魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第27話 蜂の軍勢

 油断していた、と後悔するのはいつも問題が起きた後である。そうでなければ、そもそも問題が起きているはずがないからだ。

 今回のミスは明らかに警戒を怠った自分の責任だろう、とはやては自責の念に駆られていた。

 

 司令室のモニターにはマラネロの弟子フォラスと対峙するエリオ、そして倒れているフォワード達の姿が映し出されていた。

 まさか敵の狙いがエリオで、出撃したフォワード達を容易く手中に収める方法を用意していたとは予想もしていなかったのだ。

 

「おーっと、六課の連中もそこを動くなよ?」

 

 出ようとしていたなのはとフェイトを見透かしているかのように、フォラスはモニター越しから忠告する。

 

「今、コイツ等の周囲を俺様特製の毒を持った蜂が飛んでいる。まぁ、すぐには死にやしねぇよ」

 

 フォラスが出しているモニターに蜂の姿が映し出される。よく見れば、スバル達の周囲を同じ蜂が数匹飛び回っており、フォワード達はこの蜂の毒にやられたのだということが分かる。

 

「だーが! アナフィラキシーショックって言葉は聡明な管理局員なら知ってるよな?」

 

 アナフィラキシーショックとはアレルギー反応の1つで、外来抗原に対する過剰な免疫応答が原因で発生し多くの場合死に至る。特に有名なのがハチ毒によるショックで、毒針に二度刺されれば引き起こされる。

 ここで漸くフォラスの狙いが分かり、フェイト達の焦りが強くなる。

 

「そう、俺の毒も二度目以降はアナフィラキシーショックを起こすよう出来ている。つまり、一度刺されたコイツ等にもう一度毒を刺せば?」

「貴様ぁぁぁぁっ!」

 

 フォラスの卑劣な行為と嫌らしい笑みに、エリオが激昂する。

 仲間の命を軽く弄ぶ敵に、なのは達も怒りが爆発しそうだった。しかし、下手に手を出せば、すぐにフォラスは人質を殺せる。

 

「俺の要件はプロジェクトFの残滓。つまり、エリオ・モンディアルとフェイト・T・ハラオウン。大人しく2人を差し出せば、人質は解放してやろう」

 

 敵の真の狙いが自分であることに気付いたフェイトは、悔しさのあまり唇を噛み締めていた。しかし、自身が行かなければキャロや皆の命が危ない。

 フェイトだけでなく、その場にいた誰もが他の選択肢を見出せないでいた。

 

「ここは、私の力が必要?」

 

 その時、司令室のドアが開き、少女の声が聞こえた。紫色の長髪を揺らし、右手にはいくつかの本を抱えている。

 黒い服などのイメージカラーとは対照的に明るい笑顔の少女に、はやて達は希望を見出した。

 

 

◇◆◇

 

 

 仲間達の命を握っている敵を目の前にし、エリオはただ悔しがることしか出来なかった。

 いくら高速で動けたとしても、フォワード全員を助けるのに間に合わない。

 

「けど、バカだよなぁ。わざわざ分身を用意して待ってたら、本当に分散してくれるなんて。おかげで、俺はかなりやりやすかったけど!」

 

 キャロ達を助けるには、自分の身を差し出さなければならない。それだけならまだしも、自分の家族であるフェイトも犠牲にしなければならない。

 エリオはそのどちらも選べずにいた。せめて、自分一人だけが犠牲になって助けられるのなら。

 

「さて、お前はどうするんだ? 降参して俺の研究材料になんのか?」

 

 フォラスは抱えていたキャロの苦しむ顔をまじまじと見せながら、エリオを問い詰める。

 本当なら、今すぐにでも卑怯な敵の顔をブン殴りたい。だが、エリオにはそれが出来ない。

 

(これじゃあダメじゃないか。結局、誰も守れない……!)

 

 大事なものを失わないよう、エリオは自分を鍛えていたはずだった。なのに、今全てを失おうとしている。

 せめて、エリオは最期の賭けに出ることにした。

 

「連れて行くなら、僕だけにしろ」

「は?」

「僕1人を連れて、他の皆は助けろ」

 

 エリオはストラーダを置き、両手を上に挙げた。

 自分を犠牲にして、全員を助けるという捨て身の作戦に出たのだ。

 

「ぷっ、はははは! ダメに決まってるだろう! なんで俺がお前なんかの要求を呑まなきゃいけないんだ!」

 

 しかし、フォラスはエリオの行為を嘲笑する。

 フォラス・インサイトという男はイニシアチブを握るのが大好きだった。

 人より優位に立つことで、自分の思うままに状況を動かすことが出来る。それがどんなに卑劣な手段でも、人より上に立てればそれでよかった。

 

「生意気な口を利かれたし、ここは見せしめに1人殺っとくべきだよなぁ?」

 

