学園艦誕生物語   作:ariel

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知波単学園と黒森峰女学園の練習戦は当初2話の予定をしていましたが、観戦席などの話や天覧試合としての話を入れていきますと3話になりそうな感じです。ということで、まずは練習戦の第1話「狂った歯車」を投稿します。


第40話 狂った歯車

1962年 10月下旬 東富士演習場 メイン観戦席

 

 

10月下旬、東富士演習場で行なわれる知波単学園と黒森峰女学園の練習試合は、長らく戦車道のファン達の間で話題になっていた『本気の知波単学園と全国大会を三連覇した黒森峰女学園のどちらが強いのか?』の議論についに決着がつくだろうという理由から、一般観戦席は超満員となっていた。また戦車道連盟の会長である岸がその政治力を発揮し、当時の内閣の主要閣僚等を招待していた事から、貴賓席には時の総理大臣である池田隼人や、今後学園艦計画に重要な役割を果たすと考えられる大蔵大臣の田中角栄、経済企画庁長官の宮沢喜一、そして現在は無役であるが佐藤栄作など、有力な政治家達の姿も見られた。しかし通常であれば、総理大臣等が観戦に来るとなるとマスコミの話題はそちらに集中するはずだったが、今回の試合だけは貴賓席に居る池田隼人の方を向いているテレビカメラはほとんどなかった。

 

「岸さん、陛下はまだいらっしゃらないのですか?もうそろそろ時間だと思いますが。」

 

「池田君、最寄の駅には既にお召し列車が到着したと連絡があったから、直にいらっしゃるだろう。それにしても、池田君はたぶん来てくれるだろうと思っていたが、まさか田中君まで本当に来るとは思っていなかったよ。」

 

「岸先生のご招待を断るほど、私は怖い物知らずではありません。先生のためでしたら、この田中、火の中だろうと水の中だろうと…。」

 

「田中君の冗談はそれくらいでいいとして、田中君まで来てくれたのはありがたい。今日は面白い試合を見せられると思うから、是非楽しんでいってくれ。とはいえ、学園艦計画に対する今後の予算措置などについて、この試合が終わったら腹を割って話し合いたいから、悪いがこの試合の後、少し時間を空けて置いてもらうよ。」

 

「招待されたと思っていましたが、どうやら高い観戦料を取られそうですな…ワハハハハ。」

 

岸達が貴賓席で話をしていると、会場のSPなどの動きが慌しくなってきた。そして、黒塗りの車の車列が到着する。それを見た岸達は雑談を止め、全員が起立して車でやってきた人物を迎える準備をした。

 

「陛下、本日は東富士まで足を運んでいただき、誠にありがとうございます。戦車道連盟としましては、本日は陛下に最高の試合をお見せできると思いますので、最後までお楽しみいただけたら幸いです。」

 

「岸、今日は楽しませてもらうよ。それで…戦車道の試合を実際に行なうのは、あそこに並んでいる若人達なのか?」

 

「はっ、その通りであります陛下。向かって右側の茶色の服を着ている少女達が、細見が学園長をしております知波単学園の生徒達で、左側の黒い服を着ていますのが、島田が学園長をしております黒森峰女学園の生徒達になります。」

 

「そうかそうか、両校とも頑張って良い試合を見せて欲しいね。」

 

陛下が試合会場に到着したという知らせを受け、実際に試合を行なう知波単学園と黒森峰女学園の生徒達はメイン観戦席前に列を作って待っていたが、その列に対して陛下が手を振ると両校の選手達は一礼し、その後各学園のスタート地点に分かれていった。

 

 

 

知波単学園側 観戦席

 

 

「ふぅ~…緊張したよ、佳代ちゃん。あんなにお客さん居るなんて思っていなかったし、ひょっとしたら公式戦よりも人多くなかった?それに遠くからしか見えなかったけど、天皇陛下に手を振ってもらえたのは嬉しかったな~。そういえばなっちゃん達もうちと同じで新品の服着てたね。」

 

「当たり前だよ美紗子。丁度横に黒森峰女学園の真由子さんが居たから、そっと聞いてみたんだけど、あっちの学園でも学園長先生や師範のさほさんから、相当五月蝿く今回の試合の事で注意があったみたいだから。うちと一緒で、今日着てきた服は下着まで含めて全て新品なんだって。」

