手記 プロジェクトFの残滓と可能性
著者 フォラス・インサイト
今回調査する内容はプロジェクトFによって生み出された失敗作、フェイト・T・ハラオウンとエリオ・モンディアルについてである。
プロジェクトFとは、死んだ人間をそのままクローニングして再生させる技術であり、ジェイル・スカリエッティが基礎を提唱、後にプレシア・テスタロッサが引き継ぎ完成させた。
しかし、その実態は不完全なクローニングであり、記憶のコピーは出来ても利き腕や魔力、性格等、細かい部分が異なってしまった。
結果、プロジェクトは打ち切りになり、責任者のプレシアも姿を消した。
だが現在、私の目の前にはプロジェクトFの残滓は2体も存在している。生存活動についての問題はなく、寧ろ有能な魔導師・騎士として存在している。
そこで、私はこの2体の失敗作を調査し、プロジェクトFの改善点を見出すことにした。そして、彼等の魔力や能力に関係があるかどうかについても調査する。
もし、この調査が成功すれば、完全なクローンを生み出せるばかりか、究極の人造魔導師を量産出来るかもしれない。
◇◆◇
マラネロの研究室にて、フォラス・インサイトは笑みを浮かべながら複数のモニターを眺めていた。
モニターにはミッドチルダの首都、クラナガンの街並みが映し出されている。通行人や巡邏の局員が画面に入ってくるが、監視されているとは気付かずに平和な日常を送っている。
「貴様、何をしている」
そこへ訓練を終え、訓練場から転送されてきたアースが怪訝な表情で通りがかる。
薄暗い研究室の中でクラナガンの風景を眺める研究者の姿はまさしく不審者そのものだったが、フォラスはフォラスで集中を乱されたことに顔を顰めた。
「何だ、アースか。次の作戦を練ってるんだよ。邪魔すんな」
マラネロの弟子達は集結した後、誰が真っ先に出撃するかで揉めた。全員で出撃すれば、前回の夜襲の時と同様にすぐバレてしまう。そもそも、協調性の薄い4人ならば自分の徳の為に相手を潰すことも考えてしまう。
そこで、マラネロはあみだくじを作り、実行した結果フォラスが一番手になったのだ。
フォラスは自身の狙いである、プロジェクトFの残滓を誘い出すべく、作戦を練っていた。
「どうせ碌でもない作戦だろ」
この男は目的の為ならば、どんな卑劣な手段でも使う。それを知っていたアースは、フォラスの作戦に嫌味を吐いて立ち去ろうとした。
だが、フォラスは卑劣であると同時に、マラネロの弟子の中では最も短気である。自身を鼻で笑われたことに苛立ちを隠せず、フォラスは
「そういえば、貴様もプロジェクトFの技術が使われてるんだっけなぁ。失敗作だがな!」
失敗作。そのワードに、アースも怒りで額に血管を浮かび上がらせる。
アースは本来、プロジェクトFを使い作られたソラトのクローン。しかし、髪や瞳、魔力光の色からも完全なクローンとは言えない存在であった。
「お前から解剖してやってもいいんだぜ?」
「やってみろよ、蜂野郎が」
挑発しながらフォラスはスズメバチ獣人の姿に変身し、アースもベルゼブブを起動させる。
だが、一触即発の空気で睨み合う2人の空気をぶち壊したのは、テンションの高い男の声と手拍子だった。
「はいはい、そこまで! ここで暴れられると、機材が台無しになるでしょ?」
手を叩きながら現れたのは、研究室の主マルバス・マラネロだった。
弟子であるフォラスにとって、師匠の言葉は絶対だ。舌打ちし、大人しく人間の姿に戻る。
すると、戦意を失くしたアースもベルゼブブを仕舞い、自分の部屋に戻って行った。
「フォラス。無闇に怒る性格は、科学者としては似合わないなぁ」
「……すみません、師匠」
モニターを眺めながら警告するマラネロに、フォラスは膝をついて頭を下げた。
