学園艦誕生物語   作:ariel

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第3章(池田流 対 西住流)は、当初の予定では10-11話構成を考えていたため、残す所今回を除くと3-4話となります。おそらく試合部分は前・後半の二部構成になるため、今回と次回でその準備をする話になります。今回は戦車道の準備というよりも、開催のための準備という形で話を作りました。


第38話 最後の御奉公

1962年9月 戦車道連盟会長室

 

「細見君や島田君の言い分も分かるが、やはり私としては日出生台演習場での試合には賛同しかねるね。連盟としては、東京に近い東富士演習場の全体を使って今度の練習戦を行なってもらいたい。」

 

その日、東京の戦車道連盟の会長室には知波単学園と黒森峰女学園の学園長が揃って呼び出されていた。二つの学園は10月の終わりに練習戦を予定しており、その練習戦は第一回全国大会が行なわれた九州の日出生台演習場で行なわれる事になっていたが、ここに来て戦車道連盟の会長である岸信介から『待った』がかけられたためだった。そして二人が会長室に入るや否や、岸から今度の練習戦は東京に近い東富士演習場で行なって欲しいとの連盟からの要望が出された。

 

「岸さん、東富士演習場全てで行なうとなると練習戦にしてはあまりにも規模が大きくなり過ぎますし、日出生台であれば我々にとっても勝手知ったる場所です。わざわざ自衛隊に東富士を一日貸して貰うよりは、手続きも楽だと思いますが。それに全国大会ならともかく、練習戦で東富士の全てを使うのは、あまりにも分不相応だと思います。」

 

「細見学園長の言うとおりです。我々黒森峰女学園としても、日出生台で開催してもらった方が、日程調整や学園艦の停泊場所の確保も含めて手続きが楽なのですが…。」

 

岸の提案に対して、二人の学園長は流石に難色を示した。九州の日出生台演習場は、九州の熊本に本拠地がある西住流のお膝元に近いため、何かと便宜を図ってもらいやすく、そのため今回の練習戦もこの演習場での開催を考えていた。これに対し東富士演習場は、本州最大の演習場のため自衛隊の訓練予定が立て込んでおり、ここの一部ではなく全てを一日もしくは数日借りる事は、手続き的にもかなりの労度が予想されたためであった。また公式戦ではなく一度の練習戦のためだけに自衛隊の訓練予定などを変更してもらう事は、軍人出身であった両学園長としては『問題がある…』と考えており、この事も二人が難色を示した理由になっていた。しかし、提案者の岸は二人の学園長の話を即座に却下した。

 

「私が直接、現防衛庁長官の志賀君に掛け合うから、手続きについては問題ない。それと今回の練習戦だが、開催に対しての金銭的な問題も連盟が全面的にバックアップするつもりだ。また連盟としては戦車道のイメージアップや普及のためにも、例え練習戦とはいえ今回の勝負を積極的に広報活動に利用したいと考えている。二大流派である西住流と池田流がお互いの威信をかけて戦う本気の試合だ。ただの練習戦にしておくにはもったいないからね。」

 

岸は当初、連盟に対して黒森峰女学園と知波単学園が練習戦の実施を申請してきた際、とくに何も考えずにその許可を出していた。しかし第3回全国大会が成功裏に終わり、戦車道の試合に一段落が着いた先月の終わり頃から、急に様々なメディアでこの練習戦が注目され始めた所で風向きが変わることになる。メディアで注目されているという知らせを聞いた岸は、両校のこれまでの戦歴について連盟の職員に調査させた所、これは物凄い注目を集める試合になる可能性があることを知り、急遽連盟が全面的に介入することを決めた。

 

現在の戦車道の人気は、黒森峰女学園やプラウダ高校など全国大会での強豪校に人気が集中していたが、知波単学園だけは強豪校ではないにも関わらず、池田流本家がある中部地方や関西地方を中心に熱狂的な固定ファンを持っていた。一般的な知波単学園の印象は、池田流の教えを忠実に守っているため公式戦では使用出来る戦車に制限があり、せいぜい一回戦の突破がやっとの学園という評価だ。しかし公式戦における全車一斉突撃の戦法は、場合によっては強豪校相手でもかなりの被害を与える事があり、また非力な帝国陸軍の戦車を駆使して戦う姿に、固定ファン達の間では非常に人気があった。またこのような固定ファンの中にはマスコミ関係者もかなりおり、そのような関係者は通常は非公開の練習戦でも取材のため観戦が可能であった事が事情をややこしくさせていた。