 その反面、非常に短気で思い通りに行かないとすぐに怒りを露にする。

 今回もエリオの行為が琴線に触ったらしく、フォラスは苦しむキャロの頭を左腕で抱え出した。

 

「俺の右腕の針にも、蜂たちと同じ毒がある。コイツでおさらばだ」

「やめろ!」

 

 フォラスはスズメバチ獣人に変身し、右腕の毒針をキャロに突き付ける。これをもし掠りでもすれば、キャロはほぼ確実に死んでしまう。

 エリオの制止も聞かず、フォラスはそのまま毒針をキャロの首筋に向けた。

 

「やめねーよバーカ! あははははははぐばっ!?」

 

 次の瞬間、フォラスを謎の影が蹴り飛ばした。毒針はキャロに触れる寸前で、ギリギリセーフのタイミングで阻止された。

 謎の影は解放されたキャロとフリードリヒを抱え、その場から離れる。そして、ビルの上からこちらを見下ろす少女の元に降り立った。

 

「間一髪ってところね」

 

 少女の言葉に、影は言葉を発さずに頷く。キャロを救った存在と、傍にいる少女にエリオは見覚えがあった。

 黒いスカートを翻し、肩と胸元を露出したドレスを着た少女は歳に見合わぬ妖艶な笑みを浮かべ、謎の影と共にエリオの元へと移動してきた。

 

「こんにちは、エリオ」

「ルー! ガリュー!」

 

 助っ人の正体は、エリオとキャロの友人、ルーテシア・アルピーノと使役蟲のガリューだった。

 久々に外出許可の下りたルーテシアは、本の調達ついでにエリオ達に会いに来ていたのだ。サイレンを聞き司令室へ足を運んだところ、現状を知って駆け付けたとのことだった。

 勿論、はやてから許可を得て、現在は魔力制限を一時的に解除して貰っている。

 

「ってて……クソがぁ!」

 

 計算外の邪魔が入ったフォラスは、激怒しながら指を鳴らして各地の蜂達に指示を下す。毒の回ったフォワード達へ再度毒針を刺し、死に至らしめろと。

 

「無駄よ」

 

 だが、ルーテシアは既に手を打っていたようで、先程のフォラスのようにモニターを展開する。

 映像には、フォラスが用意した蜂達と小さな画鋲のような形をした虫達が争っている姿が映っていた。おかげで、スバル達はまだ息をしている。

 

「私のインゼクト達が貴方の蜂を全て退治しているから。もう、貴方に勝ち目はない」

 

 蟲のエキスパートとも言える召喚士に、エリオは改めて頼もしさを感じていた。

 それに対し、作戦が失敗したフォラスは山吹色の身体をわなわなと震わせていた。

 

「俺の作戦が、こんな小娘なんかに潰された……? ざっけんなぁぁぁぁっ!」

 

 主導権を奪われたフォラスは激怒し、自らトドメを刺しにフォワード達の下へ飛び去って行こうとした。

 ガリューが慌てて止めに行こうと動き出すが、フォラスの飛行速度は通常のハチ獣人よりも速く追い付けない。

 

「はああああっ!」

 

 だが、エリオは既にフォラスの背後へと回り込んでおり、飛び去って行く直前に憎たらしい昆虫の顔面を、電気を帯びた拳で捉えていた。

 今までの怒りを貯め込んでいた拳はスズメバチ獣人の牙を砕き、異形の身体を吹っ飛ばすには十分な威力を発揮した。

 

「お前だけは、許さない」

「おぉ……」

 

 バチバチと雷を鳴らし、気が狂いそうな程の怒りを込めた眼光を向けるエリオは、一人前の騎士と称しても申し分ない程の覇気を纏っていた。

 怒りを爆発させたエリオにルーテシアは呆然とするが、それ以上に仲間の為に本気で怒りをぶつける騎士の姿に見惚れていた。

 エリオは身体に電気を纏わせたままストラーダを拾い、ビルの壁に打ち付けられたフォラスを斬り裂こうとしていた。

 

「舐めんなっ!」

 

 だが、フォラスもこのままやられる程弱くはなかった。黒い複眼はエリオの行動を見切っており、ストラーダの斬撃を右腕の針で受けていた。

 背中の羽も無事なようで、ストラーダを押し返すと、鈍い羽音を響かせながら飛んで行った。

 

「待て!」

〔Dusen form〕

 

 エリオはフォラスを追いながらストラーダを"デューゼンフォルム"へと変形させる。槍の側面にも噴射口が現れ、元からあった各部のノズルも形状が変化。直線的だが、空を飛ぶことの出来る形態である。

 "ソニックムーヴ"を維持したままブースターを噴射させ、エリオはフォラスへと刺突した。

 フォラスはギリギリ避けるが羽に少し掠らせたようで、高度を下げて飛び続ける。

 

