学園艦誕生物語   作:ariel

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戦車道全国大会は一回戦敗退した大洗女子学園ですが、いよいよ幕間2で約束をした知波単学園との練習戦を行うことになります。まだ未熟な大洗女子学園が知波単学園を相手に練習戦で勝てるのか…ま、どう考えても無理ゲーのため、どこまで粘れるのか…といった感じになりそうですが、今回の話はその練習戦に向けて精一杯練習をする大洗女子学園の話になります。


第62話 指揮統制

1976年 9月中旬 大洗女子学園

 

「…受かった。…これで、ようやく教授とのマンツーマンの座学から解放される…良かった…自由が戻ってきた~!」

 

その日、戦車格納庫では一人の少女が奇声を上げていた。奇声を上げていた少女は、辻の戦車で通信手を勤める近藤早苗で、彼女は二級アマチュア無線技師の資格を得るために、これまで通常の練習後に西から座学を毎日受けていた。そして苦節1年、ようやくその資格に合格した事を知らせる手紙が彼女の元に届いたのだ。また砲手を務める真田麻耶や隊長の辻正子も、最終的には近藤に巻き込まれる形で座学を受ける羽目になり、その結果電話級アマチュア無線技師の資格を取得していた

 

先月開催された全国大会では、辻の戦車は後方にいち早く後退し、通信による大洗女子学園全戦車の指揮を試みたが、その結果通信手の近藤はパンク状態、逆に砲手の真田は暇な時間を過ごす事になった。そこで顧問の西はその時の反省を生かして、無線技師の資格を取得した真田にも急遽通信手の役割を与え、辻の戦車は都合二名の通信手が搭乗するという変則的な配置となっていた。また通信で使用する周波数も、これまでは他の強豪校と同様に430MHz帯を使用していたものを、混線を避けるために戦車間の連絡を比較的通信が空いている1200MHz帯に、そして辻の指揮車からの指示は144MHz帯を使用するという、二つの帯域を使用する事に改めた。そのため、大洗女子学園の各戦車はこれまで使用してきた430MHz用の無線機を全て下ろしたが、唯一辻の搭乗する戦車だけは、この無線機を戦車に残した状態になっていた。

 

その結果、ただでさえ狭い八九式中戦車に無線機が三台も搭載されてしまう事になり、携行砲弾を3発しか積んでいない状態でも、4人の搭乗員がすし詰め状態で搭乗する形になっていた。そのため車長の辻は事ある毎に西に改善を求めていたが、その要求を西は事々却下した。当初辻は、もう部隊間通信で使用しない430MHz用の無線機を搭載し続けるのは、相手校の無線を傍受するためでは?と考えたようだったが、西にそれを確認した所、西は笑いながらそれを否定した。西が言うには、『一応、自分は池田流の師範でもある以上、相手の無線傍受という手段は取りたくない』との事だったが、だとしたら何のために使用しない無線機を搭載し続けるのか、辻にもよく分からなかった。

 

「教授…相手校の無線傍受をする訳でもないのに、この無線機載せる意味なんて、もうないよね?この無線機を下ろせば、もう少しスペースが空いて、私達の搭乗も楽になるんだけど…やっぱり、下ろしたら駄目なの?」

 

「駄目よ、辻さん。私に考えがあるから、これは載せておいて。あと、430MHz無線の使用は近藤さんの仕事よ。部隊間通信の1200MHz無線の使用は、真田さんも近藤さんを手伝うように。それと辻さんも免許は持っているから、指示を全戦車に伝える144MHz無線は自分で使いなさい。あと、近藤さんが使用する430MHz無線は最大出力50Wを維持するためのバッテリーを増強するから、そのスペースの確保も忘れないで。」

 

「教授…バッテリーまで持ち込んだら、私達の乗るスペースがもっと削られちゃうよ。今でも砲弾は3発しか載せていないから、これ以上砲弾のスペースも削れないし…。」

 

「だったら、あなた達4人がもっとダイエットする事ね!」

 