 

一般的には練習戦はあまり注目されていないが、知波単学園の場合は練習戦こそが真骨頂であり、練習戦ではこれまで開校以来一度たりとも敗北を喫したことがなかった。そのため、熱心な知波単学園のファンでもある一部のマスコミ関係者は、知波単学園の練習戦についてはかなり詳細に様々なメディアで紹介しており、その戦歴を知っている一般ファン達の間でも『練習戦こそが知波単学園の本当の強さであり、本気の知波単学園は絶対に負けない』というのが常識となっていた。

 

片や黒森峰女学園は第一回全国大会より三連覇中で、こちらは公式戦も練習戦も含めて開校以来負けはなく、その勝負強さから一般的な戦車道のファンの中では最大の人気校だった。そしてこの両校は第一回全国大会の公式戦の一回戦で対戦して以来、練習戦も含めてこれまで約二年間対戦がなかった。そのため、練習戦という知波単学園が本気を出せる試合で両校が激突した場合、どちらが勝つのかというのは、戦車道のファン達の間ではいつも議論になっていた。また、現在の両校の隊長はそれぞれ戦車道の二大流派である西住流と池田流の家元の孫娘であり、この事も両者が練習戦で戦った時にどうなるのか?という興味の的になっていた。

 

このような背景から、本来であれば非公開が一般的の練習戦であったが、両校が練習戦で激突する事が報道され始めると、連盟に対してこの試合の一般公開を求める声が大きくなり、ここまで反響が出てくると連盟としても公開せざるを得ない状態となっていた。そこで今回の練習戦は連盟が主導する准公式戦扱いの練習戦とし、試合場所も東京から近い東富士演習場を使う事に決定した経緯がある。両校の学園長は、その決定背景を知り致し方ないという気持ちもあったが、今回の練習戦がいつのまにか大規模な開催になることを認識し、実際にその準備の矢面に立たなくてはならない自分達のこれからの苦労を考えると、困ったものだ…とも考えていた。

 

「岸さん、戦車道全体のイメージアップという点では、岸さんの言うとおり今回の練習戦を公開して大規模に開催する事は反対しませんが、何故それが今回なのですか?今年は北海道で公式戦を開催しましたし、着実に戦車道の人気も上がっています。それに新たに各国からの援助を受けて来年度からは15校が公式戦に参加する事も決定したばかり。これほど性急に事を運ぶというのは、あなたらしくありませんね。」

 

知波単学園の学園長の細見は岸に問いただした。今年の北海道で開催された第3回全国大会は、最終的に黒森峰女学園が三連覇を果たしたこともあり、テレビによる放送の視聴率も順調であり、更に来年度からは参加校も倍増する。したがって、いくら好カードとはいえ練習戦まで用いて人気アップを行う必要はないのではないか?というのが細見の考えだった。ところが岸の答えは、細見が予想していたものとは少し異なっていた。

 

「たしかに細見君の言うとおり、戦車道自体の人気は順調だ。そして来年からは参加校も倍増するし、今年度学園艦を卒業する人間が中心になるプロリーグも始動するだろうから、将来性といった意味でも問題はない。実は問題となっているのは、学園艦計画の方なのだよ。まだあまり表には出ていないが、政府中枢では既に学園艦を何隻建造して維持するのかという議論が始まっていて、人によっては既に運用されている学園艦も含め、建造計画がある15隻の学園艦が完成したら、学園艦計画を終了させるという話もあるのだよ。だが学園艦計画を実際に計画した私としては、未だ学園艦の数は十分ではないし、男子校や共学校も建造する必要があると考えている。そこで現在の多くの人間は学園艦=戦車道と考えているから、公式戦でなくても人を集める事が出来、お金が動く事を実際に見せる事で、当面の計画凍結を牽制しようと考えているのだよ。まぁ、言ってみれば政治的な都合でもあるわけだ。」

 

「学園艦の数の確保ですか。流石に私達はそのような事を考えた事もなかったですが、学園艦の学園長としての立場からすると、可能な限り多くの若者に学園艦で教育を受けて欲しいと思っています。実際に、海の上での教育というのは良い物ですからな。もし、今度の練習戦の公開がそのお役に少しでも役に立つのであれば、喜んで引き受けましょう。細見さんもそう思いませんか?」

 