「こうなりゃ、死体でも構わねぇ!」

 

 生け捕りを目指していたフォラスだが、遂にエリオを殺すように決め、毒針をサーベルのように扱い攻撃を仕掛けてきた。

 ビルの合間を縫うように低空飛行し、交錯しながらストラーダと毒針をぶつけ合う。2人の高速戦闘はルーテシアにも、意識が戻りかけているキャロにも視認できず、甲高い金属を撃ち合わせる音しか聞こえなかった。

 何度目かの撃ち合いの後、平行飛行していたエリオとフォラスは向かい合わせになり、お互いに突進していく。

 

「貰った!」

 

 電気を全身に纏わせて飛ぶエリオに対し、フォラスは突如口を開き、口内から小さな針状の魔力を無数に飛ばしてきた。

 獣人には獣の特徴と同時に、口から魔力を放つ"魔口弾(まこうだん)"と呼ばれる攻撃方法を有している。上位の獣人であるフォラスも例外ではなく、彼の魔口弾は魔力を毒針にして放つというものだったのだ。

 エリオは急速旋回して魔口弾を避けるが、その隙をフォラスに突かれてしまった。

 

「くっ……」

 

 擦れ違った2人がそれぞれ着地するが、エリオの腕からは針が掠った跡が出来ていた。切り口から血が流れ、エリオの白いジャケットが紅く汚れる。

 この傷は、エリオにとっては死のカウントに等しかった。あと一撃、毒針の攻撃を受ければアナフィラキシーショックを発して死ぬ可能性が高い。

 

「毒が全身に回ればお前はもう動けなくなる。その時がお前の最後だ」

 

 フォラスの言葉通り、身体に毒が回り始めたエリオは苦しそうに息を切らす。針を躱し続けたところで、毒が全身に回れば他のフォワード達のように倒れてしまう。

 ソニックムーブを繰り返し、デューゼンフォルムで魔力を噴出し続けたため、魔力自体も残り少ない。

 いずれにしろ、次で仕留めなければ自分だけでなく背後のキャロやルーテシアも危ない。

 

「死ねぇ!」

〔Speer angriff〕

 

 エリオはストラーダの魔力カートリッジを3つ消費し、柄の穂から魔力を思い切り噴出させた。

 凄まじい雷が発生し、周囲のビルの窓が次々に割れていく。ロケットのように真っ直ぐ突き進んでいくエリオに、フォラスも高速で飛行して行った。

 毒針の先は確実にエリオの額に向かっており、リーチの差もストラーダの刃先と五分五分。フォラスは自身の勝利を信じて疑わなかった。

 

〔Forte burst〕

 

 フォラスはその一瞬、何が起きたか分からなかった。

 勝ちを確信していたのも束の間、何処からか飛んで来た魔力弾によって自身の毒針の先が砕かれていたのだ。

 加えて、ストラーダを桃色の光が包み、追突速度が上がっていた。

 計算外のことが2つも起き、フォラスは状況を分析する前に身体をエリオに突き抜かれ、ビルの壁に打ち付けられた。

 

「こ、の……フォラス様、が……!?」

 

 非殺傷設定の攻撃だったがダメージは絶大で、科学者の弟子は自身の敗北を信じられないまま意識を手放した。

 フォラスが昏倒したことでキャロ達に残っていた毒も消滅し、彼の野望は完全に潰えたのだった。

 

「はぁ、はぁ、キャロ!?」

 

 遂にフォラスを倒したエリオは、ボロボロの身体も顧みず、自分のパートナーの元へ向かう。

 最後の攻撃時、エリオはキャロのブースト魔法を受けたのを感じていた。意識を取り戻したキャロは、残った力を振り絞ってエリオに補助魔法を掛けたのだった。

 

「エリオ君……よかったぁ……」

 

 エリオの勝ちを見届けて、キャロは気を失った。一瞬、最悪の事態を想像するエリオだったが、小さな寝息と赤みの戻った顔色を確認し、息を撫で下ろす。

 今回の勝利に貢献したのは、キャロだけではなかった。遠くから魔力弾を放ち、フォラスの毒針を砕いた人物が遠くから近寄ってきた。

 

「ありがとうございます、エドさん」

 

 その人物、エドワードは顔色こそ悪いままだったが、膝をついて静かに笑った。

 確かに毒を受けていたエドワードだったが、何故か毒が身体に回るのが遅かったらしく、エリオの下へ駆け付けることが出来たのだ。

 

「けど、よくここが分かったわね」

「……鼻が良くてな」

 

 人間の姿に戻ったフォラスをバインドで縛り付けながら、疑問を投げかけるルーテシアに、エドワードは鼻を擦って答える。

 それ以上は冗談を言う体力もなく、エリオもエドワードも乾いた笑いを浮かべるのみだった。


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