学園艦誕生物語   作:ariel

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黒森峰女学園に転校してきた4人は、早速黒森峰女学園の戦車道に触れることになります。そして、新副隊長の西佳代はあこがれのドイツ戦車に搭乗し、ドイツ式の指揮を堪能することになります。


第36話 手の内

1962年 7月 黒森峰女学園学園艦

 

 

その日、黒森峰女学園の学園艦内の談話室では、隊長の西住なほが多くの搭乗員達に指示を出し、ある準備をさせていた。今回のなほの指示は戦車道と全く関係のない指示だったが、実際の準備にあたっている搭乗員達は特に不満を口にすることなく、なほの指示に従い作業をしていた。

 

「美紗子達に着せるための制服やパンツァージャケットは準備出来ているな?サイズは…よし、それでいいだろう。あとは、部屋の準備だな。空き部屋は用意出来ているな?布団や生活用具の準備などもあるから、学園の経理部に…野中、お前が行け、四人分だぞ。」

 

黒森峰女学園では、知波単学園から池田美紗子を始めとして四人の生徒が、明日から黒森峰女学園に転校してくるため、その準備が急ピッチで行なわれていた。本来であればこれらの作業は学園艦の経理部が行なう事になっていたが、学園の中でも中心的な生徒である西住なほが、『自分達、戦車道を行なっている人間が今回の準備をする。』と宣言した事で、なほ達が中心となって美紗子達の受け入れ準備をする事になった。

 

「隊長、部屋の準備ということですが…、村上早紀江と高橋節子の二人は、私の部屋に泊めますので、美紗子と新副隊長の西佳代という子の二人部屋を一つ準備すれば良いかと…。」

 

副隊長の島田真由子はそう言うと、なほはエッという表情をして、一瞬だけだったが少し悲しそうな顔をした。真由子はそんななほの表情を見ると、『打ち合わせどおり、早くフォローを入れろ』とばかりに、すぐ横に立っていた一年生の桜井芳子の足を踏みつけた。

 

「イタッ…、あっ、えっとですね、なほ様。実は、私と美鈴も知波単学園の新副隊長と色々と話してみたいと思っていまして、出来れば新副隊長の佳代さんを私達の部屋に泊めたいのですが、許可をいただけないでしょうか。しかしそうなると、知波単学園の隊長の美紗子さん一人になってしまいますから、一人部屋というのも味気ないですし、折角ですからなほ様の部屋に泊まってもらってはいかがでしょうか?」

 

その言葉を聞いて、なほの顔に一瞬だけうれしそうな表情が浮かんだのを、真由子や芳子は見逃さなかった。

 

「そ…そうだな。私も知波単学園に転校した際に、美紗子には色々とお世話になっているし、今回も色々と隊長として相談したい事もあるからな。美紗子は私の部屋に泊まってもらう事にする。美紗子の布団や生活用具は私の部屋に運んでくれ。」

 

なほの言葉を聞いた近くに居た二年生以上の搭乗員達は、少しだけニヤッとしたが直ぐにその表情を引っ込め、作業を始めた。

 

 

 

翌日 黒森峰女学園 ヘリポート

 

 

「島田学園長、申告します。私、池田美紗子と3名、知波単学園より今日から一週間黒森峰女学園に転校してきました。乗艦許可をお願いします。」

 

「池田さん、乗艦を許可します。そして黒森峰女学園にようこそ。短い間かもしれないが、うちの学園での生活を楽しみなさい。」

 

「ありがとうございます、島田学園長。それと、知波単学園の細見学園長から手紙を預かっていますので、お渡しします。それでは、これから一週間よろしくお願いします。」

 

知波単学園からやってきた美紗子達は、ヘリコプターが着艦して直ぐに黒森峰女学園の学園長である島田豊作からの歓迎を受けた。美紗子達は、まさか学園長自らが出迎えてくれると思っていなかったため最初少し戸惑ったが、歓迎を受ける際に学園長の島田から小声でその理由が語られた。

 

「私も立場的にあまり大きな声では言えないが、二年前の全国大会の際、知波単学園のチハがうちのパンターを撃破した事は、帝国陸軍の機甲科だった私にとってはとても嬉しかったのだ。あのような楽しい物を見せてくれたお礼を直接言いたかったのだよ。」

 

