学園艦誕生物語   作:ariel

15 / 85
外伝1 忘れ形見

1958年 10月 愛知県 豊橋市 池田流本部

 

月日は流れ、学園艦一号艦の進水式が目前に迫ってきた。既に鈴鹿の巨大建造ドックにはそびえ立つような学園艦の勇姿を見る事が出来る。当初は空母型艦艇の内部に居住区域などを設け、飛行甲板部分は完全に平面にして戦車道の訓練区域にする予定だったが、その後の様々な研究から、甲板部分には訓練区域だけではなく、街その物を造る事に変更があった。なんでも、人間は太陽を見ずに生活する事は精神的に厳しい事が解明され、なるべく陸上と同じような生活環境を維持する必要があるとのことだ。

 

計画では知波単学園を載せる学園艦一号艦の進水式は来年の3月、そしてその後、学園の建物及び町並みの建築を急ピッチで行い、知波単学園の第一期生の受け入れは、1960年度より開始される事が決定していた。またそれに合わせて第一回の戦車道全国大会も1960年に開催される事が決まっていた。学園艦自体は1960年時点では知波単学園しか存在していないが、既に各国のテコ入れで様々な場所で戦車道が組織され、第一回大会には、旧連合国などのサポートを受けた戦車チームが幾つか参加する事が確実視されている。各国共にお互いのプライドが刺激されたようで、かなりのテコ入れが行われていたが、中でもソ連とアメリカの二カ国は資金面でも人材面でも非常に大きなバックアップを行っていた。これについては計画当初、服部卓四郎や辻政信が想定したとおり、両国共に完全な代理戦争として意識している事が原因であると考えられる。

 

そんな中、池田流の本部を老婦人と孫娘と思しき二人が辻と共に訪れた。家元の池田美代子と師範代の美奈子は見知らぬ老婦人の姿に困惑したが、同席している孫娘と思しき少女の目つきを見て考えを改めた。自分の孫娘とおそらく年齢はそれ程変わらないだろう。しかし、視線の強さが普通ではない。この子は只者ではない…自分の孫娘以上の意思の強さが感じられる、と美代子は感じていた。また、辻が連れてきたのだ。おそらく戦車道に関係していることだろ。

 

「お初にお目にかかります。私、西と申します。戦時中は満州で池田さんの御主人に、私の主人が大変お世話になりました。今日は、是非私の孫娘を池田流に入門させたいと思い、こうやって連れてまいりました。どうぞよろしくお願い致します。」

 

老婦人が美代子に頭を下げた。それを見て少女も頭を下げる。

 

「美代子さん、硫黄島で戦死した西竹一大佐の奥さんとお孫さんです。西は私の友人で、この計画の発案者でもあります。また本人の希望として、自分の子孫に戦車道を行わせたいというものがありましたので、是非受け入れてやってもらえないでしょうか?これまで、色々と大変だったようですがようやく落ち着いたようで、つい先日私の所に来まして、今日はこうやって池田さんの所に連れてきました。」

 

辻が美代子に言う。西家は旧華族の家柄であったが、戦後の混乱時にかなり大変な事になっていたようだ。そのゴタゴタもようやく解決し、こうやって池田の元にやってくることが出来た。孫娘に戦車道をさせたいという話は、夫から硫黄島に赴任する前に聞いている。夫の最後の希望を叶えてやることが、自分にとって最後の仕事だろう…そう西は考えたようだ。

 

「西さん、頭を上げてください。こちらこそ、西さんがこうやって来てくれたことは、本当に嬉しく思います。おそらく私達の亡き主人達も、ようやく夢が叶ったとあの世で安堵していることでしょう。こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。美奈子さん?美紗子を直ぐにここに呼んでください。」

 

美奈子は訓練場で戦車を動かしているであろう美沙子を呼びに席を外した。美代子は西が連れてきた少女の方を向くと微笑みながら質問をした。

 

「お嬢ちゃん、名前を教えてもらえますか?」

 

「西佳代と申します。これから、どうぞよろしくお願い致します。」

 

自分の孫娘よりもしっかりしていそうだな…と美代子は感じた。佳代は今年で12才、自分の孫である美紗子より1才年下だ。このまま行くと、知波単学園の三期生になるだろうな…と美代子は考えていた。しばらく歓談していると、美奈子が美紗子を連れて戻ってきた。

 

