魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

8 / 45
第5話 誰が為の力

 エリオは今日も、目覚まし時計の鳴る前に目を覚ました。

 朝早くに起きるのも、慣れてしまえば辛く感じることはない。いつも通り、鳴る前の目覚ましを止め、二段ベッドから降りて朝の身支度を整える。

 ふと、部屋を見回せば、他には誰もいない。今までならば一人部屋だったので特に違和感はなかったのだが、今はルームメイトがいる。二段ベッドの上に寝ていたのも、ルームメイトの存在からだった。しかし、その人物は部屋にいなかった。

 

「あ、おはよう。エリオ」

 

 その時、部屋のドアが開いて誰かが入ってきた。エリオと同じ、機動六課のフォワード部隊に努めるソラト・レイグラントだ。彼こそ、エリオのルームメイトだった。

 ソラトはエリオよりも早く起き、日課である自主トレーニングを行っていたのだ。マラソンで掻いた汗をタオルで拭きながら、ソラトはスポーツドリンクの入ったボトルをベッドに投げ込む。

 

「おはようございます、ソラトさん。これから朝食に行くところなんですが、ソラトさんはどうします?」

「うん、行くよ。お腹減っちゃった」

 

 エリオは朝の挨拶を返し、ソラトを朝食に誘う。ソラトも朝食はまだだったらしく、喜んでエリオに付いて行こうとした。

 そこで、ふとエリオは気になった。朝練ならなのはの教導でもあるのに、ソラトはどうして更に自主練まで行っているのか。

 

「ソラトさんはどうして朝の自主練までしているんですか?」

「あ、ひょっとして出る時うるさかったかな?」

「いえ、それは大丈夫です」

 

 エリオの質問に、ソラトは安眠妨害をしているのではないかと思ったようだ。だが、実際はエリオは熟睡しており、自発的に起きるまではソラトに全く気付いていなかった。

 

「なのはさんの教導でも、朝練してるじゃないですか。その上自主練って、大変じゃないですか?」

「あー……確かにキツイかな」

 

 エリオの疑問の意味がやっと分かったソラトは苦笑して答えた。

 六課に配属になって一週間以上は経つが、なのはの教導は確かに厳しかった。普通なら、自主的にトレーニングなんてしようとは思わないだろう。

 

「けど、六課に来る前もしてたし、しないと落ち着かないというか……それに、すぐ近くに超えたい目標がいるからね」

 

 ソラトは陸士103部隊にいた時にも、早朝練習を熟していたのだ。マラソンと素振り、筋トレ等の内容はもはやソラトにとっての既に日常の一部だった。

 そして、何よりもなのはを超える為にもっと強くなりたいという意思が、ソラトの中では強かったのだ。

 そんな真っ直ぐな意思を持つソラトを、エリオは羨ましくも不思議に思っていた。ソラトはどうしてここまでなのはを超えたいと思っているのか。

 幼馴染を助ける役目を奪われたくらいで、そこまで対抗意識を燃やすだろうか。

 

「僕が何でなのはさんを超えたいのか、気になる?」

 

 不思議そうにしているエリオに気付き、ソラトが考えを当てて来る。

 

「はい。よければ、教えてください」

「時間もあるし、長くなるけどいい?」

 

 エリオが素直に頷くと、ソラトは優しく微笑みながら語り始めた。

 

「僕がなのはさんを超えたい理由は、多分スバルから聞いてるよね?」

「あ、はい」

「ちょっと恥ずかしいけど、その通りだよ。スバルを助ける役目を取られちゃったから。僕はスバルを助ける騎士になりたかったんだ」

 

 スバルのお喋りに少し困った風な顔を見せつつ、大体の理由は合っていると話すソラト。しかし、その想いはエリオが考えているものよりも深かった。

 

「スバルとの出会いは、僕が9歳の頃。その時に、原因不明の火事で両親が亡くなったんだ」

「えっ!?」

 

 てっきり家が近いとか、普通の出会いの話だと思っていたエリオは、さらりとショッキングな話から入ったことに驚く。

 

「それがショックで塞ぎ込んじゃったんだ。今では恥ずかしい話だけど」

 

