学園艦誕生物語   作:ariel

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前回、幕間2は4話分を予定と書いたのですが、この第57話を書いている途中で5話になりそうだな…と感じました。第二章や第三章で登場した人物をかなり再登場させていますが、年齢が上がった事で言葉遣いを少し変更させています。とはいえ、これまで書いてきた癖で言葉遣いが変わっていなかったりと、一度書いてからの修正がかなり多くなりました。一応、注意して修正したつもりですが、まだ一部直っていないような…。


第57話 偉大な先輩

1975年 7月初旬 日曜日 東海道本線電車内

 

 

「フフフ…今回は、美紗子も油断しているだろうから本当に楽しみだわ…。」

 

翌日の月曜日に知波単学園を訪れる事となっている大洗女子学園の辻正子達4人と、彼女達に戦車道を指導している西佳代は愛知県に向かう電車の中にいた。しかし電車が池田流本家のある豊橋に近づくにつれて、西が時折不気味な笑いをするようになり、同席していた辻達は若干引いていた。

 

「ちょっと、ちょっと、中村…さっきから、教授が変な笑いばかりしているんだけど…どうしよう…。おかしくなっちゃったのかな。」

 

「辻さん…たぶん久しぶりに母校に行ける事を楽しみにしているんだと思うけど…、それにしても不気味すぎるよ…辻さん、何かあったのか聞いてよ?」

 

「無理無理、あんな不気味に笑っている教授なんて、初めて見たよ。…早く豊橋に着かないかな…。そうだ!近藤はいつもマンツーマンで教授に指導してもらっているでしょう?あんたが聞きなさいよ!」

 

「辻さんが出来ないような事、私に出来る訳ないでしょ。ただでさえ私は教授に毎日しごかれているんだから、これ以上目をつけられたら困るよ…」

 

辻達4人はヒソヒソと相談をしていたが、その相談声が西の耳に届いたのだろう。西はニヤッと笑って、辻達に事情を説明してくれた。

 

「あなたたち、何を馬鹿な事言っているの。私はまともだし、たしかに久しぶりに母校に行ける事は嬉しいけど、それが理由で楽しみにしてる訳ではないの。実はね…美紗子には内緒で、知波単学園の学園長の星野先生に連絡をとって、今週の水曜日に美紗子の機甲科の生徒に対する講演会を入れてもらったのよ。私は親切だから講演題目も私が決めてあげたけど、何も準備していない美紗子が、一時間どうやって話すのかと思うと本当に楽しみだわ。現役以来、久しぶりに美紗子を出し抜けるかと思うとね…フフフ。」

 

辻達は、西の告白を聞いてドン引き状態になった。そして『教授は友人に対しても厳しいし、油断していると自分達も出し抜かれて大変な事になりそうだ』と西に対して警戒レベルを一段階上げることにした。

 

「教授…美紗子さんと言うのは、池田流家元のお孫さんですよね?いいんですか?そんな事してしまって。」

 

「あら、辻さんは心配性ね。美紗子の事なら大丈夫よ。まぁ明日、知波単学園に着いたら美紗子も自分の講演会がある事を知ると思うから、そこからどうやって二日で準備するのだろうかと思うと、楽しみね~。昔、私の入学式での晴れ舞台をぶち壊しにしてくれたお礼ってところだから、あなた達は何も気にしなくてもいいわ。…フフフ。」

 

そして豊橋駅に到着するまでの間、辻達は西からたっぷりと池田美紗子が昔どのような問題生徒だったのかという事を聞かされ、本人に会う前からいらない予備知識を詰め込まれてしまった。それらの話は、美紗子のファンでもある中村にとっては、ショッキングな物も含まれていたが、残りの三人は、池田が問題児だったという事と、教授と池田は昔から親友だったのだなという事を理解した。しかし、池田が西の今回の不意打ちにどうやって対応するのだろうかという事を考えると、今までの西の話から普通の対応では終わらないだろうという事が予想出来、自分達が知波単学園に滞在している間に一波乱ありそうだと覚悟した。

 

 

 

同時刻 池田流本家

 

 

