学園艦誕生物語   作:ariel

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第66話 連盟の思惑

1977年 7月 抽選会場

 

「六番! 大洗女子学園の初戦の相手はマズルカ学園に決定しました。」

 

その日、第27回戦車道全国大会の組み合わせ抽選会が東京で行われ、大洗女子学園からは隊長の辻と今年度の最初に中村から副会長を交代した三田が抽選会場に来ていた。そして舞台の上に隊長の辻が上がり、箱の中からくじを引いた結果、大洗女子学園の今年の初戦は、開学時にポーランドが後押ししたマズルカ学園と決定した。

 

「辻会長、とりあえず今年はついていましたね。去年の聖グロリアーナ女学園との一回戦のように、いきなり強豪校と当たる事は避けられましたから、今年こそ勝ちたいですね。」

 

「三田ちゃん・・・それがね・・・あまり素直に喜べないんだよね。今回の抽選、絶対にイカサマだと思う・・・。だって私がくじを引いた箱の中には、くじは一枚しか入ってなかったし、私が数字を確認した訳ではないから、本当にあの番号だったかは分からないよ。」

 

「エッ!? 本当ですか?」

 

壇上に上がった辻は、抽選番号が書かれた紙が入っている箱の中に手を入れたのだが、くじは一枚しか入っていなかったようだ。大洗女子学園の抽選の順番は後ろの方だったが、まだ抽選が終わっていない学校が存在する。従って、本来であれば何枚かのクジが箱の中に入っている筈なのだが、辻が手を入れた時、どのようなトリックを使ったかは分からなかったが、箱の中には一枚しかクジが入っていなかった。また普通であれば、クジを実際に引いた生徒が数字を確認する筈だが、辻がくじを外に取り出すと、その場で司会者がクジを取り上げて、司会者が数字を読み上げた。そのため辻は、自分が引いたクジに本当に『六番』が書かれていたかを確認していない。

 

「辻さん、今の話は、本当の事?」

 

引率で来ていた西が辻に確認したが、辻は西の質問に黙って頷いた。

 

「教授・・・どうしたらいいのかな?やっぱり、おかしいと言った方がいい?」

 

「やめておいた方がいいわね。誰がこんな事を仕向けたかは、よく分からないけど、この抽選会そのものに手が出せる人間と言ったら、数人しかいないわ。だから、この件は戦車道連盟が絡んでいる事は間違いないわね・・・。だとしたら、今更辻さんが騒いだところで、決定は変わらないし、何しろ証拠もないですからね。『一枚しか入っていなかったのは、気のせいではないですか?』と言われたら、何も反論出来ないでしょう?」

 

「う・・・うん。」

 

「とりあえず、何が目的かは分からないけど、決められた組み合わせに従って全力で戦うしかないわね。いずれにせよ、うちにとっては都合の良い組み合わせなのだから。一回戦で戦うマズルカ学園については私の方で調べておくから、明日の検討会の時に作戦や編成を決めましょう。三田さんも、それでいいですね?」

 

「はい、教授。分かりました。」

 

たしかに、今回の抽選に不正があったとしても、何も物的な証拠は出せないし、辻が手を入れた箱の中にクジが一枚しか入っていなかった事についても、それを知っているのは辻しかおらず、誰も確認出来ない。そのため、例えここで辻が『イカサマだ』と騒いだとしても、おそらく主催者である戦車道連盟は不正を認めないだろう。辻も三田も少し微妙な表情をしていたが、実際には西が指摘したとおり、初戦から強豪校と当たる事は避けられたため自分達にとって都合の良い組み合わせである事は間違いなく、西に促されて今回は大人しく結果を受けいれる事に決めたようだ。

 

 

 

抽選終了後 戦車道連盟 控え室

 

 

「岸会長、私は何も知らされていませんでしたが、一応説明はしてもらえるのでしょうね?場合によっては、この件については池田流か西住流の家元に連絡しても良いのですよ?」

 