 

「あっちも、うちと一緒だったんだ。どちらにせよこれだけ人が見ていて、しかも天皇陛下まで見ているとなると、絶対に負けられないね。私達は最後の勝負まで何も出来ないけど、佳代ちゃんしっかり頼むよ。」

 

「任せておいて美紗子。最高の条件を揃えて美紗子にバトンを渡してあげるから。でも、そこまでお膳立てをするのだから、絶対に負けないでよ!」

 

そう言うと、美紗子と佳代はお互いの戦車に搭乗するために、別々の方向に分かれていった。そんな姿を、知波単学園側の観戦席の最上段から、学園長の細見惟雄や戦車部顧問の星野利元、池田流家元の美代子、そして師範の美奈子が心配そうに眺めながら、話し合っていた。

 

「お母様、美紗子達はちゃんとやってくれるでしょうか…。佳代が立てた作戦ですから問題ないと思いますが、今回は相手が相手ですから…」

 

「美奈子さん、西住さんの所も今回は負けられないと思っているでしょうが、うちも今回は負けられません。戦車の性能と錬度を考えると、うちと西住さんの所は五分五分の力だと私は思っています。そうなると、あとは何事にも負けないという強い精神力が勝負を決める事になるでしょうね。細見さんもそう思っているからこそ、あの旗を掲揚したのではありませんか?」

 

「流石に家元は全てをお見通しでしたか。あの旗は、我が知波単学園の精神的な柱と言っても過言ではありません。あれを今回掲揚した事で、間違いなくうちの学園の搭乗員達の士気は上がったと思います。今回の試合、必ずやってくれると私は信じていますよ。」

 

「そうじゃな、あの旗を揚げて貴様があの子達に最後の訓示をした時、これなら勝てるとわしも思ったぞ。あれだけの士気があれば少なくとも精神力の差で負けるような事はあるまい。あとは、いかに戦闘でミスをしないかだけじゃな。」

 

試合が始まる1時間程前、出場する全ての戦車の整備や作戦の確認が終わった知波単学園の搭乗員達は、知波単学園側の観戦席前に学園長の細見によって集められていた。そしてその場で細見は、持ち込んだ菊の紋がついた黒い箱を開け、中から金モールで四方を装飾された知波単学園の学園旗を取り出すと、観戦席にあるポールに自ら旗を掲揚した。

 

そして『この旗は私達の学園艦が完成した時に、陛下から直接手渡された名誉ある学園旗です。非理法権天という言葉がありますが、この旗が揚がっている限り私達が負ける事はありませんし、それだけの練習をあなた達はしてきました。ですから、皆さんが見事に勝利を飾って、再びこの場に戻ってくる事を信じて私は皆さんを試合に送り出します。頑張ってきなさい。』と、集まった搭乗員に最後の訓示を行なった。集まっていた美紗子を始めとする搭乗員達は、学園長の言葉と自分達の応援席に翻った学園旗を見て、口々に『今回は絶対に勝つよ!』とお互いに気合をいれ、陛下を迎えるためにメイン観戦席の方に向かっていった経緯がある。

 

「それにしても学園長が『非理法権天』などという言葉を使うとは思いませんでしたから、私は少し驚きましたよ。それに…うちの美紗子はあの言葉の意味を知っていたのですかね…。」

 

「いや美奈子さん、たぶん美紗子さんは知らなかったんじゃないかの。横に居た佳代さんに何か聞いていたから、たぶん意味を教えてもらっていたと思うのじゃが。」

 

顧問の星野の言葉に、その場に居た四人は少し笑った。今では死語になっているが、戦時中に陸軍で実際に軍を指揮してきた細見や星野にとっては、『非理法権天』という言葉は馴染があり、陛下の元では絶対に負けないという考えが骨の髄まで染み込んでいた。そして陛下から直接親授された学園旗の下で戦う限り、絶対に負けられないという思いが非常に強く、もはやそんな時代ではない事を承知していても、今回自分の学園の生徒達に細見はその言葉を使って檄を飛ばしたようだ。

 

 

 

