学園艦誕生物語   作:ariel

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黒森峰女学園のパートから、知波単学園側のパートに移ります。今回は、マジノ女学院との練習戦を利用し、黒森峰女学園に情報戦を仕掛ける西佳代の話になります。


第35話 情報戦

1962年 5月 マジノ女学院敷地内 戦車訓練場

 

 

「目標、前方1200mマジノ女学院警戒線。突破したら、そのまま主力部隊に向かって突撃するよ。戦車隊、前へ!」

 

その日、知波単学園とマジノ女学院の三度目となる交流戦が開かれていた。マジノ女学院は昨年と同じくARL44を2両組み込んだ編成で得意の守備的作戦を選択し、ソミュアS35を8両前方に展開するのと同時に、後方にARL44とB1bis合わせて12両の主力部隊を形成していた。これに対して知波単学園側は砲戦車7両と通常戦車13両からなる編成を取った。しかしこれまでの知波単学園の戦術展開とは異なり、砲戦車を中央に配置し通常戦車を左右に配置した凸型陣形で、一気に全戦車がマジノ女学院の陣地めがけて突撃を開始していた。戦闘開始前、隊長の池田美紗子は副隊長の西佳代に『砲戦車まで突撃させるのか?』と聞いたところ、佳代は『私に考えがあるから、今回は従って。』と答えた事から、今回の変則的な作戦が取られたようだ。

 

知波単学園の戦車隊は一塊になって、マジノ女学院の警戒線を一気に突破すると、そのままマジノ女学院隊長のパトリシア達が待ち構えていると思われる主力部隊の方角に進んでいく。パトリシア達は、これまでの二度の知波単学園との練習試合では、二度とも戦車部隊が囮に吊り上げられて、砲戦車の待ち伏せ地点に誘導され敗北を喫しているため、今回はかなり警戒していたのだが、まさかの知波単学園側の速攻に対応が遅れた。

 

「佳代ちゃん、主力部隊らしい戦車隊が前方に見えるけど、どうする?包囲するような感じで戦うなら、部隊分けるけど。」

 

「美紗子、その必要はないよ。このまま前進して一気にマジノ女学院の中枢部を撃破するから。指揮系統がなくなれば、あとは各個撃破して試合終了。ここまで近づいてしまえば、練度の差を考えればこちらの勝ちは揺るがないよ。」

 

「分かったよ、佳代ちゃん。戦車隊、このまま前進。凸型隊形のまま、敵戦車隊に突撃…進め!」

 

隊長のパトリシア、副隊長のミシェルは共に主力部隊におり、ARL44で知波単学園の戦車隊の突撃に対応するため狙撃を行ったが、撃破しやすい戦車を狙おうと考え凸型陣形の側面に居る九七式中戦車を狙ったのが失敗だった。

 

「な…、この距離で回避してくるなんて。…信じられませんわ。」

 

二人が狙った九七式中戦車は微妙な方向転換によって二人の砲撃を回避してしまった。そして、次弾を放つ前に一気に知波単学園の戦車隊に距離を詰められ、集中砲火を浴びてしまう。

 

「ARL44  1号車、2号車に命中。判定撃破。」

 

あっという間に、隊長と副隊長を失ったマジノ女学院は、抵抗らしい抵抗も出来ずに主力部隊は壊滅してしまった。そして既に指揮系統が崩壊し、主力部隊も存在しない状態では、警戒線を形成していた残りのソミュアS35は各個撃破される他はなく、これまでの交流戦でもっとも早い勝負がついた。さらに悪い事に、知波単学園側の被害は混戦の際に撃破判定が出た三式砲戦車1両に過ぎず、完全なワンサイドゲームとなってしまった。今回の知波単学園の戦いは、期せずして数日前に行なわれた黒森峰女学園対サンダース大付属高校の試合と同様に、教科書どおりの電撃戦が展開された事になる。

 