抽選が終了し、集められていた生徒達が解散した後、『ちょっとこれから用事があるから』と西は辻や三田に言い、彼女達を先に帰した後、戦車道連盟の会長達の控え室に押しかけた。そして会長の岸達が部屋で談笑している姿を見つけると、直ぐに詰め寄った。

 

「ん?西君か・・・一体どういう事だね・・・と言っても、こうやってわざわざやって来た以上は、それで納得はしないだろうね・・・。」

 

「会長、今回の抽選に不正があった事は、分かっています。何故そのような事をしたのですか?・・・いえ、事情は分かっているつもりですが、それ程私が信用出来ませんか?」

 

辻や三田には戦車道連盟の思惑は分からないと西は答えたが、実際のところ戦車道連盟の思惑はよく理解していた。おそらく連盟の考えは、『新規参入校に一度勝たせて、試合を盛り上げる』だろう。しかし、わざわざ全国大会の出場校の中では弱小校の一つであるマズルカ学園を一回戦でぶつけるという事は、自分がこれまで指導してきた大洗女子学園の強さを連盟は全く信用していないという事だ。西としては、それは自分の指導力を疑われている事と同義で、到底連盟の考えには納得出来なかった。そんな西の怒りの混じった言葉に答えたのは、連盟副会長の中曽根だった。

 

「それは少し違いますね、西さん。もし本当に大洗女子学園が弱い学校だと思うのなら、何もこんな手の込んだ事をせずに、連盟としては大洗女子学園が自然消滅していくのを待ちますよ。今回の事は岸先生と私で相談して、最終的に私の責任で行わせましたが、私としては大洗女子学園はそれなりの強さを持っていると判断したからこそ、一度は勝たせて戦車道全国大会出場校の一つとして残したいと考えたのです。」

 

「中曽根副会長、どういう事でしょうか?」

 

てっきり自分の能力を全否定されるのではないか・・・と身構えていた西だったが、中曽根の発言は少し予想外だったようで、怒りが少し収まる。

 

「これまで、大洗女子学園が戦ってきた相手を思い出してください。聖グロリアーナ女学園に練習戦での知波単学園。何れも全国大会でも強豪校と言われる学園ばかりです。まして練習戦での知波単学園となれば、それこそ現在の最強校の一つと言っても間違いないでしょう。私もあの練習戦については後から話を聞いてますが、かなり良いところまで行ったそうですね。そんな強さを持つ大洗女子学園、一度くらいは全国大会の通常レベルの学校と戦わせて、勝たせてやりたい・・・そう思っても、何も不思議ではないでしょう。」

 

「副会長、お話は分かりますが…それであれば、いつかは抽選でそのような学園と一回戦で戦う事になるでしょう?何も今年、不正までして勝たせる必要もないと思うのですが。」

 

中曽根が言わんとしている事は、西も当然理解できる。ある意味、自分の責任でもあるのだが、これまで大洗女子学園が勝てなかったのは、一般的には強豪校と言われている学園としか戦っていない事もある。これは現役時代、知波単学園の副隊長や隊長として戦ってきた西としては、強豪校のみしか相手として考えていなかった事も理由として挙げられるが、たしかに事実として、大洗女子学園はこれまで一度も勝った事がない。

 

しかし抽選による組み合わせは運のため、今年も一回戦で強豪校と当たってしまい一回戦負けたとしても、そのうち一回戦で勝てる学園と戦う事も出てくるだろう。それにも関わらず、何故今年不正までして、このような組み合わせを作ったのだろうか。しかしその答えは、岸の口から明確に語られた。

 

「西君。今年、大洗女子学園には一度は勝ってもらわないと私が困る。それに・・・君は、あの子に一度も勝たせずに卒業させるつもりなのかね?私にとっては、辻君は同士だったのだ。・・・まぁ、私の最後の我が儘だと思って、勘弁して欲しい。」

 

岸の言葉を聞き、西は黙って頭を下げた。これまで会長の岸は、自分の立場という事もあり、新規参入校への援助という事で大洗女子学園その物に対しては様々な便宜を図ってくれていたが、辻個人に対しての援助は行っていない。しかし学園艦計画の経緯を考えると、最初はまだしも、最後は辻の祖父である辻政信と岸は同士と言っても良い関係だった筈だ。だとすると、岸が辻の孫娘に対して何かしてやりたいという事は理解出来る。それに最後の我が儘という事は・・・。