島田の話を聞いて、二年前に実際に知波単学園を指揮していた早紀江と節子は、島田に一礼した。そして島田からの歓迎を受けた四人は、自分達の姿を遠巻きに見ている黒森峰女学園の戦車隊の搭乗員達の方に向かって歩き出した。そうすると、黒森峰女学園側からも二人の少女がこちらに向かって歩いてきた。それは佳代を除く3人にとってはよく見知った顔だった。

 

「美紗子、やっと来たか。歓迎するぞ。とりあえず黒森峰女学園の制服を用意させたから、すぐに着替えて、戦車格納庫に来てくれ、まずはうちの自慢の戦車を見せてやる。」

 

「あっ、なっちゃん…でなかった。なほさん、これから一週間よろしく。とりあえず、制服着替えたいから、私達が滞在する部屋に案内してくれるかな。それと、初対面だと思うから紹介するね。今年からうちの副隊長になった西佳代さんだよ。佳代ちゃん、こちらが黒森峰女学園の隊長の西住なほさん、そして隣が副隊長の島田真由子さん。真由子さんは島田学園長のお孫さんね。」

 

「はじめまして、西佳代です。お二人の事は試合などでよく見ていましたので、今日お会い出来てとてもうれしいです。これからよろしくお願いします。」

 

「副隊長の島田真由子よ。同じ副隊長としてよろしくね。佳代さんは一年生ということだから、同じ一年生の方が話しやすいと思って、来年からうちの隊長になる一年生の子を紹介するから、その子達の部屋に滞在中は泊まってくださいね。」

 

4人は簡単にお互いに紹介しあった。なほも真由子も実際の佳代を見るのは今回が初めてだったため、興味津々に佳代を見ていたが、佳代もまた本物のなほや真由子を間近で見る事は初めてのため、本物に会えた喜びでいつもよりも少し興奮気味だった。そんなお互いの様子を見ていた早紀江と節子は、佳代の少し後ろから自分達の友人でもある真由子に対して目で挨拶をした。お互いの自己紹介が終わったと考えたなほは、集まっていた黒森峰女学園の戦車搭乗員達に、30分後に戦車格納庫前に集合するように伝え、早速美紗子を自室に連れて行った。また佳代、早紀江、節子も、真由子や芳子達にそれぞれの部屋に連れて行かれた。部屋に向かう途中、一年生の芳子達は、初めて会う佳代に話しかけた。

 

「あの…黒森峰女学園一年生の桜井芳子です。私達と同じ学年なのに、もう副隊長をやっているなんて凄いですね。こちらの学園に居る間は、色々教えてくださいね。」

 

「私は野中美鈴です。なほ様から来年度は私達が隊長と副隊長になるように言われていまして…、よかったら滞在中に指揮官としての心得などを色々教えてくださいね。あと、佳代さんがこの学園に居る間は、私達の部屋に泊まってくださいね。」

 

「ありがとう。私は西佳代です。同じ学年ですから佳代と呼んでください。あと、指揮官としてアドバイスと言われても…私が得意なのは突撃の指揮だけだから…、でも攻撃指揮なら自信がありますから、なんでも聞いてくださいね。」

 

佳代の言葉を聞いた二人は、思ったよりもおっとりした子だな…と思いつつ、マジノ女学院戦の彼女の指揮に対する黒森峰女学園での分析では、『思い切りがよく、攻撃が得意な指揮官』とされていたが、分析は正しかった…と考えた。いずれにせよ、同じ学年同士仲良くやりたかった二人にとっては、思ったより話しやすい子だな…というのが佳代に対する第一印象となった。

 

 

 

黒森峰女学園 戦車格納庫前

 

 

格納庫の前には黒森峰女学園の戦車道を選択している搭乗員達が集まっており、知波単学園から転校してきた四人は、自分達の所よりも搭乗員の人数がかなり多いことに驚いていた。また、佳代を除いて黒森峰女学園のパンツァージャケットが全く似合っていない三人だったが、考えてみればなほが知波単学園にやってきた時に、やはり彼女も知波単学園のパンツァージャケットが似合わなかった事を思い出し、お互い様か…と考えていた。

 

「Achtung!今日から、知波単学園から転校してきた池田美紗子と他3名だ。これから一週間にわたり、私達の所で戦車道を一緒に行う事になった。少なくとも、ここに居る間は私達の仲間だから、そのつもりで接するように。以上だ。」

 

「Jawohl, Fräulein kommander ! (了解! 指揮官どの!)」

 

なほの指示に一斉に返事をした搭乗員達を見て、美紗子達は『うちとは規律が全然違うよね。』とお互いに小声で話していたが、視線はおそらくこれから乗れるであろうドイツ戦車に釘付けだった。

