示しようとした瞬間、黒森峰女学園が使用している無線機は、大洗女子学園の物と思われる妨害電波により通信不能となっていた。かなりの密集隊形で突撃をしていた黒森峰女学園であったため、何も指示をせずに隊長車だけが進路変更をしてしまうと、衝突の危険性もある。そのため、通信が復活するまでは正面に向かって進まざるを得ない。また、砲撃タイミングも無線による指示としていたため、このままでは砲撃をする事も難しいだろう。

 

隊長の飯山は、あまりの出来事に一瞬頭の中が真っ白になる。しかし流石に昨年度の知波単学園との定期戦時の苦い経験が思い出されたのか、なんとかしてこの状態からでも指揮系統を復旧しなくてはならないと決意した。幸いな事に、無線機から流れる『自分達をイラつかせる不愉快な放送』を他の戦車でも同様に受信しており、通信系統に異常が生じている事は全員が理解しているはずだ。だとしたら…

 

「操縦士、隊長車を停止させて。たぶん周りの戦車は私達の挙動を見ているはず。私達が停止すれば、必ずそれに対応してくれるはず。砲手、停止したら正面の三突に向かって砲撃!通信を使った統制射撃は出来ないけど、私達が撃てば他の戦車も撃ち始めるはずです。一方的にやられる事だけは、避けないといけません…例え、どんなに不利な状態であったとしても…。」

 

正面からの撃ちあいを想定して、それに特化した布陣を形成している大洗女子学園の主力部隊に対して、こんな距離から停止射撃による正面からの砲撃戦を挑む以上、こちらの被害は甚大な物になるだろう。しかし、この状態で下手に移動したら、僚車との衝突などによる混乱が待っているだけだ。だとしたら、例え不利な状態になるとしても、ここで戦うしかない。飯山はそう判断して覚悟を決めた。

 

 

 

大洗女子学園 副隊長車 三号突撃砲

 

 

「さすが、教授の作戦。こんなに綺麗に決まるとは思わなかったです。砲手、この距離ならヤークトティーガーやティーガーII以外なら撃破出来ます。私達の目標は敵中央部の重戦車群です。可能なら相手の隊長車を狙って、どんどん撃ってください。通信手、イーレンのティーガーに連絡。ヤークトティーガーを叩くように伝えてください。」

 

「了解です、三田副隊長。残念ながら、相手の隊長車には射線が通りませんので、その横のティーガーIを狙います。」

 

試合前に西が授けた通信妨害作戦は成功し、黒森峰女学園の戦車隊は、こちらの正面に向かって突撃を続けており、既にその距離は500m近くまで接近している。またこの通信妨害による副産物なのか、相手からの砲撃は未だにない。そして、三田の突撃砲が火を噴いたのを合図に、大洗女子学園の主力部隊による砲撃が開始された。

 

「三田副隊長、ティーガーI撃破!僚車も戦果を上げているようです。このままなら、いけますよ!」

 

正面に向かって突撃してくる黒森峰女学園の戦車は、まさに的に等しい。そしていくら重装甲の戦車といえども、この距離からの75mm砲や88mm砲に耐えられる戦車はそれ程ない。一方的に砲撃をしている大洗女子学園の攻撃に対して、黒森峰女学園戦車隊は既に被害が続出していた。

 

「操縦手、位置を変えて。相手の隊長車が停止したわ!砲撃してくると思うから、こちらも移動します。」

 

「了解、三田さん!」

 

ようやく、黒森峰女学園側にも動きがあるようで、隊長車のティーガーIが停止してこちらに射撃を開始する。そしてそれに呼応して、一斉に突撃していた黒森峰女学園の戦車隊は停止、もしくは違う方向に移動しつつ、砲撃を開始した。

 

「砲手、向こうの隊長車への射線はまだ通らない?」

 

「副隊長、駄目ですね。横に居たティーガーIIがこちらの射線を塞ぐ形で停止しています。あれは完全に守りに入った形ですね。横面をこちらに見せているので、上手くいけばティーガーIIの撃破は狙えますが…どうしますか?」

 

