魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第23話 科学者の弟子

 機動六課隊舎からクラナガンまでの道路。

 シマウマ獣人とネオガジェットが待機しているその眼前では、ロノウェ・アスコットと名乗る男がソラトと対峙していた。

 命を弄ぶ実験を繰り返す、非道な輩に怒りを覚えたソラトは不敵に笑うロノウェに斬り掛かる。

 だが、いつの間にか握られていた大鎌の柄によって、攻撃を防がれてしまう。

 

「怒りに身を任せて突っかかって来る。そういうとこ、アースによく似ているよ」

 

 ロノウェは笑みを絶やさず、ソラトを分析する。しかし、左手は白衣のポケットに仕舞われたままで、何もする素振りを見せない。

 その時、ロノウェの背後からシマウマ獣人が飛び掛かり、持っていたランスでソラトの体を突き刺そうとした。

 現状は、配下を引き連れているロノウェの方が圧倒的に有利。わざわざ手を下さなくても、余りある戦力があったのだ。

 

〔Holy raid〕

 

 次の瞬間、ソラトの姿が青緑色の残像を残して消え、シマウマ獣人の攻撃が空を切る。

 短距離瞬間移動魔法で獣人の真横へ移動したソラトは、反撃の一撃を加えようとセラフィムを構えていた。

 しかし、ギリギリのところで気付いたシマウマ獣人は、ランスを横に持ち構えてソラトの攻撃を防ぐ。

 

「バイバイ」

 

 右手を振るロノウェの合図で、奇襲を止められたソラトへネオガジェットの軍勢がレーザーを放とうとアイカメラを光らせた。

 ホーリーレイドの欠点は連続使用が出来ないことだ。防御魔法を展開しても、大量のレーザーを防ぎきることは不可能だろう。

 しかし、レーザーがソラトに当たることはなかった。レーザーが放たれたのと同時に、ソラトの周囲に電流が流れ、一瞬後にはソラトの姿が消えていた。

 

「大丈夫ですか、ソラトさん!?」

「エリオ!」

 

 ソラトを救った電流の正体は、エリオだった。魔力変換資質"電気"による高速移動で近付き、ソラトをレーザーの当たらない場所まで運んだのだ。

 エリオに続いて、巨大化したフリードリヒとエドワードの車が到着する。ティアナとキャロはフリードリヒに乗っており、ネオガジェットと交戦を始めていた。

 急停止した車の運転席のドアが開くと、エドワードが転がりながら降りてライフル型デバイス"ブレイブアサルト"をロノウェへ構えた。

 

「……弟分が世話になったようだな」

 

 チラッとソラトの方を見て、エドワードが言い放つ。冷静な態度だが内心では怒りに溢れており、銃口はしっかりとロノウェの眉間に向けられている。

 

「揃い踏みってとこか」

 

 3人に囲まれているにも関わらず、ロノウェはまだ余裕そうだ。

 それどころか、指でソラト達の数を数え、口元を歪ませている。

 

「それにしても、アースはソラトを放置して何やってんだろうねー?」

「えっ!?」

 

 ワザとらしく大声で呟くロノウェに、ソラトの表情が変わる。

 アースが来ているのならば、いつもは真っ先にソラトを狙うはず。しかし、ここに来るまでソラトはアースを見ていない。

 

「ロノウェ、アースは今何処!?」

「多分、あの森にいるんじゃないかな? きっと誰かさんと一緒に」

 

 ロノウェが指し示した森は、スバルが奇襲をかけるために進んでいった方向と一致した。だが、スバルは未だ来ない。

 嫌な予感がソラトの脳裏を過ぎり、慌ててスバルに連絡を取ろうとした。

 

「スバルっ!?」

〔ソラト! 来ちゃだ……きゃあっ!?〕

 