「美紗子様…何、ニヤニヤ笑っているんですか?たしかにもうすぐ佳代さんも来ますし、辻さんのお孫さんも到着すると思いますけど、その笑いは不気味すぎますよ。」

 

「あ~、早紀江さん。たしかに佳代ちゃん達に会えることもうれしいんだけど。ようやく今回、佳代ちゃんを完全に出し抜けるかと思うと、今から楽しみでね。」

 

西達が東海道本線で豊橋に向かっている時間、池田流本家には既に池田美紗子と村上早紀江の二人が居間に居た。ギャラクシーリーグで同じチームに所属している教祖と呼ばれている友人は、今日は自分の戦車のメンバーと共に知波単学園の寮で泊まるという事らしくこの場にはいないが、おそらく機甲科にいち早くお邪魔して九七式中戦車チハを乗り回しているのだろう。そのため本家の居間には美紗子と早紀江の二人しかおらず、おしゃべりをしながら時間を潰していたが、美紗子が急にニヤニヤ笑い始めた事を、早紀江は気味悪そうに感じていた。

 

「美紗子様、また何かやらかしたのですか?第一、佳代さんにちょっかいを出したら後が怖いという事は、美紗子様もこれまでに学習していると思うのですが…で、今回はまた何を?」

 

「うん。実はね、佳代ちゃんには内緒で、学園長の星野先生に連絡して、佳代ちゃんが普通科の後輩達に対して一時間講演する事にしてもらったの。ほら、佳代ちゃんの活躍でうちに普通科が出来たようなものでしょう?それもあって、普通科の子達にとっては、佳代ちゃんは伝説の先輩みたいなの。だから、私が可愛い後輩達のために一肌脱いで、佳代ちゃんの講演会を設定したという訳。まぁ、今まで母校からの依頼を全部断っていたみたいだから、これくらいの事は許されると思うよね…アハハハ。」

 

美紗子の告白を聞いて、早紀江は頭を抱えた。いくら大学の先生だとはいえ、流石に何の準備もなく一時間の講演会はきついだろう。そして、佳代を怒らせる事の怖さを早紀江はよく分かっていた。本来であれば、美紗子もその怖さを知っている筈なのだが、忘れてしまったのだろうか。

 

「美紗子様?何も準備する時間もなしで、一時間の講演会はいくら佳代さんが大学の先生でも厳しいかと…。それに、後から何をされても私は知りませんよ?」

 

「大丈夫、大丈夫。佳代ちゃんなら問題ないって!明日知波単学園に到着して、自分の講演会の事を聞かされた時の佳代ちゃんが驚く顔が楽しみだわ…アハハハ。」

 

これは駄目だ…と感じた早紀江は、この騒ぎで自分に火の粉が降りかかってこないように気をつけなければと強く思っていた。

 

 

 

翌日 知波単学園正門前

 

 

前日、西達が池田流本家に到着したのは、結局夕方過ぎになった。辻と中村は池田流本家に来るのは二度目になるが、今回同行した通信手の近藤と砲手の真田にとっては初めての訪問となり、池田流本家の巨大な門構えにとても驚いていた。そして辻達は、その日初めて池田美紗子や村上早紀江といった、ギャラクシーリーグの有名選手と直接会うことになり、特に中村にとっては、非常に興奮する時間を過ごす事となった。

 

また美紗子達も、自分の祖母であり家元の美代子達から話を聞いていた辻の孫娘に初めて会い、特に美紗子は辻と波長があったようで、非常に楽しい時間を過ごしたようだ。そして翌日、辻達4人と、美紗子、佳代、早紀江の7人は早紀江の運転する車で、本家よりも更に山奥に設置されている知波単学園の仮校舎に向かった。しかし早紀江は、正門近くに来ると急に車を止めた。

 

「あれ、早紀江さん、車止めちゃってどうしたの?」

 

後部座席で辻達とおしゃべりに興じていた美紗子は、急に車が止まった事を見て運転席の早紀江に話しかけた。しかし、正門付近を見て何故車が止まったのかという事を瞬時に理解した。知波単学園の正門には大きく『池田美紗子先輩、西佳代先輩 おかえりなさい』と書かれた看板が立てられており、正門付近には大勢の生徒達が待っていたのだ。

