学園艦誕生物語   作:ariel

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第65話 実験

1977年 5月 大洗女子学園

 

 

その日、いつもであれば通常の戦車道の訓練が行われているはずだったが、今日は指導者の西からの指示で、かなり特殊な事を大洗女子学園の生徒達は行っていた。しかもこれまでの練習では的に対しての砲撃では模擬弾を使用し、戦車相手に撃つ場合は少しでも戦車へのダメージを少なくするために染色弾を使用していたが、それも今回は特例という事で、戦車相手に模擬弾を使用する事になっている。そのため、昨日の検討会でその事を西から告げられた辻達は、一瞬顔を見合わせて戸惑っていた。

 

そして今日、学園の授業が終わり、戦車道の練習を行うために辻達が格納庫周辺に集まると、前面に追加装甲のような物を装着された三号突撃砲と、その突撃砲から伸びるコード類や接続されたモニター、そして一定間隔ごとに旗が立てられた直線が地面に描かれており、集まった生徒達はこれから一体何が起こるのだろうか、と小声で話し合っていた。

 

「辻さん、とりあえずあなた達からお願いするわ。八九式中戦車で、そこに停止している三号突撃砲の追加装甲部分を模擬弾で射撃して。距離は800mだから・・・四本目の旗の所からお願いね。」

 

「うん・・・教授、分かったよ。ところで、これって何の練習なの?」

 

「今日は練習ではなくて、私の研究の手伝いよ。これまでずっとあなた達を教えてきたのだから、今回は協力してもらうわよ。」

 

「りょ~かい。」

 

えらく変わった事をさせられるな・・・と思っていたら、教授の研究の手伝いか・・・。ようやく事態を理解した辻達は、指示どおり自分達がいつも使用している八九式中戦車に搭乗すると、指定された旗の位置に移動した。

 

「真田、久しぶりの砲撃だけど、当てられるよね?一応、後輩達も見ているから、あまり無様な事は出来ないよ?」

 

「大丈夫、辻さん。任せておいて。射撃準備完了、いつでもいけるよ。」

 

「頼んだわよ。砲撃!」

 

辻の号令で、八九式中戦車の主砲が火を噴き、それとほぼ同時に目標としていた三号突撃砲の正面装甲に弾着を示す煙が上がる。どうやら命中したようだ。辻達は、久しぶりの砲撃が無事に命中した事にホッとしていたが、無線から西の声が流れる。

 

「辻さん、次は距離600mからお願いね。三本目の旗の位置から同じように砲撃。」

 

「了解、教授。」

 

西からの無線の指示に従って、辻達の戦車は移動を開始したが、戦車内では次弾を装填しながら砲手の真田は疑問を口にした。

 

「ねぇ?私達の八九式の主砲は18口径の57mm砲だよ?貫通力考えたら、三号突撃砲の正面装甲80mmなんて、ゼロ距離から撃っても貫通しないよね?これって、何か意味あるのかな?」

 

「あ~、たしかに・・・私達の戦車で撃つ意味ってあるのかな・・・」

 

「真田も中村も静かに。教授の事だから、何か考えがあってやっていると思う。だから今は全力でお手伝いするだけだよ。これまで私達の練習にズッと付き合ってきてくれたんだから、今度は私達が協力する番だよ。」

 

「それもそうね、辻さん。教授がわざわざ私達の戦車を指名した以上、何か考えがあっての事だよね。」

 

八九式中戦車は、指示通り600mの位置から再び的となる三号突撃砲に射撃をする。そして、しばらくすると再び西からの指示で400m、そして200mの位置に移動するように連絡が入り、その都度それらの場所から砲撃を行う事となった。最後に200mの位置から砲撃を行うと、無線で西から戻ってくるように伝えられた。

 

「辻さん達、お疲れ様。とりあえず助かったわ。次は三田さんの三号突撃砲で同じ事をお願いするわ。ただし、砲撃距離は1600mと1000mからお願いするわね。」

 

「分かりました、教授。」

 

続いて西から指示をもらった二年生の三田は、自身の三号突撃砲に搭乗し、指定された位置に移動を開始した。西はその姿を見ると、自分が東北大学から連れてきたスタッフに指示を送る。