岸の答えを聞いて、黒森峰女学園学園長の島田は力強く言った。岸は実弟の佐藤栄作からの情報で、現在の池田内閣で既に学園艦計画を縮小しようとしている議論が出ている事を把握しており、拡大派の岸はこれらの意見に対して少しでも牽制をしておきたいと考えていた。そしてその矢先今回の練習戦の話が舞い込んできた事から、この練習戦を公開試合として政府関係者も招待することで、戦車道に対しての理解と同時に、陸上の学校では出来ないような教育を行なう事が出来る学園艦に対する理解を深めてもらおうと考えたようだ。

 

「たしかに島田君の言う通り、学園艦という特殊な環境は教育には向いていると私も考えています。そういう意味では、今回の練習戦を公開戦にすることで学園艦計画を更に拡大できる可能性があるのであれば、私も及ばずながらお手伝いしたいと思います。しかし岸さん、岸さん自身はこの学園艦を一体何隻程作る事を考えているのですか?」

 

「島田君も細見君も協力してくれてすまないね。申し訳ないが、今度の練習戦はしっかり頼むよ。それと今の細見君の質問だが、個人的には現在運用している4隻と建造中の各国のバックアップを受ける11隻を別に、各都道府県に一隻くらいは欲しいところだね。それらの船は男子校や共学校が多くなると思うが、47隻+αといったところまでは、増やしたいと私個人は思っているよ。別に戦車道を行なわず勉学のみを学園艦で行なうのであれば、現在のような大規模校だけでなくても良いのだからね。」

 

岸の答えを聞いて、質問をした細見は勿論、島田もなんとなく岸が考えている事が分かるような気がした。おそらく岸はそれぞれの県に最低一隻はその県の住民が進学可能な学園艦を作ろうとしている。これにより少なくともその県のトップクラスの生徒に対して、学園艦での生活も含めて勉学に勤しめるような環境を整備したいと考えているのだろう。そしてこれを実現するための計画拡張のためには現在の政治家の協力は必要不可欠であり、そのためのデモンストレーションの場として今度の練習戦を利用しようとしていると。それを考えると、今度の練習戦は学園艦の未来のためにも非常に重要なイベントになると二人の学園長は理解し、岸に対して頷いた。

 

「それでは二人とも、当日はテレビの中継も入る事にするから、しっかり頼むよ。」

 

最後に岸は、二人の学園長に対してこう言って、会合は終わった。

 

 

 

翌々日 知波単学園 戦車格納庫前

 

 

翌々日、東京から知波単学園に戻ってきた学園長の細見は、彼にしては珍しく学園長の名前で戦車道に参加している学園の生徒を集めた。これまで細見は、戦車道の訓練などを何気なく見学に来る事はあったが、正式に全搭乗員を集めるような事はなかったため、隊長の池田美紗子を始め、顧問の星野利元や師範の池田美奈子も、少し驚きをもって戦車格納庫前に集まっていた。全搭乗員が集合して整列をしていると、学園長の細見がやってきて彼女達の前に立った。

 

「学園長先生、御指示どおり全員集合しています。」

 

隊長の美紗子が細見に告げると、細見は頷いて先日東京で岸から言われた事を美紗子達に告げた。

 

「既に練習に力を入れていると思いますが、来月の終わりには黒森峰女学園との練習戦があります。ただしこの練習戦ですが、当初予定していました九州の日出生台演習場ではなく、東富士演習場に場所が変更になりました、今回は演習場の一部を間借りするのではなく、演習場の全てを使っての試合になります。またこれに合わせて、練習戦では異例ですが公開戦という形式になり、一般観戦客が入る事も決定しました。」

 

細見は極めて事務的に事実を美紗子達に連絡したが、話を聞いた美紗子達は驚愕した。練習戦が公開戦になるなど、これまで聞いた事がない。また現在の日本では最大規模に近い東富士演習場は自衛隊の訓練予定が詰まっており、一部の間借りならこれまでも借りているが、全体を借り切るなど簡単に出来るような場所ではない事も知っていたため、何故そのような場所で練習戦が行なえるのか?という事にも不信感を抱く。

 

「学園長先生、一体何があったのですか?それに東富士演習場の全てだなんて、本当に可能なのですか?それに、何故そのような場所が急に使えるようになったのですか?」

 