 

「美紗子。どうやらうちの戦車に乗りたくて堪らないようだが、早速乗せてやる。私は美紗子の所に居た時は美紗子の戦車に乗せてもらったから、今回は私の戦車に乗ってもらうぞ。真由子、残りの三人の搭乗割は任せる。それでは行くぞ。」

 

「は…はい、隊長!。早紀江は私のパンターG型に搭乗、節子は野中のティーガーIに、あと佳代は…砲戦車に搭乗しているようですから、桜井のヤークトパンターがいいでしょうね。野中、桜井、無様な姿を見せないように!」

 

副隊長の真由子は、『やっぱり、隊長は美紗子の事しか考えていない…。たぶんこれから一週間は、残りの三人の面倒は全て私がする事になりそうだ。』と考えたが、一応その事は既に予想していたため、直ぐに佳代達三人の搭乗割を行なった。真由子の指示を聞いた佳代は、『私が5月の試合で乗った戦車は既に調査済で、もう知っているぞというアピールまでするという事は、おそらく私の指揮に対する分析もかなり行なったという事か』と考えた。実際に真由子も、佳代に対して『あなたの指揮方法や癖は、もう私達は調査していますよ』というプレッシャーをかけるために、わざわざ佳代が前回に搭乗した戦車を知っている事を滲ませていたため、お互いの顔はにこやかだったが、その裏では既に駆け引きが始まっていた。その事を理解した佳代は、折角の機会だと思い、真由子に一つお願いをした。

 

「真由子さん、わざわざ駆逐戦車に乗せてくれてありがとうございます。あと…その…、出来ればでいいですけど、一度ヤークトティーガーにも乗ってみたいので、ここに居る間に乗せてもらえませんか?あの重装甲の駆逐戦車を使って一度でいいから、突撃してみたかったのですよね…」

 

「ヤークトティーガーね…。分かりました、一度隊長に相談してみます。たぶん一度くらいなら問題ないと隊長は言うでしょうから、乗れると思いますよ。それにしても、佳代さんは突撃が大好きなのですね。たしかにあの正面装甲で突撃をしてみたいという気持ちは分かりますが…。」

 

佳代の言葉を聞いた真由子は、『たぶん純粋な興味だけで乗ってみたいと思っている訳ではないだろう』と考えたが、それでも自分達の隊長は許可を出すだろうな…と考え、佳代の願いをその場で拒否はしなかった。

 

 

 

ヤークトパンター 桜井車

 

 

「佳代さん、折角ですから車長をやってください。私は装填手と車長の訓練を受けていますから、私が装填手をします。こんな機会は滅多にないですから、他校の指揮官クラスの指揮を間近で見てみたいのです。お願いします。」

 

佳代がヤークトパンターに乗り込み、おそらく通信手を行う事になるだろうと思い通信席に座ろうとすると、車長の桜井芳子はそれを制して、車長席に佳代を座らせた。佳代は少し戸惑ったが、ヤークトパンターを自分の指示で動かせることの誘惑には勝てず、少し興奮して車長席に座った。佳代が嬉しそうに車長席に座っていると、ヤークトパンターの通信手が少し戸惑ったような感じで通信に対応し、困ったような顔をして佳代の方を見た。

 

「あの…佳代さん。副隊長から今日は小隊戦を行うから、第5小隊を率いて、野中さんの第4小隊と戦うようにとの事です。あと、佳代さんが指揮を取る事を副隊長に言い忘れてしまいました…ごめんなさい。」

 

「えっ?それって言った方がいいと思うけど…。後で怒られても知らないよ。」

 

佳代は『絶対にこれは嘘で、最初から私に指揮をとらせて、私の指揮の癖を確認するつもりだったな』と考えたが、その場では何も言わなかった。佳代の感覚では、黒森峰女学園の隊長のなほは、そのような小細工などせずに実力で相手を粉砕してくるタイプで実際にそれだけの力があると確信していたが、逆に副隊長の真由子は情報戦も積極的に行い、なほを補佐するためなら自分が泥をかぶる事も厭わないだろう…と、ほぼ正確に真由子の本質を掴んでいた。そしてこの転校中に自分が相手をするのは、この真由子になるだろうと改めて感じた。

 

「私が怒られる訳ではないからいいですけど。ところで芳子さん、私が指揮する小隊と相手が指揮する小隊の編成を教えてくれるかな…。あと実力差はそれ程ない小隊だよね?それが分からないと、流石に私も指揮できないよ。」

 