 

「想定では、1000mからの砲撃の方は撃破になるはずですから、システムが動くかどうか、しっかり確認してください。それと、発生するシグナルを見落とさないように注意してください。」

 

戻ってきた辻は、西に色々と聞きたいことがあったが、いつもの西の姿とはかなり異なる雰囲気に、話しかける機会が見つからなかった。そうこうしていると、三田の搭乗する三号突撃砲が1600m地点に到着したようで、一回目の砲撃が的に着弾した。しかし、的となった三号突撃砲には何も変化はなく、ただ西が連れてきたスタッフ達が、忙しそうにメモを取ったり、表示された数字を見ながら話し合っているだけだった。

 

「ねぇ、中村。あれ、何やっているんだろうね?着弾した瞬間に、あそこに映っていた数字が大きくなったみたいだけど、何を測っているんだろうね・・・」

 

「さぁ・・・私には全く分からないよ・・・辻さん。でも、さっき教授は次の1000mからの砲撃は撃破になるはずだからウンヌンと言っていたから、次の砲撃の結果で何か分かるんでないのかな?」

 

西は、辻達の戦車に対して指示をしたように、三田の三号突撃砲に次の地点に移動して、砲撃を行うように無線で連絡を入れている。そして、1000mの位置から放たれた砲弾が的となった三号突撃砲に命中した瞬間、三号突撃砲の上面から小さな白旗が上がった。その瞬間、測定などをしていた西のスタッフ達は、大声で『やった!成功だ!』と騒ぎ始めた。そして西の元にやってくると、西と握手しながら喜びの声をあげる。

 

「西先生、成功ですね!おめでとうございます。それにしても、先生が想定していた通りになりましたね。」

 

「皆さん、ありがとうございます。ただ、大変なのはこれからです。ここからは、システム構築など、私達には手が出せない部分の話も出てきますから・・・。これからも、よろしくお願いしますよ。」

 

西や東北大のスタッフ達が大喜びしているのを横目に、完全に置いてきぼりにされた大洗女子学園の生徒達は、一体何がどうなっているのか、さっぱり分からなかった。ただし流石に辻は、西が何を喜んでいるのかをなんとなく理解する事が出来た。おそらく今回の実験は、戦車が撃破された時は白旗が出て、撃破されていない場合は命中しても白旗が出ない事を確認していたのだろう。実際に、ゼロ距離射撃でも撃破出来ない自分達の八九式中戦車の砲撃の際は、命中していたが白旗は出なかった。また三田の三号突撃砲でも、1600m地点からの射撃の際は、白旗は出ていない。撃破の自動判定装置か・・・と辻は理解した。

 

「教授、今回の実験って、戦車の撃破を自動で判定する装置の実験だったの?」

 

「えぇ、そうよ辻さん。戦車が撃破されるような砲撃を受けた時だけ、白旗が出る装置ね。元々、こういう装置の開発のために私は戦車道連盟からお願いされてこの学園に来ていたから、今回は成功して本当に嬉しいのよ。」

 

「教授?でも、今の戦車道の大会では、審判が撃破かどうかの判断をしているよね?それじゃ、駄目なの?」

 

まだそれ程戦車道の試合を経験していない辻は、そんな疑問を口にしたが、それについてはプロリーグの試合を良く見る中村が答えた。

 

「今の審判のシステムが問題あるのは分かります。実際に私もプロリーグの試合で、誤審で試合が止まるのを何度も見ていますから。でも、こんな自動判定のシステムが出てくれば、そういう事もなくなるのですね・・・どうやって判定しているのかは、全然分かりませんけど。」

 

「そういう事よ、辻さん、中村さん。戦車道連盟からは、プロリーグの誤審問題の解決手段として期待されているみたいね。私としては、プロリーグでそんなに酷い状態になっているとは、考えていないのだけど・・・。もっとも、今回の実験はその装置の最初の一歩が成功しただけだから、まだまだ先は長いでしょうけど。それにしても・・・」

 

