学園艦誕生物語   作:ariel

49 / 85
今回の話で、練習戦前の両校の準備は終了します。おそらく次回の話から練習試合に移る事になりますので、ようやく第三章も終わりまで目処が立ったかな…と思います。ただ考えてみますと私は戦闘シーンを書くのが一番苦手なため、一番大変な部分が残ってしまったわけで…どうしよう…というのが正直なところです。


第39話 戦闘準備

1962年 10月初旬 知波単学園 第二練習場

 

「四号車、擬装が甘いですよ。周りの色合いや雰囲気とだいぶ違いますから、それでは直ぐに見つかってしまいます。やり直してください。」

 

「了解、副隊長。」

 

知波単学園では、今月の終わりに開催される黒森峰女学園との練習戦に備えて猛訓練が日々行なわれていた。特に、知波単学園に入学してから戦車道に参加する事になった搭乗員達が操縦する戦車を、2両も指揮下に組み込んだ西佳代の砲戦車部隊の訓練は厳しい内容になっており、割り振られた搭乗員達は必死に練習をこなしていた。

 

「私達の砲戦車部隊の戦いが、今度の黒森峰女学園との練習試合では勝負の鍵になりますから、特に待ち伏せをする際の擬装は上手にやらなければいけません。四号車の今の擬装訓練が終わりましたら、もう一度全車で場所を変えて偽装の練習をやりますよ。」

 

佳代が率いる部隊は、佳代自身が搭乗する五式砲戦車ホリ、そして三式砲戦車が6両と、知波単学園の戦車隊の中ではかなり強力な攻撃力を持つ部隊だった。当初、一部の搭乗員は同程度の攻撃力を持つ一式砲戦車に搭乗することに拘っていたが、場合によっては敵隊列への突撃も行なわなくてはならない今回の練習戦で、背面装甲が全くない一式砲戦車は問題があると考えた佳代は、密閉式戦闘室をもつ三式砲戦車への装備換装を強行した。そして一式砲戦車に拘っていた搭乗員達も、ここまで佳代が強権を持って装備換装を求めてきたため、しぶしぶながらも三式砲戦車への乗り換えに同意していた。

 

佳代は、三式砲戦車が搭載している主砲38口径75mm砲の特甲弾の装甲貫通力から、黒森峰女学園が装備しているティーガーIIの側面装甲80mmを撃ちぬける600mを今回の有効な戦闘距離と考えていた。そして、その距離まで自分達の砲戦車が見つからないようにするための遮蔽や擬装が最も重要だと確信し、これに対する訓練に熱心に取り組んでいた。また、自分の祖父である西竹一が硫黄島防衛戦の際に使用したと言われているダグイン戦術が、今回の練習戦でも有効だと考えた佳代は、戦車を隠すための穴をいかに早く掘るかなど、技術的な指導も含めて部隊の訓練に勤しんでいた。

 

また、佳代自身が搭乗する五式砲戦車は、知波単学園の最大火力である試製十糎戦車砲を搭載しており、佳代の搭乗車には黒森峰女学園の戦車で最高の防御力を持つヤークトティーガーの撃破が求められていた。佳代は自分の戦車の装甲貫通能力と相手の装甲を計算した結果、三式砲戦車と同じく、撃破するためにはヤークトティーガーの側面を600m付近から打ち抜く必要があると考え、自分の搭乗車にも他の砲戦車と同じような訓練を課していた。

 

「こちら副隊長の佳代です。一応全車擬装できましたけど、早紀江さんの位置から分かりますか?」

 

「こちら第二小隊の早紀江です。…う~ん、私の所からだと全く分からないですね。場所を知らないとたぶん発見出来ないと思います。」

 

「節子さんの位置からだとどうですか?」

 

「こちら第三小隊の節子だ。私等の位置からでもほとんど分からないと思う。距離500mでその状態なら、たぶん見つからないだろうな。」

 

「了解しました。全砲戦車へ、擬装終了。そのまま前方に向けて突撃。急いで!」

 