 通信から聞こえてきたのは、スバルの警告と悲鳴。すぐに切れてしまったが、状況は明らかだった。

 スバルは今、アースと交戦中だ。しかもかなり苦戦しており、このままでは危ない。

 恋人の危険に焦りが生まれたソラトは、顔を青くしながらスバルのいる森へ向かおうとした。

 しかし、ソラトの前をシマウマ獣人が立ち塞がる。ここを通すつもりはないようだ。

 

「おやおや、君はここで僕達と遊ぶんじゃないのかい?」

「邪魔だ!」

 

 ロノウェの挑発に激昂したソラトは、獣人に斬り掛かる。

 だが、獣人の持つランスと鍔迫り合いになり、動きを止められてしまう。

 その時、電気を纏ったエリオが獣人目掛けて跳び蹴りを放った。真横から受けた獣人の身体は吹っ飛び、ソラトの道が開ける。

 

「ソラトさん、行ってください!」

「エリオ、ありがとう! セラフィム、フォルムツヴァイ!」

〔Wing form〕

 

 エリオはストラーダを構え、獣人とソラトの間に立つ。成長途中の騎士の背中だが、何処か頼もしさを感じさせる。

 ソラトはすぐにセラフィムをウィングフォルムに変形させる。刀身のホバーから蒸気を吹き、ソラトの足に浮遊魔法が付く。

 この浮遊魔法はマッハキャリバー並のスピードで滑空することが可能で、バイクよりも小回りが利くので、木々が生い茂る森の中ではバイク以上に移動に適していた。

 猛スピードで滑空しながら、ソラトは恋人と自身の分身の元へ向かった。

 

「あーあ、行っちゃった」

 

 ソラトが行ってしまい、ロノウェはつまらなさそうに呟く。

 未だ、エドワードが銃口を向けているので、動くつもりもなさそうだ。

 

「大人しく投降しろ」

「何で?」

 

 威圧するエドワードに対し、ロノウェは挑発的な態度を崩さない。

 この自信は何処から来るのか。底の見えない敵に、エドワードは怒りと不気味さを覚えていた。

 

 

◇◆◇

 

 

 一方、陸士315部隊の前衛達は減らないネオガジェットの軍団に悪戦苦闘していた。

 

「くそっ! どっからこんなに湧いてやがる!」

 

 長い戦いに疲弊してきているノーヴェが悪態を吐く。

 ギンガとノーヴェが叩き伏せ、ディエチとウェンディが撃ち抜いても、数は殆ど減らない。いくら何でもあり得ない状況だった。

 

「これは、まさか幻影?」

 

 後方で狙撃をしていたディエチが考える。

 ディエチはナンバーズ時代、幻術を操る能力者である"クアットロ"と組んでいた。クアットロの戦術にも、幻術で作ったガジェットを本物と混ぜることで、より多く敵がいると見せるものがあった。

 ならば、幻影を作っている黒幕がこの近くにいるはずである。

 ディエチは自身の瞳に組み込まれたサーモグラフィーを駆使し、周囲の木々をスキャンした。

 

「ククク……」

 

 見つけた。付近の木の枝に、生命体の熱源を2つ確認した。

 高みの見物、という言葉が似合うように、ディエチ達が幻影と戦っているのをずっと上から見ていたようだ。

 

「総員、1時の方角の木を撃って」

 

 ディエチの指示通り、茂みに隠れていた狙撃魔導師達が一斉に敵の潜む木を撃ち始めた。

 気付かれるのは予想外だったらしく、潜んでいた敵は舌打ちをしながら地面に降りてきた。同時に、ネオガジェットの半分以上にノイズが掛かる。

 

「貴方達が、幻影を仕込んでいたんだね」

 

 ディエチの言う通り、ノイズがかかったネオガジェットは全て幻術だったのだ。

 木から降りてきた、山吹色のメッシュを入れた男は苛立っている様子でディエチを睨むが、ライトブラウンの長髪を一纏めにした冷静そうな男に制止された。

 

「いやぁ、ご名答。スカリエッティの旧作にしては、やるじゃないか」

 

