魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第41話 潜入

 マラネロの衝撃的な電波ジャックから約1時間が経過した。

 依然、次元航行戦艦"ディアボロス"は破壊兵器を撃った地点に鎮座している。まるで管理局の動向を伺っているかのように。

 

〔本局はマラネロの行為を次元世界全体への宣戦布告と取って、次元航行部隊の艦隊を出動させている〕

 

 はやての元へ、次元航行艦"クラウディア"の艦長"クロノ・ハラオウン"から通信が届く。

 次元世界を蒸発させるほどの危険な兵器を本局側も放置するはずがなく、既に付近の宙域には約十隻もの艦船が待機している。

 しかし、総攻撃を仕掛けようにも敵艦のスペックが分からずじまいなので、迂闊に手を出せないでいた。

 

〔あの主砲を撃たれたらこちらも一溜まりもない。そっちに何か敵艦に関する情報はないか?〕

「残念やけど、何もあらへん。私達もあんなの見るのは初めてや」

 

 JS事件の時には"聖王のゆりかご"の情報が無限書庫にあったから対策が立てられた。

 だが、ディアボロスはマラネロの自作である以上有力な情報を探る手段が何処にもない。

 

〔……このまま艦隊戦をするしかなさそうだな〕

「私がもっと早くマラネロを追い詰めることが出来ていれば……」

〔いや、機動六課はよくやったよ〕

 

 セブン・シンズを揃えさせなければ、と悔やむはやてをクロノは責めるどころか健闘を称えた。

 獣人達による被害を最小限に留め、科学者の強力な弟子を3人も逮捕している。功績は十分上げている。

 

「弟子達も中々口を割らんし、せめてロノウェ・アスコットの遺品に有益な情報でもあればよかったんやけど……」

 

 今朝発見されたロノウェの遺体は回収され、貴重な獣人のサンプルとして解剖、検査が行われている。

 その時、はやての下へソラトからの割り込み通信があった。

 

〔た、大変です八神部隊長! これを見てください!〕

 

 慌てた様子のソラトははやてへあるデータを送ってきた。

 またマラネロが何か動いたのかと不安になったはやてだったが、そのデータを見た瞬間頭の中の不安が一気に吹き飛んでしまった。

 

「こ、これって、ディアボロスの艦内データ!?」

〔何!?〕

「ソラト、これどうしたん!?」

 

 はやての発言にクロノすらも驚愕の声をあげる。

 データの中身は、今まさに対峙しているディアボロスの詳細情報だったのだ。搭載されている武装、部屋の位置まで細かく記されている。

 

〔それが、いきなり匿名で送られてきたんです。しかも、侵入経路まで書かれてて……〕

 

 ソラトにも何が何だか分からない様子であった。

 おまけに、シールドの一部を解除するのでそこから侵入しろとまで記入されていた。これは明らかに敵側からリークされた情報である。

 

「こう丁寧に書かれると……」

〔罠かもしれないな〕

 

 信憑性は薄かったが、現状頼れるのはこのリークされたデータしかない。

 

〔どうするかは君に任せるよ、はやて〕

〔部隊長……〕

 

 クロノとソラトの視線が集まる中、はやては遂に決断を下した。

 

「……罠だったとしても、これに乗っかるしかなさそうやな」

 

 

◇◆◇

 

 

 会議室にて、はやてがフォワード陣に伝えた作戦はこうだ。

 スターズ分隊は小型次元艇"ドロレス"に乗り込み、ソラトが手に入れた地図を元に潜入。敵船内にいるマラネロの逮捕とセブン・シンズの確保、大量破壊兵器の破棄すること。

 その間、ライトニング分隊は地上に残って敵戦力の迎撃を主とする。分隊ごとに分けた作戦にした理由は、ミッドチルダに獣人やネオガジェットが出現しているとの情報が入ったからだ。

 

「皆、これが正真正銘最後の戦いです。全力全開で全部解決して、無事に戻ってきてください」

 

 はやてのこの言葉を最後に会議は締めくくられた。長く続いたマラネロとの最後の戦い。なのはやフェイトら隊長陣も表情を一層引き締めている。JS事件の延長線上に存在するこの事件も漸く終わりが見えてきた。

 会議のすぐ後、地上に残るエリオ達は敵船内へ潜入するスバル達へ別れの言葉を交わしていた。

 

「スバルさん、ティアさん、ソラトさん。どうか気を付けて」

「地上は私達が絶対守り抜きます!」

 

 エリオとキャロが心配そうに3人へ声をかける一方、エドワードはジッとソラトとスバルを見つめていた。

 弟分と妹分を信頼する反面、一緒に行ってやりたいという思いもあるのだ。

 

「エド兄」

 

 そんなエドワードにソラトも気付いており、一言かけると大きく頷いた。

 これまでの戦いで心身ともに強くなったソラトは、逞しい一人の戦士として成長した。アースとの決戦でも負けることはないはずだ。

 そして、エドワード自身も自らの素性を思い出して向き合うことで、改めて守るべき場所を自覚した。

 