黒森峰女学園 観戦席

 

 

「真由子、流石に陛下の前に立つというのは緊張したな。全国大会の決勝戦でもこんなに緊張はしなかったが、今回は特別だな。あの美紗子も少し緊張していたようだったからな。」

 

「それはそうですよ隊長。私も丁度横にあちらの副隊長の佳代が居たので、少し小声で話したのですが、あちらもこの試合を行なうにあたって、学園長達から相当うるさく言われて今日を迎えたようですから、美紗子でも緊張しますよ。なんでも、あちらもうちと同じように服などは全部新品のようですよ。」

 

「そうか…あちらも同じか。とはいえ勝負は勝負だからな。こちらは全力で知波単学園を叩き潰すまでだ。こちらも出来る限りの準備はしてきている。真由子、今回が私達の高校生活にとって最後の試合だが、最後までしっかり頼むぞ。」

 

「了解しました、隊長。ここまで来たからには、最後も勝利を飾りましょう。」

 

黒森峰女学園の観戦席前では、隊長の西住なほと副隊長の島田真由子が最後の打ち合わせをし、お互いの戦車に搭乗するために別々の方向に向かって歩いていった。そして、黒森峰女学園側でも、観戦席の最上段で学園長の島田豊作、西住流家元の西住かほ、そして師範のさほが、そんな様子を少し心配しながら見ていた。

 

「学園長先生、今回の試合、私も出来る限りの指導はしてきたつもりです。そして娘も頑張ってくれると信じていますが、それでも相手が相手ですから心配になりますよ。」

 

「たしかに、今回の相手はこれまでとは違いますからな。ただ、なほ君もここまで様々な経験を積んできていますし、周りに優秀な仲間も居ます。ですから、必ず我が学園に勝利をもたらしてくれるでしょう。しかし…黒森峰女学園対知波単学園の試合とはいえ、ほとんどの観戦客は西住流と池田流の直接対決と考えているでしょうから、私よりも家元のかほさんの方が緊張しているのではないですか?」

 

「そうですね…何も心配していないと言えば、嘘になるでしょうね。池田さんとはお互いに切磋琢磨してここまで一緒に頑張ってきた仲ですが、直接対決となればやはり負けられないという気持ちが強いのも事実です。なほには、西住流で可能な限りの事は教えてきましたが、相手もそれは同じですからね…たしかに私自身も緊張はしていますよ。」

 

これまで黒森峰女学園の学園艦そのものには、池田流家元の美代子と同じようにほとんどタッチしてこなかった家元のかほだったが、流石に今回の試合だけは別だった。それは、黒森峰女学園対知波単学園の『練習試合』とはなっていたが、実質は西住流対池田流という日本を代表する巨大流派の威信がかかった試合であることは、誰の目から見ても明らかだったからだ。だからこそ、戦車道連盟が全面介入しているし今回の天覧試合という形にもなっていることは、家元のかほは痛いほど理解していた。

 

これまで『犠牲なくして大きな勝利を得る事は出来ない』という精神で、帝国陸軍の戦車を捨て、世界最強のドイツ戦車に乗り換えた。そして作戦も全てドイツ式に変更した。そのため、これまで自分達が捨ててきた帝国陸軍の考えを色濃く引き継いでいる池田流に負ける事は、かほには絶対に出来ないことだった。それが例え、練習戦のため帝国陸軍式の作戦を用いず、なおかつ強力な戦車を使用する事が分かっていても、かほにとっては同じことだった。おそらく実際に戦う孫娘のなほは、そこまでは考えていないかもしれないが、それでもなんとなく今回の試合は絶対に負けられないと意識しているだろうと、かほは考えていた。そう考えていると、試合会場の中央付近で信号弾が打ちあがり、いよいよ運命の試合が始まった。

 

 

 

知波単学園 五式砲戦車ホリ 西佳代

 

 

「美紗子、作戦通り待機地点I07地点まで急いで下がって。早紀江さんの第二小隊はH05地点の林付近に移動し待機、節子さんの第三小隊はH03地点の茂みに待機してください。私の砲戦車部隊は急いでI04地点に移動後、ダグインを行ないます。黒森峰女学園がGラインに侵入してくる前に遮蔽と擬装を完了しなくてはいけませんから、急いで移動してください。」