 

「会長、退任なさるつもりですか?」

 

西が岸に確認をするよりも早く、副会長の中曽根が岸に確認する。

 

「あぁ、今期で国会議員も引退しようと考えているし、私も80を超えた。もうそろそろいいだろう。今年度を最後に会長職は辞任するつもりだから、後は中曽根君に任せるよ。」

 

「そうですか…。分かりました。後は私が引き受けますから、ご安心を。…そういう事です、西さん。今回の件は、申し訳ないですが、こちらの思うようにやらせてください。それと岸先生の引退の話はいずれ正式に発表しますが、この件についても他言無用にお願いします。」

 

自分が知波単学園で現役だった時、岸は既に戦車道連盟の会長だったし、指導者として参加している現在でも岸が会長をしている。また、自分が研究者として好きなように楽しんでいられる切欠を作ってくれたのも岸だった。そのため、西にとっては『岸=戦車道連盟』であり、自分の恩人の一人でもある。その恩人の引退前の最後の我が儘と言われてしまえば、西としてはそれ以上反論する事は出来なかった。

 

 

 

大洗女子学園 

 

 

「とりあえず、一回戦の相手はマズルカ学園に決まったので、それに対しての作戦だけど、まずマズルカ学園の戦力を見て頂戴。」

 

抽選会から戻ってきた辻達は、翌日の検討会の席で、顧問の西から自分達の初戦の相手となるマズルカ学園の戦車隊についての説明を受けていた。

 

「マズルカ学園は、ポーランドからの援助を受けて作られた学園艦で、一部ソ連の援助も受けています。そのため、そこで行われている戦車道に使用される戦車は、ほとんどはポーランド製ですが、一部ソ連製も混じっていて、そのソ連製の戦車が大きな問題です。これまで一回戦を勝つか負けるかの学園だったから、それ程強い学園ではないけど、油断は禁物よ。」

 

西が辻達に渡した資料には、マズルカ学園の予想戦力と書かれた紙が入っており、そこには『10TP 1両、7TP 4両 (内、1両がDW型)、ルノーR35 3両、T-34/76 2両』と書かれており、それぞれの戦車のスペックが示されていた。

 

「教授、10TPや7TPなんて初めて見る戦車なんだけど、大丈夫かな?それと、ルノーR35ってフランスの古い戦車だよね?T-34/76はプラウダが使っているからよく分かるけど・・・。」

 

「まぁ、実際に戦う時に注意しないといけないのは、ソ連のT-34/76だけなのだけど、辻さん達の搭乗する八九式中戦車だとT-34/76以外の戦車相手でも撃破される可能性があるでしょうね・・・フラッグ戦だから辻さん達の戦車が撃破されたら終わりだから、今回だけは装甲の厚い戦車に搭乗してもらうのも一つの作戦だけど・・・」

 

「教授、今更、八九式以外には乗りたくないよ。私達は最後までこれで戦うわ。それに、前に出なければ問題ないでしょ?」

 

現在の全国大会は、隊長車が撃破されたらその時点で勝敗が決定するフラッグ戦が採用されている。そのため、辻が搭乗する八九式中戦車が撃破されてしまえば、どれだけ有利な状態でも大洗女子学園が負けてしまうため、戦車道連盟や会長の岸の思惑を知っている西としては、この試合だけでも辻達に装甲の厚い戦車に搭乗させようとも考えたが、肝心の本人達が明確に拒否してしまっている以上、このまま行かざるをえなかった。

 

「まぁ、いいわ。それとマズルカ学園の得意な戦法だけど、7TPや10TPを主力とする戦車隊が攪乱しつつT-34/76が待ち構えている地点に誘導して、T-34/76で撃破する戦法のようね。まぁ、T-34/76さえ撃破してしまえば、後は37mm砲搭載車ばかりだから、余程の事がない限り負けないと思うわ。ただ1両だけある10TPは時速50km近く出る快速戦車だから、それだけは注意した方がいいわね。」

