手記 融合騎の活用と夜天の書に関する研究
著者 エリゴス・ドマーニ
私が着目した内容は、嘗て"闇の書"と恐れられた古代ベルカの遺産であるストレージデバイス、夜天の魔導書と守護騎士プログラム、ヴォルケンリッター。そして、融合騎デバイスである。
夜天の魔導書に関しては、闇の書として保有していた莫大な力を自己防衛プログラムと共に切り捨てられ、現在は時空管理局の魔導師、八神はやて二等陸佐がストレージデバイスとして使用している。
しかし、通常のデバイスとは一線を画すポテンシャルを秘めていることに疑いはなく、研究次第では闇の書時代の力を取り戻すことも可能と想定している。
夜天の書の力の証拠として、守護騎士プログラムが存在している。4体のプログラムはそれぞれベルカ騎士と守護獣の姿を模し、一般的な魔導師を超える魔力を有している。魔導書さえ健在ならば何度でも蘇生・回復が可能な為、プログラムの解読が出来れば不死身の魔導師兵団を作ることが出来る。
但し、闇の書の防衛プログラムは既に切り離されているので、守護騎士プログラムにも何らかの影響があると予測される。
そして、夜天の書の管制人格として融合騎デバイスが存在している。
融合騎とは古代ベルカで開発されたデバイスで、使用者と融合することで魔力、身体能力等を飛躍させることが出来た。
しかし、使用には融合適正が必要で、加えて暴走の危険性やコスト面での問題もあったため、正式に製品化するには至らなかった。
だが、性能は確かであり、夜天の書の元には2機のユニゾンデバイスが確認されている。
上記のデバイス・プログラムは大いに研究価値があり、成功すれば国1つを消滅させるほどの力を手にすることが出来ると推測。
更に、これ等はデータより幾分か弱体化された状態でたった一人の魔導師の元に集まっていることから、回収が容易である。
まずは所有者である八神はやてを抹殺し、魔導書と融合騎を鹵獲する。何から研究するかは、後から決めることにする。
◇◆◇
陸士315部隊の前衛部隊がタイプゼロ・フォースと交戦を始めた頃、機動六課ではフォワードを何名か応援に送ることを検討していた。
「俺が行きます」
真っ先に志願したのは、エドワードだった。
普段通りの冷静さを保ってはいるが、内心では恋人のギンガが心配なのだろう。
「じゃあエド君とエリオ、キャロ! お願いね!」
「はい!」
はやてはエドワードの他にフリードリヒという移動手段を持つキャロと前で戦えるエリオを指名した。
3人は外に出ると、巨大化させたフリードリヒに乗ってすぐに陸士315部隊の隊舎へ向かって行った。
「やっと行ったか」
その真下、機動六課の敷地付近の森林では、飛んでいく竜の姿を見ている影が木の枝に寄り掛かっていた。
「じゃなきゃ、わざわざ大群を送らん」
白衣を纏ったパーマの男、エリゴス・ドマーニは気怠そうに枝から降りる。
実は、フォースに315部隊を攻めさせたのはエリゴスだった。協力関係の部隊を多数で攻めれば、六課は支援部隊を送るだろう。そうして手薄になれば、今度は自分が攻めやすくなる。
加えて、今は別の弟子、ウィネ・エディックスが高町なのはを襲っているころだ。オーバーSランクの魔導師が一人いないだけでも、難易度が違ってくる。
面倒事は自分にとって最小限の消費で手短に。それが面倒臭がりのエリゴスのポリシーだった。
首をコキコキと鳴らしながら、彼は六課隊舎へ向かって行く。だが、何の妨害策もなく、向かって行くだけなのですぐに防犯システムに引っかかってしまう。
「こちらに向かってくる影有り! 敵は……たった1人です!」
「1人だけやて!? 映像、出して!」
六課の司令室では、すぐにエリゴスが向かっていることに気付いた。