 見破られたにも拘らず、ライトブラウンの男は拍手をしながらディエチを褒め称えた。但し、言葉の中には旧作と見下す表現も含まれていたが。

 突如現れた敵に、周囲も警戒を強める。

 

「自己紹介がまだでしたね。私はウィネ・エディックス。ドクターマラネロの弟子です」

「同じく、フォラス・インサイト。ポンコツの割には、良く出来ましたってところか」

 

 ウィネとフォラス、ドクターマラネロの弟子と名乗った2人に、周囲は驚きを隠せなかった。

 まさか、自分達が追っている科学者に、弟子がいたとは。

 だが、敵の半数が幻影と分かった今、こちらの優勢は揺るがない。陸士達はそう考えて疑わなかった。

 

「それじゃ、ゲーム観戦は終わりにしましょう」

「飛び入り参加の方が、盛り上がるよなぁ!」

 

 ウィネは白衣の右ポケットに手を突っ込み、何かを弄る。すると、ネオガジェットのノイズが元に戻るどころか、更に数を増やした。

 加えて、2人の身体にも異変が起こる。白衣を纏っていた科学者の容姿は、一瞬にして異形のものへと変化を遂げたのだ。

 

 知的だったウィネは、ゴツい灰色の鎧に覆われたように身体が変化し、ライトブラウンの頭は二つの大きな角が生えた兜のようになっていた。顎も二つに割れ、クールな科学者の面影は何処にもない。

 

 短気なフォラスは、山吹色と黒を基調とした刺々しい外見になり、背中からは昆虫のような羽、右腕には長い針が生えて来ていた。頭も人間のものから、触覚と複眼、縦に開く不気味な顎と、昆虫のように変貌していた。

 

「嘘、だろ……」

「人間が、獣人に!?」

 

 あまりにも異質な光景に、ギンガやノーヴェは驚愕と畏怖の入り交じった表情を浮かべていた。

 今まで、獣人は獣人として生み出されるか、人間が薬によって変化するかというケースしかなかった。

 しかし、目の前の敵は、人間の姿から自力で獣人に変身したのだ。マラネロ達の技術は、想像以上の進歩を遂げていた。

 

「さぁ、始めようか」

「全員、すぐには死ぬなよ?」

 

 それぞれ、クワガタとスズメバチの獣人と化したマラネロの弟子達は、戦況をあっさりとひっくり返して隊員達に襲い掛かった。

 

 

◇◆◇

 

 

「はぁ、はぁ……」

 

 スバルは息を上げながらアースを睨んでいた。

 執拗な攻撃を受けたバリアジャケットは既にボロボロで、トレードマークの鉢巻も何処かに落としてしまったらしく、今は見当たらない。

 

「しぶとい奴だ」

 

 対するアースは、まだ余裕があるそうな態度だ。ベルゼブブを担ぎ、木々の間を歩きながらスバルを見据える。

 

「やぁぁぁぁっ!」

 

 マッハキャリバーのローラーが回転し、スバルがアースへと突っ込んでいく。速度を上げながら、スバルは渾身の回し蹴りを放った。

 

〔Darkness raid〕

 

 しかし、攻撃が当たる前にアースは紅色の残像を残して姿を消してしまう。

 この魔法はソラトのホーリーレイドと同じもの。ならば、背後から来るだろう。スバルは咄嗟に振り返り、リボルバーナックルで防御姿勢をとる。

 だが、アースは予測した位置にいなかった。同時に、下段からの足払いを受けてスバルはバランスを崩してしまう。

 

「甘い」

 

 スバルが倒れた瞬間、アースは躊躇いなくその華奢な体を踏み付けた。

 最愛の人物に足蹴にされている。一瞬でもそんな錯覚が見え、スバルは複雑な心境になる。

 そんなスバルのことなどアースは気にもせず、そのまま蹴り飛ばしてしまった。

 

「厄介な足の一本でも斬り落としておくか」

 