「御祖母様、お呼びと聞きました。何でしょうか?」

 

「美紗子、ここに居るのは西佳代さんです。これから一緒に戦車道を行う、あなたの仲間になる子ですよ。あなたの方が年上なのですから、しっかり面倒を見てくださいね。丁度良い機会ですから西さん、これから戦車に乗ってみませんか?習うより慣れろとも言いますし、西さんの適正も見たいですからね。それと、今日からはこの家に住み込みで頑張ってもらいますよ。西さんと同じ年齢の子も何人か一緒に生活していますから、寂しくはないと思います。どうですか?」

 

「よろしくお願いします。」

 

普通は、この年頃の女の子は、親元から離れるのを嫌がるはずなのだが…と美代子は思ったが、おそらく祖母や辻からそのような話を既にされていたのだろう、そう納得した。

 

「佳代ちゃん、おいでよ。一緒に戦車動かそうよ。私は、そこに居る御祖母様の孫で池田美紗子といいます。美沙子と呼んでいいよ。」

 

祖母の話が終わったと感じた美沙子は、佳代を連れて部屋から出て行った。4年後、知波単学園の戦車隊隊長と副隊長となる二人の少女は、こうして道が交わった。

 

 

 

同日 池田流 戦車訓練所

 

 

「佳代ちゃん、どの戦車乗ってみる?私はずっとこの小さなチハに乗ってるんだけど。」

 

「…あの大きな戦車に乗る。」

 

「あ~、あれね…、ふ~ん。」

 

佳代が指を指したのは、試作五式砲戦車ホリだった。美紗子がどれだけ母に頼んでも、乗る許可が出なかった戦車だ。今は母もこの場に居ないから問題ないか、と考えた美紗子は五式砲戦車をいつも整備している整備長のところに行き、新しく来た女の子をこの戦車に乗せると言った。

 

「お嬢さん、それはあまり感心しませんね…。また師範の美奈子さんに怒られますよ。」

 

そう、ある時美紗子は、母の美奈子が居ない時を見計らって、五式砲戦車を動かそうとしたことがあった。しかし結果は、今話している整備長に見つかり、挙句の果てには母への告げ口によって、美紗子とそのチーム4人全員が翌日の訓練で地獄を見た記憶がある。

 

「う~ん。でも、私が乗るのではなくて、あの子が乗るのよ?新しく来た子なの。」

 

「しかし美紗子お嬢さん、あの戦車は初心者には…一体誰なのです?」

 

「えっとね…西佳代ちゃんと言うのよ。今日から家で住み込む事になるの。」

 

「…西?」

 

その名前を聞いて、整備長は驚いた。ひょっとして、あの西隊長のお嬢さん、いやたぶんお孫さんか?西竹一の戦車第26連隊は、一時期満州防衛の任を帯びていたため、自分達、四平満州戦車学校の教官は、西に様々な面でお世話になっている。まさか…本当にお孫さんなのか?

 

「すいません、お嬢さん。ひょっとしてお嬢さんの御祖父さんは、西竹一大佐でしょうか?」

 

「え?ええ。御祖父様は、西竹一陸軍大佐です。前の戦争で戦死してしまいましたが。」

 

それを聞いた整備長の目は驚きで大きく開いた。そして我に返ると大声で怒鳴った。

 

「整備員集合!」

 

整備長の怒鳴り声に整備を担当していた人間が駆け足で集まってくる。

 

「整列!二列横隊!」

 

流石に元帝国軍人である整備担当の人間は、整備長の号令に従い瞬時に二列横隊を作った。

 

「いいか!ここに居るお嬢さんは、あの西連隊長のお孫さんだ。今日から池田流戦車道に入門し、ここで戦車に乗るという事だ。いいかお前等!整備不良の車両など渡してお嬢さんに怪我などさせたら勘弁しねぇぞ。気合入れて整備しやがれ!」

 

「ハイッ!」

 

「声が小せぇ!」

 

「ハイッ!!」

 

「よし、整備かかれ!」

 

整備員は各所に散っていったが、あまりにも迫力ある姿に美紗子は勿論、佳代も呆然としている。そうしていると、整備長が笑顔でこう言った。

 