315部隊には多くのネオガジェットを引き連れていたはずなのに、こちらに対してはたった1人。しかし、その人物に見覚えのあるヴィータとシグナムは顔を顰める。
「アイツっ!」
「あれは、確か以前六課を攻めて来た時に……」
「はい、我等が相手をした男。名をエリゴス・ドマーニとか言っていました」
はやても、たった1人の敵について思い出していた。
夜襲をかけて来た際に、今と同じように1人で六課の隊舎に忍び込もうとしてきたのだ。ヴィータとシグナムが阻止したが、2対1で互角の戦いを繰り広げた。
「なるほど……インサイトの言っていた通りやね」
その目的は、夜天の書とヴォルケンリッター。
フォラスが言っていた通り、はやて達もマラネロの弟子に狙われていたということになる。
「ここはあたしに行かせてくれ!アイツとの決着を付けてやる!」
「我が主。私も向かわせてください」
ヴィータはおろか、珍しくシグナムまで出撃要請をする。騎士として、先延ばしになった決着を付けたいというのもあるのだろう。だが、何より主の命を狙われていると分かっていて、黙っていられないのだ。
とはいえ、2人共はやてにとっては大事な家族。彼女等も狙いの内ならば危険な目には合わせたくはない。
「……分かった。気ぃ付けてな」
「はっ!」
「よしっ!」
悩んだ末、はやては副隊長2人の意思を尊重し、出撃を許可した。
ヴィータとシグナムはすぐにエリゴスの元に向かいながらデバイスを起動。次は負けないと言う意思を固め、戦場へ赴いた。
◇◆◇
陸士315部隊では、前衛部隊とネオガジェットの攻防戦が繰り広げられていた。
特に新型の2機は性能面からして量産型とは違い、空中と地中の両方から攻め込んできた。
「このっ! 大人しく落ちるッス!」
ウェンディが苛立ちながらライディングボードからエネルギー弾を放つ。しかし、ヒラヒラと凧のように空中を泳ぐ、エイ型のタイプEにはまるで当たらない。
その隣で戦っていたギンガも、地中に潜っては真下から襲ってくるコブラ型のタイプFに翻弄されていた。メカらしからぬしなやかな身体でこちらの攻撃がヒョロヒョロと躱されてしまう。
「これ、僕の出番はないんじゃないかな?」
翻弄しながら戦うネオガジェット2体とは離れた場所で、タイプゼロ・フォースが木に寄りかかりながら戦闘を眺めていた。あまりに退屈ならば、自分がさっさと終わらせてしまおうと考えながら。
ところが、フォースのその考えは達成されることはなかった。
タイプFが地表から現れ、ギンガの背後へ襲い掛かろうとしたその時、空から藍色の光が放たれた。光はタイプFにぶつかると、網状に展開しウネウネと動く細長い身体の自由を奪った。
「ギンガ、今だ!」
空を飛ぶフリードリヒから降下し、救援に駆けつけたエドワードの合図で、ギンガはすかさずリボルバーナックルのギアを高速回転させる。
「リボルバーブレイクッ!」
振り向き様の勢いをそのままに、ギンガはギアの回転で発生させた旋風を拳に纏い、タイプFの頭部へ強烈なアッパーを繰り出した。
頭を砕かれたタイプFは頭上高くまで吹き飛ばされ、更にトドメと言わんばかりにエドワードの射撃を上から食らい爆発四散した。
「無事か、ギンガ」
「エド!」
新型のネオガジェットを倒し、見事に着地したエドワードへギンガが駆け寄る。いいタイミングで応援に駆け付けた恋人に、目を輝かせているようにも見える。
ウェンディが相手にしていたタイプEも、フリードリヒとキャロ、エリオが相手にしていた。
「へぇ、君がエドワード・クラウンか」
退屈そうにしていたフォースはエドワードが来た途端、立ち上がってマジマジと見つめて来た。
何度も獣人やネオガジェットと戦い抜いてきた狙撃手。しかも、マラネロの弟子であるフォラス・インサイトが先の戦いで敗北したのも、エドワードが毒針を正確に射抜いていたからだ。