けんもほろろな西の答えに、辻達4人は『勘弁してくれ…』と思ったが、それでも西の指示は、結果的にこれまで正しい物ばかりだったため、今回も何か考えがあっての事だろうと理解し、致し方なく狭い車内で我慢する事を決めた。しかし、何故西がそこまで通信に拘っているのかについては、辻は未だに疑問をもっていた。たしかに先月の全国大会で、大洗女子学園は辻の無線を用いた指示によりゲリラ戦を展開したり、部隊戦を行ったりしたが、錬度があまり高くない辻達にとっては、その効果がいまいち理解出来なかったためだった。

 

また他の戦車とは違い、自分達の戦車だけは他の戦車と全く異なる練習を指示されている事も辻には不満だった。辻達が指示された練習は、八九式中戦車の全面を目隠しし、全く外が見えない状態で、通信だけで各車の位置の把握や行動指示をする練習で、辻としては通信による指揮の練習だと分かっていても、自分の戦車で砲撃練習が出来ない事には不満を感じていたようだ。

 

「教授…私達の戦車も砲撃練習や回避練習しなくてもいいの?たしかに、指揮車の役割だから、見えない状態で現状把握をして指揮をする事が大事だというのは分かるけど…」

 

「辻さん…あなたたちの八九式が弾撃っても無駄だから、指揮の練習に専念しなさい。元々、まともに戦えない事を承知で、この戦車を選んだのは辻さんでしょう?だったら、最後まで自分の役割を果たす事ね。それに、辻さんの隊長車まで戦闘に加わる状態になっていたら、大洗女子学園の負けは確定しているわ。」

 

「…はい。」

 

八九式中戦車を選んだのは他でもない辻本人だったため、こう言われてしまっては辻に反論する事など出来なかった。

 

 

 

大洗女子学園 三号突撃砲1号車

 

 

「辻会長!突撃砲部隊の射撃準備完了しました!砲撃開始します!」

 

「…了解、三田ちゃん。砲撃!」

 

「三号突撃砲1号車 砲撃! …外れ。次弾の装填急いで、片瀬さん!さっきの弾着は目標の前方だったから、照準修正を上1/2度へ。」

 

「了解、車長。」

 

西住流から受け取った三号突撃砲に搭乗する今年大洗女子学園に入学してきた一年生の三田泉美は、先月の全国大会に出場して以来、急速に腕を上げてきた大洗女子学園の期待の星だった。そのため現在隊長をしている辻も、三田に3両の三号突撃砲F型を管理させていた。顧問の西によれば、突撃砲は待ち伏せに最も向いている車両のため、ゲリラ戦といえども3両まとめて運用した方が良いというアドバイスをもらっており、辻もそれに従ったようだ。とはいえ、急速に腕を上げたといっても未だに1000mを超える砲撃戦では、一発で相手に命中させる事は三田にも難しいようで、日々猛特訓中だった。

 

「西から、三田さんへ。次は、突撃砲3両まとめて一斉砲撃。目標、距離800mの的A、B、Cに同時弾着。的の割り振りは小隊長一任。準備出来次第、砲撃開始。」

 

「教授、了解です。片瀬さん、私達の的は中央のB。2号車は向かって右の的C、3号車は向かって左の的Aに照準合わせ!砲撃準備出来次第、連絡を!」

 

「2号車、砲撃準備完了!」

 

「3号車、いつでもいけます!」

 

「全車、3秒後に同時砲撃、3、2、1、今!」

 

西に指定された通り、同時弾着で3つの異なる的を狙った三号突撃砲部隊は、見事に全弾目標の的に命中した。しかし、どこかで砲撃タイミングがずれたのか、僅かに3号車の弾着が遅れていた。そしてその結果を確認した西は、再び三田に通信を送る。

 

「三田さん、全ての目標への命中を確認したわ。まずはお疲れさま。でも、3号車の弾着が僅かにずれています。あなたたちの突撃砲は奇襲で一気に複数の敵を撃破するための部隊ですから、なんとしても同時破壊が出来なければ困ります。しばらくは、砲撃タイミングを合わせる訓練をするように、いいですね?」