 心の傷は誰にもあるもの。エリオも自分が実の親だと思っていた人間に捨てられ、フェイトに保護されるまで非人道的な研究を受けていたことを思い出す。

 辛い記憶を思い出させてしまい、申し訳なさそうなエリオにソラトはまた優しく笑いかけ、話を続ける。

 

「公園でいじけていると、ある女の子が話し掛けてくれたんだ。「どうしたの?」って」

 

 ソラトは頬を染めて、あの日のことを思い浮かべながら話す。

 月が綺麗な夜。両親とよく遊んだ公園の砂場に座り込み、悲しみに暮れるソラトへ同年代の女の子が話し掛ける。

 

「その時は何も変わらないって知ってて、でも誰かに話したくて女の子に打ち明けた」

 

 最初はソラトも女の子を無視してたのだが、孤独に耐えきれずとうとう少女に話す。

 月明かりに照らされた青いショートカットの少女は驚いた表情を見せたが、次にはソラトの予想していない言葉を言った。

 

「その子は僕の話を聞いて「私と一緒だね」って言ったんだ。逆に僕が驚かされたよ。こんな笑顔の女の子が、僕と同じだなんて」

 

 女の子は優しい笑顔で、自分には母親がいないことを話した。しかし、彼女には父親も姉もいる。ソラトはそれを聞いて再び落ち込む。自分には誰もいない。彼女とは違い、本当に独りになってしまったのだ。

 

「塞ぐ僕に、彼女は言った。「私が友達になれば、貴方はもう独りじゃないよ」ってね」

 

 その言葉と、差し出された手の平は塞いでいたソラトの心の壁を壊した。この時のソラトにとって、彼女の笑顔が唯一の救いとなったのだ。ソラトは少女の手を取り、孤独の淵から立ち上がる。

 以来、ソラトは彼女とずっと共にいることを誓ったのだ。自分を救ってくれたその手を守り続けることを。

 

「その子が、今もずっと僕が好きな人なんだ」

 

 はにかむソラトに、エリオは何となく分かる気がした。ソラトがスバルを誰よりも大事にする理由が。

 しかし、スバルを絶体絶命の危機に陥れ、ソラトが自身の無力さを思い知ったあの空港火災が起きてしまった。

 

「最初はスバルが無事だって知って、泣いて喜んだよ。けど、彼女の心には他の人が住み着いてしまったんだ」

 

 スバルが語るなのはの英雄譚は、ソラトを次第に苛立たせていった。勿論、スバルを救ったことに関してソラトはなのはに感謝し足りない程だった。だが、好きな女性の心を占めていくなのはに、ソラトは嫉妬心を募らせていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 スバルが何度目かの話をした時、遂にソラトの感情は爆発してしまった。

 

「それでね、なのはさんが」

「なのはさんの話はもういいよ!」

 

 ソラトは慌てて口を押さえるが、言ってしまった後にはもう遅い。

 気付けば、スバルは大きく開いた目に涙を浮かべていた。

 

「あ、あれ? 私何で泣いて……」

「ごめんっ!」

 

 ソラトは逃げるように病室を後にする。病院の外で、逃げ出したソラトは木に拳をぶつけながら、スバルと同じように涙を流していた。

 自分の勝手な感情でスバルを傷付けた。自分の弱さが悔しくて、木を殴る手を止めない。

 

「くそっ! くそくそくそっ!」

 

 空港火災の様子をソラトはテレビで見ていた。スバルがそこにいることも知っていた。

 しかし、幼いソラトには今すぐスバルを助けに飛んで行くことは出来ない。ただ、スバルが無事でいることを祈るしかなかった。

 結果、スバルは助かったが命の危険にあったことに変わりはない。更に、彼女を助ける騎士の役目を奪われてしまった。

 

「僕は、強くなりたい……!」

 

