学園艦誕生物語   作:ariel

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第一回戦車道全国大会開始です。この時代はコンピューター判定や謎カーボン装甲などありませんので、砲弾は染料弾、判定は審判による目視ということで試合をしています。


第22話 対黒森峰女学園

1960年 8月下旬 大分県 日出生台演習場

 

いよいよ第1回戦車道全国大会が、ここ陸上自衛隊の日出生台演習場で開始されることとなった。この日、会場となった日出生台演習場には、戦車道にこれまで関わってきた人間は勿論のこと、各学園艦でテコ入れを行なってきた外国人もまた集まっており、一般客も含めかなりの人間が集まっていた。そして1回戦として、知波単学園と黒森峰女学園の試合が開始されようとしていた。そんな中、6月に知波単学園と練習試合を戦ったマジノ女学院の隊長パトリシアと副隊長のミシェルは、激励のために知波単学園の戦車整備場にやってきて、目を点にしていた。

 

「あ…貴方達、なんでこんな戦車を持ってきまして?いくらなんでも、この戦車では戦いにならないのではなくって?」

 

「そうですよ。私達との練習試合で使った戦車であれば、いくらドイツ戦車を使う黒森峰女学園が相手でも、もっと戦えるのではありませんか?」

 

隊長の村上早紀江と副隊長の高橋節子がやってくるや否や、パトリシアとミシェルが開口一番質問する。いくらなんでも九七式中戦車と九五式軽戦車で戦っては、勝てるものも勝てない。

 

「パトリシアさん、ミシェルさん、こんにちは。応援に来てくれてありがとう。うちは本戦ではこの戦車しか使えない事になっているから。でも、全力で頑張るよ。」

 

「お二人さんお久しぶり。この間は、私等を招待してくれてありがとうな。戦車の事なんだけど、これうちの学園が出来る前から決まっていてね。うちの流派の創始者である池田末男大佐の希望なんだわ。だから、私等は本戦は最後までこれで戦う事に決めてるんだ。」

 

早紀江と節子は、パトリシア達に説明する。パトリシア達も早紀江等の口から事情を聞いて、創始者が決めた決まりであれば守るしかないという事を知り、自分達と戦った練習試合とは事情が違うのだな…と思った。そして、自分達は不利な条件で聖グロリアーナ女学院と戦わなければならないが、早紀江等は自分達よりも更に不利な条件で戦いに望まなければならない事を知った。

 

「まぁ、決まりなら仕方ないですわね。私達マジノ女学院は観戦席から応援していますから、しっかり頑張ることね。無様な姿を見せたら、許しませんことよ。」

 

パトリシアは、一言だけ早紀江に告げると、ミシェルを連れて観戦席に戻っていった。

 

「普通に考えたらこんな戦車で戦うのは、無謀だと思うよな。」

 

節子は早紀江に言う。黒森峰女学園の陣容を知らされ、重戦車がティーガーIの一両だけである事は知っている。しかし残りのパンターや4号ですら、ゼロ距離射撃でも正面から装甲を打ち抜く事はほぼ不可能な九五式、そして多少マシではあるが九七式でも事情はそれ程変わらない。特甲弾を使ったとしても4号の正面装甲を撃ち抜くためには200mまで接近しなければならないし、パンターであれば側面でなければ撃破は厳しい。これに対して、相手は1500m付近からでも楽にこちらの正面装甲を撃ち抜いてくるだろう。

 

「たしかに、そうなんだけどね。でも、私等は一両でも多くの黒森峰女学園の戦車を撃破するためにここに来ているのだから、ベストを尽くしましょう。」

 

早紀江は自分の戦車に向かいながら、節子に答えた。

 

 

 

試合会場 知波単学園開始地点

 

 

知波単学園の試合開始地点には九五式軽戦車2両と、九七式57mm砲装備の九七式中戦車3両、そして一式47mm砲装備の九七式中戦車が5両、横一列の隊形で並び試合開始の合図を待っていた。また開始地点の近くには、知波単学園を応援するための観戦席が設けられており、知波単学園からやってきた生徒や住民、そして池田流の門下生、辻政信を始めとする旧帝国陸軍の軍人達が詰め掛けていた。

 