 

「は…はい、教授…」

 

タイミングがずれたと言っても、おそらく3秒もずれていないはずだ。小隊長の三田は少し西に反発心を持ったが、先月の全国大会では、結局西がこれまで言ってきた事が全て正しかった事を身を持って体験していたため、その反発心をグッと心中に押さえ込んだ。また自分が尊敬する会長の辻も、西の事は信頼して練習に励んでいる。だとしたら、後輩の自分も辻を見習い黙って練習するしかないだろう。それに今回の全国大会では、辻も含めて大洗女子学園の全員が非常に悔しい思いをしており、三田としては辻のためにも、来年こそ全国大会で勝ちたいと思っているようで、その辺りの心境も彼女達を熱心に練習に励ませている原動力になっているようだ。

 

 

 

練習終了後

 

 

「お疲れ様でした!」

 

「あ、辻さん、ちょっと待って。皆さんに伝えておく事がありますので、そのままの姿勢で。辻さん達は覚えているかもしれないけれど、昨年知波単学園に行った際、向こうの隊長の福田さんと約束したように、来月の10日に東富士演習場で知波単学園との練習戦を行います。向こうは11月に行われる黒森峰女学園との定期戦を控えて、調整のつもりだけれど、こちらにとっては丁度良い力試しになると思うから、しっかり練習しておくように。それでは、解散!」

 

集まっていた少女達は、『教授の母校と試合がやれるんだ。』という喜びの声を口々に上げて解散していったが、昨年知波単学園を実際に訪れていた辻を含めた四人の少女達だけは、少し困惑した表情を浮かべていた。辻達は、知波単学園の戦車隊の練習を実際に体験しており、その強さなどをよく知っているため、相手が本気を出してくる練習戦で『自分達がまともに戦えるのか?』という心配をしていたためだった。しかし四人の表情を見た西は、気楽な表情で声をかけてきた。

 

「あなた達、やる前から何心配しているの。心配しなくても今のあなたたちなら、それなりに勝負は出来るはずよ。まぁ…勝てるか?と言われたら『難しい』という答えになるけれど…力の限り戦ってきなさい。」

 

「教授…気楽に言ってくれるけど、あまり無様に負けたら、教授だって困るんじゃないの?」

 

「辻さんは本当に心配性ね。第一、あなた達は挑戦者の立場よ?勝てたら儲け物くらいのつもりで戦ってきなさい。それに、向こうは新設校如きに負けられないというプレッシャーもあるのだから、心理的には辻さん達の方が有利なのよ?」

 

西の答えを聞いた辻達は、『こちらが心理的に有利だ…と言われても』と考えたが、たしかに負けて元々、勝てれば儲け物という事実は間違いないため、とりあえず全力で当たって砕けようと思い直したようで、表情が少しだけ明るくなっていた。

 

「さて、それじゃ隊長の辻さんと副隊長の中村さんは、これから検討会をするから私の部屋に来るように!」

 

「は…はい、分かりました!」

 

 

 

10月10日 東富士演習場

 

 

「辻さん、久しぶりね。全国大会は残念だったけど、一年でよくあそこまで頑張ったね。今日はいよいよ辻さん達と戦う事になるけど、どこまで腕を上げたのか楽しみにしているわ。」

 

「福田さん、久しぶりです。今日は本気の知波単学園と戦えるので、楽しみにしていました。私達だって、そう簡単には負けませんよ。」

 

試合会場で辻は、知波単学園の隊長である福田遼子の姿を見つけると、すぐに走って行き挨拶をした。福田の方も辻の事はよく覚えていたようで、久しぶりの再会を喜んでくれた。また福田が自分達の全国大会の試合まで見ていた事には、辻は驚いたが、福田が言うには『西先輩がどんな風に戦いを指示したのか気になった。』という事のようで、西の指導を受けている自分達は、強豪校からもそれなりに注目されている事を初めて知った。

