学園艦誕生物語   作:ariel

73 / 85
とりあえず今回の話で幕間2は終了となり、最終章の開始はこの時点から一年程時間が飛ぶ事になるため、辻達が始めて全国大会に出場した後からの話にする予定です。したがって、今回幕間2で出てきた黒森峰女学園の隊長や副隊長とは、たぶん戦わない事になりそうな予感が…^^;。とはいえ、流石に天下の黒森峰女学園の隊長や副隊長が名無しのモブキャラでは…と考え、一応名前を入れました。


第60話 怖さ

1975年 7月 黒森峰女学園

 

 

辻達が黒森峰女学園の学園艦に到着したその日、黒森峰女学園の現在の隊長である浅野由紀は、緊張した面持ちでいつもの訓練の開始を隊員達に指示した。それは、辻達大洗女子学園からの見学者が居る事もさることながら、自分達の大先輩である西住なほを始めとするOG達の目がある事が大きかった。とはいえ、これまで常勝という大きなプレッシャーの中で戦ってきた浅野達は、いつもの訓練を完璧なまでの正確さで行っており、顧問の野中美鈴もホッとしながら、彼女達の訓練の姿をなほ達と共に見ていた。

 

「辻さん、凄いよ…あんなに綺麗な隊列からタイミングを合わせた一斉砲撃なんて、うちではとても出来ないよ。しかも、ティーガーやパンターがあれだけ居ると、迫力が全然違うよね。」

 

「うぅぅ…あれに勝たないといけないのか…。中村?あの約束は、ちょっと早まったかな。やっぱり、本物を見ると迫力が全然違うのは分かるけど…こんなに凄いとは思ってなかったよ…。」

 

目の前でティーガーやパンターの車列が規則正しい間隔で縦隊や横隊を形成し、一斉砲撃をしていく様を見て、副隊長の中村は圧倒されていた。そして辻も、自分達が勝たなくてはいけない相手の姿を目の辺りにして、自分が池田流や西住流の家元達に『勝つ』と約束した事を少し後悔していた。そしてそんな辻達の言葉を隣で聞いていた黒森峰女学園の戦車道顧問の野中美鈴は、辻達の言葉を『当然だ』という思いで聞いていた。顧問の自分が言うのもおかしいが、ここ数年黒森峰女学園の戦車隊は全国大会で連覇をしており、また昨年こそ知波単学園との定期戦で不覚をとったが、ここ数年は黒森峰女学園が連勝していた事から、おそらく現在の高校生の戦車道では自分達が圧倒的な王者という自負がある。そして今日は、自分にとって永遠の隊長である西住なほも来ているが、自分が指導している現役生達の姿を、自信を持って見せられると考えていた。

 

「隊長、いかがですか?現在の黒森峰女学園の姿は。顧問の自分が言うのも変ですが、これだけ統制された集団戦闘は、なかなか出来ないと思いますし、戦術も高いレベルで洗練されていると自負しています。」

 

「野中。これだけ洗練された戦術展開は、高校生の戦車道としては十分だろう。たしかに、さっき野中が『私の指導を見ていろ』と言っただけの事はある。よく頑張ったな。」

 

「は…はい!隊長、ありがとうございます。」

 

自分にとって、最も認めて欲しいと思っていたなほからの賞賛の言葉に、野中は満面の笑みを見せた。そして、更に様々な訓練を見てもらおうと、無線で隊長車に次の訓練を指示した。

 

「浅野、隊列をパンツァーカイル隊形に変更しなさい。」

 

「Jawohl, Frau lektor ! (了解、教官殿!)」

 

野中の指示に、黒森峰女学園の隊列は楔型の隊形に瞬時に移動し、再び前進を開始した。そしてその動きを大洗女子学園組は、圧倒される思いで見ていた。

 

「す…凄い。隊長車のティーガーを先頭に、綺麗な楔形隊形だね…。うちでこの前これやろうとした時は、並ぶだけでも一苦労したのに、こんなに簡単に動けるなんて凄すぎるよ…そう思わない真田さん?」

 

