学園艦誕生物語   作:ariel

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外伝2-2 ドイツにて

1954年4月 ドイツ 西ドイツ首都ボン

 

西住かほは、岸が渡りをつけてくれた元海軍中佐で戦時中は在独日本大使館で駐在武官補佐官をしていた藤村善郎と共に、連合国側が掌握しているドイツの中心地ボンに居た。藤村の都合もあり日本を出たのが約1ヶ月前。船と電車を乗り継ぎ、ようやくボンまでやってきたのだ。

 

ドイツは未だに連合国とソ連による占領下におかれ、各国の高等弁務官が行政などを取り仕切っている状態だった。しかし日本に居る岸が、駐米日本大使である井口貞夫と渡米している服部卓四郎を通してアメリカ政府に便宜を図るように打診した結果、アメリカの高等弁務官であるジェームズ・コーナントの助けを得られる事となり、西住と藤村は比較的楽にドイツ国内で動く事が出来るようになった。後に服部から話を聞くと、当時のアメリカ政府は日本がこれから行なおうとしている戦車道や学園艦に興味があり、日本には是非、未だにドイツに眠っていると思われるドイツ戦車を手に入れてもらいたいと考えていたようだ。

 

「西住さん、とりあえずドイツの戦車設計では重要人物であったポルシェ博士のご子息のフェリー・ポルシェ氏とのアポを取ってあります。会談は明後日ですが、明日の内にシュトゥットガルトまで行きますよ。」

 

「ポルシェ博士というと、あのポルシェ博士ですか?」

 

「えぇ、そうです。私も戦時中この国に武官補佐として居ましたし、終戦後は軍事産業の会社を興していますから…一応、それなりのコネクションがあるのですよ。ただし、ここから先は、西住さんの仕事です。ポルシェ氏がおそらく未だに所有している車両を手に入れられるかどうか…後はあなた次第ですよ。」

 

「分かっています、藤村さん。こうやって段取りを準備していただいただけでも、ありがたい話です。」

 

ティーガーやエレファントを設計したフェルディナント・ポルシェ本人は残念な事に1951年に亡くなっていた。しかしその息子や娘がポルシェ社を引き継ぎ、現在は自動車会社として再出発している。

 

翌々日 シュトゥットガルト  ポルシェ事務所

 

「ヨシロー、久しぶりですね。私の父は残念ながら亡くなってしまいましたが、ヨシローが私の所に今日訪問した事を知れば、喜ぶ事でしょう。」

 

「フェーリー、あなたの偉大な父上とは色々と楽しい思い出があります。終戦後、拘留中に色々とご苦労があったのでしょうね。亡くなった事を聞き、本当に残念に思います。」

 

藤村とポルシェはがっちりと握手した。戦時中、大日本帝国の駐独日本大使館で武官補佐官をしていた藤村は、ドイツの戦車に興味を持ち、海軍でありながらフェーリー・ポルシェの父、フェルディナント・ポルシェ博士と親交があった。そして、ある日自宅に招待された藤村は、そこで長男であるフェーリー・ポルシェ、そして長女のルイーズとも会っている。ドイツ敗戦直前、藤村は終戦工作のためスイスに移動したため、それ以来直接会う機会は無かったが、藤村が日本に戻り軍需産業の会社を設立してからは、連絡をとり続けていた。

 

「ヨシロー、今日は一体どうしてここに?いや、一応連絡では、ドイツの戦車が欲しいと言っていましたが、どういうことですか?」

 

「フェーリー、その件については、今回同行したこちらの西住かほさんから、説明があります。」

 

日本ではほとんど和装だが、流石にドイツで和装は目立ち過ぎるだろう、ということで珍しく洋装をしている西住かほが、フェーリー・ポルシェに頭を下げた。

 

「お初にお目にかかります、私、日本で戦車道という武道をしております、西住かほと申します。」

 