 

「美紗子?ここからは歩いていくしかないようね。ほら、あなたたちも一緒に行くから、車から降りなさい。早紀江さん、車の方はお願い出来ますか?」

 

「あ、佳代さん、車の方は私がなんとかしておくから、ここからは辻さん達を連れて歩いていって。私や教祖は時々母校訪問していたけど、美紗子様も佳代さんも久しぶりの母校訪問だから、後輩達も首を長くして待っていたんだと思うし、早く姿を見せてあげた方がいいわ。後から、機甲科の戦車格納庫で合流しましょう。」

 

早紀江の言葉に、佳代達は車から降りて徒歩で正門の方に向かって歩き出した。そうすると、知波単学園の在校生達が一斉にこちらに駆けてきて、あっという間に美紗子と佳代は取り囲まれてしまった。近くに居た辻達は、この二人はこんなに人気があるんだ…という事を改めて感じたが、駆け寄ってきた生徒達のあまりの興奮ぶりに若干引いていた。しばらくすると、周りに居た生徒達がスッと二手に分かれたかと思うと、一人の老人が嬉しそうに美紗子と佳代の元に近づいてきた。

 

「池田君も西君も本当に久しぶりじゃな。元気そうで何よりじゃ。特に西君は、卒業して以来の母校じゃと思うが、活躍しているようじゃな。」

 

「星野先生…お久しぶりです。これまで先生からは、講演の依頼などをもらってきましたが、色々と大学の方が忙しくて断ってきてしまい、申し訳ありません。それと、今回はここに居る4人の短期滞在を快く受け入れていただき、本当にありがとうございます。」

 

学園長の星野の言葉に、西はこれまで星野の依頼を断り続けていたため、少し負い目を感じて恐縮した。しかしそんな経緯があるにも関わらず、星野が今回辻達4人の短期滞在を許可してくれた事には感謝していた。西の言葉を聞くと、学園長の星野は辻達4人を改めて見て、特に辻に視線を向けて言った。

 

「ふむ、この娘が辻君のお孫さんじゃな。池田流の家元さんからは、上のお姉さんとは違って、辻君の気性を受け継いでいると聞いておるが、これはまた気が強そうな娘さんじゃのぉ。西君も苦労している事じゃろうて。それに西君も、私の依頼をこれまで断ってきた事を、それほど恐縮せんでもよかろう。帝国大学の先生ともなれば、忙しい事はわしも良く分かっておるし、今回はこうやって来てくれて明日は講演までしてくれる訳じゃからな。明日はしっかり頼むよ。」

 

「は?私の講演会ですか?学園長。」

 

学園長の星野の言葉に、西は驚愕して思わず聞き返してしまった。自分が星野にお願いしていたのは、自分ではなく美紗子の講演会のはずだ。学園長は何か勘違いしているのではないのか…という思いだったが、星野の次の言葉に、隣に居る美紗子を睨み付ける事になる。

 

「ん?先日そこに居る池田君から連絡があったのじゃが、今回の母校訪問に合わせて西君が普通科の生徒を対象に『知波単学園の学園生活で得た親友』という題目で一時間講演をするという事ではなかったのかのぉ?もう会場も準備してあるし、一部の普通科のOG達もこの事を聞きつけて講演を聞きたいから参加させて欲しいという連絡も受けておるんじゃが…。」

 

「み~さ~こ~!」

 

学園長の言葉に、佳代は自分が行った企ての存在も忘れて、隣にいた美紗子を睨み付けた。それに対して美紗子は小さくガッツポーズを取ると、『やった!ついに出し抜いた!』などと喜んでいたが、続いた学園長の言葉に美紗子も沈黙する事になる。

 

「池田君の講演会は、明後日でよかったかのぉ?」

 

「へ?私も?」

 

「ん?先日、これについては西君から連絡を受けて、池田君が機甲科の生徒を対象に『知波単学園で学んだ学問について』という題目で、一時間程話してくれると聞いておるのじゃが。知波単学園時代成績は良かったが、あれだけ勉強嫌いだった池田君が、学問について何を話してくれるのか、私も楽しみにしておるよ。」