佳代の命令が伝えられると、それまで擬装していた佳代が指揮する砲戦車は一斉にエンジンを始動し、ダグイン状態から地上に上がると前方に向けて移動を開始した。

 

「う~ん…まだ始動が少し遅いですね。ダグイン状態から砲撃して、そのまま前方に突撃しますから、エンジン始動も含めてもう少し早く起動出来ないと…。砲戦車各車へ、もう一度やりますよ!」

 

「了解です、副隊長!」

 

佳代の部隊が擬装訓練に明け暮れているのと同時に、今度の試合で第二小隊と第三小隊を率いる村上早紀江と高橋節子も、佳代の訓練を手伝いつつ自分達の訓練も行なっていた。二人に課せられた使命は囮。黒森峰女学園の砲撃からいかに長く生き残るかというのが彼女達の第一の使命であり、作戦の状況によっては黒森峰女学園の戦車隊に突っ込む事態も想定されていた。そして二人が搭乗する戦車は、細見が終戦時に松代に隠していた一両と、アメリカが研究用に本国に持ち帰っていた物を返還してもらった五式中戦車だった。また率いる戦車はお互いに3両ずつの四式中戦車であり、知波単学園の持つ最大の機動戦力だった。当初、早紀江はこれまで練習戦で慣れ親しんだ四式中戦車への搭乗に拘っていたが、佳代から『今回だけは最大戦力を使いたいから、五式中戦車に搭乗するように』と言われ、泣く泣く五式中戦車への装備換装をしている。

 

早紀江と節子は、自分達に課せられた役目を正確に理解しており、最近の練習では他の部員にお願いして倍以上の戦車で自分達の戦車に向けて砲撃をしてもらい、それらをかわす訓練に力を入れていた。また、彼女達が率いている戦車の中には、お互いに一両ずつ知波単学園に入学してから戦車道を始めた搭乗員が操る戦車が入っており、彼女達も必死に練習を行っていた。

 

佳代は以前から、池田流の本家から知波単学園に上がってきた搭乗員だけではなく、それ以外の搭乗員にも積極的に試合に出てもらう事を考えており、実際にこれまでも練習戦などで何人かが参加していた。そして今回のような、知波単学園にとって非常に重要な試合でも、その方針は守られていた。実際に今回の試合に出場する事になった彼女達は、これまでの練習戦とはかなり事情が異なり、天覧試合でもある今回の試合への参加に少し躊躇したが、佳代から『あなたたちが、道を切り開かなければ他の搭乗員達の士気にも関わりますから、多少無理をしてでも参加してもらいます。それに、これまでの練習戦で十分に結果を残していますから、今回も大丈夫です』と励まされ、最終的には全員が参加を決めていた。また、彼女達の姿を見た今年の新入部員達も、『三年生になった時に、自分達もこんな大事な試合に出場できる可能性がある』と考えたようで、自分達の練習にもこれまで以上に力が入り、結果的に知波単学園全体の士気が上がっていた。

 

「早紀江、そっちの分隊も順調のようだな。こっちも練習戦までにはなんとかなりそうだ。このまま小隊戦に移るぞ。第三小隊各車、これより第二小隊と小隊戦を行なう。我に続け!」

 

「まったく節子にも困ったものです。第二小隊各車へ、これより第三小隊と小隊戦に移行します。戦車隊、前へ!」

 

 

 

同日 知波単学園 第一練習場

 

 

第一練習場では、隊長の池田美紗子が練習戦で率いる事になっている戦車隊と一緒に練習を開始しようとしていた。美紗子が率いる戦車隊は自身が搭乗する戦車も含めて5両の新砲塔装備の九七式中戦車「チハ」のはずだった。しかし練習場にやってきた、原型はチハだと思われる1両の車両を見て、美紗子は怒りを爆発させた。

 

「ちょっと、教祖!その戦車は何?私は全員チハで戦うと言ったと思うけど!どこからどう見ても、車体以外チハには見えないのだけど!」

 