藤村の通訳を介して、ポルシェと西住の会話が始まった。かほはまず、日本の戦車道という武道について説明をした。女子供が戦車を動かす?たしかにこちらにも昔、Tank Game for Womenという遊びがあったが、あれがより大規模になったようなものか?と説明を聞いたポルシェは納得した。次にかほは、ドイツ戦車を使ってこれから戦車道を行ないたいとポルシェに話した。そして、もしドイツ戦車がまだ残っているのであれば、私達に使わせてもらえないだろうか、勿論購入という形で対価は払うと。しかし、ポルシェの答えはかほの期待していた物ではなかった。

 

「う~ん…西住さん、話は分かりますが、そもそもドイツに先の大戦中に使用していた戦車は、もうありませんよ。終戦後、全て連合国やソ連に持っていかれましからね…。あるとすれば、アメリカやソ連でしょう。ドイツ戦車は、次世代戦車の開発のためのテスト用に全て取られたのです。まぁ、それだけ優秀な設計だったのだと思いますがね。」

 

そうだろう…。かほもなんとなく、この回答は予想していた。たまたま日本の場合、松代に上手に隠し通す事が出来たため、まとまった数の帝国陸軍の戦車が試作車も含めて残っていたが、普通はそんな事はない。やはり、今服部が交渉中のアメリカに運ばれた戦車に賭けるしかないのだろうか。たしか服部からの連絡では、アメリカは自国の戦車を提供する意志がある程、学園艦計画に乗り気で、アメリカにあるドイツ戦車も渡してくれるような事を伝えてきた。こちらは無駄足だったのか…。

 

「ところで、西住さん?たしかその戦車道では、あなた方は日本の戦車と試合をするわけですよね?だとしたら、こう言っては失礼かもしれませんが、ドイツの戦車など必要ないのではありませんか?」

 

ポルシェは不思議そうな顔をして質問する。日本は先の大戦でそれ程優秀な戦車を送り出していなかったはずだ。そうであれば、わざわざドイツ戦車など使用しなくても、例えばアメリカの戦車でも問題なく勝てるのではないだろうか。西住流は勝ちにこだわる流派だと先程説明されたが、それにしても大げさすぎるだろう。

 

「いいえ、ポルシェさん。私が相手にする戦車は、日本だけではなく、アメリカの戦車もあるのです。実は、この話はアメリカに既に話していまして、アメリカは自分の国の戦車と教官を派遣して、アメリカ式戦車道を日本で行なう予定のようなのです。それに…おそらくこの動きが加速されれば、そのうち各国からも介入があるでしょう。…そう、おそらくソ連も。」

 

かほが、何気なく話した最後の単語に、ポルシェは反応した。ソ連か…。我がドイツの敵にして、戦車のライバル。もしその国が将来的に出てくるのであれば、日本戦車やイギリス戦車は勿論、アメリカ戦車でも太刀打ちできないだろう。太刀打ち出来るとしたら我がドイツの戦車だけだ。そして例え日本の試合とはいえ、ソ連に名誉が渡る事だけは、断じて許せない。ポルシェの腹は決まった。

 

「西住さん。私が先ほど言った、今はもうドイツにないのは『大戦中に使用していた戦車』です。私の父が、試作していた戦車が三両程、まだ私達の工場の倉庫に眠っていましてね…。本当は将来平和になったら、ポルシェ博物館でも作り、そこに飾ろうと思っていたのですが、ソ連に勝たせないという理由であれば、私の亡き父も喜んで戦車を提供していたでしょう。それに先ほどの説明では、第二次世界大戦で使用されていた、もしくは試作された戦車であれば良いのでしょう?うちに保管されている戦車は、使用はしていませんが、先の大戦時にはもう完成していましたから、問題はないと思います。さぁ、これから見に行きましょう。」

 

その言葉にかほは大きく頷いた。本物のドイツ戦車をこれから見る事が出来る。しかも、未使用のドイツ戦車。どの種類の戦車があるのかは行って見なければ分からないが、まさかI号戦車やII号戦車ではないだろう。ポルシェ博士が設計に関わった戦車であれば…。