 アースにとってスバルは狩るべき獲物。心通わせた相手と似ていても関係ない。

 冷徹な視線でスバルを見下ろし、カットジーンズから見える白い足へと大剣を振り下ろした。

 

 ところが、黒い大剣はスバルの足を斬る前に何かで止められていた。

 良く見れば、同じデザインの白い大剣。いつの間にか現れた少年が、倒れている彼女を守るように屈み、両手で剣を支えている。

 一瞬で登場した金髪の少年騎士こそ、スバルの最愛の人物にして、アースが待ち望んだ宿敵。

 

「アース、君がどんなに僕を恨んでも構わない」

 

 間一髪で間に合ったソラトは、アースのベルゼブブを押し返して立ち上がる。

 退いたアースに、月明かりで輝く刀身を構えながら柄を握る力を強くした。

 

「けど、これ以上スバルは傷付けることは許さない!」

 

 怒りを露にし叫ぶソラトに、スバルは安心と信頼を抱いていた。

 そうだ。ソラトは何があっても自分を傷付けるようなことはしない。一途に恋慕ってくれる、優しい男の子。容姿が似ていても、ソラトとアースは全く違うのだ。

 

「待ってたぞ、ソラトォォォォッ!」

 

 先程まで冷静沈着だったアースも、目当ての人間が向こうから来たことに歓喜する。

 戦闘にも積極的になり、ベルゼブブを強く振り下ろす。見た目には合わない程軽々と扱いながら、両者とも互いの大剣を打ち合わせる。

 初めて会ったあの日から、アースに負けないよう修行を続けたソラトは剣戟の早さも力も劣らぬ戦いぶりを見せていた。

 

「ふん、少しはマシになったみたいだな」

 

 何度目かの鍔迫り合いで、アースはソラトの能力が上がっていることを認める。力は拮抗しており、刃は重なった位置から動こうとしない。

 

「ククッ、そうだ、それでいい! 強くなればなるほど、超えた時の俺の価値が上がる!」

 

 ソラトとの戦いを楽しみ、狂気を含んだ笑みを見せるアース。

 対照的に、ソラトの表情は怒りと哀れみを含んだ暗いものとなっていた。

 

「何故僕達が戦わなきゃいけない! ノーヴェの話を聞いたんじゃないのか!?」

 

 ノーヴェの名前を出した瞬間、アースの顔から笑みが消える。

 

「アイツの、ノーヴェの話はするな!」

 

 怒号と共にアースの攻め手が激しくなる。下からベルゼブブを振り上げてセラフィムを弾き、空いた腹部を蹴り飛ばす。

 一発決められ、ソラトが膝を着くとアースは急に頭を抱え始めた。

 

 脳裏に浮かぶ、ノーヴェの喜怒哀楽。

 ソラトへの怒りと、ノーヴェへの渇望。

 2つの強い感情が頭の中でごちゃ混ぜになり、アースを苦しめる。

 

「俺は……俺は!」

 

 アースには、何故ここまでノーヴェが自分の心にいるのか分からなかった。

 自覚もないのに、彼女の安らぎを求めてしまう。彼女の話から感じる希望を欲してしまう。

 この感情が理解出来ず、アースは苦しんだ。

 

〔あー、諸君ー。お疲れ様ー〕

 

 その時、間延びした男性の声が通信モニターから聞こえてきた。一斉通信のようで一方的に話してい。

 強制的に開かれたモニターには"SOUND ONLY"と書かれており、声の主を知らない者にはこれが何なのか分からない。

 しかし、アースは抑えていた頭を上げ、目を見開いていた。

 

〔作戦は成功した。今すぐ撤収してくるんだ〕

「マラネロ……」

 

 アースの呟きに、今度はソラトとスバルが驚く。

 この声の主は、今回の事件の首謀者。マルバス・マラネロのものだというのだ。

 

〔もう一度言う。命令だ、すぐに戻れ〕

 

 トーンを低くした発言にアースは舌打ちし、転送装置を起動させた。すると、アースのものではない緑色のテンプレートが足元に現れる。

 