「私の可愛いチハちゃんで、黒森峰女学園の重戦車を長距離から打ち抜くならこれくらいの大砲を載せないと!うちの学園の整備員が頑張って、なんとかこの大砲を載せてくれたんだよ。この大砲を使用したあかつきには、たとえヤークトティーガーの装甲といえども紙くずのように…」

 

「そんな戦車の参加が認められる訳ないでしょう!第一、戦車の車体に直接高射砲を固定しただけで、戦闘室もないじゃない!」

 

「短12cm砲搭載車は実際にあったから、長砲身だって問題ないはずよ!この長砲身12cm高射砲搭載のケーニヒス・チーハーなら、私のチハちゃんの強さを最大限に…」

 

「駄目!そんなの参加させたらいい笑いものだし、反則負けになるだけ!直ぐに元のチハに戻してきなさい。全く…どうしてこんな事に…」

 

美紗子の目の前にあった戦車は、車体こそ九七式中戦車だったが、車体の上の戦闘室は取り払われており、そこには帝国海軍が艦載用に使用していた長12cm高射砲が直接取り付けられていた。こんな馬鹿げた戦車を考える方も考える方だが、実際にそれを乗せてしまった整備員を誰も止めなかったのだろうか…と美紗子は頭が痛くなってきた。そして、おそらく整備員達の中にも、目の前の少女が教祖をしている通称『チハ教』に入信している問題児が存在している事を、この時美紗子は理解した。

 

しばらくすると、しぶしぶながら通常の新砲塔チハに搭乗した問題児達が戻ってきて、ようやく美紗子の戦車も含めて5両のチハが集結した。美紗子が直接指揮する九七式中戦車のうち4両は、美紗子が池田流本家に居た頃から率いてきた小隊で、知波単学園の生徒達の間では『美紗子小隊』と呼ばれており、現在知波単学園に存在する戦車小隊の中で最高の錬度を誇る小隊だった。そしてこの美紗子小隊に『教祖』の1両を含めた5両が、今回美紗子が率いる戦車の全てだった。

 

『教祖』と呼ばれている少女は三年生で、第一回全国大会では黒森峰女学園の副隊長車を撃破したり、第二回全国大会では最後に美紗子の戦車と共にプラウダ高校の隊列に突っ込むなど、これまで大きな実績を出していた事もあるため、学園の生徒からは『一応』尊敬を集めている。また戦車道のコアなファン達の間では、その腕とエキセントリックな言動から人気もあった。しかし普段の言動や行動から、学園の中では問題児扱いされている事も間違いなく、美紗子にとっては非常に扱いづらい先輩でもあった。もっとも戦車の腕だけは抜群のため、黒森峰女学園との決戦戦力として期待はされており、美紗子としてはやり難い事を認識した上で、今回の練習戦では自分の小隊に彼女を組み込んでいた。

 

「ようやく練習が始められるか…。それじゃ、行進間射撃の練習から行くよ。距離は…とりあえず500mからね。それが終わったら50mずつ距離を伸ばしていくよ。それじゃ…戦車隊、進め!」

 

美紗子の命令に従い、九七式中戦車5両が瞬時に凸隊形を作ると前進を開始した。そして行進状態にも関わらず、距離500mの的に全ての戦車が初弾から命中させた。その姿を第一練習場で見学をしていた他の搭乗員達は、『この距離を簡単に当てられるなんて…やっぱり凄いな』と感心していた。

 

 

 

1962年 10月初旬 黒森峰女学園

 

 

一方、黒森峰女学園でも知波単学園との練習戦に備えて猛練習の真っ只中だった。特にこちらでは、学園長の島田豊作が戦車道連盟会長の岸信介から『今度の練習戦は天覧試合となる事が決まった。陛下の御前で恥ずかしくない戦いをするように』と連絡を受けた際、思わず直立不動の姿勢を取ったとも伝えられている。そして学園長自ら戦車道の搭乗員達に訓示を行なった事もあり、学園あげてのバックアップ体制が取られていた。この点、知波単学園の学園長である細見惟雄の方は、今回の天覧試合が決まった経緯も含めて全て知っていたため、ある程度余裕を持って自分の学園の生徒に話をする事が出来、その結果知波単学園の雰囲気は多少の緊張感があるものの、いつもとはあまり変わらない状態だった。

