魔法戦記リリカルなのはWarriorS   作:雲色の銀

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第16話 2人の剣士

 月がうっすらと照らす噴水広場。普段なら誰も出歩かないような時間に、2人の少年が向かい合っていた。

 

 一方は金髪に蒼い瞳を持ち、白い服装をした少年――ソラト・レイグラント。

 そして、もう1人の少年はなんとソラトと全く同じ容姿をしていた。2人の相違点は色と状態。ソラトによく似た少年は翡翠髪に紅い瞳、黒い服装である。

 また、ソラトは先程まで獣人と戦っており、体には所々に血や傷跡が付きボロボロになっていた。

 

「君は一体……」

 

 自分と瓜二つの少年が現れたことに、ソラトは驚きを隠せなかった。ソラトには兄弟はいない。それどころか、自分に似た存在がいることすら知らなかったのだ。

 

「フン、来い"ベルゼブブ"」

 

 少年は驚いているソラトを鼻で笑うと右腕を前に延ばした。すると、何も持っていなかった右手に突如黒い刀身を持つ大剣が紅い光と共に現れた。

 ベルゼブブと呼ばれた大剣もまたソラトの相棒であるアームドデバイス"セラフィム"とそっくりなデザインをしていた。

 ますます混乱するソラトを尻目に、少年はベルゼブブをソラトへと構えて低い声で言い放った。

 

「俺の名は、アース」

 

 アースと名乗った少年はベルゼブブでいきなりソラトへと斬り掛かった。

 頭の中は疑問が占めたままだったが、警戒を解いていなかったソラトは咄嗟の反応でアースの剣撃を防ぐ。

 

「君は誰なんだ!?」

 

 ベルゼブブを押し返し、アースへの疑問を叫びながら反撃するソラト。対するアースもソラトの大剣を自身の大剣で防ぎ、鍔迫り合いのまま睨む。

 

「俺は、お前だっ!」

 

 重なったセラフィムを抑えるようにベルゼブブを下に叩き付け、アースは左拳でソラトを殴り付けた。

 予想外の攻撃に、体の疲労もあってその場に倒れこむソラト。だがすぐに立ち上がりセラフィムを拾って後退した。

 

「どういう意味だ!? なんで僕と同じ姿をしている!?」

 

 ソラトはまるで鏡に話しているような気分だった。同じ姿をした存在。それが何を意味しているか、実はソラトの中では1つの答えが既に出ていた。

 それを見透かしたように、アースは答える。

 

「もう分かっているはずだ。俺は、貴様の――」

「僕の、遺伝子を使って生み出された人造魔導師……」

 

 アースの正体とは、ソラトの遺伝子によってマラネロに生み出された人造魔導師だったのだ。恐らくベルゼブブという大剣も、セラフィムを模して作られたデバイスなのだろう。

 しかし、ソラトには理解出来なかった。何故自分のクローンが生み出され、この場で自分に刄を向けているのか。

 

「そうだ。そして俺の存在理由、それが貴様を殺して本物に成り代わることだっ!」

 

 再びベルゼブブを振り下ろされ、ソラトは後退してこれを避ける。しかし、アースの猛攻は続いた。

 

「貴様を殺せば、偽物の俺にも意味が出来る!  本物を超えた、本物以上の存在として!」

 

 アースの表情は段々と怒りに満ちていき、剣撃も激しさを増す。ソラトは後ろに下がりつつ、セラフィムで防ぎながらアースの発言の意味を考えていった。

 

「僕を超える、だって?」

「俺は意味が欲しいんだ! 生まれてきた意味が!」

 

 アースの一撃が遂にソラトを弾き飛ばす。石畳の地面に身を擦らせるソラト。その頭の中では未だアースに対する疑問は晴れなかった。

 

「僕を殺しても、君は僕に成り代われない……」

「フン、貴様には分かるまい」

 

 セラフィムを支えに立ち上がるソラトの反論を再び鼻で笑うアース。ソラトに対しての感情はもう憎悪しかないようだ。

 

「分からないまま、ここでその存在を奪われて死ね」

「違う、自分自身の意味は……誰かから奪うものじゃない!」

 