「ただの人間みたいだけど、いい運動にはなりそうかな」
「タイプゼロ・フォース……念の為に聞くが」
「投降する気はないよ」
仮にも、相手はギンガの弟に当たるであろう存在。エドワードは一応、仲間にならないかと聞くつもりだった。
それを想定し、フォースは聞かれるよりも先に答える。
「そもそも、僕はドクターの弟子でもあってね。まだ研究内容については決めてないけど、とりあえず君達を材料として持ち帰ろうと思ってね」
あどけなさを残しているはずの少年の笑みは、マラネロ達と同じ不気味さを感じさせる。エドワードはここで確信した。この少年は科学者と同じ狂気を孕んでいると。
「そうか……なら、撃ち墜とす」
「出来たらいいね」
牽制し合う2人。そして、エドワードがライフルを向けたと同時に、フォースは距離を詰めて来た。
◇◆◇
一方、高町家ではハウスキーパーと偽ったウィネ・エディックスが、なのはの愛娘ヴィヴィオの首筋に鋸状の刃を向けていた。
本物のハウスキーパーであるアイナ・トライトンの風邪も、全てはなのは達を油断させる為の嘘だったのだ。
敵の術中に嵌り、ヴィヴィオとアイナを危険にさらしたなのはは己の不用心さを悔やんだ。
「さぁ、どうします? 親子そろって大人しく解剖されるのでしたら、こちらの女性は今すぐ解放しますが?」
ウィネは意地の悪い笑みでもう一本の鋸をアイナの身体に向ける。
ここまでの至近距離で人質を取られては、なのはにはどうすることも出来ない。
「……分かりました。ですから、アイナさんは解放してください」
「よろしい。では、デバイスを床に置いてもらおうか」
「んーんー!?」
観念したなのはの懇願に、口をテープで塞がれたアイナが叫ぶ。
「よし、いい子だ」
なのはが確かにレイジングハートを床に置くと、ウィネはアイナを縛っていた縄を椅子ごと斬り、自由にさせてやる。
「アイナさん!」
「ぷはっ、すみません、なのはさん……」
なのはが口のテープを剥がすと、アイナは泣きながら謝った。
今回の件では、非戦闘員であるアイナに責任はない。だが、自分が捕まったせいでなのはとヴィヴィオに迷惑をかけたと思うと、非常に申し訳がなかった。
「んん……」
「ゴメンね、ヴィヴィオ。必ず、何とかするから」
同じく口が塞がれて喋れないヴィヴィオに、なのはは小さく謝る。
今はこうするしかなくとも、せめてヴィヴィオだけでも解放して見せる。なのはの中の闘志は、まだ屈してはいなかった。
「さぁ、こっちに来て──」
もらおうか。ウィネがそう言おうとした瞬間、異変がほぼ同時に起こった。
一瞬でウィネの身体と鋸に翡翠色のバインドが絡み付き、動きを封じる。そして、玄関から何者かが上がり込み、なのはとウィネの腕を掴むと、転送魔法で何処かへと消えて行ったのだ。
あまりに素早い出来事に、アイナも縛られたままのヴィヴィオも暫くその場で呆然としてしまっていた。
場所は移り、ミッドチルダ中央区の湾岸部。
機動六課隊舎に近い場所に、3人の人物が翡翠色の光と共に転送されてきた。
「間に合ったね」
一瞬、何が起こったのか分からなかったなのはだが、掛けられた声にハッと振り向く。
なのはの腕を掴んでいたのは彼女がよく見知った男性。
「ユーノ君!」
無限書庫司書長にしてなのはの魔法の師匠、ユーノ・スクライアだった。
バインド、転送などの補助魔法のエキスパートである彼なら一瞬の隙を突いてバインドで動きを封じつつ、転送で移動させることは造作もないことだろう。
「でも、どうして私の家に?」
「アイナさんのお見舞いにと思ってね。けど、ハウスキーパーの本部に連絡を取ったら、病欠の連絡もその代理も覚えがないって言うもんだから」