 

試合開始の合図である信号弾が打ちあがった瞬間、副隊長の佳代は各車に指示を出し、知波単学園の戦車隊は当初の作戦に従い、四つの部隊に分かれてそれぞれの目標地点に向けて全速力で移動を開始した。

 

「第三小隊の節子さん、H03地点に到着したら一両だけ前方に偵察に向かわせてください。目的は黒森峰女学園の戦車をH04地点に誘導することですから、撃破されないように距離を保つように伝えてください。場合によっては一気に逃げてもらっても構いません。」

 

知波単学園の戦車が四つに分かれてしばらくすると、佳代は節子の第三小隊に一両だけ偵察に向かわせるように伝えた。佳代からの連絡を受けた節子は、目標としていたH03地点に近づいたところで、四式中戦車を一両だけ分離し北方に向けて偵察に向かわせた。そして自分達の三両は佳代からの指示通りH03地点にある茂みに身を隠し、黒森峰女学園の戦車隊がやってくるのを待ち構えた。

 

その頃、佳代の砲戦車部隊も目標地点であるI04地点に移動を完了していた。佳代は自分の搭乗する五式砲戦車ホリを中心に、率いている三式砲戦車を左右に幅広く分散させて配置させると、これまで散々練習した通りキャタピラーを利用して砲戦車が隠れる事が可能な穴を掘ると、一両ずつ順番にダグインしていった。そして用意してきた偽装ネットや付近にあった自然物を上手に利用して、遠目からでは発見されないように細心の注意を払って自分達の砲戦車の隠蔽に勤しんだ。佳代の部隊の隠蔽がほぼ終了しかけた頃、早紀江の第ニ小隊も無事に目標地点である林の中に身を隠す事が出来、佳代が今回指揮する知波単学園の全ての戦車の準備が整った。

 

「副隊長、第三小隊から派遣されていた偵察車から連絡。『我、敵と遭遇せり。これより後退し誘導する』以上です。」

 

「了解。第二小隊と第三小隊、そして砲戦車各車に連絡。『戦闘に備えよ』送レ」

 

 

 

黒森峰女学園 パンターG型 島田真由子

 

 

「前方約2300m、知波単学園の戦車を発見。車種は四式。相手もこちらを発見している模様。想定どおりこちらが発見されましたが、隊長どうしますか?」

 

「真由子、予想通りあれは偵察だろう。したがって、本隊に合流するためにおそらく直ぐに退却する筈だ。それを追っていけば、我々を知波単学園の本隊の位置まで案内してくれるから、この場で撃破する必要はない。適当に牽制して本隊に後退させてやれ。」

 

試合開始直後、黒森峰女学園の戦車隊はこれまでの練習戦や公式戦で見せてきたように、全車でパンツァーカイルを組み、前進を開始した。しかし今回はなほの指示で、これまでの試合のように一気に前進して相手校の戦車隊を蹂躙する体制ではなく、速度をかなり遅くし、どちらかというとかなり慎重な前進をしていた。これは、これまでの佳代の指揮パターンから知波単学園が攻撃を仕掛けてくる可能性が高いと考えたなほが、相手の攻撃を見極めてから攻勢に出ようと考えたためだった。そのため、知波単学園に先に接触させる事を想定していたため、自分達の狙いどおり知波単学園の戦車が現れた事にホッとしていた。あとは、この偵察車を適当に攻撃すれば、自分達を知波単学園の本隊の場所に連れて行ってくれるだろう。なほも真由子もそのように考えていた。そして真由子は、自分が率いている第四小隊に、直ちに現れた四式中戦車に牽制攻撃を行なうように命じた。

 

「第四小隊、適当にあの四式を攻撃して慌てさせてやりなさい。ただし撃破はしないように。あの四式には私達を知波単学園の本隊まで案内してもらわないといけませんから。」

 

「Jawohl, Fräulein kommander ! (了解! 指揮官どの!)」

 