 

「教授、だったらウチも機動力重視の編成で一回戦は戦うの?」

 

攪乱戦法が得意な相手であれば、こちらも機動力を重視した編成で攪乱されないように戦う方が安全だろうと辻は考えたが、西の答えは異なっていた。西は、今回のトーナメント表を示しながら辻に答える。

 

「今回は火力と装甲重視の編成で戦います。たしかに辻さんが言うように、機動力重視の方が戦いやすいと思うけど、次の戦いを考えると、あまりウチの機動戦は見せたくないわね。」

 

辻は、西から『次の試合の事を考えると』という言葉を聞いて、改めてトーナメント表を見てため息をつく。

 

「はぁ・・・うちが一回戦を突破したとして・・・二回戦の相手はアンツィオ高校と黒森峰女学園の勝者・・・。どう考えても、黒森峰女学園が相手になるのは間違いないよね。最後の最後で夢を叶えるチャンスが巡ってきた事を喜んでいいのやら・・・。」

 

「辻会長・・・もっと前向きに考えましょうよ。二回戦で黒森峰女学園を倒してしまえば、私達優勝出来るかもしれないんですよ。」

 

辻がため息をついたのを見て、副隊長の三田が元気づけるが、辻は再び盛大にため息をついた。

 

「ほら、そんなにため息ばっかりついていないの。そんな事は、一回戦勝ってから悩みなさい。とりあえず、少しでも二回戦の相手になる黒森峰女学園に手の内を見せないようにするためにも、今回は火力重視の編成でゴリ押しで戦います。これが今回の私の案だけど、特に問題ないようだったら、これで決めるわよ。」

 

そう西は言うと、一回戦に出場予定の戦車が書かれた紙を辻達に見せる。

 

「隊長車は私の八九式中戦車、これに三田ちゃんの三号突撃砲J型が3両、四号D型とF2型が1両ずつに、三式中戦車3両と、イーレンのティーガーね。まぁ、火力重視となると、これくらいしか選択肢はないよね。イーレンのお父さんから貰う筈の戦車は、まだうちの学園艦に到着してないし・・・。」

 

「辻会長、火力や装甲的には、うちが圧倒的に有利ですから大丈夫ですよ。一回戦頑張って勝ちましょうね。」

 

「そうだね、三田ちゃん。二回戦で黒森峰女学園と戦うためには、今回は絶対に負けられないか・・・しっかり頼むよ。」

 

『二回戦の事は一回戦に勝ってから悩みなさい』と西は辻達に言ったが、西自身も流石にマズルカ学園相手であれば、余程の事がない限り自分達が勝つだろうと確信していた。戦車道連盟の思惑を辻達に教える訳にはいかないが、連盟も今回の試合で、大洗女子学園が勝つ事を予想しており、その見立ては自分も正しいだろうと思う。T-34/76が2両相手にある事は少し心配事項だが、あの知波単学園を相手に練習戦でそれなりに良い試合が出来た現在の大洗女子学園であれば、大丈夫だろう。懸念材料といえば、これまで大洗女子学園が一度も勝ったことがないため、辻が勝利に先走り隊長車が撃破されてしまう事だが、今日の様子を見ている限りでは、そんなミスを辻は起こさないだろう。西は大洗女子学園に来てからは珍しく、安心して試合が見られるな・・・と考えていた。

 

 

 

1977年8月 日出生台演習場 (第27回戦車道全国大会1回戦 第3試合)

 

 

「ねぇ、中村。なんか変わった戦車が並んでるよ。あの戦車なんて、砲塔二つついているし。あんな戦車でまともに戦えるのかな?それに・・・マズルカ学園って、物凄く制服は派手だよね?」

 

「う・・・うん。たぶんあの戦車が、教授が言っていた7TPのDW型だと思う。二つ砲塔がついている戦車なんて、私だって本物は初めて見たよ。あと、マズルカ学園の制服って、私は格好良いと思うよ?」

 