ウィネは周囲にも自然になのはを自宅に変えさせるよう、その周辺にも連絡を入れていた。
しかし、ユーノに怪しまれたことについては計算外だったようだ。
「ユーノ・スクライア……なるほど、君が来ることは想定外だったね」
腕をバインドで巻かれたままのウィネは、予想外の存在であるユーノの登場に乾いた笑いを零す。
そして次には、人間だった姿は一気にクワガタムシの特徴を持つ獣人の姿へと変貌させた。
「君の脳も解剖のし甲斐がありそうだ」
作戦を破られた科学者は腕のバインドを容易く引き千切り、青一色の瞳でユーノを見据える。
下顎が大きく二つに割れた為に表情が分かりにくくなったが、ウィネは内心では激しく怒り狂っていた。
「なのは、これを!」
ユーノは左手に掴んでいたなのはの腕を引き寄せ、右手の握っていた物を渡す。
それは、咄嗟に拾い上げていたなのはのデバイス、レイジングハートだ。
「ありがとう、ユーノ君!」
10年来の付き合いだが未だに頼りになる男性に深く感謝し、なのはは思考を戦闘モードに切り替える。
自分達を姑息な手で騙し、大事な家族を危険な目に合わせた悪人を許す訳にはいかない。
「レイジングハート、セットアップ!」
〔Stand by,ready〕
持ち主の呼びかけに紅い宝玉が反応し、魔砲の杖へと起動する。
ピンクの魔法陣が展開し、すぐになのはの服装を教導官の白い制服から、青いラインの入った白いドレスへと変えて行った。
「ウィネ・エディックス。貴方を逮捕します!」
「私を逮捕? 出来ますかな?」
闘志を燃やす不屈のエースオブエースを嘲笑うかのように、クワガタ獣人は背中の羽を羽ばたかせ、海上の夜空へと飛翔した。
負けじと、なのはも飛行魔法を展開し空中へ出る。
空戦はなのはの十八番。それはなのはを調べ尽くしたウィネも知っているはずである。無作為に空へ逃げるはずはなかった。
「さぁ、踊りましょうか!」
ある程度の高度に達すると、ウィネは両手の鋸の切先をなのはに向ける。そして柄の部分にあるトリガーを引き、魔力弾を放ってきた。
なのはは咄嗟に回避するが、着弾した海面は勢いのあまり大きな水飛沫を跳ねさせた。
「私のクラフティシザースは刀にも、ライフルにもなります」
ウィネは余裕の態度で両手に持っていた鋸を、刃を向かい合わせにして柄の部分で重ね合わせた。
するとそのまま鋏になり右手に収まった。本来、この武器は鋏の形状が真の姿のようだ。
「腕と脚、バラバラにしてから持ち帰るとしましょう」
「させない!」
〔Accel shooter〕
襲いかかるウィネへ、なのはは複数の魔力スフィアを打ち込む。
しかし、旋回して躱された上に、いくつか命中した箇所は強固な灰色の皮膚によって傷一つ付いていない。
「硬い……っ!」
相手の硬さに驚きつつも、接近させないよう距離を保ちながら飛び続けるなのは。
逃げながら光弾を放つなのはを、鋏を振り回して追うウィネ。2人の激しい空中戦はまだ続いた。
◇◆◇
「これで終わり? 意外とあっけなかったなぁ」
見下す口調のフォースの目の前では、傷だらけになって倒れ込むエドワードの姿があった。
傍で見ていたギンガには何が起こったのか分からなかった。ただ、フォースが殴る動作をすると触れていないにも関わらずエドワードが吹き飛ばされたのだ。
「お、お前の
エドワードはフラフラになりながらも立ち上がり、ブレイブアサルトを拾う。
彼もただ殴られていただけではない。ボコボコにされながらも、相手の能力の分析を怠っていなかった。
「空気に振動を送り込み、相手を攻撃するもの……か?」
一連のフォースの動作とエドワードが負ったダメージは合致する。ならば、考えられる攻撃方法はこれぐらいしかなかった。
エドワードの推測に対し、フォースは目を見開き、ニヤリと口元を上げる。