「あ、佳代さんごめんなさい。まず第5小隊ですが、隊長車は私達が行いますから隊長車以外の3両となると、パンターG型が3両です。そして第4小隊も同じ編成です。どちらも公式戦では副隊長の真由子さんが率いている小隊ですから、練度は高くお互いにそれほど違いはありません。どちらも、うちの自慢の中戦車の小隊です。」

 

芳子の答えに、佳代は自分の予想が当たっていた事を確信した。全て副隊長の息がかかった戦車で小隊戦を自分に指揮させる以上、自分の作戦指示は全て真由子に筒抜けになるだろう。だとしたら、私の『突撃指揮』をしっかり見せてやるかと佳代は考えた。

 

「ありがとう、芳子さん。相手の小隊指揮官は、野中さんということですね?野中さんの指揮を私は知らないのですが、どんな感じですか?」

 

「美鈴の指揮ですか?美鈴はどちらかというと慎重な指揮だと思います。とても手堅い指揮をしますから守勢には強いですし、粘り強いですよ。」

 

佳代は芳子の答えを聞いて、わざわざ相手に守勢に強い指揮官を選ぶなど、ここまでお膳立てをしてくれている以上、しっかり私の『実力』を見せないと真由子は納得してくれないだろうなと思い、指示を出した。

 

「了解、芳子さん。それではこちらの指示を伝えます。」

 

佳代の声のトーンが少し下がったのを確認した芳子は、いよいよ本物が見られると少し興奮していた。佳代が予想していた通り、佳代達が転校してくる前に副隊長の真由子は、芳子と美鈴に『佳代の指揮を見たいから、二人に小隊戦をやらせる。その時に桜井の戦車に佳代を乗せるから、佳代に小隊指揮を取らせてその指揮をしっかり見るように』との指示を出していた。しかし、同じ一年生でありながら既に知波単学園の副隊長をしている子の指揮には、芳子自身も凄く興味があったため、真由子の指示とは別にその指揮下で戦えることを純粋に喜んでもいた。

 

佳代はそんな芳子の心境を知ってか知らずか、小隊戦を戦うに当たり彼我の戦力差を見積もり、作戦を考える事に集中していた。

 

(こちらと相手の違いは、小隊長車のヤークトパンターとティーガーIの部分。火力は同じ88mm砲だが、こちらは71口径に対して相手は56口径でこちらが僅かに有利。機動力はこちらが優速なため小隊速度もこちらが上。防御力は正面はこちらが有利だが、側面は不利。そしてこちらが固定砲に対して相手は回転砲。しかも、待ち伏せ作戦を今回は取れず、こちらが攻勢に出る必要がある。さて、どうしたものか…。)

 

「小隊各車に伝達。第5小隊はこれより第4小隊に対して攻撃を行います。こちらが小隊速度は優速のため、こちらの好きな場所で攻撃を行う事が可能です。そこで、第4小隊の進撃進路であるポイントC03地点にて攻撃を行いますが、二番車は第4小隊の右側面より突入してください。第4小隊がこれに対応した動きをとった瞬間に左側面より残りの戦車で突入します。突入後は、小隊長車がティーガーIを狙いますので、パンターを集中的に叩いてください。ただし、正面からの打ち合いでは近距離でない限り撃破判定は出ないでしょうから、第4小隊の混乱に乗じて接近するか、側面を攻撃してください。それでは行きますよ。 Panzer Vor ! (一度言ってみたかった…)」

 

「Jawohl, Fräulein kommander !」

 

佳代は、自分が指揮する小隊各車が命令を受諾した事を示す『Jawohl』の声を聞き、知波単学園では味わえない雰囲気をとても楽しんでいた。佳代は池田流に入門してからずっと帝国陸軍の戦車に搭乗しその指揮を行ってきたが、心の片隅にはドイツ戦車をドイツ式に指揮してみたいという欲求があり、今回それが叶えられたことは非常に嬉しかったからだ。また、同じ戦車内に搭乗していた芳子は、あまりにも佳代が普通にドイツ式の命令を下した事に、当初はいつもの隊長からの指示と同様に感じ、『いつもどおりだ』と何も思わなかったが、今の車長は知波単学園の子だという事に改めて気付き、『あれ?おかしいな。』と少しだけ戸惑っていた。

 

佳代の指揮する小隊は、佳代の指示通り1両と3両に別れ、目標地点であるC03地点を目指していた。目標地点まで近づくと丁度前方に第4小隊の物と思われる土煙が立っている事に第5小隊の各車は気付き、佳代に通信を送ってきた。