「たしかあの時、隊形を整えるために通信手の近藤は凄く苦労していたよね…。これだけ短期間で隊形を組めるなんて、どうやって指示だしているんだろうね…。私達も、ここまで出来るのかな…」

 

大洗女子学園からやってきている砲手の真田や通信手の近藤も、目の前で黒森峰女学園の戦車隊が楔形陣形を瞬時にとった事を見て、自分達とは比べ物にならないくらい統制が取れているな…と思いながら、目の前の出来事を固唾を飲んで見ていた。少し前に、大洗女子学園で西から教えてもらったパンツァーカイルの陣形を練習した際、通信手の近藤は必死に通信で陣形を整えようとしたが、それでも並ぶだけでかなりの時間がかかっていた。そして、ようやく組んだ隊形で移動を始めたところ、あっという間に隊形は乱れてしまった記憶がある。しかし目の前の黒森峰女学園の隊列は、楔形隊列が動き出しても形が崩れるような雰囲気は全くなかった。

 

「教授…やっぱり凄すぎるよ。黒森峰女学園は集団戦闘が上手い学校だと教授は言っていたけど、こんなに凄いとは思ってなかったよ。」

 

「そうね…いい勉強になったでしょ、辻さん?」

 

辻は近くに居た西に話しかけたが、そんな辻の言葉に西は素っ気無く答えた。また辻が少し気になって西を見ると、西は少し首をかしげるような挙動を見せながら目の前の戦車隊を食入る様に見学していた。何か気になった事でもあったのだろうか…と辻は感じていたが、西は自分に対して特に何か言おうとしているようでもなかったため、辻は頭を切り替えて黒森峰女学園戦車隊の姿を再び追い始めた。

 

 

 

夕方

 

 

「それでは今日の練習はこれまでにします。辻さん達も明日は私達の戦車に実際に搭乗してもらいますから、準備だけはしておいてね。それでは解散!」

 

「お疲れ様でした!」

 

黒森峰女学園の練習はいつもと同じく時間通り終了した。そして練習時間が終わり自由な時間になったという事で、現役生達はようやくあこがれのOG達と話が出来るようになり、なほや真由子達の周りに群がった。そんな様子を横目で見ながら、顧問の野中は大洗女子学園からやってきたかつてのライバルに話しかけた。

 

「…それで、うちの練習はどうしたか?知波の魔女さん?私達の頃と比べてだいぶ洗練された戦い方になっていると思いますが、あなたの目にはどう見えましたか?」

 

「…またその呼び方を…美鈴には困ったものですね。とはいえ、美鈴も頑張ったみたいですね。たしかに私達の頃と比べて全体的に洗練された感じがしました。私が戦車道から離れている間に色々と進歩したのですね…。」

 

「そりゃ、佳代さんが離れて、もう10年以上経過していますから…。でも、そんな佳代さんがどうして戦車道に復帰する事にしたのですか?しかも、あんな新設校の先生として。一応、家元のかほ様から話は聞いていますが、佳代さんならあんな新設校ではなくても知波単学園で先生になる事ですら簡単だったと思いますが…」

 

「いえ、私はあの学校の顧問が出来て良かったと思いますよ。なんと言っても、大洗の目標はあなた達黒森峰女学園を倒す事ですから。また美鈴と戦えると思うと嬉しくなりますね。」

 

佳代の言葉に現役時代のトラウマが蘇ったのか、美鈴は顔を引きつらせたが、流石に新設校が自分達黒森峰女学園を倒す事は難しいだろうと思い至ったのか、勤めて冷静に佳代に切り替えした

 

「流石に、新設校でうちに勝つのは難しいでしょう…。いくら佳代さんが知波の魔女でも、長年の経験や伝統に打ち勝つのは大変だと思いますよ。申し訳ないですけど、今回は私が勝たせてもらいますから。」

 

「まぁ、私も流石にあの子達が現役の間に、美鈴達に勝てると思うほど自惚れてはいないですよ。ただ、あの学校で池田流や西住流とは違う戦車道を立ち上げて…いつかはあなた達に勝ちたいと本気で思っていることは間違いありません。」