「大当たりだよ。僕の"
フォースは言い当てられた自身の能力を説明し、右腕を大きく振り抜く。その衝撃は空気中を伝い、エドワードの頬を殴り飛ばした。
能力が分かったところで、対策が練れなければ意味はない。再び地に伏すエドワードは、脳味噌が大きく揺さぶられるのを感じていた。
自分を呼ぶ恋人の声が聞こえる。
自身の推理を褒め立てながら、弱さを見下してくる敵の笑いが聞こえる。
そして、"外から聞こえる音"を掻き消すかのような唸り声が、何故か脳の内側から聞こえて来た。
(なんだ? 体が、熱い……)
得体の知れない何かは、エドワードを内側から破ろうとしてくる。爪が、牙が見え、鋭い眼光が彼の体を射抜く。
「あれ、ダウンしちゃったか。じゃ、次はファースト姉さんだね」
倒れたまま反応のないエドワードを見て、気絶したと思ったフォースは標的をギンガに移す。
ギンガのIS、振動破砕も直接触れずに相手の内部を破壊する程の威力を秘めている。それでも、一定距離は近付く必要がある。
一方で、フォースの真空破砕は近付かなくとも、動作だけで攻撃したことになる。
「まず一発目ぇ!」
フォースは狙いをギンガの顔面に定め、右腕を引く。
当然、ギンガもやられるつもりはない。ストレートパンチならば振り抜いた瞬間、相手の目の前にいなければいい。
ブリッツキャリバーのローラーを回転させ、ギンガは思い切り特攻した。
「貰っ」
フォースの動作と同時に横へ移動し、攻撃を避ける。これで真空破砕は攻略した。隙だらけのフォースへ向かうギンガはそう確信した。
だが次の瞬間、ギンガは顔を思い切り殴られるような衝撃を受け、後ろに倒れ込んでしまう。
この攻撃は紛れもなく、真空破砕によるものだとすぐに気付いた。
「残念、ファースト姉さん。真空破砕は別に発動させる場所が何処でもいいんだよ」
顔を抑えるギンガに、フォースはケタケタ笑いながら解説する。
空気の振動を利用しているので、わざわざ直線状を狙わなくとも、自在に相手の位置を予測し、軌道を変えることが出来るというのだ。
「さて、次は目を潰してあげるよ」
フォースは右手でチョキを作り、腕を引く。
ギンガは咄嗟に腕でガードしようとした。しかし、フォースの言うことが真実ならガードの裏側から衝撃を伝わせることも出来る。
「ぐ、がぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
その時、意識の飛びかけていたエドワードがデバイスも持たずにフォースの前に飛び出していた。
恋人の危険を本能で察知し、飛び出してしまったのだろう。
それでもフォースの腕は止まらず、エドワードは攻撃を止めようと必死に腕を伸ばした。
◇◆◇
機動六課隊舎へ向かうエリゴスの前に、2人の騎士が降り立った。
月明かりと六課隊舎を背に、ヴィータとシグナムがこの男と対峙する光景は奇しくも以前戦った時と状況が似ていた。
「止まれ、エリゴス・ドマーニ」
歩くエリゴスへ、シグナムはレヴァンティンの切っ先を向ける。ヴィータもグラーフアイゼンを構え、既に臨戦態勢だ。
すると、エリゴスは狼狽えるどころか大きく笑い出した。
「はははっ! これは、上手く行きすぎて腹が捩れそうだ!」
エリゴスの態度の意味が分からず、シグナムもヴィータも怪訝そうな顔をする。
「はぁーっ、フォースに315部隊を襲わせたのは我輩だ。六課が応援に何人か寄越すのも計算通りだった」
エリゴスはツボに入って苦しそうな腹を抱えながら、自身のプランを説明しだした。
「高町なのは、奴は今ウィネ・エディックスという男が襲っている」
「何っ!?」
「それで、戦力がある程度分断されたところに俺がノコノコやってくれば、自ずとヴォルケンリッターの2人が現れるという訳だが……上手く行きすぎて不安になるくらいだ」
