学園艦誕生物語   作:ariel

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第9話 設計図

1953年12月 東京 保安庁長官室

 

 

保安庁長官である木村篤太郎は、自室に海上幕僚副長である長澤浩、帝国海軍では軍務局長まで上り詰めた保科善四郎元中将、そして海上警備隊建設準備委員会(通称Y委員会)を主催した山本善雄元少将を呼んでいた。

 

「先日君たちに相談をしていたと思うが、学園艦を本当に建造することになりそうだ。以前の会合では、予算の問題をクリア出来れば技術的には可能かもしれない、という結論だったと思う。岸さんからの話では、今年度の補正予算に建造ドックの調査費を上手に潜り込ませたということだ。実際にやることが前提になった以上、こちらもそれなりの用意をしておきたい。」

 

木村は少し興奮した面持ちで、3人に話し始めた。これだけの巨大艦しかも軍艦形状の船の建造だ。日陰者の我々国防組にとっては絶好のアピールのチャンスだ。

 

「長官、以前長官からお話を聞いた後、昔の海軍の伝を使って造船関係の人間に話を聞いています。全長7km近い空母型艦船など狂気の沙汰だと言っていましたよ。空母をそのまま大きくしただけでは、トップヘビーになりすぎておそらく直ぐに転覆するだろうとのことです。ただ戦闘艦ではないため、速度さえ気にしないのであれば少し通常よりも横幅を広くとり、あとは重心が下になるような設計を考えれば、動かす事くらいは可能だとも言っていましたが。ですから、技術的には条件付ですが可能です。」

 

海上幕僚副長である長澤がそれに答える。以前、木村からのこの件を相談された際は、長官はどこか頭でも打ったのではないか?と思った長澤だが、一応海軍時代の伝を使い、現在造船所で働いている旧友に相談した結果、技術的にはなんとかなるとの回答を得て、本人も少し驚いたようだ。

 

「しかし、そのような巨大艦のための建造ドックを作るとなると、場所は限られてくるでしょうな。実験艦で全長7kmとなると、本格的に始動する艦は下手をすると10km近いものになるでしょう。それに合わせて幅も高さも桁違いになります。通常のドックでは対応出来ないでしょう。」

 

保科は木村に尋ねる。帝国海軍が建造した戦艦大和でもその全長は約260m。今度の船は大きさの桁が違う。

 

「とりあえず岸さんから聞いた話では、国内に2箇所程ドック建設候補を考えているようだね。一箇所が関東圏の鹿島周辺、もう一箇所は中部地方の鈴鹿周辺らしい」

 

木村は答える。自分の地元は奈良のためあまり関係ないが、これだけの巨大施設の誘致には、様々な関係者の間で駆け引きがあったようだ。

 

「しかし、ドックを作ってそこで建造するのは良いとして、これだけの艦を作るとなると、とんでもない時間がかかるでしょうね。」

 

山本が疑問を呈した。全長7kmの艦、これだけの大きさの艦を一箇所で本当に作れるのだろうか?第一、一箇所に建造資材を集める事だけでもかなりの難問となるだろう。

 

「いえ、一箇所で作るというよりは、むしろ全国各地でユニットを作って、そのドックで運ばれてきたユニットを組み立てるという形になると思います。これなら、朝鮮戦争で肥大化してしまった全国の造船会社に仕事を割り振る事が出来ますし、時間の短縮も可能ですから。一応、想定では今回の実験艦の建造期間は3年程と考えています。これだけスピード建造してしまえば、国際社会が何か反応した頃には、もう後戻り出来ない状態になっているでしょうからね。」

 

この疑問に対しては、長澤が答えた。なんでも元同僚で帝国海軍艦政本部に居た友人の話では、ブロック工法と呼ばれる方式があるようで、ユニット毎に別々の場所で作り、それを最終的に組み立てて作ることによって、資材やマンパワーをある場所だけに集中する必要がなくなるだろうということだ。流石に、軍艦には応用出来ないのだろうが、学園艦のような船であれば問題ないだろう。長官の木村からは、この計画は全国の産業促進にも繋がる計画だと聞かされていたため、その友人の話はまさに渡りに船だった。もっとも、この学園艦建造計画の事はあらいざらい話す羽目になり、自分の造船所にも仕事を回すようにとも言われたが。

 

「私もね、前回このような話を聞いたから、戦争中に艦政本部長だった渋谷隆太郎さんに先月話をしたのだが…つい先日こんな物が送られてきてね。」

 

というと、保科は鞄から一枚の大きな図面を取り出し、机に広げた。

 

「保科さん、これは我が軍の航空母艦だった赤城の改装前の図面ではないですか。どうしてこれを?まさか、これをベースに学園艦を…、いや、これは学園艦用に再設計した図面ですか?」

 

よくよく図面を見ると、大きさを表す単位が学園艦の大きさを想定した図面になっている。それにしても三段式甲板の空母型巨大艦とは考えた物だ…と木村は思った。当初の計画は、この上で戦車道を行なうことが目的だった。となれば、少しでも平面を確保するためには、三段式甲板は有利なのかもしれない。それに元々最初の学園艦は実験艦なのだ。もし不都合があり甲板は一段式の方が良いのであれば、次の艦から変更すればよい。まずは、やってみる事が重要だろう。それにしても、まだ計画が本当に進むのかも定かでないというのに、設計図まで送ってくるとは、余程興味があるのだろう。

 

「折角、ここまで気合の入った設計図を送ってきてくれたのだ。とりあえず、この設計図は岸さんに回して、私達はどの部分毎にユニットとして区切れば最も建造の効率が良いかを、専門の人間も交えて決めていくとしよう。それにしても、帝国海軍機動部隊の誇りでもある赤城が、このような形とはいえまた蘇る事になるとはね、私もこの年齢になるが、それでも気分が高揚するよ。」

 

最後はこの会合の主催者である木村が引き取った。ところが、これに対して山本が少し口を挟んだ。

 

「木村さんすいませんが、ちょっと確認しておきたい事があります。いえ、建造計画とは少し違うのですが、この船の操縦や維持のための乗員はどうする予定なのですか?これだけの巨大艦ともなると生半可の数ではないでしょう。」

 

「そういえば、あまり考えていなかったな。どうしたものかね…。まぁ、最悪旧海軍で軍艦を動かしていた人間を中心に募集してみるのが良いかもしれないね。まぁ、いずれにせよ実験艦を使って色々と試してみるしかなかろう。」

 

木村もこの問題は考えていなかった。学園艦である以上、国防とは無関係。そうなると、まさか保安隊から乗員を出す訳にもいかないだろう。とはいえ、これを管轄することになる文部省が乗員の手立てが出来るとも思えない。これは、ちょっとやっかいな事になりそうだな…と思ったが、直ぐに解決出来る問題でもないため、この場では先送りした。


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