「佳代さん、あなたの御祖父さんは、我々日本の戦車乗りにとっては英雄だ。美紗子お嬢ちゃんの御祖父さんは神様だけどな、ハハハ。その英雄さんのお孫さんが来たからには、俺達整備員も気合が入るってもんだ。お嬢ちゃんが、ホリ車に乗りたいなら問題ねぇ。乗ってみな。ところで美紗子お嬢ちゃん、あと5人どうするんだ?ホリ車は車長も入れて6人居ないと動かんぞ。」

 

「九五式軽戦車の三号車と四号車に乗っている子達に乗ってもらうわ。元々あの子達は、ホリ車の訓練を受けているはずだから、問題ないでしょう?佳代ちゃん、あなたが車長やるのよ。でも、経験はあるの?」

 

「一応、御祖母様が戦車道少しやっていたみたいだから、少しは聞いてます。本物は初めてだけどね。」

 

なるほど、ほとんど初めてに等しいわけね…、それなのにこんな大きな戦車選ぶなんて…本当に大丈夫かしら、美紗子は少し心配になったが、一緒に搭乗する九五式軽戦車の乗員はベテランだ。佳代の補佐は問題ないだろう、と気を取り直した。

 

「佳代ちゃん、折角だから試合形式で遊ぶよ。佳代ちゃんの相手は私の小隊の四両。佳代ちゃんにも自分が乗る五式砲戦車に九七式中戦車三両つけてあげる。」

 

この時の美紗子の心は純真とは正反対だった。(こんな初心者相手なら、九七式中戦車でも五式を撃破出来る。私の小隊の錬度を考えれば直近まで接近できるはず。接近さえしてしまえば…)

 

「え、いきなり試合?分かりました、頑張ります。」

 

しかし、佳代も心に期する物があったようだ。(たしかに、私は実際の戦車に乗るのは初めて。でも、御祖父様の残してくれた帝国陸軍の戦闘教義は全て読んでいる。向こうは完全な初心者だと思って私を甘く見てるようだから…教育してやる。)

 

「それじゃ、1時間後に試合よ。佳代ちゃんのチームになる子、今から呼んで来るから。それと、整備長さん!審判の準備お願い。あと試合用の染料弾も準備してね。」

 

そう、この時代の戦車道は後の世のようなコンピューター判定ではなく、染料を仕込んだ弾を打ち合い、戦車に着弾した際に付着した染料の場所、弾を打った場所からの距離などを鑑み、審判が目視で撃破判定を下すルールになっていた。そのため、審判もそれなりの数が必要となり、試合を行なうための準備は結構大変な時代であった。

 

「美紗子さんから頼まれたのだけど…あなたが小隊長さんね。まさか、美紗子さんの小隊と戦う事になるなんて、どうしよう…」

 

「えっと…西佳代です。今回は私が小隊長をするように言われていまして…どうぞよろしくお願いします。ところで、美紗子さんの小隊は、そんなに強いのですか?一応、戦車の力は、こちらに五式砲戦車がある分、上だと思うのですが…」

 

美紗子は今回の試合を行なうために、佳代に九七式中戦車を操縦する三チームの搭乗員を紹介すると、すぐに自分の小隊のところに戻っていった。佳代が指揮することになる小隊のメンバーは、美紗子から急に佳代の指揮下に入るように命令され物凄く戸惑ったが、佳代の実力を見るためと説得され、美紗子の指示に従った。

 

「えっとね…佳代さん。弾が当たらないのよ、美紗子ちゃんの小隊は…。弾が当たらなければ、いくら五式が強力でも勝てないでしょ?あの小隊のメンバーはずっと同じ車両で固定だからチームワームも抜群だし、弾を避ける…というより、こちらのタイミングを外す訓練をよくやってるから、とにかく当たらないのよ。」

 

佳代の小隊に組み込まれるチハの車長をやっている少女がそう答えた。なるほど、そういうことか…。

 

「もし、…仮にだけど、弾を避ける方向が分かっていたら当てられる?向こうは追加装甲使ってるけど、こちらのチハも48口径47mm砲でしょ?たぶん800mなら撃破判定が出ると思うけど、この距離で撃ったとして、避ける方向が分かっていれば確実に当てれるかしら?」

 

西は自分の小隊のメンバーに確認をする。この返答によっては、一方的な戦いにする自信はある。

 

「流石に私達でも、避ける方向さえ分かっていれば確実に当てるわ。」

 

三両のチハの砲手達はこぞって答えた。これまで自分達も必死に練習してきたのだ。流石に美紗子の小隊には及ばないまでも、自分達も池田流の中ではベテランと呼ばれても良い人間だという自負がある。