「先日私と黒森峰女学園の島田学園長の二人は東京の戦車道連盟の会長に呼び出されました。その時、戦車道連盟の岸会長から直接伝えられたのですが、私達の今度の練習戦は巷ではかなり話題になっているようです。そこでその人気を当て込んで、会長は今度の練習戦を連盟主催として大々的に実施する事を決めました。既にその道筋で話は進んでいますので、今更私達が断る事は出来ない状態でした。ですから、皆さんには迷惑をかけることになりますが、今回はその線でよろしくお願いしますよ。」

 

細見の話を聞いた知波単学園の生徒達は、最初少しあっけに取られていたが、やがて『もう決まってしまっているなら、やるしかない』と普段通り前向きに考えた。副隊長の西佳代は、東富士演習場で開催される事を聞いた時、『これでようやく条件は互角』と思ったようだ。佳代は以前、美紗子達に今回の練習戦を西住流に地の利がある日出生台演習場で開催される事に不満を示しており、今回の変更は佳代にとっては渡りに船だった。

 

「学園長先生、公開戦で戦うとなると、練習戦とはいえ公式戦とほぼ同じ扱いということですね。それに東富士演習場で戦えるのであれば、地の利はどちらも互角です。私達にとってはむしろ良かったと思います。」

 

「そうですね。たしかに西さんの言ったように、試合会場が移った事は、うちの学園にとっては良かった事だと思います。岸会長の話では、当日は一般客もそうですが政治家など様々な人が見に来るようですから、頑張ってくださいよ。今回のうちと黒森峰女学園の練習戦ですが、池田流対西住流という側面もあります。負けるわけにはいきません。…それと、今回だけはどうしても勝って欲しいと私自身も強く思っています。みなさんよろしくお願いしますよ。」

 

「学園長先生、全力を尽くします。」

 

美紗子や佳代、そして師範の美奈子は、学園長の細見がここまで強く勝利を求めている事を少し不思議に感じたが、最後は美紗子が力強く細見の言葉に応えた。その後細見は、搭乗員全員に対して『今回は、知波単学園の名誉のためにも是が非でも勝って欲しい』と改めて訓示をして、集まった搭乗員達を解散させた。

 

 

 

同日 知波単学園 学園長室

 

 

「星野さん、申し訳ありませんね。私にとって最後の御国への御奉公の筈が、結局あなたに全ての尻拭いを押し付けてしまう事になってしまって。本当は私一人で軌道に乗るまで頑張りたかったのですが、どうやらもう体が言う事を聞かんのです。後の事はお願いしますよ。」

 

「一番大変な時期を頑張ったのじゃからな。後はわしが引き受けるよ。それで、実際には後どれくらい持ちそうなんじゃ?」

 

「医者の話では、あと1年は持たないとの事です。今年度はなんとか学園長として頑張りたいと思っていますが…無念です。」

 

「そうか…残念なことじゃの。となると実質、今度の練習戦が最後の仕事になりそうじゃな。学園の子にはどうやって説明するつもりなのじゃ?いくらなんでも、何も言わずに退任という訳にはいかんじゃろ。」

 

搭乗員達への訓示が終わった細見は、顧問の星野を連れて学園長室に戻った。集まっていた戦車道の参加者達は、これまでも顧問の星野と学園長の細見はよく学園長室で話し合いを持っていたことを知っているため、特にこの事を不審には思っていなかったが、学園長室にたどりついた細見は、疲れきったように学園長室のソファーに身を沈めた。

 

細見はこの年の初夏、体に異常を感じ検査入院をしていたが、その検査で既に体は病魔に蝕まれている事が分かり、もってあと1年だとの宣告を医者から受けていた。そのため、自分の後任の学園長として、帝国陸軍の士官学校の同期で現在は知波単学園の戦車道顧問をしている星野を指名していた。星野も当初は知波単学園の学園長職就任を断っていたが、同期生の最後の頼みとあっては断りきれず、後任を引き受けた経緯がある。そしてこの事は細見と星野の間の秘密になっており、学園の他の教職員も含めて細見の命が残り少ない事は知られていなかった。

 

「まぁ、学園の生徒達には追々伝えなくてはならんじゃろうし、池田流の家元辺りにも連絡は必要じゃろ。それと…これが一番大事な事かもしれんが、陛下にはどう伝えるつもりなのじゃ?実際の地位は微妙なところじゃが、貴様は直接陛下から親任された親任官じゃ。一身上の都合で退任する以上、陛下になんらかの挨拶はすべきじゃろうな…。」

 