 傷の痛みも無視し、ソラトはアースと向き合って構え直した。

 相手が誰であっても、ここで死ぬ訳にはいかない。ソラトは一旦、アースの素性について考えるのをやめた。

 

「君が何であろうと、今はもうどうでもいい! 君を倒す!」

〔Holy raid〕

 

 アース目がけて走り出した瞬間、ソラトは青緑の光に包まれて消えた。

 そのすぐ後、アースの背後まで移動していたソラトがセラフィムを振り下ろそうとしていた。

 

「やれるものならな」

〔Dark raid〕

 

 だが、ソラトがセラフィムを降ろしきった時、アースの姿は紅い光に包まれて消えていた。まるで、ソラトが直前に使った移動魔法と同じように。

 ソラトが気付いた時には、アースは既にソラトの後ろでベルゼブブを振り降ろさんとしている所だった。

 あともう少し気付くのが遅ければ、背中を斬られていただろう。ソラトはアースの攻撃をセラフィムで受け流し、急いで距離を取った。

 

「まさか、僕の魔法まで!?」

「習得には時間が掛かったぞ」

 

 アースはソラトの戦闘データをマラネロに収集させ、ソラトが使う魔法を自己流に習得していたのだ。両者は同時に大剣を左手に持ち替え、右手を上に掲げた。

 

〔Ascension lance〕

〔Corruption lance〕

 

 互いの足元にベルカ式の三角形魔法陣が現れると、その頭上に魔力光と同じ色をした小さな槍が大量に精製された。ここまでの動作に違いは見られない。

 

「アセンションランス!」

「コラプションランス!」

 

 双方が腕を振り下ろすと宙に浮いていた槍がお互いへと降り注ぎ、1つ1つが相殺し砕けていった。

 青緑と紅に輝く槍の破片が散る中、ソラトとアースはカートリッジを1つ消費し、魔力スフィアを作り出して大剣を背負うように構える。

 

〔Divine buster〕

〔Fiendish buster〕

 

 まさかこの魔法まで、とソラトは驚いた。

 "ディバインバスター"は元々、自分が目標とするなのはの得意とする砲撃魔法。ソラトはなのはを超えるという決意表明のために、自分用にアレンジして使っているのだ。

 アースの魔法は、それに更なるアレンジを加えたのだろう。

 だが、すぐ魔力を練り上げることに集中した。ここまで同じならば、もう何も不思議ではない。

 

閃空裂波(せんくうれっぱ)! ディバイン――」

断空滅波(だんくうめっぱ)! フィエンディッシュ――」

 

 暗かったはずの夜の噴水広場は、極限まで練られた2人の魔力光で眩しいほど明るくなっていた。

 ソラトとアースは同時に力強く踏み込み、練り上げられた魔力スフィアを上段から思い切り両断する。

 

「「バスタァァァァァァッッ!!!」」

 

 斬り裂かれた魔力スフィアからは巨大な斬撃波が放たれ、相手のものと衝突しまるで鍔迫り合いのように押し留まった。

 ぶつかり合った大きな魔力エネルギーは凄まじい衝撃を引き起こし、中央に存在した噴水や地面に敷き詰められた大理石を破壊していく。このまま引き分けならば力は相殺され、爆発を起こし消えていただろう。

 

「なっ!?」

 

 しかし実際はアースの斬撃波がソラトの斬撃波へ食い込み、徐々に斬り裂いていった。ソラトの砲撃魔法がアースに負けていたのだ。

 

「うわぁぁぁぁっ!?」

 

 やがて紅い光が青緑の光を消し去り、ソラトを吹き飛ばしていった。

 

 轟音と光が止み、周囲を再び夜の闇と静けさが包んでいく。

 だが、広場内はすっかり荒れてしまっていた。シンボルとも言える噴水は無残にも砕け、石畳にも多数の亀裂が入っていた。

 周りの家々に被害がないのは奇跡的なのか、それとも2人が威力を制御したからなのか。

 

「フン」

 

