学園艦誕生物語   作:ariel

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第5話 始動

「辻君、一体君は何を言い出すのだね?」

 

辻のあまりにも奇天烈な提案に、佐藤栄作は思わず発言した。他の人間も唖然とした顔で辻を見ている。

 

「いえいえ、私は本気ですよ。空母型の船であれば通常の飛行甲板の部分は全て平面です。また、ゆっくり航行出来る程度の速力であれば、かなり大型艦を作っても問題ありませんし、発電なども艦内で出来ます。それにここが重要なのですが、朝鮮戦争が一段落したら現在のわが国の肥大化した造船産業をどうするつもりなのですか?これだけ巨大な艦を何隻か作れば、しばらくは造船業を中心にこの好景気も維持出来ますよ。言ってみれば、究極の公共事業になりますね。ハハハ」

 

辻の提案は、あまりにも突拍子がない物だったが、元上司だった服部は一考に値するかもしれないと思いなおし考え始めた。

 

「流石に、旧帝国陸軍のエリート参謀様は、考え方が普通ではないな。なんとかと天才は紙一重とは言うが、まさにこれは…だが、非常に魅力的な提案だね、特に公共事業の部分が。」

 

岸は半分皮肉を混ぜて辻に答えると、前大蔵大臣であった池田勇人の方を向いた。

 

「池田君、仮にだが辻君が言うような船を何隻か造るとしよう。大きさにもよるだろうが、その船の建造そして定期的なメンテナンスを考えると、どれくらいの経済効果があるだろうね。」

 

「流石に、これ程の仮定の話は直ぐに計算出来ませんが、もし実現できるのだとしたらその経済効果は莫大な物になるでしょう。もっともそれの維持も考えると微妙なところですが。ただ、このような極めて空母に近い船をアメリカが許可しますかね?」

 

池田は経済効果については回答を避けたが、内心ではおそらくこの朝鮮戦争で振って沸いた好景気をしばらく持続させる事が可能だろうな…と思っていた。問題はアメリカが許可してくれるかだろうが、実際には艦が大きすぎ、機動力がまったくない事が分かれば、黙認するだろうな…と感じていた。

 

「いや、この提案はやはり難しいだろう」

 

黙っていた服部がそう反論した。

 

「船の上で戦車道の公式戦を行うとなると、船の形状はおそらく正方形に近い形状になってしまう。流石にそれを動かすのは難しいのではないか?」

 

「いえ服部さん、私が考えているのは服部さんが言った事と逆を行うのです。」

 

「逆?」

 

「はい、戦車道の試合は陸でやるのですよ。どうせ今後、保安隊が演習場として国土の様々な場所に広大なスペースを確保するでしょう。試合は短期間だけ保安隊の演習場を借りればいいのです。私が提案している船は、戦車道を行う学校を船にしてしまうということでして…。外洋に出てしまえば、戦車の騒音など気にせずに戦車が運用出来ますし、試合を行う近くまで、各学校そのものが海を動いてくれば、戦車を運ぶ手間も省けます。それに、戦車道を行う学校そのものを船として隔離してしまえば、反対派がやってきて抗議する事も出来ません。まぁ、学校機能を中心に小型の町を船上に配置した…『学園艦』といったところですかね。」

 

辻の提案は、当初奇天烈な物だと思っていた政治家達だが、考えてみると戦車道をやらせる学校自体を海上に作り、国内を好きなように動かす事は非常に合理的なのではないか?と思うようになってきた。しかも辻が自分で言ったように、ある種の公共事業になるため経済的にもやる価値はありそうだ。

 

「まぁ、戦車道をやらせる学校は特殊な学校という位置づけにして、これらの学校は海上…いや学園艦形式にする。意外と悪くないかもしれんな。問題は、そのような艦が本当に我が国で造れるか…ということになるが。小型の町を一つ丸ごと艦内に移すか…。辻君、実際にはどれくらいの大きさの艦になるだろうね?」

 

岸も当初は、奇想天外な話だと思ったが、少し考えてみると技術的な問題はともかく、特に大きな問題が見つからない事に気づいた。今までこのような事をやった国はない、ならば我が国が世界に先駆けてやってみるのも良いだろう。敗戦で自信をなくした国民に世界初の試みに国が果敢に挑戦する姿を見せるのも良いかもしれないな…と岸は考え始めていた。

 

「大きさですか…。乗員の想定をどの程度にするかにもよりますが、仮に1万人から2万人と考えれば、全長6000m、幅700mくらいの巨大な艦ですかね…」

 

辻は必死に戦時中の記憶を思い出しながら答えた。たしか、帝国海軍の空母だった瑞鶴は全長260m程で幅が26m程度だったはずだ。そして乗員は1700名程度。軍艦ではない学園艦となると、居住スペースは余裕を持たせなくてはならないし、なにせ甲板で戦車を動かさなくてはならない。そうなるとやはりこの程度の大きさは必要だろう…辻は結論づけた。

 

「ちょ…ちょっと待ってくれ。乗員が2万人?一体どんな規模の学校を考えているのだ君は」

 

文部大臣の岡野は悲鳴のような声を上げた。

 

「岡野さん、学校機能だけではなく、小さな町をそのまま艦に作るのです。場合によっては生徒の家族も移り住んでもらいますし、甲板には店舗なども造ります。いわば一つの町を艦に作るのです。小都市を想定すれば2万人は決して多い人数ではありません。」

 