 

「小隊長、小隊各車より第4小隊と思しき土煙が前方にあるとの事です。当初の指示どおり作戦を進めて良いかと問い合わせが来ていますが…」

 

「各車に連絡。作戦に変更なし。躊躇せず作戦通り第4小隊の隊列に突撃せよ。僚車は小隊長車を中心に凸形を形成し、左側面より突入する。小隊機動は私の戦車に合わせて動くように。追伸、刺し違えてでも敵を倒せ、送レ。」

 

佳代の声のトーンが更に下がり、突如命令形の言葉遣いに変わった事を、芳子を始め同乗者等は気付いた。これまで芳子達は、佳代はかなり話しやすい子だという印象を持っていたが、やはり戦闘に入ると人が変わるのだなと感じ、『刺し違えてでも敵を倒せ』という命令に対して、佳代はかなり苛烈な性格なのだと考えた。とくに芳子は、これが指揮官としての佳代なのか、と同じ一年生でありながら知波単学園の副隊長を任された子の本当の姿を見る事となり、自分も来年度はこんな感じで指揮が出来るのだろうか、と少しだけ将来への不安を感じていた。

 

しばらくすると佳代の命令通り、第5小隊のうちの一両のパンターが、第4小隊の車列に対して右側面から突撃を開始した。今回第4小隊を率いている美鈴は、『何故一両だけ突入してきたのだろうか?』と少しだけ疑問を持ったが、定石通り数で相手を圧倒する事を考え、その一両に対して小隊全車で迎え撃つ体制を取り停止射撃の準備を開始した。しかし、突入してきたパンターが撃破されるよりも早く、佳代が率いる3両が第4小隊の背面から、物凄い勢いで突っ込んで来た事に、美鈴は慌てた。

 

 

ティーガーI  野中車

 

 

「えっ、後ろ?小隊各車、すぐに背面の第5小隊主力に対応します。このまま超信地旋回してください。そして旋回出来た車両より攻撃開始してください。あの…高橋先輩、これで大丈…」

 

「馬鹿!こんな所で旋回したらあっという間にやられるぞ。動かないと駄目だ!急いで前方の1両の戦車に向けて突進。途中で進路を変えつつ、後ろの部隊に対応するんだ!」

 

突如背面に現れた第5小隊に動揺した美鈴は、急いで方向転換をして後方の敵に対応するように命令した。そして一応同乗している知波単学園の元副隊長である節子に自分の指示に対するアドバイスを求めようとした所、節子は美鈴の言葉が終わる前に急いで命令を撤回するように怒鳴った。しかし美鈴としては、停止射撃の方が命中率が良いために、その場で停止して射撃した方が良いのではと考え、節子に改めて聞く。

 

「高橋先輩、しかし停止射撃でなければ当てられません。それに3両も後方から来ていますから、急いで対応しないと厳しくなるのではありませんか?」

 

「何を言っているんだ!相手も行進間射撃だ、こちらが動けばそう簡単に当てられるものか。逆にこちらが停止していたら、相手も当てやすくなるんだぞ。しかもこちらが旋回中はこちらから攻撃出来ないから、一方的にやられるだけだ。急いで前進するんだ!」

 

節子にそこまで言われて、ようやく自分の判断にミスがあった事に気付いた美鈴は、遅ればせながら前方の1両のパンターに向かって前進しつつ方向転換する命令を小隊各車に伝達する。しかし、それは遅すぎる命令変更だった。既に小隊は最初の美鈴の指示に従い超信地旋回を開始し始めている戦車もおり、新しい命令に即座に対応出来た戦車は居なかった。その様子を見た節子は、いくら黒森峰女学園の将来の指揮官候補とはいえ、入学して間もない一年生ではこれが限界か…と感じた。そして、今突撃してきている自校の一年生の佳代が異常な存在だということを改めて認識した。

 

 

 

ヤークトパンター 桜井車

 

 

第4小隊が旋回を中断し前進しようと機動を始めた事を確認した佳代は、第4小隊の目的を正確に認識していた。しかしその判断はもはや遅すぎるという事も合わせて理解していた。

 

「小隊各車、相手はようやくお目覚めだ。完全に目覚めるまでまだ少し時間がかかりそうだから、こちらから横っ面を張り倒して起きるのを手伝ってやれ!各車停止!Feuer!(この命令も一度言ってみたかった…)」

 

「Jawohl, Fräulein kommander !」

 