「……ああ、行ってこい」

 

 互いが果たすべき役目、守るべき何者かを背に託すようにソラトとエドワードはハイタッチを交わす。

 それ以上の言葉はなく、スターズとライトニングの若きストライカーズ達はそれぞれの場所へと向かった。

 

 

 

〔それでも、やっぱり心配なんでしょ?〕

「当然だ」

 

 クラナガンへと赴くヘリの中、通信で会話するギンガに胸の内を明かすエドワード。

 だが、こちらも地上でアースを待つノーヴェや、家族を守らなければならない。ソラトやスバルを心配する余裕なんて残されていいわけがない。

 

「315部隊はどうだ?」

〔こっちもチンクを小隊長にして獣人の制圧に送り出してるところ〕

「この機に乗じて、向こうもありったけを投入しているようだしな」

 

 今まで少数を送りつけていたのが嘘のように、獣人とネオガジェットの軍勢を転送して来ていた。

 "チェンジザワールド"を撃ち込めばすぐに破壊出来るのにわざわざ攻め込んでくる辺り、まるで花火の前の余興を楽しんでいるかのようにも見える。

 

「奴の狙いは分からないが、アレを一発撃つには相当の時間がかかるらしい」

〔まだ動きもないようだし、大丈夫……よね?〕

 

 無人とはいえ次元世界を一つ消滅させる程のエネルギー。本局の結界魔法であっても防ぎきれるかどうかも分からない代物を前に、怯えるなという方が無理な話である。

 流されたあの映像を思い出し、ギンガは顔を青ざめる。

 

「……俺は、ソラトや高町一尉達を信じるだけだ。お前はそんな俺を信じればいい」

 

 エドワードには心配するな、などとは言えなかった。それほど状況は圧倒的に不利なのだ。

 それでも信じられるものはすぐ傍にいる。かつて獣人として自我を失いかけたエドワードをギンガが信じたように。

 

〔……うん。エドのことはいつでも信じてる〕

「何かあったら、すぐに行く」

 

 離れていても想い会える恋人がいることに、エドワードは深く感謝していた。

 ギンガとの通信を切ると、ふと操縦席からの視線を感じ一瞥する。

 

「……何だ?」

「そんなこと言っちまっていいのか? 狼じゃ飛べないだろ?」

 

 会話の一部始終を聞いていたパイロット、ヴァイスがニヤニヤしながら重箱の隅を突く。

 現在フェイトとシグナムは飛行魔法で、エリオとキャロは飛竜フリードリヒに乗って別地点に移動中なので、ヘリの中にはヴァイスとエドワードしかいない。

 

「俺には翼はない。だが、脚ならある」

「へいへい、そうかい」

 

 ちょっとしたからかいのつもりだったが、真顔で返されてはこれ以上は触る気にもなれない。

 呆れながらも、ヴァイスは目的のポイントまでヘリを到達させる。

 

「ここからは俺も狙撃手として参加するぜ」

「そうか。なら()()任せよう」

 

 ヴァイスが自身のデバイス"ストームレイダー"を準備していると、エドワードはそれだけを言い残してヘリのハッチから降りてしまった。

 

「ちょ、いきなりだな!?」

 

 驚くヴァイスを余所に、エドワードはその身を徐々に変化させていった。

 狼獣人は毛むくじゃらの手足でビルの壁を蹴りながら地面に向かって進む。その途中にいる敵は全て爪で引き裂いていった。

 そしてコンクリートの地面にクレーターを作って着地すると、粉塵の中でもう一度人間の姿に戻っていた。そのままエドワードは素早く両腕を左腕を上に交差させて前へ突き出し、そのまま右腕を内側へ入れる様に腕を回して胸の前へ持って来る。

 

「ブレイブアサルト、セットアップ」

〔Standing by〕

 

 デバイス"ブレイブアサルト"が起動し、黒いバリアジャケットに銃型のデバイスを構えたエドワードが藍色の光の中から現れる。

 今回は乱戦の中でも戦いやすく、既に第二形態の拳銃型にセットしていたようだ。

 

〔気合い入りすぎじゃないですか?〕

「かもな」

 

 愛機からのいつもの小言も軽く流し、エドワードは四方に点在するネオガジェットを片っ端から撃ち落としていった。

 時に銃を放つ魔導師として。時に爪と牙でねじ伏せる獣人として。全てを受け入れた男は敵を排除し続けた。

 

 

 

◇◆◇

 

 

 

 ディアボロスのいる宙域へと向かう次元航行艦隊。その中に、スターズ分隊が乗り込んだドロレスの姿があった。

 

〔ここからは我々が相手の気を引く。潜入捜査、健闘を祈る〕

「はい。作戦協力ありがとうございます」

 

 クラウディアにいるクロノに、なのはは今一度礼を言う。

 ここから先、小型の次元艇のみで敵戦艦へ向かうのだ。操舵者であるルキノの手にも力が入る。

 