 

佳代の告白に美鈴は少し驚いたが、自分が知っている目の前の女性であれば、新しい戦車道を立ち上げる事も不可能ではないだろうな…と現役時代の佳代の姿を思い出した。そして『そんな日が来るのを私も楽しみにしています。』と、かつてのライバルにエールを送った。

 

「教授!そろそろ私達も宿舎に行こうよ。」

 

美鈴が佳代の傍から離れていくと、それを待っていたかのように辻達が佳代に近寄ってきて、一緒にその日の宿舎への移動を始めた。

 

「教授?今日、黒森峰女学園の練習を見学したけど、流石に迫力あるね…。この前見学した知波単学園は個人の力を極限まで高めて戦う感じだったけど、こっちは集団で一気に叩き潰すような感じで、同じ強豪校でもだいぶ戦い方が違うんだね。」

 

辻の言葉を聞いて、佳代は『やっぱり、この子はよく見ているな』と少し感心しながら、辻に答えた。

 

「そうね…私が現役時代の時も同じような感じだったけど、今はそれがより極端になっている感じがしたわね。今日、黒森峰女学園の練習を久しぶりに私も見学したけれど、たしかに私達の頃と比べて、より洗練された強さを感じたわ。でも…」

 

佳代は、最後の言葉を少し濁した。はっきりとした理由はないが、今回の黒森峰女学園の練習風景を見ていて、何かひっかかる物があったのだ。そして、それを感じたのは自分だけではないという事も、佳代は知っていた。そう、あの二人も練習風景の最中に少し首をかしげるような表情を見せていた事を、佳代は見ていたからだ。

 

「…、それで?知波の魔女さんは、何を見たのかしら?」

 

佳代が言葉を濁していると、後ろから急に声がかかり、振り向くとかつての黒森峰女学園の副隊長だった島田真由子が立っていた。

 

「ゲッ…真由子さん、いつから?」

 

「ゲッって、あなたね…。あなたを一人にしておいたら、何をしでかすか分からない事を私はよく知っているから、目を離さなかっただけよ。それで、さっきの続きは?」

 

よりにもよって真由子に聞かれたか…と佳代は思ったが、真由子も練習風景に首をかしげていた人間の一人だという事を考えれば、話してもよいか…と考えて、言葉を続けた。

 

「いえ…確たる理由もないですし、はっきりとは言えないのですが…。今の黒森峰女学園には『怖さ』がないのです。たしかに全体の動きは、より洗練されて実際の攻撃力も上がっていると思うのですが、私達が現役時代に…そう、あの天覧試合で戦った黒森峰女学園の時と比べて、怖さがないのです。流石に、ここに居る辻さん達が今勝てる相手だとは思えませんが、あの時の…私が副隊長をしていた時代の知波単学園の戦車隊だったら、今の黒森峰女学園と戦っても負ける気がしないんですよね…。真由子さんも、そう思ったのではないですか?だから、練習中にあれだけ首をかしげていたと思うのですが…」

 

「あなた、やっぱり知波の魔女ね。練習風景ではなくて、私達の挙動を観察していたなんて…。」

 

真由子は、佳代が自分達が黒森峰女学園の練習を見ている姿まで見ていた事に少し驚いたが、考えて見れば佳代は現役時代からこんな感じだったという事を思い出すと、昔と全く変わっていないな、と感じた。そして、かつての自分のライバルも自分と同じように現在の黒森峰女学園を評価していた事を、ある意味安心した。そう、自分も現在の黒森峰女学園の練習風景を見ていて、佳代と同じような違和感を感じていたためだった。

 

「私も同じような事を感じていたと思うわね。私は『怖さ』という表現が見つからなくて、ただ漠然と違和感を感じていただけなのだけど、たしかに『怖さ』という表現はピッタリかもしれないわね。ただ…あなたは私達が居たころの黒森峰女学園も倒しているのだから、今の黒森峰女学園が倒せると思うのは、寧ろ当然な気もするけれど…。」

 