「流石に、隊長車の撃破はそう簡単にはやらせてくれないですか…分かりました。ティーガーIIを狙ってください。ここであれを撃破出来れば、儲け物です。通信手、こちらの被害状況の確認と、辻会長にゲリラ戦に出ていた戦車を後方から突撃させるように要請を。」

 

隊長の辻からは、おそらくこのような状況になればリアルタイムの指揮が求められるため、自分が遠隔で指揮を行う事が出来ないと試合開始前に言われており、その場合は三田が戦場で指揮を執るようにとされていた。しかしゲリラ戦に出ていた戦車の指揮権は現在のところ、辻と10号車の38t戦車が持っている。そのため現場指揮官の三田は、それらの部隊を後方から突撃させ、黒森峰女学園の戦車隊を前後から挟撃するための要請を辻に行った。

 

「副隊長、辻会長から連絡です。既に10号車は挟撃のための相手後方に対する攻撃を指示しているとの事。あと数分で到着するらしいので、このまま攻撃を続行するようにと言われました。それと、こちらの被害状況ですが、流石にこの距離からの撃ち合いになっているため、こちらの被害も大きいです。左翼の三式中戦車は2号車が沈黙、右翼は一式砲戦車13号車及び15号車が撃破。正面も三突の17号車がやられています。」

 

既に正面切っての撃ち合いが始まって数分が経過し、相手も撃ち返しはじめている。そのため、こちら側にも少なからざる被害が出始めていた。しかし相手に与えている損害の方が遙かに大きいため、こちらが優勢と言っても良いだろう。またもう少し粘れば、ゲリラ戦に出ていた戦車も戻ってくる。そうすれば…、そう考えた三田は、残っている戦車に激を飛ばす。

 

「皆、ここが正念場よ。もう少し粘れば、理想的な挟撃になります。そうすれば私達の勝ちは動かないわ。頑張って!」

 

 

 

メイン観戦席

 

 

「なほさん、どう見ますか?偵察に出ていた大洗女子学園の戦車隊が後方を突きましたし、大洗女子学園正面部隊の戦力も未だに頑張っています。こちらに残っている戦車の数を考えると、かなり厳しい戦いだと思いますが。」

 

「はい、お祖母様…。通信妨害による最初の混乱は比較的早く収まりましたので、黒森峰女学園の現隊長はかなり頑張っている事は分かります。…しかし、このまま撃ち合っていては、こちらがやられる方が早いでしょう。ただ、通信が妨害されている以上、ここから新しい作戦を開始する事も至難の業です。…佳代にやられた…というところですね。」

 

「そうですね。佳代さんの作戦に嵌められたと言ったところですか…西住流師範の指導としては心強いのですが、それをやられたこちら側も西住流ですから、複雑な心境ですね。」

 

モニター上では、大洗女子学園の別働隊が黒森峰女学園の戦車隊に対して後方から突撃を開始する様子が映されていた。正面部隊との撃ち合いは、こちらの方が装甲と火力が高いため、最初はともかく現在は、ほぼ互角の状態で戦況が進んでいる。しかし、このまま後方から敵戦車に突っ込まれてしまっては、回転砲塔を持っている戦車はまだしも、固定砲塔の駆逐戦車では非常に厳しい戦いになる。

 

「やったー!ヤークトティーガーにも撃破判定出たよ。佳代ちゃん、これ本当に勝てるんじゃない!?池田流としては非常に問題のある戦い方だけど、佳代ちゃんは西住流の師範でもあるから、問題ないか~。」

 

「美紗子、一応私は池田流の師範でもあるのだけど…。だから正々堂々と主力部隊は正面から戦っているでしょう?」

 

『その言い分は絶対におかしい』と周りの観戦者達は心の中でツッコミを入れた。とはいえ、まさかここまで大洗女子学園が有利に試合を進めるとは思っていなかった人間が大多数であったため、モニターで映し出されている戦況に驚いてか、誰も声に出しては佳代に文句は言わない。

 

しかし、思いもよらない場所から試合は動き出す。モニターを注視していると、後方から大洗女子学園の戦車隊に突っ込まれた黒森峰女学園の戦車隊は、正面部隊との砲戦を切り上げ、全力で後方からの突撃部隊を攻撃し始めた。元々後方から突撃してきた大洗女子学園の戦車は、三号J型や一式戦車など装甲が比較的薄い戦車ばかりのため、黒森峰女学園の全力攻撃により一気にその数を減らしていく。しかし黒森峰女学園がそれに支払った代償も非常に大きく、後方部隊に対応するために方向転換した戦車の後背や側面を、これまで正面戦闘をしていた主力部隊により撃ち抜かれ、こちらも一気にその戦車の数を減らしていった。