「もう一度作戦の確認をするね。ポイントに付いたら転送魔法で私達はディアボロスに侵入。そしたら、ドロレスは作戦完了まで宙域を離脱してください」

 

 送られてきた地図情報を元に、なのはが先程立てた侵入作戦の説明をする。

 ディアボロスの後方にある一点の箇所のみシールドが弱まっており、そこからなら転送魔法で内部に侵入が出来る。

 侵入後は2組に分かれての行動となる。一つはマラネロの拘束とセブン・シンズの回収、もう一つは艦の動力炉の掌握である。

 

「情報によれば、マラネロのいる場所にセブン・シンズとあの破壊装置がある。で、合ってるよね?」

「そこが敵の研究施設とも書いてあります」

 

 つまり、マラネロさえ叩けばこの戦いはほぼ終わったも同然である。

 

「各自、気を抜かずに任務に当たって。最後はここでお疲れ様を言い合おうね」

「はいっ!!」

 

 ブリーフィングが済み、ドロレスは艦隊から航路を外れていく。

 やがて艦隊戦が始まり次元の海を砲撃の雨が舞うと、ドロレスはディアボロスの背後へと慎重かつ速やかに近付いて行った。

 

「ポイント到達まで残り10秒……」

 

 気付かれませんように。ルキノは心で必死に祈りながら艦を動かす。

 ディアボロスから放たれる砲撃は相変わらずクラウディア率いる次元航行艦隊にしか向いていない。

 

「3……2……1……今です!」

「スターズ、行きます!」

 

 ルキノの合図と同時に、なのはは転送魔法を発動する。

 スターズ分隊の五人は桃色の魔力光に包まれた後、ドロレス内部とは全く違う広い空間へと移動していた。

 

「……まずは侵入成功、だね」

「ルキノさん。こっちは成功しました」

〔よ、よかった……こちらは宙域を離脱します! 気を付けてね!〕

 

 ティアナの報告にルキノはホッと胸を撫でおろした。幸いにも、侵入後もドロレスの存在は気付かれていなかった。

 改めて転送場所を見渡すと、格納庫のような場所であった。ドロレスくらいのサイズなら収容出来るほどの広さだが、次元航行艦らしきものはない。

 

「……おかしい」

「気付いたか」

 

 異様な雰囲気にいち早く気付いたソラトとヴィータは周囲を警戒する。

 そこには艦はおろか見張りの敵の姿すら見えず、それどころかガジェットの残骸らしきものが散在していたのだ。

 

「まずは先へ――」

 

 なのはがそのまま通路に向かおうとした時、開いたドアの反対側には人影があった。

 翡翠の髪から覗く紅の瞳は明らかな敵意を剥き出しにしている。

 

「アース……」

 

 いきなり現れたアースにスターズ全員が戦闘態勢を取る。

 しかし、相手が誰か分かるとソラトが一人だけ前に出た。

 

「ここは僕に任せてください。彼の目当ては僕だけですから」

「ソラト!? でも……」

「ああ、俺の目的はコイツただ一人だ。お前等は邪魔だからマラネロのところにでも行ってろ」

 

 ソラトの言う通り、アースは侵入者を足止めする気は全くなかった。

 この期に及んでも彼はただソラトとの決着を望んでいたのだ。

 

「さ、早く行ってください!」

「……分かった。気を付けてね」

 

 この場は頷くより他はなく、なのは達はソラトに任せて任務を続行した。

 

「ソラト……」

「大丈夫だよ、スバル」

 

 最後まで心配そうな表情を見せるスバルの頭を撫でて、ソラトは優しく微笑んだ。

 そして全員を送り出すと、ソラトはセラフィムに送られたメールをアースに見せた。

 

「君なんだろう? ディアボロスの内部データを僕に送ってきたのは。それに、ここにいた見張り用のガジェットを壊したのも」

「だったらどうした。俺はマラネロと管理局、どっちが勝とうがどうでもいいことだ。お前との勝負を邪魔されない限りは」

 

 ソラトの読み通り、機動六課の手引きをしたのはアースだった。

 ただ、アースにとっては管理局との全面戦争にも興味はなく、マラネロに協力する理由もなくなったので唯一の目的を果たすための行動をしただけだったのだ。

 

「ここじゃ狭い。付いて来い」

「……分かった」

 

 アースの後についていくソラト。内部データによれば、向かっている先は訓練用のスペースのようだ。

 その間にも、アースが暴れた跡やガジェットの残骸が遺されていた。今までマラネロに受けていた屈辱を晴らすかのような凄惨さに、ソラトは思わず息を呑んだ。

 

「ここだ」

 

 巨大なドーム上の部屋に付いたソラトとアース。

 これで思う存分戦いが出来る。そう考えていたアースだが、その場には想定していなかった観客がいた。

 

 

「やぁやぁ。こうして直に合うのは初めてだねぇ。ソラト・レイグラント君」

 

 

 ドーム中央で椅子に座り込んだ科学者、マルバス・マラネロは不敵な笑みでソラト達を迎えた。


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