今回、真由子は自分の子飼いの部隊である第四小隊と第五小隊のどちらかのみを出場させようと考えていたが、結局は両小隊の熱意に負けそれぞれの小隊から数両選び、通常よりも小編成の小隊を二部隊率いていた。そのため、第四小隊は3両のパンターG型で、第五小隊は2両のパンターG型で編成されており、真由子の指揮車を含めて6両のパンターが参戦していた。真由子はそのうちの第四小隊の3両に四式中戦車を追うように命じた。

 

「副隊長、四式中戦車後退を始めました。このまま追い込みますか?」

 

「第四小隊、一端追撃速度を落せ。本隊もこのまま移動するため、本隊と合流した後に追撃を行なう。隊長、追撃の命令をお願いします。」

 

「真由子、了解した。黒森峰女学園全戦車へ、これより知波単学園の偵察車を追って敵本隊と雌雄を決する。各小隊指揮官は、咄嗟の戦闘にも対応できるように準備をしておけ。行くぞ!Panzer Vor!」

 

なほの指示の元、黒森峰女学園のパンツァーカイルはそれまでの速度を一気に上げ、四式中戦車が後退していった方角に向けて前進を開始した。

 

 

 

知波単学園 五式中戦車 村上早紀江

 

 

「小隊長、偵察に出ていた四式中戦車三号車が黒森峰女学園本隊と接触した模様。ただちに後退に移るとのこと。第三小隊長の節子さんから、後退経路の指示について連絡が来ていますが、どう答えますか?」

 

「節子に連絡してください。ポイントH04地点に向けて一気に南進させてください。そしてH04地点を越えたらそのまま佳代さんが待ち構えているI04地点の西側を経由して節子が居る場所に合流するように伝えてください。おそらくその頃には、私達は攻撃に移っていると思いますから、急いで私達に合流するようにとも追伸を入れてください。」

 

「了解です、小隊長。それと副隊長にも連絡を入れます。」

 

H05地点に潜んでいる早紀江は、節子の指揮下の四式中戦車からの連絡を受けて、いよいよ自分にとって高校生活最後の戦いが始まる事を実感していた。佳代の作戦どおりに動くのであれば、おそらく最初の攻撃は自分の小隊が行なう事になるだろう。最初は牽制程度の攻撃になるだろうが、自分の小隊だけで自分達の数倍の黒森峰女学園本隊と撃ち合うのは、流石に緊張する。

 

「小隊長、副隊長より連絡です。『第二小隊各車は私の指示で黒森峰女学園本隊に攻撃をしかけるように。ただし第三小隊が攻撃に出るまでは本格的な攻勢に出るのは厳禁。敵本隊への突撃タイミングは追って指示を出す。』以上です。追伸で『武運を祈る』と来ています。」

 

「佳代さんに返信してください。『誓って戦果を上げます。』送ってください。」

 

佳代に返信を行い、しばらく待機しているとやがて偵察任務に向かっていた四式中戦車が前方を最大速度で南に走りぬけていく姿が早紀江の戦車からも確認出来た。早紀江はいよいよ来たか…と自分の脇に立てかけてあった指揮刀を手元に引き寄せると、自分の小隊に直接指示を出した。

 

「小隊長より第二小隊各車、いよいよ勝負の時です。先陣は武門の誉れ。私達の小隊が今回の試合の先陣を任されたのですから、なんとしても期待に答えなければいけません。私達の目的は佳代さんの部隊が効果的に攻撃するための囮です。目的は完全に果たしましょう。おそらくここから先は混戦になりますから、全ての指示を私が行なうことは出来なくなるでしょうから、その場合は自分達の判断で最良と思われる行動をとってください。通信終わり。」

 

早紀江が自分の小隊に通信を送り終わる頃、北方から黒森峰女学園の戦車隊が見事な隊列で自分達の前を南進していく姿が見られた。

 

「小隊長!副隊長より作戦行動を開始せよとのことです。」

 

「了解。第二小隊、前方の黒森峰女学園戦車隊に向かって砲撃開始。砲撃を行なった車両から直ぐに現地点を移動すること。こちらの車両の数を相手に知らせないようにして、なるべく多くの車両をこちらに引きつけます。主砲、撃て!副砲は移動後に砲撃します。」

 

 

 

知波単学園 五式砲戦車ホリ 西佳代

 

 