試合開始まで20分を切った頃、観戦席に見慣れない制服を着た女生徒達が楽器を手に入ってきて観戦席の一角に陣取った。その姿を見た辻は、『まるで、ナポレオン戦争の頃のようなフランス軍の軍服だな』と思いながら、おそらく以前練習試合で戦ったマジノ女学院の生徒達が応援に来たのだろうと考えていた。よく見ると、普通のマジノ女学院の制服を着ている生徒達も居るので、おそらくあの古めかしい制服を着ている生徒達は軍楽隊のようなものだろうなと思って見ていると、生徒達の演奏が始まった。それは帝国陸軍の軍人ならば必ず知っている軍歌だった。辻は、『たしかこの曲は、元々フランス人が作った曲だから、マジノ女学院の生徒達が演奏するにはピッタリで、試合開始前の士気高揚には丁度良い曲だな』と思い、歌を口ずさみ始めた。周りの旧帝国陸軍の軍人達や観戦席の他の人間も歌を口ずさみ始め、やがてその歌は観戦席全体に広がっていく。

 

「早紀江、なんか観戦席が凄く盛り上がってるぞ。パトリシアさん、うちを応援すると言っていたけど、まさかマジノ女学院の音楽科まで連れてきているとは思わなかったな。音楽科持ってるのは、マジノ女学院くらいだけど、やっぱり音楽があると盛り上がるな。」

 

「うん、他の戦車に搭乗している子達も、一緒に歌っているみたいだし、試合開始前に丁度いい士気高揚になるよ。後でお礼言わないとね。私等も参加するよ!」

 

早紀江と節子も、戦車隊の他の搭乗員や観戦席の人間達に混じって歌いだす。

 

『前を望めバ劔なり 右も左も皆劔

劔の山に登らんハ 未來の事と聞きつるに

此世に於て目の当たり 劔の山に登るのも

我身の爲せる罪業を 滅す爲に非ずして

賊を征伐するが爲 劔の山も何の其の

敵の亡ぶる夫迄ハ 進めや進め諸共に

玉散る劔抜き連れて 死ぬる覺悟で進むべし』

 

マジノ女学院の軍楽隊が演奏する『陸軍分列行進曲』により、知波単学園戦車隊の搭乗員達の士気と戦意が上がっていく。そして行進曲が終わると、知波単学園の観戦席の様々な場所から『知波単学園 万歳!』『頑張れよ~!』の声が聞こえてくる。搭乗員の士気が最高潮に達した事を確認した隊長の早紀江は、試合前の最後の指示を戦車隊に出した。

 

「今回の戦はこちらが圧倒的に不利、この戦力差ですから今回は作戦も何もありません。開始したら縦隊を組んで全車前進です。敵を発見したら縦隊から横隊に陣形を変更しつつ突撃します。一両でもいいですから、敵の戦列にたどりついてゼロ距離から主砲を撃ち込んでください。おそらく私や副隊長の節子は、突撃を開始したら直ぐに撃破されるでしょうが、怯まずに突撃を続けてください。私達が撃破された後の全体指揮は、生き残っている一番指揮順位の高い車長が取ってください。各車の健闘を祈ります。」

 

早紀江の指示に、各車から了解の返信がある。しばらくすると、信号弾が会場の中央付近で上がった。いよいよ試合開始だ。

 

「知波単学園戦車隊、全車前進!」

 

早紀江の合図で知波単学園の戦車は、隊長の早紀江の戦車を先頭に縦隊を作ると、前進を開始した。

 

 

 

試合開始後 黒森峰女学園 隊長車

 

 

「各車、パンツァーカイルの隊形で敵に向かって前進。敵よりもこちらの方が圧倒的に有利だが油断するな。敵を発見したら小隊単位で集中射撃を行なうように。小隊への目標割り振りは私が直接指示を出す。それでは行くぞ。Panzer Vor!」

 

隊長である西住なほは、黒森峰女学園の各車に指示を送る。これまで西住流では、集団行動や集中射撃の訓練に多くの時間を費やしてきたために、各車の連携は抜群だ。おそらく敵は自分達が弱い事を知っているだろうから、少しでもこちらの火力を分散させるために、各方角から分散して一気に突入してくるだろう。しかし小隊単位で集中射撃を実施すれば、例え各方面から突っ込まれても対応は難しくないだろう、となほは考えていた。流石のなほも、知波単学園が最初から勝負を捨てて全車で一斉突撃を仕掛けてくるとは考えていなかった。

 

