本来ならば、今日は何もなく清々しい一日を過ごすはずだった。
そんな人々が過ごす日常を、突如謎の怪物が現れてぶち壊してしまった。
馬によく似た怪物、獣人が現れた薄緑色の光からは体長1m弱の機械兵が5体も出現した。ネオガジェットと呼ばれる機械兵達は四本の足を持ち、上半身は人型で剣を持った騎士のようだった。
馬獣人が咆哮を上げると。周囲の建物目掛け、口から魔力の塊"
獣人はどうやら破壊本能だけで動いているらしく、目に入るものを壊して回っていた。一方で、ネオガジェットはセンサー部をキョロキョロと動かし、何かを探しているようだった。
そこへ1台の白いオフロードバイクが現れ、獣人達の前で停車した。
金髪の少年、"ソラト・レイグラント"はヘルメットを外し、周囲の悲惨な現状を見る。
近くにいた巡邏の局員達がすぐに市民を避難させたため、怪我人が少なかったのは唯一の幸いだった。しかし、未だに瓦礫や魔口弾の余波で負傷した人々が苦しんでいる。
倒壊した建物や街道は、数分前までは人々が行き交い日常を楽しんでいたに違いない。
それを理由なく破壊した怪物を、許すわけには行かない。目の前の敵を睨み、ソラトは懐から青緑色のクリスタルを取り出す。
「セラフィム! セットアップ!」
〔Stand by,Ready〕
ソラトはクリスタルを握った右手を前に突き出した後、ゆっくりと腕を捻りながら左側へ移す。
そして、起動コードを発声すると同時に右手首を180度回転させる。すると、クリスタルから青緑色の帯が何本も出現しソラトを覆う。
そして、中から十字の入った黒いシャツと青緑色の独特の模様が入った白い半袖の上着姿に換装したソラトが現れた。その手には待機形態であるクリスタルから、大剣型に変化したアームドデバイス"セラフィム"が握られている。
戦闘体勢が整ったソラトを、ネオガジェットが取り囲む。キョロキョロと動いていたセンサー部は今やソラトを捕えており、剣を構えて5体同時に飛びかかってきた。
ネオガジェット達にはそれぞれ"
「邪魔だっ!」
しかし、ソラトは一喝するとその場で一周回ってネオガジェットを斬り弾いた。予め魔力をセラフィムに纏わせておいたとは言え、ネオガジェットの剣はナマクラだったらしく全てが折れてしまっていた。
「アセンションランス」
〔Ascension lance〕
ネオガジェットのAMFは濃度が濃い分、作用する範囲は狭いようだ。離れたことで魔法が使えるようになったソラトは頭上に魔力で小さな槍を複数形成し、ネオガジェットに放った。
槍はそれぞれネオガジェットの上半身に突き刺さり、4体を爆散させた。残った1体は槍をセンサー部に刺し、ぎこちない動きでソラトに向かってきた。
ソラトはその機械を一刀両断し、完全に破壊した。これで敵は獣人のみとなった。
「こんなこと、絶対に許せない」
ソラトは破壊された街や救助された負傷者を見て、力強く拳を握る。
それは嘗て、自身が味わった過去を思い起こさせるものだったからだ。
自分の両親を火事で亡くし、全てを失ったこと。そして、好きだった人をも別の火災で失いかけたこと。
こんな辛い思いを誰にもして欲しくない、させないためにソラトは管理局に入ったのだ。そして大事な人を守るために力を付けて来た。
「さぁ、
セラフィムの切先を向け、ソラトは敵意を剥き出して獣人に己の決め台詞を放った。
◇◆◇
ソラトの戦いぶりは、隊長陣も眺めていた。
新しいメンバーの戦力を実際に確かめるいい機会でもある。期待しない方が無理な話だ。
「接近戦の練度が高いね。それに、AMFについても対処が出来てる」
セラフィムのような大剣をデバイスの形態に持つフェイトは、ソラトの戦いぶりに感心する。剣型のデバイス自体は珍しいものではない。寧ろ、近代ベルカ式ならば杖と同じくらいオーソドックスな代物だ。しかし、大剣型となると扱いが難しい。重量を操作したところでリーチや幅や違うので、片手では振り抜きにくいのだ。
加えて、AMFを張っているネオガジェット相手でも冷静に対処している。まるで、かつてガジェットと戦ったことがあるかのようであった。
「ソラトも、JS事件でガジェットと戦ってますからね」