 

「豊子の第二小隊、そして真美の第三小隊は合同で、真由子の第四小隊、第五小隊を相手に中規模戦闘を行なう。途中で私の指示で想定を伝えるから、その想定に対応しながら戦闘を続行するように、それでは開始しろ!」

 

「了解です、隊長。第四小隊そして第五小隊、知波単学園との練習戦でどちらの小隊を使うかはまだ決めていませんが、練習戦までの練習結果で決めさせてもらいます。試合に出たかったら、よく頑張ることです。それでは行きますよ。Panzer Vor!」

 

隊長の西住なほの指示に従い、二つの組に分かれた黒森峰女学園の戦車隊は、合図と共に戦闘を開始した、戦闘は副隊長の島田真由子が率いる小隊はパンターG型を装備している小隊のため、機動力で勝負を決めようと開始早々に一気に動いた事に対して、第二小隊長と第三小隊長の玉田豊子と吉村真美は自分達の搭乗車でもあるティーガーIIの装甲を全面に押し出し、防御力と火力で対抗し始めた。二つの組は、お互いに自分達の長所を利用して相手を叩く事を考えていたが、お互いに決定的な決め手に欠き、戦闘は少しだけ膠着状態に陥っていた。その様子を見ていたなほは、二つの組に対して指示を出す。

 

「想定、第二小隊小隊長車撃破、副隊長車撃破。」

 

なほの指示により、ただちに玉田と島田は戦車を停止させ無線を封鎖した。それまで二つの組に対してそれぞれ指揮をとってきた指揮官車に、いきなり撃破判定の想定が出たため二つの組に一瞬混乱が生じる。しかし、先に混乱から回復したのは第二、第三小隊の混成チームだった。第三小隊の小隊長である吉村は直ちに第二小隊の指揮権を掌握すると、未だ混乱から立ち直っていない相手に対して一気に攻勢に転じた。その攻勢は短時間ではあったが、特に第五小隊の小隊長車を含めたパンターに深刻な被害を与える。

 

「想定、第三小隊小隊長車撃破」

 

しかし、なほが更に想定を変更し、吉村の戦車にも撃破判定の想定が出た事で、それまで有利に戦っていた第二、第三小隊の混成チームは動きが止まってしまった。そして、残っていた相手側の第四小隊の小隊長が自分達のチームの指揮権を掌握した事で、形成は逆転した。

 

「練習戦、終了!」

 

第二、第三小隊の混成チームにかなりの被害が出たところで、練習戦の終了を告げる連絡がなほから各車に届いた。今回の練習戦を見ていたなほは、『やはり小隊指揮官が戦闘不能になるだけで、一気に部隊としての統制が崩れてしまう』という事に気付き、知波単学園との練習戦までに改善しなくてはならないと強く感じていた。そして練習戦に参加していた搭乗員達を再び集めると、全員に対して言った。

 

「今回の練習戦を見たが、たしかに部隊指揮官が明確に決まっている状態ならば、我が校は非常に高い能力を持っていると私も思う。しかし、指揮官に撃破判定が出ると一気に崩れてしまう事も今回よく分かった。これまでの試合では指揮官クラスが撃破された事は数えるほどしかなかったため問題にはならなかったが、今度の練習戦では今回の想定のような事が起きる可能性は否定出来ない。したがって、指揮官が撃破された後の指揮権の変更について、今のうちにしっかり決めたいと思う。真由子、何か意見はあるか?」

 

「隊長申し訳ありませんでした。とりあえず、小隊毎に次席指揮官を決めるなどして指揮権の継承順位を決めましょう。たしかに今度の知波単学園戦では、私や隊長が撃破される可能性は捨て切れません。そうなると私達が撃破されてしまっても問題がないシステムを構築する事が重要だと私も思います。」

 