マジノ女学院にとってこの交流戦は既に定期戦と化しており、自校の今年の実力を測るうえでも重要な戦いと位置づけられていた。また今回の交流戦は、この交流戦の約束を交わした当事者同士の最後の戦いということで、マジノ女学院の隊長であるパトリシアや副隊長のミシェル、そして知波単学園の村上早紀江や高橋節子を始めとする三年生にとっては、前年以上に気合の入った戦いとなるはずだった。とくにマジノ女学院側は、これまで二年間に渡って知波単学園に負けているため、最後の年は必ず勝つという必勝の信念で試合に臨んでいたが、結果は知波単学園の圧勝に終わり、隊長のパトリシアにとっては非常に苦い結末となった。

 

「…結局、私は三年間戦って一度もあの子達に勝てなかったわけね…。一度くらい勝ちたかったけれど、ここまで圧倒的に負けてしまっては、これはこれで見事としか言い様がないというところね。…それにしても、今年は完敗ね。」

 

自分の戦車に撃破判定が出た瞬間、隊長のパトリシアは悔し涙を浮かべて自分の戦車の中でそう呟いた。今や友人と言ってもよい知波単学園の村上早紀江や高橋節子に対してですら面と向かって言う事は出来ないが、これまでパトリシアなりに知波単学園の強さは認めていたようだ。しかし今回の試合を戦ってみて、今年の知波単学園の強さは去年とは全く違うという事を、三年間に渡って戦ってきた彼女は、他校の誰よりも先に実感することになった。一応理由くらいは聞いても問題はないか…と思ったパトリシアは悔し涙を拭き、いつもの高慢な表情を作ってから戦車を降り、自分の友人でもある早紀江や節子の所に向かう。いくら悔しくても、彼女達の前で涙を見せる事はパトリシアのプライドが許さなかった。

 

「フン、相変らず滅茶苦茶な戦い方をしますのね。去年もそうでしたけど、今年も本当にえげつない戦い方でしたわ。あなたたち二人はいつのまにか隊長や副隊長を降りていますし、私だけ最後まで隊長として頑張っていただなんて、これではまるで私が道化ではありませんこと?きちんとした説明はしてくれるのでしょうね?」

 

「まぁまぁパトリシアさん、今回は公式戦ではなく練習戦で私達も本気ですから、そう簡単には勝たせませんよ。それと、去年は家元の孫娘である美紗子様が入学してきたわけですから、隊長をやってもらうのは当然ですし、その事は去年の交流戦の時にパトリシアさんも納得していたでしょう?」

 

パトリシアの詰問に昨年まで副隊長であった早紀江が答える。昨年の交流戦の際、いつのまにか早紀江が副隊長になっており、隊長には見知らぬ新入生がなっていた事を知ったパトリシアは、早紀江に『一体どうなっているの?まさか、一年間だけで隊長職から逃げ出すつもりなの?』と食って掛かったが、早紀江から美紗子の話を聞いて一応納得した経緯がある。しかし今年の交流戦では、昨年まで副隊長だった早紀江は更に降格し、只の小隊指揮官にまでなっている事を知り、自分だけが大変な責任を負って三年間マジノ女学院を引っ張って来たのに、なんでそんな気楽な立場になっているのだ、と試合前に怒りを表していた。もっとも、これだけ一方的に試合が終わった今となってはその怒りも収まり、早紀江が副隊長を辞任した理由もなんとなく予想が出来たため、その理由を改めて早紀江達から聞こうと考えていた。

 

「去年は確かに納得しましたけど、今年の分はまだ納得してませんことよ。それに…ちょっといいかしら。」

 

そう言うと、パトリシアは副隊長のミシェルに頼んで人払いをした上で二人を建物の影に連れて行き、声を潜めて二人に尋ねた。その時のパトリシアは、今までの高慢な態度を何処かに捨て去り、真面目な表情になっていた。その表情を見て早紀江や節子も今までのパトリシアと少し違うなと思ったが、まずは彼女の話を聞いてみようと考えた。

 