第一回戦、マズルカ学園の参加する戦車隊を見た辻達大洗女子学園の生徒達は、今まで見たことがないような珍しい戦車が並んでいるのを見て、興味深く見ていた。そして、特に双砲塔型の7TP DW型には驚いたようで、戦車を見ながら小声で話し合っていた。また、それらの戦車の近くに居るマズルカ学園の生徒達は、青を基調としたナポレオン戦争の際のポーランド兵の軍服を模したような制服を着ており、ご丁寧にサーベルまで下げている。辻達がマズルカ学園の戦車を見ながら小声で話していると、マズルカ学園の生徒達の中から隊長と副隊長と思われる二人の少女が辻達の方に歩いて来る。

 

「…マズルカ学園の隊長をしている、アンナよ。うちの戦車、変わってるでしょ?」

 

「あっ、大洗女子学園の隊長をしている辻です。その…砲塔が二つもついた戦車は、初めて見たから。」

 

「あぁ~、それはよく言われるわ。たしかに、二つ砲塔乗せてる戦車なんて珍しいよね。あれ、私が乗っている戦車なんだけど、普通の7TPは3人乗りなのに、あれは4人で乗っているから、中は狭くて大変なのよ。まぁ、私はあの形が好きだからいいんだけどね。」

 

「へぇ~、そうなんだ。私も八九式中戦車乗っているから、中が狭いと大変なのは良く分かるよ…。」

 

共に狭い戦車で戦っている辻とアンナは、お互いに戦闘中の苦労は理解出来るようで、試合前だというのに意気投合する。またマズルカ学園のアンナは、強豪校と戦う際はいつも自分達の戦車の古さを馬鹿にされてきたため、同じように古い戦車に搭乗している辻には、親しみが持てたようだ。

 

「あ~、そういえば、あなたの戦車は八九式中戦車だったわね。まぁ、それ以外の戦車はうちの学園よりもだいぶ新しそうだけど、お互いに乗っているのは古い戦車だから、苦労するわよね。あなた達、まだ一度も勝った事ないんでしょ?」

 

「うん…と言っても、まだ戦車道始めて2年目だから…、出来れば、私が居るうちに初勝利はしたいところだから、今日は勝たせてもらうよ。そういえば、マズルカ学園も初めて勝つまで大変だったの?」

 

「えっ?うちは、今回が27回目の出場だけど、一回戦で勝ったのは5回だけかな…。初勝利は第一回大会だから早かったけど、それからはなかなか勝てなかったみたい…。私は運よく去年勝てたけど、一度も勝てなかった先輩達も居たわ。だから、一度も勝てない事の辛さはよく分かるのよね。だからと言って、今日はウチも勝つつもり来ているけどね。」

 

辻は、マズルカ学園も自分達と同じように、一回戦でたまたま同格の学校と当たらなければ、勝つチャンスがないという事を知り、自分達だけではなく、マズルカ学園も今回の一回戦は、勝利のための大きなチャンスだと考えている事を知った。

 

「アンナさんの方も、私達と同じように今回は勝つチャンスだと考えているんだ。でも、私達も初勝利がかかっているから、そう簡単には負けないよ。」

 

「分かっているわ。お互いに勝てるチャンスはそれ程多くないから、いい試合をしましょう。私達にとっても、マズルカ学園の開学以来初の二年連続一回戦突破がかかっているからね。」

 

そう言って、アンナとマズルカ学園の副隊長は、自分達の戦車に戻って行った。辻と同乗者の中村はその姿を見ると、スタート地点に向かうために自分達の搭乗する戦車に移動する。

 

「中村、私達もそうだけど、向こうも必死ね。でも、今年こそは勝ちたいから、よろしくお願いね。」

 

「辻さん、分かっているよ。今年は私も最後だから全力で頑張るよ。だから期待していて。」

 

 

 

観戦席

 

 

「さて、中曽根君の想定どおり、大洗女子学園が勝つかね…。」

 

「岸先生、大丈夫です。普通に戦えば、戦力的には大洗女子学園が圧倒していますし、これまでの大洗女子学園の試合結果を確認しましたが、余程の事が無い限り、今回の大洗女子学園の勝利は動きません。」