 

フェーリーと藤村、そして西住は、ポルシェ工場の一角にある古い倉庫の前にやってきた。どうやらここにその戦車が保管されているようだ。フェーリーは厳重に施錠されている鍵を外し、倉庫のシャッターを上げていく。序々にシャッターが上り、倉庫の中に日光が差し込んできた。そこに置かれていた戦車の姿を見た西住は驚愕した。いや、藤村も驚愕した。そこには、まるで小山のような塊が三つあったのだ。

 

「ポルシェ博士のティーガーI、エレファント、それに…八号超重戦車マウス…」

 

藤村善郎は、戦車に興味があった人間とはいえ帝国海軍の元軍人だ。流石にドイツで使用されていた戦車全てを把握していない。まして、史実では二両しか完成しなかった超重戦車のことなど全く知らなかったが、その大きさから尋常な戦車でないことだけは理解できた。帝国陸軍が使用していた戦車とは比べ物にならない大きさだ。流石に、西住流の家元である西住かほは、マウスの存在は知っていた。しかし、あの戦車は全て大戦時に失われたはずだ。何故それがここに…

 

「ポルシェさん、あれはマウスだとお見受けしますが、何故あれがここにあるのでしょうか?全て大戦の際に破壊されたはずではなかったのですか?」

 

かほの話が藤村によって翻訳されると、フェーリー・ポルシェはニヤッと笑ってかほに答えた。

 

「西住さん、私の父はよく言っていました。『優秀な技術者は、必ずその設計や計画に余裕を入れておくものだ』とね。ここにあるマウスを始めとする各戦車は、そんな父の計画の余裕が作り出した員数外の車両なのです。」

 

いや、いくら何でも計画に余裕を持たせすぎだろう…と軍人であった藤村は思った。もっとも、フェルディナント・ポルシェ博士の事を思い出すと、あの人ならそれくらいの無茶は平気でやるだろうな…とも思い出したが。西住かほは軍事計画の事はよく分からないためフェーリーの話を聞いても、そんなものかとしか思わなかったが、まさかここにマウスがあるとは考えてもいなかった。マウスは先の大戦で全てソ連によって撃破されたと考えていたかほは、今でも残っているとは考えた事もなく、先に岸や服部に提出していた要望書にもマウスは入っていなかったのだ。

 

「さて、西住さん。私としては、このマウスも含めて三両ともそちらに提供する意志があります。ただ二つ条件があります。」

 

「なんでしょうか、ポルシェさん。」

 

ポルシェはこれら三両全てを、条件次第でこちらに渡してくれると言っている。次の自分の返答は重要になるだろう…かほはポルシェがこれから出してくる要望に身構えた。

 

「一つは言うまでも無い事です。これだけの強力な装備を提供するのです。ソ連の戦車は確実に撃破してください。これは亡き父の希望でもあると思います。我々の偉大なるドイツの戦車がソ連の戦車に敗れる事など、あってはならない事ですから。」

 

「勝負は時の運もあるでしょうから、全勝となるとお約束出来ないかもしれませんが…これだけの装備を提供してくれるのです。ソ連の戦車に遅れなどとりません。西住流の名にかけて、必ず叩き潰します。」

 

かほは、力強く答えた。そう、マウスは整地でも最大時速は20km/h…機動力はほとんどないが、重装甲そして55口径128mm砲という空前絶後の重火力。例えソ連の戦車道と将来戦う事になったとしても、決して遅れを取るような事はないだろう。かほの力強い回答を聞き、フェーリーも安心したのだろう、少し笑みを浮かべた。

 