なほの合図で、黒森峰女学園の戦車隊は、なほのティーガーIを先頭に見事なパンツァーカイルを作り、知波単学園の戦車隊が向かってくるであろう方角に向かって前進を始める。

 

「第二小隊は左翼の警戒、第三小隊は右翼の警戒、第一小隊は正面に気をつけつつ、前進。こちらの防御力と相手の火力を考えれば、余程近づかれない限り撃破判定は出ない。だから、敵を発見しても落ち着いて冷静に対処するように。」

 

なほは続けて各車に指示を出す。一番の問題は、初めての公式戦ということでこちらの搭乗員が緊張することだ。しかし相手の火力を考えれば、必ずこちらが主導権を握る事が出来る。したがって最悪の場合は、敵を発見したら全車停止して停止射撃に切り替えても良いのではないかと、なほは考えていた。そうこう考えていると、敵発見の知らせが左翼に配置していた第二小隊の四号戦車から知らされる。相手もこちらに向かって前進してきていたため、予想よりも早い接敵になったようだ。少し気になるのは、第二小隊からの連絡では相手が森から出てきたため、発見した距離が約1000mと比較的近い事だった。

 

「隊長、敵発見。敵は縦隊から横隊に陣形を変更しつつ突撃してきます。か…数10両。敵の全戦車です!」

 

「うろたえるな!第二小隊そのまま停止して射撃を実施せよ。目標、敵Anton群、左端のEinsから順に射撃開始。第1小隊のパンターはそのまま左転進して停止射撃。目標、敵中央部Berta群、中央の隊長車を狙え。これを撃破すれば敵の命令系統に打撃を与えられる。第3小隊は回り込みつつ左に転進、射撃目標は敵Caesar群、Caesar群の左端のSiebenから攻撃。慌てる必要はない。この距離で撃破判定は出ないから、落ち着いて一両づつ確実に撃破しろ。」

 

双眼鏡で、知波単学園の戦車隊が横隊に陣形を変更しつつこちらの左翼に突撃を開始した姿を確認したなほは、冷静に全車に指示を出す。まさか、後の事は何も考えずに一気に勝負に出てくるとは思っていなかったため、こちらの戦車隊にも動揺が見られたが、落ち着いて対処すれば何も問題ない。また中央で突撃してくる軽戦車には、ご丁寧にも砲塔の正面に①の白文字が見えるし、指揮刀を持った指揮官がキューポラから半身を出している。隊長車を誇示する事は士気を上げるために必要だとなほも考えているが、流石に今回の試合でこの白文字は無謀すぎる。真っ先に撃破して、相手の指揮統制を崩してしまえば、脅威にはならないだろう。

 

 

 

知波単学園 隊長車

 

 

「もらった!」

 

一気に黒森峰女学園との距離を詰めるために森を突破してきた知波単学園の戦車隊は、森を抜けた地点で黒森峰女学園の戦車隊と遭遇した。距離はおよそ1000m。当初の考えでは、森を抜けてからの突撃を考えていたため、距離2000m程で発見されるだろうと想定していたが、その半分の距離からの遭遇戦となった。こちらの有効射程距離である200m以内まで接近する時間が少しでも短ければ、それだけ生き残れる可能性が高くなる。距離1000mであれば、時間にして約1分30秒。相手の装填時間を考えると、数台の戦車は相手の戦列に突入出来そうだと早紀江は考える。早紀江は、キューポラから半身を外に出すと、本戦のために持ってきた短めの指揮刀を皮鞘から引き抜いた。

 

「全車、隊列を横隊に変更しつつ全速で突撃!進め!」

 

それまで縦隊で進んできた車列は、速度を上げつつ除々に横隊に展開を始め、そのまま黒森峰女学園の戦列にめがけて突撃を開始した。

 

「左に退避! 停止!」

 

早紀江の指示で、早紀江の戦車に急制動がかかる。次の瞬間、黒森峰女学園中央部に居るパンターの主砲が光った。

 

「初弾回避成功! そのまま突撃!」

 

「隊長、最右翼の九七式、撃破判定出ました。」

 

まだ9両残っている。そして残り800m。このまま行けば…と早紀江が考えた瞬間だった。早紀江の戦車に物凄い衝撃が襲う。

 

「知波単学園 隊長車に命中 判定 撃破」

 

ふと気づくと、敵の隊長車であるティーガーIの主砲から煙が出ていた。

 