 

「ところで、福田さん達は来月に黒森峰女学園との試合があると思うけど、今年は勝てそうなの?去年はいい所まで行ったけど、最後は負けちゃったでしょう?」

 

「辻さん…これから、自分達の試合があるというのに余裕ね。ま、今年は負けるつもりはないわ。去年は、お父様からも試合後に『最後の詰めが甘すぎる』なんてお説教もらったから…今年は油断するつもりはないわ。」

 

「へ~、福田さんのところは、お父さんも戦車道詳しいんだね。戦車道の指導か何かしているの?うちのお父様は、戦車道はサッパリみたいだから、試合を見ても何も言ってこないけどね。」

 

「え?お父様は指導員なんてしていないよ。色々な新聞に歴史小説を連載している小説家だから。でも昔は、戦車兵として戦ったから、戦車には詳しいのよね…池田流を開いた池田末男大佐に満州の戦車学校で教えてもらっていたみたいで、その流れで私も池田流に入門したのよ。だから、今でも時々試合を見に来てくれるのはいいのだけど、その後がうるさくてね…今日は忙しくて来てないみたいだけど、たぶん黒森峰女学園との試合には来るような気がするのよね…そういう意味では、勝たないと大変よ。」

知波単学園の隊長をしている以上、池田流から知波単学園に入学しているのだろうな…と、最近は戦車道についてだいぶ分かってきた辻も思っていたが、福田の話を聞いてやっぱりそうだったのか…と理解した。また、身内が先の大戦で戦車に搭乗していた人間が戦車道を行う事は、一昔前までは普通だったが、最近はその数も減っている。そういう意味では、福田は最近では珍しい存在だった。

 

「隊長、そろそろスタート地点に行きましょう。」

 

辻が福田と話し込んでいると、知波単学園所属の九七式中戦車が一両近くにやってきて、搭乗員が福田に声をかけた。

 

「あれ?福田さんは、練習戦でもチハに搭乗しているのですか?公式戦ではチハしか駄目という事は、私達も聞いていますが、練習戦ではその制限はなかったはずですよね?」

 

「八九式に搭乗している辻さんに言われるのは心外ね。知波単学園の隊長は、西先輩達の頃はちょっと違うけど、基本的には練習戦でもチハで戦うの。チハは戦車道池田流にとって最も基本となる戦車。その池田流から来た人間が知波単学園では戦車隊の隊長になる事がほとんどだから、例え練習戦でも隊長たる者はチハで勝負に出る…これが、うちの学園の伝統ね。だから、辻さん?あなた達の戦車でもチハなら撃破出来るでしょうから、自信があったらかかってきなさい。」

 

福田の自信満々な言葉に、辻としては『絶対撃破してやる!』と言いたい所だったが、西から言われている作戦を考えれば、そのような機会はまずないだろう。そう考えた辻は、『ま、私の戦車ではないと思うけど、試合中に必ず撃破してみせるわ!』と福田に返し、福田も『そう簡単には挑発に乗ってこないのね…多少成長したのかしら?』と辻に答えた。

 

 

 

試合会場 大洗女子学園スタート地点

 

 

大洗女子学園のスタート地点には出場する戦車20両が並んでおり、隊長車となる八九式中戦車が、辻が戻ってくるのを待っていた。また、試合開始ギリギリまでは顧問の人間も同席出来るため、指導者である西も辻の帰りを待っていた。

 

「辻さん、向こうの福田さんと結構長く話していたみたいだけど、挑発には乗らなかったでしょうね?試合開始の合図はまだでも、試合は既に始まっているのよ。下手な挑発に乗って作戦を滅茶苦茶にするのは、駄目よ。」

 

「教授…私だって、成長しているよ。挑発はされたけど、乗らなかったわ。教授からの作戦どおり、試合開始したら一気に後退して通信による指揮を行うから安心して。」

 

辻の答えを聞いて、西は少し安心したのか、辻に対して『力の限り頑張ってきなさい』と送り出し、自分もメイン観戦席に戻っていった。

 