西が、辻や中村に答えている途中、近くにあった無線機から不穏当な発言が流れる。

 

「教授様、今度は私達が撃つネ。私も自分の戦車で一度旗が出る所、見てみたいヨ。この戦車が、大洗では一番強いネ、だからこの戦車でも白旗出せる筈ヨ。」

 

見ると、いつのまにか一年生のイーレンが搭乗するポルシェ式ティーガーが、距離1000m

地点に移動している。それを見た西は、焦ったように無線機に飛びつき、イーレンに『待ちなさい!』と言おうとしたが、その前にティーガーの主砲の火が噴く。そして着弾の瞬間、もの凄い音がして、的となった三号突撃砲から炎が上がった。

 

「消火!急いで!」

 

西のその声に、喜び合っていたスタッフ達は我に返り、急いで消化器を片手に駆け出し、炎を上げている三号突撃砲の消火を開始した。

 

「えっと・・・中村・・・。このシステム、かなり拙いんじゃない?もし私達があの戦車に搭乗していたら、私等今頃火ダルマになっているよ?やっぱり、多少の誤審はあっても染色弾の方がいいんじゃない?」

 

「た・・・たしかに・・・。人乗ってなくて良かったね・・・辻さん。」

 

目の前で炎に包まれた三号突撃砲を見て、辻と中村は小声で話し合った。見ると、西も少し顔を青ざめさせた様子で、ブツブツと『しまった・・・考えていなかった』などと独り言を繰り返している。

 

「教授・・・旗出なかったし、突撃砲が炎上しちゃったけど、どうしてこうなったの?」

 

辻はブツブツ独り言を言っている西に対して、意を決して質問をする。すると西は我に返ったのか、辻に対して原因を答えてくれた。

 

「あの装置は、圧電素子を使って着弾した時の衝撃を電界に変換して、発生した電界の量を電算機が判断する事で、撃破の場合は白旗が出る装置だったの。それで今回は、通常の装甲板の上にそういう材料で作った装置を装着していたのだけど・・・そっちの、装置を乗せた装甲板自体が、ティーガーの砲撃で貫通したみたいね・・・。たしかに、ティーガーの88mm 36L/56砲を1000mから撃たれると、貫通距離考えたらこうなってもおかしくないのだけど・・・装置ごと撃ち抜かれる事は考えていなかったわね。」

 

最後の方は、まるで自分に言い聞かせるような感じで、西は辻に答える。どうやら今回の事態は、西にとっても少し想定外だったようだ。炎上していた三号突撃砲は、西のスタッフや整備員達の懸命の消火活動により火は消し止められたが、全体的に黒ずんでしまい、ここから元に戻すには相当な苦労がありそうだ。そして火が消えた頃、ようやくイーレン達のティーガーが戻ってきた。イーレン達は戦車から降りると直ぐに西の元に走っていき、土下座する。

 

「教授様・・・本当に申し訳ないヨ。戦車が燃えちゃったネ。」

 

「お馬鹿!・・・と、言いたい所だけど、実際にあなた達のおかげで、装置ごと撃ち抜かれる事も分かったから、今回は許してあげます。でも、これからは私の指示をよく聞くように!いいですね?」

 

「・・・はい。ごめんなさいネ。」

 

いつもであれば、色々と言い訳を並べた挙句に、決して謝らないイーレンだったが、流石に今回の事は『拙い』と考えたのか、素直に頭を下げた。

 

いずれにせよ、西による自動撃破判定装置の実験は、半分成功半分失敗という結果に終わる。とはいえ、西としてはそれでも大きな前進と考えたのか、翌日は東京の戦車道連盟に報告に行くと辻達に伝え、自分が留守の間も練習をサボらないように生徒達に言うと、スタッフ達と共に得られた結果の解析をするために、学園艦内の自分の部屋に戻っていった。

 

 

 

学園艦内 西の居室

 

 

「皆さん・・・怪我の功名になりましたが、実際に使用してみる前に問題点が洗い出せて良かったです。装甲板ごと持っていかれるのは、私も想定していませんでしたが、今考えれば計算上ありえる話でしたね・・・。完全に私のミスです。とはいえ、この問題の解決はかなり難しそうですね・・・。」