 

「野中、先程の言葉は少し訂正しよう。現在の黒森峰女学園の隊長は非常に優秀だ。ここまで悲惨な状態になってしまった以上、不利を承知で賭けに出るしかない。よくあの状態から統制を取り戻して、後背の別働隊を全力で叩く事を決断したものだ。結果はどうなるか分からないが、私は彼女の決断を支持するぞ。」

 

「隊長…ありがとうございます。たぶん、隊長の言葉を聞いたら飯山も喜ぶと思います。ただ…このままでは残存している戦車の数を考えれば、うちが負ける事は避けられません。隊長達…いえ、私達もそこには加わっていますが、これまで作り上げてきた黒森峰女学園の伝統を壊してしまう事になるでしょう。私の指導力不足です、申し訳ありません。家元、この戦いが終わりましたら、私を黒森峰女学園の指導者から解任してください。今回の敗戦は、私の責任です。」

 

大洗女子学園の別働隊を全力攻撃した事で、相手の別働隊は倒せたが肝心の主力部隊はまだ残っている。そしてこちらの残存戦車だけで相手の主力部隊の残りを倒す事は難しいだろう。…ここまでか、と黒森峰女学園の指導者である野中は覚悟を決めた。自分達がこれまで積み上げてきた『黒森峰女学園は、必ず決勝までは進出する』という伝統を、この代で終わらせる事になる事は確実。そうなると、OG達による現役生達への非難を少しでも軽くするために、自分が責任を取るしかない。

 

「野中さん、まだ負けたわけではないですから、その言葉は早いです。西住流はどんな犠牲を払ってでも最後は必ず勝ちに行く流派です。それに…戦っている飯山さん達は、まだ勝利を諦めていないでしょうから、まだ希望はあります。それと…あなたは指導者として十二分に頑張っています。ですから、私はあなたを黒森峰女学園の指導者から解任するつもりはありません。」

 

野中の申し出を、家元のかほが明確に否定する。かほも、まさか西が『通信妨害』というルールの網を掻い潜るような手段を用いてこちらを揺さぶり、一気に勝負に出てくるとは想像もしておらず、今回の試合経過を内心では非常に驚き、西の指導に感心しながら観戦していた。それに西も西住流師範である以上、この戦いで黒森峰女学園が例え敗れるとしても、それが西住流の敗北を意味するものではない。野中には気の毒だが、西の方が一枚も二枚も上手だったという事だ。

 

 

 

黒森峰女学園 隊長車 ティーガーI

 

 

「操縦士、そのまま北方に一端退避!これだけ混戦になって無線の使えない状態では、何両戦車が残っているか分からないけど、生き残っている戦車が私達に後続する事を願いましょう。たぶん、相手も追ってこないと思うから、一端仕切りなおします。」

 

「了解です、隊長。後続…パンター1両、四号H型1両…以上です。まさか、ここまで減らされているとは…。相手からの追撃、確認出来ません。」

 

後方からの別動隊を殲滅する事に成功した黒森峰女学園隊長の飯山は、一端そのまま北に移動し、戦闘を仕切りなおす事を決断する。またこの機会に、残っている戦車隊の搭乗員に口頭で新たな連絡周波数を伝え、指揮系統を完全に立て直す目的もある。後続してくる生き残りの戦車は2両、相手の戦車はまだ倍は残っているだろう。

 

大洗女子学園の別動隊を殲滅している間、黒森峰女学園の戦車隊はもっとも防御が弱い後背や側面を相手の主力部隊に晒しながら戦う事を余儀なくされた。そしてその間、隊長車である自分達のティーガーIを守るために、僚車達は次々と自分達の盾となって撃破されていく様を飯山は見ていた。彼女達の犠牲にこたえるためにも負ける訳にはいかない。それまで戦ってきた戦場から北側にかなり離れた地点まで移動した3両の戦車は、隊長車が止まった事で後続車も停車した。そして隊長車から隊長の飯山が外に出た事を確認した僚車から、それぞれの車長も降りてくる。