「少しだけ真面目に話を聞きたいのだけど、今年の知波単学園の強さは異常よ。私はあなたたちと三年間戦ってきたから分かるけど、今年の戦い方はこれまでとは全然違っていたわ。去年もたしかに強かったけれども、去年はあなたたちと初めて戦った初年度と同じような感覚で、ただ戦車の錬度だけが上がった感じだった。でも、今年は何か別の戦い方をしている感じがしたのよね。何となくしか言い表せないのですけれど…。これって、あなたが今年交代した現在の副隊長が原因なの?」

 

パトリシアの話を聞いた二人は、『流石に三年間交流戦で戦ってきただけあって、直ぐに分かったか』と感じたが、友人でもあるパトリシアにはある程度本当の事を話しておこうと考え、まずは節子が答えた。

 

「まぁ、パトリシアの言っている事は当たっているな。今回の作戦や編成は全て、今年から副隊長となった佳代が考えた。隊長の美紗子はその作戦に従って指揮を取っただけさ。」

 

「パトリシアさんは信じないかもしれないけど、節子の言った事は本当です。今回は全てを新副隊長の佳代さんが考えています。たぶん、それがパトリシアさんが違和感を感じた原因でしょうね。私達の作戦とは、考え方が全然違っていたと思いますから。」

 

二人の回答を聞いて、パトリシアもどうやら自分の予想が当たっていたようだと認識した。当初パトリシアは、知波単学園の副隊長が入学したばかりの一年生に交代した事を聞いて、世代交代のためにしては早い交代だなと考えていたが、二人の答えを聞いて、実力によって交代があったのだという事を理解した。

 

「そう…。あなたが副隊長を交代したのは、その子の実力を知っていたから…という事ね。それにしても、その子は一体何者なの?一年生が立てた作戦とはとても思えなかったのだけれど。」

 

「佳代さんは、特別です。彼女は池田流に入ってきた時から、凄かったですから。パトリシアさん、知っていますか?佳代さんは、入門した初日に美紗子様の部隊に対して、小隊戦で勝っているのですよ。」

 

早紀江から話を聞いたパトリシアは、新しく副隊長となった佳代という少女は、現在の隊長である美紗子よりも猛将タイプの指揮官なのかと考えた。これは、その時に佳代がどのように美紗子に勝ったかを、早紀江が言わなかったためによるパトリシアの誤解だったが、少なくとも今回の練習試合で佳代が立てたと言われている作戦を考えると、パトリシアが誤解した理由もよく分かる。

 

「その佳代という子は、よほど頭の中まで筋肉なお猿さんということね。まさか砲戦車まで持ち出して一気に正面突破を狙ってくるなんて、私も全然想像出来なかったのですから。とはいえ、あそこまで一方的に勝たれてしまっては、今更何を言っても恥ずかしいだけですから、何も言いませんけど。」

 

『もう言っているだろう』というツッコミを腹に収めて、早紀江は、『本当に佳代さんが考えていた通りになった。やっぱり自分とは頭の出来が違うな…』と、佳代の考えの凄さを感じていた。この練習戦の前に佳代は、『パトリシア達に自分を猛将タイプの指揮官だと思わせたい』と美紗子達に言っており、まさに佳代が言ったとおりの展開になった事に、早紀江も節子も顔には出さなかったが驚いていた。もっとも、美紗子も含めて早紀江達も何故佳代がそのような事を考えたのかという理由までは知らされておらず、『理由は後から教えるから』と言われていたが。

 

「この後の交流会で実際に話してみますか? 結構面白い子だから、パトリシアさんも気に入る…なわけなさそうですね。たぶん絶対に気に入らないと思いますから、誰か他の一年生の子を紹介した方がいいかも…」

 

「フン!どうせ私が気に入る子なんて、そう居ません事よ。それに、今更私をその子に紹介してもあまり意味はないでしょう。うちの有望な一年生を紹介しますから、その子を引き合わせてくださいな。私やミシェルは大人しく、隅の方で貴方達とお話でもしていますわ。」

 

たしかに、今更パトリシアと佳代が仲良くなっても、あまり意味はないかと思った早紀江は、交流会ではパトリシアが紹介する一年生を佳代に引き合わせる事に決めた。そして、今の内に知波単学園の次世代を担う人間と自校の次世代の人間を引き合わせようとしているのだな…と感じ、パトリシアもマジノ女学院の将来の事を凄く気にしているのだという事を理解した。