そこへ、いつの間にか部隊長室へ来ていた、ソラトと一緒にいた青年"エドワード・クラウン"が補足説明をする。
エドワードは六課にソラトを推薦した人物でもあり、所属部隊は違うが共にJS事件で戦った経験があった。なので、AMFについても知っていたのだ。
ソラトとエドワードを六課に迎えたはやても、うんうんと頷いている。
「けど、これで獣人に勝てるかどうか」
しかし、はやては獣人との戦いは不安視していた。ソラトは確かに強いが、フェイト達と比べればまだまだ未熟。機械と違い本能で暴れる獣人を、怒りに捕らわれずに対処出来るだろうか。
その不安を的確にするかのように、部隊長室からなのはがいなくなっていた。
◇◆◇
機械兵をあっという間に倒したことで目立った得物が視界に入り、破壊活動を止めて興奮している馬獣人に対し、ソラトはセラフィムを構え直して特攻を仕掛ける。
しかし、獣人は馬の強靱な脚力で高くジャンプし、ソラトの攻撃を避ける。更に、反撃として口から魔口弾を放とうとした。
「はぁぁぁっ!」
〔Ascension lance〕
振り向きざまにソラトが手をかざすと、先程の青緑色に光る小さな槍が大量に現れ、獣人目掛けて放たれた。
空中で動きの取れない馬獣人は成すすべなく槍の雨を体中に受ける。ここまではソラトの考えた通りだった。
だが、ソラトの予想だにしない事態が起こってしまう。攻撃を受けた獣人は照準を失ったまま、魔口弾を放ってしまったのだ。
明後日の方向に放たれた魔口弾は建物に直撃し、瓦礫が救助活動をしていた隊員達の上へ降り注いでしまった。
「そんなっ!? セラフィム!」
〔Protection!〕
事故とはいえ、自分のやったことへの結果にソラトはショックを受け、すぐに隊員達の元へ防御魔法を張った。瓦礫は防御魔法で阻まれ、隊員達のいない地点に落とされた。
しかし、これがソラトに隙を生んでしまった。ソラトが獣人と向き合った瞬間、腹部に強烈な衝撃を受け、彼が気付いた時には壁に叩き付けられていた。
「か、は……っ!?」
相手は馬の獣人。その脚力から出るスピードは車に匹敵する。同じ速度で放たれる拳の威力は強烈で、もしソラトがバリアジャケットを着ていなかったら内蔵が破裂していただろう。
実際、バリアジャケットを着ていてもダメージが大きく、立ち上がることすら出来ない。一瞬の隙が招いたミスに、ソラトは悔しさで歯を食いしばる。
馬獣人はソラトにお構いなく、魔口弾のエネルギーを溜め始めていた。このままでは、自分の誓いを守ることも、自分の目標を超えることすら出来ないまま終わってしまう。
「そんなの、嫌だ……!」
ソラトは痛みを堪えて必死に立ち上がり、セラフィムを右から背負うように構えると眼前に魔力スフィアを構成した。
しかし、獣人に対抗するにはもう遅く、無慈悲にも獣人の魔口弾がソラト目掛けて放たれようとした。
〔Divine buster〕
「ディバインバスター!」
獣人がソラトにトドメを刺そうとした瞬間、女性の叫び声と共に桃色の砲撃が飛来する。砲撃は一瞬で獣人を魔口弾のエネルギーごと飲み込み、そのまま爆散させてしまった。
あまりにも一瞬のことで、ソラトは呆然と獣人のいた場所を凝視していた。
「ふぅ。君、大丈夫?」
砲撃を撃った人物の声が空から聞こえる。
ゆっくり降下してきた女性は、白い布地に青いラインの入った長袖と、ミニスカートの上に長いスカートを巻いたデザインのバリアジャケット姿だった。
亜麻色のツインテールに、赤い宝石が特徴的な金とピンクの杖を見れば、彼女が何者なのかすぐに分かる。
「なのは、さん……」
力が抜けて膝をついたソラトは目を点にし、現れたなのはを見る。
それは自分が間一髪助けられたから、というだけではなかった。彼女こそ、ソラトが目標としている人間だったのだ。
その目標は、自分がやられそうになった敵を一瞬で塵に変えてしまった。
救われた恩と強さへの感心、そして実力の差への悔しさが入り交じり、ソラトの中で複雑に渦を巻いていた。
これが、再始動した機動六課と謎の敵との最初の戦いとなった。
だが、獣人事件は今後より厳しい方向へ向かって行くことをまだ誰も知らない。