同乗していた芳子達は、佳代の言葉使いに『完全に人が変わっちゃったよ…』と焦ったが、流石に黒森峰女学園副隊長の真由子が率いていた第5小隊の各車は、佳代の指示に間髪を入れずに了解の命令を伝えてきた。そして第5小隊は命令どおり、超信地旋回を中断し前進を始めようとする第4小隊の各車に砲撃を行なった。こちらは停止射撃で、相手は起動中のため反撃も出来ない状態、そして距離は1000mを切っていたため、砲撃は面白いように第4小隊に命中する。その結果、初弾で第4小隊は2両のパンターと小隊長車であるティーガーIに撃破判定が下され壊滅した。そしてその様子を確認していたのであろう、副隊長の真由子から『練習戦 終了』の無線連絡が入り、小隊戦は終了した。

 

「佳代さん、凄いです。同格の小隊戦でここまで一方的な結果なんて、普通ないですよ!やっぱり、一年生で副隊長という要職についている人は凄いです。これから1週間、よろしくお願いします!」

 

小隊戦が終了した連絡を受けた芳子は、佳代の鮮やかな指揮に感動していた。これまで美鈴との小隊戦ではほぼ互角の戦績で、毎回のように潰し合いに近い戦闘になっていたため、知波単学園の副隊長とはいえ同じ一年生の佳代が、ここまで一方的な勝利を美鈴に対して得ることを想像していなかったようだ。

 

「今回の勝利は私の指揮の結果ではありません。向こうの小隊を指揮した野中さんの指示のミスが原因です。ですから、毎回ここまで上手くいくとは限らないですよ。あっ、それと私もドイツの戦車が指揮出来て嬉しかったです。こちらこそ1週間よろしくお願いします。」

 

芳子が興奮して話しかけてきた事を、佳代は落ち着いて受け応えた。また夢だったドイツ戦車の指揮が叶った事に対して芳子にお礼を言った。この調子なら、この1週間は指揮を取らせてくれるだろうという打算もあったが、おそらくこの試合をずっと見ていた黒森峰女学園の副隊長の真由子に対しても、自分が『攻撃的で突撃が好きな指揮官だ』という事を改めて見せる事が出来たと考えており、それについても満足していた。

 

 

 

訓練所 管理棟

 

 

今回の練習戦は副隊長の真由子が企画しており、訓練場の管理棟には小隊戦を観戦していた真由子が苦虫を潰したような表情をしていた。隊長のなほは、知波単学園からやってきた美紗子を連れて第一小隊と共に、違う練習場に行っていたため、その場には副隊長の真由子と知波単学園の早紀江、そして数人の黒森峰女学園の3年生しか居なかったが、他の黒森峰女学園の3年生達も野中の拙い指揮に表情を曇らせていた。

 

「やはり、野中では弄ばれただけですか。早紀江さん、新しい副隊長の佳代さん、相当やりますね。勿論、こちらの野中の拙い指揮はありましたが、野中にミスを誘発させた攻撃方法、そしてそのミスに付込んで一気に勝負を決めた指揮は流石です。出来ればうちに本当に転校してきて欲しいくらいです。もし本当に転校してきたら、来年度のうちの隊長の地位は固いですよ。」

 

「真由子さん、冗談になっていないですよ。ただでさえ佳代さんは、ドイツ戦車好きですし西住流に憧れのような物を持っていますから、あまり誘惑をしないでくださいよ。」

 

「早紀江さん、それ本当なの?だったら、本気でスカウトしてみましょうか…ハハハ。冗談ですよ。」

 

流石に早紀江と話している時は真由子も表情には出さなかったが、頭の中では『これは本当に来年度拙い事になる』と不安を感じていた。いくら佳代が一年生で副隊長を務めているとはいえ、まさかここまで自校の指揮官候補が一方的に弄ばれるとは真由子も考えていなかった。そしてこの練習戦で、佳代が持っている作戦の引き出しを少しでも見せてもらおうと考えていたが、それも当てが外れてしまい、真由子にとっては収穫のあまりない練習戦となっていた。唯一真由子にとっての収穫は、『事前の情報で掴んでいた通り、佳代は攻撃が得意な事、そして自分達の想像以上に相手のミスに付込んで戦果を増やす事が上手い事』が分かったくらいであった。傍に居た早紀江は佳代の本当の姿を知っているため、佳代の希望もあり口には出さなかったが、『あそこまで自分の得意戦術を封印した状態で、勝ち切った』佳代の姿をとても頼もしく見ていた。


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