 

「分かった。それならなんとかなる。いい?旧帝国陸軍の戦闘教義どおりであれば、小隊は縦10m横5mの菱形の隊列で突撃してくるわ。先頭車両は小隊長車。美紗子さんが直接乗っているこれを撃破するのは、たぶん困難でしょう。私達が最初に狙うのは菱形の一番後ろの戦車よ。まず、私達五式砲戦車が先頭車を狙って射撃します。この時、わざと角度を少しだけつけるつもりだけど、向こうは間違いなくこちらの大砲の微妙な射角のズレに気づくわ。そうしたら、ズレとは逆方向に先頭車は退避行動を取るでしょうね。しかし、一番後ろの戦車は先頭車と同じ方向には逃げられない。となると、一瞬とはいえ逆方向に動くわ。その瞬間を狙って三両で同時攻撃。これで一両は撃破出来る。五式の次弾装填は装填手が二人居るけど時間がかかる。だから、接近前に打てるのはおそらく二回。最後方の戦車が撃破されて怯んだ車両があれば、それを次に集中的に叩く。うまくいけば四対二の体制にもっていけるわ。そうしたら、あとはあなた達三両で一両を潰して。私達五式は敵の隊長車と対峙するから。流石に三両がかりなら相手の一両叩けるよね?」

 

佳代は一気に作戦を説明した。避ける方向さえ分かっていれば敵に確実に当てれる。三両の戦車のメンバー達はひょっとしたら本当にこれで勝てるかもしれない…と思い始めていた。自分達も一度くらいは美紗子の小隊に勝ってみたい。今回それが適うかもしれないのであれば…

 

「分かったわ西さん。それで行きましょう。今回はあなたが小隊長なのだから、私達はそれに従う。それに…その作戦面白そうじゃない。」

 

佳代の小隊メンバー達は、各自自分の戦車に搭乗するため、移動していった。佳代は自分の戦車を動かす事になるメンバーに頭を下げる。

 

「今回はよろしくお願いします。」

 

「佳代さん、さっきの作戦すごくいいと思ったよ。この戦車の事は私達が頑張るから、今回の練習試合勝とうよ。こちらこそよろしくね。」

 

五式砲戦車の砲手を務める少女が佳代に言った。

 

「操縦は任せて、九七式の弾なら、この五式砲戦車の正面は抜けないわ。もし一対一の状態になったら、必ず私が正面で対峙できるようにするから、任せて。」

 

操縦手を務める少女も力強く言う。佳代は一つだけ自分の作戦に希望的観測がある事を承知していたが、このメンバーならなんとかなるかもしれないな…と思ってきた。そう、最初の一両は撃破出来たとしても、次の一両の撃破は完全な運任せなのだ。もし、次の一両が撃破できず四対三の状態で接近されたら…おそらく錬度で圧倒的に勝る美紗子の小隊にやられる可能性があったのだ。

 

「あらあら、戦車を動かすと言って出て行ったと思ったら、もう試合をやらせるなんて…あの子もセッカチね。誰に似たのかしら。」

 

美代子は美奈子に微笑みながら話した。

 

「きっと、御母様に似たのですわ」

 

美奈子が切り返す。整備長から、佳代が五式砲戦車に乗ると聞いた時は驚いた。さすがに、美紗子がいきなり試合を申し込んだ事を聞いたときには呆れたが。

 

「おやおや、いきなり池田対西の戦車道の試合ですか。旧帝国陸軍の参謀をしていた私としては、これは好カードですね。西さん、お孫さん、本当の意味での素人ではないのでしょう?」

 

辻が混ぜ返す。

 

「一応、旧帝国陸軍の戦闘教義は読んでいますし、私の夫が纏めた戦技書も読んでいますから、作戦だけならなんとかなるでしょうね。」

 

四人が色々と話しながら見ていると、審判の旗が揚がった。いよいよ試合が開始したようだ。

 

「美紗子戦車小隊、前進!」

 

キューポラから上半身を出していた美紗子が、五式砲戦車が待機していると思われる方向に向かって手を振り下ろした。その瞬間、美紗子率いるチハ四両は綺麗な菱形隊形を取り、前進を開始した。

 