時を少しだけ遡った頃、副隊長の佳代の元には第三小隊から派遣され偵察中の四式中戦車から刻々と黒森峰女学園本隊の場所が連絡されていた。その報告の度に佳代は、手元の地図に黒森峰女学園の位置を書き込んでいく。四式中戦車からは、今のところ敵の砲撃を避けつつ後退に成功していると連絡が入っていたが、佳代は『おそらく黒森峰女学園はこちらの位置を知るためにわざと撃破しなように追ってきている』と感じていた。

 

「通信手、偵察中の四式中戦車に連絡。そのままI04地点に向かって後退するように。それとI04地点手前で、私達の隠蔽している砲戦車の位置が確認できたら、その時点でこちらに連絡するようにとも伝えて。どれくらいまでこちらの偽装に効果があるのか、確認してもらいます。」

 

佳代の砲戦車部隊は、佳代の五式砲戦車を中心にI04地点に東から西にかけて幅広く偽装して布陣していた。そして、折角四式中戦車が後退してくるのだから、ついでに自分達の偽装がどれくらいの距離まで効果があるのか確認してもらおうと佳代は考えていた。しばらくすると前方から四式中戦車が後退してくる様子を佳代も確認した。しかしその距離が500mを切っても一向に四式中戦車から佳代に連絡は入ってこなかった。

 

「あれ?おかしいですね…。そろそろ見つかってもおかしくないと思うのですが…」

 

佳代は四式中戦車の様子をダグインしている砲戦車の隙間から見ていたが、400m、300mと近づいてきても一向に連絡がない。流石にこちらから確認しようと佳代が通信手に連絡を入れるように伝えた矢先、四式中戦車からようやくこちらを発見したとの通信が入る。

 

「う~ん…距離200mくらいですね…。意外と見つからないものですね。これなら思っていたよりも近くから狙えそうです。」

 

佳代はそう呟くと、四式中戦車にそのまま南に後退し、しばらくしたら原隊である第三小隊と合流するように連絡をすると、目の前の出来事に集中しはじめた。四式中戦車を追って、ついに黒森峰女学園の本隊が姿を現したためだ。

 

「いよいよ来ましたね…。それにしても相変らず反則レベルの戦車ばかりですね…。正面のティーガーIが、おそらくなほさんの搭乗車ですね。あれを撃ち抜きたいところですが、流石にあれを撃破するのは至難の業でしょうから、あれは美紗子に任せてしまいましょう。」

 

佳代は独り言のようにつぶやいていたが、その呟きは同乗していた五人の搭乗員にも聞こえたようだ。

 

「副隊長。しかし上手く行けばなほさんの搭乗車を狙撃出来るのではないですか?それにあれを撃破してしまえば、こちらの勝利はほぼ確実ですから、狙ってみるのも手だと思うのですが。」

 

「いえ、隊長のなほさんは妙に勘が鋭いところがあります。下手をすれば避けられる可能性がありますし、奇襲が通用するのは初弾だけです。だとしたら、初弾で確実にヤークトティガーを叩いておくのが正解です。今回は私の言うとおりに動いてください。」

 

佳代の答えに搭乗員達は納得したのか、黙って頷いた。今回の作戦は全て佳代が考えており、その運用には隊長の美紗子も全面的に賛同している。だとしたら、最後まで自分達の副隊長を信じて戦おうと搭乗員達は考えていた。そんな話をしている間にも、黒森峰女学園の戦車は佳代達が潜んでいる場所にどんどん近づいてくる。

 

「…距離、およそ700mか…もう少し我慢ですね。…500m、…400m、…350m。今です!通信手、第二小隊の早紀江さんに攻撃開始を合図してください。第三小隊の節子さんには、もうしばらく待機を通信してください。」

 

 

 

黒森峰女学園 ティーガーII 吉村真美

 

 

「隊長、こちら第三小隊小隊長。東側の林の中より砲撃を受けました!距離およそ1200m。命中弾はありません。知波単学園の待ち伏せです。一部小口径の弾着もありますので、九七式も含まれている模様。」

 

「第三小隊、敵の攻撃に備えろ。真由子、第五小隊を率いて第三小隊の援護に向かえ。それと美鈴、お前も真由子と一緒に行け。」

 