副隊長の真由子の返答に、なほは満足して頷く。今度の練習戦だけは何が起きても不思議ではない。これまで自分の戦車は撃破された事がないし、副隊長の真由子の戦車も第一回全国大会の一回戦で知波単学園の九七式中戦車に一度だけ撃破されただけだ。しかし今度の試合は、これまでのようには行かないだろう。また、なほにはもう一つ心配事があった。

 

「それと、残念ながら戦車の錬度は知波単学園の方が高いと考えた方がいい。そうなると、向こうは混戦状態にして一気に勝負をかけてくる可能性がある。混戦になってしまっては、うちの強みである統制された戦闘が出来なくなるからな。これからは各戦車で自由戦闘が出来るような訓練も平行して行なうべきだろう。」

 

「そうですね、隊長。それにしても考えれば考えるほど、美紗子達はやっかいな相手ですね。正直言いますと、美紗子の戦車と一対一の状態では対峙したくないですよ、私は。」

 

真由子の言葉になほは少しだけ苦笑いする。自分でも美紗子の戦車と一対一の勝負になるのは出来れば避けたい。たとえ自分の戦車がティーガーIで美紗子が九七式に乗っていたとしてもだ。真由子の言葉に少しだけ考え込んだなほは、ポツリと独り言を言った。

 

「…私も、久しぶりに砲撃練習をしておくか…」

 

幸いな事になほの独り言は小さな声だったため、真由子にも聞かれなかったが、なほが考え込んでいる姿を見た黒森峰女学園の搭乗員達は、知波単学園は自分達の隊長が悩む程やっかいな相手だと言う事を、改めて認識していた。

 

 

 

練習試合一週間前 知波単学園 学園長室

 

 

「本日より天覧試合の当日まで、出場する搭乗員は必ず朝夕の二回、沐浴をして体を清めるようにしてください。陛下の前では身も心も綺麗な状態で試合を行なわなくてはなりません。いいですね?」

 

「はい…学園長先生。」

 

黒森峰女学園との練習試合が残り一週間に迫った日、戦車道の練習後、隊長の美紗子と副隊長の佳代、そして三年生を代表して早紀江と節子が揃って学園長室に呼び出されていた。そして、学園長の細見から試合までの一週間毎日二回沐浴するように伝えられる。四人とも『ここまでやるのか?』と内心で思ったが、学園長の細見の顔が真剣であったこと、そして同席していた顧問の星野利元や師範の池田美奈子も学園長の言葉に頷いている姿を見て、『みんな本気なんだ…』と自分達の疑問を腹の中にしまい込んだ。

 

「まぁ沐浴の件もそうじゃが、試合で着用するパンツァージャケットや鉢巻も新品を用意しなければいかんじゃろうな。」

 

「美紗子、出場する搭乗員には、当日は下着も含めて全て新品の物を着用するように連絡をするのですよ。いいですね?」

 

更に顧問の星野や、師範の美奈子も次々と美紗子達に天覧試合当日の件について指示をする。当初美紗子達搭乗員は、天皇陛下が試合を見に来る事をそれほど大事に考えていなかったが、その日が近づくに連れて学園長を始め、師範や顧問も事細かく当日の指示をするようになったことから、思っていたよりも大事なんだ…と今は理解していた。

 

「う~ん…お母様…じゃなくて、師範。そこまでやらないと駄目なのですか?下着なんてどうぜ見えないですから、分からないと思いますけど。」

 

美紗子の疑問に対して、師範の美奈子は天を仰いで首を横に振った。その様子を細見達は苦笑いして見ながら、美奈子に代わって細見が答えた。

 

「美紗子さんには、陛下がどのような存在であらせられるのか、一度私からしっかり講義を行った方が良さそうですね。これから毎日夕食後に一時間程講義をしますから、学園長室に時間になったら来る様にしてください。いいですね?」

 

細見の言葉を聞いた美紗子は『しまった…藪蛇だった』と後悔したが、時既に遅かった。そこで周りの三人も道連れにしようと悪あがきを始めた。

 

「学園長先生、私だけでは知波単学園の全搭乗員に陛下の事を伝えることが出来ませんので、ここに居る三人も誘っていいですか?」

 