辻が八九式中戦車に搭乗すると、戦車内部では副隊長の中村は操縦席に、近藤と真田はそれぞれの無線機に対応する形で機器とにらめっこをしており、既に臨戦態勢になっていた。

 

「遅れてゴメン。準備は出来ている?近藤、通信回線を全戦車に繋いで。」

 

「了解!辻さん、いつでもいいよ。」

 

近藤が指示を全戦車に伝える144MHz帯の無線機の周波数を指定の周波数に合わせると、辻が全戦車に通信を送り始めた。

 

「HQより、各車。当初の作戦どおり、試合開始の合図と共に、砲戦車と突撃砲は指定されたポイントに急行。三式と一式、四号の各中戦車とティーガーはゲリラ戦に対応する形で指定ポイントに移動。以後の行動は自由行動にするけど、部隊間通信は密にして。三号と38tは事前の打ち合わせどおり偵察をメインにするのよ。隊長車への連絡と交信は1262.7MHzを、部隊間通信は1268.3 MHzと1268.9MHzを電波管理局には申請してあるから、それを適時切り替えて使用するように。隊長車からの連絡は現在の144.8MHzを使用するから、この周波数は変えないで。それじゃ、いよいよあの知波単学園と戦う事になるけど、胸を借りるつもりで頑張るわよ。通信終わり。」

 

辻は一気に指示を各車に伝えた。各車からの返信は何もなかったが、これは打ち合わせどおりだったため、辻は何も心配していなかった。

 

「近藤、今回は教授から切り札を使うなという事だったから、430MHz無線は使わないけど、真田と協力して1200MHz無線を頼むわ。うちは通信が要の戦術…たしか教授はC3Iと言っていたけど、通信が途切れたら終わりだから、しっかり頼むね。」

 

「辻さん、任せておいて。伊達に二級アマ持っているわけではないから。知波単学園や黒森峰女学園でもたぶん二級アマ持っている子は居ないと思うから、通信だけならうちの方が上。だから、辻さんも安心して私に任せておいて。」

 

メイン通信手の近藤の力強い言葉に辻は頷いた。その時、演習場中央付近で信号弾が上がった。いよいよ試合開始だ。

 

「HQより、各車。当初の作戦に従って、行動を開始して!各員の奮闘を祈る。以上」

 

辻の通信が終わると、大洗女子学園の戦車隊はまるでバラバラになるような形で、各方向に散っていった。そしてその動きを確認した辻達の戦車も、知波単学園の戦車隊の方向とは逆方向に向かって後退を開始した。

 

 

 

メイン観戦席

 

 

「やはりこの前と同じ動きですね…。佳代、これはあなたの指示ですね?」

 

「はい、家元。自衛隊に行った節子さんから詳しい話は聞いたのですが、最近の自衛隊の戦車教導隊では、C3Iという物を重視していると聞きました。これは戦車以外に自走砲や歩兵も用いて使用するシステムのようですが、少し改良して戦車道で実現出来ないかと考えた結果、こうするのが最も良いと考えたのです。」

 

「C3Iですか?」

 

「はい、家元。Command Control Communication; C-Cubed-Iの略で、情報の伝達と、それに基づいて決定した作戦を指揮下の戦車に素早く伝え、部隊行動を効率的に行うシステムの事です。おそらく将来的に電算機が発展すれば、更に高度なシステムになるのでしょうが、今はそんな電算機は大きすぎて戦車に詰み込めません。ですから次善の策として、辻さんの八九式中戦車をそのシステムの要として使用するために、無線機を何種類も搭載した指揮特化の車両としてみたのです。」

 

知波単学園の試合という事で、今回は池田流家元の美代子や師範の美奈子も見学に来ており、大洗女子学園で戦車道を教えている佳代も、美代子達と一緒にメイン観戦席で観戦していた。残念な事に、友人の美紗子はギャラクシーリーグの遠征が重なってこの場にはいないが、結果は直に教えるようにと言われている。前回の全国大会の際、大洗女子学園は開始と同時に各車が様々な方向に散っていき、当初は池田流家元の美代子達も驚いていたが、今はそれが佳代の作戦の一環だという事を理解していた。そして、今日改めて佳代からその説明をされた事で、佳代が現在の最新のシステムを戦車道に持ち込もうとしている事を知った。