「いえ、そういう事ではなくて…。あの当時のなほさんや真由子さんが居た黒森峰女学園と戦った場合、勝負は微妙な所でついていたと思いますから、たぶん10回戦ったら五分五分だったと思うのです。でも、今の黒森峰女学園なら負ける気がしない…というのが、正確な表現かもしれませんね。」

 

絶対に負けられない天覧試合で勝った人間が、『五分五分』とはよく言ったものだ…と真由子は思ったが、佳代の言いたい事はなんとなく理解出来た。おそらく自分が居た時の黒森峰女学園ならば、技術は今の現役生には勝てないかもしれないが、それでも試合をしたら最終的に勝つのは自分達の時代のチームだろう。

 

「まぁ、いいわ。それで、この事は美鈴には伝えるつもりなの?一応あなたも西住流の師範なのだから、伝えてあげてもいいと思うけれど。」

 

「そうですね…。ただ、私が言っても無駄な気がするんですよね…。実際、『怖さ』なんて漠然とした物ですし、技術が高い事は紛れもない事実ですから、たぶん美鈴もそうですし現役生達も、受け入れないでしょう。」

 

「そうね…。私が現役生の立場だとしても、受け入れないと思うわ。たぶん、『昔を美化しているだけでしょ』と一蹴して終わりね。」

 

『ですよね~。』と佳代も真由子に同意した。近くに居た辻達は、佳代と真由子の話は聞こえていたが、目の当たりにした黒森峰女学園の練習風景は非常に迫力があるものであり、それを『怖さが感じられない』と評した佳代の言葉やそれに同意した真由子の言動は、全く理解出来ないものだった。

 

 

 

翌日 戦車練習場

 

 

「辻さんは私のティーガーに搭乗して。中村さんは同じ副隊長の松井のティーガーね。真田さんと近藤さんは、それぞれ私達の小隊車に別れて搭乗してもらうわ。昨日は見るだけだったから、今日は実際に乗ってみて色々見学して頂戴。」

 

翌日の練習では、辻達は実際に黒森峰女学園が使用しているドイツ戦車に搭乗する事になった。辻は知波単学園の時と同じように通信手をやらされるのだろうな…と思い、通信手の席に向かおうとしたが、隊長であり車長でもある浅野は辻に砲手の席に座るように指示をした。辻は、『砲手はした事がないから、私が撃っても当たらないよ?』と伝えたが、浅野は『おそらく撃つ事はないから、指示通り砲手の席に座りなさい』と辻に答えた。

 

「辻さん、うちは隊長車の指示で全ての戦車が動くから、通信手は私の戦車の要なの。だから、流石に辻さんに任せる訳にはいかないのよ。今回は砲手の席からよく見ていなさい。」

 

浅野にそのように言われた辻は、大人しく砲手の席に座ったが、知波単学園の時とはだいぶ異なるスタイルに少し戸惑っていた。

 

「よし、それじゃ始めるよ。手始めに、まずはパンツァーカイルを組むわ。通信手、第一小隊は正面、第二、第三小隊は右翼、第四、第五小隊は左翼に動くように指示を。」

 

「Jawohl, Fräulein kommander !」

 

黒森峰女学園の戦車隊は隊長車からの指示に従い、昨日の練習の時と同じように瞬時にパンツァーカイルの隊形を組んだ。

 

「第二小隊、少し前に出すぎているわ。通信手、第二小隊に位置の修正を指示して。戦車隊は時速20kmで前進。300m前進した後、左に進路変更。」

 

「Jawohl, Fräulein kommander !」

 

隊長の浅野の指示は瞬時に他の戦車に伝えられ、浅野が指示した通りに黒森峰女学園の戦車隊は動く。そして左に進路変更したのと同時に、正面に向かって射撃を行った。

 

「す…凄い…。射撃タイミングもぴったり…。あの…、これ全部この隊長車からの指示で動いているの?」

 

「えぇ、そうよ。辻さん。黒森峰女学園は昔から統制の取れた動きと集団戦法に定評があった学校なの。今の私達の顧問の野中先生は、それを極限まで高めたから、私達の今の姿があるのよ。自慢じゃないけど、これだけ統制が取れた集団戦法が出来るのは、うちだけ。だから戦車隊が正面きってぶつかるような勝負で、うちが負けた事はないわ。」