「はぁ~、やっぱりこちらが避けた後の隙を狙っていたか…。」

 

早紀江は、自分が誰に撃破されたかを理解して、仕方ない…と肩をすくめる。周りを確認すると、自分の戦車の横をまだ生き残っている知波単学園の戦車隊が走り抜けて行く。どうやら指揮の混乱はなさそうだ…あとは、なんとか1両でもいいから撃破して欲しい、と早紀江は願っていた。

 

 

 

知波単学園 副隊長車

 

 

「隊長車撃破につき、副隊長の私が指揮を引き継ぐ。私が撃破された後は、最初の予定どおりに指揮権を引き継げ。撃破された車両の場所は、その左を進む戦車が埋めろ。」

 

早紀江の九五式軽戦車に撃破判定が出た事を確認した節子は、指示を出す。残り8両、まだ行ける。新人の子達の戦車もまだついて来ている。しかしここからは距離も縮まり、相手が停止射撃をしているため避ける事は難しくなるだろう。

 

「操縦士、出来るだけ進路を細かく変えて、少しでも狙いを絞らせないようにするんだ」

 

「了解、副隊長。」

 

そうこうしていると、再び敵戦車隊からの発砲の光が見えた。節子の右側の戦車に砲撃が集中する。

 

「副隊長、中央部分の九五式軽戦車に撃破判定、また、左翼部分と私達の右側の九七式中戦車の二両にも撃破判定です。」

 

残り約450m、こちらの生き残りは自分達を入れて九七式中戦車が5両。あと少しで、有効射程距離に入る。相手の射撃間隔を考えれば、こちらも一発くらいは撃てそうだ。

 

「副隊長!敵隊長車発砲!」

 

次の瞬間、節子の戦車に、もの凄い振動がやってきた。

 

「知波単学園 副隊長車に命中 判定 撃破」

 

「くそ!ここまで来て。一両だけ射撃タイミングをずらしていたんだ…畜生!」

 

節子は、あと少しと思っていた矢先に撃破されてしまったため、物凄く悔しがった。残っているチハは4両。指揮権は既に委譲されているが、節子は少し不安だった。今残っている戦車の中で最も指揮権が高いのは、例のマジノ女学院戦で活躍した問題児達のチハだ。流石にここまで来て無茶はしないだろうとは思いつつ、一抹の不安が残る。

 

 

 

知波単学園 第3小隊3番車 (最左翼)

 

 

「車長、残りは私達を含めて、旧砲塔が2両と新砲塔2両の4両。このまま行けば一発は撃てると思うけど、どれ狙う?」

 

「私のチハちゃんが、そう簡単にやられる訳ないでしょ!ついてきている3両に、このまま突っ込んで距離200mで正面に居る4号戦車を狙って撃つように伝えて。ただし、私達はまだ撃たなくていいから。」

 

現在、知波単学園の指揮をとる第3小隊の3番車の車長は、指示を出した。まだ4両残っている。当初の計画では、ここまで残りそうな戦車は1両か2両だったはずだ。それに比べれば残っている戦車は倍ある。敵の戦列に突っ込んでしまえば、相手も同士討ちを避けるために、そう簡単には射撃は出来なくなるだろう。3号車からの指示に従い、残っていた九七式中戦車が距離200m付近で射撃を開始した。

 

「ちょっと…ここまで来て外すな~」

 

行進間射撃であった事、そして本戦の独特の緊張感が漂う雰囲気も影響してか、撃った主砲弾は全て外れてしまう。残っていた戦車の中には新人隊員の操る戦車もあったため仕方なかったのだが、それでもここに来ての射撃失敗は痛い。

 

「敵の射撃来るよ、回避パターン『イ』、ここは腕の見せ所よ。操縦手、敵の隊長車の発砲だけは気をつけて。それだけ射撃タイミング違うから。隊長も副隊長もそれにやられてるから注意して。私のチハちゃん、頑張ってよ!」

 

車長が指示を出した瞬間、九七式中戦車は急な進路変更や急減速・急増速を始めた。また、それとほぼ同時に敵の戦列から射撃が始まる。

 

「よっしゃ~、避けきったわ!流石私のチハちゃん!」

 

「車長、敵隊長車の射撃も終了しましたが、こちらも私達以外全部撃破されました。残っているのは、私達だけです。」

 

