訓練後 池田美奈子の居室
「師範、村上早紀江 入ります。」
訓練が終了した後、隊長の村上は師範の池田美奈子に呼び出され、居室に来ていた。また、副隊長である高橋節子も同行している。
「二人共悪いわね。そこにかけてちょうだい。」
美奈子は二人を迎えると、席を勧めた。どうやら説教ではなさそうだ、と呼び出された二人はホッとして席につく。ここに呼び出される前に、池田流で一緒に訓練していた仲間達は勿論、新しく知波単学園に入って戦車道を行う事になった仲間達からも、『いきなり、お説教なんだね…、隊長、ご苦労さまです。』と同情されていたため、この部屋に赴く足取りが非常に重かったのだ。しかし、どうやら呼び出された理由は違うようだ。池田流では、説教される時は、席になど座らせてもらえないのだから。
「まず、二人に伝えておく事があります。もう知っているかもしれないけど、5ヶ月後の八月の後半に第一回の戦車道の大会が開かれます。そこには、私達の知波単学園も含めておそらく八校程が参加する事になるでしょう。」
「エッ、八校も参加するのか?」
同席していた副隊長の節子が驚きの声を上げる。いつのまにそんなに戦車道を行うチームが増えたのだろうか、自分達が知っているのはせいぜい熊本の西住流くらいだ。
「えぇ、今後もっと増えるでしょうけれど、今回はたぶん八校でしょうね。まずは、熊本の西住さんの所、たしか黒森峰女学園と名乗っていたかしらね。それとアメリカの援助で出来るサンダース高校、ソ連の援助で出来るプラウダ高校など、各国が援助している学校があるの。これら全てが最終的に学園艦になる事が決まっているわ。」
「そんなにあるのですね。私ビックリしました。」
早紀江も初めて聞く話しだったようで、驚いていた。世間では、既にこれらの学校も今年最初の入学生を迎え入れていたため、それなりに知られていたが、ずっと池田流本家で訓練に明け暮れていた早紀江も節子も、知波単学園と、せいぜい西住流の事しか知らなかったようだ。
「それでね、これは私のお母様、つまり家元から聞いたのだけれと、最初の大会の対戦相手は、色々と政治的な思惑もあって、私達知波単学園は、西住さんの所の黒森峰女学園と当たることが内々で決まっているの。」
「えっ、いきなり西住流と戦うのですか?しかも、相手はドイツの戦車、こちらはチハとハ号です。それに、向こうは西住なほさんも居るのですよね?…ちょっと勝目はありませんよ。」
流石に隊長を任される事になっていた早紀江は、西住流の事はよく知っていた。向こうは、家元の直系の孫である西住なほが直接指揮を取るだろう、しかしこちらには美紗子も佳代も居ない。自分の指揮でどこまでやれるのか不安だった。
「いえ、流石にこの戦力差で『勝て!』とは、私も言いません。」
美奈子が笑って答える。美奈子とて、戦力差は分かっている。流石に九七式と九五式で勝てる相手ではない。まして、向こうの指揮官は十中八九、西住なほだろう。自分も一度だけ会ったことがあり、その訓練風景を見たこともあるが、カリスマ性はともかく、その采配能力は自分の娘である美紗子でも及ばないだろう。おそらく、こちらで彼女の采配と互角に戦えるのは佳代くらいしか居ないのではないか…。
「分かりました。しかし師範、うちの流派は『例え負けると分かっていても、無様な姿を見せるな。負けを恐れるな、名を惜しめ』の精神でこれまで頑張ってきました。例え負けるとしても無様な負け方をするつもりはありません。私達も新しく入ってきた子達も、精一杯頑張ります。それに、いくらドイツの戦車でも種類や距離によっては、チハでも撃破判定はもらえるでしょう。一両でも多く撃破してみせます。」
早紀江の答えを聞いて、美奈子は満足そうに頷いた。そう、この子は物凄く負けず嫌いな子だった。うちの訓練場では九五式軽戦車を普段乗り回していたが、自分よりも大きな戦車に負けた時でも悔し涙を流していた。この子なら、圧倒的に不利な知波単学園を率いても、池田流の、そして帝国陸軍戦車隊の意地を見せてくれるだろう。この子の祖父も絶望的な状況に屈する事なく戦車を率いて戦い、…そして散っていったのだから。
「そうだな隊長、向こうも新人が入って混乱があるだろうから、主要メンバーの練度だけならこちらも負けないさ。一泡吹かせてやろうぜ。」
副隊長の節子も同調する。この子は…お調子者でどうしようもない所もあるが、その底抜けの明るさは、周りをいつも明るくしてくれる。少し自分で背負い込みすぎる所もある早紀江にとっては、丁度良い補佐役になるだろう、と美奈子は内心で考えていた。
「そうね、二人とも頑張ってちょうだいね。そうそう忘れていたわ。公式戦はそうなるのだけれど、実はその前に練習試合の申込みが来ているのよ。なんでも、フランスが主導して作ったマジノ女学院という所からなのだけれど、二ヶ月後の6月頃にお願いしたいと来ているわ。相手も本戦前に、勝てそうな相手と練習試合をしたがっているようね。舐められているようだけど、練習試合だからこちらも全力でやりますよ。大丈夫ね?」
「大丈夫です、師範。それまでには、新しい子達の編成も含めて、戦える状態に出来ると思います。それにしても…練習試合ですか…楽しみですね。」
早速、あの四式中戦車を動かして戦う時が来たか…村上早紀江の顔には自然に笑みが浮かんでいた。
これより約二ヶ月、知波単学園は学園艦の始動に伴うゴタゴタもあったが、戦車道の訓練は急ピッチで進み、無事に練習試合の日を迎える事になる。練習試合の場所は、陸上自衛隊が管理している東富士演習場と決まり、知波単学園は一路、御殿場沖を目指して進んでいた。
まだ、第一部で出てきた池田美紗子や西佳代は出てきませんので、正直今の知波単学園は弱いです(笑)。ただ、流石にマジノ女学園には勝つと思いますし、黒森峰女学園とやりあっても『練習試合』なら、勝敗は別として面白い戦いをするかな…とは思いますが^^;
今回も読んでいただきありがとうございました。