 

一回戦の試合にしては珍しく、この試合の観戦席には戦車道連盟会長の岸と副会長の中曽根の姿があった。強豪校の絡まない一回戦に関わらず、この二人が観戦しているという事で、一体何があったのだ…と勘ぐるマスコミ関係者も一部には存在していたが、会長の岸の『昨年から参戦してきた新規参入校の試合を見ようと思っただけだ』という言葉で、一応は納得したようだった。

 

「まぁ、そうだろうな。辻君のお孫さんには、一度は勝たせてやりたかったからな…。君の方からそんな提案をされた時は少し驚いたが…どちらにせよ、二回戦の黒森峰女学園との試合で消えるのだ、一度くらいは勝たせてもよかろう。」

 

「私は、岸先生の考えとは違って、黒森峰女学園相手でも良い勝負をすると考えているのですがね…。まぁ、いずれにせよ純粋に全国大会を盛り上げるために、今回の件を計画しただけです。私の方こそ、逆に岸先生があっさりと認めたことに驚いたものです。どちらにせよ、今回だけの特別な措置…二度とこのような事は行いません。」

 

抽選会での不正の件は、当初は中曽根の提案だったが、最終的には岸の方が積極的に動いていた。どちらも理由は異なるが、大洗女子学園に今大会で一勝してもらうことは、連盟としての意思…余程のことが無い限り、今回の一回戦の大洗女子学園の勝利は動かないだろう。

 

「そういえば岸先生は、この件を池田流や西住流の家元に伝えたのですか?」

 

「いや、今回の件はあくまでも戦車道連盟として行った。だから、あの二人には伝えていないよ。まぁこの件は、我々が墓場まで持っていくしかなかろう。もっとも何故か知らないが、今回のトーナメント表を見てあの二人は喜んでいたのだが、中曽根君は事情を知っているかね?」

 

「いえ、特には…。いずれにせよ、あの二人も喜ぶという事は、理由は分かりませんが、それぞれの流派にとって都合が良い試合予定だったようですね…。」

 

抽選会後に開かれた戦車道連盟での会合に、珍しく池田流と西住流の家元が二人揃って出席していたが、二人とも何故か知らないが上機嫌だった。そのため会長の岸は、二人に『何か良い事があったのか?』と聞いた所、二人からは『今回の全国大会のトーナメント表を見て、理想的な試合予定になっている。』との答えが返ってきた。具体的にどの部分について、二人が言っているのかは分からなかったが、いずれにせよ二人にとっては非常に都合の良いトーナメントになっている事は間違いない。

 

「さて、そろそろおしゃべりも終わりだな。試合が始まりそうだ。これだけお膳立てをしたのだ…、辻君のお孫さんには、勝ってもらわないとな…」

 

岸がつぶやくように独り言を言うと、それを待っていたかのように中央で信号弾が上がった。

 

「一回戦、第3試合。試合開始!」

 




サッカーのワールドカップの予選では、意図的に開催国に予選突破させようとしたグループ分けが行われますので、主催者がなんらかの意図を持っていた場合、今回のような事があっても、おかしくはなさそうなんですよね。…ということで、今回は勝てそうな相手として、ポーランドが後ろについているマズルカ学園に登場してもらう運びになりました。

ポーランドは、中世の軽騎兵が有名ですが、戦車の方も自国で一応作っていまして、戦車道に出して見たいな…と前から考えていました。そのため、今回絶好の機会という事で登場です。ドイツによる『白の場合』作戦では、ポーランド軍は一部を除いて蹴散らされてしまいますが、それでもあの時代に自国設計の戦車を持っていた訳ですから、かなりの軍事大国だったと言っても良いわけで…。

とはいえ、戦車道の試合で、7TPで勝てる相手となると…と思い、一部ソ連からの供与品という意味合いで、T-34/76を登場させています。次回は、大洗女子学園VSマズルカ学園の試合になりますが、大洗女子学園に勝ってもらうのは前提でも、一度くらいはマズルカ学園の活躍も書いて見たいな…と考えていたりします^^;

今回も読んでいただきありがとうございました。

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