「隊長、こちら真由子。これはおそらく知波単学園の副隊長の佳代が指揮していると思います。うちにあの子が転校してきた時にこれに似た作戦を行なっていましたが、今砲撃してきた敵は囮で、おそらく背後から本隊が一気に襲撃してくると思います。反対側の第二小隊にも警戒するように連絡してください。」

 

「真由子、分かっている。だからこそ、第一小隊そしてお前の第四小隊を予備に残しておくし、右翼の第二小隊も戦闘には参加させない。本隊が出てきたら一気に叩き潰してやるつもりだ。同じ作戦が二度も私達に通用しないことを教えてやる。」

 

なほの指示に従い、副隊長の真由子のパンターG型、なほ直属部隊の野中美鈴のティーガーI、そして第五小隊の2両のパンターG型、合わせて4両は、黒森峰女学園の左翼を担当していた第三小隊の援護に向かうための移動を開始した。第三小隊は小隊長車のティーガーIIと、ヤークトパンター2両、そして四号駆逐戦車1両からなる強力な小隊のため、この戦力で十分に、囮と思われる知波単学園の部隊には対抗出来ると、隊長のなほは考えていた。

 

「小隊長、林の中から第二射来ました。ヤークトパンターに命中弾が出ましたが、被害なし!相手の位置は未だ不明ですが、牽制のためにもこちらから砲撃を開始しますか?」

 

「主砲榴弾装填!牽制が目的だから林の中の何処でもいい、榴弾を打ち込んで燻り出してやれ!小隊各車へ、準備出来次第砲撃開始!」

 

既に副隊長の真由子がこちらに向かっている事を確認した小隊長の真美は、副隊長が到着してから攻勢をかけることを考え、当面は相手に対して牽制で十分だと判断していた。また、隊長のなほからも『おそらく相手は囮と思われるから、深追いはするな』との命令も受けており、距離を十分に保った現在の状態で知波単学園と撃ち合いをする事を決めた。

 

「それにしても…囮とはいえ、意外と相手の数が居るような気がするな…。時折小口径弾の弾着もあるから、おそらく九七式も紛れ込んでいる以上、知波単学園の隊長車が居る可能性も捨てきれない。通信手、隊長と副隊長に連絡『九七式中戦車も参加していると思われるため、囮ではない可能性もあり。注意されたし。』以上だ。」

 

今回の知波単学園の参加車編成表を見たとき、九七式中戦車が5両も登録されているのを見て、当初黒森峰女学園の搭乗員達は楽勝だと甘く見ていたが、隊長のなほや副隊長の真由子は、今回登録された九七式中戦車こそが知波単学園の主力だろうと判断していた。そのため、九七式と思われる戦車を発見した時は優先的に撃破するようにと各搭乗員に指示を出していたため、黒森峰女学園の搭乗員達は九七式中戦車の動静に対して通常以上に注意を払っていた。このような経緯から、実際には五式中戦車の副砲による着弾だったが、小隊長の真美はここに九七式中戦車が紛れ込んでいると誤解してしまった。

 

「こちら副隊長。九七式中戦車が紛れ込んでいる可能性があるのであれば、慎重に攻撃を行ないます。無理に距離を詰めずにこのままの距離でしばらく攻撃を続けてください。おそらく背後に知波単学園の本隊が現れると思いますので、それと同時に相手も攻撃に出てくるでしょう。そこを撃ちます。」

 

「了解しました、副隊長。第三小隊、そのままの位置で砲撃開始!」

 

 

 

黒森峰女学園 ティーガーII 玉田豊子

 

 

知波単学園の村上早紀江が率いる第二小隊と、黒森峰女学園の左翼部隊が交戦に入ってしばらく経過した頃、右翼の第二小隊の側でも動きがあった。突如、西側の茂みのある場所から知波単学園のものと思われる砲撃が開始され、第二小隊の小隊各車の傍に弾着があった。小隊長の豊子は急いで隊長のなほに連絡を入れると、自らの第二小隊の各車に対して、迎撃体制を取るように命じ、砲撃があった方角に戦車を向けた。隊長のなほからは、直ぐに自分自ら援護に向かうからそれまで現状を維持するように命令が伝えられたため、自身の搭乗車であるティーガーIIや正面装甲の厚いヤークトパンターを前面に出す事で、防御体制を取っていた。