「アース!」

「ソラト。勝負は預ける」

 

 慌ててソラトが捕まえようと手を伸ばすが、先にアースの姿は消えてしまった。

 また、取り逃がしてしまった。掴み損ねた右手を強く握り、ソラトは悔しさを込めて木を殴った。

 

 315部隊側でもマラネロの通信は入っていた。

 受け取ったウィネとフォラスは特に驚きもせずに、ギンガ達を見つめている。

 

「残念だが、今回はこれで幕引きのようです」

「お楽しみは次、か」

 

 ウィネが持っていた巨大なハサミを振り、付着した血を払うと、フォラスも掴んでいた騎士の頭を雑に放り投げた。

 2人の強さは、今までのどの獣人よりも圧倒的だった。

 クワガタ獣人の硬い皮膚はベルカ騎士の打撃にもビクともせず、片手で振り回す大鋏で、次々と隊員の血肉を斬り裂いていった。

 一方、スズメバチ獣人は素早いスピードで魔導師の放つ魔力弾を全て避け、速度をそのままに隊員の頭を木に叩きつけて行った。

 

「逃がさない!」

 

 ギンガはウィネとフォラスに向かって行くが、ホタル獣人が立ち塞がる。

 

「リボルバーブレイクッ!!」

 

 高速移動をしたままリボルバーナックルのギアをフル回転させ、ギンガは放たれた火球ごとホタル獣人に拳を叩き付けた。

 ナックルに纏わせていた衝撃波はホタル獣人の身体を貫き、爆発四散させるには十分な威力だった。

 しかし、獣人が時間を稼いだ所為で、既に科学者達の身体はテンプレートの光に包まれていた。

 

「ごきげんよう」

 

 いつの間にか人間の姿に戻っていたウィネはギンガへ挑発的に手を振り、フォラスと共に姿を消した。

 

 ウィネ達が戦線離脱した瞬間、あちこちにいたネオガジェットの幻影が全て消えた。

 それはなのはとヴァイスが相手にしていたタイプBも例外ではなかった。

 

(……一瞬で半分が消えちまいましたね)

 

 ヴァイスからの念話に、なのはは唖然としながら頷く。まるで狐にでも化かされたような気分だった。

 残りの機体も撤退していっているため、残党処理も必要ないらしい。

 

「なのは!」

 

 そこへ、ラクダ獣人を倒したフェイトがなのはの元へやってきた。

 撤退していくネオガジェットの後ろ姿を見て、フェイトは首を傾げる。

 

「これは……」

「さぁ……?」

 

 敵の意図がまるで読めないなのはとフェイトは、一旦ヘリに戻って帰投することにした。

 

 六課隊舎上空で戦っていたエリゴスも、マラネロからの通信を受けて白衣の姿に戻っていた。

 

「やっと終わったか」

 

 パーマの掛かった黒髪を揺らし、薄気味悪い笑みで正面を見る。視線の先には息を切らしながら、デバイスを構えるヴィータとシグナムの姿があった。

 2対1という状況だったにも拘らず、歴戦の騎士はカブトムシ獣人の強固な身体を砕くことは出来ずにいたのだ。

 一方で、エリゴスの方も顔には大量の汗が流れており、握っていた巨大な剣も刃が砕けている。こちらも、有効打を打ち込むことは出来なかったようだ。

 

「決着はまた今度で」

 

 無気力な言葉を残し、エリゴスは転送装置の光に消えた。

 硬い皮膚と無気力な態度からは想像もつかない剛腕。未知の敵に、ヴィータとシグナムは戦慄していた。

 

 そして、六課からクラナガンまでの道路でも、戦いが終わりを迎えようとしていた。

 マラネロの命令に舌を打つロノウェ。思惑が外れたらしく、不満混じりにエドワードへ特攻する。

 エドワードはすかさずロノウェを撃つが、魔力弾は全て大鎌の柄に弾かれてしまう。

 振り被るロノウェの攻撃を避けるエドワード。隙を突くべく、すぐにブレイブアサルトを構えるが、ロノウェの身体は既に転送用テンプレートの光の中だった。

 