 

 

 

同日 交流会会場

 

 

マジノ女学院との交流会は、知波単学園の生徒にとっては楽しいイベントの一つとなっている。マジノ女学院には調理科があり、そこの生徒が作るフランス料理を食べる事が出来る事がその理由だったが、現三年生の話では六月に交流会が開催された初年度には、エスカルゴというカタツムリの料理が出た事があるようで、それもあって交流会の時期が五月に前倒しされたという経緯もある。戦車による交流戦が終わり、パンツァージャケットからそれぞれの制服に着替えた両校の生徒達は、交流会が開かれるマジノ女学院の大広間に三々五々集まってきたが、既にテーブルにはマジノ女学院が誇る調理科による様々な作品が並べられており、特に知波単学園の生徒達は立食の時間が始まるのを今か今かと待っていた。

 

「はじめまして、私は知波単学園の副隊長の西佳代です。今年もマジノ女学院と我校の交流戦及び交流会が無事に開催できた事を、特にマジノ女学院の皆さんに感謝します。私は今年入学したばかりの一年生ですが、先輩方がこれまで築き上げた両校の素晴らしい関係をこれからも続けていけるように努力していきたいと思います。そして…」

 

交流会に先立ち、知波単学園側からの挨拶ということで副隊長の佳代が壇上に上り挨拶を行なったが、その挨拶は5分を経過しても未だに終わる気配がなかった。美紗子を含め知波単学園の生徒達は早く目の前のご馳走にありつきたいと、佳代の挨拶をイライラした思いで聞いていたが、美紗子が真っ先に暴発した。

 

「佳代ちゃん、挨拶長い!真面目なのはいいけど、私達は早くご馳走が食べたいの!はい、そこで挨拶終了!」

 

美紗子の強引な介入により佳代の挨拶が中断された事に、会場内は笑いが広がった。それを見ていたパトリシアは、『副隊長の方は案外マトモだけど、隊長がお猿さんね』と評価を下し、佳代に対する評価を少しだけ上げた。

 

「…ということで、うちの副隊長が長引かせてしまったけど、今年もお互いに仲良く戦車道を頑張りましょう。乾杯!」

 

最後は隊長の美紗子が強引に乾杯に持ち込み、交流会は始まった。交流会の開始直後は歓談ではなく、ひたすら食欲を満たす事に両校の生徒が勤しむ事になったため静かだったが、除々にお互いに歓談の輪が出来始めた。特に三年生や二年生にとっては、既に顔なじみが居るようで、久しぶりの再会に話の花を咲かせるのと同時に、お互いの学校の一年生を紹介しあうなど、交流会に相応しい姿が各所で見られた。

 

「そういえば、パトリシア達の学園艦はいつ出来る事になっているんだ?結局、二人とも学園艦では生活できなかったよな。」

 

「私達の学園艦が完成するのは来年で、実際に移れるのは再来年という事のようですわね。私達は結局学園艦には行けませんでしたが、それでも楽しい三年間を過ごす事が出来ましたわ。ただ心残りであるのは確かですから、私これから頑張って大学の教育学部に進んで、いつかはマジノ女学院で教師になろうと思っていますの。」

 

「パトリシアさんは、大学に行くつもりなのですね。私は、このまま戦車道続けて今年出来ると言われているプロリーグに行こうかな…と思っています。プロになれたらですけど。」

 

「早紀江さんも節子さんも、高校生の戦車道では物凄く有名人ですから、プロになれますよ。私もプロになりたいのですが、マジノ女学院の副隊長ではちょっとインパクトが弱い気がするのですよね…。それでも目指してみようと思いますけど。」

 