 ソラトは弱い自分を殺したい気持ちでいっぱいになっていた。

 嫉妬で好きな人を傷付ける、未熟な自分を変えたい。彼女が憧れた人物よりも強くなって、何時でもスバルを助けられる男になりたい。

 スバルの病室に戻ったソラトは、こっそりと中を覗く。中では、スバルは未だに涙を流していた。

 自分の弱さがが彼女を泣かせた、とソラトは罪悪感を感じていた。しかし、このまま中を覗くだけではいけない。

 

「っ!」

 

 戸が空く音がして、慌ててスバルは涙を拭う。が、相手が誰だか分かると、その手を止めた。

 

「ソラト……!? 手、どうしたの!?」

 

 先程喧嘩別れした少年は、ボロボロの手から血を流して立っていた。端正な顔は涙で汚れ、スバルをじっと見つめている。

 

「スバルごめん! さっきは酷いこと言って」

 

 手のことなんて気にせず、ソラトは震えた声で謝り、頭を下げる。スバルはそんな彼に驚き慌てた。

 

「う、ううん、私の方こそ、折角お見舞いに来てくれたのになのはさんの話ばっかりで」

 

 そこまで言ったところで、スバルの言葉は遮られた。ソラトが抱き付いてきたからだ。

 いきなりのことで、スバルは顔を赤くして驚く。

 

「怖かった……スバルを失うんじゃないかって。また僕の大事な人がいなくなるんじゃないかって」

 

 二度と手放さないように強く、ソラトはスバルを抱き締める。

 今だけは母親を求める子供のように。

 

「僕は……僕が君を守りたかったんだ。それが出来ない弱い自分が嫌で、思わず君に当たったんだ……ごめん、スバル」

 

 思いを吐露し、また泣き出すソラトにスバルはあやすように頭を撫でる。

 

「私も怖かった。ここで死んじゃったら、お父さんにもギン姉にも、ソラトにも会えなくなるって。けど、あの人が教えてくれたの。泣き虫のままじゃダメだって」

 

 スバルは星空を飛ぶ気丈な女性魔導師を思い出す。弱いままでは、自分も大事な人も守れない。だからあの人のように強くなりたい。

 

「一緒に強くなろう、ソラト」

「うん」

 

 泣き虫だった幼い少年は、この日を境に強くなる決心をした。

 ソラトにとって、なのはを超えることは弱い自分から脱却し、改めてスバルを守り通す騎士になることを意味していたのだ。

 

 

◇◆◇

 

 

「意地になってる子供みたいだって、自分でも思う。けど、僕にとっては譲りたくない思いなんだ」

 

 ソラトは話し終えると、照れ臭くなって頭を掻く。

 話を聞いていたエリオは、自分が思っていた以上にソラトの想いが強いことに驚いていた。幼馴染であるスバルを大事に思い、なのはを目標として超えたい理由にも納得がいく。

 

「真っ直ぐすぎることがお前の長所であり、短所だからな」

「うわっ!?」

 

 突如、背後から話しかけられ、ソラトは思わず驚きの声を上げた。

 何時の間にか合流していたエドワードも話を聞いていたらしく、面倒の掛かる弟分にフッと微笑んでいる。

 

「エリオは強くなったら、何がしたい?」

「え?」

 

 今度はソラトがエリオに質問を投げ掛ける。

 強くなったら、その力を何のために使うか。ソラトは当然、スバルの為に使うのだろう。

 では、エリオ自身はどうするのか。ソラトのように、生涯を掛けて守りたいと思える相手はまだいない。

 

「僕は……キャロやフェイトさん、皆を。僕の家族を守りたいです」

 

 けど、大切な家族ならばエリオにもいる。

 全てを失い、人間不信に陥った時に自身を保護してくれたフェイトや、今では公私共に大切なパートナーのキャロ。そして、機動六課の面々も大事な家族ともいえる存在だった。

 もう失いたくないという思いは、エリオもソラトに負けず劣らず抱いていた。

 

「そっか。なら、エリオももっと強くなる。いや、一緒になろう」

「はい!」

 

 2人の若い騎士は拳をぶつけ合う。

 出会ってまだ一週間弱だが、志を同じくし強い絆を結んだのだった。

 なお、その後の教導でなのはに吹っ飛ばされてしまうのだった。彼等が真に強くなるのはまだまだ先の話である。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。