黒森峰女学園からの射撃は、容赦なく知波単学園の残っている戦車に集中砲火を浴びせた。しかしその中でも3号車は、都合3発の主砲弾を避ける事に成功する。

 

「進路、敵中央に向けて! ここまで来たら大物を一つ喰ってやるわ。目標、敵パンターの二本アンテナ付き。体当たりするつもりで突っ込め~。 チハちゃん、バンザ~イ!」

 

「バンザ~イ!」

 

3号車は、黒森峰女学園の各戦車が装填を行なっている隙をついて、中央に展開していたパンターの車列に突っ込んだ。流石の黒森峰女学園の第1小隊も、体当たりも辞さない覚悟で突っ込んできたチハの勢いに驚き、急発進をするなど隊列に大きな乱れが生じた所を、副隊長車の側面に接近されてしまい、ゼロ距離射撃を許してしまう。

 

「黒森峰女学園、副隊長車に命中 判定 撃破」

 

その後、同士討ちも辞さない覚悟で撃たれた、周りの戦車からの集中射撃により最後まで残った3号車に撃破判定が出るが、非力なはずの帝国陸軍の戦車が、ドイツの傑作中戦車パンターDに撃破判定を与えるという前代未聞な出来事を生み出すこととなった。

 

 

 

試合終了後 中央観戦席

 

 

中央観戦席では、池田流と西住流の家元や師範クラスの人間、そして各学園の学園長や外国人教官、来賓として招待されている戦車道に関わってきた人間が、試合を観戦していた。今回は、試合が一瞬で終了してしまい少しあっけない幕切れとなったが、それでも日本人、とくに旧帝国陸軍に所属していた人間達は、未だ興奮の渦中にあり、ところどころで万歳の声が上がっている。

 

「かほさん、今回はうちの負けです。二回戦頑張ってくださいね。」

 

「いいえ、美代子さん。たしかに勝敗ではうちが勝ちましたが、まさかうちのパンターが九七式中戦車に撃破されるとは思ってもいませんでした。勝負としてはうちの負けです。」

 

池田流と西住流の家元である池田美代子と西住かほは、相手のことを称えあっていた。かほも、四号戦車が何両か撃破判定が出る可能性は考えていたが、まさかパンターが撃破されるとは思っていなかったため、この結果は予想外だった。しかし、黒森峰女学園を指揮していた孫娘のなほに落ち度はない。敵が全車突撃を仕掛けてきた時も、勢いに任せて相手に突撃などせず、停止射撃による集中射撃を実施した判断、自分の戦車だけはわざと射撃タイミングをずらし、知波単学園側の隊長車と副隊長車に次々と撃破判定を与えた指揮、どちらをとっても非の打ち所のない指揮だった。今回の件は、相手が一枚上手だっただけだ、とかほは考えていた。わざわざ試合を見るために再来日していたドイツ人教官達も同様の事を考えていたようで、口々に美代子に対して『池田流には、素晴らしい戦車乗りが居ますね』と、賞賛の言葉をかけていた。

 

「次の戦いですが、どちらが上がってきますかね?順当にいけば聖グロリアーナ女学院でしょうけど。」

 

美代子が少し話題を変えてかほに尋ねる。知波単学園はここで敗退したため、あとは試合の見学だけだが、黒森峰女学園はまだ戦いが残っている。おそらく順当にいけば、決勝戦は黒森峰女学園対プラウダ高校になるだろう、というのが大方の予想だった。

 

「そうですね、普通に考えれば戦車の性能を考えると聖グロリアーナ女学院でしょうけど、本戦という特殊な雰囲気下での試合ですからね…案外、池田さんの所と練習試合を戦って、少しでもその雰囲気を体験したマジノ女学院が勝ちあがってくるかもしれませんね。聖グロリアーナ女学院は、まだ対外試合をしていないはずですから。」

 

たしかにこの雰囲気に飲まれてしまうと、実力が出せなくなる可能性は高い。そして明日の第2試合のカードはお互いの学園の後ろについている国としては因縁の対決であり、その雰囲気は更に高まるだろう。明日も楽しみな対戦になりそうだ。

 

とはいえ今日のところは、まずは知波単学園の観戦席に行き、あそこまで頑張った選手を労わなければと思い、美代子はかほに挨拶をして中央観戦席を後にした。

 

 

 

試合終了後 知波単学園観戦席

 