しかし実際には、マラネロはフォラスとアースが争うことに対して特に何も思っていなかった。今回、2人の仲裁に入ったのも、自身の研究機材を守るためだけである。
「それで、計画は?」
「はい、現在実行中です」
「よろしい」
フォラスの報告に、マラネロはニヤリと笑顔を浮かべる。
モニターに映る、一見平和そうな光景の中で、卑劣な科学者の作戦は既に行われていた。
◇◆◇
機動六課の演習場では、ソラトとエリオが刃を交えていた。
朝の教導は終わり、現在は休憩時間のはずなのだが、強さを追い求める2人の少年騎士は落ち着かず、模擬戦を続けていた。
ソラトの大剣に対し、エリオの得物は槍。リーチはエリオにアドバンテージがある。
なので、ソラトは距離を詰めて戦おうとする。エリオもストラーダの柄でソラトの剣撃を受けながら、バックステップで距離を取ろうと動く。
「そこっ!」
ソラトは更に距離を埋めようとするが、それこそエリオの狙いだった。
エリオはストラーダを地面に刺し、支えにしながら電気を纏わせた蹴りを放ったのだ。
ソラトも咄嗟に左腕で防ぐも、受け切れずに吹っ飛ばされる。受け身を取り、すぐに立ち上がるソラト。
しかし、戦いの最中に考えていたのは、先日のノーヴェの行動についてだった。
雨の中、ノーヴェとアースが2人きりで会っていた話は、すぐに六課の方にも入ってきた。
戦場に出ない後方の隊員達は"悲劇のラブロマンス"として軽い気持ちで噂している。そんな話し声を聞く度に、ソラトの気持ちは沈んでいった。
(僕が弱いから……っ!)
ソラトは、アースに勝てない自身の弱さを悔やんでいた。アースの歪んだ心を正すには、自分がアースに勝つしかない。だが、現状ではどんなに訓練を積んでもアースに勝つことが出来ないでいた。
自身が弱いままではスバルも、アースも、ノーヴェも、誰も守れない。
「まだまだ!」
「はい!」
構え直すソラトに、エリオは力強く返事をする。
強さを渇望し、己の力不足に悩んでいるのは、エリオも同じだった。なのはの教導を受けて強くなっているのは確かなのだが、それでもフェイト達に追い付かない。
エリオは自分の弱さに悔しくなり、ストラーダの柄を強く握る。
(このままじゃ、ダメだ……もっと強くならないとキャロも、誰も守れない!)
思い浮かべたのは、最も身近な少女で大切なペア。自分の家族と居場所を、二度と失いたくない。その一心で、エリオは力を追い求めていた。
何度目かの打ち合いの途中で、サイレンが鳴り響く。獣人が出現したようだ。
「行こう、エリオ」
「はい!」
バリアジャケットを解除し、2人の少年騎士は急いで司令室へ向かった。
その様子を遥か遠くで見つめて小さく微笑む影があったことを、2人は知らない。
◇◆◇
獣人が出現した場所は、首都クラナガンより北西にある街だった。
自分のバイクがあるソラトとマッハキャリバーで移動するスバル以外は、エドワードの車で急行するフォワード達。
今回の襲撃は大きな被害こそ出ていないものの、街全体のあちこちに獣人が出現しているとのことだった。獣人の数は5体。よって、フォワード達はそれぞれ分かれて対処することになる。
「気を付けろよ」
エドワードの忠告に、フォワード達全員が頷く。
まずはキャロとエリオが、空を飛べるフリードリヒに乗って一番遠い場所へ向かう。続いて、自身の移動手段があるソラトとスバルが街の中へと向かって行った。最後に、ティアナとエドワードがそれぞれ入口に一番近い箇所の獣人を叩く。
「早速お出ましか」
〔の、ようですね〕
ティアナと分かれ、一人で進むエドワードだが、すぐに獣人の気配に気が付いた。一般市民は既に避難しており、物音一つしないはずの街中に、鈍い羽音が聞こえる。
エドワードは目を瞑り音を聞き分けると、顔を向けずにライフルを左側に構えて魔力弾を放った。