 

そうしていると、茂みの中から突如知波単学園の戦車が3両出てきて、北側から弧を描くような形でこちらに突入してくると思われる戦闘機動を取り始めた事を豊子は視認した。そして出てきた戦車の数から、こちらが本隊ではなく真美が戦っている左翼側が知波単学園の主力部隊なのではないかと考えた。

 

「隊長、こちら第二小隊小隊長の玉田です。知波単学園の戦車3両がこちらに突入しつつあり。突入してきた戦車の数を考えると、こちらが囮で第三小隊の側が本隊だと思われます。急いで第三小隊の援護に向かってください。」

 

「隊長車了解。やるな…美紗子。囮と見せかけて実は本隊だったということか…しかし、美紗子の思い通りにはさせん。桜井、お前は第一小隊のエレファントとティーガーIを率いてそのまま第二小隊の援護に向かえ。残りの戦車は旋回し第三小隊の援護に向かう。急げ!」

 

なほが率いてきた部隊は、そのまま第二小隊の援護に向かう三両を除き、その場で超信地旋回し再び第三小隊が戦っている東側への移動を開始しようとしていた。なほから指示があった指揮下の全ての戦車は東側に方向を向けるべく、その場で超信地旋回に入ったが、南側経由で東側への旋回を試みた戦車もあれば、北側経由で東側へ旋回を試みた戦車もあり、旋回方向は各車バラバラであった。そしてその姿は、すぐ南側で待ち構えていた佳代の砲戦車部隊から丸見えだった。

 

 

 

知波単学園 五式砲戦車ホリ 西佳代

 

 

「とりあえず作戦どおり、こちらに対して側面や背面を見せてくれましたね…。例えヤークトティーガーやティーガーIIの装甲が厚いといっても、この距離で側面や背面から砲撃をすれば撃破判定を出す事が出来ます。」

 

黒森峰女学園の戦車隊が、自分達の目の前で弱点である側面や背面を晒している姿を見て、佳代は第一段階の作戦が成功した事を確信していた。佳代の作戦では、両側面から攻撃をかける事で、黒森峰女学園がそれらの攻撃に対応するために、正面に居る自分達に対して側面や背面を向けるだろうから、その時点で一気に重戦車を撃破しようという物だった。そして奇襲が通用するのは初弾の一度きりのため、なんとしてもこのチャンスに確実に砲撃を当てるため、可能であれば黒森峰女学園の戦車を停止させておきたいと考えていた。

 

佳代は、自分が攻撃や突撃が得意な指揮官だと黒森峰女学園のなほ達に思い込ませておけば、こちらが突撃に移るまではそれに対応するために下手に動いてこないだろうと考え、これまで練習戦での作戦や黒森峰女学園に転校した際も含めて、自分の性格をなほ達に誤解させる事を試みてきた。そしてその成果が現れたのか、黒森峰女学園の戦車隊は自分達の突撃に対応するために、現在は停止状態。砲戦車による狙撃には絶好の機会がやってきた事を佳代は認識した。

 

「よし!全砲戦車に連絡、弾種は特甲弾。事前に連絡した目標に向かって砲撃。砲手、私達の目標は中央で旋回中のヤークトティーガーです。この位置からならヤークトティーガーの背面装甲に当てられますから必ず撃破判定が出ます。一度きりのチャンスですから絶対に外さないように。…砲撃開始!」

 

佳代の指揮の下、それまでダグインして隠蔽されていた7両の砲戦車は一斉に近距離からそれぞれの目標に対して砲撃を行なった。その砲撃は、知波単学園と黒森峰女学園の練習試合の均衡を破る砲撃となった。




やはり12月はリアルに忙しいです^^;。これまではそれなりに時間があり、こうやって二次小説を書く時間も確保できていたのですが、流石にこの時期はそれも苦しくなってきました。とはいえこの第三章だけは、なんとか頑張ってそれなりの間隔で投稿していきたいな…と考えています。完全に年末に入れば時間も取れると思うのですが、そこまで第三章の投稿を引き伸ばすのもちょっとね…^^;

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