「砲手、初弾の射撃は、私達の小隊の九七式が確実に相手を撃破できる距離である800mまでは我慢して。目標は、指示どおり先頭の隊長車。ただし射撃角度は、対象に直撃させるつもりで、向かって右に少しだけずらす事。射撃タイミングは砲手に任せるけど、必ず射撃前に言うように。通信手、射撃のタイミングを各車に遅滞なく伝えて。小隊各車の射撃目標は最後尾の九七式。退避予測方向は向かって右側。」

 

「了解」

 

美紗子の小隊が隊列を維持したまま佳代の部隊に向かって突撃を続けている。時々、五式砲戦車の射撃を警戒してか、タイミングをずらすような機動を混ぜつつ、ほぼ一直線に突っ込んでくる。

 

「目標まで残り約1000mか…。意外と慎重ね。でも、そろそろ撃ってきそうね。」

 

美紗子が双眼鏡で確認すると、五式砲戦車の砲塔はピタリこちらを睨んでいる。…いや、心なしか左方向に射角がずれているような気もする。いずれにせよ、間違いなく直撃弾を叩き込んでくる体制だ。後は向こうの砲撃タイミングを見計らってタイミングをずらして回避するだけ。

 

「目標850m、依然直進してきます。距離800mにて砲撃を開始します。」

 

「通信手、僚車に連絡。五式は予定どおり距離800mで砲撃を開始する。以上送レ。」

 

「通信手、了解。」

 

佳代の五式砲戦車は砲撃準備態勢に入った。また通信を受けた小隊の各車両も佳代の指示に従い、美紗子小隊の最後尾車を狙うべく照準合わせを開始した。射撃タイミングは一瞬。最後尾の車両が退避行動を取った瞬間を狙って退避予測地点に三両が全弾を叩き込むのだ。

 

「距離800m 射撃開始。」

 

 

 

「今よ!急速回避 右!」

 

「小隊長車 右回避確認、急速回避 左!」

 

 

 

「目標、敵最後尾、退避予測向かって右。撃て!」

 

佳代小隊の三両のチハから撃たれた弾が、美紗子小隊の最後尾の車両を捉えた。

 

「砲撃有効!美紗子小隊四番車 判定、戦闘不能!」

 

審判の赤旗が揚がる。

 

「えっ?」

 

一瞬の間だが、美紗子は驚愕する。まさか、自分が鍛え上げた精鋭の小隊が、初心者の指揮する小隊にやられるなんて。美紗子小隊の残った二両も最後尾がやられた事によって、一瞬の隙が生まれ、回避行動を忘れてそのまま直進してしまった。通常であれば最もやってはいけない戦闘機動だが、未だ13歳の美紗子達が、これまで無敵を誇ってきた一角をたやすく打ち抜かれたショックは大きかった。

 

「副砲射撃準備、目標向かって右側の戦車。距離500で射撃開始。装填手、主砲弾装填急げ! 通信手、小隊各車は各個に敵向かって右側の戦車に射撃を集中せよ。送レ」

 

佳代の指示が続く。まずは最初の作戦は成功だ。どうやら敵は未だショックから立ち直っていない。畳み掛けるなら今だ。敵の最後尾車が打ちぬかれておよそ30秒後、美紗子小隊の左側を走る二番車に砲撃が集中した。

 

「砲撃有効! 美紗子小隊二番車 判定、戦闘不能!」

 

審判の赤旗が更に揚がる。

 

「あらあら、これは駄目そうね。美紗子は油断したようね。後からきつく説教が必要だわね。それにしても、西さん相当やりますね、お母様。」

 

「そうね、美紗子には良い薬になるでしょう。それにしても、これが初めての戦闘指揮とは思えないわね。これは思わぬ拾い物をしたかもしれないわ。」

 

美代子と美奈子は試合を見ながら話している。孫娘の技術は決して劣っていないだろう。実際に五式の砲撃をかわした腕前は見事だった。もっとも、その避ける所まで作戦に組み込まれていたのには驚いたが。これから西は美紗子にとって、同じ流派の中に居る丁度良いライバル関係になるだろう。

 

「なんてこと…この私の小隊が一気に半減するなんて…もう怒ったわよ。三番車!援護よろしく。五式だけは撃破してやるわ!」

 

「了解、隊長。」

 

 

「残りは作戦通り二両。通信手、小隊各車に連絡。天佑を確信し全車突撃せよ。目標、敵三番。五式はこれより敵一番と一騎打ちに入るため手出し無用。送レ」

 