エリゴスの策はあくまで六課を潰すためのものではなく、ヴィータ達を誘き出すことだったのだ。
以前戦った際に、自分がヴォルケンリッターを狙っていると告げたため、そのまま自分が攻め込めばなのはとフェイトの2人か、フォワード6人が出て来るだろう。
面倒くさがりなエリゴスはそれを一々相手にしたくなかったので、回りくどい策を実行したのだった。
「さて、後はお前らを捕まえるだけだ」
一頻り笑った後、エリゴスは白衣姿からカブトムシ獣人へと変身し、剣先が角のようにT字になった大剣を構えた。
お互い戦闘態勢が整ったところで、シグナムは気になっていたことを口にする。
「貴様、何故我々を狙う? 夜天の書には既に貴様等の狙うような力はない」
夜天の書。嘗て防衛プログラムが暴走し、多くの災いを引き起こした呪われしデバイス。
闇の書と呼ばれ忌避されたその書物は、最後の夜天の主とその友人達の働き掛けにより、暴走と不幸の運命に終止符を打たれた。その際に切り離され、消滅した防衛プログラムには闇の書時代の強大な力も含まれていた。
ヴォルケンリッター達にも影響が及び、現在は体が人間に近くなっているとのこと。
どちらにしろ、エリゴスのような科学者達にとっては抜け殻のような状態のはずだった。
「知ったことではない。少し弄れば、また闇の書にも戻せるだろうしな」
だが、エリゴスは多くの苦労と犠牲の元に解決した闇の書事件を無にするような発言を、さらっとしてきたのだ。
「夜天の書の主、それは多くの将を従える王のこと。つまり、昆虫の王でもあるこの我輩にこそ相応しい」
エリゴスはカブトムシ獣人である自身を昆虫の王と称した。実際は、夜天の書によって得た力を自分の面倒事を処理するために使うつもりなのだろうが。
傍若無人かつ、冷酷な昆虫の王に、シグナムもヴィータも怒りを堪え切ることが出来なかった。
「貴様に、王は相応しくない!」
「最後の夜天の主ははやて、ただ一人だ! お前なんかには絶対渡さねぇ!」
怒りで魔力を滾らせ、2人の騎士は主に仇成す敵を排除すべく立ち向かっていった。
◇◆◇
一瞬の出来事に、何が起きたのかエドワードは理解が追い付いていなかった。
今、彼は確かにフォースの攻撃を止めようとボロボロの腕を伸ばしていたところだった。同時に自分がやられたと思い、目を瞑ってしまった。
しかし、自分の目は未だ潰れてはいなかった。次に、エドワードは伸ばした右手の平に何かが当たっているのを感じた。これは、多分フォースの指だろう。
攻撃を止めること自体には成功したのだが、フォースからも反応が返ってこないのは変だった。
まるで時の止まったかのような状態に違和感を感じ、エドワードは遂にその目を開いて現状を確認する。
「な」
彼の目にまず飛び込んできた光景は、黒い毛むくじゃらの太い右腕だった。フォースの右腕を手の平で受け止めている腕は、明らかにエドワードの体から伸びている。
異変はそれだけではなかった。エドワードの全身が大きく変化していたのだ。
腕同様に黒い毛で覆われた身体は、細身だったエドワードからは想像も出来ないほど筋肉が付いている。頭部は三角形の耳が上を向き、口元は大きく前に突き出して鋭い牙を覗かせていた。
靴を履いていたはずの足は鉤爪の付いた三本指の大きな足に変貌している。
エドワードのシルエットは、最早人間のものとは到底思えない程変わってしまっていたのだ。
「何だ、これは……?」
変わり果てたおぞましい姿に、エドワード自身が呆然とする。
すぐ傍にいたギンガも、戦っていたはずのフォースすら、想定外の出来事に驚きを隠せない。
「これは一体何なんだっ!!?」
その姿は、まるで狼の特徴を持つ獣人そのものだった。