会場の片隅で、知波単学園の早紀江と節子、そしてマジノ女学院の隊長パトリシアと副隊長ミシェルも、周りと同じように会話に花を咲かせていた。四人の付き合いは今年で三年目になり、両校の交流戦や交流会が開催されるきっかけを作った人間でもあるため、四人にはお互いに様々な思い出があり、話の種はつきなかった。また、今年が高校生活最後の年である事も同じのため、来年の進路についても話していた。パトリシアは、早紀江と節子が今年出来る戦車道のプロリーグに入る希望を持っていることを知り、自分はここで戦車道を止め教育者を目指す事に決めていたため、今回が本当に最後の対戦になったのだな…という事を実感した。

 

「さて、それでは私はマジノ女学院の現隊長として、来年の隊長候補を知波単学園の隊長や副隊長に引き合わせないといけませんから、ちょっと行ってきますわね。それにしても、そちらの隊長さんと新副隊長さん、うちの一年生達に人気ですわね。」

 

しばらく話をした後、パトリシアはマジノ女学院の一年生と思われる生徒を二人程呼び、その二人を連れて、美紗子や佳代を中心にマジノ女学院の一年生達が集まっている所に足を向けた。

 

「あの…佳代さんは、私達と同じ一年生なんですよね。それでもう知波単学園の副隊長をやってるなんて、凄いです。」

 

「美紗子さん、今回の交流戦で私達の学校は負けてしまいましたけど、あの突撃は凄かったです。どうやったらあんな風に指揮が取れるのですか?」

 

美紗子や佳代の周りには、マジノ女学院の一年生が集まり、口々に美紗子達に質問をしていた。とくに、一年生でありながら既に知波単学園の副隊長をしている佳代は、マジノ女学院の一年生達にとっても興味があるのか、質問攻めにされていた。そんな中、マジノ女学院の隊長であるパトリシアがやってきた事で、集まっていた一年生達がスッと左右に分かれて道が出来た。

 

「美紗子さん、お久しぶりですわね。それと、あなたが新しい知波単学園の副隊長さんですわね。私、マジノ女学院で隊長をしておりますパトリシアと申しますわ。短い間かもしれませんが、よろしくお願いしますわね。折角の機会ですので、来年度のうちの隊長と副隊長になる子を紹介したいと思いまして…よろしいですわね?」

 

その後、パトリシアにマジノ女学院の次期隊長候補と副隊長候補の二人の一年生を紹介され、更に今回の交流戦での話を含めて美紗子と佳代はパトリシアと少し話す事になった。そして美紗子達は、パトリシアが卒業した後もこれまでと変わらずマジノ女学院と交流を続けていく事を改めて約束すると、パトリシアは安心したのか連れてきた一年生二人をその場に置いて、再び早紀江達の元に戻っていった。こうして、この年のマジノ女学院と知波単学園の交流会は無事終わった。

 

 

 

同日 知波単学園 学園艦 集会場

 

 

マジノ女学院との交流会が終わり知波単学園の学園艦に戻ってきた美紗子達は、既に夜もかなり遅い時間だったが、どうしても佳代から聞き出さなくてはならない事があり、談話室に集まっていた。

 

「佳代ちゃん、本当は明日でも良かったんだけど、どうしても気になってね。どうして今回のマジノ女学院との交流戦であんな戦い方をしたの?あれ、佳代ちゃんがいつもやるような作戦ではないよね?結果的には圧勝したけど、物凄く強引な戦い方だったよ。理由教えてくれないかな…」

 

美紗子の疑問に早紀江や節子も頷き、更に疑問を重ねた。

 

「たしか試合前に、パトリシアさん達に『自分が突撃指揮の上手い猛将タイプだと思わせたい』と言っていましたけど…。たしかにパトリシアさん達はそう思ったみたいでしたよ。でも、どうしてそんな事を考えたのか、私も分からないのです。」

 

「うん、私も佳代が何でそんな事を考えたのか、分からないんだよな。良かったら、そろそろ私達にも理由を教えてくれないか?」

 

三人から同じような疑問を言われた佳代は少し黙っていたが、やがて小さくため息をついた後、三人の疑問に答え始めた。

 