「勿論、流石の私も、某総統のように全て勝て!などとは言いませんよ。その回答で十分です。ただ、もう一つの条件が問題でして…。西住さん、マウスもそうですが、今後あなたの手元には、アメリカやイギリスが鹵獲したかなりの数のドイツ戦車が集まるでしょう。しかし、ドイツの機甲戦術は再現出来るのですか?私の危惧しているのは正にそこでして…もう一つの条件は、ドイツの正式な機甲戦術を取り入れて欲しいという事なのですよ。」

 

「それは…」

 

この要望にはかほも直ぐには回答出来なかった。自分達がこれまで行なってきた戦車道は、日本の機甲戦術をベースにした戦い方。ドイツの機甲戦術とはおそらく全く異なるものだろう。日本陸軍が研究のために、部分的にドイツの戦術資料は戦時中に手に入れていたとは思うが、終戦からだいぶ経過した今でもそれは手に入るのだろうか…。そんな西住の不安を理解したのだろうか、フェーリーはある提案を口にした。

 

「西住さん、折角こうやってドイツまで来たのです。よろしかったら、私が何人かドイツの機甲戦術を教える事が出来そうな人間を紹介しましょうか?」

 

「是非、よろしくお願いします。」

 

フェーリーの提案はかほにとって渡りに船だった。折角ドイツまで来ているのだ。もしドイツの機甲戦術を教える事が出来る人間を紹介してもらえるなら、駄目元で日本に来てもらう事を頼んでみよう。そうすれば、自分の流派は名実共にドイツの技術を全て受け継いだ流派に生まれ変わる事が出来るだろう。

 

「フェーリー、人を紹介してくれるというのはありがたいんだが、君にそんな伝があるのか?

「いやヨシロー、正確には私の伝と言うよりは、親父が残してくれた伝だよ。二人は生粋の戦車乗りで最後まで生き残った人間。実践的な技術などはこの二人に聞いてみるといい。それともう一人紹介出来るのだが、こちらは超大物だよ。なにせ旧国防軍の上級大将閣下だからね。」

 

かほは驚いた。実際の戦車乗りを紹介してもらえるのはありがたい。しかも終戦まで生き残った戦車乗りであれば、その能力は折り紙つきだろう。また、機甲戦術を教えてもらうため、指揮官クラスを紹介してもらえるだろうとは思っていたが、まさか将官だとは考えていなかった。まして上級大将と言えば、軍団長クラスの大物だ。

 

「ポルシェさん、何から何まで本当にありがとうございます。ところで、紹介していただける方とは、どのように連絡を取れば良いでしょうか?」

 

「西住さん、ソ連を倒すためであれば、これくらい問題ありません。紹介する三人は私の方から連絡します。貴方方はボンに滞在されているとの事ですから、ボンで会うのが一番良いのではないでしょうか?三人とも西側に居ますから、ボンであれば比較的移動も楽ですし、貴方方のその後の事を考えるとボンで会った方が良いでしょう。」

 

その後の事?西住は少し疑問に思ったが、とりあえずは会って交渉する事が先決だと思い、フェーリーの申し出をありがたく受ける事に決めた。

 

ポルシェから受け取る戦車三両は、藤村が責任を持って船で日本に運ぶ事が決まった。ポルシェ博士の残していた戦車が手に入り、上手く行けば教官まで手に入る。自分がドイツまで来た甲斐はあった…とかほは確信した。後に、とある事情から、この時手に入れた戦車の内、ポルシェ式ティーガーIは大洗女子学園という新設学園艦に譲度される事になるが、エレファントとマウスは西住流が関与する事になる学園艦「黒森峰女学園」の主力戦車として長きに渡り使用されることになる。

 




マウスはたしか2両試作しており、そのうちの1両は現在モスクワのクビンカ戦車博物館にあったと思います。ということで、何処からか新しいマウスが出てこない限り、黒森峰はマウスが使えないわけで…。そんな事もあり、設計者であるポルシェ博士のところに一両まだ残っていたという形にしてみました(相変わらず無理がある…><)。やはり、これくらい無理しないと、アニメの設定には持っていけられませんね^^;

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