「なっ…美紗子!」

 

「美紗子様…私達を道連れにするつもりですね。」

 

「美紗子様…覚えていろよ…」

 

美紗子の提案に学園長の細見が頷き、更には師範の美奈子や顧問の星野も同意したため、哀れにも四人揃って学園長のありがたい講義をこれから一週間にわたり受けることになる。とりあえず講義は明日より行なわれることが決定し、その日は四人とも学園長室から解放された。学園長室から退室する際、早紀江は変わったものが学園長室の応接セットの机の上にあることを発見した。それを見た早紀江は『あれが本物なんだ…』と、少し驚いたが、その場では何も言わずに美紗子達と退室した。

 

「美紗子!また自分の失敗なのに私達まで道連れにして…」

 

「美紗子様、とりあえず甘味所『桜庵』で一回奢ってもらうぞ。」

 

部屋を出た瞬間、美紗子は佳代と節子からの口撃を受けた。しかし本来なら一緒に美紗子に口撃をする筈の早紀江は少し考え事をしているのか、黙っていた。そんな様子を不思議に思った三人は、早紀江にどうしたのかと尋ねる。

 

「早紀江さんどうしたの?なんか黙っているけど、考え事?」

 

「あっいえ、そういう訳ではないのですが、美紗子様は学園長室の応接セットの机の上の物を見ましたか?」

 

美紗子達三人は特にそれには気付かなかったようで、不思議そうな顔をして早紀江の方を見た。

 

「??いいえ早紀江さん、気付かなかったけど、何か置いってあったの?」

 

「えぇ。菊の紋のついた黒い箱が置いてあったのですが、たぶんあの中身はうちの学園の旗のはずです。美紗子様は、美代子様や美奈子様から聞いていませんか?うちの学園には一つだけ特別な旗があるという事を。私達もまだ本物を見たことがないですが、今度の練習戦でたぶん本物を見る事が出来そうなので、楽しみなのです。」

 

「あぁ…うちの学園が出来た時に天皇陛下から直接手渡された学園旗でしょ?学園長先生が保管している事は知っていたけど、今度使うのかな…。だいぶ前だけど、お祖母様から『知波単学園にとって大事な時に使うための旗だ』という事は聞いているけど、戦車道の試合で揚げてくれるかは、分からないよ?」

 

「いえ、絶対に学園長先生は使うと思います。そうでなければ、わざわざあんな場所に置いておかない筈です。私、一度本物を見てみたかったのです。卒業するまでに夢が叶いそうなので、嬉しいですよ。」

 

美紗子は流石に旗の事を知っていたが、特にその旗について関心はなかった。しかし一緒にいた早紀江は勿論、節子や佳代もその旗を是非一度見てみたいと考えていたようで、今度の試合でそれが叶うかもしれない事が分かり、早紀江の言葉を聞いてとても嬉しそうな表情をした。

 

実際に黒森峰女学園と知波単学園の練習戦が行われる日、知波単学園の応援席には学園長の細見の手によってその旗が掲揚され、知波単学園の生徒達は初めて噂でしか知らなかったその旗を見る事になる。そして学園長の細見が、この試合をそれだけ重要な試合と考えていた事を理解することになる。




実は今回の文章を書くために調べていて分かったのですが、三式砲戦車と一式砲戦車は主砲ってほとんど装甲貫徹能力は同じなんですね^^;(今更かよ!というのは無しの方向で…)。一式砲戦車はフィリピン防衛線に一部投入されていますが、距離500m程でM4の正面装甲を打ち抜いていますから、それなりに『打撃力』はあったのだな…と調べていて感じました。ということで、M4の正面装甲が抜けるならティーガーIIでも距離が近ければ側面や背面なら抜けそうだなと思った次第です。

ちなみに、短12cm砲搭載のチハは本当に存在しますが、長12cm砲搭載のチハは存在していません。長12cm砲などチハに載せた日には、大砲打ったら引っ繰り返るのではないかと…^^;

今回も読んでいただきありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。