「まず簡単に疑問に答えますが、本当にそう思わせたい相手はパトリシアさんではなくて、黒森峰女学園の西住なほさん達です。なほさん達に『私は猛将タイプ』だと思わせたいために、今回多少強引とも思える作戦を立てました。とはいえ、今回の作戦は正統な電撃戦の焼き直しですから、パトリシアさん達も含めて、おそらく今回の試合内容を知る事になるなほさん達も、知波単学園が本気で戦ったと考えると思います。」

 

佳代の答えを聞いて、美紗子達はまさか黒森峰女学園との練習戦を考えて今回の作戦を立てていたことに驚いた。また早紀江や節子は、自分達の友人でもあるマジノ女学院のパトリシア達との最後の戦いが本気ではなかったのか?と考え、佳代に対して少し気を悪くし、詰問調で更に質問した。

 

「佳代さん、そんな事考えていたのですか?それに、今の言葉ですと今回は本気で戦っていないという事ですか?」

 

「いいえ、本気では戦っていますよ、早紀江さん。それは実際に戦った私達が一番良く分かっている筈です。手を抜いた覚えはありませんし、マジノ女学院に対して失礼な戦い方はしていません。私が言っているのは、知波単学園が黒森峰女学園と戦う時に考えている方法とは全然違う戦い方をしたという事です。」

 

佳代の答えに、早紀江や節子も一応納得した。実際に自分達自身が戦ったが、たしかに手を抜いた覚えはない。しかし、わざわざ黒森峰女学園との戦いで考えている作戦をとらなかった事については、今一理由が分からなかった。どうせなら、マジノ女学院との練習戦で新戦術を試してみて、実戦で作戦の不備を見つけて、その不備を改善した方が良いのではないか、というのが二人の考えだったからだ。そして美紗子も同じ事を考えたのか、佳代に更に質問する。

 

「佳代ちゃん、黒森峰女学園に対する情報戦の一貫だという事は理解出来るけど、一度実戦で新しい戦い方を試した方が良かったのではないかな…。手の内を見せたくないというのは、なんとなく分かるのだけど…。」

 

「美紗子、手の内を見せないというより、私の指揮の癖を誤解させたいというのが、本当の目的だよ。」

 

「えっ?」

 

「いい美紗子。まだ私は高校生の戦車道では無名の一選手よ。そんな子がいきなり知波単学園の副隊長になったということで、必ず黒森峰女学園は私がどんな指揮官なのか、そしてどんな性格の子なのかを調査してくるはず。だから今回の私達の戦いを知ったら黒森峰女学園は思うでしょうね『新副隊長は、現在の隊長よりも攻撃的な指揮を取る』と。おそらくその情報を基に、私達との練習戦は作戦を考えてくるはずよ。でも、その情報が間違っていたら…。再来月に私達は黒森峰女学園に転校するけど、その時にダメ押しをするつもりだから、美紗子も気をつけてよ。それと早紀江さんや節子さんもね。私は攻撃的で突撃大好きな指揮官ということになっているからね?」

 

佳代の答えに美紗子達は唖然とし、ここまでやるか…と思っていたが、黒森峰女学園もおそらく佳代の言うとおり、佳代の性格などを調査しているはずだから、もう情報戦は始まっているのだという事で納得した。そして、自分達が実際に黒森峰女学園に転校した際、佳代の性格についてボロが出ないように気をつける事を、佳代に改めて約束し、その日の話は終わった。

 

そして佳代が考えていたとおり、その日のマジノ女学院との試合内容については、一週間も経たずに黒森峰女学園のなほ達も知る事となり、『知波単学園の新副隊長は、物凄く攻撃的な指揮官で、その思い切りの良さは現隊長の美紗子に勝るかもしれない』という評価を下す事となる。

 




学園艦物語では、練習戦において黒森峰女学園と知波単学園はライバル同士で、ほぼ互角の戦力を持っていることになっています。しかもお互いに練習戦では開校以来負けなしの状態で戦う事になるため、勝つためには何でもする!と考えている指揮官がお互いに存在しています。ということで、今回は知波単学園側が仕掛ける情報戦の話になりました。実際のところ、指揮官の性格や作戦の癖が分かっているだけでも、だいぶ有利に戦えると思うので、今回の情報戦の結果は後から効いてくるかな…と思います。

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