 

「…やられた。」

 

何のことはない、自分も佳代に出し抜かれた事を知った美紗子はがっくりと肩を落とした。こちらは佳代に自分の事を褒め称えさせるために『知波単学園の学園生活で得た親友』という題目を設定しておいたのだが、佳代の方は自分がもっとも苦手としていた『学問』についての講演を設定している。今更断るわけにも行かない以上、今日・明日は徹夜か…と美紗子は諦めた。また、二人とも同じような事を企んでいた事を知った辻達は『流石は二年間組んでいた隊長と副隊長…考える事は同じなんだ』と妙な納得をしていた。

 

学園長の星野が生徒達の輪に入った事で、美紗子達もようやく生徒達の輪から解放されて、目的としていた機甲科が管理する戦車格納庫に移動する事が出来た。もっとも、美紗子達の後ろからは機甲科の生徒達がゾロゾロと続いており、まるで大名行列のような形での移動になっていたが。戦車格納庫の前には、既に車を置いてきた早紀江と前日から学園に泊り込んでいる教祖とそのチームの合わせて5人が待っていた。美紗子達が格納庫前に到着すると、後ろからゾロゾロ続いていた少女達が、美紗子達の前で一斉に整列して一人の少女が前に進み出て、美紗子達ではなく辻達の方を向いて挨拶した。

 

「辻さん、大洗女子学園からようこそ。私は、知波単学園の第12代戦車隊隊長をしています、二年生の福田遼子です。よろしくね。それと…先輩方…お帰りなさい。」

 

そういうと、福田は美紗子達に向かって頭を下げた。そしてそれに合わせて、後ろに並んでいた生徒達も一斉に『お帰りなさい』と、頭を下げた。その姿を見た辻は、『知波単学園は自由な学園だと聞いていたけど、流石にOGの先輩達が来たときは礼儀正しいんだな…』と考えていた。在校生達の挨拶を受けて、一緒にいた美紗子は一歩前に出ると『これまで何もあなたたちにはして来なかった先輩だから、それ程畏まらなくてもいいよ!』と言ったが、その言葉を受けても隊列が乱れるような事はなかった。それを見た佳代は、辻達に今のうちに自己紹介をしておくように伝えたため、辻達はひとりずつ自己紹介をした。

 

「今日から少しの間ですがお世話になります。大洗女子学園の辻正子です。今年から西先生に教えてもらいながら戦車道を始める事になりました。どうぞよろしくお願いします。一応、隊長やっています。」

 

「大洗女子学園の副隊長の中村静子です。色々教えてください。」

 

「砲手の真田麻耶です。よろしくお願いします。」

 

「通信手をやっています、近藤早苗です。よろしくお願いします。」

 

四人の挨拶が終わると、先程知波単学園の隊長だと名乗った福田が、列の中から一人の少女を呼ぶと、四人をまず戦車格納庫に案内するように頼んだ。

 

「四人とも、まずはここに居る副隊長の三杉について行って、戦車格納庫で戦車を見せてもらってね。それと四人ともそれぞれ役割が違うようだから、それぞれに合った訓練をここで受けてもらうわ。特に辻さんは隊長みたいだから、私が直接面倒を見るわね。後でそっちに合流するから、それまでは好きにしているといいから。三杉お願いね。」

 

「はい、隊長。私は副隊長の三杉枝里子だ。ここに滞在している間に何か困った事があったら、遠慮なく私に言ってくれ。それじゃ、隊長もああ言っている事だから、早速案内するよ。」

 

そう言うと、三杉は大洗女子学園からやってきた4人を連れて格納庫に向かった。また隊長の福田が、並んでいた生徒達に解散を指示したため、機甲科の生徒達はゾロゾロと格納庫内に入っていった。

 

「美紗子様、あの子が辻さんのお孫さんなのですね?一応学園長の星野先生から話は聞いていますが、やっぱり他の子とは少し違う雰囲気がありますね。ここに滞在中は、私が直接面倒を見ようと思いますが、それでいいですね?」