 

浅野の答えを聞いて、『それはそうだろう』と辻は思った。黒森峰女学園の集団戦の強さは、大洗女子学園に居た頃から副隊長の中村から言われていたが、実際に目の前で見ればその凄さは良く分かる。これだけ統制がとれた動きに対抗出来るような学園は、おそらくないだろう。しかし辻は、昨日寮に移動する際に西と島田の間で交わされた会話を忘れられなかった。また、先日まで居た知波単学園で聞いた話では、昨年の黒森峰女学園と知波単学園の定期戦では知波単学園が勝っているという事実もひっかかった。

 

「あの…浅野隊長?こんな事聞くのは変かもしれないけど、こんなに強い黒森峰女学園が、どうして昨年は知波単学園との定期戦で負けたのですか?」

 

辻の言葉に浅野は『うっ…』と少し言葉を詰まらせたが、事情を説明してくれた。

 

「掻き回されたのよ…。こちらが集団戦法を取れない状態になるまで指揮系統を掻き回されたの。気がついた時には既に手遅れで、あいつらに押し切られたのよ。でも、今年はそうはいかないわ。去年よりも更に技術に磨きをかけたから…今年は、こちらが叩き潰す番よ!」

 

「そうだったのですか。私はここに来る前に、知波単学園も見学したのですが、あっちも個の技術に磨きをかけていましたから、今年も凄い勝負になりそうですね。」

 

辻の言葉を聞いた浅野は少し憮然としながら、『あっちがどんなに頑張っても、こっちは作戦と集団戦で叩き潰して見せるわ。』と答えた。

 

 

 

夕方 戦車道練習場

 

 

「辻さん達、お疲れ様。少しは参考になったかな?辻さん達は来年度から参戦みたいだから、残念ながら私は辻さん達と戦う事は出来ないけど、副隊長の松井が来年隊長をやるから、ひょっとしたら松井が辻さん達と戦うかもしれないわね。その時は、お互いに頑張りましょう。」

 

「浅野隊長、今日は本当にありがとうございました!なるべく早く、黒森峰女学園が倒せるように頑張ります。」

 

辻の言葉を聞いた浅野は少し苦笑いしたが、『頑張りなさい』とあらためて答えた。今日一日、辻を自分の戦車に乗せてみて、辻は飲み込みが早く、言葉遣いは乱暴な所があるが、かなり真面目だという事が分かり、浅野としてはかなり気に入ったようだ。そのため、最後は自分の戦車の車長席に辻を座らせてやり、実際に戦車隊全ての指示を彼女に出させる経験もさせてやったようだ。

 

「辻さん、良かったわね。最後は指揮もさせてもらえたのでしょ?黒森峰女学園ほど、指示通りにきちんと動ける戦車隊はないから、辻さんも良い経験をさせてもえたわね。」

 

「あっ、教授。あれは凄かったよ。こっちが指示した通りに寸分違わず動けるんだから。うちの学園でもここまでのレベルになるかな…。」

 

辻の言葉に、佳代は少し笑ったが『流石にここまでやるのは、難しそうね。』と答えた。辻は佳代の言葉に少しがっかりした気がしたが、佳代の続けた『うちが、ここの真似をする必要はないのよ』という言葉に、当初自分達が目標としていたのは『新しい戦車道を行う事だ』という事を思い出した。

 

「辻さん、私が知波単学園と黒森峰女学園をどうしてあなたたちに見学させたか理解できたかしら?」

 

「それは、今の戦車道を私達に見せるためですよね…。知波単学園は、個の力を最大限生かして戦う戦車道、そして黒森峰女学園はその逆で、システムとして集団で戦う戦車道。これを見せた上で、私達は二つの学園とは違うやり方を見つける…これが、教授の目的ですよね。」

 