辻は答える。戦争が終わって未だ10年も経過していないため、戦時の記憶を未だもっている国民が数多く日本には居る。一部の国民は感情的に再軍備に対して反対デモを行っているが、今であればまだ軍備に対してあまり抵抗感がない人間も数多くいる。この機会にそういう人間に対して学園艦上に造る新しい町への居住を応募すれば、意外と直ぐに応募枠は埋まるのではないかと、辻は内心で考えた。

 

「まさか、こんな案が出てくるとはな…、だが面白い。木村君、防衛庁なら旧海軍の人間も数多く居るだろう。申し訳ないが、今の話をベースに計画を作ってもらえるかな?技術的にそのような艦が建造可能かどうかも含めてね。私は、例の財源の大半は産業振興に使うべきだろうと考えていたのだが、これなら造船を中心に鉄鋼業なども含めて幅広い産業振興になるだろう。まずは、試験的に…学園艦だったかな?それを辻君が先程言った程度の大きさを想定して建造計画を立てて欲しい。くれぐれも吉田君には内密にな。おそらく彼の内閣は早晩無くなるだろうから、その後で具体的に動き出しても問題ないだろう。」

 

「分かりました。私の方で心当たりがありますから、打診して実行可能かどうか検討してみます。」

 

木村は力強く答えた。実行できれば、これだけの巨大国家プロジェクトに一枚噛むことが出来る。発足したばかりの自分が率いる保安庁はまだ弱小組織だが、これを機に組織の拡大も可能だろう。

 

「とりあえずは、そんな所だな。まぁ、私が考えていた方向とは少し違う方向になってしまったが、今回は非常に有意義な会合だったよ。これからも時々こうやって会合をもって、なんとかこの計画を進めていこうと思う。これからよろしく頼むよ。」

 

岸の一言で今回の会合は終わった。未だ様々な課題があるが、少なくとも最初の一歩を踏み出すことが出来たようだ。服部、辻、そして西住かほ、池田美代子は安心した。

 

「あ~、そういえば一つ大事な事を忘れていた。例の戦車道の件だが、早いうちにルールの案やそれに必要な物の準備、これは戦車の購入も含めてだが、その計画を立てておいてくれよ。」

 

岸が最後にかほや美代子に伝えた。

 

 

 

同日 都内某料亭

 

 

「いや、まさかこんな流れになるとはな、辻君もやるものだな。」

 

「いえ、苦し紛れの提案でしたよ。実際には…。」

 

岸の所での会合が終わり、服部と辻は、かほと美代子を連れて都内の某料亭に来ていた。計画がスタートした事を記念して祝杯を上げる算段だったようだが、同時にこの機会に今後日本の戦車道を牽引していくことになるであろう、二人に話を聞こうと考えたようだ。

 

「服部さま、辻さま、実際にこうやってお会いするのは初めてになるかと思います。西住流家元の西住かほでございます。本日の件、誠にありがとうございます。私も…そしておそらく池田流の美代子さんも、もう戦車道は無理だろうと思っていましたが、まさかこのような事になるとは…本当にありがとうございます。」

 

西住かほは、深々と服部や辻に頭を下げた。

 

「いえいえ、これは私達の戦死した友人との約束でもありますので、お気になさらず。しかし、本当に大変なのはむしろこれからです。特にお二人には頑張ってもらわないと。我が国に利するルールの作成や、戦車の準備など、課題は山積みですからな」

 

服部は答える。しかし、未来が真っ暗の状態から、一筋の光明がさしたのは確かだ。そういう意味では、これからは頑張りがいがあるだろう。

 

「ところで、今日の話に出てきた学園艦ですが、たぶん建造する事になると思いますよ。ただ規模を考えると一艦ずつの就航になるでしょうが。それで、どうします?どちらが先に学園艦で戦車道を始めますか?こう言っては何ですが、西住流と池田流、ある意味水と油です。まさか同じ艦上で両方の流派を教えるという訳には、いかんでしょう。まぁ、規模を考えると西住流に先にやってもらい、次の艦で池田流といった感じでしょうが」

 

辻が発言する。自分はたしかに池田流を支援している立場だ。しかし、現在の流派の規模を考えると、池田流ではなく西住流が優先されるべきだろう。ところが、辻の質問に対してかほが答えたのは、辻の想定とは少し異なった。

 

「いえ、最初の艦はおそらく試験艦になるでしょうから、私の所はある程度学園艦システムが確立してからでいいですよ。それに、私のところは熊本でしばらくは遣り繰り出来ますが、池田さんの所は厳しいのでは?最初の学園艦は池田さんの所を中心でやってもらえませんか。」

 

服部は考え込む。なるほど、試験艦であればトラブルも発生しやすいし、またあくまでも試験だから大きさも抑えられるだろう。自分の所の余裕を見せつけつつ、危ない橋は池田流に押し付けたか…この女、一筋縄ではいかんな。同じ事は辻も思いついたようで、辻の眉間に皺が寄った。

 

「ありがとうございます。一番艦の名誉、この池田がありがたく受け取ります。池田流では名を残す事が重要、本望でございます。私の所がうまく運用出来れば、この学園艦システム確立最大の功労者は、我々池田流になるでしょう。我々としては、大歓迎です。」

 

美代子がそれに答える。まぁ、こちらも相当な狸だな…と辻と服部は感じた。おそらく、一番艦には最優秀の人材が投入されることになるだろう。それを全て取り込むつもりのようだ。もう既に二つの流派による駆け引きは始まっているようだ。

 

「まぁ、難しい話はこれくらいにして、とりあえず今日のところは祝杯をあげましょう。それに、明後日には長野に隠居している細見閣下のところに我々全員がいかなくてはなりませんからな。これから忙しくなりますよ。」

 

最後は服部が引き取った。

 

 

 

 


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