 

「先生、今自衛隊が使っているような複合装甲の上にこのシステムを載せてみてはどうですか?あの装甲ならば二次大戦で使用されていた戦車の砲弾であれば、問題なく防げると思いますが・・・。」

 

「それをやろうと思うと、戦車道連盟の全国大会出場規定を変えてもらって、装甲などが弄れるようにしてもらわないと駄目ですね・・・それに、あの装甲を搭載するとなると、重量がそれだけ増えますから機動力も落ちてしまいます。機動力で戦っている学園からは相当な反対が出るでしょうね。」

 

自動撃破判定装置に更に装甲板まで戦車に積み込んでしまえば、ただでさえ重い重量がより重くなってしまう。特に黒森峰女学園やプラウダ高校などの重戦車は、重さに対してエンジン出力が小さく、かなり無理な機動を行っているが、このバランスが更に悪化してしまうと、ただでさえ動けない戦車がより動けなくなってしまう。従って、更なる追加装甲の積み込みなど絶対に認めないだろう。また装甲が薄いが故に重量が軽く、機動力を保っている戦車にとっては、重量が増えることは致命的だ。

 

「先生、弾の初速を抑えて着弾時のダメージを抑えてみてはどうでしょうか?どうせ撃破判定装置で撃破を判定するのであれば、装置側の設定を変えてしまえば、これまでと同様に撃破判定を見かけ上は出すことが出来ると思います。」

 

「良い案だと思うけど、それも却下ね。初速が遅くなれば、それだけ着弾までの時間もかかるから、射撃の狙いや避け方が実際とは大幅に変わってしまうわ。高校生の大会はまだしも、これまでそのタイミングで練習してきたプロリーグでは受け入れてもらえないでしょうね。」

 

主砲から放つ弾丸の初速を抑えれば、たしかに着弾時の貫通力は落ちるため、現用の装甲に判定装置を載せるだけでも使用可能になるだろう。しかしそれをやってしまうと、着弾までの時間も変わってしまうため、これまで現在のタイミングで経験を積んできたプロリーグの選手達は、再び新しいタイミングでの練習をせざるを得なくなり、これまで積み重ねてきた経験が役に立たなくなってしまう。自分の友人達がプロリーグに大勢在籍しており、経験を積み重ねる事の苦労を知っている西は、そんな事は出来なかった。

 

「とりあえず明日、戦車道連盟に実験結果を報告しに行ってくるけど、現状の問題点も一緒に話してきます。ひょっとしたら、これからは装甲などについても研究する事になるかもしれないけど・・・よろしくお願いしますね。まぁ、金属材料研究所としては、装甲板の開発は本職に近いので、望む所ですが・・・」

 

「そうですね、西先生。それにしても、一つ出来たと思ったら、また次の課題が出てくる・・・。分かっていたとはいえ、まだまだ先は長そうですね・・・。」

 

西の部屋で行われた会合は、現状の問題点の洗い出しと、今回得られたデータの取り纏めで終わった。そして、撃破される地点からの砲撃に対しては想定通り白旗が出て、撃破の自動判定が可能との結果が得られたが、装甲板その物が撃ち抜かれる場合もあり、現状ではとても使用出来ないとの結論に落ち着いた。

 

 

 

翌日 戦車道連盟 会長室

 

 

「西君。とりあえず、ご苦労だった。やはり私が前に言ったとおり、実際に戦車に使用してみて初めて出てくる課題という物があったようだね。とはいえ、これは大きな前進だ。現状では使用出来ないという事は理解しているが、それでも自動判定装置開発の道筋が出来ただけでも良しとするべきだろう。」

 

翌日、戦車道連盟本部の会長室を西は訪ね、会長の岸に昨日得られた実験データを含め、現状で可能な事と問題点を素直に伝えた。西は、現時点での問題点の多さを考えると、岸はあまり良い顔をしないだろうな・・・と考えていたが、会長の岸の反応は悪くなかった。どうやら、岸は最悪の事態を想定していたようで、少なくとも判定装置そのものの目処が立った事は想像以上の成果だったようだ。