辻の言葉に、佳代は『よく出来ました。』と答えた。しかし辻も、今となっては自分がいかに無謀な事を池田流家元や西住流家元に約束したのかが、よく理解出来る。二つの学園を見て、彼女達の戦いの凄まじさを目の当たりにして、ここから違う戦車道を自分達が見つける…それが、どれだけ大変な事なのかを理解出来たからだ。

 

「ま、辻さんがどれだけ無謀な約束をしたかは、自覚出来たと思うけど…そうショゲル必要もないわね。というのは、私としては一応考えがあるから…。」

 

佳代の言葉を聞いて辻の表情は少し明るくなったが、真っ先に反応したのは辻ではなく、佳代の後ろに居た人物だった。

 

「ほぉ…それは楽しみだな…佳代。佳代が知波単学園を訪問して、更に今回黒森峰女学園を訪問したいと言って来たときに、なんとなく理解していたが、本気で新しい戦車道を行うつもりのようだな。大方、ある程度案は出来ていて、それが本当に通用するのか…それを確認するために、両校を訪問したのだろう?」

 

佳代の後ろから飛んできたなほの言葉に、佳代は無言で頷く。そう、自分はかなり昔に戦車道から離れた人間だ。自分が離れている間に戦車道がどのように進化してきたのか…それを知らない佳代は、自分の考えが本当に有効かを判断するために、どうしても現在の最先端の考え方を確認する必要があった。そして、そのために現在の戦車道の両巨頭である知波単学園と黒森峰女学園への訪問を考えた。佳代が黙っているのを確認したなほは、更に言葉を続けた。

 

「昨日、真由子から少し話は聞いたが、現在の黒森峰女学園には『怖さ』がないという事だったな。その意見には、私も完全に同意だ。私自身も漠然としか分からなかったが、たしかに佳代が言ったように、昔の私達であれば今の現役生を倒せると思う。佳代がいつの日か黒森峰女学園と戦う時に、その正確な答えを私達に見せてくれる事を私は楽しみにしているよ。佳代も私と同じ西住流の師範だ。お手並み拝見といった所だな。」

 

「佳代さん…私は現役の黒森峰女学園の戦車道顧問として、佳代さんや隊長の意見に組するわけにはいきません。私は、これが一番良い道だと信じて、黒森峰女学園の指導をしてきたのですから。ですが、佳代さんが言っていた黒森峰女学園の弱点…佳代さんや隊長が言っている以上、それは本当にあるのだと思います。私も、いつか佳代さんの大洗女子学園と戦う日を楽しみにしていますから、その時に私達にその答えを見せてくださいね。その時は、大人しく知波の魔女さんに降参しますから。」

 

なほの言葉に、更に野中が続けてきた。佳代は、『あまり自分を買いかぶられても困りますよ。』と答えたが、どうやら今回の両校への訪問で、ある程度自信が持てたようだった。そして辻達は、今回両校を訪問した真の理由は、自分達に現在の戦車道を見せるためではなく、佳代が現在の戦車道の姿を確認するためだったという事を、その時初めて知った。

 

大洗女子学園に戻った佳代と辻達4人は、在校生達に二つの学園で見てきた出来事を話し、自分達がどこまで練習してレベルを上げなくてはいけないかを伝えた。また、佳代はそれまで自分の考えに少し迷いがあったようだが、今回の両校の訪問をきっかけにそれも消し飛んだようだ。そして、いよいよ自分が考えていた戦車道を実現するために、厳しい練習が始まる事になる。




『怖さ』という漠然とした形で今回は書いていますが、一応最終章の途中でこの『怖さ』の正体が分かるような形に出来るかな…と考えています。もっとも、戦車道を開始したばかりの大洗女子学園がこの『怖さ』という黒森峰女学園の弱点を突いて戦える程、上達するのだろうか…と考えると、結構微妙な感じもするんですよね^^;。一応、最終章で戦う相手とその結果は決めているのですが、その展開はまだ一部考えていない場所もありまして…(流石に、最後の相手とその展開くらいは考えていますが)、この物語を書いていて、初めて見切り発車する事になりそうです。大丈夫だろうか…。


今回も読んでいただきありがとうございました。次回から最終章の『GIRLS und PANZER』に入ります。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。