「一応、陛下に上奏する機会が欲しいと宮内庁にはお願いをしていまして、来週の頭にその機会がもらえそうです。その時に陛下にはお詫びをしてきますし、後任の星野さんの事も陛下に伝えるつもりです。」

 

「そうか…。陛下に直接伝えられるのであれば、問題はなさそうじゃの。学園長の交代の時期は、貴様が良いように決めれば良いじゃろ。おそらく貴様の事じゃから、死に場所はこの学園艦だと決めておるじゃろうし、最後まで学園長として留まるも良いじゃろうからな。」

 

星野の言葉に細見は黙って頷いた。同期生だった星野は、細見は最後の最後まで学園艦に留まるだろうと正確に理解しており、事実細見自身も自分の死に場所はこの学園艦だと考えていた。また、練習戦までは生徒に余計な心配をかけるわけにはいかないため伝えるつもりはないが、練習戦が終わったら様々な手続きも含めて、この情報は直ぐに全員に知れ渡る事になることも分かっていた。そのため生徒達に知られる前に、自分を親任してくれた陛下には事情を伝えておかなければならなかったため、丁度良いタイミングで上奏の機会が得られた事に、細見も星野もホッとしていた。

 

 

 

翌週 東京 皇居

 

 

その日皇居に参内した細見は、自分を知波単学園の学園長に親任してくれた陛下に、自分の命が尽きかけている事、そして後任として同期生の星野に知波単学園の第二代学園長をお願いしている事を伝えた。細見の話を黙って聞いていた陛下は、細見の話が終わった事を確認すると小さく頷き、細見のこれまでの労を労った。

 

「細見、これまでよくやってくれた。岸からも聞いておったが、お前も学園艦建造や戦車道なるものを復活させるために、終戦時から骨を折っておったのだな。また、学園艦運営をここまで軌道に乗せるためによくやってくれた。改めて感謝する。」

 

「陛下、もったいないお言葉です。そのお言葉だけでも、臣がここまで励んだ甲斐がありました。後の事は後任の星野に任せておりますゆえ、陛下にはご安心いただきたく…。」

 

「それ以上は言わずとも良い。お前の後は、その者が励むだろう。ところで細見、私は未だお前が復活に尽力してきた戦車道なるものを実際に見たことがない。お前の最後の仕事として、私にその戦車道なるものを見せてもらえるか?」

 

「陛下…。陛下が名を授けてくれた知波単学園は、来月の終わりに黒森峰女学園という学園艦との間で戦車道の試合をする事が決まっております。その試合を見届ける事が、おそらく臣にとって最後の仕事になるでしょう。臣が陛下に戦車道をお見せするとなりますと、その試合をお見せすることしか出来ません。」

 

細見の言葉に頷いた陛下は、直ぐに侍従長を呼び『宮内庁と相談して、知波単学園の練習試合が見られるように日程を調整するように』と命じた。陛下の希望を聞いた侍従長は『この無理を通すとなると、かなり大事になるな』と感じたが、陛下の意思が強い事を理解し、その日の内に宮内庁へ人を走らせる事になる。結局その知らせを受けて、宮内庁長官である宇佐美毅が参内し直接陛下の意思を確認した。その後、長官である宇佐美が中心となり日程調整や関係部署との調整などを行なう事になったが、最終的には陛下の希望が全面的に適う事になった。

 

宮内庁が中心となった調整が終了した後、戦車道連盟の会長である岸信介の元に宮内庁から一本の電話があった。電話では、『陛下の希望で、来月の知波単学園対黒森峰女学園の練習戦は天覧試合となるため、その準備を急ぎするように』と伝えられ、岸は電話口であまりの驚きに一瞬沈黙した。また岸から事情が伝えられた両学園では、実際の経緯を知っている細見を除き、全員が絶句することになる。

 




この小説を書くに当たって、事前に決めていた事がありました。それは、史実の人物の寿命は可能な限り史実どおりにするという事です(死因は少し変える事もありますが)。史実の細見惟雄は1963年の8月に亡くなる為、知波単学園と黒森峰女学園が練習戦で初めて対戦する時期を、彼が生きている最後の年周辺になるように逆算して、学園艦を誕生させる年を決定した経緯があります。また、知波単学園対黒森峰女学園の最初の練習戦は天覧試合にする事も考えていたため、このような理由付けで天覧試合にしてみました。そういう意味で、第一章の最後で作った伏線が一応回収出来たかな…と思っています。

今回も読んでいただきありがとうございました。

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