 

「ありがとうございます、岸先生。しかし、課題は未だに山積しています。まずは重量をあまり増やさなくても良いような新装甲の開発。これがない事には始まりません。また、今回の測定装置は正面装甲のみに対応させましたが、実際に使用するとなると、側面や背面、そして下部装甲など異なった限界数値を想定した判定装置を一両の戦車にいくつも組み込むことになります。そうなった場合、現在の電算機では処理が追いつきませんので、電算機の開発、そしておそらくその装置全体のシステムを管理する人間の教育も必要になってくると思います。」

 

「そうか・・・では、しっかり頑張ってくれたまえ。」

 

「・・・は、はぁ。」

 

西が、岸に対して課題が未だに多岐に渡る事を説明すると、岸は造作もなく西に対して『それでは、頑張りたまえ』と一言で返した。西は、そのあまりにも簡素な返答に思わず返事をしてしまったが、流石にこれは無茶過ぎると考えたのか、反論を試みる。

 

「その・・・そう簡単に言われても困ります。装甲板の開発、電算機の開発、そしてそれら全てを統合するシステムの開発に、使用する人間の教育、どれも私の専門からはかけ離れています。私一人では、これだけの事は出来ませんし・・・」

 

「そんな事は、私も分かっている。私が言っているのは、今回の判定装置の発案者は君なのだから、君が中心になってこれらの開発をやり遂げたまえ、という事だ。場合によっては、君に渡している基金の増額や期間の延長も含めて連盟として対応するし、全国大会の出場規定の一部変更についても、考えても良い。いずれにせよ、最後までこの仕事をやり遂げて、なんとか撃破に対する自動判定システムを作り上げて欲しいのだ。」

 

流石に自分一人でやれと言っている訳ではないか・・・と西は少し安心したが、いずれにせよこれからは、多岐に渡る研究者を集めて研究を進めなくてはならないという事を理解した。それにしても、岸はえらくこの研究にご執心のようだが、それほど現在の戦車道では誤審の問題が蔓延っているのだろうか。自分が参加している高校生の戦車道全国大会では、そこまで大きな問題にはなっていないはずだ。

 

「分かりました、全力でこれからも研究を進めます。ところで、誤審の問題は、現在それ程深刻なのですか?」

 

「あぁ、ギャラクシーリーグでは非常に深刻な問題になっている。まぁいい。百聞は一見にしかずと言うが、ちょっとした映像を西君にも見せよう。」

 

そういうと岸は秘書を呼び出し、一本のビデオテープを持ってこさせた。そして会長室に備え付けられている装置を使用しその映像を見せてくれたが、その映像のあまりの酷さに西は唖然とする。映像はギャラクシーリーグの広島カペラと大阪アンタレスの試合中に起こった撃破に関する判定を巡る抗議風景と両チームのいざこざが撮されており、自分が知波単学園の1年生の際に一度会った事があるマジノ女学園で副隊長をしていたミシェルと、黒森峰女学園で副隊長をしていた島田真由子が掴み合いの喧嘩をしていた。

 

「これは、昨年度のリーグ戦の際に起こった出来事でね・・・大阪アンタレスの戦車が撃った砲弾が、広島カペラの隊長車に命中した際、審判は撃破を宣告して試合が一端終了したのだ。ところが砲弾が命中した場所は、戦車の砲塔部分で、場所的には撃破かどうか非常に怪しい場所だったため、広島カペラ側は審判に抗議した結果、判定の審議となったのだが、今度は大阪アンタレス側が騒ぎ出してね。最初は口論だったものが、最後はキャプテン同士の取っ組み合いの喧嘩に発展したという事だ。まぁ両チームのファンは、この取っ組み合いの喧嘩についても非常に楽しんで見ていたようだが、それでも問題には違いない。最終的に、両チームのキャプテンと乱闘に参加した選手は全員、1ヶ月の試合出場停止となった。」

 