佳代の小隊を形成する残りのチハ三両は、美紗子の小隊の一両に向かって突撃を開始した。流石に三両がかりならば、いくら錬度の高い美佐子小隊の戦車相手でも負ける事はない。使用している戦車は全く同じである以上、数の力はそのまま出てくる。しかし、流石は家元の孫娘が指揮する小隊の戦車だけあって、この圧倒的不利な状況下に置かれても、佳代の小隊の戦車を一両道連れにした。

 

「砲撃有効! 佳代小隊二番車 判定 戦闘不能!」

 

「砲撃有効! 美紗子小隊三番車 判定 戦闘不能!」

 

本来であれば、佳代の小隊は残り三両、美紗子の小隊は小隊長車である美紗子の戦車が一両になった以上、数に物を言わせて一気に畳み掛けるのが定石だ。しかし佳代にも欲が出てきた。家元の孫娘である美紗子の実力を見てみたい。この圧倒的不利な状況下で五式を相手にどうやって戦うのだろうか…

 

「ふ~、完全に私の負けね。まいったわこれは。でも、最後の意地は見せないとね。なんとしても五式を叩くわ。まず正面装甲は125mm、だからゼロ距離でも無理ね。ただし側面なら装甲は25mm。まぁ紙装甲ね。九七式で戦っている私達が言えた義理ではないけど。」

 

「美紗子、でもどうやって側面に回りこむの?向こうの操縦士も絶対に側面に回りこませないような戦闘機動をとってくるわ。」

 

美紗子の戦車を動かす操縦士が答える。そう、普通にやったら絶対に側面に回りこませないだろう。だとしたら…

 

「みんなゴメンね。履帯外れる覚悟で強引に横滑りで側面に回りこむしかない。しかも、向こうは主砲が既に装填されている以上、初弾を避けた上で敵側面に滑り込むわよ。上手くいって合い撃ち。向こうは残り二両残っているから、こちらの負けは確定だけど、それでもやるしかないわ。」

 

「分かったわ。美紗子がそれで良いなら私もそれで良い。」

 

流石に、美紗子の戦車に搭乗している四人は長い間メンバー固定で戦っていたため、意思疎通は早かった。なんとしてでも、五式だけは倒す。

 

「敵小隊長車、正面より突っ込んでくる。主砲射撃準備。一発で決めましょう。」

 

「射撃準備良し」

 

「撃て!」

 

 

「来るわよ、急速退避 右! そのまま敵側面に着けて!」

 

「主砲外れた!敵そのまま左側面に突っ込んでくる。超信地旋回 左 急いで!」

 

「これでも食らえ!」

 

最後の戦いは、一瞬で勝負が決まった。

 

「砲撃有効! 佳代小隊小隊長車 判定 戦闘不能!」

 

「履帯脱落! 美紗子小隊小隊長車 佳代小隊の戦闘可能な戦車が直近に存在するため、判定 戦闘継続不能!」

 

試合は終わった。美紗子は最後の意地を見せて五式砲戦車を撃破したが、結果は佳代の圧勝と言っても良いだろう。たしかに、五式砲戦車という強力な戦車を使用しての勝負だが、それでも美紗子にしてみれば完敗だった。この試合後、美紗子には美奈子からの説教が待っていたが、それでも心は満ちていた。なんといっても、自分にライバルと言える友人が出来たのだ。また、池田流に入門していた少女達の、佳代に対する評価は一気に高まった。まだ入門して間もない佳代だが、この試合の結果により、自然と美紗子の補佐役と見られるようになったのだ。四年後、佳代が知波単学園に入学した際、一年生ながらも全会一致で副隊長に就任する事となったのは、おそらくこの試合結果があってのことだろう。




えっと…前回のあとがきで、次回は学園艦の進水式と書いたはずなのですが…戦車の練習試合になってしまいました(笑)。いえ、当初の計画では進水式の前に、西の子孫と池田の子孫が出会う事にしてあったのですが、ここで試合をさせる予定はなかったのです。本当です(笑)。でもね…キャラ達が勝手に試合を始めまして…やむをえなかったのです。ということで、今回は、外伝1という形で出す事にしました。流石にこれを本伝として出してしまうと、怒られそうですから^^;

ちなにに外伝ということで、映画や歴史上本当にあった台詞などからのパロディーを入れています。知っている人はすぐ分かるでしょうね^^;

今回も読んでいただき、ありがとうございました。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。