 

「今の隊長は福田さんなのだから、あなたが良いようにやりなさい。私達は、今回は後輩の激励に来ているだけなのだから、あまり気にしないで。福田さん達が、今どんな訓練をしているのか楽しみにしていたから、じっくり見学させてもらうね。」

 

隊長の福田は、美紗子に自分が辻の面倒を直接見ると伝えたところ、美紗子はあっさりと了承した。福田は池田流本家から知波単学園の機甲科に推薦で入学しているため、美紗子の事は幼い頃から知っている。そのため、他の生徒達に比べればまだ美紗子に対して話しやすかったが、それでも大先輩の美紗子に自分の意思を伝える事は勇気がいる事だった。

 

ましてこの日は美紗子だけではなく、以前に二度ほど知波単学園に顔を出してくれた初代隊長の村上も来ているし、ギャラクシーリーグでは福田のあこがれの選手でもある教祖とそのチームメンバー、そして現役時代の活躍は機甲科では伝説となっている西まで来ている。そのため福田は彼女達の訪問を非常に緊張していたが、偉大な先輩達はなるべく後輩達にプレッシャーをかけないように配慮してくれている事を理解し、少しホッとしていた。

 

 

 

知波単学園 戦車訓練場 

 

 

知波単学園での戦車道の練習が始まり、最初辻達はその練習風景を見学していたが、自分達の大洗女子学園とは全く錬度が異なる知波単学園の戦車道を目の当たりにして、特に隊長の辻は落ち込んでいた。そんな辻が落ち込んでいる姿を、隣で西は見ていたが、『今の時点でここまでの錬度があったら、師範として私が居る意味がなくなってしまうから、今は気にしなくていい』と慰めた。そして最初の練習が一段落つくと、先程辻達に自己紹介した隊長の福田と副隊長の三杉がやって来て、辻に話しかけた。

 

「辻さん、まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしているけど、あなた達も今は無理でもここまで錬度を上げないと、黒森峰女学園には太刀打ち出来ないのよ?美代子様からお話は一通り聞いているけど、辻さん達はあの黒森峰女学園を倒す事が目標なのでしょう?私達は、昨年の定期戦では黒森峰女学園に勝っているから、まずはこれが目標になると思うわ。だから、そんなに驚いているばかりじゃ駄目よ。・・・それでどうかしら、今から私達の戦車に一度搭乗してみない?あなた達四人に通信手として私達の戦車に搭乗してもらって、実際の戦車内での動きを見てもらおうと思っているんだけど。」

 

「えっ、乗せてくれるの?でも、私達は九七式中戦車なんて一両も使ってないよ?」

 

「とりあえず、私達の動きを直接見せたいだけだから、どの戦車でも関係ないわ。それと…どうせなら、この知波単学園で最も錬度の高い私の第一小隊の四両に別れて乗ってもらいましょう。今から私の小隊を呼ぶから、それに乗ってね。あと辻さんには私の戦車に乗ってもらうから・・・。まぁ、私達の動きを見てよく勉強するといいわ。」

 

福田の言葉に従い、辻達四人は目の前にやってきた福田の小隊の戦車にそれぞれ搭乗しようとしたが、それを一緒に来ていたOGの早紀江が制した。

 

「福田さん、折角私達も来ているのだから、あなた達も練習してみない。あなた達は自分達の小隊が最強だと思っているみたいだけれど、今なら歴代最強のチハが居るから、それと戦ってみたらどうですか?ということで、辻さんはこれから来るその戦車に乗ってみなさい。」

 

早紀江がそう言って格納庫の方に合図を送ると、一両のチハが猛スピードで走ってきて、辻や福田達の前でピタリと止まった。そして止まった戦車のキューポラから顔を出した人物を見て福田達知波単学園の現役生徒達は驚いた。

 

「きょ…教祖様?」

 