藍色の魔力弾は斜め40度の方向に飛ぶと、約100m先を飛行していた獣人の羽を見事に打ち抜いた。
〔お見事〕
「仕留めるつもりだったんだがな」
ブレイブアサルトの称賛の言葉にエドワードは冗談っぽく返し、墜ちた怪物の方へ足を進める。
街を襲った獣人の正体は、ハチの特徴を持つ怪物だった。網目状の半透明な羽の一部は打ち抜かれており、もう飛ぶことは出来ないだろう。
ビル3階ほどの高さから落ちたはずだが、右腕に付いていた巨大な針が折れた程度で身体はまだ無事なようだ。
「念の為聞く。お前、喋れるか?」
ブレイブアサルトを構えながら、エドワードは質問を投げかけてみる。
しかし、ハチ獣人はカタカタと歯を鳴らして威嚇するのみで、理性があるとは言い難い。
「そうか……フォルテバースト」
〔Forte burst〕
エドワードは相手が理性のない獣だと分かると、残念そうに呟いて獣人の頭を打ち抜いた。
頭部を失くした身体は力なく倒れ、内部から爆散した。
呆気なかった気もするが、仕事を終えたエドワードは気にせずその場を立ち去ろうとした。
◇◆◇
先行したエリオとキャロもハチ獣人を発見し、交戦していた。
ハチらしく素早く飛び回る獣人に対し、エリオが電気を帯びた高速移動魔法で追い詰める。元々スピードの差は歴然であり、加えてキャロのブースト魔法が掛かっているので苦戦するような敵ではない。
「はぁっ!」
エリオはハチ獣人の真上を取り、背中にストラーダの刃先を突き入れた。
身体を貫かれたハチ獣人は苦しみながら落下し、ストラーダを抜いたエリオが離れると同時に爆発した。
「やったね、エリオ君!」
フリードリヒの上から、キャロが元気に手を振る。今回の事件もこれで終わりだ。エリオは安堵しながら、キャロに手を振り返す。
しかし、終わってはいなかった。
何事もなく飛んでいたはずのフリードリヒが、突然苦しそうに鳴いて墜ちてくる。そして、さっきまで手を振っていたキャロも、顔色を悪くして苦しみ始めた。
「キャロ!?」
エリオはキャロと仔竜に戻ったフリードリヒを受け止めに行こうとした。
だが、別の影がキャロ達を奪い去っていく。
一瞬、エリオは味方かと思ったが、人間のものではない独特のフォルムから、すぐに敵だと判断した。
「誰だ!?」
エリオはストラーダを再び構え、突然現れた存在を睨む。
その正体は、先程倒したハチ獣人にそっくりの姿をした獣人だった。山吹色と黒の体色に、網目状の羽。キャロを抱える右腕には、ハチ獣人のものよりも長く鋭い針が伸びていた。
スズメバチ獣人は黒い複眼でエリオを見ると、昆虫の顔にあるまじき不気味な笑みを浮かべた。
「よぉ。プロジェクトFの残滓、エリオ・モンディアル」
プロジェクトFの残滓。その言葉だけで、エリオは激しい嫌悪感に襲われた。
自分を生み出し、苦しめて来たプロジェクトF。それを知っているということは、目の前の獣人は研究者だろう。
エリオは獣人を睨み、ストラーダを握る手を強くする。
「お前は、誰だ?」
「フォラス・インサイト。お前を研究したくてさ、こうして出て来てやったって訳」
スズメバチ獣人はエリオの問いに答えると同時に、身体を人間のものへと変化させた。
山吹色のメッシュを掛けた男は陸士315部隊の報告にあった、マルバス・マラネロの弟子を名乗る存在だった。
「キャロとフリードを離せ!」
「あぁ、これ? コイツ等は俺の人質って奴。お前と、フェイト・テスタロッサが大人しく従わなければ──」
フォラスはフリードリヒを無造作に地面へ落とすと、空いた左手でボードを操作して多数のモニターを展開して見せた。
そこに映っていた光景を見て、エリオはおろか司令部にいるなのは達も驚愕した。
「コイツ等全員、命はねぇぞ!」
そこには、それぞれ苦痛の表情を浮かべて倒れるフォワード達の姿が映っていた。