「待て!」

「いずれ、また会うことになる。その時は、確実に潰してあげるよ」

 

 上から目線で睨みつけ、ロノウェは姿を消した。

 同時に、ティアナ達が戦っていたネオガジェットも半分以上が姿を消す。こちらも、ロノウェが用意した幻影だったようだ。

 

「スピーアシュナイデン!」

 

 別の方向では、エリオがシマウマ獣人のランスを上空へ弾き飛ばし、カートリッジを一発消費しつつ魔力を纏わせた刃で獣人の身体を突き刺していた。

 体内に電撃を受けながら斬り裂かれ、シマウマ獣人は爆散した。これで、周囲に敵はいなくなったようだ。

 敵の撃退には成功したエドワードだが、重要な情報を握っているロノウェを逃がしたことへ、苛立ちを隠せないでいた。

 

 

◇◆◇

 

 

 マラネロの研究室。アースが戻ってくると、既に撤収した弟子達が集結していた。

 

「ロノウェ、見事だったよ」

 

 椅子に座り、カップ焼きそばを啜るマラネロは傍に立っているロノウェを誉める。

 あんなものを食べながら低い声で命令を下していたのか、とアースは先程と違う理由で頭を抱えたくなった。

 

「何故撤収させたのです! あのまま攻めて、邪魔な連中を皆殺しに」

「ロノウェ」

 

 ロノウェの反論を、低いトーンで遮るマラネロ。いつもの飄々とした態度は見られず、周囲に不気味なプレッシャーを与える。

 

「君はいつから私に指示出来るようになったのかな?」

「す、すみません、師匠」

 

 牛乳瓶の底のような丸眼鏡の奥から放たれる鋭い視線が、ロノウェの背筋を凍らせる。

 ロノウェは冷や汗をかきながら、頭を深く下げた。

 

「いいよ。お目当ての品も手に入ったしね」

 

 マラネロはいつもの態度に戻り、傍にいた十代半ば程の少年から小像を受け取る。

 蛇を模した像で、宝石のような材質は美しい輝きを放っている。色は宝石ならばシトリンに当たる、美しい黄色だ。

 

「"嫉妬(エンビー)"、確かに貰ったよ。フォース」

 

 そう、小像の正体は嫉妬のセブン・シンズだった。封印済みなのか、触れても効力を発揮する様子はない。

 フォースと呼ばれた少年は、黒髪の頭を丁寧に下げた。タイプゼロ・フォース。それが少年の名前だ。

 今回の作戦、真の目的はセブン・シンズ強奪にあった。

 クラナガンに"嫉妬(エンビー)"があることを先に突き止めたマラネロ側は、まずラクダ獣人で戦力の分断を図った。次に、弟子達が夜襲を掛けて機動六課と陸士315部隊の注意を引き付ける。

 そして、気付かれない内にフォースが"嫉妬(エンビー)"を強奪する計画だったのだ。

 

「彼等の戦力判断にもなったし、いい結果となったじゃないか」

 

 今回の計画はマラネロのものではない。弟子であるロノウェが計画し、集結させた弟子とアース、フォースを総動員させて実行したのだ。

 だが、本当はロノウェはこの機に応じて機動六課と陸士315部隊を潰すつもりだった。しかし、マラネロは敵を潰すことに興味がないのか、成功と同時に全戦力を撤収させたのだ。

 

「アース。君もお疲れ様」

 

 無言で部屋に戻ろうとするアースに、労いの言葉を掛けるマラネロ。

 アースは一瞬だけ立ち止まるが、マラネロを無視して部屋へと戻っていった。頭痛が残っているかのように右手で頭を覆いながら。

 

 残るセブン・シンズはあと2つ。

 科学者の弟子にタイプゼロの系譜も現れ、戦いは更に激化の一途を辿る。


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