 

「知波単学園 万歳!」

 

試合には負けたものの、知波単学園の観戦席の盛り上がりは凄かった。最後の瞬間、生き残った4両が黒森峰女学園の戦列に接近して3両が砲撃したものの、その弾が全て外れたときは、『あー』というため息が支配的だったが、そこからまさかのパンター戦車の撃破となり、その瞬間の知波単学園の観戦席は、歓声が爆発していた。マジノ女学院からやってきていた音楽科の生徒達も、普段であればフランスに関連している曲しか演奏しないのだが、思わず旧帝国陸軍の突撃ラッパのメロディーを鳴らしてしまった事からも、その興奮の度合いが計り知れる。

 

「佳代ちゃん、まさかチハでパンターを撃破するなんて、ビックリしたよ。やったのがあの問題児達というのは置いておいても、まさかあんな大物を撃破出来るなんて驚いたよ。」

 

「うん、私も驚いたよ。あそこまで行くと、作戦というより圧倒的な錬度と言ってもいいかな。もっとも、指揮権を上手に受け渡して行ったのは、早紀江さんのお手柄だと思うけど。それにしてもあれだけの錬度があると、あの状態でも敵の戦列に突っ込めるんだね…」

 

池田流の門下生である池田美紗子と西佳代も、驚きながら試合終了を迎えた。敗れたとはいえ今回の結果は、知波単学園や池田流、強いては帝国陸軍機甲科にとって大金星と言ってもいい。そして今年度の知波単学園には、あの錬度を持っている搭乗員は彼女達しかいないが、来年になると美紗子が現在池田流本家で率いている九七式中戦車の小隊4両が、これに加わる。来年は、今年以上に面白い戦いになりそうだな、と佳代は考えていた。しばらくすると、試合が終わった知波単学園の生徒達が戻ってきて、観戦席に向かってお辞儀をした。

 

「よく頑張ったぞ~!」

 

観戦席からは、拍手と共に歓声が沸き起こる。隊長である村上早紀江や副隊長の高橋節子は、予想通り勝つ事は出来なかったものの、相手の副隊長が搭乗する戦車を撃破する事が出来て満足そうな顔をしていた。そして、そんな二人の元にマジノ女学院のパトリシアがやってくる。

 

「貴方達、今日はなかなか面白い物を見せてもらいましたわ。明日は私達が貴方達に面白い物をお見せしますから、しっかり見ていらしてね。」

 

「パトリシアさん、私達は負けてしまったけど、明日は応援するから頑張ってね。」

 

「当然ですわ。私を誰だと思っていらして?それに、フランスはイギリスには負けません事よ」

 

それを聞いて早紀江は、『ワーテルローは…』と突っ込みを入れようと思ったが、折角ここまで応援してくれたパトリシアに今言う事ではないなと思い、違う言葉が口から出ていた。

 

「うん、楽しみにしているから、明日は絶対に勝ってよ。そして準決勝で黒森峰女学園に一泡ふかせてね」




流石に知波単学園の本戦の戦力で黒森峰女学園に勝つストーリーは作れません(笑)。当初は、4号戦車を2,3両喰わせようと思っていたのですが、パンターを1両撃破した方がインパクトはあるだろうなと思い、こちらにしました。次回は、予定では黒森峰女学園対聖グロリアーナ女学院orマジノ女学院の試合を、黒森峰女学園視点で書くと思いますが、ひょっとしたら外伝という形で、聖グロリアーナ女学院対マジノ女学院の試合を書くかもしれません。

マジノ女学院の軍楽隊ですが、音楽科を持っていたらこういう物を持っていてもいいかな…と思いました。軍楽隊の歴史はたしかオスマントルコから始まっていますが、現在のような形を作ったのはナポレオンだったと思うので、マジノ女学院には丁度いいかなと思い、登場させた次第です。フランスの行進曲は結構格好いいのがあるので、マジノ女学院の本戦の試合では出してみたいところです。ちなみに、今回マジノ女学院が演奏した『陸軍分列行進曲』(『扶桑歌』+『抜刀隊』)ですが、現在でも陸上自衛隊の観閲式などで使用されています。興味のある人はYoutubeなどで聞くことが出来ますので、一度どうぞ。
http://www.youtube.com/watch?v=TxpOj5ABAoQ

今回も読んでいただきありがとうございました。

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