「まぁ・・・あの真由子さんが、ここまで掴み合いの喧嘩に参加しているのですから、余程怒っていたのでしょうね。たしかに、早いところこの装置が出来ないと問題が大きくなり、戦車道の人気が落ちる可能性がありますね・・・分かりました。ただ、完全な装置が出来るのは、もうしばらくかかりますよ?まぁ、軽戦車同士の試合で、モデル試合のような形で、撃破判定を甘くすれば、今でも試合に使えるかもしれませんが・・・。」

 

西は、岸がここまで誤審問題を気にしている理由がよく分かり、戦車道全体のためにも、自分がこれから更に頑張らなくてはならない事が分かった。しかし岸は、西が発言した内容に対して驚いたような顔をしており、いつもの岸にしては珍しい程早口で西に答えた。

 

「西君、今なんて言った?軽戦車でモデル試合のような形であれば、現在のシステムで試合が出来るような事を言ったと思うが・・・」

 

「あ、はい。要は、現在の装置を貫通しないような砲弾同士の戦いであれば、問題ないですし、実際には撃破していなくても、ある一定の衝撃水準を超えた命中砲弾に対して、検出側で便宜的に撃破判定を出すだけでしたら、今でもそれなりの形には・・・」

 

「! 決まりだ。早速、その方式で試合を行わせよう。それこそ君のお友達が大勢居る、福岡シリウスと名古屋スピカに、撃破判定装置を一度試させればよかろう。西君、よく言ってくれた。これについては、戦車道連盟の方で準備させるから、君は戦車の改造などの指示をこちらの技術者にしてやってくれ。それにしても、私が生きている間に、そんな試合を見る事が出来るとは、楽しみだね。」

 

言わなければ良かった・・・と西は少しだけ後悔したが、実際に自分が作った装置を使った戦車道の試合が見てみたいのは西も同じだった。そしてその後、岸から紹介された戦車道連盟の技術関係の人間に対して、今回の装置の原型や設計図を渡し、自分が提案した試合の準備を手伝う事になる。

 

最終的に、辻が大洗女子学園を卒業し、西が東北大に戻る事になる1978年の3月、ギリギリのタイミングで、西が設計した装置を用いた軽戦車同士の名古屋スピカ対福岡シリウスの試合が行われ、それは大成功に終わる。そしてこれに気をよくした戦車道連盟では、通常のリーグ戦の内の数試合をこの形式の試合にする事を発表した。

 

当初、通常のリーグ戦以外の面倒事に巻き込まれた名古屋スピカの池田美紗子や、福岡シリウスの西住なほは、西に対してあまり良い顔をしていなかったが、実際に試合を行った後、すぐに西の元に行き、『完全版を早く作れ』とせっつく事になる。しかし、軽量な装甲システムの開発に手間取り、実際にこれらの判定装置の完全版が完成するのは、カーボンナノチューブなどのカーボン系素材が開発され始めた1990年代後半にずれ込む事になる。

 




今回は、アニメ版に出てきたフラッグシステムの原型を開発する話にしました。アニメを見ていた時、最初はタッチパネルの親玉みたいなシステムだな・・・と考えたのですが、砲弾の衝撃を考えるとタッチパネルで使用している(使用していた)、抵抗膜方式や静電容量方式では持たないな・・・と思いまして、より直接的な圧電素子を使用した形のシステムを想定しました。これなら、加わった力に対応する電界が発生しますので、砲弾の強さによって撃破or 無事の判定にもなるかな・・・と^^;とはいえ、実際にこんな事やったら、速攻で圧電素子が壊れると思いますので、あくまでも想像としてのお楽しみなのですが(笑)。

またこの物語を書いていまして、1970年代頃からこれらの研究をして、システムの雛形を作るとなった場合、この時代はコンピューターもあまり発展していませんし、カーボン素材なんて影も形もありません。そうなると、この時代で出来るフラッグシステムは、今回の話のような物がせいぜいかな・・・と考えまして、こんなお話の流れにしてみました。夢のシステムに少しだけリアリティーを混ぜるのは結構大変なのですが、個人的にはこういう話は好きなため、結構楽しんで書いてしまいました。皆さんが少しでもお楽しみ出来たら、筆者としては幸いです。

今回も読んでいただきありがとうございました。

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