「隊長!この子は私達のチハちゃんに乗せるわ。『今』、この学園に居るチハちゃんの中で一番強い戦車に乗せて、その子達に技術を教えるのでしょう?だったら、この戦車に乗せなさい。それと、折角戦車に乗せて技術を見せるなら、試合形式で見せるのが一番いいでしょう?あなた達の4両の内から3両選びなさい。そうしたら、その3両と私が模擬戦をしてあげるから。今回は、後輩ちゃん達に久しぶりに胸を貸してあげるわ。」

 

たしかに、『今』知波単学園に居るチハの中では、間違いなく目の前の九七式中戦車が最強のチハになるだろう。辻は早紀江の言葉に従い、目の前の戦車に乗せてもらおうとしたが、それを見ていた西は、早紀江に断りを入れてから辻に最初に誘われた通り、福田の戦車に乗るように指示をした。そして、新しくやってきた教祖のチハには副隊長の中村を搭乗させた。その後、大洗女子学園の生徒達4人を搭乗させた4両のチハは、1両と3両に別れて、それぞれのスタート地点に移動していった。

 

「早紀江さん…、私達OGが介入するなんて聞いてないけど、一体どうしたの?そりゃ、たしかに教祖のチームが乗ったチハなら、今現在知波単学園に居る戦車の中では最強の戦車だけど…というより、たぶん歴代でも最強の戦車だと思うよ。何を企んでいるかは知らないけど、ちょっと大人気なくない?」

 

「美紗子様。私は教祖から話を聞いているので、現在の知波単学園の状況をよく知っていますが、あの福田の腕は確かですし、ここ数年の知波単学園の中では、あの子達はピカ一の腕です。実際に、昨年の黒森峰女学園との定期戦はあの子達の活躍で勝ったようなものですから。しかし、ここの所ちょっと天狗になりすぎているようなので、この辺りで鼻をへし折っておかないと、彼女達の成長のためになりません…。それにしても、佳代さん?どうして辻さんをあの戦車に乗せなかったのですか?」

 

早紀江は美紗子と違い、福田達が入学してから二度程知波単学園に来ているし、教祖に至っては空いている時間はチハを乗り回すために、指導という名目で入り浸っている。そのため、最近の知波単学園の状況を良く知っていた。そして、現在隊長を任されている福田の実力も把握しており、ここ数年では一番良い世代だという事も知っている。しかし最近は、その腕に自信を持ちすぎ天狗になりかかっているため、この辺りで彼女達の鼻をへし折っておかないといけないと考えていた。そのため教祖と相談した上で、今回の模擬戦となったようだ。

 

「早紀江さん?隊長の福田さん達、3両で教祖の1両に勝てると思います?」

 

「無理ね、佳代さん。たしかに福田さん達の腕は認めるけど、教祖の戦車と戦うなら5両は必要でしょうね。大体、ギャラクシーリーグの中でも教祖達の戦車は別格なのよ?いくら数が三倍でも、福田さん達で勝てる相手ではないわ。でも、それがどうしたの?」

 

「辻は、大洗女子学園の隊長です。そして、大洗女子学園の戦車道は始まったばかり。たぶん、試合をすれば劣勢に立つ事が多いでしょうね。だから、今回は劣勢な立場に立ったときの福田の指揮を生で見せてやりたいのです。」

 

佳代の言葉に、早紀江は『そういう事か』と納得した。たしかにそういう理由なら、教祖の戦車に乗せて圧倒的な錬度で福田達を蹂躙する姿を体験させるよりは、劣勢な立場の福田の戦車で福田達が最後まであがく姿を見せた方が辻の勉強にはなるだろう。早紀江は佳代の言葉を聞いて『いつのまにか、佳代さんも本物の指導者になったんだな…』と感心していたが、傍に居た美紗子の声で現実に引き戻された。

 

「二人とも試合始まるよ。一応、今日の夕食でも賭ける?」

 

「私と早紀江さんは、教祖が勝つ方に賭けるから、美紗子は福田さん達の方ね。」

 

「駄目!私も教祖に賭ける。」

 

「美紗子様、それでは賭けが成立しませんよ…。ということで、今回はなしですね。」

 

それぞれの戦車がスタート地点に到着した事を確認した副隊長の三杉が信号弾を打ち上げ、いよいよ模擬戦が始まった。

 