 

「二人とも、よくここまで生き残ってくれました。私が不甲斐なかったばかりに、こんな状況になってしまってごめんなさい。それとあの忌々しい通信を聞かされていたから分かっていると思うけど、もうこの周波数は使えないわ。新たな周波数を設定するから、それで連絡をとります。いいですね?」

 

「隊長、了解しました。まだ私達は負けた訳ではないです。こんな事までされたのです。絶対に勝ちましょう!」

 

「そうですよ、隊長。ここまでやられて黙っているなんて耐えられません。絶対に勝って、目に物見せてやりましょう。」

 

二人の車長の言葉から、二人ともまだ勝利を諦めていない事を知らされた飯山は、『絶対に負けられない』との思いを強く持つ。ただ、現在の戦況はそのような決意だけでどうにかなるような状態でない事も理解していた。

 

 

 

大洗女子学園 隊長車

 

 

「三田ちゃん、戦闘中断。エリア15に後退して!向こうもそうだけど、こっちも相当やられたから、一度仕切りなおすよ。」

 

通信によりこちらの被害状況をある程度把握した辻は、一端部隊を後方に戻し、再編成する事を決断する。丁度向こうも北方に退避している以上、無理に追撃をかけるよりも一度仕切りなおした方がいいだろう。こちらの残りは、イーレンのポルシェ式ティーガーと、三田が率いる三号突撃砲が2両、四号F2型と三式中戦車、一式砲戦車がそれぞれ1両で、自分達の戦車も入れて7両だ。相手が一端引けば、口頭による連絡などにより新たな通信周波数が設定されるため、こちらの仕掛けた通信妨害の意味はなくなってしまうが、ここまで来ればもう必要ない。

 

「辻会長、了解です。一端エリア15に後退して、会長に合流します。」

 

前線指揮をしていた副隊長の三田も辻の意見に賛成のようで、生き残り部隊を纏めてこちらに戻ってくるようだ。

 

「近藤、通信妨害終了。ここまでやれば、もう妨害は必要ないから。」

 

「りょ~かい。もうちょっと話したかったけど、まぁいいか。」

 

それまでひたすらレシーバーに向かって喋り続けていた近藤が、ようやくレシーバーを下ろす。まさか、ここまでおしゃべり好きだったとは…と辻は苦笑いするが、いずれにせよ今回の通信妨害作戦の効果は非常に大きかった。なんといっても、自分達が本当に勝てるような状態にまで来てしまったのだから。

 

「…で、辻さん。次どうするの?このまま行けば私たち、本当に黒森峰女学園に勝てるよ!」

 

「中村、少し考えたいから黙ってて!」

 

「…はぃ。」

 

興奮する中村を黙らせると、辻は必死に頭を働かせる。それは、いかに勝つか…ではなく、この試合をどのように決着をつけるか…というものだった。




久しぶりに短期間の休みによる投稿という形になりましたが、最終回も近いため一気にこの話も書く事が出来ました。次回の最終回でこの戦いに決着がつきますが、読者の皆さんはおそらく、どちらが勝つのかもう分かっているかと思います。

黒森峰女学園のように通信を駆使して集団戦闘をする学園が、通信妨害によりその通信手段を封じられた場合、おそらくこんな感じになるのでないかな…と考えて、今回のような形で戦闘を進めてみました。行軍中で時間に余裕があれば、手旗や発光信号で通信周波数の新たな設定が出来るのかもしれませんが、突撃中という時間的に余裕がない状態で仕掛けられた場合、おそらく今回のように行動が一時的に麻痺するような…。ちなみに大洗女子学園を指導している西は、辻の夢を叶えてやる為に、かなり無理をしているという状態のため、今回のようなルールぎりぎりの作戦を使っています。

次回が本編の最終回となり、エピローグも同時に投稿する事になるため、次回は二話分の連続投稿になると思います(エピローグ部分はだいぶ前に書いているため、実際には本編の最終回分を書くだけになっていますが^^;)。残りあと少しになりましたが、最後までお付き合いしてもらえたらと思います。今回も読んでいただきありがとうございました。

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