 唯一、その場に立っていたアースは力なく倒れ込んでいるソラトを鼻で笑いながらゆっくりと近付いていった。

 威力をかなり押し殺せたとはいえ、既にダメージが蓄まっていたソラトの体には致命傷であった。体力も限界に等しく、起き上がろうとしてもセラフィムを握る力すら出ない。

 

「いいザマだな。自分の偽物に見下ろされる気分はどうだ? 最も、今から貴様が偽物になるがな」

「くっ……」

 

 アースは倒れているソラトを足で転がし、仰向けにするとベルゼブブを目と鼻の先に向けた。思うように体が動かず、睨むしか出来ないソラトを嘲笑う。

 

「大人しく滅びてろ!」

 

 無抵抗なソラトに、アースは非情にも黒い刄を振り下ろした。

 

「チッ、何処だ!? 出て来やがれ!」

 

 だが、ベルゼブブの凶刃はソラトに届かなかった。

 振り下ろされたその瞬間に、何処かから橙色の魔力弾が放たれベルゼブブが弾かれたからだ。

 急な不意打ちと、悲願を叶えるチャンスを潰されたことにアースは怒りを露にした。

 

「でりゃぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

 叫ぶアースに、今度はスバルがマッハキャリバーで疾走しながら奇襲をかけてきた。

 襲撃に気付いたアースは咄嗟に身を屈めてリボルバーナックルを避け、ベルゼブブを拾いながらスバルから離れた。

 

「テメェ、タイプゼロ・セカンドか」

「え、ソラト!?」

「違う、彼は……」

 

 イライラしながら鋭い目付きを向けるアース。対峙しているスバルは、アースの姿が自分の恋人と酷似していることに戸惑いを見せていた。

 

「ソラトさん! 無事ですか!?」

「えぇっ!? ソラトさんが2人!?」

 

 ティアナ、エリオ、キャロ、エドワードも合流してソラトを庇うように並び立つ。

 

「もう足止めを撒いたのか。使えないガラクタ共め」

 

 悔しそうにフォワード達を睨み、アースは小さなリモコンのようなもののスイッチを押す。

 すると、アースの足元に黄緑色に光る魔法陣のようなテンプレートが現れ、アースを光の中に包んでいった。

 

「5対1は流石に分が悪い」

「転移魔法!? 待ちなさい!」

 

 逃げようとしていることを察したティアナが拳銃型デバイス"クロスミラージュ"を構え発砲するが、テンプレートの周囲に不可視のフィールドバリアが張ってあるらしく弾かれてしまう。

 

「覚えておけ、ソラト。次は必ず貴様を殺す。それまで精々、恐怖に怯えているんだな」

 

 深く、呪いを掛けるかのように低い声で捨て台詞を残し、アースは光と共に完全にその場から消えた。

 

 今回の事件は結果的に言えば、フォワード達はセブン・シンズの奪還に失敗。重傷者1名を出し敗北したのだった。

 

 

◇◆◇

 

 

「そっか、残念やけど」

「私が付いていながら……ごめんなさい」

「ううん、取られたもんは仕方あらへんよ」

 

 帰りのドロレスにて、なのはがはやてに今回の事件の一部始終を報告した。

 "怠惰(レイジー)"がなくなったことでオーナーがやる気を取り戻したために結果的にはよい方向となった、とグリトニル・リゾート側は言っているが任務失敗には変わらない。

 申し訳なさそうに謝るなのはに、はやては苦笑しつつ首を横に振る。

 

「それで、ソラトにそっくりな敵っていうのは?」

 

 はやてが今回の件で何より気になっていたのは、やはりアースのことだった。

 ソラトはマラネロを含む怪しい組織に捕まったこともなく、ましてや人造魔導師ですらない。なのに、何故アースが造られたのか。

 

「詳しいことはソラトも分からないみたい」

「分かった、ご苦労様。気を付けて帰ってきてな」

 

 なのはも困った顔を浮かべる。相手の素性が分からないのなら仕方がない。最後になのはを労い、はやては通信を切った。

 