 

 

九七式中戦車 隊長車

 

 

「よりにもよって、3両で教祖様と戦うのか・・・。相手は名古屋スピカのエースだし、普通にやったら勝てないな・・・。」

 

辻が搭乗する九七式中戦車では、隊長で車長でもある福田がぼやいていた。同乗していた辻は、いくらなんでも3両がかりならプロが相手でも良い勝負は出来るだろうと考えていたが、肝心の福田は負ける事を前提とした話をしているため、どうしたんだろうと思い、福田に尋ねた。

 

「あの・・・福田さん?3両がかりなら勝てるんじゃないの?ほら、相手は1両なんだから、取り囲んでしまえば・・・。」

 

「そっか・・・辻さんは知らないから、そんな事言っているのね。いい?あの戦車に乗っている先輩は、現役時代から圧倒的な実力でチハで戦ってきた偉大な先輩なの。まぁ、九七式中戦車に対する異常なまでの拘りから、周りから『チハ教の教祖様』と呼ばれていたらしくて、プロリーグに入ってもそっちが呼び名になっちゃっているんだけど・・・。でも、腕は確かよ。プロに入ってからも一対一の状況ではほとんど負けないし、多数を相手に戦っても勝つ事があるくらいだから。たぶん私達がまともに戦えば、5倍くらいの戦力差があればゴリ押しで勝てると思うけど、3倍だと返り討ちにあうでしょうね。」

 

同じ型の戦車なのに、3倍の戦力差でも勝てないと思われているとは・・・と辻は福田の言葉に驚いた。ただ、自分よりは遥かに戦車の事を理解している福田がそう言っているという事は、たぶんその見立ては正しいのだろう。

 

「それで、どうやって戦うの?相手の方が強いとなると、待ち伏せして一気に叩く?」

 

「あら、辻さんも一応分かってはいるのね。流石は西先輩の教え子ってとこかな・・・。でも、おそらく相手も私達が待ち伏せをするだろうと考えているから、裏をかいて一気に攻勢に出るわ。それにあこがれの先輩と戦えるのに、待ち伏せなんてやりたくないしね。どうせ今回の模擬戦は村上先輩あたりの企てで、私達の天狗になった鼻をへし折る事が目的だろうから、全滅覚悟で一矢報いてやるわ。やられる覚悟でつっこめば、いくら相手がプロリーグのエースでも・・・。辻さん、他の2両に連絡『例え相手がプロリーグのエースでも、待ち伏せではなく攻勢に出る。とうの昔に卒業した先輩達に、現役生の意地を見せろ』送レ」

 

「そう来なくっちゃ!了解。『近藤、真田!福田隊長から連絡。例え相手がプロリーグのエースでも、待ち伏せではなく攻勢に出る。とうの昔に卒業した先輩達に引導を渡してやれ。さぁ、ぶちのめしに行くよ!』以上。」

 

辻の僚車への無線連絡を聞いた車内の残りの3人は、命令の後半部分が変更されている事に気付き、お互いに顔を見合わせたが、そのうち吹き出すように笑い出した。

 

「辻さん、あなたいい性格しているわ・・・。ただ、たしかに相手が偉大な先輩だろうと、戦う以上はぶちのめすに限るわね。おかげで私も開き直れそうだわ。よし!辻さん、これから知波単学園の現役隊長の力を見せてあげるから、よく見ていなさい。」

 

そう言うと、隊長の福田はキューポラから上半身を出し、腕を上に振り上げると前に向かって降ろした。

 

「一列縦隊!戦車隊、前へ!」

 

福田の合図で3両の戦車は、隊長車を中心に一列縦隊の隊形を取り、相手が居ると思われる方角に向かって前進を開始した。




第四章では一度も戦車の戦闘シーンを書いていなかったため、久しぶりに戦車戦の場面を書く事になりました。おそらく第五章はかなり戦闘シーンになりそうなので、そのためのリハビリになりそうです。しばらく書いていなかったため、ただでさえ苦手な戦闘シーンが、より書けなくなっているような気が…。

今回も読んでいただきありがとうございました。

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