 

「佳代さん、あなたは昔から色々考えているな…と思っていましたが、こんな最新のシステムまで勉強していたのですね。一応、池田流の考えはまだ守っているようですが、何か私達から手の届かない所に行ってしまった様な感じがして、少し寂しい気もします。」

 

「師範、私は池田流で育った人間なので、私の一番大元には池田流の考えがあると思います。ですから、家元から師範免状はもらいましたが、自分の流派を立ち上げるつもりはありませんよ。それに…必要な実験データもだいぶ取れましたし、おそらく再来年には大学に戻らなくてはいけません。そのため、辻さんの卒業と同時に大洗女子学園を離れる事になります。短い間とはいえ戦車道に復帰できた事は幸せでしたが、研究者としての道を進むと決めた以上は、最後までその道を歩こうかと…。」

 

師範の美奈子の問いに答える形で、佳代は辻の卒業と同時に再び大学に戻る事を伝えたが、その佳代の答えに美奈子も家元の美代子も頷いた。二人とも、本来ならば戦車道に戻るはずがなかった佳代が、辻の孫娘の夢を叶えるというたったそれだけの理由で、戦車道に復帰した事を知っているため、その辻が卒業する以上は佳代が再び大学に戻ることは自然だと考えていたためだった。

 

「そうですね。佳代は知波単学園を卒業した時に、その道に進むと決めたわけですから、そうする事が寧ろ自然ですね。私達の我侭とはいえ、あなたが短い間でも戦車道に戻ってきてくれた事には感謝しています。それにしても…天は一人の人間に二物も三物も与えるとはよく言ったものだと、あなたを見ていると思います。私の孫の美紗子では、あなたのようには出来なかったでしょうからね…。」

 

「家元…私こそ、感謝しています。これで私も辻政信さんに少しでも恩が返せたでしょうから。それに…少なくとも辻さんが卒業するまでは、大洗女子学園で指導者をするつもりですから、出来る所まではやりますよ。ここまで来たら、辻さんの夢を叶えてやりたいという希望もありますから。」

 

佳代がそう家元達に答えた時、メイン観戦席も含めて観客が一気に沸いた。戦況を示すモニターでは、試合会場の様々な場所で、知波単学園と大洗女子学園の戦車がぶつかり始めたためだった。どうやら知波単学園側も、大洗女子学園と同様に部隊を小分けにして運用していたようだ。

 

「佳代、いよいよ始まりますね。あなたが育てた大洗女子学園が、今どこまで知波単学園…いえ、池田流を相手に戦えるのか、しっかり見せてもらいますよ。」

 

「望むところです。家元。」




現在の指揮統制は、C4I2とか、C4ISR、C4ISTARなどと呼ばれていますが、この話の舞台になっている1970年代ですと、まだコンピューターがあまり発展していない時代のため、C3Iだったと思います。本当は戦車道で使用するには、少し規模が小さすぎるためどうしようか迷ったのですが、大洗女子学園へのドーピングのため、このシステムを模した隊長車の統制通信による部隊指揮という形で登場させました。ですから、戦車だけでC3Iは無理だろう…というツッコミは無しにしてもらえるとありがたいです(笑)。

福田さんの家系…「あの人」の歴史小説が好きな人ですと、たぶん幕間2で知波単学園の生徒の苗字として「福田」が出た時点で予想していたかもしれませんが、一応そういう設定にしていました。満州戦車学校で戦車兵としての教育も受けていますから、やっぱり絡ませないと…^^;

今回も読んでいただきありがとございました。次回の更新…ちょっと海外出張が重なってしまうため、ひょっとしたら1週間スキップするかもしれませんが、気長に待ってもらえるとありがたいです。

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