 ソラトは現在、船室のベッドに横たわっており、隣ではスバルがずっと寄り添っていた。

 カメレオン獣人、そしてアースとの戦闘で受けた傷が思っていた以上に深く、帰還後に即入院が決定している。

 

「あはは、またボロボロだね」

 

 サードとの戦いでの傷が癒えたばかりだというのに病院へ蜻蛉帰りである。苦笑するソラトだが、彼を心配するスバルにとっては笑い事ではなかった。

 

「もう、無茶しないでって言ったのに!」

「ご、ゴメンね!」

 

 膨れるスバルを慌てて宥めるソラト。しかし、いつも通りの光景の中でソラトの心にはアースの言葉が重く突き刺さっていた。

 

『俺は意味が欲しいんだ! 生まれてきた意味が!!』

 

(それだけじゃない。彼は、ただ自分自身に意味が欲しいだけなんじゃない。もっと、僕に深い憎しみがあるような……)

 

 ソラトという存在に成り代わるのが目的なら、もっと早い段階でソラトを暗殺し、誰にも気付かれないで変わることだって出来た。寧ろ、その方が管理局のスパイとしても暗躍することが出来る。

 そうせず、時期を待って堂々と現れたということは、ソラトと入れ替わることが真の目的ではない。

 

 そもそも、アースの存在そのものに謎が多い。

 ソラトのクローンだというのならば、いつ生み出されたのか?

 いつ自分の遺伝子を取られたのか?

 そして、何故マラネロはソラトのクローンを造り出したのか?

 

(彼は間違いなく、もう一度僕を狙ってくる。次に現れた時には、僕は負けられない)

 

 再び自身を狙ってくることを予測し、ソラトはアースへのリベンジを決意した。もうスバルに心配を掛けないようにするために。

 

 

◇◆◇

 

 

「ああ、お帰り」

 

 アースが研究所に戻ると、丁度マラネロがホースとブラシを持って怠惰(レイジー)を洗っている場面と出くわした。

 カメレオン獣人が飲み込んで隠していたので、怠惰(レイジー)は見事に唾液塗れになっていたのだ。

 怪しい機械が蠢く研究室で、ホース片手に小さな像を洗う科学者。金盥の中には血と唾液塗れのロストロギア。かなりのシュールな光景に、アースも視線を逸らし自室へと戻っていく。

 

「殺し損ねたみたいだね」

 

 しかし、マラネロの一言でアースの足がピタリと止まる。アースとソラトの戦いはモニターでバッチリと見られていたのだ。

 

「カメレオンを死なせて、手負いの相手を殺し損ね」

「煩い! 邪魔が入らなければ確実に()れていた!」

 

 マラネロの言葉を遮り怒鳴るアース。迷路のような居住地区へ誘導した後で他のメンバーをネオガジェットで足止めし、獣人の戦闘で疲弊したソラトを殺す。

 全ては計画通りに運んでいたはずだが、ネオガジェットでの足止めが完全ではなかったのだ。

 今まで自分に従っていたカメレオン獣人を喪い、悲願を叶えるチャンスすら逃したことにアースの怒りは爆発寸前だった。

 

「あのガラクタを造ったのは貴様だ! 貴様の不備だ!」

 

 蓄まりに蓄まったイライラを発散させるかのように怒鳴るアース。しかし、計画の本丸であるセブン・シンズが手に入ったマラネロは対照的に笑っていた。

 

「そうだね。強化は考えてるけど、()()()()()()だったら君が早く仕留めると思ってたんだ。済まないねぇ、買いかぶりで」

「……チッ」

 

 挑発的な態度に言葉を失うアースだが、一旦怒りを抑え舌打ちを残してその場を去っていった。

 冷静に考えれば、マラネロの言い分も一理あった。手負いの相手に手間取ったのは自分だ。

 

「大体、手負いの奴を超えても意味はない」

 

 拳を震わせ、紅い瞳に怒りの火を灯す。

 アースは今は紅いクリスタルの形となっているベルゼブブを取り出し、ウィンドウを開く。

 

「なら、今度は直接俺が殺しに行けばいい」

 

 そこに映っていたのはミッドチルダの首都、クラナガンだった。


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